●リプレイ本文
―― 週刊記者のハチャメチャ取材開始 ――
「えーっと、他には何か必要なものがあるかなー?」
週刊個人雑誌・クイーンズの編集長兼記者でもある土浦 真里(gz0004)は愛用のバッグに色々と荷物を詰め込みながら独り言のように呟いていた。
そんな彼女を見て頭を抱え、胃を抑えながら近づくのはマリの夫でもある玖堂 鷹秀(
ga5346)だった。
「あの、マリさん?」
「あ、どしたの?」
「こんな手紙が届いたんですが‥‥」
玖堂が見せたのは今回取材を行う能力者達(一方的)に送りつけた手紙である。
「あ、今日マリちゃんは能力者の取材に行くんだけど、その取材相手に送った手紙だよ!」
満面の笑みを浮かべながら「どうだ!」と言わんばかりに威張ってみせるマリに玖堂は心の底からため息を吐いた。
「‥‥今度取材相手に手紙を出す時は、念の為に見せてから送って下さいと言ったのに‥‥時期が時期だけに人によってはイヤミにしか聞こえませんよ?」
玖堂の言葉に「でもホントの事じゃん、別にイヤミを言ったわけじゃないよ?」とマリは首を傾げながら言葉を返す。
(本人に悪気がないだけに、タチが悪いですねぇ‥‥)
はぁ、と再び玖堂はため息を吐きながら心の中で呟く。
「まぁ、送ってしまったものは仕方ありません。せめてこれ以上迷惑にならないよう取材をする事。いいですね?」
玖堂はマリに言い聞かせながら(これじゃ旦那と言うよりオカンじゃないですか! どうしてこうなった!)と自分の珍妙な夫婦生活に疑問を持ち始めていた。
「わかってるってばー! ‥‥という事で、最初は鷹秀の取材からしちゃうね!」
すちゃっとメモとペンを取りながら「さぁ、ほら早く早く!」と急かすようにマリは玖堂に言葉を投げかけた。
「ちなみにクリスマスについての取材かなー♪ ほら早く早く!」
「クリスマス、ですか。月並みですが体にリボンを巻いて「私がプレゼント、だよ」とかやってくれると嬉しいですねぇ」
しみじみと呟く玖堂を見て「ば、ばっかじゃないの! そんなことマリちゃんしないからね!」と顔を真っ赤にしながらマリは言葉を返した。
「そうですねぇ、それに既にマリさんは私のものですからね――まぁ、冗談は抜きにしてもマリさんが元気な姿で隣にいてくれる事」
それだけで十分です、と言葉を付け足しながら玖堂はマリをそっと優しく抱きしめた。
「ちょ、ちょっと! ま、マリちゃん仕事中!」
「‥‥更に欲を言えば、自重、という言葉を覚えていただけると最高なんですけどね。こればかりはサンタクロースでも叶えるのは難しいかと」
ぷ、と笑いを漏らしながら玖堂はマリを見ると「記者が自重なんかしてたらスクープは取れないのだよ!」と拳を握りしめながら力説するマリの姿があった。
(やれやれ、いつになったら落ち着きを持った人になってくれるのか‥‥この分じゃ、まだまだ先のことのようですねぇ‥‥)
小さくため息を吐きながら玖堂は心の中で呟くが(それがマリさんらしいんですけどね)と言葉を付け足した。
「そういえば、クリスマスはどこかに行く?」
「個人的には家でのんびりと過ごすのも悪くはないと思うんですよね。二人で飾りつけをして、ケーキや料理を作って、色々とお喋りをしながら」
「‥‥ほとんどいつも通りじゃない?」
マリの言葉に玖堂は苦笑しながら「そうなんですけど、元来欧米では家族で過ごすのが一般的なんですよね」と言葉を返す。
「そっかー。それじゃ家でゆっくりとしよっか! と言うことでマリちゃんは取材の続きをしてくるー!」
気をつけて、という暇も与えずマリは玖堂の腕の中から出て「いってきますーす!」と叫びながら編集室から出て行ったのだった。
