●リプレイ本文
― 罵る彼女がいいんです ―
「今回も宜しくお願いしますね」
にっこりと満面の笑顔で挨拶をするのは、魔王から天使へと降格したキルメリア・シュプール(gz0278)だった。
(「はわわ‥‥まだ元に戻ってないですよー‥‥何時爆発するか分からない風船の様なのです‥‥こ、怖いのですぅ」)
土方伊織(
ga4771)は天使なキリーを見てびくびくと怯える素振りを見せる。しかし、元に戻った場合に何もしなかった事がバレれば今まで以上のわんこ扱いが待っているだろうと考え、土方は今回も頑張ろうと自分に言い聞かせる。
「‥‥で、何してるですー?」
ちらりと土方は隣に立つ白虎(
ga9191)を見ながらかくりと首を傾げる。
「ち、違うぞ、そのような愛くるしい萌っ子とは無関係だ! し、しっと仮面とでも名乗っておこうか」
自分で萌っ子と言う辺り、そしてしっとという言葉を出す辺りが既に白虎である事を特定させている事に彼は気づいていない。
「今回はあんまり苦労するようなキメラではなさそうですね、ただ場所が森ですから少し厄介ですけど‥‥」
キリーの言葉を聞きながら仮染 勇輝(
gb1239)は多少居心地の悪さを感じていた。いつもと違うキリーに新鮮さとときめきは感じていたものの、やはり元のキリーに戻って欲しいと思う気持ちの方が強かった。きっと彼も『えむ』だろう。
(「別に元に戻らなくてもオールオーケーなのですけど‥‥まぁ、面白そうですし色々仕掛けて見ましょう。前回は大人しすぎたようですし‥‥」)
ここいらで天使系の実力を発揮するべきですわね、とソフィリア・エクセル(
gb4220)は心の中で呟きながら笑みを見せるのだが、その笑顔は黒さ全開だった。
「本日はご機嫌麗しゅう‥‥姫のご尊顔を拝見でき、恐悦至極にございます」
肩膝をつき、右手を取って手の甲にキスをするのは神咲 刹那(
gb5472)だった。
「はい、そこ自重」
「な、何をしとるかー!」
キリーが何かを言う前に仮染、白虎からのツッコミが入りキリーから引き剥がす。
「ん? なんか、キリーがお姫様っぽかったからそれに乗っかってみただけだけど?」
何か変? と神咲は言葉を付け足しながらけろりとした様子で言葉を返す。
「私は「キリーさん、おはよう」――はぐっ」
冴木美雲(
gb5758)が爽やかに駆けてきて、清々しい程のエルボーをキリーに食らわす。
「き、キリーさん!」
「お、お姉ちゃん!?」
冴木からの攻撃を受け、ぐったりとしているキリーに「キリーさん大丈夫? 頭とか‥‥特に変わりない? 性格とか‥‥」と冴木が言葉を投げかける。心配しているのは分かる。だが忘れてはいけない、攻撃したのは冴木なのだ。
「だ、大丈夫です‥‥足元はちゃんと見ないとダメですよ」
キリーが冴木へと言葉を返す。いつもならば罵声が響くのに軽い注意程度で終わっている辺り、まだ元に戻っていないのだろう。
「へぇ〜、彼女が噂の魔王様ですか〜‥‥聞いていた噂とは全然違いますね〜」
美村沙紀(
gc0276)がキリーを見ながら呟く。天使なキリーにも魔王のキリーにも興味津々なのか「面白い事になりそうですね〜」と美村は言葉を付け足した。
「キリーちゃ〜ん! この前はごめんね〜!」
それにしてもこの抱き心地は最高だよー、と付け足しながらフロスヒルデ(
gc0528)が言葉を投げかける。
「大丈夫ですよ、あまり気にしないで下さいね」
キリーの言葉に「この状態なら許してくれるとは思ってたけどね」とフロスヒルデの持つ『なっちゃん人形』がため息混じりに呟いた。
「それじゃ、キメラ退治に行きましょうか」
