●リプレイ本文
―― ネガな女 ――
今回の任務、それは任務内容ではなく別な意味で心配なものだった。
「こんにちは‥‥存在価値すらない私が貴方達みたいな人と一緒に任務をしていいのかも分かりませんが、迷惑をかけないようにしたいです‥‥けど迷惑をかけてしまうと思うんですよね‥‥」
雨月・沙耶、登場早々から早くも場の空気を盛り下げる発言をして能力者達から冷ややかな視線を浴びていた。
「役に立たないですけど、宜しくお願いします」
土下座に近い勢いで頭を下げる雨月にこれ以上ないくらいの輝いた笑顔でリュイン・カミーユ(
ga3871)が雨月の肩にポンと手を置く。
「我はネガティブとは縁遠いので、雨月のような人種はよく分からん。だが『役に立たない』と言うのなら役にたたせてやろうじゃないか」
なぁ、ときらきらした笑顔でリュインは言葉を返した。
「でも‥‥私のせいで高速艇が落ちたらごめんなさい」
任務に行く前から不吉なことを言う雨月に対して「わぁ、ジェットコースターみたいで楽しそうですねぇ」と宇佐見 香澄(
ga4110)がにこにことして言葉を返す。確かにジェットコースターのような感じなのだろうが、行き先はきっとあの世である事を彼女は忘れている。
「何で、何で僕は‥‥」
がっくりとうな垂れながらビッグ・ロシウェル(
ga9207)が嘆いている。今回の任務、彼は張り切ってやってきていた。変態もいない、オカマもいない、危ない人もいない、敵も普通と来れば自分もエースのように戦える――そう信じてやってきたのに。
(「別な意味で危ない人がいる‥‥しかもじーっと見てる‥‥」)
「何か、私が存在しているせいでごめんなさい」
意味の分からない事で謝られ「いや、別に、その」とビッグは言葉を返す。
「雨月さんは珍しい人なのであります。世の中能力者ってだけで天狗になってしまう人が多いっていうのに、稀に見る謙虚な人なのであります」
きっと、と言葉を付け足しながら呟くのは美空(
gb1906)だった。
「え、そ、そんな事を言われても何もお返しできません‥‥褒められているのに何もお返しできない私なんて――もう死んでお詫びするしか、だから殺してください」
(「‥‥見なきゃよかった、言わなきゃよかったと思うのは気のせいでありますか」)
顔に笑顔を貼り付けたまま美空は心の中で呟いた。
「‥‥森の中で‥‥鳥型のキメラですか‥‥厄介ですね‥‥」
結城 有珠(
gb7842)が資料を見ながら呟く。
「そういえば、鳥型キメラだっけ? んじゃ、美空のガトリングがあれば一発かな?」
大槻 大慈(
gb2013)が資料を見ながら呟くと「私も銃を使えたらお役に立てたのに‥‥」とぼそぼそと小さな声で雨月が呟いていた。
「でもさ、キメラが落ちてきた時に頑張ればいいじゃん! 此処にいる皆も銃を使わないで戦う人もいるんだしさ」
雨月のネガティブ発言を陽山 神樹(
gb8858)がポジティブ発言に変えるのだが‥‥。
「でも、私は何も役に立たない生きてるだけで無駄な能力者ですから‥‥」
雨月の言葉に「ぐ」と言葉を詰まらせる陽山、その通りだ――と思って言葉を詰まらせたのではなく『何を言ってもネガティブにしか返さない』事に対して言葉を詰まらせていた。
そして、そんな様子を見ていた美沙・レイン(
gb9833)は「このままじゃいけないわ‥‥」と小さく呟いた。
(「ネガティブな事を何も考えないのはダメだけど、それによって生じる周りの迷惑を考えないのは最悪よ」)
美沙は心の中で呟いた後に「仕方ないわ、今回の任務で少しでも調教‥‥いえ、教育をしないとね」と言葉を付け足したのだった。
