●リプレイ本文
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『この辺りは、魚類発祥の海域も近いな‥‥』
ブリーフィングルームに集まる能力者達が出てくるのを待ちながら、白衣の女がポツリと呟いた。
水深25m、コーラルリーフに出来た横穴に棲息する『ダツ』キメラの討伐――。
海中での意思疎通は非常に困難であり、その為、能力者達は入念にブリーフィングを行う。
まず、ハンドシグナルの確認。『ダツ』キメラの攻撃パターンの予想――。
「キメラがダツの習性の備えているのなら、ライトの扱いには注意が必要ね」
貸し出された水中ライトを手に、鯨井昼寝(
ga0488)が発言する。キメラとはいえ、そのモチーフとなった対象の特性を有する事が殆どであり、今回も例に漏れぬだろう。
早速、橘川 海(
gb4179)はダツの習性を調べてみる。
「ダツって光に反応して突進するんですねっ」
そうなると‥‥水中でライトを照らすことにより、キメラに狙われる可能性が高い。だが、考え方を変えれば。
「光を当てて‥‥、敵をおびき寄せたりも出来るかも‥‥」
朧 幸乃(
ga3078)の言うように、相手の動きを操って優位に立てるかもしれない。
ブリーフィングを終えた傭兵達に貸し出された潜水器材は、水中ライト・水中用マスク、フィン。そして磁気式水中ノートとペン‥‥これは非常時に必要となるかもしれない。
潜水の準備が進む中、船上をウロウロする武器研究所員・羽柴千鶴を見つけたリュドレイク(
ga8720)は。
「コレを基に、水中用武器の『試作』が取れますかね?」
試作型水陸両用アサルトライフルを持ち、笑ってみせる。――すると、千鶴は仏頂面の眉尻を少しだけ下げて「取れるといいな」と薄く笑った。
一方、クロスフィールド(
ga7029)は、潜水器材の最終チェックを入念に。
「‥‥さて、相手の土俵でどこまで通用するのやら」
呟いて、ブーツの上からフィンを装着した。
――必要最小限の防具は、地上での戦闘を思うと若干心許ない。だが動きやすさを重視すれば、どうしても身軽な格好になってしまう。
その中、瓜生 巴(
ga5119)は水着の上にアーマージャケットを着込んでいた。「動きにくくないか?」と問う千鶴の瞳を見て、巴は答える。
「密着しないから、比較的動きの邪魔になりにくいかと。‥‥ものは試しです。だめそうなら深く潜る前に脱ぎます」
そして髪をまとめて、野球帽を後ろ向きに被った。水中マスクのベルト部分で、帽子ごと固定してしまうのだろう。
――こうして、手探り状態で最良の装備を探していくのだ。
暫くし、ダイバースーツZを装着した二人が男子更衣室から出てくる。
「おいらが、こっちの海に帰るのって久しぶりだな」
船へと乗り込む途中‥‥エメラルド色の海面を眺め、ルンバ・ルンバ(
ga9442)は懐かしげに言った。
「この辺りが故郷なのかしら?」
遠藤鈴樹(
ga4987)がそう訊ねると、ルンバは「うん」と大きく首を振って。
「おいらの名前は故郷の言葉でイルカって意味なんだ‥‥その所為か戦い方とかもそんな感じだけど」
そして、「そろそろ行こう」とルンバは鈴樹を促した。
パタパタと船へ向う少年の姿を眺め、鈴樹はたおやかに笑み。
(「この先の皆の戦いが少しでも有利になるように‥‥研究所の方に有用な情報をお渡しできるように努めたいわね」)
