●リプレイ本文
―― 哀れな少年を眠らせるべく ――
今回の事件は実に奇妙なものだった。
事故によって死んだ子供が蘇り、街の住人達を襲い始めるというもの。何が原因なのかはいまだ分からず、母親は悲しみに明け暮れていると能力者達に渡された資料には書かれてあった。
「死んだはずの子供が‥‥人を襲う‥‥。母親にとっては‥‥二重の苦しみ‥‥だよね」
必ず‥‥解放する、幡多野 克(
ga0444)は小さく言葉を付け足しながら呟いた。
「事故で子供を亡くしただけでは飽き足らず、その骸まで汚されるとは、その女性の気持ちがどれほどのモノか察するに余りありますわね‥‥ここは一刻も早くそのキメラを退治して差し上げなくてはなりませんわね」
クラリッサ・メディスン(
ga0853)は呟きながら本部から受け取った街の地図を見る。問題の街の規模はそこまで大きなものではなく、8人の能力者が手分けして探せばキメラを見つけられるだろうと感じていた。
(「相手は子供の姿をしたキメラ‥‥数日前まではそこらの子供と何ら変わりなかった少年の‥‥キメラか」)
麻宮 光(
ga9696)は資料を見ながら心の中で呟く。確かに哀れな少年なのだろうが、現在はただの住人を脅かすキメラとなり果てている。
だから麻宮は手加減をするつもりは毛頭なかった。だが――子供の身体だけは確りとキメラから奪い返そう、そう強く決意をしていた。
(「昔を思い出すわね‥‥」)
白雪(
gb2228)、いや姉人格の真白は心の中で呟く。気が狂った人や異能の犯罪者の退治も彼女は本業として行っていた為、今回の事件を聞いて葬った人たちの遺族の事を思い出していたのだ。
「よもやこのような幼い命まで弄ぶとは‥‥」
メビウス イグゼクス(
gb3858)は資料に添付してある写真を見ながら呟いた。その写真は1人の少年がカメラに向かってピースをしているもので、今回のキメラとなった少年が『生きていた頃』の写真なのだろう。
幼い命が弄ばれ、挙句に異形のものへと変えられた――この事実をメビウスは決して許す事が出来ず、拳を強く握り締めていた。
「むむむ、今回は悲しい依頼ですねぇ‥‥ちょっとしんみりです」
いつもならばもっとテンションの高いカルミア(
gc0278)なのだろうが、今回は事件の内容が内容という事でツインドリル風の髪も少し元気がなさそうに見える。
「今回は、出来るだけ苦しまないようにすぐに楽にしてあげたいです」
カルミアが呟くが、その気持ちはどの能力者達も持っていた気持ちだった。哀れな少年には安らかな安息をあげたい、誰もが同じ気持ちを持っていた。
「‥‥自分より若い者が死ぬというのは、なかなかやりきれないな‥‥まして、それがキメラになったというのでは‥‥」
久我 源三郎(
gc0557)は憂いた表情で資料を眺めて呟く。
「とはいえ、やらねばならぬ事を淡々とやり遂げねばならぬ‥‥因果なものだ」
少年の事が心配なのだが能力者である以上、キメラを退治せねばならないのだ。それが例え『数日前には生きていた少年』でも。
「今回は不思議な事件だなぁ‥‥」
殺(
gc0726)はポツリと呟く。依頼を受けたのも『自分の目で見てみよう』という事がキッカケだったらしい。
「それじゃ‥‥向かいましょうか‥‥」
能力者が全員揃ったのを確認して、幡多野が呟き、少年キメラを退治する為に能力者達は高速艇へと乗り込み、目的地へと出発していったのだった。
―― 悲しみの呪縛を解き放つ為に ――
今回の能力者達は任務を迅速に遂行すべく、班を4つに分けて行動する事にしていた。
A班・幡多野、殺の2人。
B班・クラリッサ、メビウスの2人。
