タイトル:地底の地底の底の底マスター:望月誠司

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/07/01 10:56

●オープニング本文


 薄暗い場所だ。
 塞がれた空には人工の光が輝いている。
 押し込められた空間に建造物が乱立し黄色くぬらりと輝いている――彼にはそのように見えた。
 ここはグリーンランドの地下深く、巨大シェルター都市ゴットホープ。
 地下都市を貫く道路を車の群れが排気ガスを旺盛に吐き出しながら流れて行く。けたたましくクラクションが鳴いた。タイヤが擦れる音が聞こえ一拍の後に何かがぶつかる重い音と、硝子が砕ける音が響いた。
 振り返らず、道を歩く。
 黄色い光を窓から洩らすビル群を抜け路地裏へと無意識に流れてゆく。一角にある酒場に入る。店内はやはり薄暗い。古臭い音楽が控え目に流れ、カウンターに立つ馴染みのマスターが暇そうにグラスを磨いていた。
 カウンターの席に腰掛け酒を注文する。初老の店主は一見いつもと変わらない顔をしていたが何処か肩が落ちているように見えた。
「マスター、何かあったのか?」
 彼が問いかけると店主は苦笑して、
「いえね‥‥こんな事、あまり大きな声じゃ言えないんですが、下水が詰まっちまいまして。今、この辺じゃどこも大変なんですよ」
「へぇ」
「役所の話じゃなんでもキメラが詰まっているらしくて――」
「キメラぁ?」
 眉を潜めて言う。
「ええ、結構、よくある事らしいですよ。確かスライムって名前の奴が水路を塞いじまったそうで。今、傭兵の皆さんが除去に向かっているそうです」
「すげぇなキメラ、水圧すげぇんじゃねぇの? つーか、そのスライム斬ったりしたら向こう側に溜まっていた下水が一気にどばーっと‥‥」
「ああ、だからそうならないように今はその区画への流入は堰き止められてるそうです」
「へぇ、しかし、そうなると‥‥ただでさえ匂いとか酷い所が、さらにすげぇ事になってそうだな――っと飲み食いする所で言う言葉じゃねぇか」
 男はハハ、と笑う。
「いやまぁ‥‥傭兵、というのも大変なんですね」
「ま、なんでもそう楽な商売ってのはそうそうないだろうよ」
 言って男は火酒を呷ったのだった。


 地底の酒場で男達が呑気な会話をかわしている頃、その話題となっている傭兵達は地底の都市のさらに地底へと潜りこんでいた。
 その地底の地下の下水道は、ゴットホープの各所から様々な生活排水が流れ込んでおり、水がひかれた今は流れていかなかったさまざまな塊がそこかしこに転がっていた。
 まさに鼻が曲がりそうな程の臭気。むしろ折れそうだ。心とか色々なものも含めて。
 役所から渡された地図を借り受けたハンドライトで照らす。件のビッグスライムは現在位置より大分北に行った所にあるようだ。色はヘドロのような黒灰で体長はおよそ縦6メートル、横幅二十メートル、厚さは五メートル程度だろうか。下水路の空間一杯に広がっているらしい。随分とでかい。下水を吸収して成長していたようだと調査員は言った。
 スライムは強酸をかなりの射程で飛ばし、また黒灰の触手を槍の如くに飛ばし、絡みつかせて獲物を溶かすらしい。掴まれて包まれると割とスプラッタァな事になるそうだ。眼球やら鼓膜やら喉やら色々溶かされる。
 動かないならやりようはありそうだが、曲がり角を利用して陣取っているらしく、また、十秒に三十メートル程度の速度だが移動できるらしい。障害物も持ち前の柔軟さでぐにゃぐにゃと曲がってすり抜ける。
 なかなか厄介な敵だが地下都市の衛生を守る為には誰かがこれを倒さねばならない。
 傭兵達は闇に閉ざされた下水の中をスライムを倒す為に進んでゆくのであった。

●参加者一覧

ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
エイミー・H・メイヤー(gb5994
18歳・♀・AA
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
カンタレラ(gb9927
23歳・♀・ER
ファリス・フレイシア(gc0517
18歳・♀・FC
ユウ・ターナー(gc2715
12歳・♀・JG
水下 夏鬼(gc4086
21歳・♀・FC
千草(gc4118
16歳・♂・SF

