●オープニング本文

　私の心はガラスなのよ。
　嫌な事を言われたら、１０倍にして返したくなるくらい傷つきやすい女の子なの。
　その辺を理解しなさいよ、ヘタレ。

※※※

「私ほど繊細な心を持つ人間もいないと思うわ‥‥」

　はぁ、とため息を吐きながらキルメリア・シュプール（gz0278）が呟く。
　彼女は真面目に言った言葉なのだろうが、周りにいた能力者（と書いて被害者と読む）はピシリと自分の身体が固まるのを感じていた。

（あれで繊細だったら、俺たちって‥‥生きていられないく――）

「グッハァッ！」

「何失礼な事を考えてるわけ？　この捻くれヘタレが！」

　ちなみにキリーから攻撃を受けた男性能力者は何も言葉にしていない。
　自分の思った事を、心の中でひっそりと呟いただけなのだ。
　しかし、繊細な心を持つ（自称）キリーはそれを感じ取ったのか、はたまたいつものように手が出ただけなのか、男性能力者の鳩尾をグーパンチで殴った。

「痛い、俺痛い‥‥」

「自分の傷を心配するより、それ以上に私の心を傷つけた事に対して謝りなさいよ。このドヘタレ」

　まわりにいた能力者たちは男性能力者を助けたい気持ちはあったが、自分に被害が来てはいけないという事から、誰も男性能力者を助ける事はしなかった。

「まったく、これから仕事だっていうのに、私の心を傷つけるなんてとんでもないわ」

　トドメと言わんばかりのとび蹴りを男性能力者に食らわした後、キリーは自分と一緒に任務を行う能力者たちのところへと向かい始めたのだった。

●参加者一覧

●リプレイ本文

――　繊細とは程遠い少女、もやし　――

（戦闘依頼に入るのはおおよそ一年ぶりですね‥‥）
　クラリッサ・メディスン（ga0853）が今回の資料を読みながら心の中で呟く。
（早く実戦の勘を取り戻せると良いのですけどね‥‥）
　小さくため息を吐きながらクラリッサが心の中で呟いた時、自分は繊細なのだと主張する声が聞こえてきた。
（だ、だうとー！）
　少女――キルメリア・シュプール（gz0278）の声を聞いていた土方伊織（ga4771）が心の中で激しくキリーの主張を否定した。
（まおー様が繊細な心の持ち主とか、天地がひっくり返ってもあり得ないです）
　魔王被害者友の会、略して魔友会の筆頭被害者である彼が言うのだから、恐らく間違いはないのだろう。
「‥‥繊細とかいきなり言われても、反応に困――グハァっ！」
　白虎（ga9191）が呟いた瞬間、自称・繊細な少女キリーのパンチが白虎の顔面に繰り出された。
「ぐ、ぐぉぉ‥‥」
　鼻を押さえながら白虎が呻いているが、八つ当たりを恐れた他の能力者たちが白虎を助ける事はしない。
「ちくしょう、理不尽だーっ！」
　涙目で叫ぶ白虎の姿に、誰もが憐みを感じずにはいられなかった‥‥と思う。
「今日はＯ２（gc8585）さんと初依頼なのであります♪　楽しみであります♪」
　美虎（gb4284）が楽しそうに呟き「おお、私の方こそ楽しみなのじゃ」とＯ２も笑顔で言葉を返したのだが‥‥その後ろではぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるキリーの姿がある。
「ええい、わがまま娘めっ！　うるさいのじゃ！」
　キッとＯ２はキリーを睨みながら注意するのだが、べしん、と額を叩かれる。
「あら良い音がするデコね。私の声よりもあんたのデコの方がうるさいんじゃないの？」
　あははははは、と悪魔のような笑い声を響かせながらキリーが言葉を返す。ちなみにキリーとＯ２は初対面であり、先ほどの会話が初めての会話になる。
（はわわ、初対面の人にまで魔王節さくれつーなのですぅ‥‥）
　土方は心の中で呟き、がたがたと震えながら一部始終を見ていた。
「キリー、そんな事しちゃダメだよ〜」
　がばっとキリーの背後から抱き着いたのは神咲　刹那（gb5472）だった。
「いちいち抱き着かないでよ！　このセクハラ！」
「ええー、ボクのハグは彼女とキリーだけしかやらないからね。しっかりＶＩＰ待遇だよ」
　神咲の屁理屈のような言葉に惑わされそうになりながら「き、貴様ァァァ！」と白虎が神咲に襲い掛かっていた。
「ある意味、平常運転だな、うん」
　ガル・ゼーガイア（gc1478）が頷きながら（それにしてももやしが繊細とか聞こえたような‥‥）と心の中で言葉を付けたし、ちらりとキリーを見る。
（まぁ、あんな細い体してんだから納得だぜ！　今回はもやしを労ってやるか！）
　ガルは心の中で決意を示していたのだが、いつもキリーがＶＩＰ待遇である事に気づいていない、いや‥‥もしかしたら気づいていながら気づきたくないのかもしれない。
「も〜やし！　この天竜騎士が繊細なお前を労わりながら護衛してやるぜ！」
「あんた、さっき私の体をジロジロと見てたでしょ‥‥。この変態ドＭが！」
　ばちーんとキリーの平手打ちを受けながらも「も、もやしはこうでなくちゃな‥‥」とガルが呟いている。生粋のＭになってしまった彼を見て、彼を知る能力者たちは涙が出そうになるのを堪えるばかりだった。
「今日も張り切ってキメラ殲滅です〜、っと‥‥その前に初めまして」
　にっこりと穏やかな笑みを浮かべながら月隠　朔夜（gc7397）がキリーに挨拶を行った。
（キリーさんは繊細な方のようなので、ある程度はフォローしなくては‥‥）
　心の中で呟く月隠だが、本当に繊細な心の持ち主であれば、さっきから人に攻撃をしかけたりしていないはず――という事に気付けていなかった。
「とにかく、ここでこうしていても始まらないし、キメラ退治に向かおうか」
　神咲が呟くと「あんたのせいで遅れてるのよ」とガルの背中にキリーが飛び蹴りをする。
（あれで繊細って‥‥世の中の繊細な人に失礼にゃー‥‥）
（はわわ、なるべくならまおー様の矛先が僕に来ませんよーに‥‥って何となくこんな事を願っている時点でふらぐが立ってそうなのですぅ‥‥）
　必死に祈る土方だったが、恐らく祈りは無駄になるだろうと心の何処かで自覚している部分があった。