「‥‥一体、どれだけの人が迷惑に思っていることなんでしょうね、今回の取材」
はぁ、とため息を吐き「もう一眠りしますかね」と玖堂は呟いたのだった。
「えーっと‥‥確かこの辺が待ち合わせ場所なんだけどなー」
マリはきょろきょろとしながら次の取材者達を探す。今回の取材相手は二人、しかし一人の男性の奥様というマリから見たら少し変わった生活を送る人物達だった。
「あ、マリさん。お久しぶりです」
きょろきょろとしていると後ろから声をかけられ、マリは振り向く。
そこに立っていたのは王 憐華(
ga4039)と赤宮 リア(
ga9958)の二人だった。クリスマスの買い物をしながら、という形でマリの取材を受けてくれる事になった。
「マリさん、お久しぶりです。最近、お見かけしませんでしたけど『全くお変わりがない』ようでよかったです」
にこにこと笑顔でマリに言葉を投げかける――逆に憐華の方は胸の方が変わりすぎているため、マリは「胸に変わりがなくて悪かったなぁぁぁぁ!」と泣きそうになりながら叫んでいる。
「ま、まぁまぁ‥‥憐華さんにも悪気はないわけですし‥‥!」
リアは苦笑しながらもマリを諌めて「そういえば、マリさんと会うのは確か‥‥二年ぶりでしょうか?」と話を逸らそうとマリに言葉を投げかける。
「クイーンズのダンパでお会いしましたよね? 結婚されたと伺っていましたが、今でも現役で記者を続けて居られるのですね」
リアの言葉に「当たり前じゃん! マリちゃんは生涯記者現役なんだから!」と笑って言葉を返した。
(確かに‥‥お婆さんになっても記者活動をされていそうです)
リアは想像すると少しだけ可笑しくなって「ふふっ」と笑いを零した。
「えっと、これって取材でしたっけ? これって雑誌に載ったりするのです?」
リアが疑問に思っていた事を問いかけると「うん、クリスマス特集号に載せるつもりー」と言葉を返す。
「何か問題でもあったー?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど‥‥やっぱり私達のような夫婦って珍しいのでしょうか?」
リアの言う『私達のような』というのは一人の男性に二人の女性が妻となっているという事を指しているのだろう。
「うん、珍しいんじゃないー? でも納得――っていうか、まぁ、結婚生活に他人が口出しできるアレでもないし、別に人の目を気にしなくていいんじゃないー?」
マリの言葉に「そう、なんでしょうか」とリアは言葉を返した。
「うん。ではではさっそく、クリスマスの予定について教えて!」
少し大きめのノートをくるくると曲げ、まるでマイクでも向けるようにして取材を開始する。
「クリスマスの予定ですか。恐らく憐華さんと夫と三人で過ごすと思いますけど‥‥大規模作戦中で忙しいので、どうなることやら‥‥バグアも年末年始くらい休みにしてくれたらいいのですけどね」
苦笑しながらリアがマリの取材に答える。確かに夫婦で能力者をしていればクリスマスだからと言って休めるというものでもないだろう。
「そっかー‥‥んじゃ、はい! つぎは憐華ちゃん」
「えぇと、先ほどリアさんが言ったように三人で出かけますね。日中は街に出かけてデートをして、夕食はささやかなご馳走を食べて、夜は夫に私達をプレゼントするんです」
「‥‥は?」
憐華は頬に手を当て、照れながらそのまま言葉を続ける。
「そして、そのままベッドで‥‥な、何を言わせるんですか、マリさん!」
きゃあ、とマリの背中をばしっと叩きながら憐華が照れる素振りを見せるのだが、さすがのマリも夫婦の夜事情までは聞いていない。
