●リプレイ本文
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ミンダナオ島の内陸部へ能力者達が到着したのは、既に日が沈んだ後の事。『夜』というにはまだ早い、しかし木々に囲まれた墓地は既に深夜の暗さだ。
「いかにも、何か出そうな感じの場所ですね‥」
眉を顰め、神代千早(
gb5872)がシンとした辺りの空気を震わせた。
その中、不思議と昂りを感じる望月 藍那(
gb6612)。
「あはは、なんか夜の墓地ってテンション上がりません?」
訊ねてみたが返答は苦笑が多く、「‥私だけか?」と首を捻る。――その藍那が依頼前に引いたタロットカードは『皇帝』の正位置。幸先が良いと感じたのも、テンション上がる一因かもしれない。
鐘依 透(
ga6282)はランタンと【雅】提灯を灯し、二つ準備されたエマージェンジーキットからは懐中電灯を取り出し、一つを藍那へ。
「望月さん、どうぞ」
「ども、すみません」
暗がりが徐々に照らされていく。
透は僅かな光を頼りに双眼鏡を覗き、動向が観察できるか試した。
「‥見えるか?」
「‥難しいですね」
ウラキ(
gb4922)の問いに、透は首を振った。やはりランタンと提灯の照射距離では心許ない。
「どこから沸くんでしょうね‥‥今回のキメラ」
「ふむ‥‥腐臭にも頼って探すことになりそうだな」
同じように辺りを見回したウラキは、諦めて双眼鏡を置く。そして小銃「バロック」に触れ、灯りの下銃の動作点検をはじめた。
傍らでは、千早も提灯を灯しゆらぐ橙を眺める。
(「灯りで、誘き出されば良いのですけど」)
果たして、どれほどの知能があるキメラなのだろうか。
能力者達の持ち寄った照明が、墓地を囲んでぼんやり光る。その中、
「神話型キメラなら、その伝承通りの恐怖を人間に伝えようとするかな?」
「そうね、前に吸血鬼を退治したけど伝承通りの部分もあったわ」
橘川 海(
gb4179)の言葉に、ディアナ・バレンタイン(
gb4219)が反応する。彼女は一度同じ地で吸血鬼を狩っていたのだ。
その吸血鬼も、夜に現れたと言う。
「昼間は、どこにいるんだろうね?」
そして、どこからやってくるんだろう?
「分からないわ。前は吸血鬼、今度は吸血屍‥‥フィリピンで何か起こっているのかしらね」
土地との関連性が高いキメラの出現を、不審に思う二人。
又、不審に思ったのは彼女達だけではなく。
「フィリピンの伝説に出てくる吸血屍か‥‥以前に同じようなキメラが現れているとなると気になるな」
ディアナの話をきき、ザン・エフティング(
ga5141)もそう感じたようだ。
「奴らを倒した後で島の事を調べてみるか」
「同意する。今回の事例は不可解なことが多い」
リヴァル・クロウ(
gb2337)が答えた。この区域での作戦を有利に進めるために、多くの情報を持って帰りたいところである。
「とにかく、まずは島民の為にも退治しないとね」
「そうですね‥‥けれど、お墓での戦闘は気が進みませんね」
本来静かで有るべき場所での戦いだ。楠木 翠(
gb5708)は絶やさぬ笑みを少しだけ消して呟いた。
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やがて闇と静寂に支配された墓地へ、異変が訪れる。
「‥腐臭が‥‥この辺りで間違いないらしい」
