●リプレイ本文
●出発
手作りマドレーヌを囲むティータイムは、キメラ殲滅依頼により突如中断された。
「わわ、アンジュ姉様、そろそろ出撃ですよ!」
「はい、ティルさん‥‥いそぎましょう」
蜂蜜はポケットへ、ティーポットは抱え込み移動艇に飛び乗るティル・エーメスト(
gb0476)。
マドレーヌをバスケットに収めアンジュ・アルベール(
ga8834)も続く‥‥そして移動艇では。
「ティル君、アンジュちゃん、はやくはやく!」
二人を待つ美崎 瑠璃(
gb0339)と、同じ依頼を受けた能力者達の姿があった。
(「訓練どおりにやれば大丈夫‥怖くない、怖くない‥‥」)
移動艇の中、小笠原 恋(
gb4844)はそう自分に言い聞かせる。初めての戦闘依頼‥‥やはり自然と手は震えてきた。
落ち着こうと、深呼吸を一つ‥‥そこに漂う、マドレーヌの香り。
「えと、たくさんありますので、皆さまもお召し上がりになりません?」
アンジュの配るマドレーヌは恋の手にも渡った。
「あ‥有難うございます」
「大丈夫、美味しいもの食べたら落ち着くわ」
不安げな恋に気づき、メアリー・エッセンバル(
ga0194)はマドレーヌを一口頂くと微笑んだ。
●花育む農園
辿り着いた農園‥‥。
目を伏せ、ロジー・ビィ(
ga1031)は無残に踏みつけられた花を悲しげに見つめる。
「これ以上は好き勝手させませんわ‥‥!」
静かな怒りを言葉に乗せ、ロジーは覚醒を遂げた。
――時はバレンタインも控えた2月、地域によっては男性から女性へ花を届けるという風習もある。
(「気持ちをのせた贈り物には欠かせません、花畑は守ります‥‥」)
皆が心穏やかに過ごせるように‥‥想いを内に秘め、朧 幸乃(
ga3078)も刹那に覚醒する。
そして神森 静(
ga5165)は謎めいた笑みを浮かべ、
「花畑を荒らす害虫ですか? 被害が大きくならないうちに、仕留めないといけないですね?」
と、銃に手を携え。
「‥それじゃ、始めよう。美しい物を散らす無粋な物は、お帰り願おう」
覚醒した静の言葉は、氷のような鋭さを持ってまだ見ぬキメラを射抜いた。
能力者はA班にメアリーと幸乃、B班にロジーと瑠璃、C班に静とアンジュ、D班にティルと恋‥‥という4つのバディを組み、キメラの捜索と討伐を行う作戦を立てた。
A班は遊撃にあたり、攻撃の要となるのはB班とC班、そしてエキスパートで組まれたD班は後方支援にあたる。
恋は到着後すぐに探査の眼を発動し、キメラを発見すべく農地傍にある小屋の上に登った。
農地は広かったが、そこに登ると大体は見渡せる‥‥そして。
「‥あ、人が‥‥誰かがキメラと戦っています」
無線から発せられた恋の言葉。
「ほえ? あたしたち以外に、能力者がいる‥‥?」
その連絡を受けた瑠璃は目を丸くした。
花畑のストックとプリムラは背が高い‥‥その為分かりにくいが、緑色の頭髪が花の隙間からチラリと見えるのだ。
「どの辺り?」
無線を通し、メアリーが問いかけた。
――幸乃は花と花の隙間を縫いながら、声の場所へと向かう。
「居ました‥‥!」
辿り着いた先には、ヒットビートルと対峙する小柄な人物が居た。
助けよう‥‥幸乃は限界突破と瞬天速を発動し、ゲイルナイフを煌かせキメラを斬りつける――!
‥‥刃はキメラ表皮を裂き、体液が飛び散った。
「!? ‥‥あなたは?」
助けられた少年――ケイトは幸乃の一撃を目にし驚く‥‥だがすぐに、農園の主がULTに連絡してくれたのだと理解した。
そこへ、花の畝に沿って駆けつけたメアリーの姿が。
メアリーはケイトに気づくと、名前と事情を尋ね、
「花畑の事を一番知っているのはケイトさんだから、その場で戦闘した方が良いか、誘導した方が良いかを指示して貰えるかしら?」
ケイトにD班と合流するように促し、襲い掛からんとするキメラに激熱を装着した拳を叩きつけた‥‥。
●発見!
