●リプレイ本文
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ラグーンとは外海から分離された海岸の湖。
潮流も波も考慮する必要は無いが、水中という慣れぬ土俵での戦いとなる事には変わりない。
例えばかなり経験豊富な能力者だって、
(「水中戦かぁ。‥‥傭兵になる時に訓練した時以来!?」)
と、美崎 瑠璃(
gb0339)のように、久々すぎる水中生身戦に驚いてみたりする者も居る。
けれど何事も経験なり。
(「恭ちゃんの見てる手前、『良き先輩』の一人としては無様な姿見せらんないからねっ‥!」)
ぐっと拳を握り締め、ブリーフィングを終えた瑠璃は移動艇へと飛び乗った。
そして百地・悠季(
ga8270)は、極力生身での戦闘を避けてきた身。
(「条件的に不慣れな事が重なってるけど‥‥ここは頑張って行くしかないわね」)
新しい環境の中、能力者としても成長する為に。
様々な思いを乗せ、移動艇はLHを発つ――。
そして到着したフィリピン島。
「運勢は良さげ、あとは油断しなきゃ大丈夫ですね」
タロットは『星』の正位置――その結果を受け、望月 藍那(
gb6612)は言う。引いた『星』のカードは、彼女を勇気づけていた。
藍那に続き、中村・恭華(gz0232)も移動艇を降り「今回もよろしくお願いします」とお辞儀する。
頷いた堺・清四郎(
gb3564)は、少し肩の力を抜いて。
「水中はそっちが先輩だ、指導よろしく頼む。なんてな」
と言うと、恭華は「指導出来るほどじゃないです」と困った表情だ。
軽げに言いつつも、後輩もいる手前油断は出来ないと、清四郎は気を引き締めた。
――目の前のラグーンが湛えた塩水は、透き通る水色。キメラが居るなど信じられぬくらい、澄み渡っている。
「僕も水中の戦闘は初めての経験だな‥‥。初心になって取り組むことにしよう」
水面を見て今給黎 伽織(
gb5215)は呟いた。サングラスを取ると水中マスクに変え、手早く戦闘準備を整える。
天城・アリス(
gb6830)は細い体に、エアタンクを背負って。
「‥少し緊張しますね」
と、一言。
潜る技術は口頭で教えてもらったが、始めての実践だ。不安が残り、アリスは恭華と顔を見合わせた。
鯨井昼寝(
ga0488)はそんな二人の背をバシンと一発。
「緊張しなくて良いわ、魚を獲りに来たんだくらいの余裕を持ってればオーケーよ」
水中戦闘経験の豊富な昼寝の言葉は頼もしい。問題は敵じゃない。水中で重要なのは、パニックを起こしてしまわぬよう心を強く持つことだ‥‥そう二人に伝えた。
そのやりとりを眺め、悠季はオレンジのセパレート水着姿でクスっと笑う。
「みんな、準備はいい?」
見回してみると、まだセーラー服の熊谷真帆(
ga3826)が、突っ込まれる前にと慌てて留金を外す。
「はい! 早く倒すです。虱目魚は傷み易いですよ」
白ビキニの上に穿いたブルマの裾を恥ずかしげに直しつつ、真帆は水際へ走っていくのだった。
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3匹のサバヒーキメラを、
昼寝・伽織・藍那、
真帆・瑠璃・アリス、
清四郎・悠季・恭華
‥‥という3班編成で駆逐する。
「さて、キメラ退治の前に溺れないように頑張りましょうかね」
パーカーを置き藍那が覚醒を遂げると、右手の甲に8つの星の紋章が浮かび上がった。
そして昼寝、伽織に続き、エントリーしていく。
続いて清四郎らも。
「何事も慣れてきたと思ってきた辺りが一番危ない時だからな」
「はい、気をつけます」
と、答える恭華の表情は以前よりも迷いが無い。やや安堵し、清四郎も飛び込む体勢をとる。
「漁の時間と行くか‥‥しかし重たい防具がないとどうも寂しいな」
「でもエアタンクが充分重いよねっ」
ははっと笑い、瑠璃は飛び込んだ。テンションが上がり、当初の不安もどこかへ行ってしまった様子。
こうしてラグーンに巣食うサバヒーキメラの狩りがはじまる―。
1mのサバヒーは目立つ大きさであり、間も無くキメラは発見された。
能力者らは手信号を出し、キメラを引き付ける様、動き出す――。
先手をとったのは、囮役に徹した昼寝。
(「久しぶりね」)
以前会ったのは、すでに討伐された後の事。
昼寝にとって雑魚相当のキメラだが、時にはバグア以上の脅威となる自然に包まれているのだ、気は抜けない。
そして、藍那も視界にキメラを捉えた。
(「あれですか‥‥見事に魚ですねぇ。普通に弱そうな‥」)
そう思いつつ、アサルトライフルを手に距離を詰めていった。
伽織は昼寝の手信号を確認し、トライアングルを形成しつつキメラを包囲した。真紅の瞳が水中で揺らぐ。
(「‥‥隙さえ、出来れば」)
嗜虐的な思考に支配されつつも、伽織はキメラに気づかれぬよう背後に回っていった。
そして――時を見計らい、キメラの視界へと昼寝が躍り出る。
昼寝の赤みを増した髪色が目立ち、サバヒーは脇目も振らず彼女に突進――!
