●リプレイ本文
ここには相変わらずの暴君が君臨していた。
突然の全校集会で夏休み返上計画を告げられ、生徒会長のキルメリア・シュプール(gz0278)と親しい人間以外は驚きを隠せなかった。
(はわわ‥‥夏休みを奪っちゃうとか余りにも無茶苦茶過ぎですよー。こんな事、奥方様にバレたら‥‥何で止めなかったのーって僕が怒られる気がするのですけどー!)
土方伊織(
ga4771)は自分が怒られる様を想像しながらがたがたと震える。いくら大人とはいえ所詮はキリーの母親なのだ。どういう目に合わされるかは容易に想像できる。
「突然っぽいのがキリーらしくていいけど‥‥別に夏休みなんていらないんじゃない? 学生のノルマなんて勉学一筋なのは当たり前なんだから休みなんて本来は要らないわけで‥‥だからキリーの宣言は英断とも言えるわね」
百地・悠季(
ga8270)が呟くのだが、その考えは明らかに捻じ曲がった偏見だと彼女は気が付いているのだろうか。
「‥‥」
「はわわ、白虎さんが静かなのですよ」
横暴すぎるキリーの宣言を聞いてもツッコミの1つも入れない白虎(
ga9191)を見て土方が目を瞬かせながら小さく呟く。
(別に夏休みがなくなっても、その分キリーお姉ちゃんと会えれば構わないのにゃ)
不敵な笑みを浮かべる白虎なのだが薄い桃色オーラが漏れており、彼が何を考えているのかは周りにバレバレである。
「夏休み? え? それって学生には与えられるものなんですか? 知らなかったなぁ」
仮染 勇輝(
gb1239)がげっそりとやつれた表情で明後日の方向を見ながら呟いている。仮染にとっての『夏休み』とは毎年生徒会室でキリーの書類始末をする期間であり、夏休みだからと言って彼が休めた試しは全くない。
(まぁ、その書類始末をする代わりに一緒に登下校させてもらえてるんですけどね)
ちなみにキリーの荷物は全て仮染が持たされており、荷物が多い日の彼は本当に哀れで見ていられない。
「夏休み、返上ですか。私達の成績が少しでも上がるようにとの生徒会長の配慮ですから‥‥私は良い事だと思います。授業を進めておけば、秋の文化祭や体育祭の準備も十分にできると思いますし」
神咲 刹那(
gb5472)はにっこりとほほ笑みながら不満の声を上げる生徒達に優しく言葉をかけていく。
ちなみにキリーは全くそんな事など露ほどにも思っていない事に神咲は気づいていない。
「俺には夏休みがあろうがなかろうが関係ないぜ! どうせ補習で学校に来ないといけないんだからな!」
威張って言える事ではないのだが、ガル・ゼーガイア(
gc1478)が腰に手を当てながら叫んでいる。
「あぁ! あなたは学園始まって以来の赤点王子のガルさん!」
なぜか赤子を抱えた諌山美雲(
gb5758)がビシっとガルを指差しながら叫ぶ。ちなみに現在全校集会中であり、全校生徒にガルが赤点王子という噂が広まってしまい、文字通りガルは赤っ恥状態なのはきっと気のせいではない。
「もやし学園は生徒会長の気まぐれで夏休み無しと聞いてやってきた、名門男子校・アルファルファ学園の生徒会長の俺ですが何か?」
立花 零次(
gc6227)が長い台詞を一呼吸で言いながら全校集会に混ざり始める。ちなみに彼の学園ではすでに夏休みに入っており、彼は暇で暇で仕方ない状態だったりする。
さらに補足だが、キリーが男子生徒に飛び蹴りをしている姿を見て一目ぼれしたらしく、何かにつけてキリーにちょっかいを出すようになってきている。
「とにかく、私の言う事は絶対服従よ! 文句あるならかかってきなさい!」
それだけ言うとキリーはマイクを放り投げて生徒会メンバーとどこかに行こうとする。