「ま、マリちゃんは聞いてないじゃん! っていうかそういうの答えられても雑誌に載せられないから!」
「あ、すみません。ちょっと用事が‥‥」
歩きながら取材をしていた為、ガラス用品店の前でリアが申し訳なさそうに「少しだけ外しますね」と呟きながら店の中へと入っていった。
「そういえばクリスマスプレゼントとかはどうするの?」
残されたマリは憐華に話しかけると「手作りのアオザイにしようかと思っているんです」と憐華は言葉を返してきた。
「アオザイ?」
「はい。いつも着ているのはそろそろ限界ですので手作りで作ろうかなって♪ リアさんには白いミックスラビットベレー帽をあげようと思っているんです。たまにはいつもと違ったものもいいかと思いまして」
「きっと二人とも喜んでくれるはずだよ」
マリが言葉を返すと「ふふ、そうでしょうか」と憐華は嬉しそうに言葉を返した。
「お待たせしてすみません」
そこへリアが綺麗にラッピングされた箱を持って店から出てきた。
「あ、私も少し外しますね」
そういって憐華は裁縫店へと入っていく。
「それがプレゼント?」
憐華がいなくなった後、リアに話しかけると「はい、特製灰皿なんです」とリアが言葉を返す。
「本当は喫煙には反対なんですけど、吸うのは煙草ではなく香草だというので大目に見ています」
「へぇ、でも特製って?」
「オーダーメイドで天衝の隊章を刻んだ世界にただ一つだけの品なんです♪」
ふふ、と嬉しそうにラッピングされた箱を見せながら言うリアに「へぇ、それは凄いねー!」とマリもやや驚いたような表情で箱を見た。
「ちなみに憐華さんへのプレゼントは電動肩たたき機です。いつも肩こりに悩んでおられるみたいですからね」
胸か、とリアの言葉を聞いた後にマリがぼそりと呟き「けっ、どうせマリちゃんは肩なんかこりませんよー!」と泣きそうな表情で再び叫ぶ。
「胸の大きい人って大変ですね。私は標準的な大きさですけど‥‥」
「‥‥それで標準? けっ、マリちゃんから見たらそれも大きいよ! むしろマリちゃんなんかまな板だよ!」
うわぁん、とマリが泣いていると「あれ? どうかしたんですか?」と憐華が目を瞬かせながらマリを見た。
その時、リアの電話が鳴り「すみません」と言ってリアが電話に出るとどうやら二人の旦那様からの電話のようで話している間、リアはとても嬉しそうだった。
「用事が早く済んだので、三人でデートでもしようかというお誘いが入りまして‥‥すみませんが取材はここまででいいですか?」
リアの言葉に「うん。もうほとんど聞きたい事は聞いたし!」とマリが言葉を返す。
「それじゃ行きましょうか、リアさん」
憐華も嬉しそうに呟き、二人は旦那との待ち合わせ場所へと向かっていったのだった。
「うー、さぶっ!」
身を切り裂くような冷たい風に吹かれながら、次の取材の為にマリがやってきたのは路地裏にある店だった。
「マリさん! いらっしゃいですよ!」
椎野 のぞみ(
ga8736)は店にやってきたマリに気づくと、外まで出てきて出迎えをしてくれた。
「あ、出迎えありがとー!」
「いきなり取材の手紙が来た時は驚いたよ、マリさん」
苦笑しながら椎野がマリに言葉を投げかけると「いきなりでごめんね」とマリは言葉を返した。
「ううん、こっちこそ店にまで来てもらってごめんね」
「いいよっ、取材のためならマリちゃんは何処にでも行くのさっ!」
何処にでも、という言葉に「危険な場所は控えて欲しいんだけど‥‥」と椎野は呟くが、マリは聞いていない様子で、椎野は小さくため息を吐いたのだった。
「えっと、それで取材っていうのは‥‥?」
「あ、休日の過ごし方とかを取材したいなーと思ってるんだけど!」
