●リプレイ本文
春の某日、LHより貨物船が出航し九人の能力者がその護衛についた。
「海‥‥か」
護衛の一人、柳凪 蓮夢(
gb8883)は太平洋の青い海を眺めながら呟いた。
今の所何かが出そうな気配は無いが護衛の依頼で動いてる以上警戒は怠れなかった。
自分の不注意で誰かを死なせるのは、もう、御免だったからだ。
一つ嘆息する。
(‥‥まぁ、とはいえ)
せっかく楽しい気分でいる者達に水を差すのもまた趣味ではなく、人目のある箇所では極力、表情や態度には出さない様にしよう、と思った。
船の手すりに寄りかかりのんびり航海を楽しむ姿勢を見せつつ周囲の変化を観察する。
「‥‥のどか、だね。いい事だ」
ぱしゃりと水面を紺色の哺乳類が跳ね「お、イルカだ」と男は呟いたのだった。
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「晴れ渡る空! 軽快な風! 全く以って警護日和ですわ☆」
銀髪の女がコロコロと笑って言った。ロジー・ビィ(
ga1031)だ。
甲板に出る足取りも軽くなりますわねっ、というものである。銀の髪を海風に靡かせ、何故かぴこハン片手にぴこぴこと鳴らしつつ双眼鏡を覗きこみ警護についている。
「さぁ、何処からでも掛かって来い! ですのっ」
気合い十分である。
その相棒たるセシリア・D・篠畑(
ga0475)は潮風の心地よさを感じつつ、ロジーの銀髪に目を細めていた。
ノリはあれだが、ロジーの銀髪は陽光を浴びて煌に輝き美しい。
(キラキラと光って綺麗‥‥)
セシリアは胸中で呟いた。視線に気づいたかロジーは双眼鏡を下げてセシリアに振り向き、
「どうかしましたの?」
とかくりと小首を傾げた。ついでにぴこぴことハンマーを鳴らしているのは何故なのか。謎である。
「いえ‥‥」
セシリアはピコハンをとりだすとぴこっと鳴らし、
「髪が、綺麗だな、と」
その言葉にロジーは目をぱちくりとさせて、次に笑うと、有難う、と言った。
二人は陽の光と風を浴びながら海を見張りセシリアは思った。
(この船の行き先‥‥あの人の生まれた国‥‥育った国‥‥)
セシリアの夫は日本人であるらしい。
(‥‥何時かまた二人で来れたら‥‥なんて思うけれども‥‥‥‥)
南の海の太陽は眩しく輝いていた。
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「安全域で護衛か。ま、適度にまじめに、適度にふまじめに。おーほら、今トビウオ跳ねた」
煌めく海を跳ね船に並走する魚の群れを眺めつつそんな調子なのはサヴィーネ=シュルツ(
ga7445)だ。ルノア・アラバスター(
gb5133)とペアで見張りについている。
サヴィーネ、気は抜いていない、抜いていないつもりだが、気分は完全に観光モードである。特に見張りを交代して休憩中などはTシャツにホットパンツ姿ですっかりバカンス形態だ。
「貨物船の、護衛‥‥でも、温泉と、ご飯、楽しみ」
休憩室、若干そわそわとした様子で笑いつつルノアが言った。しかし彼女は気は抜いていなかった。別の意味で。恋人の前である以上、休憩時でも服装や身嗜みには気が使われているのだ。
「うん、楽しみだなぁ」
お相手のサヴィーネはリラークスした状態でガムをぷーぱちんと鳴らしていた。まったり。
ルノアはそんなサヴィーネをにこにこと見やりつつ、
「あ、そうだ、サヴィ‥‥」
言ってちょいちょいとサヴィーネを引っ張り甲板へ出て舳先を指差した。
「サヴィ、アレ、やってみたい、な」
サヴィーネの脳裏に某豪華客船的映画のワンシーンがフラッシュバックした。
「む、あれか‥‥? 完璧におのぼりさんみたいだなぁ」
恥ずかしい。恥ずかしいが、愛する恋人にやろうと言われて断れるだろうか? 否、断れる筈が無い。サヴィーネ、精神を統一し表情を押し殺してマインドセット、不動の狙撃時モードに意識を切り替える。説明しよう、このモードに入るとサヴィーネは気恥ずかしさとか人の目とかどうでもよくなるのだ。