「も〜やし! 今日もこの竜騎士様が守ってやるぶ!」
ガルがキリーに言葉を投げかけたのだが、その途中で回し蹴りを食らってしまい語尾が少し変になってしまった。
「うるさいわよ、暑っ苦しいわね!」
「ほらほら、キリーったら暴れると余計に暑くなるわよ。生徒会室に戻ってお茶にでもしましょうか」
百地が暴れるキリーを宥めながら、キリーを連れて生徒会室へと向かい始める。
「く、くそ‥‥こうなったらもやしを拉致して俺の事をどう思ってるのか聞くしかねぇ!」
拳をグッと握りしめながらガルが叫ぶ。恐らく彼としては内緒で行動したいのだろうが、現在全校集会中、彼のもくろみはすでにだだ漏れである。
「ら、拉致ー‥‥!? でもキリーお嬢様ですし、犯人ガルさんですから‥‥いつもの恒例行事ですねー。僕が行かなくてもお嬢様がお好きな趣味の悪い(?)お2人とか、お嬢様至上主義の方々がふつーに助けに行くでしょーし、僕はその間に学園を何とかしなくちゃーですぅ」
土方は、とりあえず『キリーが拉致られるYO!』的なメールを数人に打った後、学園を蝕む夏休み返上の件を何とかしようと動き始めるのだった。
「‥‥‥‥」
「どうしたの?」
生徒会室でお茶をしていると、百地が携帯電話を見ながら黒い微笑みを浮かべている事に気づき、百地は「あたしも甘く見られたものね‥‥」と小さく呟いた。
「あ、あの‥‥こ、これ副会長からの手紙なんですが‥‥」
1年生が仮染の手紙を届けに、生徒会室までやってきてキリーに渡す。
『Hell、キリーさんの拉致事件が発生するという情報を得ましたので鎮圧に向かいます。物騒な事が多いと思いますが、くれぐれも気をつけて下さい』
手紙の内容はキリーを心配するものだったが「‥‥気のせいかしら、まずこの手紙の出だしが物騒なんだけど」とぐしゃりと手紙を握りつぶしながらキリーが呟く。
「つまりこれって心配する振りをして、遠回しに私に地獄へ落ちろって言ってるわけね? わかったわ、地獄に落ちる前に落としてやるから覚悟なさい」
ごごごごご、と効果音付で怒るキリー、一緒にいた百地はもちろん誤字に気が付いていたが百地と仮染は犬猿の仲であり、わざわざ相手のミスを正してあげるほど百地は優しくない。
そして、さらに土方からメールを受けた者――白虎はメール文を見て「何でこう助けないといけないような事態が頻発するんだー! 僕の平穏を返せぇー!」と怒りに震えながら叫んでいる。
しかし平穏を返せと叫んでもきっとキリーを助けようと駆け回るのだろう。
「それはきっと愛、ですよ――愛、LOVE」
こっそりと娘を抱えながら白虎を見守るのは諌山。はっきり言って物凄く怪しい。
「すみません。とび蹴り魔ぉ‥‥じゃなかった、生徒会長を見ませんでしたか?」
立花が諌山に問いかける、何気に集会場から出て校内を探し回っているらしいのだが、慣れない校舎の為にひそかに迷っている事は内緒だ。
「キリーさんですか? ご案内しますね」
諌山が微笑み、立花を生徒会室まで案内する為に行動を開始する。
そして、それから暫くした後――‥‥。
「あばよ! もやしはいただいたぜ! はーっはっはっはっは!」
ガルがキリーを抱えながら、校内を疾走する姿が多くの生徒に見られていた。
「あらあら‥‥生徒会長ともなると、お忙しいようですね‥‥」
のほほんとした表情で呟くのは神咲だった。ちなみに現在進行形でキリーはガルによって連れ去られているのだが、その大変な状況に神咲は気づけていなかった。
「ちょ、ちょっと何するんですか!」
キリーと話をする為にガルは連れ去ったのだが、なぜか途中で諌山と立花に出会い、何もしていないのに「何をするんですか!」と叫ばれていた。
「ちょ、俺何もしてないだろ!」