マリの言葉に「休日かぁ‥‥うーん」と椎野は考え込みながら「そうだなぁ」と休日の過ごし方について答え始めた。
「お店を開いたり、アイドルもやってるから広場で路上ライブしたりかな? 基本ボーッとしたりとかはないかなぁ」
椎野の言葉に「へぇ、そうなんだー?」とマリは言葉を返す。休日とは言っても、椎野にとっての休日はあまり体を休める事はしないようで「体を壊さないようにね」とマリは言葉を付け足した。
「体をって‥‥どういう事? マリさん」
「だって休日なのに忙しそうじゃん。疲れない?」
マリの言葉に「これが気分転換だしね」と椎野は言葉を返す。
「本業はやはり傭兵‥‥傭兵を離れている間は自分の好きにしたいって感じかな?」
「そうなんだー‥‥それじゃクリスマスとかはどうするの?」
クリスマス、という言葉に椎野の表情から笑顔が消える。
「‥‥ボク、クリスマスは一人でいたいかな‥‥教会でお祈りをずーっとしたい」
椎野の言葉に「え? お祈り?」とマリは予想していなかった言葉なのか少し意外そうに聞き返した。
「うん」
「でも、せっかくのクリスマスなのになんで?」
「ボクなりの‥‥贖罪、かな? ボクが田舎から‥‥函館から逃げてきた時、ちょうど12月。ボクは一人だけ生き残ったの。色んな人たちに助けられ、守られ、庇われた」
椎野は拳をきゅっと強く握り締めながら搾り出すような声で言葉を続ける。
「‥‥今、ここにいるのはその人たちの‥‥両親の命と引き換え‥‥だからこそ、クリスマスの夜は祈り続けるの‥‥」
まさかそんな理由があったとは知らず「‥‥なんか、ごめん」とマリも申し訳なさそうに椎野に言葉を投げかけた。
「あ、気にしないで。贖罪って言ったけど‥‥自分の心が壊れないように。それもあるんだ」
椎野は少し寂しそうな表情でマリに言葉を返す。
「それに、マリさんに話したのは‥‥マリさんがボクにとって大切な人たちの一人だから‥‥だよ」
にこっ、と笑顔で椎野はマリを見る。
「‥‥ありがと」
「さて、お腹すいたでしょ? ちょっと作ってくるから待ってて!」
椎野は立ち上がり、半ば無理矢理にクリスマスの話題を終わらせると厨房へと入っていく。
「‥‥みんな、色んな理由があるんだ‥‥強いなぁ、みんな」
椎野が定食を作るのを見ながら、マリは小さく呟くのだった。
「‥‥手紙、土浦さんと、お会い、する、のは、去年の、お花見、以来、でしょうか?」
かくりと首を傾げながらマリから一方的に送りつけられてきた手紙を見ているのは、ルノア・アラバスター(
gb5133)だった。
「なんだ、この手紙‥‥」
ルノアが見ている手紙を取りながら、手紙を読むのはルノアの恋人でもあるサヴィーネ=シュルツ(
ga7445)だった。
「‥‥取材、なのか? しかも相手の了承を取らずに一方的な取材とは‥‥やれやれ、はた迷惑なことだな」
はぁ、とサヴィーネはため息を吐きながら「今日は一人増えそうだな」と言葉を付け足した。彼女達は今日が休日と言う事もあり、サヴィーネがルノアに料理を教える事になっていた。
ルノア自身、いつも宅配や外食ばかりで調理のスキルはまったくと言っていいほどなかった。それを知ったサヴィーネが「それではいけない」とルノアに料理を教える事になっていた。
「もしもし? 今からちょっと出かけるんだが‥‥、あぁ、分かった。店は――‥‥」
サヴィーネが手紙に書いてあった番号に電話をして、出かける事を伝えると「じゃあマリちゃんはその店のほうで待っとく!」と言う言葉が返ってきて、店のほうで合流する形になってしまった。
※※
「と、言うことで! 今回は取材宜しくねー!」
店先でマリと合流し、二人は今日料理をする事をマリへと伝える。
