タイトル:もやしと最後の恋マスター:水貴透子

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 11 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/04/14 03:39

●オープニング本文


‥‥あんた達!

このまま白黒つけずに終わるなんて、この私が許さないんだからね!

‥‥は? 今まで出てこなかったのはお前の方だろうって?

何言ってんのよ! 主役は遅れて登場するものでしょうが!

※※※

『今すぐ私の家に来なさい』

キルメリア・シュプール(gz0278)――の母親、リリシアから届けられた真っ赤なハガキ。

何処で買えば、こんなに不吉満載なハガキを入手できるのだろうと、彼女の知り合いは首を傾げていた。

『大事な私の娘争奪戦を開始します、来なかったら‥‥分かるわね?』

しかも脅し文句までついているのだから、ありがたくないサービス満点である。

だけど、1つだけありがたいサービスと言えば、キリーが4歳の時の写真つきだった事だろうか。

まだこの頃は性格もすれておらず、天使のような笑顔を向けられている。

何があれば、あんな風に性格がすれてしまったのか――と話が脱線してしまったが、
とにかくシュプール家に来いと書かれているので、ハガキを受け取った能力者達は仕方なく行く事にした。

※※※

「よく来たわね、愚民ども! そんなに私の遺産が欲しいのかしら!」

屋敷に到着すると、マイクの音量最大にしてけたたましく笑うキリーの声が聞こえてくる。

「ちなみにお母さんは急用で出掛ける事になったから、私が私の争奪戦審査をするわよ!」

「ルールは簡単、夕方までに私をリビングに連れて行く事が出来たら彼氏として認めてあげるわ!」

「まさか結婚まで簡単にいくと思ったんじゃないでしょうね、結婚の時はまた厳しい審査をするわよ!」

既に色々とめちゃくちゃであり、集まった能力者達は今すぐに帰りたい気持ちでいっぱいだった。

「ただし! 私はありとあらゆる方法で逃げるわよ! マシーンもすべて放出して逃げるわよ!」

「怪我をしても恨まないという誓約書を書いたら、屋敷の中に入りなさい!」

キリーが呟いた後、数名の使用人達が紙を持って屋敷から出てくる。

「それじゃ、私争奪戦を開始するわよ!」

●参加者一覧

/ 大泰司 慈海(ga0173) / 土方伊織(ga4771) / 百地・悠季(ga8270) / 龍深城・我斬(ga8283) / 白虎(ga9191) / 仮染 勇輝(gb1239) / 佐渡川 歩(gb4026) / クレミア・ストレイカー(gb7450) / ガル・ゼーガイア(gc1478) / ララ・フォン・ランケ(gc4166) / 雁久良 霧依(gc7839

●リプレイ本文

―― キリーの仕組んだ最後の大騒動 ――

 今回、能力者達に届けられたのは『キリー争奪戦』の案内ハガキだった。
 今にいたるまでキルメリア・シュプール(gz0278)は誰かとくっつきそうでくっつかないという煮え切らない態度のまま。
 その事に腹を立てたキリーの母親、リリシアが今回の争奪戦を計画して、能力者達を呼び寄せていた――が、本人は急用で争奪戦の審判をキリー自身に託してしまった。
 ‥‥悲劇が起こらないはずがない、楽しげに話すキリーを見つめながら、集まった能力者達は胸に広がる不安を隠しきれずにいた。

