●リプレイ本文
―― 醜きは嫉妬の塊 ――
「竜二さんのお財布も巻き込むなんて‥‥なんて言うテロ、流石だわ、しっと団!」
天道 桃華(
gb0097)は戦慄に慄きながら拳を強く握り締めて呟く。
今回の事件(と呼ぶには恥ずかしすぎる出来事だが)は鵺(gz0250)がカップル達に嫉妬の炎を撒き散らしてホワイトデー用の商品を買占め始めた事が原因だった。
しかもまだ自分の財布分だけを使うならば、許せる事かもしれない――いや、許せはしないだろうが依頼として能力者達に迷惑が掛かる事はなかったかもしれない。
鵺は自分の分のお金を使い果たすと、毛嫌いしている双子の兄の名前を使って買い物をし始めたのだ。金額が大きいだけに店からの連絡が入ったのだろう。怒りに身を包んだ鵺の双子の兄、竜二が本部へと乗り込んできたのだった。
「とにかくこれ以上俺の金を使われる前に捕まえてくれ。何ならそのまま殺っちまってもかまわん」
本気の目で語る竜二に能力者達は苦笑するしかなかった。
「なんか、嫌な方にパワーアップしとるなぁ‥‥」
キヨシ(
gb5991)は苦笑して呟き、今回の鵺を捕まえる作戦を振り返る。
(「にしても今回の作戦‥‥俺、無事に帰れるんやろか」)
今回の作戦はキヨシの犠牲‥‥もとい協力無しには成功を掴む事は出来ないだろう。それゆえにキヨシのテンションは依頼が始まる前から低かった。
「なんだかとんでもない依頼に巻き込まれたみたいです‥‥」
鵺の行動にある程度慣れた能力者達を見ながら美村沙紀(
gc0276)は困惑気味に呟く。
「一応、実弾を使うわけにも行かないしゴム弾を装填してきたんだけど‥‥」
美沙・レイン(
gb9833)は呟きながら特注の銃剣・セラフィムを手に持つ。流石に迷惑をかけているとはいえ、同じ能力者。実弾を使って排除する事は出来ないのだろう。
「‥‥噂通り‥‥中々濃い方ですね‥‥このまま見ていたい気もしますが‥‥依頼人のご意向通りに連れ戻しましょうか‥‥」
奏歌 アルブレヒト(
gb9003)は資料にある鵺の写真を見ながら呟く。確かにこの暴走が何処まで爆進するのか見てみたいと思う能力者はいるのだろう。
「今回は‥‥‥‥キヨシへのボコ‥‥ツッコミが鍵ですしね」
「おおおいっ! ツッコミって言う前に『ボコ』って聞こえたんやけど!」
「‥‥大丈夫ですよ‥‥いざとなったら‥‥治療出来る人間がいますし」
「そういう問題ちゃうやろ!」
奏歌はキヨシを安心させるように言葉を投げかけるのだが、その言葉がキヨシの不安を余計に煽っている事に気づかない。
「それにしても、鵺君‥‥必死だなぁ。こういう所って可愛いと思うんだけどね」
夢守 ルキア(
gb9436)がため息混じりに呟く。
「ん? どうかした?」
夢守は他の能力者達からの視線に気づき問いかけるが「いや、何でもないわ‥‥」と天道から言葉が返ってくる。
(「あの鵺さんに対して可愛いなんて‥‥」)
きっとほとんどの能力者が天道と同じ事を考えていた事だろう。
「そういえば、請求書を見せてもらっても構いませんか?」
皓祇(
gb4143)が竜二に問いかけると「あぁ、構わんが‥‥」と持っていたバッグから請求書を取り出す。
「こ、こんなにあるんですか‥‥」
取り出された請求書の数、それは軽く見ても15枚以上はある事だろう。
「‥‥‥‥これは‥‥怒るのも無理はないですね‥‥」
奏歌も請求書を見て呟く。1枚1枚の金額が結構半端ない事になっているからだ。
「そうそう、竜二さん。竜三さんを捕まえたら三者面談をしたいと思うんですが‥‥」
