タイトル:【共鳴】十字架の月2マスター:望月誠司

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 30 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/20 20:49

●オープニング本文


 極北における大きな戦いが春に終わった。
 ハーモニウム、それの処遇を巡って戦いがあり、多くの人々が何かを思い、あるいは思わず、関心を寄せ、関心を寄せず、風と風が逆巻いて激突し、凍てついた要塞はソラに消えた。
「言ってしまえば」
 カンパネラの講師エドウィンは言った。
「いつもの事だ」
 薄暗い地下の独房に何処か飄々とした声が響いてゆく。
「多くの者達が戦い、生き、そして死んだ。大昔から繰り返されて来た事だ」
「そう」
 氷海色の瞳をした少女が言った。コルデリア。
「だから、特別な事ではないと?」
「自分達の想いと生死だけが理由もなく特別だと思えるのなら、過去に生きて死んでいった者達に聞けば良い」
 壮年の講師は肩を竦めてみせた。
「例え、君が死んでも、俺が死んでも、この世界から消え去っても、地球は相変わらず回るだろうさ。『そうでなければ困る』。しかし――同時に我々はここに生き、掛け替えのない今にこそ生きている」
「ふぅん、エドって、昔からそういう事を言ってるわよね。それはそんなに大事なことなの」
「君は僕の生徒だからね、というのは教師の我儘かね。しかし、忘れないで欲しいのさ。皆が皆、それぞれを生きてるって事をね。ありふれているとされている歴史でも、多くの人々が懸命に生きて、そして、死んで来たって事をね。何かだけを、それに値するのでもないのに、特別に扱うという事は、他の何かを軽んじる事に等しい。特別でないものを特別に扱えという要求に対して、それを受け容れた場合、特別でないままに頑張って来た者達への裏切りに他ならない。俺達の秤に狂いがあってはならない」
 講師は苦笑してそう言った。
「それを踏まえて。砂時計の砂が尽きようとしている」
「長く保ったわ」
 コルデリアが淡々と言った。
「あいつは今も闘っている」
「知っている。けりをつけよう」
「話はまとまったの」
「最後の希望達の票決に拠って断ずると」
「何故?」
「彼等が世界と鬩ぎ合い、導き出した結末だからだろうね」
「そう。彼等が決めるのね」
「ああ。それが、決定だ」


 グリーンランドのUPC基地の軍事法廷所でそれは開かれた。
 裁判官の座る席には基地の司令官が座っている。法廷内には多くの軍人や傭兵の姿もあった。
 法廷で行われているが、裁判、という訳ではないらしい。どちらかというと会議に近い。
「まず、判明している事実を述べます」
 制服を着た男が言った。条文でも読み上げるかのように列挙してゆく。

1.強化人間は時と共に衰弱しバグアによる調整以外ではそれを食い止める手段が無い。
2.異変を起こした組織の切除や薬物治療など、壊れていく体に対する対症療法を行う事は出来ても、その原因を取り除く事はできず、人類に保護された強化人間はせいぜい一年、あるいは二年といった時間で死ぬ。
3.チューレの施設調査で判明したのは、強化人間の再調整とはむしろ再強化と言うのが近いものである。
4.治療を行う、あるいは体を調整するのではなく、原理的にはもう一度変質させなおす、というような形となる。
5.それは強化人間を新たに作る事と同様に、人類側の技術や手段では手の届かないものである。
6.『治癒』にはエミタ金属が必要である。
7.『治癒』というのは改変の巻き戻しであり、巻き戻された強化人間はただの人間に戻ると推測されている。
8.バグアの力を振るいすぎた強化人間を元に戻す事は出来ないと言われている。
9.その度合いがどれくらいで限界か、というのは判別していない。
10.元に戻っても短期間で死ぬ可能性が高いと推測されている。
11.エミタ鉱石は貴重である。