「ほほぅ、料理となっ! マリちゃんも料理だけは得意だよ! って誰が『だけ』なのさ!」
一人でノリツッコミをしているマリを放り、二人が店の中へ入ってしまう。
「ちょ、ちょっとぉ! マリちゃんを置いていかないでっ!」
慌ててマリは二人の後を追い、店の中へと入っていく。
「そういえば、今日は何を作るの?」
「‥‥そうだな、簡単なものの方がいいだろうから、カレーにしようか」
サヴィーネがルノアに言葉を投げかけると「うん」と首を縦に振りながらルノアが言葉を返した。
「‥‥え、まな板とかから買うの?!」
食材ではなく調理器具から買う二人を見てマリが驚いたように呟く。
「まずは、形から、という、ことで」
「そ、そうなんだ。でも新しい食器とか買うの楽しいよね」
マリが呟き、食器やまな板などを買う二人を後ろから見ながら(何か、こういう所は共感できるなぁ)と心の中で呟いた。
「この、お皿、可愛い、です‥‥」
ルノアとサヴィーネは結構時間をかけて食器などを選んでいたが、満足の出来る食器などを見つける事が出来、次は料理をする為の食材を買うため、食品売り場へと移動を始めた。
「カレー、と、サラダ、なので、きゅうりを」
ルノアが野菜売り場できゅうりを手に取り「曲がっている、方が、元気、です」と呟きカゴの中へと入れる。
(‥‥曲がっている方が元気、だったっけ?)
(え、それ本当なのか?)
マリとサヴィーネはそれぞれ心の中で呟いたが、一生懸命選んでいるルノアの姿を見て「違うんじゃない?」とは言う事が出来なかった。
(ん? なんか、カゴの中が‥‥)
後ろからついていくマリだったが、何故か大量にカゴの中に放られたお菓子を見て(な、何かカレーと違う材料が沢山入ってるよ‥‥)とツッコミを入れていいのか、それともツッコミを入れたらいけないのか、という事で迷うマリの姿がある。
「こら、おやつ買いすぎ」
呆れたように苦笑するサヴィーネが「買うな、とは言わないが少し減らしたらどうだ?」とルノアに言葉を投げかける。
どうやらルノアは食材探しをしている途中で食べたいお菓子を見つけるたびに次々にカゴの中へ放り込んでいたようだ。
しかしサヴィーネもガムを放りながらルノアに注意している所を見て(オヤツが大好きなんだね、二人とも)と少し勘違いをしたままマリは取材を続行する事にした。
※※
料理に必要なもの、全てを購入し、調理を始めた二人だったが‥‥。
「ノア、何をしているんだ?」
調理開始早々、ルノアは食材をボウルに入れてそのまま電子レンジの中へと入れた。そしてスイッチを押そうとしていた所でサヴィーネによってツッコミが入れられる。
「電子レンジに食材を入れてもカレーは作ってくれないぞ」
(ま、まずはそこからなんだ‥‥)
ルノアとサヴィーネのやり取りを見てマリは苦笑するしか出来なかった。その後、サヴィーネはレシピを壁に貼り付けて、ルノアに料理を教え始める。
「あぁ、それは後で一気にやってしまえばいい。最初にそれをしてしまうとコゲてしまうだろ?」
「あ、そっか、わかった」
だが、その後――‥‥「多分、これ、で」と呟きながら彼女の大好物であろうお菓子が鍋の中に投入された。
(ええええええ! そ、それを入れちゃうの!?)
「‥‥‥‥」
その後も様々なものが投入され、恐らくカレー風味の『何か』が鍋の中ではぐつぐつと煮えたぎっていた。
「はい、召し上がれ、です」
(‥‥‥‥ま、マリちゃん的に今までどんなキメラと会った時より、最大級のピンチじゃない!?)
「‥‥? サヴィは、食べない、の?」
「うん、私は勿論頂くけど‥‥今日は折角だから、お客様におもてなしをね?」
(ええええええ!)