●リプレイ本文

 突入前。
「さて、相手はスライム‥‥ですか」
 ファリス・フレイシア(gc0517)が地下への入り口を前にして呟いた。敵は酸で装甲を無効化する相手であるらしい。油断せずに行きませんと、と思う。
「下水道に入るなんて久しぶりだなぁー、コケないように気を付けないとね」
 夢守 ルキア(gb9436)はライトの回りにアルミホイルを巻き、細い腰に紐で括って両手を使えるように空け、ズボンの裾をメラーブーツの中に入れている。またランタンを予備に用意しておく。カンタレラ(gb9927)やホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)も腰のベルトやホルダーにライトを固定している。
 ユウ・ターナー(gc2715)はライトの他にランタンを腰にぶら下げている。タクティカルゴーグルをかけて目を保護しマスクを口にかけた。
「ちゃんとおやつは300C以内よ」
 そんな事を言っているのは水下 夏鬼(gc4086)だ。口直し用にお菓子を持参である――‥‥口直し? 鬼非鬼家のメイドは何か恐ろしい事を試そうとしているようだ。
「下水に入るのは初めてでちょっと楽しそうではあるんだが‥‥」
 エイミー・H・メイヤー(gb5994)はそんな事を呟いている。悪臭もぬめぬめ系も彼女は苦手だ。しかし仕事である、と自分に言い聞かせて意を決して地下へと向かう。ちなみに汚れる事は解っていもゴスロリ姿である。ポリシーは貫くのだ。
「初めての依頼ッス‥‥まずは空気から慣れるッス!」
 ULT傭兵として初仕事だという千草(gc4118)が気合いを入れている。鞄の中に役所から借り受けたライトを入れておく。八人の傭兵達は準備を整えると光をかざし梯子を降りて暗い暗い地底の地下の下水道へと降り立った。空気に慣れんとする千草だったが今回の空気は別の意味で凶悪だった。
「うわッ! 凄い臭い‥‥ユウ、臭いに負けそー」
 閉所に闇と共に立ちこめる猛烈な悪臭。傭兵達の多くはその臭いにくらくらとする。
「確かに‥‥匂うな」
 ホアキンもまた顔を顰める。暗視スコープで周囲を見回す。水がはけ直視したくない塊があちこちに転がっている。
「うー‥‥でもでも、此処のスライムの所為で困ってる人は放っておけないもんね」
「そうだな。詰まったゴミは取り除かねば」
 ユウの言葉に答えてホアキン。下水道で戦いたくはないが放置する訳にもいかない。
「こんなところでも住めば快適なのかな〜」
 臭気に少し涙目になりつつルキア。
 一方、
「あぁ‥‥懐かしいわぁ。この臭い、湿気、薄暗さ、圧迫感」
 水下は元配管工で下水好きなので慣れたものらしい。
「‥‥んー。なんだか懐かしい、けど。あまり、長居はしたくないですね、やっぱり」
 こちらも地下に関わりがあったらしいカンタレラが苦笑しながら言った。闇を駆けたりしたのだろうか。なおスライムの酸に少し興味あり、らしい。
 役所から渡された地図をライトで参照しつつ傭兵達は闇に閉ざされた下水の中をスライムを倒す為に北上する。
 入り組んだ下水路を進む事しばし、やがて傭兵達はスライムが陣取っている通路の手前の角までやってきた。
 傭兵達はまず一撃して東西に広く伸びるこの通路に誘いこんでから迎撃する作戦のようだ。その際に囮に立つのはホアキン。
「さて‥‥綺麗に掃除してやるか」
 左利きの闘牛士は右手に盾を、左手にペイント弾を装填したリボルバーを構え曲がり角へと飛びこんだ。
 北方、緑色の世界、下水の通路のほぼ一杯に巨大なゼラチン状の生物が広がっていた。
「さすがに、大きいですね‥‥っ」
 角から顔を出して窺いつつカンタレラが呟いた。中心に漆黒に輝く楕円が見える。あれがコアだろうか。
(「大型のスライムっていっても‥‥ココまで来たら‥‥なんでだろう、スライムに見えないような‥‥?」)
 迫り来る灰色の壁だ。二十メートルを超えるそれは現れたホアキンへと猛然と突進しながら体表を蠢かせて触手を伸ばしその先から酸を十二連射してくる。
 ホアキンは足元の何かの塊を蹴散らしつつ酸を二発受けつつも残りを悉くかわし、コア目がけてペイント弾を撃ち放つ。命中。弾丸が炸裂しコアの上のゼラチン質部分に蛍光塗料が付着した。
「ホアキンさん、その酸、どういう感じですか‥‥?」
 染み込む酸に身を焼かれ白煙を吹き上げるホアキンへと、闘争の果てに得られる痛みにこの上ない愉悦を覚える女が、練成治療を発動させつつ興味津津に問いかける。
「えっと‥‥来るぞ!」
 ホアキンは言いつつ横っ跳びに角へと飛びこんで酸の嵐からの射線を切る。傭兵達は一斉に後退してそれぞれ距離を取って配置につく。数秒の後、ビッグスライムは通路を埋め尽くしながら角を曲がり直線通路へと姿を現した。
「蛍光色の部分がコアだ。あそこを狙ってくれ」
 ホアキンは銃を納めて知覚剣を抜き放つと酸をかわしざまに剣閃を巻き起こして衝撃波の嵐を解き放つ。
「さてさて、どこまでいけるでしょうか‥‥!」
 カンタレラが練成弱体を飛ばし電波増幅を発動させ雷光鞭から凶悪な四条の雷撃を爆裂させる。曰く脳筋ST、攻撃する時は全力だ。エイミーは先手必勝を発動させるとリアトリスを構えて突進する。
