●オープニング本文

俺は約束しに行きたいんだ。

お父さんとお母さんに、俺は大丈夫だって、強くなったんだって。

そう、報告に行きたいんだ。

※※※

七海　鉄太（gz0263）――植物状態から奇跡的に目覚め、１８歳の身体に１０歳の心を持った少年。

少し前に彼は両親が死んでいるという事実を知った、その時は自棄になったけれど能力者達のおかげで立ち直ることが出来た。

「せんせい、聞きたい事があるんだけど‥‥」

鉄太は軽くノックをしながら保護者兼担当医である男性に話しかける。

「ん？」

「お父さん達のお墓って、何処？　俺、一回もおまいりにいったことない」

その言葉に男性の表情がギクリと表情を強張らせたのを鉄太は見逃さなかった。

「お墓、ないって事はないよね‥‥？　前に見た時に『墓地』とか書いてあったし‥‥」

鉄太の言葉に「‥‥いや、ある事はあるんだけど‥‥その」と何かが詰まったような曖昧な言葉を返してきた。

「鉄太、キミには残酷かもしれないけど――行くのは止めた方がいい。あの場所は、もう‥‥キメラに破壊されているんだ‥‥」

男性の言葉に「え」と鉄太は目を丸くして状況を飲み込めない表情で呟く。

「あの場所に、お参りに行く人はもういないよ。大きなキメラがあの場所にいるって話だから」

「でも、俺は行かなくちゃ‥‥お父さんやお母さんが死んだのを知ったのもこの前だし、それまで俺は‥‥何もしてあげられない、だから――せめて眠る場所くらいは取り戻したいんだ」

鉄太の言葉は１０歳の少年の言葉とは思えないほどに大人びたものだった。

（「‥‥目覚めて、能力者になって、いろんな人と交流して‥‥大人になっていくんだろうな、キミは」）

着替えて出て行く鉄太を見ながら男性は心の中で呟く。

（「もう、そろそろちゃんと１人立ちさせた方がいいのかもな‥‥」）

そう心の中で呟きながら「いってらっしゃい」と小さく呟いたのだった。

●参加者一覧

●リプレイ本文

――　少年の決意　――

　今回は七海　鉄太（gz0263）の両親が眠る墓に潜むキメラ退治――‥‥。
　自分の両親の眠る場所をキメラによって蹂躙された事への怒りがあるのか、鉄太は少しだけいつもと様子が違っていた。
「鉄太、今回も宜しくね」
　雪代　蛍（gb3625）が鉄太に話し掛けるのだが、いつもの彼女とは違って少し恥ずかしがっているような印象を受けて鉄太は首を傾げながら「うん」と言葉を返した。
「墓荒らしね‥‥」
　麻宮　光（ga9696）が資料を見ながらため息混じりに呟く。麻宮は幽霊などの類は全く信じないのだが、死者が眠っている場所での戦闘にはやはり考える所があるようだ。
「命を奪っただけでは飽き足らず、死者が眠る場所さえも踏み躙る‥‥許せない」
　白雪（gb2228）は拳を強く握り締めながら呟く。そしてチラリと鉄太に視線を移す。今は気丈に振舞っているけれど実際に両親の墓地についた時に彼は冷静でいられるのか、それが少しだけ心配だった。
「こんにちは、鉄太様。今回はお墓‥‥なんですよね」
　水無月　蒼依（gb4278）が少し表情を曇らせながら問いかけると「うん」と鉄太が言葉を返す。
（「‥‥まだ夜ではないだけマシな方なのでしょうか‥‥」）
　実は水無月はお化けなどが苦手であり、今回の任務地は憂鬱なものでしかなかった。
「‥‥とりあえず、眠っている方々の為にも‥‥早くキメラを退治してしまいましょう‥‥」
　早く退治すれば早く墓地から立ち去る事が出来る、そう考えて水無月は小さく呟いたのだった。
「今回のキメラは熊みたいな奴だったな、１体しか報告されていないらしいが‥‥まぁ、この人数なら何とかなるだろう」
　ユウ・ナイトレイン（gb8963）は資料を見ながら小さく呟いた。
「‥‥にしても墓を壊しているって本当に何がしたいのか分からんな」
　ユウはキメラの行動を理解する事が出来ずにため息を漏らす。仮に百歩譲って理解できたとしても決して許される事ではないのだけれど。
「‥‥お父さん、お母さん‥‥」
　ポツリと呟く鉄太を見て星月　歩（gb9056）は悲しそうに表情を歪める。
「大事な人の眠る場所を荒らすのは許せませんよね‥‥鉄太くんの為にも早く墓地を解放してあげたいです」
　星月が呟くと「大丈夫さ、油断は出来ないけどこれだけの人数が揃っているんだ」と麻宮が星月の頭を軽く撫でながら言葉を返したのだった。
「お墓、それは死者が唯一安らかに眠れる場所‥‥僕は今死者を冒涜するような事に対して激しく怒りを感じています」
　夕景　憧（gc0113）が資料をぐしゃりと握り締めながら声のトーンを落として呟く。
「あら、怒るのは無理ないと思うけど戦闘では冷静にしなくちゃこっちが危ないわ」
　白雪が話し掛けると「もちろん、戦闘は冷静に努めます」と夕景は言葉を返した。
「確かに死者の眠りを妨げる、許せないよ。最低だね」
　風間 千草（gc0114）は「だから容赦しないよ」と言葉を付け足しながら呟いた。
「それでは参りましょうか」
　水無月が呟き、能力者達はキメラを退治する為に高速艇へと乗り込む。いつもと変わりない筈のキメラ退治。
　だけど鉄太だけが普段と様子が違っている事に気づく者はまだ誰もいなかった。


