●リプレイ本文
「少しお話を伺っていいでしょうか?」
ティル・エーメスト(
gb0476)が瞳を依頼主に向ける。‥と、ベッド上の彼は短い返事をした。
――それは僅かな、面会時間。
「友達は、どんな花が好きだったんですか」
と、大泰司 慈海(
ga0173)は問う。すると男は、窓際を見てくれと言った。
殺風景な病室の窓際に、ピンク色の花が飾られている。
「スイートピー‥ですね」
花屋で見たのを思い出し、橘川 海(
gb4179)が言う。
そのスイートピーが、友の好きだった花だ。「花びらがレースのようで可愛いだろう?」と、男は言う。そして、それを投げてくれないか‥とも。
嘉雅土(
gb2174)は「女の子が持ったほうがいいか?」と、その花を海に手渡した。
そしてナンナ・オンスロート(
gb5838)は、
「注意して欲しいことがあればお願いします」
と、訊ねる。故意でなくとも思い出を踏み荒らしたくない‥という彼女の思いがあった。
その言葉に応え、男は知る限りの情報を伝える。
――その間、友のことに触れはしなかったけれど。
病室の片隅で、トリシア・トールズソン(
gb4346)は目を瞑る。
(「私は復讐の為に戦っている。だから、友達の死を引きずる彼の気持ちは分かる」)
触れられたくない過去が、きっとあるという事も‥分かる。
だから今は何も聞かないし、触れなかった。だけど、
(「聞かせて欲しい‥貴方の言葉。手向け花を捧げられた友達も聞きたい言葉かもしれないから‥」)
――そして面会の時間が終わる。
(「家族よりも、家よりも大切な友達‥? 『大切』とは違う、かな」)
幼い頃に刻まれた傷が消えないまま、死の床に臥してなお彼を駆り立てるものは何だろう‥と、慈海思う。
(「不安‥恐怖‥? いや‥罪悪感?」)
例えば、贖罪。ただの事故では無いのだとしたら。
その思考を断ち切り、慈海は依頼主の枕元へと歩いた。
「友達に‥最後に伝えたい言葉は‥?」
訊ねて耳を傾けると、話し疲れた男の掠れた声が届いた。
「あなたの言葉、お預かりしました。必ず届けてきますから‥」
――だから。
(「‥もう子供の頃の自分を赦してあげて‥‥過去の亡霊も解放してあげて、ね」)
そして病院を後にすると。
「‥と、これが湖の地図」
一足先に出ていた嘉雅土が、地図を見せる。
「湖、か――‥」
ORT=ヴェアデュリス(
gb2988)は資料に今一度目を通し、ふと目を閉じた。
病室を見上げ、ティルは表情を曇らせる。
「どうして、悲しい顔をされるのでしょう‥」
口許だけは笑っていたのに、笑顔には見えなかった。悲しい顔だと、感じた。
「もしかすると依頼主様は、もう生きる事をあきらめているのではないでしょうか‥」
ティルは愛する家族も親しい友達も、誰一人失ったことがない。依頼主の本当の気持ちはわからない‥だから、不安が勘違いであって欲しい。
その不安を払うように。
「大丈夫だよ、きっと」
海は受け取った花を大切そうに抱いて、歩き始める――。
●
そして移動艇は、林道へと到着。
「‥行くか」
紅雪を携えて、ORTは森の中を注意深く見た。
「油断せずに行こう‥」
劉黄 柚威(
ga0294)はルドルフに弾を装填し――そして、覚醒。
一方、
「久しぶり‥だね」
と、トリシアは海へと声をかける。出合ったばかりだけど、なんとなく気になって覚えていたのだ。
そして親友にも。
「ナンナ、今回もよろしくねっ」
「よろしくお願いします」
明るい声に、薄く笑む。
「じゃあ俺は前を行くぜ?」
森へと足を踏み入れる嘉雅土。同時に、ティルは探査の眼を発動。
「ずっと使ってて練力大丈夫か?」
「お任せください。僕はその為にいるのですから」
気に掛ける嘉雅土に、ティルは微笑んで。キメラ探索の為、意識を集中する。
森の中、嘉雅土は迷わぬように、木にテープを結びつけながら確実に北への道を選ぶ。
ナンナが蛇キメラを警戒して樹の上を注視する中、慈海は
「木の葉の下とかにも紛れてるかもしれないね」
と、枝で地面を掃って、足元に注意し歩いていく。
――そして進み出して20分。
「‥気配を感じます。皆様、注意してください」
足を止め、ティルは言う――。
16の瞳が見据える先、木々の間を縫うように走る狼キメラの姿が映る――!
