タイトル:黄金天使と復讐の猟銃マスター:望月誠司

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/06/08 15:24

●オープニング本文


 曇天の空から冷たい雨が降る。
 英国での幾つかの仕事の末、まとまった金を手に入れたアラン・リューベックは、船に乗りグリーンランドへと向かった。彼の家はグリーンランドのとある小さな町に在る。帰るのは一年ぶりだ。
 薄暗い冷えた安船の大部屋で先月送られてきた手紙と写真を見る。そこには六歳程度の小さな女の子の姿があった。柔らかい白金色の髪をしていて瞳はサファイアのように煌めいている。恐らくは世界で一番の愛らしさではないだろうかとアランは思う。この年頃で彼女ほど可愛い少女は地球上には存在しないだろう。
 実際の所、写真の少女は確かに愛らしくはあった。しかしアランが思っている程の美少女ではなかったのだが、彼の目にはそう見えており、そして彼はその認識に対し砂の一粒程の疑いも抱いていなかった。
「――娘さんかい?」
 不意に隣に腰を降ろしていた見知らぬ乗客から声をかけられる。アランと同様に薄汚れ、無精髭を生やした何処かくたびれた装いの東洋人だ。人は良さそうである。しかし瞳の中にかすかに鋭い光があった――ナイフのような光だ。もっともそれは本当に微かなもので、アランはその光には気付かなかったが。
「ああ、俺の天使だ。どうだ、物凄く可愛いだろうっ」
 勢いこんで熱心な返答をかえすアランに乗客は苦笑を洩らしつつも言った。
「そうだな。将来はきっと美人になる」
 当然だ、とアランは思う。うちの娘は素晴らしい。この前会った時は「おじさん誰?」とか言われたが。
「随分と熱心に見ているようだが、離れてから長いのかい?」
「もう一年になるかな‥‥随分と大きくなった。会うのが楽しみだ」
「今回は帰郷か」
「ああ。あんたは?」
「俺は仕事さ。元は別の船で向かってたんだが途中でトラブルが起こっちまってね」
 それでこの船に乗り換えて向かっているのだと男は説明した。
「へぇ」
 男は会社員のようにはアランには見えなかった。技術者か採掘に従事する工員か‥‥後者の方が確率は高いだろうか? 大柄なその男は、かなり鍛えられた体躯をしていた。
 ふと気付く。
 男の傍らには布で巻かれた長い包があった。1mと少し。これは、なんだ? こんな時代だ。嫌な予感がする。
(「長さ的にはライフル――」)
 アランの表情の変化に気付いたのか男は少しバツの悪そうな顔をすると、
「なに、怪しいもんじゃない」
 怪しい奴が言うお決まりの台詞を男は吐いた。
 それで納得出来る訳も無い。
 アランの視線に押し負けたように男は正体を明かす。
「‥‥俺はULTの傭兵でね。名を雷前道誉という」
 ULTの傭兵。バグアと戦う超常者達。
「傭兵」
 半ば呆気に取られつつもアランは自らの名を名乗った。噂にはよく聞いていたがアランのような一般市民が傭兵と相対する事はそうなかった。まぁそれは地域にもよるのだろうが。英国は比較的平和だった。
「じゃあ、そいつは銃か?」
「いや」
 と雷前は首を振り布の半分程を払って見せた。黒塗りの杖のようなものが見えた。これは――
「太刀さ」
 再び布を巻きつけながら雷前。
「ああ、なるほど、知っているぞ! サムライブレードという奴だな?」
「‥‥まぁそんなようなもんだな」
「あんた、このブレード一本でバッタバッタとバグアを叩き斬る訳か? 噂は聞いた事があるが凄いなサムライは」
「ああ俺はサムライじゃないし銃も使うんだが‥‥ついでにバッタバッタとバグアは叩き斬るのはちょっと無理そうだが、まぁデカイキメラなんかが出て来たらこいつで斬る事が多いな」
「へぇ‥‥」
 感心したようにアランは頷き、そしてはたと気付いた。
「あんた、仕事で行くって言ったよな? 何かあの町で物騒な事でも起こっているのか?」
「ああ、いや‥‥」
 雷前は少し言い淀むようにしてから、
「バグアが大挙して攻めて来たとか、そういうレベルのもんじゃない。ただ町の近くにキメラが巣をつくっちまったらしくてな」 
「ヤバイのか」
 アランは緊張した。
「いや、規模はたいした事ない。生息してる奴も小物だ。たいした相手じゃない。他の傭兵達も高速艇で町に向かってるって話だし、すぐにカタがつくだろうさ」
「‥‥そうか」
 その言葉にアランは少し安心して息を吐いた。
 だが、消し切れないしこりのような物が腹の底に残っていた。
 思わず、手の中の写真に視線を落とす。
 黄金の天使が、そこでは眩く笑っていた。


