●リプレイ本文
―― 消えた姉妹 ――
始まりは森の中に入って帰らない姉妹の捜索からだった。
多少、広い森だが子供達の遊び場にもなっている森であり、近隣の住人ならば例え子供でも迷うはずがないと言う。
しかも本部からの情報によればビスタ・ボルニカ(gz0202)らしき人物も見かけられているらしく、至急能力者達が現地へと向かわされていた。
(ビスタ、か‥‥相手と因縁浅からぬ人もいるか‥‥まぁ、それなら俺は援護に徹させてもらうとするか‥‥)
九十九 嵐導(
ga0051)が周りの能力者を見渡しながら心の中で呟く。平静を装っている能力者達だが、明らかに数名はビスタの名前に拳を震わせている者もいた。
「情報が少なすぎますね‥‥ですが、なるべく被害を出さないように早めに見つけたいものです」
シン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)が情報と呼ぶには少なすぎる資料を見ながらため息混じりに呟く。
「‥‥ビスタ」
翡焔・東雲(
gb2615)は資料をぐしゃりと握り締めながら搾り出すような声で呟いた。
(本当にいるのなら、今度こそお前を止めたい‥‥ビスタの命は殺意を抱いた時点で終わってしまった。いくら行為を正当化しようと、そこから先はバグアの意志であって、ビスタの意思じゃない)
翡焔は(彼女が生きてたとしたら、本当に復讐を望んだのだろうか)と言葉を付け足し、今回の舞台である森の地図に視線を落とした。
「ビスタ、貴方の目的は一体何?」
サンディ(
gb4343)も翡焔と同じく幾度と無くビスタと対峙した経験があった。しかし、どうしてもビスタ自身の目的を見つける事が出来ない。
「確かに、彼女の目的が何なのか全く分かりませんね」
ソウマ(
gc0505)もため息混じりに呟く。彼は事前調査としてビスタが現れた任務の報告書などを読み、彼女が能力者であった頃の情報も集めていた――が、それら全てを照らし合わせても現在の彼女が向かう先、目的を見つける事は出来なかった。
「‥‥ん、ビスタの事も大事だけど‥‥姉妹‥‥助けてあげないと‥‥」
エレシア・ハートネス(
gc3040)が資料を見ながら他の能力者達に言葉を投げかける。勿論他の能力者達も姉妹の事を忘れていたわけではないのだが、ビスタの存在が見え隠れしている事もあり、そちらに目が行きがちなのかもしれない。
「そういえば、現地の人間に確認した。姉妹が森へ入ったのは母親の誕生日にあげる花を探しての事らしい。森の奥側にしか咲いてない花だと言っていたな」
イレイズ・バークライド(
gc4038)が電話などで確認した事を能力者達に伝える。その言葉が本当ならば、姉妹は森の奥まで入っていった事になり、捜索する側としても有益な情報だった。
「早く行きませんか? はっきり言って私はビスタと戦う事だけが目的ですわ。以前は戦えませんでしたから、今度こそ楽しい殺し合いをしたいですわね」
ミリハナク(
gc4008)が楽しそうに笑いながら呟く。
「‥‥そうだな、時間が経てば経つほど姉妹の危険も高くなるからな」
イレイズが呟き、能力者達は予め決めていた班に分かれて森の中を捜索し始めたのだった。
―― 森の中に潜むは狂気 ――
今回、能力者達は班を2つに分けて行動する作戦を立てていた。ビスタの事を考えれば2つに分ける事の危険性もあったが、予想以上に森の中が広く姉妹の事を考えれば、二手に分かれて行動する方が効率が良いと考えたからだ。
A班・九十九、シン、ミリハナク、イレイズの4名。