辰巳 空(
ga4698)が竜二に話し掛ける。辰巳は専門外ながら『性同一性障害者の恋愛論』に興味を持っており、出来たら鵺の相談にも乗りたいと考えていた。
「三者面談?」
「ええ、彼が性同一性障害の治療を望んでいるかなどを一緒にお聞きしたいのですが‥‥とりあえず竜三さんを捕まえてからの話ですけどね」
辰巳は呟き「それでは、竜三さんを捕まえましょうか」と言葉をつけたし、本部を出発してホワイトデーに対して猛威を振るっている鵺を捜索し始めたのだった。
―― ホワイトデーなのにホワイトデー商品がありません ――
『ホワイトデー商品 売り切れ』
店の張り紙を見て「またか」と辰巳は大きなため息を吐いた。既にこの店で数軒回っている能力者達は店を回った件数と同じだけの張り紙を見ていた。
「‥‥見つけてしまえば‥‥後は簡単そうなんですけどね‥‥」
奏歌は呟きながら忍刀・颯颯を振りかぶる。
「そこで思い切り振る意味が俺にはわからん」
キヨシがポツリと呟く、恐らく意味なら分かっているだろうが認めてしまいたくないというのがキヨシの本音なのだろう。
「あんまり暴力とかはどうかなって思うから即席だけど催涙スプレー作ってみたんだ。殴っただけで気絶してくれるかも分からないしね」
夢守は即席で作ってきたという催涙スプレーを見せながら呟いた。
「えっと、もう一度作戦確認いいかしら? キヨシさんを苛めて、出てきた所を捕縛していく方針よね」
美沙は銃剣・セラフィムと巨大ピコハンを持ちながら「うふふふ」とキヨシを見る。恐らく彼女はどこかで受けたキヨシへの恨みを今回発散するつもりだろう。
(「ほんま、無事に帰れるんやろか‥‥本気で心配になってきたわ」)
キヨシは先ほどからぞくぞくと感じる悪寒に不安だけが大きく募るばかりだった。
「私は冷静でいなくちゃ‥‥うん、例えどんなことになろうとも私だけは冷静でいなくちゃダメだわ‥‥」
トマレを手に持って美村が自分に言い聞かせるように呟く。
「それにしてもいませんね‥‥そろそろ見つかってもいい頃だと思うんですけど」
皓祇が呟きながら商店街を見渡す。竜二から貸してもらった請求書を見て、まだ被害――鵺の現れていない店を張り込めばきっと鉢合わせすると考えていたのだが、今のところ行く店全てが突破――もとい鵺によって買い占められていた。
「あ、あそこはまだ張り紙ないし来ていないんじゃない?」
女性好みのファンシーな雰囲気で作られた店を指差して天道が呟く。確かに張り紙もされていないし、店内を外から覗いてみるとホワイトデー用の商品がまだ沢山残っている。
「此処で待ちましょうか」
美沙が呟き「可愛い物が沢山置いてあるのね」と続けた次の瞬間だった。
「ホワイトデーなんて必要ないわよ! 少なくともあたしには必要ないから全世界から消えちゃえばいいのよぅ!」
物凄く自分中心な考えを口にしながら歩いてくる鵺を発見する。
「現れたわね! しっ闘士の手先! しかもカマ!」
きらん、と太陽をバックに登場したのは天道。いつの間にか店の屋根へと登っており鵺を見下ろしながら声を大きくして叫んでいた。
「愛と正義の美少女戦士! マジカル☆桃華がお仕置きしてあげるわ!」
しかし天道はあとの事を考えておらず、登場して決め台詞を叫んだまでは良かったがすぐには屋根から下りられず、「い、今降りるからちょっと待ってなさい!」と叫びながら屋根から恐る恐る下りてくる。ちょっとだけアホの子のようだ。
「きぃっ! 竜二めっ! 能力者に助けを求めたわね! 我が兄ながら情けないやつだわ!」