「‥‥キリーちゃん、相変わらずだねぇ」
 苦笑しながら呟くのは、大泰司 慈海(ga0173)だった。彼自身は争奪戦に加わったら犯罪――いや、変態のレッテルを貼られる事が間違いないと分かっているので、争奪戦を観戦するつもりで、キリーの誘いを受けていた。
「‥‥はわわ、な、何故誰も僕に平穏な日々を与えてはくれないのです? ぜつぼーしたです‥‥!」
 まだ争奪戦が始まってもいないうちから、土方伊織(ga4771)はがっくりと膝折れながら嘆いていた。
「こんな出来レースに巻き込まれて、ふるぼっこ確定なこの争奪戦にぜつぼーしたですよ‥‥!」
 だけど不参加だと告げれば、キリーから何をされるか分からない。しかも今回はキリーだけではなく、キリーの母親、リリシアまで「うちの娘の魅力が伝わらないの!?」とふるぼっこにしてくるに違いない。
 そんな未来が容易に想像出来てしまうため、土方は泣く泣く争奪戦参加を決めていた。
(だけどキリーさんには幸せになって欲しいって思うのですよ、僕の平穏のためにもキリーさんが望む未来を作らなくてはいけないのです‥‥!)
 人を貶め、蔑み、甚振り、恐らく土方が思う以上に現状のキリーは幸せだろう。その事に気づきながらも、あえて気づかない振りをして土方は自分を奮い立たせていた。
「あらあら、キリーもモテる事を自覚して、自ら争奪戦の景品になるなんて女の子としての立場を表明しだしたのかしらね」
 百地・悠季(ga8270)がクスクスと微笑み、温かい視線を向けている。百地は争奪戦には参加せずに、参加者のために料理を振る舞う事を決めていた。
(体調も良くないし、とりあえずは傍観をさせてもらおうかしらね)
 百地は心の中で呟いた後、そのままスタスタと調理場へと向かい始めた。
「えっ、マジでママさんいねぇの?」
 使用人と話をしているのは龍深城・我斬(ga8283)だった。
「ママさんに会いたかったんだけどな、何とかしてこの場に帰ってこられないものかね」
 龍深城が「うーん」と唸りながら悩んでいると、使用人が一枚の名刺を差し出してきた。
「これは奥様の名刺です、電話は出来ないでしょうがメールくらいなら出来るんじゃないですか?」
「‥‥勝手に渡してもいいの? 別に俺は悪用しないけど、こういうのを悪用する奴だっているだろ」
 龍深城が言葉を返すと、使用人は「大丈夫です」と頷いて答えてきた。
「悪人であれば、キリーお嬢様が屋敷にお呼びする事などないと思いますから、悪用はしないと信じて名刺をお渡ししますよ」
「‥‥そっか、サンキュ、争奪戦の状況をママさんに実況中継して帰って来てもらうかね」
 名刺を見つめながら、龍深城は悪戯っぽく微笑んだ。
「け、決着をつけないといけないのか‥‥! 予定調和エンドだと思っていたのにぃぃ!」
 白虎(ga9191)はごろごろと転がりながら「うおおおおっ」と喚き立てている。
「‥‥俺的にはこんな形で決める事に不満が残りますけどね、キリーさんらしいと言えばキリーさんらしいのかもしれませんが」
 仮染 勇輝(gb1239)は小さくため息を吐きながら、転がる白虎を見つめた。
(ですが、正々堂々と勝ちに行かせてもらいますよ、白虎さん)
「あははははー! ハガキが届いたという事は、僕にもチャンスがあるという事ですね!? みなぎって来たーーっ!」
 眼鏡を輝かせながら叫ぶのは佐渡川 歩(gb4026)だった。
(‥‥とは言え、正面から挑んでも総帥たちには適いません、ここは僕の持てるすべての力をもって挑ませていただきましょうか‥‥)
 ニヤ、と悪い笑みを浮かべ、眼鏡を光らせながら佐渡川は白虎と仮染を見つめていた。
「‥‥怪我人が出そうね、私は怪我人の治療に専念させてもらうわ」
 クレミア・ストレイカー(gb7450)は苦笑しながら呟く。
「ついにこの日が来たか! 勝ち目がねぇのは分かっているが、それでも向かうのが漢ってモンだぜ! 待ってろよ、もやし!」
 気合いに燃えるのがガル・ゼーガイア(gc1478)だった。彼自身は気持ちの整理をつけているけど、キリーが誰を選ぶのか、それを最後まで見届けたいと考え、今回の争奪戦に参加する事になった。
「キリーちゃんも年貢の納め時なんだねぇー、ついにこの日が来ちゃったかぁ‥‥」
 しみじみと呟くのは、ララ・フォン・ランケ(gc4166)だった。
 彼女は歴史的瞬間をカメラに収めようと、今回の争奪戦に参加する事になった――つまり、彼女の行動は普段と変わりがない、という事にもなるのだけれど。
「うふ、うふふふ、この争奪戦に勝てば! 可愛いキリーちゃんに朝から晩まであんな事やこんな事をし放題っ! じっくりたっぷり可愛がってあげるわ‥‥! ちっちゃい子最高! いやっほーっ! みなぎってきたわぁぁぁっ!」
 極度の興奮状態なのか、雁久良 霧依(gc7839)が尋常ではないほどのテンションで叫んでいる。恐らく心の声として留めたかったのだろうが、キリー争奪戦というイベントを前にして、彼女のテンションは最高潮になり、心の声がすべて言葉として駄々漏れである。
 彼女の言葉を聞いた能力者達の心は1つになりかけていた。

