●リプレイ本文
「大切な者の幻覚‥‥ねぇ?」
海音・ユグドラシル(
ga2788)が小さく呟く。
「一応、調べてきたことがあるんだが‥‥」
真田 一(
ga0039)が一旦言葉を切り。
「鳥のような姿だが翼はなく、飛行して幻覚を見せる――戦った事のある能力者に話を聞いたんだが、飛行している姿を見た後に声が聞こえるんだそうだ」
真田の言葉に「声ですかぁ?」と幸臼・小鳥(
ga0067)が言葉を返してきた。
「声が聞こえた後に、背後にキメラが立っていて攻撃を仕掛けてくる――そう言っていたな、幻覚は反撃する前に出してくるらしい」
「厄介ですね‥‥人の心は脆いものですから、そこに付け入るのは理に適っていると言えますが‥‥そういうやり方は気に入らないですね」
鳴神 伊織(
ga0421)が呟き、メディウス・ボレアリス(
ga0564)が「真っ当な精神の持ち主なら面倒になる相手だな」と煙草を吸いながら答えた。
「幻覚を破る方法はある――自分の目を突いて、しかる後に心眼で見ればいいのだ!」
風巻 美澄(
ga0932)が拳を握り、力説するが「‥‥冗談だ」と能力者の冷たい視線を受けた後に撤回した。
「でも敵を見ないというのはいい考えかもしれないね」
高村・綺羅(
ga2052)が感心したように呟く。
「綺羅は敵の姿は見ないようにする。サポートに回る綺羅が幻覚に落とされたら全滅もありえるからね」
「そうね、でも私は幻覚に落とされる可能性は低いから大丈夫よ」
海音の言葉に「何故だ?」と八神・刹那(
ga4656)が不思議そうに問いかけた。
「だって‥‥仮に幻覚で『私にとって大切な人』が出てきても‥‥私の視界に入る以上は敵でしかないんだから」
冷たい笑みを浮かべる海音に能力者達は背筋がゾッとする思いがした。
「そろそろキメラが出てくる場所ですぅ‥‥幻覚を見せて‥‥背後からの不意打ちを得意とするみたいですしぃ‥‥固まって全方位警戒‥‥出来た方が安全でしょうねぇ」
幸臼の言葉に「そうだな」と真田が答え、キメラが現れる場所へと向かい始めた。
キメラが現れる場所は森――しかもキメラが飛行している姿は少し奥に歩いた所でよく見かけられているらしい。
「そういえば‥‥大切な者は壊したいと考えている人種に対してもヤツは同じような幻覚を見せてくるのだろうか?」
メディウスが森の中を歩きながらポツリと呟いた。
「‥‥そういう趣味があるのかい?」
風巻が問いかけると「我は其処まで破綻してはいないが‥‥そういう気は少しあるな」と答えた。
「恐らくは同じ幻覚じゃないかと思う」
真田がメディウスの質問に答えた。
「キメラが見せてくる幻覚は、その人間が『大切』だと思っている奴が現れるらしいからな‥‥『大切』だと思っている以上は同じ幻覚なんじゃないか?」
「あぁ、なるほど‥‥まぁ、身を持って味合わせてもらうか」
メディウスは不敵に笑みながら答える。
今回、キメラ退治に向けて守りを重視した陣形で能力者達は行動していた。
敵と真正面から向き合う前衛組が真田と八神の二人。
その二人の後ろに中衛として風巻、幸臼、メディウス、海音の四人。
背後からの不意打ちを警戒する為に後衛として高村と鳴神の二人。
余程のことがない限りはこの陣形で対処出来るだろう。
「あ、あのぅ‥‥あれぇ‥‥」
幸臼が少し離れた場所を見て指差す。するとそこには翼なくして空を飛ぶ異形のバケモノ――キメラだった。
「クオオオオオオォォン!!!」
キメラは突然叫ぶ、そして「避けて!」と高村と鳴神が叫ぶ。
「え‥‥っ!」
能力者は突然現れたキメラに驚き、横に跳ぶ。不意打ちを警戒していた二人のおかげで攻撃をくらうことはなかった。