「邪魔をするなら‥仕方あるまい」
ORTが先陣をきった。悪路をものともせず駆け――そして。
「ふっ」
狼の胴を叩き斬るように、淡い紅色の刀身を振り下ろす。――血飛沫を飛ばし、唸る狼キメラ。手応え有りだ。
更に斬りつけ、反撃を刀身で受け止めるORT。
続き、柚威が銃弾を放つ。
「逃がさない」
既に弱ったキメラへ止めを刺すべく、強弾撃を発動。
柚威の弾は、眉間に命中。3発の銃弾を浴び、キメラは地面へ倒れた。――しかし。
「まだ‥来ます!」
ティルの声。
狼キメラがあと2体、現れたのだ。
刹那、トリシアは迅雷を発動。身を低くし間合いを詰め、蛇剋を突きつけた。
――ザシュと、円閃でキメラを掻き斬る。圧倒的な一撃だった。
‥‥だがその彼女に、別の狼が迫る。
「――させません」
狙うナンナ。後方からSMGを撃つ――と、弾の嵐を受けたキメラは容易く砕け散った。
有難う‥と破顔するトリシア。
しかし安心したのも束の間。蛇に狼‥次々と姿を現していく。
舌打ちし、嘉雅土が目潰しのペイント弾を放つ。
「――このっ」
それは狼の両目に付着し、視界を塞いだ。そして、後方の慈海や花を持つ海を護るように、シールドを構えつつ前進する。
攻める前衛が居る一方、ティルはゼルクを構え迎え討つ。
「――っ!」
攻撃を刀身で受け、出来た隙にガラティーンでカウンター。ティルの腕から放たれた一撃は、狼の頭を割った。
迫り来る蛇の波には、慈海がエネルギーガンを浴びせ、確実に数を減らしていく。
そして、棍で敵ごと草を薙ぐ、海。
「そこですかっ」
跳ね上げられた蛇に、小手に仕込んだ超機械で追撃する!
それでも仕留め切れなかったキメラには、ORTが壱式を突きたてた。
「生きていると面倒なんでな‥」
確実に殺害する為、首を落とす。
こうしてキメラを殲滅した能力者達‥‥だが道はまだ長い。
いくら彼らでも、傷を引き摺りつつ歩くのは辛いだろう。
「怪我はない?」
と、慈海はどんな小さな傷にも練成治療を施し、ティルと嘉雅土も救急セットで治療を手伝った。
傷を癒し、再び彼らは歩いていく。
●
「あっ」
と、突如つんのめる海。しかし尻餅をついても、手にした花は離さなかった。
「大丈夫か‥? ‥手を貸そうか」
「ごめんなさい。ちょっと考え事してましたっ」
ORTが手を差し出すと、その手を借りて悪路を乗り越える。
そんな海の様子を、じっと見つめるトリシア。
(「何かあったのかな?」)
‥思うだけで、聞けはしないけれど。
そして2時間が過ぎただろうか。
「方角はこっちであってるかな」
「大丈夫みたいですよ」
双眼鏡を覗く嘉雅土と話しつつ、「歩くのって楽しいですね〜」と言うティル。
だが、警戒し続けていたティルの体には疲労が蓄積していた。加えて歩きなれない悪路だ、余計に体力を消耗しているだろう。
そんなティルに気づき、
「無理はしない方がいい」
彼の背に、柚威は言葉を投げかけた。
「‥少し休憩するか」
少し開けた場所で紅雪を収め、ORTも足を止める。背負ってでも歩けるが‥‥、流石に彼は遠慮するだろう。
しかし休憩しようと足を止めたその時、次なるキメラが現れる――!