「んっと、まずはキメラ退治‥‥かな」
大槻は呟き、能力者達は「落ちたらごめんなさい」と謝り続ける雨月と共に高速艇へと乗り込み、別な意味での不安を感じながらキメラがいる場所へと出発したのだった。
―― 生い茂る森、ネガる雨月 ――
今回の能力者達は迅速に任務を遂行すべく、囮班、援護班、迎撃班の三つに班を分ける作戦を立てていた。
囮班・陽山、ビッグ、雨月。
援護班・リュイン、宇佐見、美沙。
迎撃班・結城、美空、大槻。
「それじゃ、迎撃班の3人は先ほど決めた場所にて待機――でいいな」
リュインが地図を取り出しながら他の能力者達に話し掛ける。現地に来るまでに森の地図にて戦闘に適した場所を探し、そして見つけていた。
空き地――とまでは行かないが、森の中の割りには多少広さがあり戦闘をするには申し分ない場所だった。
しかし雨月は高速艇の中でもネガティブ発言をしており、能力者達をイラつかせ、そして不安にさせていた。
高速艇が落ちる、と発言すればリュインから「落ちたら責任を取れ」といわれビッグからは「不吉な事言わないで下さい!」と叱られる。
まだキメラさえも発見していないというのにネガティブ発言は20を超えており、陽山もポジティブを維持できなくなり、囮班にはネガティブ能力者が1人から2人へと増えていた。
「きっと私がいるからいきなり山火事‥‥じゃなくて森火事になるんです」
「あーぁ‥‥きっと任務成功しても俺だけ報酬が少ないんだろうなぁ‥‥」
「ああああああ、これはもう僕もネガティブになれという事ですかっ! そうですか! わかりました――って分かるわけないだろおおお!」
雨月と陽山のネガティブに良い具合にビッグも壊れかけ、色んな意味で『囮』を確りとしていた。
そしてそんな囮班を見ながら「何をしてるのかしら‥‥」と美沙がため息混じりに呟いた。囮班がキメラと出会ったら迎撃班が待機している場所に迅速に誘導出来るように、そして囮班が危険な目に合わないようにと少し離れた所に援護班がいる。離れている為に囮班が何を言っているかは分からないけれど、きっとあまり大した事ではないのは明らかだった。
「‥‥ある意味、確りと囮をしているからいいんじゃないか?」
リュインはさらりと言葉を返すと「そうですね、きっとキメラを誘き寄せるためにあんなに騒いでいるんでしょうね」と宇佐見も呟いた。
(「それは、違うと思うわ」)
宇佐見の言葉に美沙は心の中でツッコミを入れる。
「あの、大丈夫ですよ‥‥陽山さん、あなたがいくら役に立たなくても私以上に役にたたない無駄な人間はいないと思いますから」
雨月が陽山にフォローを入れるのだが、何気に酷い事を言っている事に彼女は気づかない。
「そっか‥‥俺って役立たずなんだ‥‥そっか」
「あ、ご、ごめんなさい‥‥っ! そんな意味じゃないんです! 私以上に必要のない人間はいないという事を伝えたくて、あの――ビッグさんも何かフォローを‥‥」
雨月がビッグに助けを求めるのだが、彼は彼で今は自分に降りかかっている災難と向き合う事で精一杯の為、雨月の言葉が耳に入らなかった。
シカトされた、そう思った雨月は爪をがりがりと齧り、ジト目でビッグを睨む――もとい見つめていた。
「もう既に何が何やら状態みたいね」
後ろからその様子を見ていた美沙が呟くと「全く、雨月に振り回されすぎだ」とリュインは呆れたように呟いた。
「でも、あまり緊張せずに戦いに望めそうで――きゃあ!」
宇佐見は呟きながら木の根に足を引っ掛けて顔からコケてしまう。
「は、はにゃ‥‥打ちまひた〜‥‥いひゃいですぅ‥‥」
きっとこの場面を雨月が見ていたら『私のせいでごめんなさい』とでも言うのだろう。