「ふふっ、動きづらいデショ?」
 ユウ・ターナーはヴァルハラSMGで弾幕を張って制圧射撃、スライムの動きを妨害しつつ囮に立つホアキンと突っ込んだエイミーを援護射撃する。
「まずは‥‥周りの部分を取り除かなければなりませんね」
 ファリスは超機械を闇に翳し蒼く眩く輝く電磁嵐を蛍光塗料目がけて撃ち放つ。
「これはちょっとした大工事が必要だねー」
 スライムの巨体にそんな感想を洩らしつつ水下。魔銃『DOUBLE MAYHEM』で六連の弾丸を飛ばす。
 打楽器のリズムが響き始めた。千草は小太鼓型にカスタムした超機械を叩き鳴らし一同の戦意を向上させつつ練成――各種はちょっと今は使えない。スキルは武器と同様に装備というかセットしないと使用できない。千草は代わりに三連の電磁嵐をビッグスライムへと解き放った。
 蒼光の電磁嵐が発生し雷撃と音速波がライトの中を唸りをあげて飛びビッグスライムに炸裂する。猛烈な破壊力がコア付近のゼラチン質を灼き爆ぜ吹き飛ばしてゆく。弾幕がスライムを穿ち銃弾が傷口に突き刺さった。突撃したエイミーは踏み込むと八双の位置から袈裟にビッグスライムのコア付近を叩き斬る。間髪入れず女は後方へさが――ろうとする途中その視界の隅に灰色の何かがかすめた。背中に衝撃が伝わる。巻くようにして強力で胴に絡みついてきた。スライムの触手だ。
「近寄らないで下さい、服が汚れます」
 無表情で淡々と言いつつ知覚剣を一閃、絡みついてきた触手を斬り飛ばす。だがその間にも間髪入れず槍の如く無数の灰色の触手が伸びる。目、首、足首、腕、他装甲の薄い所に命中し酸を噴出しながら強力なパワーで絡みつていくる。人間の殺し方は知っているらしい。触手から噴出する酸が閉じた瞼を溶かして眼球を焼き潰し、喉を溶かして絞めあげ、装甲の隙間から染み込ませて猛烈な勢いで全身を焼いてゆく。猛烈な熱さが身を貫き、視界が真っ赤になって次に黒く塗りつぶされ、白煙が勢いよく吹き上がった。負傷率五割五分。骨すら残さぬ勢いだ。
 ホアキンは音速波を放つ手を途中で止めると自身へと放たれる酸と触手を悉くかわしながらエイミーへと踏み込み剣閃の嵐を巻き起こした。本当に人類かと問いかけたくなる程の十秒間においての行動量。女に絡みついていた無数の触手が断たれて酸をまき散らしながら地に落ちる。エイミー、目が見えない。血塗れになりつつも激痛を堪え後退を開始。
「得物の射程外だからね、皆の支援するよ!」
 ルキアが言って拡張練成治癒を連打する。エイミーの傷が徐々に癒え細胞が再生し瞳が光を取り戻してゆく。
 カンタレラはエイミーへと練成治療を連打し完全回復。皮膚もつるつるにすっかり元通り。回復スキルは偉大だ。
「スライムが可愛いのはゲームの中だけですね」
 エイミーは淡々と言って猛然と剣を振るい三連の音速波を撃ち放つ。傭兵達の攻撃が炸裂し、ビッググレイスライムのゼラチン質が吹き飛んでそのコアまでの穴が発生してゆく。
「‥‥ここまでだ。決めるぞ!」
 ホアキンが言って酸と触手の嵐を後退しながらかわしざま、雷光鞭を爆裂させる。
「吹き飛んじゃえっ!」
 ユウは制圧の弾幕を飛ばしてからエネルギーガンを抜き放ってコアへと狙いをつけ閃光を撃ち放ち、ルキアもまた電波増幅を発動させて踏み込みエナジーガンで四連の光を解き放つ。千草はドコドコと太鼓を打ち鳴らしつつ眩く輝く蒼光の電磁嵐をコア周辺に発生させる。
 水下は迅雷を使用して壁を斜めに遠心力を利用して跳びスライムの頭上を越える手を検討している。出来そうもない場合はやらない。考える――恐らく、天井は無理でも途中の壁を蹴って跳べばスライムの頭上の空間を突き抜けんとする事は不可能ではない。相手が動かなければ。突っ込む水下に対しスライムが触手を伸ばしてブロックされてしまうと、絡め取られて即死コースだ。落ちる場所は恐らく全身これ凶器の酸に満ち満ちているスライムの頭上。そこは流石にホアキン等でも救出できない気がする。仲間の攻撃が集中している瞬間を上手く掴んで突進すればあるいはいけるかもしれないが、その瞬間、掴めるだろうか――五分、と判断する。そこまで博打をする局面か? 基本、この辺りの戦域の敵は容赦ない。敵のコアは露出している。堅実に行っておく。コアを狙って銀色の逆回転式拳銃で猛射。六発の弾丸を撃ち放つ。
 三連の電磁嵐がコアを呑み込み凶悪な破壊力を秘めた十一条の爆雷が突き刺さり、閃光と弾丸がコアを次々に射抜いてゆく。ビッグスライムの身が震え、その動きが急速に鈍ってゆく。
「集中‥‥鋭く、速く‥‥行きます!」
 ファリスは超機械を放り捨てると両手剣を顔の前に立て練力を全開にする。迅雷を発動。剣を突き出し稲妻の残光を宙に曳きつつ瞬間移動したが如き速度でコアへと突っ込む。激突。長さ230センチの大剣がコアを貫通した。
「まだ‥‥まだぁ!」
 女は裂帛の気合と共に身を捻り突き刺したままの剣を横に払ってスライムを切り裂いた。酸と体液が混ざったものがぶちまかれ、伸ばされていた触手がぱたりと地に落ちた。撃破。