僅かに吹く風に乗った腐敗臭が一層濃くなり、ウラキが呟いた。
その時、暗視スコープを装備した海が何かに気づく。
「地中から、腕‥!?」
――暗闇の中、キメラを発見した海。ソレはホラー映画の屍鬼のように、地中から姿を現す――。
「妖魔退散っ、覚悟!」
千早が叫ぶ――その刹那、能力者達は覚醒を遂げていた。
「来たみたいですね」
体を屈めていた翠は、立ち上がり長弓「クロネリア」に矢を番える。
――地中からの襲撃は、能力者達もある程度予想していた。
だがキメラの動向を伺う余裕はない。奴はすぐさま能力者達の姿を見つけ、襲い掛かってきたのだから。
「やっと出てきたな――!」
迎え討つザンは笑みさえ浮かべ、拳銃「アイリーン」の引き金を引いた――衝撃音が響く。強弾撃と共に放たれた銃弾はキメラの頭部を撃ち抜き、続けて翠の放った矢がキメラの胸部を射抜いた。
そして透のフォルトゥナ・マヨールーから、二発の銃弾が放たれた。――全ての攻撃を受けたキメラは、反撃もままならず崩れ落ちていく。
(「酷い臭い、だな‥‥」)
腐肉が飛び散った為か、倒した後の異臭は現れた時以上。
「造ったら責任持って防腐処理くらいしとけっての‥」
嫌悪感を露にし、皆の心を代弁して藍那が言う。
「不意打ちには注意すべきだけど‥‥しぶとい相手ではないようね」
地に伏したキメラを見下ろし呟くディアナの言葉に、皆が頷いた。
一体のアマランヒグを倒し、残るは5体――能力者達は3班に分かれ、荷物を置くと本格的な墓地探索を開始する。
A班にはザン、海、ディアナ。B班にはリヴァル、ウラキ、千早。C班は透、翠、藍那が担当。A班とB班が前衛の左右両翼、C班が後衛を務め、三角陣形の陣形で墓場を探索していく。
「足場が良い訳ではなさそうだ‥‥」
柔かすぎる土の感触を感じ、眉を顰めるウラキ。
透は最後尾で五感を研ぎ澄ませ、地面からの出現、腐臭、足音‥‥その全てを警戒していく。
先ほどのようにもう出現しているのかもしれないし、まだ地中に身を潜めている可能性もある、気は抜けない。
そして再び、暗視スコープを通して海が敵の姿を捉える。
「‥‥こっちに2体‥‥リヴァルさんの方にも‥!」
叫んだ直後、2体同時に襲い来るキメラ達――海は即座に竜の咆哮を発動し、一体のキメラをふっとばす。
ディアナは豪力発現を発動。ヴァジュラを握り、キメラの正面から豪破斬撃を放った。
「はっ」
キメラの腐肉を裂き、どろっとした体液が飛び散る。
(「うわっ気色悪い」)
首を狙われては、たまらない‥‥ディアナは組み付かれないよう注意を払って斬りつけていく。
近接攻撃を仕掛けるディアナの脇を固めながら、海は連携して攻撃を加えた。
「屍鬼だと火、伝承通りだと水に弱いっていうけどっ」
海が装備するAU−KVの小手に仕込んだ超機械「00―5」から、炎属性の電磁波が迸る――!
苦しむキメラの様子を伺いつつ、カートリッジを水属性のものに変え弱点を探っていく海。
そして懐中電灯で照らす傍ら、ザンは片手に銃を持ち飛ばされたキメラを強弾撃で狙った。
「近づかせるかっ」
続けざまに放たれた銃弾は、キメラの腹部を貫通し、脇腹も掠る。
一方、B班。
後ろで懐中電灯を持つ透と藍那の力も借り、リヴァルの視界にもはっきりとキメラの姿が映った。
「余り手間をかけたくない。‥‥この一撃で終わらせる」
両手にドローム製SMGを持ち、リヴァルは紅蓮衝撃と急所突きを同時発動。
