●リプレイ本文
―― 再び登場 ――
「なんだか‥‥可哀想な感じのキメラだね‥‥」
資料を見ながら呟くのは幡多野 克(
ga0444)だった。
今回の能力者達に課せられた任務は研究所から脱走したミズキメラの討伐、もしくは捕縛だった。
しかし資料を見て『退治しよう』という能力者はおらず『研究所に戻そう』という結論に至っていた。
「何か、ちょっと健気過ぎて無理に連れ戻すのが不憫な気がしてきたよ。それも策略なら別だけど‥‥」
苦笑しながら新条 拓那(
ga1294)が呟くと「何だか可哀想だけど‥‥愛嬌もあって可愛いキメラですね」と石動 小夜子(
ga0121)が言葉を返す。
「それに‥‥」
ちらりと石動は新条を見ながら呟くが「どうかした?」と新条に言葉を返されて「な、何でもありません」と慌てて視線を逸らしながら呟いた。
(「それと‥‥不謹慎ですけど、拓那さんがご一緒で、嬉しいです」)
頬を赤く染めながら石動は心の中で呟いたのだった。
「ミズキがひっついていたキメラは一体何を考えているのかしらね?」
シュブニグラス(
ga9903)は抱きかかえている猫に話しかける。彼女が抱きかかえている猫は以前ミズキメラ騒動があった時にミズキメラが頭に乗せていた猫である。
(「それにしても‥‥脱走したからといって迷惑をかけているイメージというより、寒さで震えている姿の方が想像できるのは何でかしら」)
苦笑しながらシュブニグラスは心の中で呟く。
「ミズキメラ‥‥噂には聞いていたけど‥‥実物を見れるなんて‥‥」
ちょっと嬉しいかも、言葉を付け足しながら呟くのは南桐 由(
gb8174)だった。
「でも‥‥本当にキメラとは‥‥思えないよね‥‥」
南桐が資料を見ながら呟くと「ん〜」とアリシア(
gb9893)が指を口元に当てながら呟いた。
「話を聞いてると、そんなに悪い子じゃない気がするの‥‥何かやったの〜?」
アリシアの言葉に「キメラである以上、やっぱり一般人は怖いんでしょうね」とシュブニグラスが言葉を返した。
確かに思い返せば前の時も奇声をあげたりなどして騒音被害はあったものの、他のキメラのように人を殺したりなどはなかった。
だけどキメラである以上、いつ豹変するか分からないので一般人も怖いのだろう。
「もしもしなの。何でミズキメラは逃げちゃったの? 何か変な実験やったの?」
アリシアはミズキメラがいた研究所へと電話をして、問いかける。もし変な実験などをしていたら逃げるのは当たり前だと言ってやろうと思っていたのだ。
「いや、特には何も。別に調べることとかないから‥‥」
しかし研究者から返ってきた言葉は意外なもので『特に何もしていない』という言葉だった。
「何もしてないの? ‥‥変わってるの」
「何もされてないのに逃げ出したんですか、やはりキメラの行動は分かりませんね」
サクリファイス(
gc0015)が苦笑しながら言葉を返し、能力者達は町の中で迷っているミズキメラを保護しに本部を出発していったのだった。
―― ミズキメラ誘き出し大作戦 ――
「地図を見ると‥‥大きな広場があるみたいだね‥‥」
ばさりと幡多野が地図を広げて一点を指す。そこは夏に祭などを行う為の広場であり、今は何にも使われていないらしい。
「一応‥‥被害が出ないような場所に‥‥誘き出した方がいいとおもう」
幡多野の言葉に「それじゃ、私はそこで焼き芋とか焼いておきますね」と白雪(
gb2228)がにっこりと手を合わせて呟く。
「う〜ん、普段使ってた毛布とかあればよかったのに‥‥自分の匂いがついてるものの方が安心するのよ〜?」