B班・翡焔、ソウマ、サンディ、エレシアの4名。
「‥‥何かあったら‥‥すぐに連絡を‥‥取り合いましょう‥‥」
エレシアが呟き、能力者達は二手に分かれて行動を開始したのだった。
※A班※
捜索開始早々、九十九が『探査の眼』を使用し、罠や待ち伏せなどに備える。
「静か、ですね‥‥」
シンが周りを見渡しながら呟く。風で木々が揺らめく音は聞こえるけれど、鳥や獣の声などが一切聞こえない。
「‥‥全く獣が居ないという事ではなさそうですけどね。自分より強い者がいるから怯えて隠れている、という表現の方が正しいのかしら」
ミリハナクが木に触れ、周りを警戒しながら呟く。
「まぁ、私はビスタと戦う事さえ出来れば獣がいようがいまいがどうでもいいのですけど」
「‥‥」
イレイズは自分の拳を見ながら唇を強くかみ締める。
(弄ばれた命、その命で赤く染まった両手。すすり泣く友人の声、一度とて忘れた事はない、あの日の痛みを‥‥)
「おい、これを見てくれ」
イレイズが何かを見つけたらしく、足を止めて他の能力者達を呼ぶ。
「何か見つけたのか?」
九十九が問いかけると、イレイズは無言で地面を指差す。
「これは、足跡‥‥しかも真新しい事から、恐らくは捜索対象の姉妹のものと見て間違いないでしょう」
シンが屈み、足跡を冷静に分析していく――と、その時B班から連絡が入って姉妹の1人が遺体で発見された事を伝えてきた。
「‥‥1人? つまり、どちらかはまだ生きてる可能性が――‥‥」
「探し物はコレかしら」
誰の声でもない声が聞こえ、その場が凍りついたような錯覚を能力者達は覚える。声の方を振り向くと、少女を引きずりながら能力者を見るビスタの姿があった。
しかし能力者達から少女は生きているのか死んでいるのか判別つけにくい状況であり、能力者達は無闇に手を出せない状況に陥る。
「とりあえず、照明銃を使う」
ぼそっと能力者達に伝え、九十九は照明銃を打ち上げた。ビスタ発見時には照明銃を打ち上げる事を作戦が始まる前にB班にも伝えてあるので、打ち上げられた照明銃でA班がどういう状況にあるかB班は察する事が出来るだろう。
だが‥‥。
「こちらB班! キメラと交戦中だから、そっちに向かうのが遅れる!」
翡焔の声がトランシーバーから聞こえてきて「仲間はもうちょい来られないってよ」とビスタがからかうように言葉を投げかけてくる。
※B班※
B班が少女の遺体を発見した所まで時を遡る。
「なんて惨い事を‥‥」
まるでゴミでも捨てるかのように、無造作に倒れている少女の遺体を見ながらサンディが涙を流しながら呟く。
「‥‥間に合わなかったんですね‥‥」
ソウマも悔しそうに声を震わせながら拳を強く握り締める。
「‥‥可哀想‥‥」
エレシアも震える声で、今はもう物言わぬ遺体となった少女に触れながら「‥‥ごめんね」と何度も繰り返すように謝っていた。
「何で、何でこんな事が出来るんだよ‥‥」
翡焔は怒りと悲しみで木を強く叩きながら「何でだよ!」と叫ぶ。少女の遺体は泥と血に塗れており、鋭い刃物で攻撃されて殺されたものだと直ぐにわかった。
「でも、もう1人は? 逃げている可能性だってあるはず‥‥」
探そう、とサンディが言葉を続けようとした時「気をつけて!」とソウマがサンディの言葉を遮るように叫んだ。
「何かが来ます」
ソウマがスキルによって知りえた情報を能力者達に伝え、明らかに自分達に敵意を持っている『相手』を警戒して、それぞれ武器を構える。
そして、現れたのは‥‥恐らくはビスタが連れ込んだのであろうキメラだった。A班に連絡を入れようとした時、照明銃が打ち上げられ、A班がビスタと遭遇した事を知る。
