●リプレイ本文
―― 霧山の奥地へ ――
「資料によれば、かなり霧が深い場所みたいですね」
シン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)が資料を見ながらため息混じりに呟く。
「霧の深い場所でのキメラ退治か‥‥現在地の把握や奇襲には気をつけたい所だな。とりあえずは‥‥広いらしいから、まずは頑張って捜索する事からだな」
宵藍(
gb4961)は苦笑しながらシンに言葉を返す。今回のキメラ情報と一緒に資料として挟まれている地図を見れば、現地がかなり広い場所だという事が伺え、それは同時にキメラ捜索の難易度が高くなっている事も示していた。
「今回は天狗さんが見られるんっすよね! 天狗さんが見れると聞いてきたっす!」
元気に手を挙げて能力者達に言葉を投げかけるのは橘 咲夜(
gc1306)だった。恐らく彼女は資料の『天狗』という部分だけを見てやってきたのだろう。
その目的の天狗に会う為に、目を逸らしたくなるほどの広い場所なのだという事を恐らく彼女は知らずに参加している。
「‥‥こ、こんなか‥‥探すっすか‥‥?」
橘は引きつった笑顔で地図を指差し、がっくりとうな垂れながら「道のりは遠そうっす」と言葉を付け足したのだった。
(ふむ‥‥鎌鼬、ジャック・ランタンと来て今度は天狗か‥‥バグアは、よほど空想上の生物が好きなんだな)
シクル・ハーツ(
gc1986)は呆れたように資料に視線を落としながら心の中で呟いた。
「天狗の住む山に入る、か‥‥普通なら恐れるところだが、キメラ退治なら話は別だな」
沙玖(
gc4538)はため息混じりに呟く。確かにこれが本物の天狗なら山に入るという事は恐れ多い事なのだろうが、今回の相手は残念ながら本物の天狗ではなくキメラ。恐れる必要は全くと言っていいほど無い。
「あの、シンさん! 私‥‥ハーモナーになったんです。なのできっともっとお役に立てます!」
八葉 白珠(
gc0899)がシンに言葉を投げかけると、シンは優しく穏やかな笑顔で「そうなんですか」と言葉を返し、そのまま言葉を続ける。
「最初は勝手が分からないところもあると思いますが、これを機会に色々試すと良いと思います。期待していますよ」
シンの言葉に白珠は嬉しそうに「はいっ、がんばります!」と言葉を返したのだった。
「ねぇ、お兄ちゃん‥‥? お兄ちゃん?」
八葉 白雪(
gb2228)が兄である八葉 白夜(
gc3296)にキメラの件で話しかけるのだが、白夜は何かを考えているのか、白雪に返事をする事はなかった。
「お兄ちゃん」
「え? 何ですか?」
「何ですかって‥‥さっきから話しかけているんだよ?」
白雪の言葉に「あぁ‥‥気づきませんでした、申し訳ありません」と白夜は困ったように笑って言葉を返した。
(――気のせい、かな‥‥お兄ちゃんが泣いているような気がした‥‥)
遠ざかっていく兄の姿を見て白雪は心の中で呟いたのだが、それを口にする事は出来なかった。
「そろそろ行こう。暗くなれば此方に不利な事しかない」
シクルが呟き、能力者達は天狗キメラを退治する為、高速艇に乗り込んで目的地へと出発していったのだった。
―― 深い霧に囲まれるは天狗の住処 ――
今回、能力者達は広い山の中でキメラ捜索を行うため、2つの班に分かれて行動をする作戦を取っていた。
東班・白雪、シン、宵藍、白珠の4名。
西班・シクル、白夜、沙玖、橘の4名。
2つの班で情報を交換しあいながらキメラ捜索をするという作戦だ。
「それでは、早くキメラを退治してしまいましょう」
シンが呟き、能力者達は班に分かれて行動を開始したのだった。
※西班※
「話には聞いていたが、本当に広いな‥‥」
捜索を開始した後、シクルが周りを見渡しながら呟いた。資料にもあった通り、霧の深い場所と彼女自身も分かっていたが、ここまでとは思っていなかったのだろう。
気を抜いてしまえば仲間たちとも逸れかねない霧の深さに能力者達は少しだが今回の任務の難しさを、身をもって知る事になった。
「‥‥こんなか、探すなんて聞いてないっす‥‥」
はぁ、とため息を吐きながら橘が呟く。