期待のまなざしで見つめるルノアと『食べるよな?』という意味の込められたサヴィーネからの視線にマリは思いっきり食べ始め「お、おい、しい‥‥よ」と息切れをしながら答えたのだった。
「良かったな、ノア」
「うん、サヴィも、食べて、ね?」
「‥‥も、勿論――と、その前に‥‥おい、パイ食わないか?」
サヴィーネがマリにパイの乗った皿を差し出す。恐らくどういう結果になるか分かった上でサヴィーネはパイを作っていたのだろう。
「しかし、ノア‥‥残念だが、この味はちょっと個性的すぎて万人受けするとは思わないんだが」
このまま放置しておくとルノアのためにならない、と考えサヴィーネは料理の結果を教える。
「‥‥」
しょんぼりとした表情を見せたルノアだったが「作っていくうちに上達するもんだから、気にしないで。また次頑張ろう」と言葉をつけたしたのだった。
(ま、マリちゃん的にダメージ最大級‥‥!)
「クリスマスの取材かぁ、また面白そうな事してるなぁ♪」
ヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)はマリから(一方的に)送りつけられた手紙を見ながら苦笑する。
「今日は取材の方が来られるんだっけ? 行き成りで吃驚だけど‥‥あの人なら在り得るかも、ね」
ヴァレスの妻でもある流叶・デュノフガリオ(
gb6275)がヴァレスの持つ手紙を覗き込みながら呟く。どんな無茶行動でも『マリだから』という理由で仕方ないと思われる。それほどまでに普段のマリの生活、態度が問題アリという事なのだろう。
「でも、お客様に変わりはない、かな。居間の掃除とか‥‥いや、大掃除で全体気を遣った方がいいだろうか」
あの記者さんいきなり見かねないし、と流叶が言葉を付け足すと「あー、確かに」とヴァレスも納得したように苦笑する。
『ここって何の部屋なの!』
そう言いながら勝手に人の家を散策する姿が想像できてしまう二人。
「あぁ、花活けとか見栄え良くしておかないと‥‥思ったより大変――あ、それと御茶の準備もきちんとしておかないと、かな」
考えれば考えるほどやる事が多すぎる為、流叶は掃除などをする前から少し疲れたような表情を見せた。
「紅茶、珈琲、御茶‥‥どれだろう? 聞いた方が早いかもだけど‥‥御茶請けは‥‥ショコクッキーとスコーンにしようかな」
ぶつぶつとマリの来訪に備えて準備をする流叶を見て(やっぱり奥さんって感じだなぁ)とヴァレスは心の中で小さく和んでいた。
「それじゃ掃除やお茶とかは流叶に任せていいかな?」
「あぁ、任せてくれ。決して恥ずかしくないようにきちんとするから」
ぐ、と拳を強く握り締めながら気合を見せる流叶に「それじゃ買い物に行って来るけど、何か必要なものがあったら電話してね」と言ってヴァレスは買い物に出かけたのだった。
※※
「つ、疲れた‥‥」
「お疲れ様、流叶。さっきマリさんから電話があって、これから来るからだって。走ってるぽかったから、そろそろ来――「ぴーんぽーん!」‥‥来たみたいだね」
チャイムを鳴らす代わりにマリが声で「ぴんぽんぴんぽーん!」と外で叫んでいた。はっきり言って近所迷惑である。
「いらっしゃい、マリさん。寒い中ご苦労様」
ヴァレスは苦笑しながら「とりあえず入って」と家の中に入るように促した。
「飲み物は何がいい? 紅茶、珈琲、御茶、揃えてあるけど‥‥」
リビングに通されたマリは流叶から問いかけられて「んー、全部!」と言葉を返した。
「ぜ、全部‥‥」
(さすがはマリさん、想像の斜め上を行くね)
驚く流叶と苦笑して心の中で呟くヴァレス。普通に考えれば人の家に来て、たとえ全部飲みたくても「全部!」と答えられる人が居るはずがない。普通ならば。