 雷前道誉がグリーンランドのその町に着いた時、ちょうど他の傭兵達も集まっていたようだった。
 六月のグリーンランドは一見では平穏そのものに見えた。一見では、だが。傭兵達は全員が揃った所で町の役場へと向かう。
 小さな役場だ。町長が直々に出てきて傭兵達に説明をした。話を聞くにキメラは付近の山の洞穴に巣を張ったのだという。キメラは猫に蝙蝠の翼を生やしたような外見をしていて大きさは人間の半分程度。日暮れから深夜にかけて活動し、動き素早く空から飛来して町の住民を襲うのだという。
 町の住民はキメラの脅威に慣れていたので素早く用心深く退避し大きな被害は出ていないのだが、それでも不意を突かれる事もあるし、大人はともかく子供は不用意に家の外に出てしまう事がある。二日ほど前にも港で子供が一人キメラに喰い殺されるという事件が起きている。また日暮れから外を歩けないとなれば経済にも影響が出る。町長曰く可及的速やかに退治して欲しい、との事だった。
 傭兵達が町長から説明を受けていると不意に扉が開かれ戸惑った様子の職員が飛びこんで来た。町長の叱責を受けながらもその職員は言った。
「その、町民の方が、夫がキメラを退治しに山へ向かってしまった、と‥‥」
「――その旦那の名前は?」
 雷前道誉は予感を覚えて問いかけた。嫌な予感だ。
「えぇと、その方の名前は解りませんが、夫人はアリーナ・S・リューベックという方です」
 嫌な予感程、よく当たる。
「リューベック、あの男か‥‥」
 雷前は顔を顰めて呟いたのだった。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
八葉 白雪(gb2228
20歳・♀・AA
トリシア・トールズソン(gb4346
14歳・♀・PN
レイド・ベルキャット(gb7773
24歳・♂・EP
獅月 きら(gc1055
17歳・♀・ER
ユウ・ターナー(gc2715
12歳・♀・JG
チン(gc3890
31歳・♂・ST