(「きたわねっ」)
正面にアロンダイトを構えた昼寝は、その突撃を剣身で受け横へと流す。
勢いを削がれたキメラ、そこに生じる大きな隙。
(「‥はっ」)
背後に回った伽織は、槍を思い切り前へ突き出した。紅蓮衝撃で威力を増した攻撃は、深々とキメラの背びれ下を刺す。
続けて、藍那の銃撃がキメラの肉を抉り、赤い体液が水に滲んで溶けていった。
痛みにのたうつキメラは水底に逃げ、追う3人――。
そして湖底へ辿り着いたところで、視界が濁った。
(「‥砂?」)
藍那が思わずマスクの前を手で払う‥‥砂を巻き上げたのは、キメラだ。
昼寝が水中剣を真正面に構え防御に専念する中、伽織は探査の目を発動――。
(「‥‥!」)
――突進を繰り出そうとするキメラの気配を感じ取った。
水の中体を捻り、伽織はキメラの気配目掛け槍を突き刺した――その攻撃は深々とキメラの腹を貫通。そのまま湖底へと縫いとめる。
‥‥こうなってしまえば、もうキメラは的でしかない。
藍那が頭を狙い撃つと、キメラは僅かに身体を痙攣させ、やがて動かなくなっていった。
そして2匹目。
アリスが慣れぬ水中の動きに苦戦しつつも、囮としてキメラを誘き寄せている。
(「こちらですよ」)
キメラの前でチラチラと泳ぐ小柄な身体。初めてだという割りには、思い切りの良いフォームだ。
アリスを狙い、キメラは突進の体勢に入っている。
その間やや距離を置き、真帆は視界を確保しつつキメラを狙った。
(「ふふ‥‥サハビーは朝の献立だそうです」)
その目には、食材としてのキメラしか映っていないよう。
――やがてキメラはアリスを狙い、攻撃的な泳ぎを見せ始めた。
(「‥あっ」)
動きの鋭くなるキメラ。
繰り出された攻撃をかわすアリスだが‥‥反撃の体勢は整わない。
アリスがキメラの2撃目を覚悟した時、目の前に夥しい程の気泡が立ち上っていく。
(「大丈夫ですっ」)
力強い蹴りで、アリスとキメラの間に身を割りいれたのは真帆であった。
真帆は身体を盾にしキメラの体当たりを受ける――が、鍛えられた体に出来た傷は僅か。
(「早く食膳に乗りましょうです!」)
攻撃後の隙に、早速反撃を叩き込む真帆。容赦なく頭に紅蓮衝撃叩き込んで怯ませる。
キメラの身体が僅かに硬直した隙に、側面に回っていた瑠璃は、キメラの身体を狙い撃つ。
(「必殺! 水中疾走・ウォーターファングショットッ!」)
心中で叫び強弾撃を発動、連射を叩き込む。
瑠璃の銃弾は尾びれを抉り、自慢の機動力が殺いでいった。
傷ついたキメラは、水底の方へと逃げようと身体を捻る。が、それを許さない。
アリスは攻撃に転じ、胴を流し斬りで叩き斬った。抵抗でやや威力は弱まったが、手応えはある。
暴れるキメラはパクリと口を開き‥‥そこへ叩き込まれた真帆の銃撃は、キメラの骨にそって身体を貫通――!