「目隠しなんてやめて下さい!」
言いながら諌山はすちゃっとキリーと諌山、そして立花の分まで目隠しを用意してガルに渡す。
「俺何もしてねぇ!」
「私が一緒にいて無事で済むと思わないでください!」
「頼むから帰ってくれよ!」
全く会話が噛み合わず、ガルはキリー(そして諌山と立花)を連れて捕まらないうちに逃げようと考えるのだった。
「ようやく会えましたね。飛び蹴り魔王、さぁ、今日こそ決着をつけましょうか、もちろん飛び蹴りで」
「あんたの頭の中はどれだけ幸せなのよ! この状況でどうやって飛び蹴り食らわす事が出来ると思ってるのよ! っていうか、何であんた達まで一緒に拉致られてるのよ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、ガルは見つからないうちにキリー(と諌山&立花)を体育倉庫まで連れて行く。
(は、はわわ‥‥見てはならぬものを見てしまったーですぅ‥‥ここで助けに入っても助けに入らなくてもボクは八つ当たりされちゃうのですー)
土方は心の中で呟き「ボクは何も見なかったーですぅ」と呟き、気を取り直して夏休み奪還計画を進行させるのだった。
一方、生徒会室では――‥‥。
「どうなってるんですか! キリーさんが連れ去られたそうじゃないですか」
仮染が生徒会室に戻り、百地を問いただす。
「いったいどうなってるのにゃ! 何でこんな事にー!」
叫ぶ白虎と仮染を見て「大丈夫よ、安心して。キリーに発信器をつけてるから居場所はすぐにわかるわ」と黒い微笑みを浮かべて言葉を返す。
「それにしても可哀想に‥‥きっと今頃心細くて泣いてるに違いないわ‥‥」
悲しげな表情を浮かべ、百地が呟くと「「なっ」」と仮染と白虎はその場面を想像して震え始める。
〜想像〜
「何で誰も助けに来てくれないの‥‥? 怖いよ、誰か早く‥‥」
〜現実〜
「何私を拉致ってるわけ? 意味分かんないんだけど。こんな事してどうなるか分かってんの? 人の話は聞きなさいよ(スパーンッ)」
「き、キリーさん!」
「キリーお姉ちゃああああんっ!」
顔色を青くして、2人はほぼ同時にキリーがいると思われる体育倉庫へと向かって全力で駆けだしたのだった。
「痛いんだけどー!」
なぜか縄で縛られているキリーはガルに頭突きを食らわしながら叫びまくる。
「もやし‥‥いや、キリー、俺の事が好きだって言ってくれないか? こんな行動は間違ってると思う‥‥だが、俺はもう一度お前の気持ちが知りたいんだ」
ボリボリボリボリバリバリバリ
「俺はキリーの事が好きだ‥‥! この気持ちはあの頃から変わってないんだ‥‥」
バリバリバリバリボリボリボリ
「‥‥って、人が告白してんのに近くで煎餅食ってんじゃねぇーよ! 雰囲気ぶち壊しだろ! っていうか何で煎餅の音を効果音に告白しなくちゃなんねぇんだよ!」
「だから言ったでしょう! 私を一緒に連れて無事で済むと思わないでって!」
「早く終わらせてもらえませんか? 次は俺との飛び蹴り対決が待ってるんですから」
「何並んでんだよ! っつーか、俺はお前らについてきてくれなんて頼んでねぇよ!」
ガルが泣きそうになっている頃、百地、白虎、仮染は体育倉庫へと向かって走っていた。
「あら、生徒会の‥‥生徒会長なら男性と一緒に体育倉庫へと向かっていましたよ」
「それ連れ去られてるだけだから! っていうか見てたなら止めて!?」
仮染が神咲に問いかけると「あれって‥‥連れ去られてたんですか」ときょとんとした表情で言葉を返してきた。
「今からボク達で助けに行くのにゃ!」
「そうですか――生徒会長を、助けてきてくださいね、お願いします」
神咲は丁寧に頭を下げながら3人を少し悲しそうな表情をして見送る。
