●リプレイ本文
●
集まった仲間達へ、篠崎 公司(
ga2413)は落ち着いた声で挨拶をした。
「スナイパーの篠崎公司です。宜しくお願いします」
「よろしく頼む」
それを受け、シルヴァ・E・ルイス(
gb4503)も礼儀正しく名乗る。
カンボジアのトンレサップ湖周辺には、素朴な生活風景が広がっていた。珍しいのは、家が湖上に建てられているという事。
今、キメラの出現により殆どの住民が避難してしまっている。
その人々に早く家を取り戻してあげたいと、耀(
gb2990)は思う。
「家は大切‥‥なんです。壊されてしまう前に。なんとかしなくては‥‥です」
ぐっと拳に力を入れた。
隣では、クラリア・レスタント(
gb4258)が雄大な景色に目を細めた。
(「広い‥‥こういう所も、あるんだなぁ」)
キメラ討伐が目的とはいえ、見入ってしまうクラリア。
(「離れに繋がれ閉じ込められていたままだったら、一生見れなかっただろうな‥」)
自分が言葉を失うに至った、過去を思い出してしまう。けれどクラリアは首のチョーカーを擦り、気分を入れ替え皆の顔を見渡した。
『水と人の共存を、壊させる訳にはいきません。頑張りましょう』
と、メモ帳に書いて見せる。耀は大きくうなずき、同意するのだった。
湖に辿り着いた能力者達は、キメラ退治の旨を避難した住民達に伝え、重要な交通手段である小舟を借りることに。
交渉へは、公司が向かう。
「必要経費で落してもらいましょう」
多少高めの金額を提示するつもりらしい。
その間に残った者は、湖上での戦いの備えて準備を始めた。
「水中になると動きにくそうなので、地下足袋を履きましょう」
M2(
ga8024)は貸し出された地下足袋を脚部に装着する。それは狩猟用のしっかりした物だった。
同じく、クーナー(
gb5669)も地下足袋を履いて、少し動いてみる。
「これでいいですか‥?」
履き心地は中々、水中を歩くならば普通の靴よりは良いだろう。
同じく耀も靴を換え、弾頭矢が水に濡れぬよう袋に包んで携帯する。
そして、風天の槍へ入念にロープを結び付けているのは旭(
ga6764)だ。
「こんなものでしょう」
何度かロープを引っ張り、強度を確認する旭。きっと考えがあってのことだろう。
シルヴァは得物の手入れを行っていた。普段刀を使う彼女の手には、槍がある。
(「人生何が起こるかわからないものだ‥」)
心の中でひっそり思い、リューココリネを軽く振り慣らしておく。
又、クラリアもワンピース水着と格闘着へ着替え終えていた。
(「水に浸かるのにレインコートって意味あるのかな‥? まぁ、無いよりマシだよね」)
最後に軍用レインコートを羽織り、少し疑問に思うのだった。
一方で、会話を弾ませる者も居る。
「ナマズは、美味い」
そうきっぱりと言い切るのはゴールデン・公星(
ga8945)である。
「母国ではよくフライにして食っていたが、天ぷらや蒲焼きもいけると聞いた。あれだけの大きさであれば、色々試すことができるだろうな」
‥お腹が空きそうな話だ。
美崎 瑠璃(
gb0339)も料理の話を聞けば黙ってはいられない。
「これだけでっかければ食いでがありそーだよねー」
何せ体長12mだ。確かにデカイ。
「こんなのが泳いでたらおちおち湖上生活もできないぞ、と。そんじゃま、ぱぱーっと片付けて! 皆で観光するぞーっ! ‥‥って、あれ?」
つい本音が漏れてしまった瑠璃の言葉に、和やかな笑い声があがった。
それから十数分、3隻の小舟を確保した公司が戻ってくる。
能力者達は、3人ずつ3組の班を編成。
まず、1隻目に公司、瑠璃、耀が。2隻目は旭、シルヴァ、ゴールデン。3隻目にはM2、クラリア、クーナーが乗り込んでいく。
そしていよいよキメラ退治へと、トンレサップ湖を小舟で南下していくのだった。
●
集落の端から更に南へ。
「波のない海のようです‥」
舟を漕ぎながら、クーナーが呟いた。
すると、不意に静かだった水面が波立ち、明らかに不自然な波紋が出来始める。
「この波は‥‥キメラ‥‥」
蛇剋に触れ、耀が覚醒を遂げる。そして襲撃の予兆を感じ、能力者達は次々と覚醒していった。
やがて誰の目にもはっきりとキメラの背びれらしきものが確認できる距離まで、彼らの舟は近づいていく。
射程内にキメラを捉え、公司は静かにアサルトライフルを構えた。
(「岸から立射で行きたかったのですが、舞台が此処ではこうする他ありませんね」)
公司の射撃スタイルは、水面での跳弾と光の乱反射を低減する為に片膝立ちの膝射であった。
そしてキメラの背びれを狙撃する――!