アリシアは残念そうに呟く。研究所に要請すればこちらへ送ってもらえたかもしれないが、流石に今から要請しても到着するのは解決してからだ。
それから高速艇はミズキメラが迷っている街の近くへと下りて、能力者達はそれぞれ行動を開始したのだった。
白雪とサクリファイスは幡多野が見つけていた大きな広場へと向かい、火を熾し始める。勿論勝手なことはできないので、あらかじめ許可は貰っていた。
「‥‥同じ雪国出身なのに、どうして白雪は寒さに弱いのかしら‥‥?」
ぼそりと呟いたのは白雪の姉人格である真白だったが「お姉ちゃんが異常なだけだと思うけど」と白雪から言葉が返ってきて真白は苦笑する。
「さて、火を起こさなくちゃね」
「こういった事は軍人として身につけておりますので、どうぞお任せ下さい」
サクリファイスが真白に言葉を投げかけると「あら、大丈夫よ?」と真白も言葉を返す。
「いえ、させてください。女性に色々と仕事をさせるのは好みではありませんから」
サクリファイスの言葉に「それじゃ、お言葉に甘えちゃうわね」と言葉を返して真白は白雪へと交代したのだった。
「ありがとうございます」
ぺこりと白雪は頭を下げてサクリファイスに火の事を任せる。
「他の皆さんはキメラを見つける事が出来たでしょうか‥‥? あまり害がなさそうなキメラなので心配はいらないと思いますけど‥‥」
火を熾す準備をしながらサクリファイスが呟くと「そうね、でもまだ誰からも連絡ないから見つけてないんじゃないかしら?」と白雪は言葉を返したのだった。
「っと、落ち葉か何かを持ってこないと火をつけられませんね」
サクリファイスが呟いた時、沢山の落ち葉を持って幡多野が2人の所へとやってきた。
「ありがとうございます」
サクリファイスは落ち葉を幡多野から受け取って再び火を熾す準備を始めたのだった。
「あら? それは?」
「サツマイモとバター‥‥多分‥‥サツマイモは多くあっても‥‥困らないと思うから‥‥バターを塗って食べるのも‥‥美味しいよ」
幡多野の言葉に「へぇ」と2人は呟き、サクリファイスが火を熾してキメラをおびき寄せるための焼き芋を作り始めたのだった。
「‥‥別に、自分が食べたいとか‥‥そういうのじゃ‥‥ないから‥‥」
幡多野はそう言いながらも焼き芋を作るのに何故か真剣な瞳だった。
「う〜寒い」
そこへ新条と石動もやってくる。二人は町の方へ餅を買いに行っており、焼くための落ち葉なども一緒に拾いに行っていた。
「良い匂いですね」
石動が焼き芋を見ながら呟くと「もう少しで‥‥出来ますよ‥‥」と幡多野が言葉を返してきた。
「ふふ、こうしているとキメラの事で来たなんて嘘みたいですね」
白雪の言葉に「そうですね、何だかピクニックにでも来たような感じです」と石動も言葉を返したのだった。
一方、ミズキメラを捜索しているシュブニグラス、南桐、アリシアはそれぞれ別行動でミズキメラを探していた。
「‥‥いないなぁ‥‥」
南桐はため息混じりに小さな声で呟く。南桐は街中を歩き回ってミズキメラ捜索をしているのだがまだ見つかっていない。他の2人とも連絡を取り合っているのだが見つかったという報告がないから、きっとまだミズキメラは街の中を迷っているのだろう。
「‥‥あ‥‥」
捜索途中でシュブニグラスとばったり会って「そっちはどう? 見つかった?」と問いかけられたが南桐は首を横に振るしか出来なかった。
「キメラ捜索じゃなくて、まるで迷子でも捜してる気分よね」
苦笑しながらシュブニグラスが呟くと「はー、見つからないのですよ‥‥」とアリシアがとぼとぼと此方へ向かってくる姿が2人の視界に入ってきた。
「‥‥結局みんな集まっちゃったわね」