「今回、治療を是とするか否とするかの判断の決定が任されている強化人間は元ハーモニウム教師アンサズの手から確保された少年少女、及び、朱色のディアナと呼ばれた少女の三名です。前者の二名は自らの意志の有無に限らず一切の交戦記録がない為、戦災者として扱います。故にこちらへ治療を試みる事は我々としても賛成です」
 しかし、と男は言葉を繋げ、
「朱色のディアナ、彼女に対してエミタを消費して治療を行う事は我々は反対いたします」
 軍部でも治療に賛成派と反対派があるらしい。
「理由、一つにディアナは強化人間としてUPCと交戦しています。バグアの力を振るいすぎた強化人間は元に戻す事は出来ないと言われています。成功する可能性は低い。エミタは貴重です。失敗の確率が高い物に対して無駄に使うべきではない」
 それに講師エドウィンが挙手して言った。
「彼女はUPC、ULT、カンパネラの作戦行動に協力し、うち一つは確かエミタの獲得が条件だった記憶があるけどね、これについてはどうお考えだい?」
 先の極北の大戦中、バグア基地を陥落させた作戦の際に、隠遁されていた基地の位置情報を提供したのはディアナだった。
「あの時の条件は『考える』であり『考慮の一材とする』という事だった。つまり確約してはいない。考慮の一材とした上で反対と判断した。故に契約の違反にはあたらないと考える」
 士官はそう説明した。
「なるほど、ごもっとも」
 了解した、と着席してエドウィン。筋は通っていると判断したようだ。
「貴方はどうお考えか?」
 士官がエドウィンに問う。
「ただ働きさせるのは美しくないかな。努力は報われるべきじゃないか、と僕個人としては思うんだけどね」
「どうにもならぬ事もある。どうにも出来ない事を、どうにかしようとしても、どうにもならない。奇跡でも起こらない限り。奇跡という言葉の意味を御存知か」
「それがどれだけ困難である事なのかは示されて来た筈だ。だが、これまでに彼女達の為に戦って来た者達は、それでも奇跡を願って戦って来た。なら、最後まで闘わせてやりたい所かね」
「それがどんな結末であっても?」
「奇跡の意味を知ってるか、と聞いたのは、貴方だろう。奇跡を目指しての闘いというのは、そういうものじゃないかな」
 エドウィンは言った。
「闘う者達は、それでも最後まで信じていられるのか? それを信じて闘い抜けるのか。生き続けている限り、何度でも。奇跡なんてのはまず叶わないから奇跡だ。ここで今回の闘いに敗れた後でも別の似たような闘いを奇跡を信じ続けて闘い続けられるのか。報われなければ闘えないのか。無理難題でもごり押しすれば奪えると当然のように信じるか。障害は排除出来たのか。世界は甘くない。それでも死ぬまで闘い続ける事が出来るのか。それが出来ない者に奇跡を諦める者を軽々しく非難する資格はない。成功すれば、それは僕個人にとって喜ばしい事だ。だが、失敗してもそれはそれで一つ生きる上での経験になるだろう、と教師の立場としては思う。故に、エミタを費やして試みる価値はあるだろうと考えるよ。だから、治療を試みるのに賛成だね」
 教師はそう述べ、そして他にも複数の意見がかわされ、投票が行われる事となった。

●参加者一覧

/ 綿貫 衛司(ga0056) / ドクター・ウェスト(ga0241) / 須佐 武流(ga1461) / UNKNOWN(ga4276) / 鐘依 透(ga6282) / フォビア(ga6553) / 旭(ga6764) / M2(ga8024) / 錦織・長郎(ga8268) / 麻宮 光(ga9696) / ラウラ・ブレイク(gb1395) / シャーリィ・アッシュ(gb1884) / 赤崎羽矢子(gb2140) / シン・ブラウ・シュッツ(gb2155) / 八葉 白雪(gb2228) / アレックス(gb3735) / 夢姫(gb5094) / 天原大地(gb5927) / 館山 西土朗(gb8573) / 柳凪 蓮夢(gb8883) / ムーグ・リード(gc0402) / ソウマ(gc0505) / 獅月 きら(gc1055) / 過月 夕菜(gc1671) / レインウォーカー(gc2524) / ヨダカ(gc2990) / 春夏秋冬 立花(gc3009) / ヘイル(gc4085) / 音桐 奏(gc6293) / 玄埜(gc6715