 止めて置いた方が良い、と思うのだ。
「偏食家の意地よ」
 しかし黒髪の女はそんな事を言った。鬼非鬼家現当主の専属メイド軍事顧問兼武器職人兼配管工の水下夏鬼である。
 戦闘後、一同が簡単な手当てを終えると水下は地下下水道に棲息していたビッググレイスライムの試食に取り掛かった。いかに偏食家とはいえこれを食べようとは強者過ぎる。
「コアの部分って食べれるかな、ちょっと興味ある」
 夢守ルキアまでそんな事を言っている。
「俺ッチにも少しわけてもらえるッスかね!」
 千草、お前もか。
 ルキアは火で焼いて調理する予定なので地上に出てからとし、水下と千草は斬撃を受けて千切れかけている部分を毟り取ると、二人同時にぱくりと一口した。基本的に死亡したキメラにフォースフィールドは発生しない。もしゃと噛む。ゼラチンの中から濃厚なゼラ汁が溢れ、次の瞬間二人同時に吐き出した。
 感想は。
「酸味が‥‥強いわね‥‥」
 水下、しゅうしゅうと煙を吹き上げる咥内をミネラルウォーターですすいでから一言。酸を全身に満たしている種類のスライムは食べられません。
「これが‥‥キメラの味ッスか‥‥!」
 げほげほと苦しみながら千草。美味い奴は美味いのだが、今回のこれは相手が悪い。食べ物は選ぼう。


 その後、地上もとい地底都市に出た一行。水下は持参した菓子で口直ししている。
 ルキアは調理器具の関係で火を通すのが難しそうなので諦めた。調理すれば内部の酸が出て来る。そこで諦めるなよ、とはバーナーでも所持していない限りメトロニウム合金すら溶かす強酸の前では言われないと信じたい。
「‥‥酷い匂いだな、早く帰って服をクリーニングに出したいな、もちろんシャワーも」
 エイミーは己についた匂いに顔を顰めつつ持参した香水をつけている。
「ユウも早くお風呂に入って綺麗にしたい〜」
 と童女が言って、
「とりあえず、次の依頼はシャワーを浴びることになりますでしょうか‥‥」
 ファリスも言った。
 靴やらはすっかりヘドロ塗れである。次の次は洗濯だ。



 かくて、地下下水道を塞いでいたビッググレイスライムは八名の傭兵達の活躍によって退治された。
 その後、キメラの死体は役所員によって除去され水の流れは復活し下水は元の機能を取り戻した。
 ゴットホープの一区画で起こっていた詰まりは解決され、某酒場の水場も清潔さを取り戻したという。



 了