――決意を新たにして、進んでいく。
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青空の下、船はフィリピン沖へと進んでいった。
覚醒を遂げた能力者達は、レジャーダイビングでいう『ドリフトダイブ』のように、マスクとマウスピースを押さえ船から直接へエントリーする。
――ここから先は、言葉の使えぬ世界。
(「まぁ、それなりに場数を踏んでいる連中だから、言葉はいらないかもな」)
‥‥と、クロスフィールドは仲間に信頼を置き、マスクの奥で口角を上げた。
リュドレイクは浅い所である程度動きを慣らしつつ、皆の後を追っていく。
そして水中用に調整したAU−KVを装着し、海は水中を沈んでいった‥‥。駆動音で魚達を驚かせぬように、リーフ台に着地して。
(「珊瑚礁、綺麗だなあ」)
エッジへと向いながら、海中風景につい見とれてしまう海。
――やがてリーフ沿いに並ぶ深淵のドロップオフが見えてくる。一体最大水深はどのくらいなのだろうか、底が見えない。
上手く横穴に入らなければ‥‥深海に沈み帰らぬ人となるだなんて、笑えない話。
深度を増し、徐々に青くなる世界‥‥。
(「水‥‥冷たくない」)
幸乃は安堵し、浮力を調整しながらドロップオフを潜行していくと――やがて件の横穴が見つかった。
――それは絶壁にぽっかりと空いていて。
入口から内部を確かめ、ルンバは冷静に思考を巡らす。
(「あっちからしてみれば都合がいい場所だな。薄暗いし隠れられやすい隠れるにはお誂え向きだ」)
――トンネル内部には、光が届かない。加えて視界も限られ、完全に相手の土俵である。
昼寝が手信号を出すと、ドロップオフを伝うように海が潜行し横穴にて皆と合流した。
『広い方の入り口から入ると流れが遅くて楽ですけど、同じなら上流から入りましょう』
と、ブリーフィング中に巴が提案した作戦通り、敵を誘いやすく敵の勢いを削ぎやすい上流から突入である。
前衛:巴、鈴樹、ルンバ、海
後衛:昼寝、幸乃、リュドレイク、クロスフィールド
と、能力者達は取りあえずの隊列を組み、深海の横穴を進んでいった――。
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トンネル内部では危険なアップカレントやダウンカレントが発生する可能性は低い――潮の流れも、比較的緩やかだ。
だがすぐに浮上出来ぬオーバーヘッド状態であり、常に危険はつきまとう。
(「水中無線があれば、どれだけ楽になるやら」)
そんな不便さを感じるクロスフィールド‥‥他の皆も同様に感じているだろう。
互いの姿を確認しながら進み、そしてある程度進んだ所で‥‥後衛を行くリュドレイクが手信号を出した。
『探査の眼』を使っていた彼は、ダツキメラの気配を感じたのだろう――。
――その合図に合わせ、8人は照明を展開。それと共に、迎撃の準備に移る。
幸乃は用意した試作型水陸両用槍「蛟」を岩につきたて、それを軸に体を固定。
(「いざというときは、引き抜いて武器にもつかえますし、ね‥‥」)
そしてアロンダイトを持ち、待ち構える――!
(「――来たッ!」)
リュドレイクが今一度手信号を出し、緊張感が高まった。そして――トンネルの奥から、ダツキメラが襲い来る――!