――　キメラ捜索　――

「あー、面倒よねぇ‥‥。何で繊細な私がここまで大変な思いをしなくちゃいけないの？」
　盛大なため息を吐きながらキリーがぶつぶつと文句を言っている。
　ちなみにまだキメラ捜索すら開始してはおらず、高速艇を下りて、街に到着したばかりだ。
「キリーさんの噂は色々とお伺いしていますが、根も葉もない噂のように思うのです。地獄の悪魔のような性格とか何とかかんとかはきっと幻覚であります」
　美虎の言葉を聞き「‥‥そうでしょう？　何であんな噂が広がってるのか、キリー全然分かんないの‥‥」と久々に能力者たちの前に天使キリーが出現した。
「美虎、さっきの私を――‥‥っ！」
　Ｏ２が大事な友人の目を覚まさせようと声をかけるが「黙ってろよ、な？」と地獄の悪魔の方がまだ可愛げがあるような凄まじい形相でキリーはＯ２を睨みつけ、口を閉ざすという選択しか選ぶ事が出来なかった。
「もやし！　足が痛くなったら大変だろ？　さぁ、後ろに乗ってくれ！」
　ＡＵ−ＫＶをバイク形態にしながらガルがキリーを労うが「私、自分で運転したい」と我儘を言い始め、流石のガルも「そ、それは‥‥」と言葉を濁す始末だ。
「はぁ？　何？　俺の愛車に女は触らせないぜとか言いたいわけ？　最悪ね。傷入れてやるわ」
　ギギィ、とキリーは持っていたコインで横一直線の傷を入れてしまった。
「あぁぁぁぁ、お、俺のバイク‥‥！」
（‥‥あれ？　もしかして私は『繊細』の意味を間違えて覚えていたのでしょうか？）
　キリーの行動を見ながら、月隠はかくりと首を傾げて心の中で呟いた。誰かに聞こうとも思った彼女だったが『彼女は繊細なのですか？』と聞くのも失礼だと思って聞けなかった。
（ふふ、可愛いわね‥‥）
　キリーの癇癪姿を見て、クラリッサは微笑ましい気持ちになっていた。言葉は確かにキツいけれど、キリーの癇癪は幼子が自分の思い通りにならない事に対して行っているそれと同じような物にしか見えないからだ。
（巻き込まれる方は大変かもしれないけど、あれも構って欲しいという表現の一つなのよね）
　クラリッサは小さく微笑んだ後、再び警戒を開始したのだった。
（そういえば、確か母上から繊細な子にする対処法とか言うのをもらったにゃ）
　白虎は出がけに渡された紙の存在を思い出し、こっそりと読んでみる。
（傷ついた女の子には抱き寄せてよしよしと頭を撫でてあげましょう☆　そうやって優しくしてあげなさい）
　メモを読んだ後――「ってそんなの出来るかぁーっ！」と紙をぐしゃぐしゃにしてポケットにしまう。
　彼には分かっているのだろう。それを実行してしまったら、確実に色々と大変な事が起こってしまうという事が。
「それにしてもキメラが出てこないねぇ。結構騒いでるから出てきてもおかしくないんだけどなぁ」
　神咲が周りを見渡しながら呟く。確かに現在の彼らはキメラ退治に来ていると言うより、普通にお喋りして歩いている人たち、にしか見えない。
「ふん、キメラなんて出なければ出ないに越した事はないのよ」
　キリーが呟く――が、とてもキメラ退治が目的でやって来た能力者の言う言葉ではない。
　その時、背後から銃声が響き、能力者たちのすぐ近くにある木に命中した。能力者たちが勢いよく振り向くと、そこにはキリーよりも優しそうな外見の、だけどキメラである少女が立っており、能力者たちを強く見据えていた。