連続発射された公司の銃撃は的確にキメラの背を打ち抜いていた。痛みにキメラは水中で体を捻ったが、まだかすり傷だ。
攻撃された事によりキメラが暴れ、反動で出来た巨大な波が舟を襲う――!
「わ、すごい波!」
瑠璃は舟にしっかりと捕まって凌ぎ、公司の隣でアサルトライフルを構えた。
二人でタイミングを合わせ、足止めの牽制攻撃を加えていく。
「今のうちに、包囲するぞ」
その間にゴールデンは舟を漕ぎ、徐々にキメラとの距離を詰めていった‥‥決してキメラを集落へと近づけぬように。生憎退路が絶てそうな岸が近くに無い程広すぎる湖だったが、しっかりと包囲さえすれば集落へ抜けることはないだろう――。
銃撃の間に、舟は3方向から包囲していく。
水飛沫と波が予想以上に激しいが、キメラまであと20メートルの所に舟は迫っていた。
「行きましょう」
と、旭が真っ先に湖へと飛び込んだ。防具等が重かったがしっかりと足をつく。
続いてシルヴァとゴールデンも湖へと。
「ふむ。やはり腰までは浸からないか」
普段デカいと邪魔にされる体もこういう時は便利だと、ゴールデンが呟く。水深1mという中途半端な水位は、長身の3人にとって腰が浸かる程度だ。
「だが流石に動きにくいか」
槍を携えたシルヴァは呟き、キメラへと近づいていく。
一方。
(「っ‥‥深い。立てるだけ‥‥マシかな?」)
湖に飛び込むと胸部から下が浸かってしまうクラリアは、盾を構え波を凌ぐ。
(「動きづらいけど‥‥やらなきゃ」)
キメラを視界に捉えて腕を伸ばし、小銃「S−01」の銃口を背びれに向け引き金を引いた。
そしてキメラを目の前にしたM2は、
「うわぁ‥‥でかっ。当てるのは楽そうだけど‥‥何だかなぁ‥‥」
つい叫んでいた。胸まで水に浸かる中、M2は洋弓「ルーネ」を横向きに構え矢を番える。慣れぬ姿勢で放たれた矢は、キメラの背を掠った――やはり難しい。
しかしダメージを与えていたようだ。M2の射撃を受け、キメラが激く暴れ出す。
「‥‥わっ」
首を這い上がるほどの波。
クーナーは刀を湖底に刺し、しがみついた。そして波を凌ぐと再び突撃を開始する――。
「いきます」
「うん、気をつけてっ」
射撃を行う瑠璃を舟に残し、耀が湖へとダイブする。彼女だけは、水中に足をつくと頭の天辺しか水上に出ない。だから体力は消耗するけれど、泳ぎながらキメラを目指した。
その一方で、公司はキメラに近づく仲間の姿を確認しつつ攻撃の手を変えてゆく。
公司の銃には、貫通弾が詰められていた。キメラの体が水上に出るのは稀だろうと考え、水面での弾道の屈折やそれによる威力の低下を考慮し、使用する弾丸を貫通弾としたのだ。
その読みが当たったのか、水中で銃弾に体を貫かれたキメラは次第にもがき苦しみ始める。
瑠璃は、公司とリロードタイミングが被らぬよう射撃間隔に気をつけつつ、貫通弾がない分強弾撃と急所突きを併用していく。
すると射撃の最中、殆ど潜っていたキメラの頭が水面に出てきた。
――水弾を吐くのだろうか。口が大きく開く。
「!」
頭浮上の動きに気づき、泳いでいた耀は湖底ギリギリまで潜り込む。
M2も潜ることで回避行動を取っていたが、キメラは吐き出す瞬間に顔の向きを変えていた。
小さな水弾が勢いよく吐き出され、湖面を叩く――!