それはハーピーの群れだった。
「海様!」
頭上から迫るハーピーに気づき、声を張り上げるティル。自身障壁を使い間に入ろうとするが――間に合わない!
「えっ」
遅れて、海が気づく――。トリシアも駆け寄るが、飛び道具が無く唇を噛む。
その中、柚威は鋭覚狙撃を発動。
冷静に羽の付け根を狙い、3発全て命中させると、キメラの爪は海に届くことなく崩れ落ちた。
「援護する‥‥後は頼むぞ」
「‥はいっ」
こうして奇襲を凌いだ能力者。
続くハーピーに、ナンナがSMGの銃弾をぶち当てた。
嘉雅土も武器を小銃に換えて応戦、キメラを狙い撃つ。
「邪魔だ」
落ちたキメラに、紅雪を見舞うORT。その頃には海も、本来の動きを取り戻していた。
「逃がしませんっ」
空中へ逃げようとするハーピーを棍で叩き落す。
――だが怒涛の攻撃を逃れ、舞い上がるハーピーがまだ居る。‥‥逃す、ものか。
「トリシアちゃん!」
「行くよっ! 海!」
声を掛け合い、トリシアは迅雷でダッシュした。
「‥おっ。支援するよ‥っ」
その姿に気き、慈海は銃撃をやめ練成超強化を発動――虹の輝きがトリシアへと放たれる。
溢れる力。勢いを増すトリシアの体は、海の纏うバハムートの上を駆け上がり――そして、大ジャンプ!
「逃さないッ」
空で舞う蛇剋と機械剣が、ハーピーの体を斬り裂く。
落とされるハーピー‥だがキメラと共に、トリシアの体も縺れるように落下した。
「トリシアさん‥!」
ナンナの視線の先で、彼女の体と地面がぶつかるかと思われた――が。
竜の翼で先回りした海が、やんわりとキャッチする。
「成功だね」
と、AUKV越しに海は笑った。
そして二度の戦闘を終え、湖の目前へと迫る――。
●
「到着したみたいだな」
地図と照らし合わせ、嘉雅土が真っ先に湖を確認した。
「そのようだ。‥では、手向け花を‥」
柚威が促すと、海は束になった花を皆に渡す。
しかしナンナだけは、それを受け取ることをやわらかく拒んだ。
「皆さんで、お願いします」
――必ず花を護りたいと思い、護り通した花。でも何故だろう。花に触れてはいけないと‥ナンナは感じていた。
湖に供えられる花。
水面を眺めながら、柚威が呟く。
「‥彼の思いを届ける事が出来て良かったな‥」
「‥はい」
ティルも又、祈りを捧げた。‥見知らぬ、亡き人を思いながら。
「ほら、これもお友達からだぜ」
湖の周りに、好きだった菓子を供える嘉雅土。そして手を合わせ。
(「南無阿弥陀仏‥死後も苦しんでません様に」)
――彼なりに弔う。
続いてORTが湖へ花を投げる。‥そこに言葉はなかったけれど、きっと心にあるのだろう。
(「手向けの花を供える事でしか、心を整理できなかったのかも知れないね。私は復讐の為に戦う事でしか、自分を保てなかったから‥」)
海と共に目を閉じて、トリシアは依頼主を思う。
‥‥スイートピーの花言葉が示すような『優しい思い出』が、ここにあったのだろうか。
そして、皆の後ろ姿を眺めるナンナ。
(「私も、いつの間にか見送る相手が増えてしまった‥」)
そんな生活を選んだ事を後悔はしていないし、誰かの為に役立つ事をしていると自負はしている‥けれど。
託された手向け花――そこに、越えてはいけない境界線があるような気がして。
触れることが、出来なかった。
それが妄想なのか、現実なのか、ナンナ自身にも分からなかったけれど。
――最後に、慈海が水辺へと近づいた。
既に友達の魂は天上にあるのだろう‥今ここに居るのは、依頼主の念のみ。だから、
「これで最後、もうお終いにしようね」