●リプレイ本文

 会場が開く前。
(可能性は潰したくない)
 赤崎羽矢子(gb2140)はそう考え、エドから高官を通じてスッチーに治癒協力を申請しようと思った。
「それはスッチーの目的――スチムソン博士の復元にも重なる事だと思う。その事を伝えれば協力して貰えないかな?」
「伝えはするが、期待はしないでくれ」
「それでもお願い。あとエドウィン、ディアナの治癒後の待遇や延命措置の保証をお願いしたいんだけど、どう?」
「僕にかい? 不当な取引を強制されない程度の後ろ盾にならなるつもりだ。でもそれ以外はするつもりはない」
 との返答だった。
 赤崎は続いて面会を求める傭兵達と共にディアナに会いに行った。
(会えるならディアナに会いたい。そうは思いたくないけど、もしかしたら最後のチャンスになるかも‥‥だし)
 M2(ga8024)は呟いた。
 十二名の傭兵達は案内の元、基地地下にある独房へと向かう。
 道すがら、館山 西土朗(gb8573)は案内のコルデリアにグリーズガンドで兵を巻き込んだ事について深く謝罪した。
「あたしに謝るより亡くなった人達に祈ってあげて、あたしはどうこう言える立場ではないわ」
 少女はそう言った。館山が既にそれを行ってきた旨を告げると、
「そう‥‥なら、それが真実の祈りであるのなら、きっと神様は全てを許してくれるでしょう」
 少女はそんな事を言った。胸元のネックレスが目についた。十字架。以前はなかった。
 自分では許しえぬものを、それでも許そうとする時、神が顔を覗かせる。神は全てを許すからだ。歪みを神は呑み込んで、運び去ってゆく。
 重い音と共に独房の扉が開かれた。牢内に入ると寝台上に銀髪の少女が横たわっていた。
 シャーリィ・アッシュ(gb1884)が見やると視線が合った。赤い瞳。
「よォ、久しぶり。ちょっと話をしようぜ」
 アレックス(gb3735)が声をかけた。
「いつぞやの‥‥久しぶりだな」
 ディアナが言って、続いてレインウォーカー(gc2524)、柳凪 蓮夢(gb8883)、ヘイル(gc4085)が自己紹介をした。
「俺達が何故ここに来ているかは理解しているか?」
 ヘイルが問いかけた。
「理解している。投票が始まるんだな」
 少女は憔悴して起き上がれない様子だったが言葉に澱みはなかった。
「投票についてだけど‥‥もちろん俺は治療に賛成するけど、ダメだったらごめんね」
 M2は治療についての諸々を説明をした。全てを隠さずに話した。
「記憶‥‥記憶が、無くなる可能性があるのか?」
「そういう可能性も‥‥あるらしい。でも――きっとサルヴァドルは、自分の事忘れられても、ディアナに生きて欲しいと思うんじゃないかな、って‥‥推測だけどさ」
 M2の言葉にディアナは眼を閉じて黙った。
「それで、たいそう勝手なこととは思うが‥‥なぜか俺達にお前らの治療の是非を決めさせるそうだ」
 しばし後、須佐 武流(ga1461)が口を開いた。
「こんな決め方なら‥‥俺は投票はしない。だから‥‥治療を受けるお前達の意思を聞きたい。治療の是非を決めるのは俺達だが、受けるか受けないかを決めるのはお前達だ。
 ‥‥お前達はバグアだ。治療をして普通の人間になったとしても過去そうであったことは変わらない。そしてそれは‥‥これから生きることが過酷ということを意味している。LHの傭兵はともかく、事情を知らない一般人にしちゃお前らなんてバグアでひとくくりだ。周りからはバグアと白い目で見られ、石を投げつけられるだろう。謂れのない迫害をそこら中で受ける。生きていても‥‥死ぬよりつらい目に遭うだろう。それでも‥‥それでも生きたいと願うなら‥‥俺はお前達を助ける側につく」
 男はそう言った。
「ディアナ、君はまだ‥‥生きたいか?」
 シャーリィは問いかけた。
「生きたい」
 ディアナは頷いた。
 それから、須佐に答えるように言った。
「私はそれでも生きたい」
「その『覚悟』に、揺るぎは無い、ね?」
 柳凪が尋ね、
「‥‥寿命は短いままでも、可能性が低くても。それでも人として生きたいか?」
 さらにアレックスが問いかけた。
「色んな困難については、投降するかしないかを選ぶ時に考えた。それでも生きると決めた。一度、諦めかけた時もあったけど、ある人に諭された。その通りだと思った。覚悟に揺るぎは無い。私は忘れない。忘れたとしても、それでも生きる。寿命の長短は関係ない、元より生きるか死ぬかだ。生きる為に人になりたい。だから、どうか賛成に入れて欲しい。一票が生死を分けるから」
 その言葉に幾人が了解の意を返し、
「そうか‥‥ならば私は君の望みを叶える為、動いてみるとしよう」
 柳凪もまたそう答えた。
 やや経ってレインが口を開いた。
「‥‥お前、アンジーという名のハーモニウムを知っているかぁ?」
 レインはアンジーの容姿や特徴などを教え、覚えがあるかを確かめた。
「‥‥すまない。私はアンジーという生徒について知らない」
「そうか‥‥まあ、いい。お前たちの仲間にそういう奴がいたってこと、覚えておいてやってくれないかぁ。ボクも覚えておく、お前の事もねぇ」
 ディアナは男の顔をじっと見上げると、
「――解った。覚えておく」
 小さくこく、と頷いた。
 館山が問いかけた。
「一つだけ聞かせてくれ‥‥生き延びたことを後悔しているか?」
「まったくした事が無いというと嘘になる。でも、生きると決めた。迷う時があるかもしれない。でも生きる。これは、多分、絶対だ」
「そうか‥‥」
 少し想定とは違った答えだった。1か0かではないようだ。
「ねぇ、治癒が成功したら何がしたい?」
 赤崎が問いかけた。
「あ、それ、私も興味あるな。今後やりたい事とかある?」
 過月 夕菜(gc1671)もまた言った。
「私の為に骨を折ってくれた人達に礼を言って回りたい。あと私の治療費をUPCに返したい。独立不羈の人として二本の足で立ちたい。ある程度軌道に乗ったら後は気侭に陽のあたる所でのんびり暮らしたい」
 ディアナはあれこれ言った。
「――我ながら、虫の良過ぎる夢だな。最近、未来に夢見るだけは得意になった」
「ディアナ、私は二つの奇跡が起きることを信じてる」
 シャーリィが言った。
「治療がなされる決定と‥‥治療が成功することだ」
「‥‥有難う」
 少女は言う。
「‥‥もう一つ‥‥治療が成功して面会できたら、『君』という呼び方はやめてくれ。お互い名乗り合ってるんだから」
 ディアナは少し不思議そうな顔をした。
「君、という呼び方は駄目か‥‥すまない、ではその時は名前で呼ぶ」
「まぁ、それだけ色々あるならさ」
 赤崎が言った。
「その為にも生きようとする意志は強く持ちなよ」
「解った」
 赤崎は思う。
 目的のため生きようとする意志があれば僅かでも確率は上がる。
 たとえ0.5%が1%になるほど僅かな上昇だとしても。
 それをやる者にこそ奇跡は訪れると思うから。