C班・麻宮、カルミアの2人。
D班・久我、白雪の2人。
「発見したら、この公園まで誘導すればいいんですね」
麻宮が地図の上の公園部分を指しながら呟くと「そうですね」とクラリッサも言葉を返した。
「この公園でしたら戦闘するにも申し分ない広さですし‥‥何より、普通に道路とかで戦っていたら一般人を巻き込む可能性がありますからね」
クラリッサは呟く。いくら住人達が家から出ないようにしているとはいえ、戦闘すれば家そのものに被害が及ぶ可能性があるかもしれないと考え、能力者達は公園で戦闘を行う作戦を立てていた。
「お互いトランシーバーで連絡を取り合うようにしましょう」
白雪が呟き、能力者達はそれぞれの相手と共に少年キメラを探すべく街の中を歩き出したのだった。
※A班※
「ふ〜ん、ここがそうか‥‥」
殺は誘導場所、もしくは合流場所となる公園を見に来ていた。広さとしては申し分なく、確かに戦闘をするには適した場所だった。
「そろそろ‥‥探しに行こう‥‥」
幡多野が呟き、殺は「分かった」と言葉を返して自分達が担当する場所で少年キメラを探し始める。
「確か‥‥街の中を徘徊してるって資料にはあったよな」
殺が資料を再び確認してみると確かにそう書いてある。
「何か‥‥分かったことでもあった?」
幡多野が問いかけると「いや、別にそういうんじゃないんだ」と返し、言葉を続ける。
「歩いているなら、音くらいするよなって思ってさ。肉球でもついていない限りは」
元が人間なのだからそれは無いだろし、と言葉を付け足す。
そしてチラリと幡多野はトランシーバーに視線を向けるけれど、他の班からの連絡はまだない。つまりまだどの班も少年キメラを発見できていないのだろう。
「早く‥‥見つけよう」
幡多野は呟き、殺と2人で捜索を再開したのだった。
※B班※
「まだ、発見はされていないんですね」
クラリッサはため息を吐きながらトランシーバーを見て呟いた。
「そのようですね‥‥一体バグアは何を考えているのか、幼い子供の骸を弄んだだけではなく、母親の心まで弄ぶなんて‥‥」
『お願いです、どうかあの子を助けて‥‥』
これは母親が本部に息子の事を依頼した時に言っていた言葉なのだとか。人々を傷つけるキメラとなった息子、それを能力者に頼む事、結末は恐らく母親自身も分かっていた事だろうとメビウスは思う。
「一体、どんな気持ちで私達にお子さんの事を頼んだんでしょうね」
クラリッサも同じ事を思っていたのかポツリと呟く。
「いえ、まずは見つける事が先ですね」
クラリッサは風に靡く髪を押さえながら呟き、少年キメラの捜索を続けた。
※C班※
他の班が街の中を走り回って捜索しているという事を知り、麻宮とカルミアは家の屋根や電柱など、住宅地ならではの高低差を利用しながら捜索を行っていた。
地上を歩いていただけでは見つけられない物も上から探せば見つかる事もあるのだから。
「早く‥‥こんな悲しい依頼は終わらせるのです‥‥」
カルミアは何時ものような元気さを取り戻すことないまま任務を続けている。
「あれは‥‥」
麻宮が何か異変を見つけたらしく「何か見つけましたか?」とカルミアが問いかけ、麻宮が見ている方向へと視線を移す。
その視線の先には学校があり、学校の前の道をゆっくり、ゆっくりと歩く不自然な人物がいた。
「怪我でもしてるんでしょうか、よくは見えないけど歩き方がおかしいですね」
目の所に手を当て、遠くを見る仕草をしながらカルミアが呟くがやはりよくは見えない。麻宮は所持していた双眼鏡で不審な人物を見て、目を大きく見開いた。
「キメラだ!」