「そのような不完全な姿で我々を相手にできると思わないことだ。‥‥沈め」
牙をむき出しにする醜悪なキメラに言い、銃弾を放つ――15発同時に撃たれた弾はキメラの頭を吹き飛ばすには充分な威力。爆発でもしたかのように、一瞬で頭部が弾け飛ぶ。
胴のみとなったキメラに追い討ちをかける千早。頭を失い、狙いの定まらぬ反撃を薙刀で受け流しながら、隙を見ては腹部を切り払っていく。
「うふっ、うふふふふっ‥‥土に還りなさい、あははっ‥」
不安定さを滲ます笑い声。その口角は僅かに上がっていた。
リヴァルと千早が一体を殲滅する中、後方からウラキは新たなキメラを発見する。
「見つけた‥」
まだ攻撃の仕草を見せぬキメラに、バロックの銃口を向ける。
(「元は人であるかもしれないが、容赦はしない。あれはキメラだ」)
隠密潜行を使用し、鋭覚狙撃で頭部を狙い、そして――ウラキは気づかれる前に銃撃を放った。
C班。
王冠を浮かばせた藍那は仲間に練成強化を施し、自身も超機械「ハングドマン」でキメラを攻撃。
「灰は灰に、塵は塵に‥‥ってね」
ウラキが狙撃したキメラが確実に死に至るよう追撃をする。
翠も又、同じキメラを狙い矢を番えた。
「安らかに眠って下さい‥」
彼女の追撃を受けたキメラは、地に伏すと全く動かなくなる。
そして、二人の後ろで牽制攻撃を加える透。
(「あと1体は‥‥」)
残る1体を探す為、周囲を見回した。
辺りは既に強烈な臭いが漂い、臭いでの索敵は出来ない状態である。
――その時、近くから強い気配が。
「‥‥!」
それを感じた瞬間、透の視線の先で土が盛り上がった――。現れた最後のキメラは、藍那と翠の背を狙うように爪を煌かせている‥‥!
刹那にメイスの柄を握る透。キメラが動く前に全力移動を駆使し、その身を使ってキメラの気を引いた。
「こちらですよ」
――そして駆けた勢いそのままに、突きを繰り出す透。
しかし、キメラは姿から想像もつかぬ身のこなしで避ける――。同じキメラでも能力が違うのだろうか、強い。
透の攻撃をすり抜けたキメラは、気づいた藍那と翠の追撃さえも避けて他の班を狙いに走る。
(「‥‥させない」)
再び銃を構え、透は影撃ちを発動させた――。
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その頃A班が相手するキメラは怪力を発動し、海の体を捕まえにかかっていた。――だがそれは、海にとってチャンス。
棍棒を使った棍術でキメラその攻撃を受け流し、続けざまに竜の咆哮を発動。
「これでどうかなっ」
飛ばされたキメラが地面に背を打ちつけた隙に、竜の角発動。知覚を高め弱点の『火』電磁波で追い討ちをかける!
直撃をくらったキメラはのたうちまわった。
そこへ駆けつけたディアナは、ヴァジュラで一閃。
「とどめよ!」
キメラを流し斬り、止めを刺す。
二人が残るキメラへ目を遣ると、そこにはザンの銃撃を浴び踊るように動くキメラの姿が。
「こっちは仕留めた」
――言葉と共に、ザンの口内でカリ‥‥と音がした。彼の言うとおり、銃撃を止めるとキメラはそのまま崩れ落ちていく。
キメラが次々倒される中、最後に現れたキメラはB班を狙っていた。
「‥‥新手か」
ウラキはキメラの足元を狙おうとするが、速い。転倒させる前に、次第に距離が近づいていく。
飛び掛らんとするキメラに気づき、回避行動をとるウラキ。
だが、遅かったか――?