無線からは恋の声‥‥その声に促され移動するロジー。
(「‥‥見つけましたわ」)
ロジーの視線の先では、花の蜜を貪るキメラが蠢いていた。
二刀小太刀『花鳥風月』を構え先手必勝を発動し、ロジーはキメラの側面へと素早く回りこむ。
‥‥相手は昆虫型キメラだ。
(「間接部は必ず脆いハズですわ」)
前足の間接を狙った流し斬りを繰り出す――!
キメラは避けれずバランスを崩し、ロジーは更に二度斬り込むと反撃を避けた。このキメラは『命中』が強化されたキメラだったが、ロジーの俊敏さにはかなわない。
攻撃後の隙を狙い、ロジーとバディを組んだ瑠璃は小銃を収めるとイアリスを翻す。
「ほら、こっちよ」
後ろ足へと急所突きをくらわせ、瑠璃はキメラを徐々に花の無い場所へと誘導していった。
一方‥。
『気をつけてください、直ぐそこにいます!』
アンジュは無線からのティルの声で、キメラの発見に成功する。
「どうして、貴方たちは毎回こういうところにいらっしゃいますか!」
月詠を抜刀――しかしアンジュは斬りつけるのを躊躇った。
辺りには、ストックの花が咲き乱れている。
――ふと、アンジュは慌てて出発した為にもってきてしまった蜂蜜の瓶を思い出した。
(「もしかしたら、これで釣られて下さらないでしょうか‥‥?」)
蜜の匂いを漂わせ誘導を試みると、キメラの足はそちらを向いた――そして、空き地に誘い出したところで二段撃の雨を降らせるアンジュ。
彼女を追い体当たりを仕掛けるキメラに、バディを組む静の銃撃が降り注いだ。皮の薄い部分‥‥関節を狙い、機動力を殺ぐ。
(「毛虫型じゃなくて、良かった‥‥」)
覚醒中は冷酷な静だが、苦手なものは苦手だ――心の中でほっと胸を撫で下ろしていた。
各班がキメラの相手をする中――ケイトは怪我を抱えながらも安全な場所へ退避した。
「大丈夫ですか?」
見慣れぬ少年の姿に気づき、救急セットをもったティルが駆けつける。
「うん‥‥ごめんね。声に気づかなかった」
ケイトが謝る‥‥花畑を荒され余程頭に血が上っていたらしい。ビーストマンであるケイトの耳と尻尾は、申し訳無さそうに垂れていた。
そしてティルは彼の応急処置を行いながら、「キメラの攻撃手段は何ですか?」と特性を訊ねては、無線で各班へ連絡を飛した。
「あと、お花畑の詳しい地理を‥」
さらにそう訊ねようとしたとき、小屋の上から恋の声が降り注ぐ。
「小屋に近づく虫さんがいます!」
‥‥とうとう、最後の一匹が花畑から姿を現したようだ。
怪我を治してもらったケイトは、ティルから双眼鏡を受け取り、微笑む。
「ありがと。‥‥花畑の地理なら任せて。だから、キメラはお願い」
「わかりました! 最後に‥‥男の子でよろしいですよね?」
首を傾げつつそう問うティルに、頷いたケイトはクスクスと笑うのだった。
●反撃の狼煙
無線からケイトの声が聞こえる。
その誘導指示に従い、メアリーは空き地とキメラを結ぶ線上に入ると、攻撃を誘った。
(「今よ‥っ」)
体当たりのタイミングを見計らい、疾風脚で回避行動をとるメアリー‥‥見事騙されたキメラは、空き地へと突っ込んでいく。
これで武器を大振りせぬよう気遣う必要はない。
「遠慮はしない‥‥」
誘い出されたキメラの頭を狙い、幸乃がナイフで急所突きを決めた――深々と刺さったナイフはそのまま頭部を抉り取る。
さらに胴部へはメアリーの激熱が叩き込まれ、キメラは大量の体液を撒きながらその命を散らした。
そして二匹目のキメラは。
「ここなら大丈夫ね」
空き地への誘導に成功した瑠璃が武器を持ち替える‥‥その手には、超機械。
「ひっさぁぁぁつ! 電・磁! ウェーブッ!!」
瑠璃は熱血主人公の如く余韻たっぷりに叫ぶと、超機械から迸る電磁波がキメラを襲う――!