●リプレイ本文

「ん、知ってる人?」
 大泰司 慈海(ga0173)は雷前の呟きに問いかけた。
「ああ、恐らくは」
 雷前はかくかくしかじかと己が知っている事を説明する。
「なるほど――そのアリーナさんと話をさせて頂いても?」
 大泰司は雷前の説明に一つ頷くと、視線を町長へと転じて問いかけた。町長も自体を察したのだろう。依頼の説明を中断すると夫人を執務室に通すようにと職員へ告げる。
 現れたのは二十歳後半の金髪の女性で、はらはらと泣きながら事情を語った。夫の名はアラン。必死に止めたのだがまるで聞いてくれなかったらしい。叫びを聞いて近所の男衆が制止に入るも猟銃を取り出して「道を開けろ」とこられれば生半には前に立てない。そしてアランは雪山へと向かった。なかなかのブチ切れっぷりである。
「なぜそんな無茶を‥‥」
 レイド・ベルキャット(gb7773)が愕然として呟いた。身近な者がキメラの被害にでもあったのだろうか。
「娘が、先日、港で‥‥」
 涙に言葉を詰まらせつつアリーナは言う。どうも『二日前の港の事件』の被害者はこの夫妻の娘であるようだった。
「このうえ彼まで失う事になったら私はっ!!」
 声をあげて泣き崩れてしまった。大泰司はトリシア・トールズソン(gb4346)と共に夫人を慰めつつ隙間に質問を滑り込ませた。アランが出て行ったのは何時か、どんな服装をしているのか、特徴、向かった方向等々だ。
 大泰司は滑らかにアリーナから答えを聞き出すと、
「二十分前か‥‥急いで追いかけないと拙いね」
 独白するように呟く。あまり猶予はない。町長を振り返って「何か乗り物とか近道とかあるかな?」と問いかけた。
「何かないですかっ? キメラが居る場所に一人で行くのは危険だし‥‥一刻も早く追いつかないとっ」
 トリシアもまた町長へと言葉を重ねる。町長は顰め面で唸っている。
「車とか、ないのでしょうか‥‥あと雪国でよくある――スノーモービルでしたっけ? そのような物は‥‥」
 レイドが言うと町長はぽん、と手を打つ。
「おお、そうだ。確か庶務課のスノーモービルならもう戻って来ている頃だ。それを使うと良い」
 どうやら足は確保できそうだ。
「あ、そうだ、洞穴までの地図ってもらえますか?」
 トリシアが言った。場所が解らなければ話にならない。
「あと出来れば手持ちの照明もあると助かるのですが」
 辰巳 空(ga4698)が言った。
「うむ、それならここに。地図は二枚必要だな。しばし待ちたまへ」
 町長が部屋の外へと出てゆく。その間にトリシアは泣き崩れているアリーナの前に回ると視線を合わせて言った。
「大丈夫‥‥アランは必ず連れて帰るから」
 夫人の碧眼からぶわっと涙が盛り上がる。
「お願いします、どうか、どうか、お願いします‥‥!」
 懇願するように彼女はトリシアへと言ったのだった。


 傭兵達は町長から諸々を受け取ると急ぎ役場の外へ出た。
「いやはや、簡単なお仕事になるかと思っていたのですが、なかなか厄介な事になってきましたねぇ‥‥」
「まったくだね」
 飄々とした調子でチン(gc3890)がレイドに頷き肩を竦めてみせる。今回は戦闘訓練を兼ねて退治依頼をこなそうと思っていたのだが、どうにも雲行きが怪しくなってきた。単純にキメラを退治するだけでは事は済みそうにない。
「ま‥‥それでも基本の仕事に変わりはないさ。世界のすべての人は救えなくても、目の前の命ぐらいは救ってみせよう」
 チンはそう言った。リューベック夫妻のみならず、この町の全ての人間が心穏やかに暮らせるようにしたく思う。
 チン、辰巳、八葉 白雪(gb2228)、トリシア、獅月 きら(gc1055)、ユウ・ターナー(gc2715)の六名はそのままの足で山へと向かい、レイド、大泰司はモービルに搭乗して発進した。
 レイドが運転し大泰司が地図で案内する。町の外へ出た。高速で雪原を走る。凍てついた風が頬を切るように抜けてゆく。
「一応、足跡とかにも注意して!」
 風音に負けぬよう大泰司が声を張り上げる。
「了解! 一直線に向かってくれたのなら良いんですが‥‥」
 レイドの呟きが寒風に乗って後ろに流れて行く。大泰司は強風に顔を顰めつつ雪の大海に目を凝らした。
 広い。
 見つけ出せない可能性とて無い訳ではない。
(「なぜ家族を愛する者が辛い目に遭うのだろう‥‥」)
――自分は家族を捨てた身‥‥罰を受けるなら自分こそ、なのに。
 冷たい風が豪、と鳴いて雪原を突き抜けていった。