彼は穏やかな表情で、花と共に、依頼主から預かった言葉を湖に投げる。
『有難う。もうすぐ私も行きます』
託された手向け花は――全て湖へ。
想いを届け、皆がその場を去ろうとした時――ORTは一人立ち止まり、振り返って湖を眺める。
「――‥」
目を閉じて、気づかれぬように小さく吐かれた息。
彼も又、湖に想う事があるのだろうか――。
●
再び病院へ赴いた能力者達は、依頼の完了を報告する。そこで、
「あのさ、友達の不慮の事故は‥あんたが原因?」
と、嘉雅土が訊ねる。
「ソイツ、出てきてないならこれ以上罪悪感を溜め込まなくても良いと思うぜ? 死後に心残りがあれば出てくるらしいから‥。来てないなら多分大丈夫」
親戚のおばさんとおねーさんも言ってたっ‥と明るく言う嘉雅土。これも彼の持ち味だろう。
その言葉を聞き、依頼主はハハハと声を出したが‥やはり悲しげに、笑う。
柚威はコホンとセキをすると、
「苦しいなら吐き出せばいい‥ただ、話したければでいいぞ」
そう訊ねた。私達に話して楽になれるのなら‥と、トリシアも頷く。
「君達も察していると思う‥。昔、私の我侭で、友達を湖に連れて行ってね。そこで溺れて‥私だけが、助かったんだよ」
綺麗だから、見せたかっただけなのだ。
私に手さえ伸ばさなければ――友は助かっていただろうと言う。
過去を語るときは、やはり悲しい瞳だった。
「見てください、おじさんっ」
その時、思わず海は‥依頼主の前に花を差し出した。
「これは湖に咲いていた花です」
小さく可憐で、見過ごしてしまいそうな花だ。
海は森を歩きながら、依頼主がどんな気持ちでそこを歩いていたか――ずっと考えていた。景色を眺めながら、花も見つけて。
「おじさんは毎年、あの道を歩いて花を供えにいっていたんですね」
険しい道だった――自分も歩いたからわかる。だけどその道は険しいだけじゃなくて、草木が茂れば、花も咲く。木の実が落ちる。
けれどその全てが、彼の目には悲しい景色にしか映らなかったと思うと――。
「大変な道でしたけど、こんな可愛い花も咲いていて‥‥他にも‥‥っ」
道端の花、湖面に映る景色‥‥海はゆっくりと記憶をなぞりながら、彼の見過ごしていた景色を――伝えていく。
「‥‥そうか、知らなかった、な」
「それなら、もう一度、行きましょう」
無茶な願いだと分かっている。彼の姿を見ていれば分かる。――それでも。
「どうか命を大切にしてください。‥必ず希望はあります」
ティルが頭を下げ、病室を後にする。依頼主は息子を見るような目で彼を見ていた。
様子を見守っていたORTは、ふと外に出て――喫煙所で煙草に火をつける。
「――行くか」
思い出に浸るように、空を見上げて――ゆっくりと、煙を吐いた。
そしてLHに帰還した能力者達は、報告をもって依頼を成し遂げたのだった。
●
人が途絶えた病室の時間は、ゆっくりと刻まれる――けれど。
海はあれから毎日、身寄りのない依頼人を見舞っている。時折、娘や孫だと間違われながら。
理由をたずねれば、
『私はただ、おじさんが、悲しく笑うのが、悲しかった、から』
と、答える彼女。
毎日ルミナで頼んだ花を持ち、病室の机に飾れば‥そこが温かな空間になる。
悲しい記憶じゃなく、楽しい思い出と笑顔で、包んであげたいから。
だから海は、彼の最期の時まで、笑顔を絶やさない。
その気持ちは、届いたのだろう。
家族に、‥娘に世話をされているようだと、彼は最期にはにかみ、笑った。
依頼主が託したキーホルダー‥その中の写真には、少女の姿がある。
彼が亡くした友。
そこに芽生えたばかりの恋心もあったことは、今は海しか知らない。