「そういえば、今回のキメラは天狗なんだよな? 天狗といえば下駄に団扇と相場が決まっているが、もしそうなら上からの攻撃や、飛んでの特攻、音のない風の攻撃にも注意をする必要があるな」
沙玖の言葉に「そうですね‥‥何にしても必要以上に警戒をしておいた方がいいでしょう」と白夜が言葉を返した。
「しかし、いくら昼とは言え森の中でこの霧‥‥あまり夜と変わらないな‥‥」
シクルは方位磁石で方位を確認しながら呟く。
(こちらから発見できなくても、向こう側から来てくれれば楽なんだが‥‥)
心の中でシクルは言葉をつけたしつつ、周囲の警戒を強めたのだった。
「どうですか? そちらは何か確認できましたか?」
白夜が沙玖に言葉を投げかけると「いや、全然‥‥っていうか、これで戦闘が出来るのか心配になるくらいだよな」と言葉を返したのだった。
「確かにそうっすよねー‥‥天狗さんをはったおす為にも見つけなくちゃいけないっすけど‥‥ちょっとだけ心が挫けそうっす」
橘が呟いた時、照明銃が打ち上げられたのが遠くに見え、それと同時にトランシーバーに東班がキメラを発見したと連絡が入り、西班は急いで照明銃が打ち上げられた場所へ向かって走り出したのだった。
※東班※
「そこ、足元に注意をして下さいね」
シンは白珠に声をかける。霧が深いため、足元の石ころすら見えにくい状況のため、先ほどから白珠は何度もコケかけていたからだ。
「す、すみません‥‥」
白珠は頭をさげ、シンにお礼と謝罪を言う。
「‥‥それにしても、思ったより広いわね。キメラを捜索するのも一苦労だわ」
白雪――いや、真白は大きなため息を吐きながら呟いた。
「地道に探していくしかないだろうな。それにしても天狗か‥‥中国だと日本とはイメージが違うんだよな‥‥でも多分出てくるのは顔が赤くて鼻が高い、アレだろうな」
宵藍は苦笑しながら呟く。
「天狗、出てこーい」
宵藍は呼笛を鳴らしながら呟く。音を鳴らす事で天狗が寄って来るようにという作戦なのだろう。
「しらたま、何か分かった?」
真白が白珠に言葉を投げかけると「ちょっと待ってください」と言って周りを見渡す。
「分かりました! 右前方に大きな人影です!」
白珠の言葉に東班の能力者達は警戒を強め、白珠の言う右前方を見る。
――ザザッ‥‥
何かが駆けてくる音がして、能力者達の警戒は強くなる。その時に聞こえたのはからからと言う下駄の音。恐らく天狗だと見て間違いは無いだろう。
「照明銃を打ち上げる。向こうの班に連絡を宜しく頼む」
宵藍が呟くと「分かりました」とシンが言葉を返し、トランシーバーを取り出す。
そして宵藍が打ち上げたとほぼ同時に連絡を行い、自分達のいる場所を詳しく伝え、キメラを牽制する行動に移ったのだった。
―― 戦闘開始・天狗キメラ VS 能力者たち ――
東班がキメラを発見し、西班に連絡を入れたが2つの班が合流できたのは30分以上が経過してからだった。
その間、東班は4人だけでキメラの相手をする事になってしまい、西班が到着した頃には僅かではあるが疲労の色を隠せない能力者も存在していた。
「あの‥‥ごめんなさい!」
白珠は叫びながらスキルを使用して、天狗キメラを束縛しようとする。だが、まだ要領を得ていないのか上手く出来ず、白珠はキメラからの攻撃を受け、歌が中断される。
「白珠! くっ‥‥」
すぐに真白がキメラに攻撃を仕掛け、キメラを白珠から離す。
「こうも霧が深いと戦闘にも支障が出るわね」
全ての攻撃から白珠を守り、歌を続けさせようとするが霧のせいで僅かに動作が遅れてしまったりする。
「天狗だけに風の攻撃とか来そうだな」
宵藍は月詠を構え、キメラへと攻撃を仕掛けるがさらりと避けられてしまう。
(ちっ、霧のせいで目測を誤るな‥‥)
宵藍は心の中で舌打ちをして、キメラから距離を取り、小銃S−01でキメラを狙い撃つ。
「俺、見下ろされるの慣れてないんだよ。さっさと降りて来いよ」
沙玖は木の上へと移動したキメラを見て言葉を投げかける。
「霧に紛れての狂乱か‥‥フッ、愚かな。それで隠れているつもりか?」
沙玖は木の上から姿を消したキメラに言葉を投げかける。確かに姿は隠れているが移動する際の風音。それだけでも十分にキメラの存在を知らせてくれる要因になっていた。