‥‥しかしキメラの怪力で繰り出された拳を受けたのは、身を割り込ませてきたリヴァルだった。
「7%損傷、行動に支障はない。戦闘を継続する」
アーマージャケットがダメージを緩和してくれた。ニ撃目は盾で受け止め、反撃の体勢に入るリヴァル。
「借りができた‥‥後で一杯奢るよ」
そう言うウラキに、リヴァルは視線で『気にするな』と言っていた。
――他のキメラは全て討伐され、残るはこの一体のみ。
強めだとはいえ、千早の薙刀で斬られ、駆けつけた透の銃弾を浴び、電磁波と弓矢を受け――次第にその機動力を奪われていくキメラ。
ウラキは借りを返すべく、キメラの足元へ集中砲火。
「リヴァル、援護する。とどめを!」
転倒したキメラへ降り注ぐは、月詠の刃。
「これが結論だ、死体が生き返るなどあり得ない」
リヴァルの一閃はキメラの体を裂き――屍は断末魔をあげることなく、体液だけを散らして討たれるのであった。
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事が終り、海は荒れた墓の前へ静かに佇み。
(「その土地を愛する人がいる。愛する人を守る為に、その土地から離れない人もいる。ここにはミンダナオ島を愛した人がたくさん眠っているから」)
手にした花をお墓に添えて、両手を合わせ、祈る。
少し、お騒がせしました。けれど、守りました‥‥と。
「だいじょぶですか? まず治療しますので」
藍那はリヴァルに練成治療を施した。
「さて、折角だしちょっと調査っぽい事しましょうか‥」
異論を出すものは居ない。皆、幾つかの疑問点を抱えていたからだ。
「はい、もう一頑張りしましょう‥‥少しでもキメラ調査の進展があれば、それだけここの奪還にも繋がりますし‥」
千早も嫌な顔一つしない。
だが今は夜、せめて朝まで待とうではないか。
その日はキメラの死骸を回収要請し、島の住民の厚意により一晩民家で疲れをとり、夜が明けると島の調査へと乗り出した。
朝方の墓地――ここの地面を注視してみると、一面に掘り起こされたような跡があった。足場が悪いと感じたのはこの所為かと、ウラキは思う。
「土葬の風習に‥‥つけ込んだ‥‥か」
呟いて思う。火葬を薦めるべきか。
この状況だと遺体が持ち出された可能性も高い。古い墓であれば白骨化したものが多いのだろうが。
「キメラは現地の住民の死骸であるのか、人工物であるのか鑑定を依頼しよう」
「それは私も気になるわ」
‥‥鑑定を依頼した後、リヴァルはキメラの侵入経路を調査。ディアナは島全体を調べる為歩き出す。
話を傍で聞いていた海は、目に涙を浮かべて。
(「やっぱり‥‥キメラの素体、現地の人の遺体を利用しているのかな‥」)
利用された人々を思うと、悔しさに涙が零れる‥‥けれど。
「‥私も、怪しい場所調べますっ」
涙を拭い、海はミカエルに乗った。バイクを駆り、島の道を走っていく。
墓地の土を採取するのは藍那だ。この土から、何か発見されるかもしれない。
(「死体を変異させるウイルスか何かでしょうか」)
考え事をしながら、藍那は蓋を閉じる。
「どっかの映画じゃあるまいし、まさかね‥。さて、後は専門家に任せますか‥」
最後は一人ごちて、歩いていく。
一方、ザンは墓の周囲を入念に調べた。
「確か地面から現れていたな」
やはり、この辺りが一番怪しく思う。キメラの足跡は、墓地外に続いていないのだから。
千早はキメラの強さ、行動等をレポートにまとめ、発生源の調査に加わる。
「この状況でしたら、お墓が発生源の可能性が高いでしょうか」
「お墓を掘り起こすのは御法度です」
翠は墓の下を調べる事だけは拒んでいたが、千早は今後の為に‥‥と、墓の下にもキメラの痕跡を求める。
そして暫くの調査の後、奥の見えぬ『穴』を発見した――。
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調査を終えた能力者達は、幾つかの情報を得た。それらを纏めて、帰りの移動艇を待つ――。
「この前、誕生日だったらしいわね?」
不意にディアナが話出した。彼女は透の方を見て、にっこり笑う。
「そうだったのか、おめでとう」
急に祝福ムードになり、慌てたのは透であった。
「わわっ‥! ありがとうです‥‥!」
「家から送って来た世界最高峰の甘口白ワインよ。クーラーボックスに入れてるからよく冷えてるわ。お酒の飲めない人はぶどうジュースね」
これは清めの意味もあるから‥‥と、ディアナは皆に飲み物を配る。
そして、ささやかな乾杯。
「祝って頂けるとは思ってませんでした‥‥ありがとう‥‥」
透が微笑む。
島に謎は残っていたけれど、曇った気持ちが晴れるようなサプライズであった。
――そして、能力者達の報告を元に調査を継続した結果――。
キメラは死体そのものを使ってはいないという事。又、ミンダナオ島の内陸部地下に小さなキメラプラントが発見されたという事。
この二つの謎が解明されたのだった。