苦笑しながらシュブニグラスが呟くと「こんなに寒いのに‥‥何処に行っちゃったのかしら‥‥」とアリシアの気分はもう子を探す母親のようだった。
「‥‥そういえば‥‥光物に弱いかもしれないから‥‥これ持って来たんだった‥‥」
南桐が取り出したのは『金塊』だった。
「‥‥普通にキメラだったら逃げ出すかもしれないけど、釣られたら面白いよね」
南桐の言葉に「まさか、釣られるはず‥‥「ふんどしー!」‥‥釣られたわね」とシュブニグラスが目をきらきらと輝かせて駆けて来るミズキメラを見て苦笑した。
「‥‥本当に寒そうな格好なの」
アリシアが目をぱちぱちと瞬かせながら呟く。ミズキメラの服装、それは半袖シャツとジーパンというものだった。ジーパンはともかく半袖シャツは今の時期絶対に寒いに決まっている。
「はい、これ‥‥普段使ってる毛布じゃないけど、その格好でいるよりはずっとマシだよ?」
アリシアが街で購入してきた毛布をミズキメラにかけてやり「‥‥あっちにご飯もあるから、一緒に行こう?」と南桐が広場の方を指差しながら呟く。
「キメラを捕まえたわ、今からそっちに行くから宜しく」
シュブニグラスは持っていた『トランシーバー』で広場側の能力者達に連絡をして、ミズキメラが逃げないように広場へと向かっていったのだった。
―― 至れり尽くせりのミズキメラ ――
南桐、シュブニグラス、アリシアが広場へとやってきた後、能力者達はミズキメラに焼き芋を与えたり、餅を与えたりなどしていた。
「大丈夫ですか? もう一枚毛布をかけましょうか?」
石動は毛布に包まりながらも震えるミズキメラにもう一枚の毛布をかけてやる。
「焼き芋にバターの組み合わせ‥‥どう‥‥? コクが出て‥‥美味しいよ‥‥」
幡多野が焼き芋にバターを塗ったものを差し出すと、ミズキメラは焼き芋を受け取り、はぐはぐと食べ始める。どうやら気に入ったようで渡された焼き芋をぺろりと平らげると手を差し出してきた、もう一個寄越せという事なのだろう。幡多野は苦笑しながらもう1つやると、自分も食べるために手を伸ばしたのだった。
「ん‥‥キメラなんだよね‥‥一応‥‥こんなにまったりしてて‥‥いいのかな? ま‥‥いいか‥‥」
幡多野はほのぼのとしているこの状況を見て呟き、自分も食べ始めた。
「ほら、こっちは餅だよ。食べる?」
焼きあがったばかりの餅をミズキメラに新条が渡す。よほど腹が減っていたのかがつがつと持っていた焼き芋を食べ終わると新条の餅を受け取り、口へと運んでいく。
「こんなキメラ、普通に考えていないよなぁ‥‥」
苦笑しながら新条が呟く。むしろキメラというよりも野生児を餌付けしている気分と言った方が正しいのかもしれない。
「お姉ちゃん、雪月花借りるね」
白雪が呟くと演奏を始める、するとサクリファイスもヴァイオリンを取り出して白雪の演奏にあわせるように奏で始めた。
(「本当はおびき寄せる時にでも演奏しようと思っていたのですが、まぁ、いいでしょう」)
サクリファイスは心の中で呟きながら白雪と演奏していると、ミズキメラは喜んでいるのか手をぱちぱちと叩いている。
(「しかし、不可思議なキメラもいたものですね――こういったキメラなら共存も可能なのでしょうが‥‥そういうわけには行きませんしね」)
ぐぐぐ〜、きゅるるるるる。
「‥‥あれだけ食べたのにまだお腹空いてるの? はい、焼き芋」
あーん、と焼き芋をミズキメラの口元まで南桐が持っていく。ミズキメラもそれに合わせて口を開けるのだが――焼き芋はミズキメラではなく南桐の口の中へと入った。
「‥‥‥‥‥‥っ!!」
表現するならその時のミズキメラの表情は顔文字の『ガーン!』だった。