狙われたのはシルヴァ。咄嗟に回避した為直撃は逃れたが、僅かな痛みが奔る。
キメラへとさらに接近した旭は力強く槍を握っていた。
(「疲労しているようですね」)
水中にキメラの体液が流れ出し、辺りが紅く染まっている――暴れ方も些か弱くなっているようだ。
これは好都合だと、旭は槍を銛に見立て、キメラの横腹へ深々と突き刺す――。
――キメラがビクンと体を跳ねさせた。
旭は素早くロープを腕に巻きつけ、武器を月詠とアロンダイトに。襲い来る波に流されそうになりながらも、ロープを手繰り寄せキメラへと肉薄し斬り刻んでいく。
続いて、ゴールデンがキメラの側面へと回り込んだ。
「育ちすぎたオタマジャクシが暴れるんじゃねぇ!」
薙刀「疾風」で2撃叩き込み、続いて両断剣を交えた一撃をキメラにお見舞いする。そしてキメラの反撃を受けたゴールデンは、痛みを堪えつつ流されるように距離をとった。
そこへ、リューココリネを構えたシルヴァが突進する。
(「まさか、こいつを使うことになるとはな」)
槍先をナマズのヒレに向け円閃を放つと、シルヴァの体を軸とした回転と共に槍先がヒレを裂いた。
機動力が落ちたキメラを狙い、続いてクーナーが皆の攻撃に合わせ、円閃を放つ。
「‥‥く」
反撃で襲い来る波をクーナーは踏ん張って凌ぎきり、もう一撃。
尻尾の方からは、忍刀「颯颯」を抜いたクラリアが、
「行クよ、サッサツ!」
言い放ち、尾びれへと円閃を決める。
この時‥‥シルヴァにクーナー、クラリアは同時に感じる事があった。やはり足元が水に浸かっている為か、回転の遠心力を利用する『円閃』の手ごたえが少ないように感るのだ。
全く効果無いわけではないが、長引くようであれば攻撃法を変えなければならないかもしれない。
そして――尾の付け根を狙い、M2がイアリスで斬撃を加える。
「はっ!」
急所突きも発動し、深い傷を与えていく。
一方、ナマズの頭のには耀が張り付いていた。攻撃を繰り返しながら、キメラの意識を自分へと向かわせていく。
その中、再び水弾を吐くために、キメラの頭がせりあがった。
しかし、
「待っていましたよ」
最初こそ止めることは出来なかったが、今度こそは‥‥と。公司が水弾を吐き出す直前のキメラの頭部を狙撃する――!
弾は右目の脇を撃ちぬき、キメラの体がゆらぐ。
そこへ、布斬逆刃を発動した瑠璃の銃弾も降り注いだ。
「属性反転っ! チェンジング・ブリットーッ!」
ハイテンションに叫ぶ瑠璃。知覚攻撃となった弾はキメラのエラ付近に埋まり、苦痛を与える。
そして水弾を吐けずもがくキメラは、唸りと共に大きく口を開けた。
――その隙を、耀は見逃さない。
(「‥今なら!」)
ビニール袋に入れていた弾頭矢を咄嗟に取り出し、キメラの口元へと投げようとする耀。
その様子を見て、隙を大きくする為に旭は二段撃と紅蓮衝撃を刹那に発動した。
「ご飯の、時間ですよっ!」
キメラの口を閉じさせぬよう、水上からは月詠、水中からは水中剣で滅多斬りに。
そして旭の攻撃の間に、弾頭矢はぽっかりと開いたキメラの口に、吸い込まれるように飲まれ――。
ザバンと大きな水飛沫を上げ、キメラの頭部が湖へと倒れる。
透かさず耀は水中に潜り急所突きを発動、頭部を蹴り上げた。さらに瞬即撃を叩き込むと、キメラの口内で矢が爆発する――!
