●リプレイ本文
―― 山に潜むはキメラ ――
「お父さんを助けて‥‥お願いだから‥‥」
ぼろぼろと涙を零しながら能力者達に話しかけてくるのは、これから能力者達が向かう山で生死不明となっている男性の息子だった。
「大丈夫、お父さんは約束を破らないんでしょう?」
そう子供の頭を撫でながら言葉を返すのは神楽 菖蒲(
gb8448)だった。彼女にも養子がおり、目の前の少年に多少感情移入している所があるようだった。
「子供が泣いている姿を見るのは正直堪らねぇな‥‥」
Anbar(
ga9009)は泣きじゃくる少年の姿を横目に少しだけ表情を歪めながら独り言のように呟いた。
「救助者の生死も不明、状態も不明――時間との勝負になりそうだ」
アセット・アナスタシア(
gb0694)がポツリと呟く。キメラと遭遇しており、尚且つ2日も音沙汰がない。死んでいると決め付けても無理はないのだろうが‥‥今回集まった能力者の中に『もう無理だろう』と思っている人は1人もいなかった。
「事件が起きて、2日目か。まだ救出できる望みがあるのなら、足掻いてみようぜ。それで助けられるなら御の字だろう?」
Anbarの言葉に「そうですね、まだ誰も確かめていないのですから決め付けて『死んでいる』なんて言ったらあの子が可哀想です」と鹿内 靖(
gb9110)が言葉を返した。
「‥‥早く‥‥可能性があるなら‥‥助けます‥‥」
結城 有珠(
gb7842)がおどおどとした口調ながらも自らを奮い立たせるように小さな声で呟く。
「奥さんもお子さんも帰りを待っているんです‥‥きっと、大丈夫‥‥」
アセリア・グレーデン(
gc0185)が呟くと「えぇ、きっと大丈夫」と美沙・レイン(
gb9833)が言葉を返すようにアセリアに話しかけた。
「私達が信じないで、誰が信じるというの? 彼の無事を願って、探しに行くのだから」
美沙が呟くと「そうですね、それでは参りましょうか」とアリエイル(
ga8923)が言葉を返し、少年の父親を救助、そして山を彷徨うキメラを退治に高速艇に乗ってLHを出発していったのだった。
―― 疾走の山・救助者を救え ――
山から少し離れたところ、そこに高速艇を停めて能力者達は地面へと降り立った。
そして能力者達は迅速に救助者を救出できるように班を2つに分けて行動する作戦を立てていた。
A班・アセット、結城、神楽、美沙の四人。
B班・アリエイル、Anbar、アセリア、鹿内の四人。
どちらかが何かをする、というわけではなく両方の班がキメラ、そして救助者捜索の班という事になっている。つまり、救助者とキメラ、どちらと遭遇しても対処できるようにしているのだ。
「時間との勝負だから、頑張ろうね」
アセットは他の能力者達に言葉を投げかけ、A班の能力者たちと共に行動を開始し始めたのだった。
※A班※
「‥‥静か‥‥ですね‥‥」
結城が双眼鏡を使いながらキメラ、救助者の両方を探すのだが特に変わったものは見つけられない。キメラが潜んでいることが影響しているのか、山に住んでいるはずの獣たちもひっそりと息を潜めているように見える。
「獣たちが息を潜めるのも無理はないわね、ほら‥‥」
神楽が指差した方向には無残な姿の獣の死骸、恐らくキメラと遭遇して殺されてしまったのだろう。
「今‥‥私達がいるのはこの辺ね、あんまりそっち側に行くと崖があるから気をつけた方がいいわね」
神楽は地図を見ながら先を見て呟く、恐らく崖下には川でもあるのだろう。水音が能力者達の耳には届いていた。
「落ちたら洒落にならないわね‥‥まさか、救助者が此処から落ちた、とかないわよね」
美沙が呟くと「それはないんじゃないかしら」と神楽が言葉を返す。
「‥‥足跡‥‥何もなさそうですし‥‥残されている獣の足跡も‥‥古そうです」
結城の言葉に他の3人の能力者達が近くに残されている獣の足跡を見る。確かに足跡は古く、人が通った形跡は全く感じられない。
つまり、キメラも救助者もこの崖付近には来ていないという事だろう。
「確かにそうね、それじゃ別の場所を探しましょうか」
美沙は呟くと双眼鏡を取り出して捜索を再開する。
「あれ‥‥」
アセットが小さく呟き「どうしたの?」と神楽が声を掛ける。
「――いた!」
アセットが呟き、武器を構える。そして他の3人の能力者もアセットが見据える方向を見ると、ふわふわと宙に浮いている白い翼を持った女性が此方を見ていることに気づいた。
「浮いてる‥‥空からの攻撃とかあるのかな」