鵺の言葉を聞き「それはきっと向こうが思っている事だよ」とツッコミを入れたい気分になる能力者達。
「里中竜三さん、ちょっとお話をお伺いしたいのですが‥‥」
「俺は竜三じゃねぇぇぇぇぇ!!!」
拳を握り締めながら鵺はいつもの作り声ではなくドスの効いた男丸出しの声で叫ぶ。
「ちょっとっ! 大人しくお菓子の材料だけでも返しなさいよ!」
漸く屋根から下りてきた天道が鵺へと向かって叫ぶ。
「お菓子の材料だけでも‥‥?」
「今日は彼の家で、ホワイトチョコケーキ作ってもらう予定なんだからっ! 材料がないと出来ないじゃない!」
天道に悪気は無い、しかし今の言葉は鵺にとってクリティカルヒットだったらしく「何よぉぉぉぉぅ!」と泣きながら叫び始めた。
「何よ何よ何よ! そんなに彼氏がいる事が自慢なの!? もー! 許せないわ!」
鵺が突然叫び始めたこと、そして能力者達が固まっている事。それに人々が「何何? 何が起きてンの?」と騒ぎ始める。
「すみません〜、すぐに撤収します、ご迷惑をおかけしますー」
美村はトマレを振りながら、道行く人々に頭を下げる。
「何見てンのよぅ! 見せモンじゃないわよ! そんなにアタシの独り身っぷりが面白いの!? ちくしょうっ死んじゃえ馬鹿あああ!」
物凄く思い込みの激しいカマだ、能力者達を含め、此処にいるどれだけの人間が同じ事を思っただろうか。
「鵺さん、ご無沙汰しております。忘れられていないと良いのですが‥‥」
苦笑しながら皓祇が鵺に話し掛けると「貴方もアタシを止めに来たの? でも無理、アタシはホワイトデーブレイクを止めるつもりはないのよ‥‥!」と悲しそうに言葉を投げかける。
「こらっ、鵺! 何しとるんや! お父さんはそんな子に育てた覚えはな‥‥ガフっ!」
キヨシが鵺を問い詰める演技を行いながら近寄ると「危ない!」と皓祇が100tハンマーでキヨシを撃退する。
「急に近寄らないで下さい」
皓祇はくるりと鵺の方を向きながら「お怪我はありませんでしたか?」と言葉を投げかける。その言葉に鵺は感動して瞳をうるうるとさせているのだが‥‥。
「ちょ、ちょお待て‥‥!」
キヨシが起き上がると奏歌が速攻でツッコミを入れる。
「兵舎での恨み‥‥此処で晴らさせてもらうわね?」
にっこりと美沙が綺麗な笑顔をキヨシに向けながら言葉を投げかける。何となく今回の依頼、主旨が『鵺を捕まえよう』ではなく『キヨシをいじめYO☆』に変わっているような気がするのは気のせいだろうか。
「必殺! マジカル☆ピコピコハンマーっ!」
無駄な動作と共に天道も攻撃を仕掛けようとするのだが、途中で石に躓いて転んでしまい、相手にダメージを与えるどころか自分でダメージを被っている。
「ごめんなさいね、一応鵺さんを狙っているんだけど、もし被弾しても怒らないでね」
「ちょお待て! 明らかに俺に向けとるやんか!」
「あらぁ、気のせいよ、気のせい気のせい」
ゴム弾を装填した銃口をキヨシに向け、発砲する――と、当たり所が悪かったのか少しだけ血が出てしまう。
「きゃああああ! 血ぃ、血が出たわ!」
う〜ん、とくらくらしている鵺をすかさず辰巳が手錠をかけ、身動きを取れないようにして鵺を捕縛した。
―― お説教タイム ――
「何でやあああああ! ちょっと待て! なんで、俺まで縛られてるねん!」
ロープでぐるぐる巻きにされている鵺――そして何故か一緒にぐるぐる巻きにされているキヨシ。勿論納得のいかないキヨシは抗議するが、能力者達によって全スルーされている。
「‥‥‥‥はぁ」
当たり前でしょう? とでも言いたげな視線をキヨシに送りながら奏歌がため息を吐く。