そして、能力者達は自分達の考えの間違いに気づく――いや『自分達の』というよりは情報そのものの間違いに気づいたのだ。
空を飛んでいるキメラが叫んだ後に背後にやってくるのではない。
空を飛んでいたキメラ――それこそが幻覚の一つだったのだ。本体のキメラは最初から能力者の背後にいたのだから‥‥。
「恐らくは‥‥一定の距離‥‥つまりはキメラの近くまで来ることによって知らぬ間に幻覚を見せられていたのでしょう。そして‥‥空を飛ぶキメラに気を取られている間に攻撃――それでトドメを刺せないようだったら幻覚で惑わす――考えてみるとセコイ戦法ですね」
鳴神が状況を冷静に分析してため息を吐く。それとほぼ同時にキメラの口から煙のようなものが出始めた――それこそが能力者を苦しめた幻覚能力だ。
「気を――‥‥」
海音が能力者達に気をつけるように話しかけるが、既に能力者達は幻覚に落とされた後だった。
「煙――これじゃサングラスとかは役にたたないな‥‥」
最初に幻覚に囚われたのは真田だった。今、彼の目の前に立っているのはかつて彼が愛した‥‥そして今でも愛している亡き恋人。
「もう一度この目で、この手で、温もりに触れられるのならばどれだけ幸せなことか――だが、俺の大事な人は‥‥死んだ。そして目の前に立っているお前は俺を、心に傷を持っている奴全てを愚弄する行為だ‥‥」
そう言って真田は目の前に立つ幻覚に向けて殴りつける――流石に幻覚といえど、愛する人と同じ姿のものを斬りつけるのは耐えられなかったのだろう。
「他の皆は――‥‥」
そしてほぼ同じ頃、幸臼の前には大切に世話している子猫や子犬の幻覚を見せられていた。
「う、にゃんこに‥‥わんこ‥‥何でこんなところにぃ‥‥」
幸臼の隣では鳴神が幻覚に囚われていて「やはり厄介ですね‥‥」と呟いている。
しかし、鳴神は相手が『幻覚』だと理解しているためか幻覚に対して躊躇う事なく攻撃を仕掛けていた。
「このようなやり方‥‥不愉快極まりないです」
「うぅ‥‥あんな幻覚見せるなんてぇ‥‥許せないですぅ‥‥」
幸臼は瞳に涙を溜めながら呟いた。彼女自身も幻覚を打ち負かしたのか怒りと悲しみに震えていた。
「バカめ!」
けたたましく笑うのはメディウスだった。彼女の前に現れた『大切な人』は彼女の両親だった。
メディウスいわく『殺しても死ななさそうな人物』らしい。
「死なないと分かっている以上、遠慮なく殴らせてもらうさ!」
メディウスは装備していた超機械を置き、現れた幻覚を殴りつける。
それから暫く経った後、メディウスはスッキリした顔で「面白いものを見せてくれた礼に謡ってやるよ」と煙草を吸いながら呟く。
「怒りの日は彼の日なり、ダビデとシビラの予言の如く、世界を灰に帰せしめん」
呟き、携帯灰皿に煙草をもみ消した後「本番はこれからだけどね」と不敵に呟いた。
そして、風巻も幻覚に囚われ、大学で研究員での恩師―外見は60代の初老の男性だった。既に故人ではあるが、風巻が最も尊敬する人物だった。
「‥‥先生‥‥くそ、やめろ‥‥先生を侮辱するような真似を‥‥!」
風巻は鋭い目で睨みつけるが、最も尊敬する恩師の姿をされていたら例え幻覚だと分かっていても頭が冷静に働かない。
「‥‥先生‥‥違う、先生は‥‥もう‥‥」
風巻は瞳を強く閉じ、超機械で恩師の姿をした幻覚を攻撃する。
「‥‥すみません、不甲斐ない生徒で‥‥こんな事で動揺しているようじゃ‥‥」
高村は立っていた場所が良かったのか、幻覚に囚われることはなかった。
しかし、辺りは煙で視界が悪くなり、煙の中に入れば無事だった高村も幻覚に囚われてしまうだろう。
どうしたものか、と考えていた時に海音が煙の中から出てきた。
「良かった、大丈夫だったんだね‥‥」