アセットが宙に浮いているキメラを見ながら呟く。しかしキメラは地面から数センチ浮いているだけでそれ以上高く浮くことはない。
「それに‥‥天使型は色々といたけど、今回のは色々厄介そうだね‥‥とにかく敵を見失わないようにしないと――いくよコンユンクシオ! 天使喰らいの剣となれ!」
アセットが大きく叫び、キメラへと攻撃を仕掛ける。
「‥‥キメラ‥‥ですね‥‥集合するように、連絡します‥‥」
結城が呟き、トランシーバーでB班へと連絡を行う。
「‥‥え‥‥? 分かりました‥‥皆さんにお伝えします‥‥」
結城が通信を切った後、美沙が「どうかしたの?」と問いかけてくる。
「あの‥‥救助者を見つけた‥‥そうです‥‥手当てがすみ次第此方に連れてくるみたいです‥‥」
結城の所まで来ればスキルによる治療を行う事が出来る、たださきほどの通信を聞く限り、決して良い状況ではないという事が結城にも予想することが出来た。
「それじゃこっちに向かってるのね、それまでコイツを逃がさないようにしなくちゃいけないわね」
美沙が呟き、A班はB班が此方に到着するまでキメラを逃さないように攻撃を仕掛け、そして特殊能力を見極める事にしたのだった。
※B班※
そして、此方はまだ救助者を見つけていない時間まで遡る‥‥。
「今回のキメラは天使型ですか‥‥何としてでも倒さねば‥‥」
アリエイルは何処かキメラをライバル視するような口調で呟き「‥‥能力限定‥‥解除‥‥さて‥‥参りましょう‥‥」と言葉を付け足して覚醒を行った。彼女が早めに覚醒を行ったのはいつキメラと遭遇しても良いようにという考えからだ。
「とりあえず闇雲に進んでも迷うだけだからな。ここは地図を見てちゃんと進んでいこうぜ」
Anbarは渡された地図を見ながら呟く。それと彼は救助対象者の妻からどの辺でキメラと遭遇したのかを聞き出しており、ある程度まで捜索範囲を狭める事にしていた。
「‥‥確かにこの周辺でキメラに襲われたようですね」
鹿内が地面を指しながら表情を歪めて呟く。彼が指した方、そこには大量と呼べるほどの血痕が残されており、襲われた者の怪我が決して軽くはない事を知る。
「キメラは‥‥近くにはいないのでしょうか、気配は感じられないようですが‥‥」
アセリアが周りを見渡しながら呟く。確かにキメラが潜んでいるような感じはない。
「血痕が‥‥向こうに続いてますね、行ってみましょう」
鹿内が呟き、能力者達が血痕を辿っていくと‥‥木の下でぐったりとしている男性の姿を見つけた。
「大丈夫ですか?」
アリエイルが男性に話しかけると「う」と呻きながら閉じていた瞳をゆっくりと開き、そしてアリエイルの姿を見て驚きに目を見開く。
「あ‥‥う、あ‥‥」
言葉にならない言葉で男性が持っているのは恐怖だった。天使キメラに怪我をさせられたのだから、覚醒外見が天使になるアリエイルを見て驚くのは無理もないだろう。
「助けに参りました‥‥幻覚でも天使型のキメラでもないのでご安心を」
アリエイルが苦笑気味に呟き、そして男性は周りの能力者達を見て敵ではない事を知ると安堵のため息を吐く。
「おい、大丈夫か――って大丈夫って怪我でもなさそうだな」
Anbarが呟くと「エマージェンシーキットで応急手当しましょうか?」とアリエイルが言葉を返してくる。
「いや、俺が救急セットを持ってきてるからこっちで応急手当しよう‥‥っとその前に」
Anbarは呟きながら『照明銃』を打ち上げてA班に知らせる。そしてAnbarの言葉に「そうですか、包帯などが足りなくなったらアリエイルさん同様にエマージェンシーキットを持ってきているので言ってください」と鹿内が言葉を返した。
「1つ、聞きたい‥‥妻、と‥‥息子は‥‥」
「大丈夫です、俺たちは奥さんや子供さんからの依頼で来たんですから」
鹿内が言葉を返すと「そうか、それならいい‥‥もう感覚がなくなってきている、から‥‥俺の事は‥‥放っておいてくれ」と男性が弱気な言葉を吐く。
「アンタの嫁さんや息子が待っているんだよ! こんな所で死なせやしねえ!」
男性の弱気な言葉に鹿内は過去の口調がでてしまい、ハッとする。
「奥さんもお子さんも貴方の帰りを待っています‥‥頑張って」
アセリアも男性が気を強く持つようにと言葉を投げかける、その時だった。A班から通信が入りキメラとの交戦中だと言う事を知る。場所は此処から少し離れたところ、男性が襲われながらも命からがら逃げ、キメラは男性を探していたのだろう。
そこへA班と接触したようだ。
「こっちも救助者を見つけた、応急手当をしてからそっちへ向かう。そっちについたら治療を頼むな」