(‥‥全部用意しておいて良かった)
心の中で呟き、流叶はマリ、そして自分たちのお茶を淹れにキッチンへと移動した。
それから暫く経過した頃、流叶が三人分の飲み物を持って帰ってくる。
「ありがと♪ そういえばクリスマスの予定とかはどうなってるの?」
マリが飲みながら問いかけると「そういえば‥‥映画見に行くとか言ってたような‥‥」と流叶はヴァレスをちらりと見ながら答えた。
「うん、俺たちは二人でデートに行くよ。まずは映画、この時期だからね。見るものには困らないから、どれにしようか迷う所だけど、話題のコレを見てこようかなと思ってね♪」
ヴァレスは映画雑誌をマリに見せながら言うと「あー! これってばマリちゃんも見たいって思ってたやつー!」と言葉を返した。
「その後は昼食かな? 見終わる頃には昼になるだろうからファミレスで軽く食べて済ませようかと思ってるよ」
「昼食終わった後は? まさかそれでデート終わりじゃないよね?」
マリが呟くと「まさか♪」とヴァレスが言葉を返す。
「そだそだ♪ カラオケに行こうと思ってたよ♪ 旅行はあっちこっち行ったけど、こういう普通の楽しみ方ってのは少なかった気がしてね♪ 流叶はどんな歌を歌うかな?」
もうデートの気分になっているのだろう、ヴァレスは楽しげに流叶へと言葉を投げかける。
「‥‥ぇ――って、私そんなに歌うまくないぞ?」
流叶が照れたように言葉を返すと「いいんだよ、流叶と一緒に行くってのが楽しみなんだから♪」と言葉を返した。
(歌うのは好きだけど‥‥人前ではどうなんだろう? ちゃんと歌えるかな?)
流叶は心の中で呟き、ふとテーブルを見るとカップの中の飲み物が空になっている事に気づき「御茶を淹れなおしてくる」と言ってリビングから一度出て行った。
そして流叶がキッチンに行くのを確認した後「まだ流叶には言ってないんだけど」とヴァレスが小さな声で話し始める。
「最後に綺麗な夜景スポットに連れて行こうと思っているんだ♪ LHでも結構人気の場所らしくてね、流叶が喜んでくれるといいなぁって♪」
「奥様思いですねぇ、ヴァレス君や」
からかうようにマリが言葉を投げかけると「大事な奥様だもん」とヴァレスはさらりと言葉を返し、問いかけたマリの方が照れるほどだった。
「はい、どうぞ‥‥って、どうしたの?」
流叶が御茶を出しながら少しだけ様子がおかしい二人を見て、首を傾げると「おかえり♪ あぁ、こっちの話だから気にしないで♪」とヴァレスが言葉を返した。
「あ、ちょっと失礼するよ。お手洗いに行ってくる」
流叶が戻ってきた後、今度はヴァレスが席を立つ。
「そういえば‥‥ヴァレスには、まだ内緒なんだけど‥‥プレゼントを用意しているんだ」
「へぇ、プレゼント? マリちゃんが聞いちゃっても大丈夫?」
こくり、と流叶は首を縦に振り、紙袋から手編みのマフラーを取り出した。
「‥‥胡蝶蘭、友人が結婚式にくれた花、でね。花言葉も気に入っているんだ」
胡蝶蘭の柄の入ったマフラーを見つめ、流叶は照れくさそうに呟いた。
「あ」
その時、ヴァレスが戻ってくる足音が聞こえ、流叶は慌てて紙袋を見つからない場所へと戻した。
「おまたせーって‥‥ん? 何の話かな?」
「‥‥わっ! ‥‥な、何でもないよ‥‥」
慌てた流叶に「ふぅん♪」とヴァレスはにっこりと笑顔で言葉を返した。
それからもマリは暫く二人の話を聞いた後「二人の時間にお邪魔してごめんね! 後はラブラブーでもイチャイチャーでもして頂戴っ!」とからかうようにヴァレス宅から出て行き、今回のクリスマス特集号の取材を終えたのだった。
END