さらにキメラの鰓に、反対の手の剣で急所突きをお見舞いした。
スキルを出し惜しみなく使う3人の集中攻撃に受け、キメラは反撃ままならず命を散らす。
(「食材ゲット!」)
と、瑠璃と真帆はそう思ったに違いない。
そして3匹目――。
水中用拳銃で撃ち、キメラの注意を引く清四郎。
気をひいたところで、彼は囮として泳ぎ始める。
(「さあ、こい!」)
心の中で挑発し、足止めをする‥‥と、キメラは清四郎を狙い体当たりを繰り出そうとした。
しかし、攻撃を許さなかったのは悠季だ。彼女はしなやかに泳ぎ、距離をとりつつキメラの側面へ回ると、両断剣を発動させる。
(「‥外さないわ」)
仲間の位置を確認し、狙いを定めて――発射。
拳銃から固まった水が打ち出された。その悠季の弾はキメラの右目に命中する。
そして悠季の攻撃と連携し、
(「えいっ」)
キメラの背後に寄った恭華が剣で斬りつけた。水の刃は背びれを切り裂いたが、致命傷には至らない。
『水の抵抗を考えれば突きが有効』だと伝えるべく、清四郎は突きの動作をしてみせた。――そこへ襲い掛かるキメラを、水中剣で受け流し。
恭華が真似て突きを繰り出せば、今度は深々と背に突き刺さる。引き抜くと同時に、キメラの身体が暴れた。
そして恭華は離脱し、浮上の合図をして水面に向った。
合図を受け、悠季は清四郎と、キメラを挟撃するような位置へ回り込む。
(「‥これでどう?」)
もう一撃、銃弾を叩き込んだ。
腹を撃たれたキメラはクルリと身体を反転させ反撃、悠季を狙う――。
‥咄嗟に回避する悠季。だが、繰り出された体当たりは彼女の身体を掠る。
(「‥っ」)
だが威力は弱い、まだいける‥!
そこへ、攻撃に転じた清四郎が。
(「いざ、推してまいる!」)
水中剣でキメラ目掛け、熾烈な突きを繰り出した。
じわじわと、削られていくキメラ。
再び潜った恭華がキメラの胴を狙い、剣に持ち替えた悠季は鰓の部分を突き刺す。
そして清四郎が頭に突きをニ連続で決めると、キメラの身体はぐったりと水中に浮いた。
(「‥倒せた」)
安堵した恭華は、酸素不足を感じすぐさま浮上していくのだった。
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キメラを倒した能力者達は力強く水を蹴り、岸へと辿り着く。
「はいはい、怪我した人はまずこっちですよー」
「すみません‥‥」
藍那の練成治療が傷を癒していく。
アリスと悠季は活性化を施し、小さな傷はたちまち塞がるのだった。
そしてサバヒーキメラは捉多少傷ついていたものの‥‥能力者達に調理される事になる。
「あたしもちゃっかり用意してきたよ♪」
と、アルティメット包丁を出す瑠璃。
‥‥どこからともなく、飯ごうまで用意されている。
「花に水、人には愛、料理は心。‥‥熊谷料理道場師範代真帆ちゃんなのですっ」
豆板醤片手にクッキング用意ドン! ‥と、真帆も既にノリノリだ。
サバヒーときいた時点で、こうなる運命だったのかもしれない。
「本当に食べるんですね‥‥お手伝いします」
せっせと御飯を炊きだすアスカ。やがて良い匂いが漂い始める。
「お粥にするのが代表的らしいね」
「そうね。よし、今回は本場台湾風にお粥を作るわ」
レシピ本を眺めつつ伽織が言うと、昼寝は早速お粥の準備にとりかかる。
サバヒーの骨取りに熱中する二人を眺めつつ、恭華は何かを思い出していた。
(「あ、パラオのポスターの‥」)
依頼では初めて会うのに、どこかで見たことあると思ったら。ポンと手を叩いて納得する恭華。
一方、瑠璃と清四郎の手に渡ったサバヒーは骨ごと細かく砕かれていた。
「細かく斬り砕いてと‥‥」
案外、料理の手際良い清四郎である。
「何にするんですか?」
「肉団子スープにしてみよっかなって♪」
アリスが首を傾げて問うと、瑠璃は笑顔で答えた。
そして下ごしらえを手伝いつつ、悠季は次々に披露される料理の腕を眺めて。
「楽しみね‥‥できるならレシピを教えてもらいたい処ね」
料理レパートリーを広げたいらしい、さすが新妻。家庭を思い描き、微笑んでいた。
「はい下拵え完了です♪ 炊きますよ」
と、真帆の手がける料理はちょっとピリ辛の虱目魚肝粥。
こうして調理が進む中。
「‥海が青いなー‥」
只一人海を眺める藍那。
めんどくさいわけじゃないですよ?