「えぇ、でも一応幻覚は見せられたみたいだったわ。敵でしかないから躊躇いはしなかったけれどね」
海音が笑った時「ヤメロオオオオオオっ!」と叫ぶ八神の悲痛な声が耳に入ってきた。
八神の見ている幻覚、それは血まみれの女性で、かつて彼が護りきれず、自分の左目と左腕と共に失った最愛の半身。
血まみれの姿は変えようのない現実を現していて、生前と変わらぬ優しい微笑は八神が欲してやまなく、決して手に入らないものを現していた。
つらすぎる現実に彼は半狂乱状態に陥り、八神のもう一つの人格『久遠』へとシフトした。
「――ハ、狂ってんなよ。刹那‥‥それは俺の領分だ‥‥『刹那』はその名と共にココにある‥‥そうだろう?」
彼は最愛の半身を忘れぬように『刹那』を名乗り、決して忘れぬように戒めていた。
「イイ夢を見せてくれてありがとうよ。お礼に引き裂いて千切ってやるよぉぉっ!」
八神はけたたましく笑い、幻覚として現れた女性を切り裂いた。
「さて――こんな卑怯な真似をしてくれた奴に礼をしなくちゃなあ‥‥」
全員が幻覚から覚め、幻覚を見せたキメラ本体との戦闘に入った。
最初に行動を起こしたのは真田だった。幻覚を見せるという卑怯なやり方をするキメラに対して怒りがあるのだろう。
「ハ――なぁ、オイ‥‥オレの大切な者って奴も見せてくれよ――憎悪しかできないオレが、ソレを見たときに憎悪せずにいられるのかが知りたいからよ!」
八神も真田に続いて攻撃を仕掛ける。
中衛の能力者達はキメラに弱体練成をかけたり、能力者の怪我に備えたりなどしていた。
「人の心に付け込むなんて‥‥許せないですぅ!」
幸臼は離れた場所から自分の持てる能力全てで援護射撃を行う。
そして幸臼と同じく高村もスコーピオンで攻撃を行う。そして高村と同じ後衛の鳴神は蛍火でキメラに攻撃を仕掛ける。
もしかしたらまた幻覚を見せてくるかもしれないと思ったのだが、最初の幻覚の時にキメラは煙を吐いた。
それさえさせなければ、此方は幻覚に囚われることはない――そう判断した鳴神は能力の乱発を控え、攻撃を仕掛けていく。
「もう‥‥お逝きなさい‥‥」
流石に本気になった能力者達を相手にしては分が悪いと判断したのか、キメラは戦闘途中で逃げようとする――が高村によってそれは阻止された。
「人を傷つけて、人を苦しめて、都合が悪くなったら逃げる――そんな事は綺羅が許さない」
高村はスコーピオンでキメラの足部分を撃ち、逃げられないようにした。
その後の戦闘は特に苦もなく、無事にキメラを退治する事が出来た。
戦闘を行う途中で高ぶっていた感情も落ち着きを取り戻していったからだろう。
「悪いわね‥‥貴方の幻覚能力も私には興味がないの」
戦闘が終了した後、事切れているキメラに向けて海音が小さく呟く。
真田は戦闘が終わった後に深呼吸をして、燃え上がった復讐の炎を諌める。
「手強い‥‥キメラでしたぁ‥‥あんなのがいっぱいいたら‥‥かなり苦戦を‥‥強いられてしまいますねぇ‥‥」
構えていた長弓を下ろし、幸臼が安堵のため息と共に呟いた。
「そうですね‥‥出来れば二度とやりあいたくない手合いでしたね‥‥」
幸臼の言葉に鳴神が小さく言葉を返す。
「まぁ、面白いモンだったけどな‥‥二度目は楽しくなさそうだ」
メディウスも煙草を吸いながら呟く。
「本当だね、こんなのが大量に現れたら‥‥航空戦力だけでなく、地上部隊にも多大な被害が出ると綺羅は思う‥‥」
「また現れたら倒せばいい、それだけよ――それ以上でもそれ以下でもない。簡単だわ」
海音の言葉に「そうだな、また現れたら倒す―それは変わらない」と真田が答えた。
キメラやバグアがいなくなる世界を夢見ながら、能力者達は今日も己の身を戦場に置くのだろう――‥‥。
END