『彼女に勝たせてしまったら、キリーが危ない道に引きずり込まれてしまう』

 既に暴力的な意味で危ない道に片足どころか両足を突っ込んでいる状態なのに、これ以上危ない道に進ませるわけにはいかない――と能力者達は心の中で叫んでいた。

―― 争奪戦、開始! ――

 今回、誓約書に署名をしたのは土方、龍深城、白虎、仮染、佐渡川、ガル、ララ、雁久良の8名のみ。大泰司と百地は料理担当として署名はせず、クレミアも怪我人の手当てに専念するため、ある意味死の誓約書と呼べる書類に署名はしていなかった。
「総帥がリア充になるのか、恋破れてしまうのか‥‥しかしキリーちゃんも悪女だねぇ、自分をかけて男達を戦わせるなんて‥‥女の子は怖いねぇ」
 他人事のように大泰司は呟くが、表情は言葉とは裏腹ににやにやとしていた。
「とりあえず俺は争奪戦後のおやつを準備して待ってるね〜」
 大泰司は手をひらひらと振りながら、怪我人手当て担当のクレミアと一緒に屋敷の中へと向かって行った。
(‥‥と、とりあえずー、白虎さんと勇輝さんがまおー様のいけに‥‥こ、恋人候補ですから最終的に2人がキリーさんと一緒にリビングへ行けるようにすれば良いのですよね?)
 土方は色々と自分に被害が来ない方法を考えているけど、どれだけ考えても結果として自分が巻き込まれる未来しか見えて来ず、がっくりと肩を落としていた。
「あ、ちなみに俺は争奪戦に参加はするけど、邪魔者として動くからよろしくな」
 龍深城は白虎を含む争奪戦参加者にさらりと言葉を投げかける、もちろんたっぷりな邪笑を浮かべながら。
「まずはキリーお姉ちゃんの行動を把握するために用意したシュプール家の間取りを‥‥」
 白虎は用意していた地図を広げ、今まで起こった事を想定しながら、キリーの行動範囲や罠を仕掛ける場所など予想してペンで印をつけていく。
「このまま全員仲良く――というわけにはいかないようですね、さて、どうなることやら‥‥」
 仮染は小さなため息を吐きながら呟く。
「ふふふ。彼女いない歴=年齢という設定も今日までです、すべてを黒歴史にして、僕は君との幸せな日々を掴み取って見せます!」
 佐渡川は4歳の頃のキリーの写真を胸に抱き締めながら、大きな声で叫ぶ。
(1番厄介なのは白虎さんと仮染さんですね、出来れば共倒れをしてもらいたいですが、万が一にも共闘なんてされたら大変です、早々に退場してもらいましょう)
 今回集まった能力者の中で、1番気合いを入れているのはある意味佐渡川なのかもしれない。
(‥‥サスケや使用人達にもやしがいる場所を聞いてみてもいいかな?)
 ガルが心の中で呟く。正直に言って能力者達よりもキリーの事に関しては詳しいだろうし、キリーの好みそうな場所など能力者達よりも使用人の方が分かっているはずだ――と考えたからだ。
「頑張れ、総帥! リア充としてしっと団員に粛清されるためにも全力を!」
「ちょっ! そんな応援やめるにゃー!」
 ララの応援を聞き、白虎が真っ赤な顔で言葉を返す。
 だが、ララの言う通り、白虎の恋が成就してもその後には団員による団員のための粛清が待ち受けているため、必ずしもハッピーエンドで終わる事はないのだ。
「白虎さん、キリーさんを粛清に巻き込むわけにはいかないので、彼女の事は俺に任せてもらえますか?」
「うおおおいっ! さり気なく何を言うにゃー! 思わず頷きかけたぞー!」
 白虎が勢いよく首を振りながら言葉を返し、仮染は「ダメか」とため息を吐きながら呟く。
「誓約書に署名をした人は、これから1分後に屋敷に入るのを許可するわ」
 スピーカーからキリーの声が響き、能力者達に緊張が走る。

「‥‥あなた、本気でその格好のままでいるつもりなの?」
 クレミアが引きつった表情のまま、大泰司を見つめて呟く。
「あれ? 可愛くない? ある意味では手荒くはなるかなと思ってるけど‥‥」
 大泰司はキャットスーツを着用していて、その格好そのものがある意味最終兵器となっている事を自覚しながらも、あえて彼はその服を着た。
「さぁて、サーターアンダギーを揚げてー、ヒラヤーチーを焼いてー、お茶はさんぴん茶がいいかな、どんな結果になるのか待ち遠しいねぇ」
「‥‥私はどれほどの怪我人が出るか、それが気になるわ、百地さんは何を作っているの?」
「私はタワーフルーツパフェよ、キリー用のはイチゴやブルーベリー、オレンジを散りばめた華やかな物を作ろうかと思っているの」
 百地は微笑みながら、クレミアに言葉を返す。今まで何度もキリーの食事の世話をしてきた彼女だからこそ、キリーの好みを熟知しており、キリーが喜ぶであろう物を作る事が出来る。
「あれ? でも2つ用意してるよね?」
 大泰司は2つめのタワーフルーツパフェを指差しながら、百地に問い掛ける。
「こっちはキリーの彼氏用のパフェよ」
 彼氏用のパフェは白黒ぽい渋い色合いのものを考えていて、チョコと生クリームをたっぷりと使う予定なのだ、と百地は言葉を付け足した。
「ネームプレートも用意しているんだけど、こっちは争奪戦の結果待ちだから、結果が出てからしか描きこめないのよね、だから先にパフェの方を作っちゃうわ」
「そっか、でもこんなに甘い匂いをさせていたら、キリーちゃんが匂いに誘われて調理場に来るかもしれないね、その時はどうしよう?」
「調理場や救護場所は争奪戦の範囲には入らないようにすればいいんじゃない? ここで暴れられてせっかく作ったパフェや料理を台無しにされても困るし‥‥」
「そうだねぇ、キリーちゃんはともかく他の能力者達はご退場願わなくちゃいけないね」
「‥‥あなたのその姿を見たら、多分調理場に入る事なく出て行くと思うけどね」
 百地は苦笑しながら、大泰司の格好を見つめて呟く。
「キリーが選ぶのは誰なのかしら、願うならキリーを幸せにしてくれる人がいいわね」
 百地は呟いた後、再び調理に取り掛かり始めた。