「悪者の出番は短いって相場は決まってるんだよ!」
沙玖は言葉と同時に忍刀・颯颯でキメラの腹部を狙って攻撃を行う。
「離れてください!」
シンの声が聞こえ、沙玖は後ろへと下がる。それと同時にエネルギーガンによる攻撃がキメラを襲った。
「‥‥! させるか!」
シクルは叫びながらスキルを使用して風鳥にて攻撃を行う。キメラが後衛の能力者を襲おうとしていた事に気がつき、標的を逸らす為にシクルは自ら突貫する事にしたのだ。
「‥‥申し訳ありませんが、今の私は少々苛立っております。早々にお引取りお願いします」
白夜は低く呟く。その声色からは普段の穏やかさなどは感じられず、本人も言っている通り『苛立っている』からなのだろう。
「シン君、一気に畳み掛けるわよ」
真白が呟き、シンも首を縦に振る。
「そこで大人しくしてろっ!」
宵藍はスキルを使用しながら攻撃を仕掛け、天狗の足止めを行う。
「今度こそ‥‥」
すぅ、と白珠は深呼吸をして再びスキルを使用しキメラの動きを封じようとする。
しかし再びキメラが白珠に攻撃を仕掛けようとした――のだが、橘がそれを防ぐ。
「駄目っすよ、危ないことしちゃ。大人しくやられるっす」
橘が呟き「天狗の真似っこしてるだけなんっすから、無理しないでやられてくれっす」
と言葉を付け足す。
「八葉流四の型‥‥乱夏草」
真白が呟き、シンとの連携を行いながらキメラへと攻撃を仕掛ける。キメラは避けようとしたけれど、白珠の歌によって動きを封じられている為、攻撃を避ける事は出来なかった。
「‥‥出来ることをするしかない‥‥ですから、これが私に出来る唯一の事です」
白夜は寂しそうに呟き、キメラの首をはねてトドメを刺したのだった。
―― キメラ退治後に ――
「最初は失敗してすみませんでした」
白珠が申し訳無さそうに頭を下げると「最初から全てが出来る人はいませんよ」とシンが優しく言葉を返したのだった。
「はー、無駄に疲れた依頼だったな‥‥まぁ、退治できたからよかったけど‥‥」
宵藍は「でも、霧の中‥‥帰るまでが依頼だな」と苦笑気味に言葉を付け足したのだった。
「でも、天狗って人によって結構外見が変わるっすけど‥‥今回のキメラは何を参考にしたんすかね?」
橘が首を傾げながら呟く。だけどその答えが出るはずも無い。作ったバグアは今現在ここには居ないのだから。
「まぁ、でもどうせろくなもんじゃないっすよね」
苦笑して橘は呟き「早くこんな視界の悪い所とはおさらばしたいっすー」と言葉を付け足した。
「‥‥はぁ、方位磁石があるから道に迷いはしないだろうが‥‥この道をまた戻るのも一苦労だな‥‥」
シクルは肩を落としながら呟く。戦闘中に結構移動してしまったらしく、深い場所まで来てしまっている。ここから戻るのは彼女の言う通り苦労することだろう。
「この天狗の団扇、持って帰って依頼主に渡してやろうかな? 面白そうだし」
役にたたないかな? と沙玖は団扇を手にしながら呟くが見た目も普通の団扇と変わりはない。強いて言うなら普段から使っているような団扇ではなく葉っぱのような団扇だけに普段生活で役に立つことはないかと思われる。
「あの! 白夜兄さ‥‥ま‥‥?」
白珠が白夜に褒めてほしくて話しかけるのだが、白夜は白珠に気がつく事なく素通りしてしまう。
「‥‥どうしたのかな‥‥」
白珠も白夜の異変に気がついているらしく首を傾げるが、白雪が白珠の肩に手を置いて無言のまま首を横に振る。
「‥‥きっとさ、打ち明けてくれないことなら、聞かない方がいいんだよ‥‥きっと」
白雪の言葉に「‥‥はい」と白珠はしょんぼりとして言葉を返した。
妹たちの言葉に気がつかない白夜は霧がかった空を見上げながら小さく言葉を漏らした。
「人一人‥‥私一人が無力なのは分かっています‥‥ですが、それでも守りたいのです‥‥」
呟いた後、白夜の頬に一筋の涙が流れるが、彼が一体何を思って涙を流したのか気づく者は一人も居なかった。
その後、能力者達は来た時と同じように高速艇に乗り込み、キメラを退治できたという報告を行う為に本部へと帰還していったのだった。
END