Anbarが通信相手である結城に言葉を投げかける。彼女は今回の任務で唯一治療スキルを使う事が出来る能力者だ。
だから彼女の所へ連れて行けば、ある程度の治療は出来るだろうと考えたのだ。
「家族を失う苦しみ、残された者の苦しみ、それは容易に想像できるものではありませんよ‥‥家族の事を本当に愛しているのなら、生きて帰ってください」
アセリアの言葉に男性は痛みに表情を歪めながら、首を強く縦に振った。
その後、B班の能力者達は男性の応急手当をした後、キメラと交戦しているA班の所へと向かったのだった。
―― キメラとの戦闘 ――
戦闘をしているA班の所にB班が合流したのは10分ほどが経過した頃だった。
「‥‥皆さん‥‥集まったようですね‥‥離れないと‥‥集団で幻を見せられたら大変です‥‥」
結城は呟きながら負傷者の治療を始めることにした。
「まず第一手‥‥音速の刃‥‥てぇぇぇっ!!」
アリエイルがスキルを使用しながらキメラへと攻撃を仕掛ける。するとアリエイルの攻撃を受けたキメラはゆらりとまるで蜃気楼のように消えてしまう。
「幻覚‥‥」
B班が来るまでキメラと戦っていたA班は少しだけキメラの能力を理解しつつあった。キメラの幻覚にはある程度の範囲があり、その範囲内に入ったものはキメラが複数に見える、そして‥‥自分の最も嫌う部分をみせられる、この二つが存在するようだった。
それに対して能力者達は少しキメラから距離を取って戦う、Anbarはそれぞれに声をかけあう事で味方からの誤射の危険性を軽減させる。
「家族の幸せを惑わす者‥‥その命、神に返しなさい」
アセリアは呟きながらスキルを使用して攻撃を仕掛ける。しかしキメラは攻撃を受けながらもアセリアへと向かって攻撃をし返す。
「私にその程度の攻撃が通じるものか! 倒したければもっと重いのをもってこい!」
しかしキメラはアセリアを倒す必要はなかった。キメラの目的はアセリアを『倒す事』ではなかったのだから。
「‥‥っ!」
アセリアは回りに写る景色に言葉を失う。血縁者全てを失った惨状、それが彼女の前にあった。幻覚と分かっていながらも彼女はばくばくと早鐘を打つ心臓を押さえる事が出来ない。
「あの光景を思い出させてくれるとは‥‥いい覚悟だ‥‥」
理性が崩壊する寸前の所で自分を抑え、アセリアが呟く。その時、キメラの腕が打ちぬかれる。
「人の過去を探るって最低よ、キメラだから仕方ないかもしれないけどマナー違反ね」
美沙がスキルを使用しながら長弓で攻撃を仕掛ける。
「この‥‥しつこいわね! さっさと落ちなさい!」
美沙の攻撃が続く中、彼女の攻撃にあわせるように鹿内もライフルで攻撃を仕掛ける。貫通弾を使用しての攻撃だったためダメージが大きく、キメラは地面へと足を踏ん張る。
しかしその行動がキメラに隙を与え、能力者達に攻撃のチャンスを与えた。
「この弾は他とはちがうわよ」
神楽も貫通弾を装填しながら攻撃を行い、態勢を整えようとしていたキメラの態勢を再び崩す。先ほどまでは幻覚で攻撃を避けたりなどしていたが、一瞬の隙がキメラに幻覚さえも使用できないまでに追い込んだ。
「幻で人を苦しめるあなたには分からないでしょうね、人の痛みは」
神楽は呟き、スキルを併用しながら攻撃を仕掛けた。
「‥‥支援します‥‥頑張ってください‥‥」
結城はスキルを使用して能力者達の武器を強化、キメラの防御力を低下させる。
「幻覚なんて能力を持っているせいかな、個体の能力は‥‥大した事ないね、この程度だったら私とコンユンクシオには適わないよ」
アセットは呟きながら強烈な一撃をキメラへとお見舞いして地面に叩き伏せる。
「出来ればそのまま寝ていろよ、それならこっちも後はトドメだけですむからな」
Anbarは攻撃を仕掛け、アリエイルが攻撃しやすいように援護を行う。
「やはり私には此方の方が‥‥やりやすいです! その幻想‥‥打ち砕き、天へ導きます!」
アリエイルがスキルを使用しながらの攻撃を行い、キメラへと大ダメージを与えて能力者達は無事にキメラを退治する事が出来たのだった。
その後、結城の治療などで多少回復をした男性を連れて病院へと運び、本部で待つ子供と妻に病院の場所を教えた。
すると子供は何度も「ありがとう」と泣きながら能力者達へと礼を言ってきた。
「体温が低かったのが‥‥どうなるか分からなかったですけど‥‥きっとご本人の帰りたいという気力が強かったんでしょうね‥‥」
病院へと向かう2人を見ながら結城は呟き、能力者達は報告に向かったのだった。
END