「キリーちゃああんっ! 今食べに行くわよぉぉっ!」
 スタートすると同時に雁久良が叫び、白衣を靡かせながら、屋敷の中へと駆けて行った。
「す、凄いね、思わず写真を撮っちゃったよ‥‥」
 ララはやや引き気味に呟き、思わずシャッターを押してしまったカメラを見つめた。
「ボ、ボーッとしている場合じゃないよ! 泣いても笑ってもこれが最後! 頑張れキリーちゃん! 頑張れ男の子!」
 雁久良の勢いに茫然としている男性陣を見つめ、ララが言葉を投げかける。
「はっ、そ、そうだにゃ! こんな所でボーッとしている場合じゃない!」
 我に返ったように呟いたのは白虎、彼は慌てて屋敷へと向かう、その姿を見て佐渡川、ガル、龍深城、土方、ララ、そして仮染も要塞と化した屋敷へと入って行ったのだった。
 しかし‥‥。
「雁久良さん、さ、さっそくマッサージマシーンの餌食に‥‥」
 屋敷に足を踏み入れて3歩ほどの所で、雁久良がマシーンの餌食で気持ち良いのか苦しいのか判別のつきにくい叫び声をあげていた。
「マッサージ シュウリョウ シマシタ」
 パッ、とマシーンの拘束が外れ、雁久良はドサッと床に倒れこむ。
「‥‥く、クセになりそう‥‥」
 ピースサインを見せながら呟き、ガクッ、と雁久良は倒れてしまった。
「あ、侮れない‥‥あのマシーン攻撃を受けてピースをする余裕があるなんて‥‥」
 威力を知っている白虎と仮染は、雁久良の凄さを知った気がした。
「さて、ここからは別行動をさせてもらうぜ! お互いに頑張ろうぜ、じゃあな!」
 ニッ、と爽やかな笑みを浮かべた後、ガルはそのままその場を去っていった。
「俺も別行動を取らせて頂きますよ、また後で会う事があるかもしれませんが‥‥お互いに頑張りましょう、今回は俺も本気で行かせて頂きますから」
 白虎に宣戦布告をした後、仮染はマッサージマシーンを避けて、廊下を駆け抜けていく。
「にゅあああ、先を越されるぅぅ!」
 白虎が悶えている時、背後からビシャッと水をかけられる。
「‥‥何をしているんだね、がーくん?」
「いや、争奪戦には参加してるけど彼女いるからキリーちゃん目当てってワケじゃないんだよね、むしろママさんに会って話したいなーってくらいだったから」
「まさかのリリシアママ狙い!?」
「違う違う、会って話したいと思っただけ、狙うとかそんなんがあるはずないだろ?」
「‥‥それとその水鉄砲は何の意味があるのか聞いてもいいかにゃ?」
「洗剤入りの水鉄砲、目に当たれば痛いと思うぜ? さぁ、リア充としっとのオーラを併せ持つ俺を倒してみるがいい」
 どどん、と言葉を投げかけた後「何でボクの周りにはこういう邪魔者しかいないのにゃ〜!」と白虎の嘆く声が廊下いっぱいに響き渡っていた。
「は、はわわ、こ、ここは僕が引き受けますー! ですから、白虎さんは先に行って下さいーなのですぅ‥‥!」
 白虎と龍深城の間に立ちはだかり、土方は白虎に先に行くようにと促す。
「わ、わんこ、どうしてお前がボクを庇うのにゃ‥‥!」
「あ、当たり前じゃないですかー! 早く行って下さいー!」
 ちなみに土方の本心としては『(僕の平穏のために)あ、当たり前じゃないですかー! (僕の平穏のために)早く行って下さいー!』だったりする。
「すまぬっ! 恩に着るにゃ!」
 白虎はその場に土方と龍深城を残し、そのまま廊下を駆け抜けていく。
「わんこ、お前も馬鹿だなぁ、たとえキリーちゃんが誰かとくっついてもお前の扱いは変わらないと思うぞ、うん」
「‥‥そ、そんな‥‥! それなら僕は何のためにここに来たんですかー‥‥」
 龍深城は攻撃など一切していない、だが土方に与えられた精神的ダメージはいまだかつて味わった事がないほど強力なものだった。
「‥‥というわけで、俺は総帥達をからか――‥‥ごほん、邪魔しに行ってくるわ」
 土方の横をすり抜け、龍深城も廊下を駆けていく。
「だ、誰か僕に平穏を与えてくれー‥‥ですぅ‥‥」
 土方の切実な祈りと願いが廊下に響き渡ったが、誰も慰める者はいなかった。