――　荒れ果てた墓地、眠れぬ死者達　――

「‥‥随分と荒れ果ててしまっているわね‥‥早く元の静寂に戻してあげないと‥‥」
　白雪‥‥いや、姉人格の真白は墓地を見ながら小さく呟いた。墓地そのものは大した広さではなく、キメラを探す事に苦労はしないだろう。
　しかし‥‥草木は伸び放題、墓石も倒れて苔むしてしまっている。それなりの時間、この墓地は放置されている事が荒れ果てた姿から伺う事が出来た。
「‥‥この場所、俺知ってる‥‥まだ、お父さんやお母さんが死んでるって知らない時に一度だけ連れてきてもらった‥‥」
　そう、鉄太は一度だけこの墓地が機能している時に連れて来られた事がある。
「きっと、話せないまでもお前を両親に会わせたかったんだろうな」
　麻宮がポツリと呟く。
「それにしても、こんなに荒らすなんて酷い‥‥キメラを退治して早く元通りしなくちゃ」
　雪代が呟き、能力者達はキメラを捜索し始める。今回は獣、しかも熊のようなキメラだというから大きさはそれなりにある筈と考えて能力者達は捜索していた。
　もちろん、複数いるかもしれないという考えは捨てる事はなく油断しないようにしている。
「元は人々が冥福を祈り、死者たちは安らかに眠っているはずなのに‥‥それほどまでにキメラは人々を苦しめたいのでしょうか」
　酷い有様を見て夕景が呟いた。
「きっと、何も考えてないんだよ」
　そう呟く鉄太は彼を知る者ならば驚くほど静かな表情をしていた。
「ねぇ、あれって‥‥もしかしてあれが今回のキメラ？」
　風間が苦笑気味に呟き、前方を歩くそれを指差す。
　そこにいたのは通常の熊の２倍程のキメラ。歩くたびにズシンと地面が揺れるような気がするのはきっと気のせいではないだろう。
「行きましょうか、獣風情に分かるとは思わないけれど――自分がした事の重さを分からせてあげるわ」
　真白は『アラスカ４５４』を構えながら呟く。
　今回の能力者達はキメラと遭遇したらどのように戦うかを決めてこの場所へとやってきていた。
　前衛・麻宮、水無月、ユウ、星月、夕景。
　後衛・白雪。
　後方支援・風間。
　鉄太の護衛・雪代。
「鉄太様の事を宜しくお願いします」
　水無月は雪代に言葉を残して、キメラと戦うべく前へと出る。
「皆、出来るだけ集中攻撃を心がけるんだよ」
　風間が能力者達に言葉を投げかけながら『ＳＭＧ　スコール』を手に持ってキメラへと攻撃を仕掛けた。キメラは能力者達にはまだ気づいていなかったようで、不意を突かれた攻撃にキメラは行動に出るのが遅れる。
「死者を冒涜した罪は重い‥‥その罪、万死に値すると知れ」
　白雪は『アラスカ４５４』で攻撃を仕掛けてキメラの四肢を封じようとする。動きが止まった瞬間、麻宮はスキルを使用しながら攻撃を仕掛けた。