「うぅ、アタシが何をしたっていうのよぅ‥‥」
鵺が落ち込んでいると「鵺君」と夢守が話し掛ける。
「鵺君だって自分のお金を勝手に使われると嫌でしょ? 必死なきみは可愛いけど、必死になる所を間違っちゃダメ」
鵺は夢守の言葉を聞いてシュンとしながら「ごめんなさぁい‥‥」と小さな声で呟いてきた。
「はい、鵺君にはこれをあげる。幸せイロの、ネックレスだよ」
夢守は鵺の首にハートキーネックレスをかけながらにっこりと微笑む。
「とりあえず、逃げ出されても困るからそのまま本部に連れて行っちゃいましょうか‥‥なんせ、未来の夫婦らしいのだから」
美沙はこれ以上ないくらいに楽しそうな笑顔でキヨシへと言葉を投げかける。
「これ以上、ここで騒いじゃうとお店の人にも迷惑ですし移動しましょう!」
美村が能力者達へと言葉を投げかけ、鵺(と何故か一緒に縛られているキヨシ)を連行して本部へと戻っていった。
―― 兄と弟にして犬猿の仲、そしてライバル!? ――
「貴様という奴は‥‥怒りを通り越して呆れるぞ!」
本部に帰った後、鵺は竜二によって延々と説教を受けている。
「ま、まぁまぁ‥‥とりあえず後日三者面談を行うのは宜しいですか?」
「何で俺がコイツの保護者みたいなことをしなくちゃならないんだ‥‥まぁ、こいつがまともになるなら協力は惜しまないが‥‥」
辰巳と竜二が話している時、奏歌がこっそりとキヨシへと耳打ちをする。
「‥‥さぁ‥‥最後の仕上げですよ、キヨシ」
どうしてもやらなあかん? そんな視線をキヨシが奏歌、そして他の能力者達に送るのだが『やれ』という爽やかな笑顔しか返ってこず、キヨシは盛大なため息を吐く。
「とりあえずこれ、解いてや」
キヨシが呟くと美村がロープを解く、そしてキヨシは鵺を少し気にしながら竜二の所へと歩み寄る。
「どうかしたのか?」
「あー、実は、俺――‥‥アンタの事が‥‥」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
キヨシの言葉を聞いて鵺(鵺だけは拘束中)が暴れ始める。それはそうだろう、何故か双子の兄に告白とも取れる意味深な言葉をキヨシが告っているのだから。
「あんたなんか嫌いよ! 今まで大嫌いだったけど、今、さらに嫌いになったわ! アンタ、アタシの恋人を奪い取って楽しいわけ!? きぃぃぃぃ!」
再びしっ闘士として燃え始める鵺は「カップルなんて大嫌いよぉ!」と本部中に響き渡るような大きな声で叫ぶ。
(「ふぅ‥‥良い事をした後は気持ちがいいわ。今日は楽しくお風呂に入れそうね♪」)
美沙は額の汗を拭うような仕草をしてみせ、楽しそうに帰っていく。
「鵺さん、今日は汚れたと思うので綺麗な身体になってお戻り下さいね」
皓祇がにっこりと極上スマイルで見送るのだが「‥‥アタシはしっ闘士‥‥貴方とは永遠に相容れない存在なのっ!」と涙を流しながら走り去っていった。
もとより相容れるつもりは全くないというツッコミはとりあえずナシにしておこう。
後日、更なるしっとの炎を燃やす鵺が本格的にしっ闘士と化したのは言うまでもない。そして辰巳が行った三者面談の結果も『私の手には負えません』だった。
「治療などは望んでおられるのですか?」
「アタシはこのままがいいの、このままが楽しいんだもの!」
「それじゃ本名を呼ばれてもキレないようにカウンセリングを‥‥」
「それも含めてアタシなんだもの」
(「‥‥馬鹿ですか、この人は」)
勿論、同席していた竜二と鵺、喧嘩になったのは言うまでもない。
END