「騒いだおかげかしらね」
ほら、と美沙が上を指すとバサバサと人間ほどの大きさをした鳥が旋回しているのが能力者達の視界に入ってきた。
「ほらー! キメラが来た!」
がっくりと『orz』のように地面に手をつけてうな垂れる2人にビッグが慌てて話し掛ける。
「きっと此処であなたが殉職したら私のせいなんですよね」
「分かってるなら動いてー!」
危機的状況になるまで援護班は手を出さないはずだったが、キメラと遭遇してすぐにも危機的状況に陥り、援護班が手を出さざるを得なくなった。
「ほら、キメラを誘導しなくちゃいけないのよ。陽山さんも雨月さんのネガティブに引き寄せられないの」
美沙が陽山に話しかけて長弓を構えてキメラへと向けて射る。当たらなかったけれどキメラの気を引く事には成功して、待機班に連絡を入れて誘導を開始したのだった。
―― 暗雲立ち込める戦闘、始まる ――
「キメラが‥‥此方に向かって‥‥来るようですね」
結城が呟き、超機械クロッカスを持って戦闘に備える。
「何か通信では『早く立ち上がって』とかいう声も聞こえたけど‥‥大丈夫だったんかな」
大槻は苦笑しながら先ほどの通信を思い出す。キメラが現れた、という報告の後ろでは「早く立ち上がって」や「ネガティブに引き寄せられないの」などという声が聞こえてきて別な意味で迎撃班は不安を感じていたのだとか。
「雨月さんも此処まで生き残ったのでありますから色々言っていてもきっと大丈夫なのであります」
美空が呟くと「そうだよな、此処まで生き残ってるんだからな」と大槻も言葉を返した。
しかし美空と大槻のこの言葉はこれより十数分後に覆される事になる事を2人はまだ知らない。
それから囮班や援護班が近づいているのか、キメラもどんどん此方へと近づいてくる。美空は大口径ガトリング砲を構え、美空のちょうど真上を通った所で攻撃を仕掛ける。
予想もしていなかった攻撃を受け、キメラは奇声をあげながらずしんと重たい音をさせながら地面へと落下してきた。
「おらぁッ!」
落ちてきた瞬間を狙って大槻がバトルハリセンを使用して攻撃を仕掛ける。
「雨月、役に立たせてやろう」
ちょいちょいと手招きをしながらリュインが雨月を呼び、それと同時にキメラもリュインを狙って攻撃を仕掛ける。
「ゲフッ」
攻撃がリュインに当たる寸前で、彼女は雨月を盾にして「後で治療してもらえ」と言う言葉を投げかけてスキルを使用しながらフォルトゥナ・マヨールーで攻撃を仕掛ける。再び空へと飛び立とうとしていたキメラは翼にまともに攻撃を受けて再び地面へと落ちる。
「目標、有効射程まで‥‥3、2、1――撃ちます」
覚醒によって性格反転した宇佐見がエネルギーガンを構えてキメラの翼を狙って攻撃を仕掛ける。
そして接近攻撃を仕掛ける能力者たちに結城がスキルを使用して能力者達の武器を強化する。
「‥‥地上に下ろしてしまえば‥‥逃げる事も出来ませんから‥‥」
結城は呟きながら超機械にて攻撃を仕掛けた。
「お前が現れたせいで‥‥俺までネガティブになったじゃねぇか!」
陽山は雨月のネガティブに引き込まれたのをキメラのせいにして小銃S−01にて攻撃を仕掛ける。
「あぁくそっ! 銃は苦手なんだからさっさとやられろ!」
陽山は攻撃を続け、キメラは立っている雨月へと攻撃を仕掛けるため動き始める。
そして、それまで沈黙を守っていた(途中盾にされたけど)雨月はクワッと瞳を開くと‥‥。
「ごめんなさい!」
そう叫んでキメラに向けて土下座をした。
彼女のこの行動には能力者達はぽかんとするしかなく「何してんのー!」と叫ぶビッグによって庇われ、雨月は怪我をすることがなかった。