「‥‥なるほどなるほど、もやしは2階のテラスと庭園がお気に入りの場所なんだな!」
 ガルは使用人達に話を聞き、キリーの行きそうな場所を調べていた。
「お嬢様は庭園でご自分の像を眺めながらアフタヌーンティーをするのが好きなんです、まだ午前中ですけど」
「さんきゅ! そっちを探しに行ってみるぜ!」
 軽くお礼を言った後、ガルはまず庭園の方から行ってみる事にした。

「‥‥いねぇな、やっぱり簡単にバレそうな場所にはいねぇのかなぁ」
 きょろきょろと庭園の中を見て回っても、キリーらしき人物は何処にもいない。
「シンニュウシャ ハッケン シンニュウシャ ハッケン! まっさーじシマス」
 突然、無機質な声が響いたかと思うと、ガシャンガシャン、と派手な音をたてながらマッサージマシーンがガルに向かって近づいていた。
「げっ! こ、こんな所にもマッサージマシーンが配置されてんのかよ‥‥!」
 ガルは慌てて逃げようとしたが、マシーンの腕が伸びて、ガルを拘束する。
「い、いててててっ!」
「オキャクサマ イラッシャーイ まっさーじシマス」
 マッサージマシーンの声を聞いた後、ガルの全身に激痛が走り、屋敷の方に届くまでガルの悲鳴が響き渡っていたのだとか‥‥。

「キリーちゃんの争奪戦は熾烈な戦いになっているようですよ、と送信」
 携帯電話を弄りながら、龍深城は散り散りになった能力者達を探していた。
「お、美味そうな匂い――ここがリビングか、祝勝会の準備でもしてんのかね」
 こっそりと龍深城がリビングを覗いてみると‥‥。
「ふんふんふーん♪ サーターアンダギーも揚げ終わったし、次はヒラヤーチーを焼かなくちゃねー♪
 キャットスーツを着て、楽しそうに祝勝会の準備をする大泰司を見てしまい、龍深城は色々な意味で精神的ダメージを負っていた。
 女性が着ればあらゆる意味で至福を感じるはずのキャットスーツも、おやぢが着るだけであんなに最終兵器になるのか、と龍深城は口から溢れそうになる色々なものを堪えながら心の中で呟いていた。
〜〜♪〜〜♪
 その時、龍深城の携帯電話がメール受信を知らせてきて、ふらふらになりながら受信ボックスを開く。
 そこには『連絡をありがとう、用事を終えたからこれから帰るわ』とリリシアからの返事が表示されていた。
(‥‥多分1時間近くで帰れるはず、か)
 その頃になれば争奪戦も終局が見え始めている頃だろう。
(‥‥最後の最後でラスボス登場って事になりそうかねぇ)
 龍深城は大泰司の鼻歌を聞きながら、心の中で呟いていた。

(キリーさんの事だから、この状況を1番楽しめる場所にいるはずだ)
 仮染は心の中で呟きながら、屋上へと向かって走っている。
(‥‥この状況を自分の目で楽しめない場所にいるはずがない、つまり屋上にいる可能性が高いはずだけど‥‥!)
 仮染は心の中で呟きながら、勢いよく屋上へのドアを開けた。
 そして、見覚えのある後ろ姿が見え、仮染は息を整えながら、ゆっくりと近づく。
「キリーさん、見つけましたよ」
 キリーの肩に手を置き、仮染が穏やかな口調で言葉を投げかける。
「キリーさんには、俺を選んで欲しいんだ、だからこのまま――」
「‥‥す、すみません、本当にすみません‥‥!」
「――――ッ!?」
 キリーだと思っていた人物が振り向くと、それはキリーではなく、永遠のパシリ――哀れなサスケの姿だった。
「お、お嬢様からこの服を着てここに立つようにと言われていて、本当にすみません‥‥!」
 サスケはぼろぼろと涙を零しながら何度も謝ってくる。
「‥‥いえ、人違いをしてしまった俺も悪いですから‥‥」
 サスケが悪いのではない、分かっていてもサスケの肩に置く手に力を込めずにはいられなかった。