 徒歩組。
「アランさん‥‥どうか、ご無事で」
 獅月は凍土の曇天を見上げ呟いていた。ユウは方位磁石で方角を確認しながら元気に歩いている。インナーのおかげでこの程度の寒さならへっちゃらである。
「怒りに我を忘れているとは言っても‥‥普通の人が単独でキメラを退治できるとか言っているのは、正直‥‥舐め過ぎですね」
 道すがら辰巳が呟いた。能力者といえどもこの位になると単独で喧嘩売れるのは少数の『強者』程度だと辰巳は思うし、彼自身でも厳しいと思ってるくらいだ。キメラは一般人が相手に出来る敵ではない。
「まぁ、奴さんだって出来るとは思っちゃいねぇだろうが‥‥」
 雷前が言った。
「それでも殺しにいかざるをえなかったんだろうな」
「そんなものですか」
 辰巳は嘆息して首を振った。何も出来ないと解ってて何故ゆくのか。
「私はその気持ち、少し解る、かな‥‥」
 トリシアがぽつりと呟いた。彼女が戦っている理由も復讐だった。バグアに殺された父の仇をとる為に戦っている。
「ねぇ――道誉は一度会っているんでしょう? どういう人なの? アランって」
「会ったといっても少しだけだが‥‥まぁ、言葉を選ばずに言えば、幸せそうな男だったよ。気が良くて能天気。娘さんが可愛くて仕方ないらしくてな、へらへらと笑って彼女は俺の天使なのだと自慢していた‥‥猟銃なんて、似合う男じゃない」
 それが、こんな事になっちまうとは、と呟きつつ雷前。
「そう‥‥」
 呟きを返し、歩く。七人が雪を踏みしめる音のみが響いている。
(「子供を失った親の気持ち‥‥つらいね」)
 白雪は胸中で呟いた。
(「‥‥そうね。更なる不幸が重ならないよう、一刻も早く終わらせましょう」)
 内なる声が返ってくる。それは姉の真白の人格なのだと人は言う。風は、未だ冷たい。それは真白にとって心地良かったが気分は晴れなかった。
「ねぇ」
 沈黙を破ってトリシアが言った。
「そういえば道誉も結構謎だよね。普段何やってる人なの?」
「俺? まぁ、傭兵だよ。金に貪欲な、金の為なら何でもやるような、金、金、金、の、そんな守銭奴なタイプの傭兵さ」
「ふぅん‥‥」
 空は相変わらず曇っていた。


 雪原に真新しい足跡を発見し追走する事しばし、レイドと大泰司は男の後ろ姿を発見した。
「――‥‥居たっ!」
 レイドはモービルを走らせ男の前に回り込んで止まる。
「‥‥なんだ、あんたら?」
 男は昏く燃える火を碧眼に宿し睨みつけてくる。
「アランさんですね?」
「俺は今、急いでいる‥‥何の用か知らないが後にしてくれ」
「アリーナさんに頼まれて来ました」
 レイドはモービルから降りると穏やかな調子で言った。
「‥‥何?」
「家族を奪われた悲しみ‥‥私も同じような経験をしましたので、お気持ちは分かります‥‥ですが、残された私たちは前を向いて生きていかなければなりません。それが、先に逝ってしまった人たちの為にできる、唯一の事だと思います」
「出来る事は他にもあるさ」
 アランは猟銃を掲げて見せた。
「あいつは‥‥猫が好きだったからな‥‥寂しくないよう‥‥天国に送り届けてやる‥‥いや‥‥キメラなんぞが行きつく先は地獄か‥‥」
 落ち窪み血走った瞳をぎらつかせながらくくく、とアランは笑う。ひとしきり笑った後、ふっと無表情になると、ガコリと散弾銃をスライドさせ銃口をレイドへと向ける。
「だが手向けにはなる! 退けよ‥‥‥‥邪魔だてするならあんたらの脳天だってぶち抜くッ!!」
「まぁまぁ!」
 不意に声があがった。大泰司だ。
 壮年の男は両手を挙げつつにこやかに、
「ほんと悔しいよね‥‥一匹残らず退治して仇を討ちたいね。でさ、後から仲間が追いかけてきてるんだ。キメラの数、多いみたいだしさ。逃がさないように俺たちにも協力させて?」
「‥‥なに?」
「俺達、ULTの傭兵なんだよ。キメラ退治の依頼を受けてこの町に来たんだ。目的は同じだし、どうだろう、一緒にいかないかい?」
「傭兵だと? そんなものが――」言いつつ途中で思い直したように「‥‥何か証拠はあるか?」
「あるとも」
 言うと大泰司はエネルギーガンを取りだした。いきり立つアランを宥めつつ覚醒、銃口を雪原へと向け発射する。閃光が雪原を爆砕し空に向かって土砂を噴出させた。猛烈な破壊力。
「こういう事が出来るのは能力者くらいでしょ。それに例え傭兵でなくても、キメラ退治の戦力にはなるんじゃないかな?」