思わぬ知覚攻撃を受け息も絶えそうなキメラ‥‥そこへロジーの舞うような剣撃が決まる。
紅蓮衝撃と共に放たれたロジーの一閃は、腹部を大きく裂きキメラの息の根を止めた。
又‥三匹目のキメラも追い詰められていた。
アンジュは攻撃の全てに二段撃を使い、反撃は全て刀で受け止める。
「こうげきはさいだいのぼうぎょなり、です」
‥‥と彼女も言うように、猛攻を受けキメラは徐々に体力を殺がれていった。
静の援護射撃もうけつつ、アンジュの繰り出した二段撃によりキメラは倒される。
こうして次々キメラが倒れる中、最後の一匹はティルが誘き寄せようとしていた。
「さあ〜、あま〜い蜜ですよ〜」
‥‥咄嗟に持ってきた蜂蜜はここでも活躍している。
盾に塗られた蜜‥‥それを目掛け、キメラが攻撃を仕掛けた――!
しかしティルは盾でしっかりと攻撃を受け止め、反撃に移る。ゼルクを振り上げキメラの胴へ叩き付けると、拉げた音と共にキメラの体が潰れた。
恋はその大きな隙を突くようにイアリスとサパラで二段撃を放った。二つの刃はキメラの関節を切り裂き、傷口へも突き刺さる。
実戦経験の浅い恋をサポートするようにティルが立ち回り、キメラを追い詰め始めたとき――真っ先にキメラを仕留めた幸乃とメアリーが駆けつけた。
こうして、花畑を荒らす無粋な輩は能力者の手により葬られたのだった。
●戦いの後
皆の怪我はアンジュ達の持つ救急セットで手当てされていた。
「この辺りのストックは、折れちゃいましたね‥‥」
ケイトは少し寂しそうに、根元の茎を折られたストックの花を手に取った。
「フラワーアレンジメントで使えますわ。花束にしてもきっとステキですの」
落ち込むケイトを励ますように、ロジーは倒れた花の根元を切ると微笑みを浮かべる。
白いつなぎの作業服が土まみれになろうと気にせず、メアリーは農園の主と共に花畑の修復を行っていた。
「ストックやプリムラを見ると、もうすぐ春! って嬉しくなりますよね」
「ああ、もう春も近いね」
元々貴族の庭園を管理する家に生まれ、庭師であった彼女は、植えられた一つ一つの花に目を向け会話を弾ませた。
「クリスマスローズは私も大好きです。種類も色も豊富で、育て甲斐がありますし」
抜けかかった花も、まだ育ちそうなものは根元にしっかり土を盛る――
「これで良し‥‥と」
メアリーは、額にじわりと浮いた汗を拭うと花畑全体を見渡す。
‥‥所々寂しい状態になっていたが、皆の力で無事に花畑は再生を遂げた。
助けられたケイトは、ここで改めて自己紹介。
「花畑の修復までしてくれて有難うございます。僕はケイト‥‥LHでお花屋さんしてます」
お辞儀をし、続けて申し訳無さそうに言った。
「あの、時間があれば‥‥お店の準備を手伝ってくれませんか?‥‥何もしてなくて」
「わ‥‥素敵です。えと、ぜひお手伝いさせてください?」
その場に居る能力者は皆優しかった‥‥アンジュが進んで手伝いを申し出ると皆も頷き、沢山の花を仕入れてLHへと帰還するのであった。
●LHにて
花屋『ルミナ』では一匹の雑種犬が留守番中。
「ただいま、リクー♪」
ケイトは愛犬に頬擦りすると、店の開店準備を始める。
「わぁ、奥には喫茶コーナーもある」
瑠璃が店内を見て驚く‥‥確かに、花屋と併設された喫茶というのは珍しいかもしれない。ケイト曰く元が喫茶で、改装する際設備を壊すのが勿体無かったらしい。
「よし、ここで皆にお茶と茶菓子を振舞うよっ」