狙撃系サヴィーネは了承しルノアと共に船先へと向かった。
「‥‥飛んでる」
舳先に浮かぶルノアは三方を青い海と空に囲まれ、風を切って進む感覚を掴み、恋人の腕を身に感じながらそう呟いた。
「そうか、楽しいかい?」
サヴィーネは少女を後ろから抱きしめて支えつつ問いかける。柔らかくて良い匂いがした。
「うん、愉しい‥‥」
ルノアはくすりと笑うとそう言ったのだった。
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他方、甲板の見張りには入れ替わりで鹿島 行幹(
gc4977)とアルフェル(
gc6791)の二人がついていた。
「‥‥風が、気持ちいい‥‥ですね‥‥」
吹く風に長い緑の髪を抑えながらアルフェル。
「ん‥‥不謹慎かもしれないけど、こういう船旅ってのもいいもんだよな」
鹿島はそれに同意して笑う。
「はい、護衛、ですが‥‥その後の、温泉が楽しみ‥‥ですね‥‥」
「一仕事した後の温泉、格別だよなぁ」
「はい‥‥」
鹿島の言にアルフェルは頷き、
(行幹様も、一緒ですし‥‥)
と胸中で呟く。
たまには、こういうのも良い、と思った。
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「うまい事、使われてる気もするけど‥‥温泉付きならしょうがないかなぁ」
うーんと唸りつつ呟くのは獅堂 梓(
gc2346)だ。休憩時はのんびりと船内を散策していた。
「今回はまとも(?)な依頼でよかった‥‥最近いろいろヒドイ目にばかり会ってたからなぁ‥‥」
呟きつつも一応、小銃と脚甲は携帯している。
「こういう船って、普通は中を見ることなんて無いから見学させて貰おうかな?」
と、立ち入りが禁止されていない箇所をあちこち見て回る事にするのだった。
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事前情報の通り、特にキメラや海賊に襲われるという事もなく、三日目の夕方には船は無事に日本国四国の某県の港へと入港した。依頼完了後、一行は貰った地図に従いぞろぞろと宿へと向かう。指定されてあった宿は、木造の歴史を感じさせる佇まいをしていた。あれこれ雑談しつつ門を潜って宿の中へと入る。
大部屋に荷物をおくと、それぞれ自由行動となり、サヴィーネ、ルノア、セシリア、ロジー、柳凪、獅堂、コルデリアは温泉へと向かい、鹿島とアルフェルはまず食事の準備をするらしく別行動となった。
「絶景、ですわー!」
海に沈みゆく夕日の見える露天風呂でロジーが歓声をあげた。水着着用で大ハシャギである。
「お湯に浸かるのは不思議な感じですけれど、気持ち良いです‥‥」
同じく水着着用で暖かいお湯に浸かりつつセシリア。想いを馳せる事は色々あるが、とりあえず今回は温泉満喫優先らしい。
「コルデリアもこっちへいらっしゃいな」
ロジーは湯船に入ると笑ってちょいちょいと手招きした。
「あたし?」
少女が自分の顔を指して近づくと、
「‥‥と、見せかけて水鉄砲攻撃ーッ! ですの」
ぶしゃっと青い水鉄砲でお湯を噴出させてころころと笑った。
「やったわね!」
仕掛けられたら倍返しが基本のコルデリアである。両手で水鉄砲を作ってロジー目がけてお湯を鉄砲の如くに飛ばした。わいわいと騒ぎ始める。
「ぁぁ〜‥‥やっぱり、温泉はいいなぁ〜」
タオルを頭に乗っけてぐでーっと溶けつつ獅堂。
(でも、二人で来たかったかな)
ちょっとここにはいない人を思う獅堂である。女一人旅状態、寂しいとか言わないでっとの事、愛しの君は何処の天地か。寂しいので湯に浸かりながら一杯――は未成年なので止めとくらしい、ミカンジュースを飲んでおく。
「中々、楽しそうにやってる、ね」