「これ以上、暴れて眠る人たちの妨げになってもらっても困ります‥‥だから、ここで倒れて下さい」
　星月も麻宮の攻撃にあわせるように『コンユンクシオ』を振り下ろす。
「あいつが、お墓を壊したんだ‥‥」
　能力者達が戦う中、鉄太はキメラを見てポツリと呟いた。
「鉄太？」
　様子がおかしい事に気づいた雪代が鉄太の名前を呼ぶと「あいつが、あいつがっ！」と拳を強く握り締めながら激しく叫び始める。
「て、鉄太っ！　気持ちは分かるけど落ち着いて、冷静じゃないと怪我するよ‥‥もう１人前なんでしょう」
　雪代の言葉に「だって、あいつが‥‥」と鉄太は今にもキメラに飛び掛りそうな勢いで声を抑えていた。
「お父さんやお母さんがここに眠っているんでしょ？　２人の前で無茶なことをする姿を見せたいの？」
「‥‥ッ」
「雪代の言う通りだ、無茶なことをして、怪我をして、誰が一番悲しむのかを考えろ」
　ユウは言葉を残して『二刀小太刀　永劫回帰』を手にしてキメラへと向かっていった。ユウが駆けて行ったのとほぼ同時に夕景が『拳銃　ルドルフ』で牽制攻撃を仕掛け。キメラの動きが止まった後にユウがスキルを使用しながら攻撃を仕掛ける。
「‥‥乱暴狼藉もここまでです、泉下で後悔なさい」
　水無月はスキルを使用しながらキメラとの距離を詰めて『菫』と『乙女桜』を振り回しながら攻撃を仕掛けた。
「‥‥技の名前くらい考えたほうがいいかしら」
　地面にズシンと沈むキメラを見ながら水無月が小さく呟く。
「水無月、下がれ！」
　ユウの言葉に水無月は状況を把握する前に後ろへと下がる、すると先ほどまで水無月が立っていた場所にキメラの攻撃がやってきて地面がべこりとへこむ。
「ほら、こいつで仕留めるよ！　皆ぁ当たんじゃないよ！」
　風間が『貫通弾』を使用しながら攻撃を仕掛ける、通常より大きなダメージを受けたせいかキメラが背後の木にどすんともたれかかるようにして倒れこむ。
「往生際が悪いな」
　麻宮は冷たく呟きながら攻撃を仕掛け、追撃するように星月も攻撃を仕掛けた。
「去れ、忌まわしき者。お前にこの静寂は相応しくない」
　真白は呟きながら『貫通弾』を装填し、スキルを使用しながらキメラへと強烈な一撃を与える。
「ほら、鉄太――あんたも戦うんだよ、ここはあんたが戦うべきところ」
　雪代に背中を押されて鉄太も戦闘へと参加する。
「あなたが眠りを妨げた人たちに謝ってきなさい」
　夕景は呟きながら『夜刀神』を振り上げ、スキルを使用しながら攻撃を仕掛けた。
　その後は弱ったキメラに苦労する能力者達ではなく、追い詰めながらキメラを退治したのだった。