「瑠璃様のお菓子は美味しいので楽しみです!」
張り切る瑠璃に、ティルがウキウキと答えた。
アンジュは花売りをするためにエプロンを借りてリボンを結ぶと、少し浮かれ気味に歌い始める。花に話しかけ、店内でくるくる楽しそうに手伝う姿は、宛ら妖精のようだ。
「エプロン、よくお似合いです」
恋も同じエプロンに手を通し、アンジュの姿をみて微笑んだ。彼女もしとやかな姉のようで、とてもエプロンが似合っている。
「結構力仕事ですね‥‥」
幸乃は切花の為に、容器の水を替えては運んでいた。
「ここでいいでしょうか?」
「はい、有難うございます!」
容器を受け取り、花をセットしていくケイト。
兵舎で薔薇を育てるほど花好きのロジーは、フラワーアレンジメントもお手の物である。
白、黄色、ピンク‥‥愛らしい花をバランスよく、可愛らしく活けていく。
そこへ、鉢植えを店の外に出し水やりを終えたメアリーが顔を出した。
「この組み合わせ、素敵でなくて?」
「素敵!」
ロジーがクスっ笑ってたずねると、瞳を輝かせて答えるメアリーであった。
花好きな者達は、楽しげに会話しつつ花を活ける。
そして、開店の時間。
「とっても綺麗なお花は如何ですか? ヴァレンタインデーの素敵なお供に、ぜひ!」
花売りの少年、ティルは一生懸命接客をしていた‥‥その姿はどこか微笑ましい。
ティルの声にひかれ、やってきた少女がストックの花を手に取る‥‥そして、その花で花束を作るアンジュ。
「ストックは幸福のお花なのですよ」
出来た可愛らしい花束を恋に渡し、恋の手から少女の手へと。
「ありがとうございます。‥頑張ってくださいね」
恋がニッコリと微笑むと、少女は3人に「ありがとう!」と言い、手を振って去っていった。
(「‥恋する女の子はやっぱり素敵です。私も、いつか素敵な‥‥」)
バレンタインを控え、花を手にする少女を見て恋は思った。
丁度小腹が空いてきた頃、瑠璃の声が店に響く。
「お花も勿論だけど、やっぱりバレンタインにはチョコがないとねっ♪」
店内のロジーとメアリー、静のカップへティーを注ぎ、瑠璃はチョコレートシフォンを切り分ける。
「このお茶、とっても美味しいですの!」
ロジーの言葉に、瑠璃は「ウバのミルクティーよ♪」と片目を瞑って見せた。
メアリーは「シフォンも美味しい〜」と絶賛している‥‥頬が蕩けるような味だとか。
そして静はゆっくりと紅茶を口にして店内を見渡した。
「やっぱり、色々と綺麗な花を見ていると幸せだわ。和むし、癒されるわ」
微笑みを浮かべ、花と売り子らの姿を見ていた。
「とってもおいしいですよ瑠璃さん。お花に囲まれてお茶ができるなんて贅沢です」
ケイトと売り子を交代し、恋もお菓子を口にした。
「皆様と素敵な時間が過ごせて、とっても幸せです」
皆の心を代弁するようにティルが言と、アンジュも「幸せです」と微笑む。
そして、
「幸乃さんとケイト君にも食べて欲しいな」
瑠璃は店内に居るはずの幸乃の姿を探した‥‥しかし、見つからない。
――暫くして、澄んだフルートの音色が響いた。
店の表には、よく手入れされた銀のフルートで美しい音色を奏でる幸乃の姿が。
そしてその音色に惹かれ集まる人々の姿‥‥。
「お菓子、あとで幸乃さんといただきます。残しておいて下さいねー」
ひょっこりと店の中に顔を出し、売り子に戻るケイト。
こうしてキメラ退治に始まった一日は‥‥花と共に過ごす和やかな時間に包まれたのだった。