「‥‥あまり、このキメラに時間をかけていられませんね。A班の皆さんもよろしくない状況のようですし‥‥」
引きつった笑みを浮かべながらシンが呟き「僕達ならば、苦労せずに退治できるでしょう」とソウマが言葉を返し、翡焔とサンディが一緒にキメラへと向かって攻撃を繰り出す。
そして2人が退いた後、シンがエネルギーガンでキメラを狙い撃ち、射撃の後にエレシアが雷槍・ターミガンでキメラに追撃をする。
「急がなくちゃ、班を分けたままで勝てるほど‥‥ビスタは甘い奴じゃない!」
「分かってる! だけど、焦った気持ちのままじゃ勝てる相手にも勝てなくなる! 落ち着いて、シノノメ」
サンディが翡焔に向かって言葉を投げかける、その言葉で翡焔、そして心のどこかで焦りを感じていた能力者達は落ち着きを取り戻して、目の前のキメラと向き合う事が出来た。
―― 氷の微笑 ――
「ほらほら、攻撃して来なくていいの?」
可笑しそうに笑いながらビスタが4人の能力者達を見やる。確かにビスタは攻撃を仕掛けて来ない、彼女を退治しようと思うのなら攻撃するチャンスなのかもしれない。
(ちっ‥‥あの人質さえいなければ、すぐにでも攻撃できますのに)
ミリハナクはビスタに抱えられている少女を見ながら心の中で舌打ちをする。抱えられた少女そのものがビスタにとっては盾、能力者達にとっては人質となっており、無闇に攻撃を行う事が出来ないのだ。
「‥‥別の場所で、少女の遺体が発見された。お前の仕業か」
イレイズが低い声でビスタに問いかける。攻撃できないのならば聞ける事は聞いておこうという考えなのだろう。
「そうよ。それよりさ、攻撃仕掛けないの? あたしを殺したいんでしょ? こんな人質の意味もない奴の為に我慢なんてしなくてもいいのに」
呟きながらビスタはゆらりと動き、少女を抱えている逆の手に持っていた剣で九十九を攻撃する。
「ぐっ‥‥」
攻撃を受けた九十九は苦痛に表情を歪めた後、反撃しようとしたが下卑た笑みで少女を目の前に突き出してきており、反撃する事は出来なかった。
「‥‥つまんないわね。やっぱり、こんなお荷物いらない。返してあげるわ」
少女を勢いよく投げ飛ばして来て、ビスタはそれと同時に攻撃を仕掛けようと動き始める。
「くっ‥‥間に合わない!」
少女を助けようと能力者達が追いかけるが間に合わず、少女が木に激突する――瞬間、B班の能力者達がやってきて少女の体を抱きとめていた。
「良かった‥‥間に合った」
「残念だったな、ビスタ! 人質は確かに返してもらった!」
ほっとした様子でサンディと翡焔が呟くが「く、ふふふ‥‥あはははは!」とビスタが高らかに笑い始める。
突然笑い始めたビスタに能力者達は訝しげな視線を向けるが、少女を抱きとめたサンディだけは、ビスタの笑いの意味を知った。
「‥‥? まさか‥‥」
エレシアが呟きながら少女に近寄ると、既に少女の息は途絶えていた事を知る。
「あははははっ、あんた達と会う前にもう死んでたのよ、そいつ。だから言ったじゃない? 人質の意味もない奴の為にって! それなのに生きてると信じてたのか、揃いも揃って我慢してさぁ、バッカじゃないの?」
ビスタは笑っていたが、ミリハナクの攻撃を受けてその表情から笑みが消えた。
「その姉妹の為なんて私は言わないわ。だけど貴方のその笑いは私を不愉快にさせるの、だから黙りなさい。這い蹲り――破壊の力を受けていただけるかしら?」
ミリハナクが二撃目を食らわそうと斧を振り上げた瞬間、ビスタから蹴りが入る。
「っ!」