流石に頭は弾け飛ばなかったが、ダメージは相当なものだろう。
頭部を集中して攻撃され、キメラの反撃が弱まっていた。
仕留めるチャンスだと全員が悟る。
「いマ! 全力で!」
クラリアが二連撃でキメラを斬りこんだ。
同時にゴールデンの両断剣が体を裂き、距離を置いていたクーナーも素早く接近すると攻撃を叩き込む。
「てぃ!」
M2はレイ・バックルを発動し渾身の一撃。
そして、シルヴァも二連撃で大振りの斬撃を加えた。
「諦めの悪いやつだな。さっさと観念するがいい」
最後の悪あがきをしようとするキメラに引導を渡す。
――何度も深く斬り刻まれ、体液を撒き散らすナマズキメラは‥‥怒涛の攻撃を受けとうとう息絶えるのだった。
●
戦いを終え、高揚も抜けきった頃。
水に濡れた衣服を見て、ある者はため息をつき、ある者はふっと笑った。
「‥‥シャワーでも浴びたい気分だな」
皆の気持ちを代弁するように、呟くシルヴァ。
傭兵達はゆっくりと帰りの船を漕ぎ、集落へ戻っていく。
キメラは倒したと告げると、湖上の集落は何時もの活気を取り戻し始める。
村人は快く熱い湯の出るシャワーを提供してくれ、能力者達は体を清めてトンレサップの村を歩いた。
「本当に‥‥水の上に家がある‥‥」
耀は感銘し、のんびりとした表情で呟く。到着した時はあまり落ち着いて見渡せなかったけれど、改めて湖を見渡し、その海のような広さに驚いてしまう。
同様にクラリアも、マーケットを覗いては目を輝かせ。
『おいくらですか?』
とメモに書き、並べられた服の値段を問う。
楽しむ二人の横を、営業再開した観光船が通り過ぎていった。
「ここのお酒をいただけますか」
旭はマーケットに繰り出した後、現地のお酒と食べ物を楽しむ。
お酒を出してくれる露店を見つけ、そこへも寄ってみることに。
「多少なりとも地域経済の振興に寄与できますかね」
同行した公司は前払いで代金を出し、湖を眺めながら食事を始めた。
湖は先ほどまでの戦いが嘘のような、静かな水面を湛えている。鮮やかな美しさとは違う景色だが、素朴で趣ある風景。
「良い景色だ‥‥もっと活気を取り戻してくれると良いな」
‥‥と、珍しい料理を口にしつつ、シルヴァも呟いていた。
一方、服装を整え観光していたゴールデンは、岸に運んだナマズキメラを前にし腕を組む瑠璃を見つける。
「何をしているんだ?」
「そーいや、オオナマズって食べれるんだとか?」
「ああ、ナマズは美味いぞ」
瑠璃の疑問に、頷いて答えるゴールデン。
「‥‥んむ。キメラ料理は初挑戦だけど、捌いて試しに蒲焼にしてみよー」
アルティメット包丁をすちゃっと取り出し、瑠璃はニッコリ笑った。これだけの大物だ、腕が鳴る‥‥!
その様子を眺めつつ、クーナーはしゃがみ込んで。キメラを捌く瑠璃と一緒に、刀をその肉に突き立てる。
「そのお肉‥‥少し下さい‥‥」
ブロックでキメラ肉を切り取るクーナー。果たして何に使うのか、大切そうに抱えている。
やがて、辺りに蒲焼の良い匂いが漂った。
「美味しそうな匂いだなぁ」
その香りにつられたM2が歩いていくと、ナマズを囲む瑠璃達の姿が。
『意外に美味しい』
と、そのナマズを口にした者は思ったという。
こうしてトンレサップを騒がせたナマズキメラは、蒲焼とトムヤムクンに姿を変えて一部住民と傭兵達の腹に収まったそうだ。