にこりと笑うキリーを他所に能力者達は、キリーをどうやって魔王に戻すかを考えながら高速艇へ乗り込んだのだった。
― キメラ、それは脇役 ―
今回の能力者達は班分けを行う事もなく、固まって森の中を行動する事にしていた。多少広い森なので逆に逸れる事の方が(別な意味で)危険性があると考えたのだろうか。
「そういえばー、魔王様が元に戻る方法を考えてみたですよー‥‥白虎さんと勇輝さんが告白してみるとかどうです?」
土方がキリーには聞こえない程度の小さな声で2人へと話し掛ける。
「でででできるかぁー!」
「す、するわけないだろ!」
即座に否定されて「‥‥2人ともごめんなさいって言われちゃったら立ち直れないです?」と土方が言葉を返す。土方の言葉を聞いて1人は暴走し始め、1人はうな垂れる。恐らく断られた時の事でも想像したのだろう。
(「ふふ、どうしても戻らなかった時にはソフィリアの最終兵器で戻してあげますわ‥‥」)
ソフィリアは外見だけは高級チョコボンボン、しかし中身はハバネロラー油という恐ろしい生物兵器を持参してきていた。これを食べてしまえば水を飲んだくらいでは中和されない油っこさと、年寄りならば一発で昇天しそうな辛さを持っていた。やはりソフィリアは『天使』ではなく『堕天使』なのではないかと思う今日この頃であった。
「‥‥まぁ、今のままでも、元に戻っても、ボクはあんまり気にしてないけどね」
それぞれがキリーを元に戻そうと画策する中、神咲は苦笑しながら呟いた。
「今回は妙案が浮かばなかったから、皆のサポートに回るよ。ボケに乗ったり、半端なツッコミを連発したり‥‥出来るかな」
首を傾げながらフロスヒルデが呟くと「あんたは元々からボケボケだけど、ツッコミなんて‥‥出来るのかしら」と彼女が持つなっちゃん人形がため息を吐く素振りを見せながら呟いた。
「ワンちゃんです!」
冴木がビシッと指差しながら示した方向にはハッと此方を向いている犬キメラがいた。何ともまぁ――な展開で現れたせいか、少しだけキメラの居心地が悪そうに見えるのは気のせいだろうか。
「お手っっ!」
びしっと手を差し出す冴木の表情は真剣そのもの。そしてパシッと手を差し出した土方の表情も真剣そのもの。
「はわわ‥‥ぼ、僕は何してるですかー!」
慌てて手を引っ込めるけれど、お手をした事実は覆らない。
「とりあえずさくっと退治するにゃ!」
白虎が「お姉ちゃん下がってて」とキリーを下がらせながら100tハンマーを構える。
しかしキメラは白虎の横を通り過ぎ、キリー達がいる場所へと向かって走ってくる。
「そこのわんこ‥‥可愛がられるのか、ぐちゃぐちゃになるのか‥‥お好きな方を選ぶといいですわ」
ソフィリアは洋弓メルクリウスを構えながら問いかける、しかしどんな答えが返ってきてもキメラの末路に大差はないようだ。
「怪我はなかった?」
仮染がしゃがみながらキリーへと問いかける。いつもならば此処で目潰しが来るのだが。
「あ」
キリーの手が動いた所で仮染がスキルを使用して目潰しに備えるのだが、残念ながらやってきたのは目潰しではなく「大丈夫ですよ」という言葉だけだった。
「まず‥‥キメラを片付けようか‥‥キリーを元に戻すにしても、そのままにするにしても‥‥あれは邪魔だしね」
神咲は愛用の日本刀を構え、スキルを使用しながら攻撃を仕掛ける。
(「はわわ、このキメラはちょっと倒し難いのです‥‥その姿が、僕に攻撃を躊躇わせるのです」)
目の前には犬キメラ、同じ犬属性として土方は攻撃を仕掛け辛いのだろう。
「ごめんなさいーなのですよー‥‥」
土方は心を鬼にしてスキルを使用しながら攻撃を仕掛ける。
「今、この場にいた事を後悔するといいですわよ」