「にゅあああっ! 何でこんなにマシーン勢揃いなのにゃあああっ!」
 廊下にびっしりと置かれたマシーンの数々を見て、白虎は泣き叫んでいた。
「白虎さん、危ない!」
 佐渡川の声が響き渡り、白虎は背後から強い勢いで突き飛ばされてしまう。
『シンニュウシャ ハッケン! シンニュウシャ ハッケン! まっさーじシマス!』
「むしろ抹殺しますって言ってくれた方が、まだ清々しいのにゃー!」
 マシーンに捕えられそうになった白虎だったが、しゅてるんのぬいぐるみをマシーンへと押しつけ、そのまま突破する。
「すまぬ‥‥っ! すまぬっ! あとで必ず修理するから‥‥!」
『まっさーじカイシ』
 ぬいぐるみなので言葉は言えないけど、あれが人間だったら「ぎゃあああああ」とか「うおおおおっ」とか悲鳴が聞こえてきそうなほど、強力なマッサージをされている。
「すまぬぅぅぅっ!」
 視線を逸らしながら、白虎は目には見えない涙を零してスタタタッと立ち去る。
 その姿を見て、佐渡川は妖しく眼鏡を光らせ、小さく舌打ちをしていた。
「ぬいぐるみを盾にして逃げるとは、なんて卑怯なんでしょう!」
 ちなみに佐渡川はライバルを蹴落とすために、先ほど白虎を突き飛ばしたばかりだ。
「‥‥おや、あそこに見えるのは仮染さんと――少し離れた所に土方さんじゃないですか」
 再び眼鏡を妖しく輝かせ、佐渡川はマシーンの注意を2人に向くようにと仕向ける。
「土方さんもダークホースですからね、早々に退場してもらいましょう! そして消去法で残った僕がキリーさんと、ふふふふふふっ‥‥」
 ある意味では最強のしっ闘士ではないのだろうか、と思えるほどの邪悪な笑みを浮かべている。
「なっ、何でこっちにマシーンが!?」
「も、もう嫌ですぅー! 誰か僕に平和を下さいぃぃっ‥‥!」
 リニューアルされているのかマシーンの速度もあがっていて、仮染と土方は慌ててマシーンから逃げるために全力で走り出す。
 2人が立ち去った後、リビングから出来立てのマフィンを持ちながら出てくるキリーの姿を見かけ、佐渡川は慌てて駆け寄る。
「き、キリーさん! ずっと前から決めていました! 僕と付き合って下さい!」
「パス」
「‥‥んん?」
 佐渡川が決死の告白をしたけど、キリーは軽く手を挙げて答え、もしゃもしゃ、とマフィンを食べている。
「あれぇ? 僕の聞き間違いですかね、お断りの言葉ではなく『パス』と聞こえたような気がするのですけど、パスは2回までですよ! ずっと前から決めていました! 僕と付き合って下さい!」
「断る」
「2回目のパスすら来なかった――――ッ!」
 改めて告白してみたけど、やっぱり結果は同じで、佐渡川の気持ち的に愛用の眼鏡が割れてしまうほどの精神的ダメージを受けた事だろう。
「僕の何が嫌なんですかぁぁぁぁっ!」
「答えなきゃ分かんないの? それほど馬鹿なの? それくらい自分で気づいたらどうなの? っていうか、私のおやつタイムを邪魔するなんて良い度胸してるわね!」
 キリーは持っていたスイッチをポチッと押す。
 すると、佐渡川の頭上から金タライが10個ほど落ちてきて、それが見事に全部ヒットした。
「‥‥い、いいんだ、彼氏になれるとは思っていなかったから‥‥僕の運命の人は、彼女じゃなかったんだ‥‥」
 佐渡川は呟き終わった後、がくり、と息絶えるように倒れてしまう。