 アランは「少し考えさせてくれ」とすぐには返答しなかったが、結局、大泰司達の同行を認めた。レイドは無線を手に仲間達と連絡を取る。やがて合流し九人の一団となった傭兵達は改めて山へと向かった。
「洞穴とかそー言うのってドキドキするよねっ!」
 洞穴前まで来た時ユウが言った。童女はぽっかりと空いた穴を覗き込みつつ、
「今回はどんなキメラが潜んでるのかなァ‥‥張り切ってやっつけちゃうゾ♪」
 少しばかりわくわく気分である。十一歳程度に見えるユウは、アランが失くした娘よりは大分年長だが、それでも幼い事に変わりはない。男は複雑な色を瞳に浮かべてユウを見ていた。
「アランさん」
 獅月きらはそんな男の背へと声をかけた。
「‥‥冷たい事を言いますが、貴方では、貴方の持つ猟銃では、娘さんの仇はうてません。理由は、わかりますよね」
 振り向いた男へ言う。
「一年ぶりなのでしょう? 奥様が今も、帰ってきたばかりの貴方を待っています‥‥最愛の娘を失った悲しみは、毎日一緒に暮らしていた奥様もさぞ深いはずです。今貴方が真にやるべき事は、猟銃を手にする事ですか‥‥?」
 男は猟銃を握り締める。
「俺は‥‥!」
「アラン君、無謀にキメラへと突っ込んでも返り討ちに遭っちゃうよ。娘さんに続いて旦那さんも亡くしたら‥‥奥さんはどんな気持ちだろう‥‥? 自分の手で殺したい気持ちも痛いほど分かるけど‥‥ここは俺たちに任せてもらえないかな」
「傭兵、話が違うぞっ!」
 叫ぶアランに大泰司はすまなそうな顔をすると、
「ごめんね」
 両手を合わせて謝った。
 アランが怒号を爆発させようとしたその瞬間、
「――アリーナ、泣いてたよ」
 トリシアが言った。男の目を見据えて言う。
「私、約束したんだ、アリーナと。御前を必ず連れて帰るって。だから御前を洞穴の中に入れる訳にはいかない」
「俺は‥‥」
「アラン!」
「マリンは‥‥ッ!」アランが叫んだ「マリンはっ、俺の、娘はっ、俺が、乗った船を待っていたんだ。毎日、俺が乗った船が、海の彼方から来るのを待っていたと‥‥っ! 俺は、俺が、俺さえ、帰ってこなければ‥‥‥‥ッ!」
 アランは猟銃を抱きながらがくりと両膝をつく。それにトリシアは言った。
「昔、私は全て喪った‥‥でもLHに来て家族が出来た。貴方にも‥‥支えてくれる人と、支えなければならない人が、居るんじゃないの?」