 ヘイル、須佐、ソウマ(gc0505)、過月の四人はディアナに面会した後にラウラ・ブレイク(gb1395)と合流し、少年少女が滞在している部屋へ向かった。
「――貴女達に関する技術の為の戦いがあったのは確かだ。名も知らない誰かの命を懸けた、な。それを無にすることだけはしないで欲しい」
 ヘイルが言うと幼い少女は「皆さん達ありがとー」とにこにこと笑って言った。
「生きたいと願ってくれるなら、私達は味方だから」
 ラウラは言った。大人の事情でまで振り回して申し訳ない気持ちだった。
「他の子の為にも生きて、幸せになりなさい。それがあなた達にできる戦いよ」
 そっと少女と少年を抱きしめてそう言った。
 少女ははにかんだように笑っていたが、幼い少年は無表情のまま見つめていた。
 微妙な気配がしたので過月は明るい声をだして言った。
「うにゃん〜♪ 折角だし趣味とか好きな物とか教えてよ〜♪」
「サリア」
 少年はぽつりと言った。
「さりあ?」
「ルイスっ」
 少女が慌てたように叫び腕を引いたが、少年は過月を見上げながら言った。
「ぼくはサリアが好きだった」
 ラウラはハッとした。
 サリアというのは、グリーズガンドの戦いで傭兵達に内応した為にバグア軍に爆死させられた強化人間、ベルサリア・バルカの愛称だろう。
(この少年‥‥)
 ソウマは少年の瞳の光を知っていた。
 思う。
 憎悪というのだ、これは。