「伊織さん、ここは二手に別れましょう」
 マシーンに追いかけられている仮染と土方、このままでは共倒れになる事は分かっているので、仮染が提案を投げる。
「わ、わかりました、僕は右に行くので、勇輝さんは左でお願いしますぅ‥‥」
 土方の言葉に頷き、左右に別れて移動したけど――。
「何でマシーンの全部が僕に来るのです? 何でなのです!?」
 狙いが土方に定められていると言ってもおかしくないほど、マシーンはすべて土方を追いかけていた。
「まさかこんな結果になるとは思わなかった、ごめん、伊織さん‥‥」
 土方の悲鳴を聞きながら、仮染は軽く手を合わせて小さく謝っていた。
「‥‥ゆ、ゆーき」
 仮染が向かった先、そこには今度こそ本物のキリーがおやつを持って立っていた。
「ま、待って下さい! キリーさん!」
 仮染の姿を見て、キリーはくるりと背中を向け、慌てて走り出した。
「キリーさん!」
「ゆーきは最初、私の事が嫌いだったんでしょ! 私、ちゃんと知ってるんだからね!」
 必死に逃げながら、キリーが仮染へと言葉を投げかける。
「最初は生意気で嫌いだったさ! でも、そんなキリーさんの時折見せる表情や態度を見ているうちに好きになってしまったんだ! そして、それを俺だけのものにしたい!」
 仮染が言い終わった時、ちょうどマシーンから逃げてきた白虎、龍深城、ララが同じ場所に集まっていた。
「総帥、いいの〜? このままじゃキリーちゃんをゆーきさんに奪われちゃうよ?」
 ララがにやにやとしながら白虎へと言葉を投げかける。
「そうだな、男にはここ1番って時が必ず来る、それが総帥にとって今なんじゃないのか?」
 龍深城が白虎の背中を押しながら呟く。
「ボ、ボクは――」
「ちょっと待ちなさい!」
 甲高い女性の声が響き、その場にいた全員が声の方へと視線を向ける。
 すると、そこに立っていたのは――。
「お、お母さん!」
 そう、急用が出来て出掛けていたはずのリリシアだった。
「簡単に娘は渡さないわよ! キリーの彼氏になりたければ私を倒してからにしなさい!」
「呼び出したのはママンの方なのに、何故今になってそんな事を言うのにゃー!」
 さすがはキリーの母親と言うべきか、理不尽さは確実に母親から受け継いでいるようだ。
「この屋敷では私が法律なの、だから私が私を倒しなさいって言ったらそうなるの!」
 もはやグタグダである。
「‥‥どうしてリリシアさんがここに? 急用で来られないからキリーさんが審判をするはずだったんじゃ‥‥」
「あ、ごめん。ママさん召喚したのは俺だわ」
 龍深城は軽く手をあげながら、さらっと呟く。
「‥‥うわぁ、ラスボス召喚しちゃったんだね、これはどんな展開になるのかわかんない」
 ララは苦笑しながら呟き、この緊迫した場面を収めるべく、何度もシャッターを押している。
「さぁ、キリーの彼氏になりたければ、私を倒してからにするのよ‥‥!」
 ラスボス――もとい、リリシアが武器を構えながら能力者達の攻撃を待つ。
 だけど‥‥。
「「出来ません(にゃ!)」」
 仮染と白虎が出した答えは、2人とも同じく――出来ない、だった。
「キリーさんにとってリリシアさんは大事な人、そんな人を倒すなんて出来ません」
「い、言いたい事を先に言われたにゃ、と、とにかくそういう事なのにゃ!」
 仮染と白虎の言葉を聞き、リリシアは優しく微笑んだ後、キリーを見つめる。
「もうリビングの前じゃない、あとはキリーが選ぶのよ」
 確かに能力者達がいる場所はリビングに通じるドアの前、キリーを目指していたはずだったけど、いつのまにか導かれるようにリビングの前まで来てしまっていたようだ。
「キリーさん、さっきあなたに伝えた言葉は真実ですよ」
「キ、キリーお姉ちゃん! 大好きだにゃー!」
 仮染の言葉に慌てた白虎がずっと秘めてきた気持ちをキリーに向けて投げかけた。
「‥‥ごめん、ゆーき、私は‥‥バカでマヌケで、どうしようもない白虎の事が好きなの!」
 キリーが俯きながら呟き、仮染は悲しそうな表情を見せた。
「キリーさんの気持ちが白虎さんに向いているのなら、仕方ありませんね」
 小さくため息を吐いた後、仮染は白虎の方へと歩み寄り「彼女を泣かせないように」と白虎にだけ聞こえる声で言葉を投げかけた。
 むしろ泣かされているのは白虎の方だ、と言いたかったけど雰囲気的に言える状況ではなかったので、白虎はグッと口をつぐみ、仮染に頷いて応えた。
「‥‥はぁ、これからどうやって生きようかね〜」
 仮染は深くため息を吐き、自嘲気味に呟く。