ソフィリアは耳と尻尾に狙いを定めてにっこりと攻撃を仕掛ける。
「でやぁああああっ‥‥ったっわっわわぁあああ!」
冴木動くところ被害者あり、この言葉を作ったのは誰だったのか。気合を入れてキメラに攻撃を仕掛けようとした彼女だったが気合を入れすぎてキリーを吹き飛ばしてしまう。
「お姉ちゃん大丈夫かにゃ!」
「‥‥‥‥」
密かに確りと抱きつく用意をしていた、用意をしていた(ここ重要)白虎がキリーを抱きとめる。
「‥‥破廉恥はダメだろう――さて、ヤるか‥‥」
仮染が武器を手にして向かう、白虎とキリーの抱きつく現場という面白くない物を見せられた彼の敵はいまや白虎だった。
「こ、これは不可抗力というもので!」
「危ない!」
美村が叫び、何故かくるくると勢いがつきすぎて回っている冴木が再びキリーに攻撃を仕掛けた。もはや誰が味方で誰が敵なのか分からない状況だ。キメラの影も薄くなってしまっているのだから。
「キリーさん!」
「‥‥‥‥」
今度は仮染がキリーを抱きとめる。その瞬間、先ほどまでの怒りは仮染の中から消え、代わりに白虎の中へと怒りが渦巻く。
「何て言うか、私達でキメラ退治しちゃった方が良さそうだね。このままだったらいつまで経っても退治が終わらないような気もするし‥‥」
美村が苦笑しながら呟き、イアリスを構えてスキルを使用しながら攻撃を仕掛ける。
「今回はベオちゃん使うんだ〜、この斧で竜でも犬でも倒しちゃうよ〜‥‥いっくよ〜、全力全開‥‥一撃必殺!」
フロスヒルデは竜斬斧ベオウルフでキメラに攻撃を仕掛ける。元々、大した力を持つキメラでもなく、むしろ何故キメラがいるのかと疑問に思うほど呆気なく戦闘は終わり、最大の問題であるキリーだけが残されたのだった。
―― 魔王様のご帰還 ――
「一応、この前は攻撃してもダメだったからね。やっぱり精神的なショッ「「却下」」‥‥残念」
神咲の言葉に仮染と白虎が同時に却下と言葉を返す。
「キリーさん、実は俺って空気読めないんですよ! ほらK(仮染)Y(勇輝)だけに!」
こうなったら自分を犠牲にしよう、そう考えた仮染がキリーからのツッコミを受けようと叫ぶ。
その日は暖かかったのに、突然寒い風が吹き抜けました。
「‥‥言うんじゃなかった」
笑いを堪えるもの、明らかに冷ややかな視線を送るもの、それらを見て仮染は顔を赤くしながら後悔の言葉を呟く。
「んーと、んーと‥‥キリーさん! 僕のご主人様になってくださいです!」
土方が一生懸命考えて選んだ言葉は『下僕宣言』だった。
「‥‥あれ? 何かうずうずしてる、そろそろかな?」
美村が俯きながら手を震わせるキリーを見て呟く。
「ねぇ、それって何ー?」
美村が白虎がガラガラと引きずってきている巨大な物体を指差しながら問いかける。とりあえず何故此処にきて「それ何」と言われるまで放っておかれたのかは気にしない方がいいだろう。
「桃色粛清の為に! お姉ちゃんの家から(無断で)持って来たパイ投げマシーンにゃ!」
被せていた布をバッと引き抜き、現れたのはキリーの誕生会で(冴木によって)猛威を振るったパイ投げマシーンだった。
「‥‥‥‥」
「白虎さん、それはまずい」
仮染が呟き「まずいことをしましたわね」とソフィリアも首を横に振りながら残念そうに呟く。勿論その視線の先にいるのは冴木。
「うわぁ、懐かしいですねぇ! これってキリーさんの誕生日の時に出てきた奴ですよね――(ぽち)――あ」
「あ!」
冴木がパイ投げマシーンに近寄る途中で石に躓いてしまい、見事に起動スイッチを押してしまう。
「ターゲット発見! コレヨリ殲滅ニ入リマス!」