柳凪は騒ぐ皆を眺めてくすりと笑いつつ、湯船に盆を浮かべて梅酒でのんびり一杯やっている。大人の特権という奴である。
「背中、流して、あげるー‥‥」
ルノアはというとサヴィーネの背中を流したり、ここぞとばかりにベタベタしようとしていた。
「あ、あの、や、やめようノア、人が見てるよ‥‥」
サヴィーネは顔を真っ赤にして逃げ腰である。
そんなこんなをやりつつ、
「‥‥皆で楽しくいきましょう‥‥ビーチボールなら、此処に」
ずずいっとボールを取り出してセシリアが言った。その場に居たメンバーが巻き込まれてボールの投げ合いが開始される。
やがてボール遊びも一段落すると、ロジーは用意しておいた日本酒、純米大吟醸「月見兎」でセシリアとさしつさされつのんびりと花見酒を楽しんだのだった。
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「ちと、これで遊んでみないか?」
鹿島、ロビーで購入して来たすごろくを手に言った。
「UPC監修のすごろく、ですか‥‥面白そう、ですね」
アルフェルは頷き、かくて食事が出来あがるのを待つ間、鹿島と共にボードゲームを行う事となったのだった。
「じゃぁ、アルフェルが先手な」
「はい、それじゃ、えっと、サイコロ‥‥振ります‥‥ね?」
とそんな調子ですごろくを進めてゆく。
「1、2、さ‥‥」
とコマを進めたところでアルフェルが赤面して固まった。鹿島がマスを覗きこむと『最も近い距離にいるコマの相手とキスをする』と書かれていた。誰が作ったこんなマス。
沈黙。
アルフェルは顔を赤くしたまま視線をやると鹿島と目が合った。そのまま顔を近づけるとたどたどしく唇を合わせる。
少ししてから口を離すと鹿島の顔が真っ赤になっていた。アルフェルもまた赤面したまま俯く。
その時、不意に襖の向こうから声が響いた。先に頼んだ夕食が運ばれて来たらしい。
「‥‥め、飯でも食おうかっ」
鹿島が誤魔化すように言ってアルフェルはそれに頷き、かくて食事をする事となったのだった。
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「温泉といえば‥‥コレだよねぇ〜♪」
風呂上がり。浴衣に着替えた獅堂は珈琲牛乳を呑みつつ売店で土産物を物色する。
他方、
「ん、珈琲牛乳? いいよ、買ったげよう」
浴衣に着替えたサヴィーネは、ルノアが飲みたいという事で一緒に売店に赴き銀貨と引き換えに風呂上がりの定番品を購入して共に飲む事とした。ちなみにルノアは腰に手をあててこくこくと作法通りの良い飲みっぷりを見せていた。
「――解りました。セシリア、真剣勝負ですわっ。あのボールを狙えば良いのですわねッ?!」
同様に浴衣姿のロジーとセシリアは卓球を行うらしく卓を挟んでそんな事を言っている。ぴんぽんとセシリアがサーブするとロジーは覚醒して豪力発現、精神を集中させて鋭くラケットを振り抜いた。
カコーンと良い音が鳴り響いてピンポン球が彼方へとすっ飛んでゆく。
「見まして、セシリア! ホームラーーン! ですのッ☆」
「‥‥ナイスホームランですロジーさん」
他方、珈琲牛乳を飲み終えたサヴィーネ&ルノアもまた卓を挟んでラケットを構えていた。
(手を抜こうかとも考えたけど、そこはそれ、やはり相手も一人前の存在である以上は本気で)
(勝負、するから、には、本気で‥‥)
ごごごごと竜虎のオーラが見えるくらいには本気である。ガチだ。
「温泉饅頭は定番だけど‥‥どうしようかなぁ」
その間に獅堂は売店で悩んでいた。
「ぁ、ネコだ♪ ん〜‥‥彼にコレをあげても喜ばないだろうし‥‥むしろ【ネコ耳を梓がつけろ!】とか言い出しそうだし?」
誰に言うでもなくそんな事を呟き、熊の彫り物を手に取って見る。
「伝統工芸になると、同じものが無いっていうよね〜。どれどれ?」
獅堂が木彫りの熊を見ていると、同様にじーっと木彫り熊を見ている女が居た。卓球を終えたセシリアだ。