「ちょっと! 何してんの! 何で謝るの! 何で何で何で!」
既に壊れたビッグは雨月に詰め寄るのだが「いえ、私がいるせいで怒っているのかな、と」と言葉を返してきた。
「それに、私のせいだったら申し訳ないなと思いまして死のうかと‥‥」
その言葉を聞いたリュインがぐいっと雨月の胸倉を掴む。
「役に立たないから死ぬ、大いに結構。死にたいなら誰かに頼め、我ならそう言うが我達に迷惑をかけるな。雨月の行動のせいでビッグは負傷したんだ」
分かってるのか、そう問われて「はい、私が生きてるのが悪いんですよね」と全く分かっていない言葉を返してきた。
能力者達は盛大にため息を吐いて、自分達の安全の為にもさっさとキメラを退治してしまう事を決意する。
美沙は長弓を構え、キメラの目を狙って攻撃を仕掛ける。その攻撃は見事に当たり、動きの止まったキメラに陽山が近距離から射撃を行う。
「‥‥早く倒しましょう‥‥周りの方に迷惑がかからないうちに‥‥」
結城が呟くのだが、既に迷惑が掛かっているというのは突っ込まないほうがいいのだろう。
そして宇佐見はスキルを使用してキメラの防御力を低下させ、能力者達の武器を強化する。その後は先ほど少し怪我をしたビッグと雨月の治療を行うことにした。
「そろそろ死んでくれ、これ以上長引かされると我達にも被害が出そうだ」
リュインは呟き、キメラの背後から攻撃を仕掛け、大槻や美空もそれに合わせて連携して攻撃し、見事にキメラを退治する事が出来たのだった。
―― キメラ退治終わりて ――
「なぁなぁ、いつも後ろ向きな事しか言わないって聞いたんだけどさ‥‥今まで生きてきた中でよかった事って一度もないのか?」
戦闘が終わった後、大槻が雨月に問いかける。
「一度だけありました、商店街のくじでポケットティッシュが当たったんです」
(「それって一般的にハズレって言うんじゃ‥‥」)
大槻は心の中でツッコミながら「そ、そうだ」と言葉を続ける。
「幸福量保存の法則って聞いたことあるか? 悪い事が起きたのと同じだけ良い事も起きるって事なんだぜ? 今まで悪い事ば〜っかりだったんなら、これからは良い事が置き続ける〜ってやつだ」
「でも誰がそれを証明したんでしょうか」
雨月の言葉に「う」と大槻は言葉を返し「うん、匙な〜げた」と何処からかスプーンを取り出して投げた。(もちろん後で拾う)
「‥‥あなたは何もしていないだけでしょう‥‥行動を起こさずに待っているだけでは幸運を掴めない‥‥どんな事があっても諦めずに、行動すべきではないでしょうか」
結城が呟くと「そうですね、私これから諦めずに諦める事にします」と既に言葉として成り立っていない言葉を返し、結城は余計に疲れが押し寄せてきたのだとか。
「ネガティブになるのは自分に自信がない証拠よ、とりあえず自信を持ってみてはどうかしら?」
美沙が問いかけると「無理です、私なんて生きてる価値のない酸素無駄使い女なんですから」と俯きながら言葉を返す。
「酸素の無駄なら息を止めろ」
リュインの鋭いツッコミに泣きそうになる雨月だったが「ま、まぁまぁ‥‥」とキメラが本当に死んでいるか確認をしていた陽山によって仲裁された。
雨月はシカトはされていないけれど「お恨みします」的な視線をリュインに投げるのだが「それがどうした」的な態度によって一蹴されてしまうのだった。
その後、能力者達は本部に報告する為に高速艇に乗って帰還していったのだった。
その高速艇の中、結城は「少しでもキメラの数を減らせていればいいのだけれど」と雨月によってもたらされた陰気な雰囲気の中で思っていたのだった。
END