「ちょちょ‥‥何かあれ、こっちを敵視してるんだけど!」
美村が叫び、パイ投げマシーンから逃げる為に一歩だけ後ずさる。
「も、もう何が何やらーですよー!」
それから30分ほどパイ投げマシーンに追いかけられたり、攻撃されたりしたがソフィリアが電源をオフにしてパイ投げマシーンを止める事が出来た。
「それにしても戻りませんわねぇ‥‥もやしさん。まぁ、とりあえず皆さんお疲れのようですし、疲労回復にこちらをどうぞ♪」
にっこりとしてソフィリアが差し出したのはハバネロラー油の入ったチョコレート。
「まずはもやしさんからどうぞ♪」
「ありがとう」
にっこりと笑顔で1つチョコレートを取り、それをジッと見る。
(「‥‥これはキリーさんの壮大なドッキリなんじゃ‥‥」)
仮染はキリーの様子を見ながら心の中で呟く。先ほどから『キリーを元に〜』という会話が繰り広げられているにも関わらず、彼女自身は何も言葉を挟んでこない。
「ねぇ‥‥もし良かったらこれ食べない?」
ソフィリアが他の能力者達にチョコレートを配っている間、キリーが白虎へとソフィリアから貰ったチョコレートを差し出す。
「にゃ? ボクの分はちゃんと貰うからお姉ちゃんが食べるといいにゃ」
「でも、チョコレート食べる気分じゃなくて‥‥」
能力者達は白虎とキリーのやり取りを見る。
「じゃあ後で食べ「いいから食えっつってんだよ」――ッ!?」
言葉と同時にチョコレートを口の中に投げ入れられ、天使から魔王に突然戻ったキリーが偉そうに「白虎のくせに私の言葉に逆らってんじゃないわよ」とトドメの言葉を投げかける。
「いつから戻ってたの!?」
フロスヒルデが目を丸くしながら問いかけると「あんたよ!」と冴木をビシッと指差す。
「そんなモンで立て続けに二度も殴られれば戻るっつーの! おまけに何なの! 人ン家から勝手にパイ投げ持ってきてるし! キメラの影は薄いし! 何なのよ、この突っ込み所が満載の任務は!」
はぁはぁと息を切らしながらキリーが叫ぶ。ちなみに冴木の乙女桜攻撃がキッカケとなり、他の能力者達のやり取りがキリーを元に戻したのだろう。まさに乙女桜――運命を開く武器となったのだ。
「良かった‥‥やっぱりキリーさんはこの性格の方がしっくり来るよね! でもどんな性格になっちゃっても生涯の大親友だからね!」
冴木が叫びながら抱きつくけれど「生涯の下僕の間違いでしょ」とばっさりと斬る。
「ひゃ〜、これは強烈ですねぇ‥‥復活を望まない人もいるわけですか‥‥でもこれでよかったのかな?」
美村は能力者達を見渡しながら呟く。暴言を吐かれているにも関わらず嬉しそうにしている『えむ』な能力者達がキリーを囲んでいる。
「にゅおおおお‥‥」
ちなみにソフィリアのチョコレート攻撃を1人だけ受けた白虎はいまだ立ち上がる事が出来ないほどのダメージを受けていた。
「とっても良いデータが取れましたわ‥‥来年までにさらに改良を加えませんと‥‥」
白虎を見下ろしながらソフィリアは爽やかに微笑んだ。
「キリー、元に戻ってよかったね」
神咲は後ろからキリーを抱きしめながら話し掛ける。
「何してんのよ! このせくはら!」
キリーがアッパーを仕掛けるが避けられてしまい、腹を立てたキリーは肘で鳩尾を殴りつけたのだった。
「ねぇ、キリーちゃんは誰が好きなの?」
フロスヒルデの言葉に「はぁ?」とキリーが言葉を返す。
「気になってる人、いるんだよね?」
フロスヒルデの言葉に他の女性陣も興味津々に耳を済ます。問いかけられてからキリーは少しの間を置いて「白虎と勇輝は私の下僕よね」とにっこりと笑顔で答えたのだった。
キリーの言葉の真意を知る者は――やはりキリーしかいなかった。
END