麻宮は呟くと同時に屋根の上から器用に降りて少年キメラの方へと走っていく。
「ちょ、ちょっと待ってください〜っ」
カルミアはトランシーバーで他の班に「学校付近にキメラを発見しましたっ! これから誘導します」と連絡をした後、麻宮を追いかけてキメラの元へと急いだのだった。
※D班※
「あなた達が、能力者ですか‥‥」
久我と白雪、一緒に少年キメラを捜索していた所へ1人の女性に話しかけられる。その女性は随分とやつれた表情をしており、マトモに寝ていないことが伺える。
「そうですが、あなたは?」
久我が女性を見ながら問いかけると「私は‥‥あの子の母親です」という言葉が返ってきて、久我と白雪は互いに顔を見合わせて驚いた。
「どうか、あの子を‥‥お願いします」
深く頭を下げながら女性は白雪と久我に懇願してくる。
「ごめんなさい。私は、いえ‥‥私達は貴女の願いに『死』という形でしか応えてあげられない。だから‥‥どうか許して‥‥」
白雪は女性を抱きしめながら、今にも泣きそうな口調で言葉を返した。久我はそれを少しつらそうな表情で見ていた。
「いいえ、私のあの子は‥‥ブランコから落ちて死んでしまったんです――それはつらい事実だけど受け入れなければならない。だからこそ、私はあの子を眠らせてあげたい、そう思って‥‥あなた方にお願いしました」
女性は白雪から離れ、もう一度深く頭を下げて「あの子を、眠らせてあげてください」と言葉を紡いだのだった。
それから女性と別れ、久我と白雪は少年キメラを捜索し始める。
「強く、生きて欲しいものだな――子供の分まで」
久我は先ほどの女性を思い浮かべながら呟き、白雪が言葉を返そうとした時だった。
C班の能力者からキメラを発見したという連絡を受けたのは‥‥。
―― 魂はあるべき場所に ――
C班からの連絡を受け、A、B、D班は戦闘場所として決めていた公園へと急いで向かっていた。
そしてC班は‥‥。
「躊躇いは、しない‥‥」
拳銃ラグエルをキメラへと向けて、牽制しながら麻宮が呟く。そして追いついたカルミアも小銃S−01でキメラが別の方向に行かないようにと牽制し、麻宮と一緒に誘導を始めた。
それから十数分後、キメラを誘導しながら麻宮とカルミアが公園へとやってきた。そのキメラの姿は生前とあまり変わらず、能力者達に動揺を与えていた。
「死してもなおキメラになり苦しむなど‥‥許すわけにはいかない!」
幡多野は月詠を握る手に力を込めながらやや大きな声で呟いた。
「‥‥終わらせましょう、すぐに」
クラリッサは呟き、スキルを使用してキメラの防御力を低下させ、能力者達の武器を強化する。それが終わった後、彼女はエネルギーガンを手にして支援を始める。
「その身体に無用な傷はつけない」
麻宮はスキルを使用しながら脚力を強化し、キメラへと攻撃を仕掛ける。彼が呟いていること、それは実行に移すには少しばかり難しい。
だが彼を含め、母親の事も考えて出来るだけ遺体に損傷がないようにしたかったのだ。
「憐れな操人形‥‥すぐに解き放ってあげるから‥‥」
真白はスキルを使用しながら攻撃を仕掛ける。
「子供といえど‥‥キメラはキメラ、ですか‥‥油断は出来ませんね」
メビウスも遺体の損傷の事を考えて攻撃をしていたのだが、キメラから反撃を受け、小さく呟いた。
「お願いだから、早く倒れてっ!」
カルミアはアイスエッジで攻撃を仕掛けながら願うように呟いた。いつもならばざくざくと楽しむように切り刻む彼女だったけれど、今回は自重して攻撃を行っていた。
「はっ‥‥!」
殺は背中や腹に蛇剋で攻撃を行う。
それなりのダメージをキメラも受けたのだろう、逃げようと能力者達に背中を見せたのだが‥‥。