 こうして、キリー争奪戦は幕を閉じ、白虎にとっては粛清という名前の祝勝会――むしろ粛清会が行われる事になった。

「ほらほら、総帥〜、似合う〜?」
 白虎は天井から吊るされ、キャットスーツを着た大泰司から猫槍・エノコロでくすぐりの刑に処されていた。
「‥‥何故、俺までここに‥‥」
 キリーが白虎を選んだ後、仮染は帰るはずだったのだが、大泰司に抱き着かれてリビングまで連れて来られてしまっていた。
「この世には男と女だけ‥‥他にも可愛い女の子は沢山いるし!」
 肩をぽんと叩きながら、大泰司が言うのだが、出来れば早く着替えて欲しい――というのが仮染の本音だったりする。
「それに女心と秋の空、心変わりとかあるしね!」
「‥‥なるほど、つまりキリーさんが白虎さんに愛想を尽かす事もありえるという事ですか」
「おおおおいっ! 何を言ってるにゃああああっ! ありえそうだからやめてぇぇぇ!」
 まるでミノムシのように身体を捩り、振り子のように激しく暴れながら白虎が叫ぶ。
「まおー様なのに、何故あそこまで好かれるですかー、僕には理解ふのーですよぅ‥‥」
 ジュースを飲みながら土方が呟くと、カコーン、と空き缶が土方の頭に命中する。
「あらあら、大丈夫? すぐに手当てをするから大人しくしていてね」
 土方の手当てをしようとクレミアが救急箱を持って近づくのだが、胸元が見えてしまい、はっきり言って頭に受けたダメージ以上の何かが土方に襲っていた。
「ん? どうしたの? 顔、赤いわよ?」
「い、いえ、お気遣いなくーですよ‥‥」
 必死に視線を逸らしている土方だったが、クレミアは知ってか知らずか、土方が視線を逸らした方向に胸元を持って来る。
「ねぇ、写真を撮りましょうか、今日は記念すべき日だからね」
 百地は完成させたタワーフルーツパフェの前にキリーと白虎を並ばせ(吊るされ)て、ララがカメラを構える。
「後でブログに載せるからよろしくね、写真を撮ったら渾身のデザートを頂いてね」
 争奪戦を行っている間、百地が作っていたタワーフルーツパフェはキリーも大満足らしく、このパフェのおかげで普段よりは魔王度が抑えられている‥‥気がする。
「俺的には区切りがついて良かったんじゃないかとは思うけどな、今のぬるま湯状態は楽しいだろうが、それでずっとやっていくわけにもいかんだろうし」
 龍深城はサーターアンダギーを食べながら、白虎と仮染に言葉を投げかける。
「俺ももう‥‥30近くだしなぁ、人の事よか自分の家庭計画を考える時期だな」
「僕は、僕はいいんです、僕の分まで彼女を幸せにしてあげてください!」
 佐渡川が涙を流しながら白虎に言葉を投げかけるが「いたのか、お前」と言われる始末。
「僕なんて初めから眼中無しって事ですかぁぁぁっ!」
「あんまり落ち込むなって! でももやしに妙な事をする奴はもやし直属のSPである俺がゆるさねぇけどな! 本当は争奪戦が終わる前にもやしに誰が好きなのかを聞くはずだったんだが‥‥マッサージマシーンが厄介だったからな」
 ガルは遠い目を見せながら、やや引きつった表情で呟く。
「総帥! 良かったね! しっと団のみんなにも教えておいてあげるからね! ちゃんと写真付きで!」
「うおおおっ、やめてくれ! どうせバレるのは分かっているが、せめて僅かでも平穏をくれぇぇぇっ!」
 しかしララはキリーや白虎の写真を撮った後、すぐさま携帯電話で仲間達に知らせ始める。
「うふふ、ふふふ、ちびっ子達の初々しいカップルなんて‥‥もう堪らないわ! そのまま結婚式をしちゃいなさい!」
 雁久良はハァハァと怪しげなオーラを醸し出しながら、キリーを強く抱きしめる。
「ちょっと! この乳が邪魔よ! 私を窒息死させるつもりなの!?」
 キリーが反論するけれど、人の言葉が聞こえないほどに雁久良のテンションは最高潮に達していた。
「ゆーき!」
 雁久良の胸から脱出した後、キリーは持っていたウサギのヌイグルミを差し出す。
「‥‥キリーさん?」
「これは私の1番大事なヌイグルミよ、これをあんたにあげるから感謝しなさい」
 キリーが仮染に差し出したヌイグルミは、キリーが今まで手放した事がないほど大事にしているもの。
「‥‥本当は、私はゆーきだって大好きなの、でも‥‥」
 唇を尖らせながら、キリーは言いたい言葉をまとめきれず「うー」とか「むー」とか唸っている。
「ありがとうございます、大事に持たせて頂きますよ」
 仮染はキリーからウサギのヌイグルミを受け取り、優しく微笑む。
「がーくん、今日はメールをくれてありがとうね、おかげでキリーの大人になった姿を見る事が出来ちゃったもの」
 リリシアが龍深城に言葉を投げかける。
(‥‥ママさんも随分とキリーに関して盲目になってきたなー、あれを大人と呼べるって事が凄すぎる)
 吊るされた白虎を棒でペシペシと叩いているキリーの姿を見ながら、龍深城は心の中で呟く。
(立場が彼氏になっただけで、全然今までと変わらない気がするんだけど‥‥その辺は気にしちゃいけねぇよな、うん、幸せの形は人それぞれだからな)
 龍深城は難しく考える事をやめ、うんうん、と頷く。
「キリーお姉ちゃん! これを、今日こそ、これを‥‥!」
 白虎はもぞもぞと動き、ポケットからハートフェルトリングを取り出す。
「それはまだ預けておいてあげる」
「にゅあっ!?」
「‥‥今度、お揃いの指輪を買いに行くからちゃんと金を貯めておきなさいよね!」
 キリーは頬を少しだけ赤らめ、悪戯っぽく微笑みながら白虎に言葉を投げかける。
「珍しいわ、キリーがデレるなんて‥‥」
 クレミアが驚いたように呟く。
「キリーさん、どうせなら高価な指輪を強請った方がいいですよ、たとえば世界で1個しかない宝石を使った指輪とか、その辺のレベルでいいと思います」
「こ、こらー! 他人事だと思って何て事を言うかぁぁっ!」
「他人事ですから」
 白虎の言葉に、仮染はニッと微笑みながら言葉を返す。
「やれやれ、これって本当に今までと変わったのか変わらないのか‥‥分からないわね」
 百地がため息混じりに呟き、クレミアも賛同するように頷く。
「でも、これから平和な時代に向かって行くんだから‥‥ゆっくりと変わって行けばいいのかもしれないわね」
 百地が呟き、ララが写真を撮るためにソファ周辺に集まるように促す。

 その日、撮られた写真はキリーにとって、そして能力者達にとっても何物にも代えがたい大事な物になっていた。

END