――　戦闘開始、倒されるべき敵の方が優しそうってどういう事なの　――

「くっ、実際に害のある方が優しそうなんて、なんて理不尽な世界なんだにゃ‥‥！　もやしお姉ちゃんが繊細とはとても思えないんですが、キメラさん、あなたはどう思うでしょうか！」
　思わず心の本音が口をついて出てしまったのか、白虎がキメラに質問を投げかける。もちろん聞かれたキメラに言葉が通じないという事は彼も十分に理解している。
「いくら女の子の外見でも銃を持ってますから、危険ですよ」
　月隠が白虎に言葉を投げかけた直後、白虎は何者か（キリー）によって攻撃を受けていた。
「誰が繊細じゃないって言うわけ？　そんな事を言うのはこの口？　こんな乙女を傷つけるような事しか言えない口なんていらないわよね？　捻り潰すわよ、この馬鹿虎」
　ぎゃあぎゃあとわめきたてるキリーを放っておき、能力者たちはキメラを退治する事に専念した――というより、白虎を庇い、自分に矛先が向いても困るという防衛本能が働いたのかもしれない。
「わたしを敵に回した事を精々後悔なさる事ね」
　クラリッサは呟きながらエネルギーガンを構える。
（どう見てもキリーさんの方がキメラっぽいのに、世の中ままならないですよねー‥‥）
　土方は優しそうな外見のキメラを見ながらしみじみ心の中で呟く。万が一にでもそれを言葉にしようものなら、彼の人生は今日で終わる。
　それが分かっているからこそ、唇を強く噛みしめて言葉として本音が外に出ないように努力していた。
「ぼ、ボクもいくのにゃー！　手伝わないならせめて大人しくしてるにゃ！」
　白虎は何故かまだ戦闘に参加していなかったはずなのに、傷だらけになりながら前衛へと出てくる。
「それにしてもこんなキメラさんもいるのでありますねー。どこからどう見ても可愛い女の子さんにしか見えないであります」
　美虎が呟いているとキメラからの銃撃を受け「うひゃあああ、危ないであります！」と叫び、本来の目的であるキメラ退治に専念する事にした。
「ま、確かに可愛い子だとは思うけど‥‥キリーには劣るかな？　それにキリーより凶悪かもしれないね、銃持ってるし」
　突っ込む所は果たしてそこなのか、と神咲の言葉を聞き、周りにいた能力者たちは心の中で呟いていた。
「‥‥どんな格好であろうと、倒すべき相手だからね。容赦はしないよ」
　ふ、と笑みを消して神咲はスキルを使用しながらキメラへと攻撃を行う。
「うおりゃああっ！」
　ガルはキメラの背後から攻撃を行い、至近距離から攻撃を受けてしまうが、その攻撃に怯む事なく追撃を行った。
「もやしの為なら死だって恐れないぜ！」
　普通ならばカッコイイ台詞なのだろうが、Ｍの彼が言ってしまうと『そこまでＭになってしまったのか‥‥』とホロリと涙物である。
「行くぞ、美虎」
　Ｏ２が呟いた後、美虎はスキルを使用して、Ｏ２への支援を行う。美虎の支援を受けたＯ２はそのままキメラへと向かい、機械剣αを振り上げて攻撃を行った。
　あまりにも近く寄られて、キメラは射撃のタイミングを失い、Ｏ２に対して攻撃を行う事が出来なかった。
「敵は滅殺ですよ」
　月隠は冷たく呟き、スキルを使用してキメラへと攻撃を繰り出す。攻撃を行った彼女の表情からは先ほどまでのおっとりさは微塵にも感じられなかった。
「そろそろ幕引きとしましょう」
　クラリッサが呟き、スキルを使用して能力者たちの武器を強化する。その間にキメラが銃を構えて攻撃を行おうとしたのだが‥‥。
「武器は使わせないのにゃー！」
　白虎が叫びながら、キメラへとめがけて突進を行い、キメラを押し倒す‥‥狙ってやったのか、そうでないのか定かではないが、彼の手はキメラの胸にある。
「‥‥にゅおおお！　け、決して変な意図はないからにゃ、へ、変な勘違いするんじゃ‥‥」
　白虎が一生懸命言い訳をしている間にキメラの銃をアゴにぶつけられ、白虎はダメージを負う。これが射撃ではなくて良かった、射撃の方であれば白虎といえど無事では済まなかっただろうから。
「はわわ、可哀想だけどさっさと倒れてくださいーなのですぅ」
　土方は背中に感じる不穏な空気に気づいて、キメラへと攻撃をする。
「うんうん、白虎くんにとってはキメラ退治が終わる方が平和なのか、終わらない方が平和なのか分からなくなってきたね」
　神咲も所詮は他人事なので笑いながら呟き、攻撃を行う。
「キメラとは言え、女の胸を‥‥くっ、羨ましいような羨ましくないような‥‥！」
　ガルが悶々としながら攻撃を行うが、キリーから「Ｍでスケベなんて救いようがないわね」と呟かれてしまう。
「何やら穏やかではない空気になってきたようじゃの」
「そうでありますねー」
　Ｏ２が美虎に言葉を投げかけ、攻撃を行う。
　元々大した強さではなかったキメラなので、能力者たちは苦労する事なく無事にキメラ退治を終える事が出来た。