「‥‥どうか、した?」
「‥‥何だかとても気になります」
木彫りを超凝視しつつ獅堂の問いに応えてセシリア。
しかし、購入したのは温泉まんじゅう二個とこねこのぬいぐるみ四個であった――が、また戻って来て木彫りの熊を凝視しはじめた。何か魂でもひかれているのだろうか。
しばし後、
「‥‥すみません、これも一つ下さい」
レジで結局木彫り熊を購入しているセシリアの姿があったという。
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温泉組が部屋に戻って来ると入れ替わりに鹿島とアルフェルは温泉に入る事にした。
「んー、ちょっと熱めだな‥‥」
「温泉、に‥‥入るのって、初めて‥‥で‥‥きゃっ!?」
「って!」
湯船の段差にアルフェルが足を滑らせ、慌てて鹿島が腕を伸ばしてそれを抱きとめた。が、その衝撃でタオルが肌蹴け白い素肌が露わになる。
「だ、大丈夫か‥‥?」
「ご、ごめん‥‥なさい‥‥!」
女は慌ててタオルを巻き直し赤面した。
「気、気にするな、大丈夫ならいい‥‥っ」
二人は湯船に浸かって手を握り合いながら顔を真っ赤にして黙りこくるのであった。
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鹿島はこねこのぬいぐるみを購入してアルフェルへとプレゼントした。
「有難う、御座います‥‥大事にします‥‥ね」
アルフェルは満面の笑顔を浮かべて御礼を言った。
他の一同はそれぞれ夕食を取って就寝前。
「‥‥ロジーさん、私聞いた事があります‥‥こういうお布団が並べられている所にある枕を投げ合う『枕投げ』と言う儀式の事を‥‥」
セシリアが言って、
「私達もやりましょう。その、儀式を」
「興味深いですわね、やってみましょう!」
ロジーは説明を受け頷いた。そんな訳で女二人、枕をキャッチ&リリースする。
「これで合ってまして? 何やらイメージと違うような‥‥」
枕を抱きつつロジーが小首を傾げる。
「摩訶不思議な儀式ですわね‥‥枕投げとは‥‥」
「‥‥何だか違う気もしますが‥‥不思議な儀式です」
セシリアが無表情でもっともらしく頷いた。
「サムライの国は良く解りません‥‥」
消灯されて夜遅く。
皆布団に入り眠りについたが、ルノアは落ちつかなく、もぞもぞと這い出してサヴィーネの布団へと向かった。
「ん‥‥ルノ?」
「あ、あのねサヴィ‥‥入って、良い?」
サヴィーネは思う。
(‥‥あぁ、可愛いなぁもう!!)
ぎゅっと抱きしめると布団の中に引き込んで口付けした。
一日中可愛がりたくて抱きしめたくてしょうがなかったらしい。
「わぅ‥‥サヴィ、だいすきー‥‥♪」
笑ってルノアはそんな事を囁いたのだった。
他方、夜中に手洗いに出たアルフェルもまた寝ぼけて鹿島の布団の中に潜り込んでいた。
「‥‥ん‥‥ぅ‥‥暖、かい‥‥」
概ね皆、幸せそうに眠っている夜であった。
●
月下の浜辺。
「いい風、だね‥‥ごめんね、実は、これと言った用事が有る訳じゃないんだ。しいて言うならば‥‥今、こうして一緒にノンビリして居る事が目的、かな?」
柳凪、特に、何を話すと云う訳でもない。が、何となく、そういう時間を一緒に過ごして見るのも、いい気がした。
「そう」
コルデリアは男へと瞳を向け、そう呟いた。
「ま、色々あったわよね」
夜空に浮かぶ月を見上げ、それから無言で少女は立っていた。
風が緩やかに吹いて、波の音が響いてゆく。
「ま、ちょっとした感傷と我儘、ってやつ、さ。付き合ってくれて、ありがと、ね」
やがて宿に帰る時、柳凪は苦笑してそう述べ、
「別に、礼を言われる程の事じゃないわよ、これくらい」
少女はそんな事を言ったのだった。
翌朝、皆、それぞれ売店で土産物を購入し、サヴィーネはこねこのぬいぐるみを買ってルノアへと渡した。
一行は温泉宿を後にし、またそれぞれの日常の中へと帰っていったのだった。
了