『針の魚』という名の如く縫うように泳ぐダツキメラの、鋭く尖った口はまるでレイピアだ。
(「‥‥!」)
その突きは鈴樹のライトを狙っていた。
(「‥‥ヘッドライトタイプにしなくて良かったわ‥‥」)
手先を狙ってくるキメラに、鈴樹の背筋が一瞬震えた。だがすぐさま真音獣斬を発動し、衝撃を飛ばす。
――僅かに押し戻されるキメラ。
そこへクロスフィールドの銃口が向けられた。狙撃眼を使い、水陸両用アサルトライフルの引き金を引く。
――しかし正面からでは、キメラのその細長い体を上手く捉えることは出来なかった。弾は僅かに掠り、キメラは勢いを弱めつつも突進を続ける。
戦闘が始まり、視界が歪む中。
(「ミカ、いくよっ。あなたの力を見せて!」)
竜の息を発動、海はアサルトライフルに練力を流し込む。竜の瞳と竜の爪を併せ、刹那に狙いを定めてトリガーを引く。
海の放った銃弾が気泡を裂く――そしてキメラの尖った口先に命中。口先が僅かに欠け、怯むダツキメラ。
(「やっぱり‥‥結構硬い?」)
スキルの手応えはあった。だが与えたダメージは少なそうだ‥‥水圧に耐えうる水棲キメラ故の、高い装甲があるのだろうか。
だが怯ませて出来た隙に、ルンバが追撃する。
イルカのように泳ぎキメラの側面へと回り、アロンダイトで流し斬りを叩き込んだ。
――衝撃音は水に溶けたが、キメラの硬い鱗に亀裂が生じる。
(「‥‥長期戦は不利だ。だけど‥‥」)
――まだキメラの傷は浅いと、気を引き締めて。
もう一体のダツキメラも凄まじいスピードで迫ってきていた。
しかし昼寝は臆することなく、しっかりとライトを手にし。
(「‥‥こっちよ!」)
時折破壊衝動に駆られつつも、キメラを誘導していく。
そして明かりを追うキメラを、幸乃は水中用拳銃で狙った。
(「うまく攻撃範囲に‥‥」)
銃の性能は低めだが、彼女は持ち前の腕でカバー。突進面に当てるのは困難だが、水の弾はキメラ側面にかすり傷を作った。僅かに悶えたキメラを確認し、幸乃は水中剣を構える。
続いて巴も拳銃で迎撃。レイ・バックル、ファング・バックルを重ね、水弾を放っていく。
(「あたった‥・?」)
思わず目を凝らした。攻撃を行うたびに水が揺らぎ、気泡が立ち、視界が濁る。
その間、後方から慎重に狙いを定めるリュドレイク――彼の放った銃弾は、キメラの鱗を抉っていた。
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動くと岩にぶつかり、横を見ようにもマスクが視界の邪魔をする、能力者にとって不利な条件。
――ダツキメラが圧倒的に有利だと思われたこの戦場。
だが、能力者達のライトで誘導するという作戦は功を奏していた。
最初は押され体力を消耗しつつも、キメラがトンネルから抜け出さぬよう徐々に追い詰めていく能力者達。
――前衛を突破したキメラの鋭い突進に立ち向かい、昼寝はカウンター攻撃を繰り出す。
(「‥‥っ」)
キメラの動きは直線的で、迎撃は容易い。昼寝の剣先はキメラの胴部を裂いていた。
体を捻らせたキメラは次のターゲット、ライトを持つ巴へと向っていく――!
(「‥‥きましたか」)
狙われていると知りつつも、巴は光でキメラを誘導した。そして突進を体で受け止める――!
――ザックリと、ニードルのようなキメラの口は巴に突き刺さる――だがそこにはアーマージャケットが。動きにくくはあったが衝撃は緩和され、痛みはあまり感じない。僅かに噴出した血が、海水に滲み出ていく。
あえて攻撃させることで出来た大きな隙を見逃すはずが無く、幸乃とリュドレイクはほぼ同時に攻撃を放つ。
岩場に刺した槍を抜き、側面から突きを繰り出すリュドレイク。
正面から突きを放つ幸乃――二つの攻撃は、深々とキメラの鱗と肉を抉っていた。
続いて、『痩せ我慢には自信ありです‥!』とロウヒールで簡単な治療を行った巴が、戦闘に加わる。
その後互いに手信号を使い、昼寝と幸乃、リュドレイクはキメラを追い詰め――とうとう殲滅する事に成功した。
一方、ミカエルを纏った海は迫ってきたダツキメラの攻撃をシールドで受け流す。
その先では、鈴樹が水中剣で待ち構えていた。