――　悲劇が始まる　――

「あ〜ら、女と見れば見境なく押し倒して胸を触るしっと団総帥の白虎さんじゃないですか」
　にこにこと天使の笑顔でキリーが白虎に話しかける。
「き、キリーお姉ちゃ、あれにはふか〜い事情が‥‥」
「そうよね男だもの女の胸を触りたくなる事もあるわよね気にしなくていいのよドスケベしっと団総帥の白虎さん」
　一息で呟くキリーが本気で怒っている事に白虎は焦り始める。
（蓼食う虫も好き好き、と言いますけど物好きな男性がいるのですわね‥‥）
　クラリッサは必死に謝る白虎とガルを見ながら心の中で呟く。
（こ、今回は奇跡なのです。僕には危険がなかったのですぅ）
　土方はあまりの出来事に涙しそうな勢いだった。
「色々と大変だねぇ。もう少し何とかならないかなぁ‥‥」
　中々進展しないキリーを見ながら神咲が苦笑交じりに呟いた。
「も、もやし！　疲れただろう？　俺がお姫様抱っこで高速艇に「嫌よ」そ、それなら俺が馬になって「変態」‥‥ちくしょおおおおお！」
　ガルは折角の提案を悉く却下され、泣きながら地面へと突っ伏した。
「キリーさん、私とお友達になってくださいませんか？」
　キメラ退治が終わった後、月隠が笑顔でキリーに言葉を投げかける。
「あ、自分もなりたいであります！」
　月隠の言葉を聞いていた美虎が大きく手を挙げながら叫ぶ。まだキリーの本性をほんの少ししか垣間見ていない彼女たちは友達という名前の弄られ役だという事に気がついていないのだろう。
「今回は知らん奴ばかりで新鮮だったのじゃが‥‥色々と大変そうじゃのう」
　Ｏ２は未だにねちねちとイヤミを言われる白虎とガルを見ながら苦笑するしか出来なかったのだった。


　その後、報告のためにＬＨへと帰還した能力者たちだが、総帥はスケベ、と周りに言いふらすキリーと、それを止める為に走り回る哀れなしっと団総帥の姿があった。

ＥＮＤ