久我がキメラを投げ飛ばし、その場に押し留める。
「‥‥こんな所で軍経験がものを言うとはな‥‥因果なものだ」
久我は呟き、キメラが逃げぬように退路を断つ。
「ごめんね」
幡多野が呟いて攻撃を仕掛け、メビウス、白雪がトドメを刺す為に行動を開始し始める。
「さようなら、黄泉路での幸せを祈っているから」
呟きながら白雪はアラスカ454に『貫通弾』を装填して構える。
「眠りなさい‥‥奥義、無毀なる‥‥湖光!!」
スキルを使用しながらメビウスが攻撃を仕掛け、白雪はそれにあわせて弾丸を放つ。同時に2人の強烈な一撃を受けたキメラはそのまま後ろへと倒れ、起き上がることはなかった。
―― 少年の遺体は ――
キメラとの戦闘が終わった後、殺は自分が着ていたコートを少年にかける。大きな傷が無いとは言え、倒すためにつけた傷がいくつもあるのだから。
「あの‥‥1人の女としてはこのまま手厚く葬るのが正しいあり方だと思っています。ですが‥‥今回のような遺体を動かしてキメラ化するという特殊なケースは今後の参考となる事も確かと想います」
クラリッサは葛藤と苦渋の表情を浮かべながら言葉を続ける。
「ですから、冷たいといわれるかもしれませんが、研究所に送る事も検討して頂ければ助かります。勿論無理強いをするつもりはありませんので、皆の意見に従いますわ」
クラリッサの言葉に「俺は‥‥」と幡多野が呟く。
「遺体の損傷も激しくないし、母親に‥‥返してあげたいと思う‥‥。母親に見せれないくらい‥‥損傷が激しかったら研究所‥‥と思うけど」
「俺は‥‥母親の判断に任せたいと思うんだけどな」
麻宮が少年の遺体を見ながら呟く。
「自分の腹を痛めて生まれて来た子供が自分より先に亡くなる、そんな辛さは男の俺にはきっと永遠に分かる事はないだろう。だけど、どちらにしても気持ちの整理は自分でつけないといけないと思う」
多少なりとも似た経験を持つ麻宮の言葉は凄く重い物に能力者達は感じられた。
殺も麻宮と同じ意見らしく、能力者たちは母親に聞いて、判断してもらうという事にした。
「私は‥‥このまま葬ってあげたい、私がこの子に出来る最後の事ですから‥‥」
能力者達から話を聞いた母親は「自分の元で葬りたい」と能力者達に告げた。ある程度綺麗にしてから遺体を引き渡し、母親は深く頭を下げて「ありがとうございました」と能力者にお礼の言葉を繰り返していた。
「子供のことは残念だが‥‥一番の供養は忘れずに、覚え続けながらもしっかりと生きていくことだ。悲しみ泣き続けるだけでは何も生まれない‥‥前を向いて歩いていくことだ‥‥」
「こんな事が繰り返されないよう‥‥我々も戦争の早期終結に全力を尽くします。だから‥‥貴女もお子さんの分まで生きてください」
久我とメビウスが母親に話し掛けると「ありがとう」と言葉を返してきた。
「こうやって‥‥人の感情を弄ぶ‥‥なんて‥‥。バグアという地球外の生命体には‥‥本当の心など‥‥ないのかもしれない‥‥」
幡多野はポツリと呟く。
「願わくばこういう思いをする人が1人でも減るように、こんな思いをさせない世界に早くしたい‥‥な」
麻宮は空を見上げながら呟き「そうですね」とクラリッサが言葉を返した。
「何度繰り返しても‥‥慣れはしないわね。人を失う事も、人を失わせる事も」
真白は百夜暗香の香りで心を落ち着かせながら俯き、小さく呟いた。
「今回はとっても悲しい依頼でした‥‥」
カルミアは小さなため息を吐きながら空を仰ぎ、呟く。
「こういう事はもう、あってほしくないな」
殺が呟き、能力者達は報告の為に本部へと帰還していったのだった。
END