練成治療の連続で、疲れているのだ‥‥多分、きっと。
そして料理が完成する。
昼寝が作り上げたのは、煮込んだサバヒーの上にスープをかけたお粥。一方、真帆の粥は少々辛味がきいている。
瑠璃と清四郎は中華風の肉団子スープだ‥‥まるで立派な家庭の食卓。
「本、役に立ちました?」
「ああ、中々役立ったよ」
恭華に訊ねられ、伽織は微笑んで答えた。レルリエノンというサバヒーの姿炒めは作れなかったが、シニガンという酸味のきいたフィリピンのスープを作っている。伽織もなかなかの腕前のようだ。
泳いだ後で、お腹もペコペコ。
「いただきます!」
昼寝の声と共に、食事会が始まる。
「美味しいですね」
「‥うん、美味い。あの弱さといい‥‥食用に生まれてきたって言われても信じますよ、今なら」
これも料理人達の腕だろうか、本物以上なサバヒーキメラの味に、藍那は舌鼓を打った。
「旨いと言って笑ってくれればそれだけで作ったかいがあるというものだ」
頷く清四郎。
食事を終え、キメラ討伐後の和やかな時間に包まれながら。
恭華は再び、海で失った友達のことを思い出していた――。
‥‥ぼんやり外海を眺めていたら、不意に水飛沫が飛んで目を閉じる恭華。
「つめたっ‥」
目を開けると、陽光の下服を脱ぎ捨て、水着姿で無邪気に水飛沫を散らす真帆の姿が。
「人生くよくよしたらアカンのですっ」
破顔一笑。恭華に発破をかける。
そして清四郎も何かに気づき、その背を軽く叩いた。
「何を迷っているかは俺には分からん‥‥だが生きていてこそ何かが為せるのだからな」
死に急ぐ事だけはするなと清四郎は言う。「大丈夫ですよ」と恭華は答えて。
その時「素もぐり教えて〜」と声が聞こえ、恭華は清四郎と真帆にペコリと頭を下げると走っていった。
「傭兵としてはあたしが先輩だけど、泳ぎとかは恭ちゃんの方が先輩っ。てなわけで、ヨロシクご指導願います、先輩っ!」
にゃはっと笑う瑠璃に言われ、「なんか照れますね」と恭華は困ったように笑った。
「私もご一緒していいですか?」
アリスもおずおずと申し出て、軽くスキンダイビングの練習をする。
その様子を眺めながら、
「今回はキメラよりも溺れるのが怖かった‥」
藍那は思い出し、身震いする。何もなくてよかったけれど。
「それに比べてキョーちゃんはうまいですよねぇ、やっぱり」
「だったら、藍那さんも」
水の中から手を差し伸べて、恭華は微笑んだ。
――亡くした友人の事は、悔やんでも仕方がない。今は思い出として、大切に心にしまおう。
ただ迷うのは、いずれパラオを守りたいと思いながらも、LHでの傭兵生活に充実感を得ている事。
守りたい場所に留まるのか、守る為に世界を駆けるのか――その選択に、恭華はまだ頭を悩ますのだろう。