「私には、助ける事はできませんから‥‥」
まるで死亡フラグのようなセリフを呟く神咲だが「宿題を終わらせなくてはいけませんので」と言葉を付け足す。やや天然だが、きっと神咲が一番マトモな生徒――なのかもしれない。
「もやし! お前の気持ちを教えてくれ‥‥どんな結果でも、俺は受け止めるから」
「あら、そう? だったらまずはあたしの怒りを受け止めてからにしてもらいましょうか」
突然声が聞こえたと思ったら、扉(鉄製)が吹き飛んで、ガルの鳩尾に強力な一撃がお見舞いされる。
「キリーさ‥‥」
キリーが縛られている、その状況を見た仮染と白虎はまるで般若のような表情で「‥‥おい、ガル?」と背景に黒い炎をまき散らしながら、笑顔で「何、してたんですか?」と言葉だけは丁寧に投げかける。
「え、ち、ちが! 俺は別にふべっ、俺の話を聞いてがふっ‥‥」
白虎と仮染の2人による2人の為の粛清が行われている間、百地は「さぁ生徒会室に帰りましょう」とガルを助ける事もなく、体育倉庫から出ていく。
「あ、私たちも行きましょう!」
「そうですね、煎餅を食べているのにも飽きましたし」
そしてガルの悲鳴を聞きながら、体育倉庫を後にしたのだった。
「はい、お弁当」
生徒会室に戻ってきて、百地がキリーにお弁当を差し出す。中身はキリーの好物ばかりで「ありがたく食べてあげない事もないわよ」と素直じゃない言葉を言いながら、キリーはお弁当を食べ始める。
「あ、あのキリーお嬢様? い、一か月くらい奥方様とご旅行に出かけてはいかがですー? 最近2人の時間とかなかったぽいですしー」
土方が恐る恐る提案を出す。一か月キリー達を旅行に出す事で夏休みを奪還し、更には使用人の安息の期間(一か月)まで得ようというのだ。
「旅行? そうねぇ、最近ゆっくりしてないし、行くのもいいかも。わんこ、手続きとお母さんに連絡をしておきなさい」
了解ですー! と土方は舞い上がるようにステップしながら自分の計画がうまくいった事を心の底から喜ぶ。
しかし、一か月後にはぽろりと計画を漏らしてしまい、キリーによる果てないお仕置きがある事を今の彼は知らなかった。
「そうだ、キリーさん! 私の赤ちゃん可愛いでしょう?」
諌山が自慢げに娘を見せると「ふぅん、ま、悪くはないわね」と言葉を返す。
「でしょ? キリーさんも子供作ればいいのに」
「「ブフーッ」」
諌山の何気ない言葉、恐らく他意はない言葉に仮染と白虎が飲んでいたお茶を噴き出す。
「そ、そそそそんな事は許さんぞー! 破廉恥な!」
「そうですよ! まだ学生の身分で――‥‥美雲さんも学生ですけど、何で娘がいるんですか! 破廉恥な!」
白虎と仮染がぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる中「今日は飛び蹴り対決、無理そうですね。あ、でもコレを渡したくてきたんだった」と立花が思い出したように呟き、一冊のノートをキリーに差し出す。
「何よこれ、交換日記?」
「日本男児として、まずはこれからかと思いまして」
「何してるんだぁぁぁぁぁぁぁ!」
白虎が叫びながら「交換日記ならボクがしてやる!」と『キリー&零次の交換日記』という文字を『虎きゅんと零次の交換日記』に変えてしまう。
「そういう趣味があったのね」
百地がおかしそうに呟くと「ち、ちち違うー! ボクはキリーお姉ちゃんの事が好きなんだぁぁぁぁ!」と慌てて否定する。
しかし慌てて否定した事が、むしろ肯定に見えてしまい「うわぁ」とキリーが冷めた目で白虎を見るのだった。
余談だが、ガルは磔の刑に処されてしまい、彼のテスト答案と共に校庭に張り出されていたのだとか。
END