(「活きてくれるかしら――」)
不安を胸に、布斬逆刃を発動。水の刃で側面を切りつけると、キメラのヒレが千切れ鱗が裂けていく――効果は、有る。
何度も斬りつけられ、ダツキメラは体液を流していた。その僅かに赤黒く染まる水の中。
(「‥‥流石に弱ってきたか」)
クロスフィールドは止めを刺す為、先手必勝を発動。影撃ちも併せて一気に攻める。
(「当たれよ――!」)
水中を飛ぶ2発の銃弾――それはダツキメラの頭部と眼球に命中し、肉を割る。
そしてのたうつキメラの側面に、ルンバは泳いで回り込んだ――今度こそ。
(「一撃で決めてみせる!」)
紅蓮衝撃の発動と共に、ルンバの剣から急所突きが放たれた――それは研ぎ澄まされた一撃。
更に海の射撃を腹に浴び、全身傷だらけになったダツキメラは‥‥とうとう力なくプカリと浮かぶのだった。
(「‥終わったようです」)
キメラの生死を確認し、幸乃は手信号を送った。
トンネル内には幸い生物は少なく、被害も少なく――殲滅を終えた能力者達は一先ず安堵し。
(「‥‥さて、浮上しないとな」)
浮上の合図をするクロスフィールド。
トンネルを出てしまえば、BCを操作するだけで自然と浮いていくものなのだが。
(「浮上かぁ‥‥大変そう」)
推進力を得るために蹴る足場を探すのが大変そうだと苦笑しながら、海もトンネルを抜け出して。
まるで螺旋を描くように群れを成す魚達の中、能力者達は海面を目指しゆっくりと泳いでいく――。
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浮上して船に戻ると、どっと疲労感が押し寄せた――背中のエアタンクが嫌に重い。
船上で待機していた千鶴は能力者達が外したフィンを受け取り、
「貴重なデータはとれたよ。有難う」
珍しく微笑みを浮かべ、皆の戦果を称えた。
「君達の生の声は、今後の武具開発にも役立つと思う‥‥だがとりあえず今は休んで。落ち着いたら、話もきかせてくれないか」
マスクを外し、瞬きを繰り返した昼寝は何度か新鮮な空気を肺に取り込んで。
「今回は習性の分かりやすいキメラで良かったんだけど」
千鶴に向け、水中戦闘の問題点を出していく。
「水中武器は試作とはいえ色々と開発されてるが‥‥防具が欲しいところだな」
クロスフィールドは防御面に不安を抱えていた。重装備は水中に適さず、水着のみという軽装備は回避が用意だが、一撃を食らえば致命傷になりかねない。千鶴は「考えてはいるよ」と少し言葉を濁して答えた。
そして巴は帽子を取り、濡れた髪をタオルで押さえ。
「武器に関して言えば‥‥問題は純粋な性能じゃなく、人間による水中での運用に適しているか、ですよね」
武器について言及。もちろん、威力も有るに越したことは無いが。
「銃は装弾数が問題です」
リロードできませんから‥‥と、リュドレイクもライフルを手に、呟いた。
意見収集が終わって。船は港へと辿り着き。
「さて、着替えましょうか‥‥」
男子更衣室へと向う鈴樹を目撃し、千鶴は細目を見開いた。
そんな千鶴に「お気になさらず」と微笑んで、更に混乱へ陥れる鈴樹。
‥‥そんなやりとりを見ながら、
「おいらと同じだよ」
と、笑って性別をばらすルンバだった。
幸乃は置いていたパーカーを羽織り、アーミーナイフを手に。
(「使うことは‥なかった、けれど‥‥」)
錆びないよう、丁寧に手入れをして。
同じく海はミカエルに水を浴びせ、その表面をジーッと見つめる。
「何をしているんだ?」
「海水のダメージ調査です!」
羽柴さんにも手伝って貰いたいなっ? と、海の愛嬌ある瞳に見つめられ断れない千鶴だった。
AU−KVは耐水性は万全、海水で受けたダメージは‥‥キメラの攻撃を食らうことを思えば、微々たるものだろう。
休息を取り、整備も終えて。
「この空を、――この海を。きっと取り戻しますから」
亡くなったダイバーへと花を手向け、決意を新たにする海。
そして。
「戦闘データを考察しながら、今後は水中用の武具も開発したいと思う。‥‥また縁があれば、よろしく頼むよ」
貴重なデータを齎してくれた能力者達に頭を下げて、千鶴は新たな野望を胸に、再び研究所に閉じこもるのであった。