サンダルの先にナイフが仕込まれており、そのナイフはミリハナクの足に深く突き刺さる。
「はっきり言ってお前の望みなど知った事ではない。俺はあの日の傷跡を辿り、お前への殺意だけでここまで来た」
ここで散れ、と言葉を付け足しながらイレイズがビスタへと攻撃を繰り出す。イレイズの攻撃を避け、ビスタが反撃に移ろうとした瞬間、九十九が放った弾がビスタの腹を貫く。
「ぐぅ‥‥き、さまぁ!」
銃による攻撃を嫌うビスタは持っていた剣を九十九めがけて投げつけ、イレイズを蹴り飛ばし、能力者達から距離を取る。
「大丈夫ですか!?」
シンは負傷した能力者達に駆け寄り、スキルを使用して治療を行う。
「貴様ら偽善者なんかにあたしが‥‥」
「以前も言いましたが、僕は『正義』を名乗った覚えはない。ただ守りたいものがあって戦っているだけだ」
だから、貴方はここで倒す‥‥と言葉を付け足しながらソウマがビスタに攻撃を仕掛ける。
「な、めるなぁ!」
ビスタは攻撃を受けながらも隠し持っていた小太刀でソウマに斬りかかる。
だがエレシアの防御によってダメージは随分と軽減される。
「すみませんね‥‥」
「ん‥‥防御は任せて‥‥」
ソウマが礼を言い、エレシアは正面から視線を外す事なく言葉を返す。
「お前が、この世に存在しているだけで悲しむ人間が増え続ける」
イレイズがスキルを使用し、ビスタに隙を作り、その隙を突いてミリハナクとサンディが連携するようにビスタへと攻撃を行いかけた――‥‥その時、一瞬の出来事だった。
「あなた達は、あたしにとって尊敬すべき強者なのね」
呟きながらビスタは閃光弾のようなもので視界を遮る。
「くっ、逃げるのですか! ビスタ! あなたの全力をぶつけてきなさい!」
視界を遮られ、能力者達が戸惑う中「そうね」とビスタの声だけが響き渡る。
「悔しいけれど、今日の結果はあたしの全力よ。あなた達はあたしにとって尊敬すべき敵。あなた達とはまた戦いたいから、逃げさせてもらうわ」
ビスタの言葉に能力者達は驚く。今まで人質をとって逃げた事はあったけれど、彼女自身が『逃げる』と認めた事はあまりなかったからだ。
「結構、あたしもヤバイのよね。気ぃ抜けばそのまま倒れそうだし。このまま戦ってたら、死ぬのはあたしの方だし。あたしはまだ死ぬわけにはいかないのよ」
ごきげんよう、皆さん――その声が聞こえた頃にようやく能力者達の視界も戻ってきたが、既にそこにビスタの姿は無かった。
「結局、助けられなかった」
シンが俯きながら呟く。
だが、どんなに能力者達が早く到着していたとしても、姉妹を助ける事は適わなかっただろう。ビスタに会ってしまった時点で、その姉妹は既に助からない状況にあったのだから。
「‥‥母親の為に来ただけの子供だったのに、何でこんな事に」
翡焔が悔しそうに呟く。たとえどんな状況であったとしても助けたいという気持ちが強かったのだろう。
「不意打ちで目晦まし‥‥それほど僕達はビスタを追い詰めたのでしょうね」
ソウマは呟きながらビスタが逃げたであろう方向をジッと睨み付けていた。
「ビスタが言ってましたわね。私達はビスタにとって尊敬すべき敵だと」
ミリハナクが笑みを浮かべながらポツリと呟く。
「‥‥すまないな、お前達の仇を取ってやる事は、出来なかった」
イレイズは拳を強く握り締めながら息絶えた少女を見やる。
その後、能力者達は姉妹を町へと連れて戻り、姉妹に泣き縋る母親の姿を見て胸を締め付けられる思いがしていた。
そのせいか、帰りの高速艇では誰も喋る事なく重い空気のままLHへと帰還していく事になったのだった。
END