「きらおねーちゃんッ、頑張ろうねっ☆」
 ユウが特殊銃を手に笑っている。撃ち洩らしに備えて獅月とユウが洞穴の前に陣取り――そしてアランが外れに残った。
 六名の傭兵が洞穴へと突入する。
「便利な世の中になった物ね‥‥」
 真白は暗視スコープを装着した。世界が緑色になり闇に包まれた場所でもよく解る。各々暗闇対策をして進む。
 狭い通路を進む事しばし、やがて大きな空洞に出た。蒼く輝く巨大な湖がそこにあった。光を奥へと投げかけて走査する。キメラの姿は見えない。小島が点在している。陰にいるのだろうか? 傭兵達は湖中に乗り出す。身長の低いトリシアは腰程度まで水に浸かった。腰のランタンを消して背嚢にしまう。
 湖の中央付近まで来た瞬間、直感に長ける辰巳が視線を感じた。見上げる。頭上の薄闇に光る複数の目、目、目、目! 天井に張りついていたのだ。九羽もの猫蝙蝠が頭上より疾風の如く降下して来る。
「上ですっ!」
 辰巳は素早く拳銃を向け発砲した。弾丸が激突し蝙蝠猫が吹き飛んだ。奇襲をかけてきたもう一匹へと竜巻の如くに朱鳳を振るって斬り飛ばす。
 トリシアはハンドライトを点灯させると――間合いが近い、弓を手放し抜刀・瞬を用いて短剣を引き抜く。奇襲で対応が遅れた。相手の方が速い。下降ざまに二匹の猫が少女を両サイドから切り裂いた。大泰司とレイドも二匹から攻撃を受けている。
 チンが咄嗟に超機械を構える、反応が遅れた為狙いが定まっていない。蒼光の電磁嵐が宙に発生したが蝙蝠達はかわして抜けて来る。真白が弓を捨て鞘から太刀を抜きながら割って入った。二匹の猫蝙蝠の爪が六条の光を巻き起こし、さらに元々真白に向かっていた三匹が駆け抜けざまに急所を薙ぎ切ってゆく。
「‥‥珍妙な姿ね」
 真白が呟いた。首元に一撃入っている。女は鮮血を溢れさせつつ抜き切った太刀を構える。刃が鈍く輝いた。
 チンが練成治療を発動させた。真白、トリシアの傷がみるみるうちに癒え白い肌へと戻ってゆく。その身から痛みがひいた。
 辰巳とレイドが小銃を連射して二匹をぶち抜き、大泰司の閃光銃が一匹を消し飛ばした。猫蝙蝠の爪をかわしざまトリシアは円閃で墜とす。
「‥‥愚かね。私に近づく事の意味、身を持って知りなさい」
 真白は間合いに入って来た四匹の猫蝙蝠へと剣閃の嵐を巻き起こした。断裂して吹っ飛んでゆく。まぁ、正面からやりあえば負ける相手ではない。
 最後の一匹は恐れを成したか途中で軌道を変更させ入り口の方へと高速で飛んでいった。辰巳は無線でユウへと敵が逃げた旨を告げる。ユウはそれを獅月に報せ、獅月は注意して洞穴の入り口を見張る。やがて暗視スコープがキメラを捉えた。獅月はユウへと注意を飛ばす。
「きゃはッ、蝙蝠さんこんにちはっ、バイバイっ」
 童女はくすりと笑うと共にSMGをフルオートに入れて猛烈な弾幕を展開した。制圧射撃だ。蝙蝠猫の動きが鈍る。瞬間、獅月は即射を発動させ三連の矢を撃ち放った。
 錐揉みながら飛んだ矢が炸裂し蝙蝠猫が身を折って落下する。大地に激突した瞬間、強弾の嵐にぶち抜かれ、やがて動かなくなった。


 かくてキメラは退治され、復讐の猟銃は放たれる事なく、男は彼を待つ女の家へと帰った。
「何か声をかけないの?」
 白雪が姉に問いかける。
(「子を想う親の悲しみにかけられる言葉なんてないわ‥‥時の流れに癒されるのを待つしかないから」)
 内なる声はそう言った。
 いつの日かまた、彼等が笑える時が来る事を祈ろう。



 了