――　お墓掃除、そして‥‥　――

　キメラを退治した後、能力者達は荒れた墓地をそのままにして帰還する事など出来ずに自分達で出来る範囲を片付けていく事にした。
「‥‥そういや、俺全然両親の墓参りなんてしてないな‥‥まぁ、墓と言う墓もないのが事実だが‥‥」
　片づけをしながら麻宮がポツリと呟く。
「‥‥帰ったら、供養？　って言えばいいのかこういう場合は。とにかく俺を助けて死んじまったわけだし‥‥俺もちゃんとしておくかな」
　ふぅ、とため息を吐きながら呟いた時に隣にいた星月が「私の両親‥‥どんな人だったのかな‥‥」と寂しそうに呟いた。自分の名前以外の記憶がない彼女は勿論両親の記憶もなかったのだ。
「‥‥寂しいか？」
　麻宮が問いかけると、星月は少し考えながら首を横に振る。
「確かに寂しいけど‥‥今はお兄ちゃんがいてくれるから大丈夫」
　記憶がもし戻ってもお兄ちゃんと一緒にいられたらいいな、星月は心の中で小さく呟いたのだった。
「ここが‥‥お父さんやお母さんが眠る場所」
　荒れ果てた墓石の前に鉄太が立ち、倒れた墓石を能力者達と一緒に起き上がらせる。
「鉄太くん、約束の写真は持ってきてくれた？」
　真白が問いかけると鉄太は首を縦に振って、保護者兼担当医の男性と一緒に写っている写真を真白へと渡す。
「‥‥お墓に供えましょう、ご両親が寂しがらないように」
　真白は写真を供えた後で愛用の龍笛で弔いの曲を奏でた。
「おれ、がんばるからね。お父さん、お母さん」
　涙をボロボロと流しながら呟く鉄太を見て白雪は『‥‥幼い子供‥‥なんだよね、あの子』と真白に問いかける。
「そう聞いているわ。ずっと眠りについていたから‥‥心はまだ子供のままだって‥‥」
　真白の言葉に『そっか、ありがと』と言葉を白雪は返す。
「お掃除するのも久しぶりです‥‥あ、お外のお掃除だけですよ？　お部屋はちゃんと片付けてますし――きゃっ」
　掃除の途中で水無月が躓いて地面に倒れこみかけたとき、ユウが腕を引っ張って倒れないように支えた。
「あ、ありがとうございます、普段は躓いたりしないんですけど‥‥ね」
　苦笑しながら水無月はユウに礼を言って掃除の続きを再開した。
「死者への冒涜は僕が許さない――きっと、もう眠りが妨げられることはないから、ゆっくりと眠ってください」
　夕景は手を合わせながら、今までゆっくりと眠れなかった死者たちがこれから先は眠れるように祈る。
　その中で雪代は鉄太の両親が眠る墓石の前に立っていた。そして近くには先ほど倒したキメラ。
「どうしようか、このキメラ」
　苦笑しながら雪代が鉄太に話し掛けるが、鉄太は何も言葉を返さない。
「あ、のさ‥‥実は鉄太に言いたい事があってね‥‥初めてあった時からいいかなっておもってた‥‥でね、鉄太のこと、好きになっちゃったみたい」
　雪代の言葉に「俺も大好きだぞ？」と首を傾げながら言葉を返してくる。恐らく意味が分かっていない、鉄太は雪代の言う『好き』が友達の『好き』と思っているのだろう。
「もう、そういう好きじゃなくて！　はぁ‥‥こんな素直じゃないあたしだけど付き合って‥‥じゃない、付き合ってください」
　雪代の言う『好き』の意味が分かったのか鉄太は顔を真っ赤にしながら「あわわ」と目を瞬かせながら少し混乱しているようだった。
「えっと、その‥‥おれも、だいすきだぞ」
　顔を真っ赤にして鉄太が言葉を返し、雪代も嬉しそうに「ありがとう」と言葉を返した。

　その後、帰還する高速艇の中では他の能力者の皆から温かい視線を浴びて、少しだけ落ち着かない２人だった。
　そして「鉄太に彼女‥‥！？」と一番驚いたのは彼の保護者でもあった。
「‥‥俺もいないのに、何か今回は色んな意味で鉄太が俺から離れていくよ‥‥」
　拗ねる保護者の男性に鉄太と雪代は笑うしかなかった。


ＥＮＤ