「あは、ごめんごめん。はい、もう一度」
南桐がもう一度焼き芋を口のところまで運んでやると、疑いの眼差しのまま焼き芋を食べた。
「二回目は‥‥しっかり食べさせるよ‥‥由もそこまで‥‥意地悪じゃないもん」
苦笑しながら南桐が呟くと「こんにちは、お菓子食べる?」と白雪が飴とチョコと酢昆布を差し出しながらミズキメラへと話しかけた。
「‥‥‥‥」
ミズキメラは暫くお菓子を見たまま動かず、動いたかと思うと白雪の手から3つのお菓子全部を取り上げたのだった。
「あは、選べなかったのね‥‥」
苦笑しながら白雪は「温かい飲み物はいかがですか?」とココアを差し出す。甘い飲み物は大好きなようでミズキメラはココアを一気に飲み干す。
「‥‥チャンス‥‥! ねぇ‥‥こんな服を着てみない?」
白雪が取り出したのはピエロ、フェアリー、プリンス、プリンセス、シノビのコスチュームセット。
「‥‥っ!」
ミズキメラは物凄くプリンセスのコスチュームに惹かれているようで白雪とコスチュームセットを何度も見比べる。
「それじゃ、テントの中で着替えましょうね」
「あ、私も行きたいわ。キメラを着せ替えなんて滅多なことでは出来ないもの」
シュブニグラスも立ち上がると、いつのまにか設置してあったテントの中へと入っていったのだった。
―― ミズキメラとのお別れの時 ――
あれから結局全部のコスチュームに着替えさせられたミズキメラはシュブニグラスによって写真を撮られていた。
そしてミズキメラの警戒心がなくなったことを研究所の職員に電話で告げると1時間ほどしてから迎えの檻が来た。
問題はここからである。もし檻の中に誘導するのが失敗してしまったら今までの苦労が水の泡になってしまうからだ。
「でも、今は凄く機嫌が良さそうですし、素直に入ってくれそうな気もするんですけど‥‥」
石動の言葉に「流石にそれは‥‥「あ、入っていきましたよ」‥‥ますます不思議なキメラだね」と新条が苦笑しながら言葉を返した。
「ほんとは‥‥おうちに帰してあげたいけど‥‥ごめんね? もう少し平和になったら‥‥返してあげられると思うの‥‥それまで、ちょっと我慢して、ね?」
アリシアが檻の中のミズキメラに話しかけると、ミズキメラは檻の中に敷いてあった毛布に包まって寝始めた。
「ん、いいこ‥‥今度は会いに行くからね?」
本当ならばアリシアは研究所までついていきたい所だったのだが、それは職員によって断られてしまい、落ち着いた後に面会なら構わないと言葉が返ってきた。
「もう‥‥逃げ出すんじゃないぞ‥‥? 外に出ても‥‥寒いし‥‥何もないんだから‥‥」
幡多野がミズキメラに向けて言葉を投げかけるのだが、既にミズキメラは夢の中にいるようでくうくうと寝てしまっている。
「流石にちょっと情が移っちゃって別れがつらいかも‥‥あんなキメラだったら世の中平和なのにね」
新条の言葉に「そう、ですね‥‥」と石動も俯きながら言葉を返したのだった。
「まあ、差し入れしに行けたら行くから。出てくるならまた来年にしなさいな」
シュブニグラスが苦笑しながら「ね?」と抱きかかえている猫を見ながら呟いた。
「ん、これを使わずに済んでよかった」
南桐が『巨大注射器』を見ながら呟く。
「きっとそれを見たら卒倒してたかもね」
アリシアが笑いながら『巨大注射器』と南桐を見て言葉を返した。
「兵器として生み出された存在も哀れなものなのかもしれませんね‥‥とはいえ、俺の主も戦禍に飲み込まれた‥‥全てが終わっても溝は消えないのだろうな‥‥」
サクリファイスは小さく呟き、ミズキメラを乗せた車が遠ざかっていくのを見ていたのだった。
END