 投票の会場。
 須佐は傭兵達の意見のぶつかり合いをしっかり見せたく思い、しかし強化人間達を直接連れて来るのは無理との事だったので交渉してカメラを設置した。
「そもそも前の時から思ってたのですけど、なんで敵を助けようとするです?」
 一人の童女の声が響き渡っていた。ヨダカ(gc2990)である。
「降伏してるから殺せとは言わないですけど、希少価値のある物を使用してまで助ける義務は無いのですよ。『協力したから』というのなら少年少女の治療を行うのが協力への報酬でいいじゃないですか。その一人分を消費した事で、後々誰かを助けられなくなる可能性もあるのですよ?」
「ハーモニウムとは幾度か戦い、彼らの仲間の命を奪ってきた」
 夢姫(gb5094)が言った。
「お互いが、自分の大切な同胞を守るために、命を懸けて戦った。ディアナが投降した時、罠じゃないかと疑った。自爆して皆を巻き込んで死ぬんじゃないかって。だけど違った。彼女は本当に生を望んでいた」
 少女は言う。
「虫がいい話だと思う。彼女が手にかけてきた人たちも、みんな、生きたいと思っていたはずだから。たくさんの命を奪っておいて、それでも自分は生きたいというのは‥‥でも彼女は味方を裏切り、有力な情報を提供した。取引材料に、エミタをチラつかせたのなら、それは守らなければ‥‥信義に悖ると思う。
 確約してはいない、とするのは‥‥詭弁に過ぎる。捕虜相手とはいえ、命に関わる取引で詐欺まがいのことをするのは道徳的に‥‥確かに‥‥失われた命を思えば、敵の命を救うために、貴重なエミタを使うことは躊躇われる‥‥けれど、生を望み、総てを捨てて、此方の言うことを信じて情報提供した相手に対して‥‥どうせエミタを使っても無駄になるから‥‥という理由で裏切ることは‥‥私はできない」
「でも他に助けないといけない人は沢山いるのです!」
 ヨダカが叫んだ。
「嫌々戦わされてた? 可哀そう? じゃあ、『奴らに殺された人間』は可哀そうじゃないとでも言うのですか!!
 奴らを助けようなんていうのは傭兵だけなのです!
 持てる者の傲慢なのですよ!
 影で一体どれほど殺され、侵され、奪われてると思っているのですかッ!!
 お前達は大切な人を自分の腕の中で亡くしても同じ事が言えるですかッ!!
 お父様もお母様もお婆様もバグアに殺されたッ! 必死で逃げた先で出会ったストリートの皆もキメラの材料にされたッ! 皆、皆だッ!!」
 憎悪の火を瞳に宿して少女は叫んだ。
「私は絶対にバグアを許さないッ! バグアに味方する奴らも皆同じだ‥‥ッ!! 皆、皆々死んでしまえばいいんだッ!!」
 少女は声をあげて泣き崩れた。兵の何人かが寄って慰めるように肩を叩く。
「‥‥私の理由は理屈じゃない」
 シャーリィが言った。
(ディアナが私をどう思っているかはわからない。でも、私はきっと、初めて名乗り合ったあの時から‥‥彼女を友だと思っていたと、今なら胸を張って言える)
 友を救うことに理由はいらない。それがどんな形で、どんな結末だったとしても。
「『ディアナは私の友人だから』‥‥それが理由だ」
 そこへ声が響いた。
「友人ねぇ? 同じことを繰り返すが、我輩も家族をバグアに殺されたのでね、バグアとそれに類するものが憎くてたまらないのだ」
 ドクター・ウェスト(ga0241)だった。
「もし記憶が強化人間施術前に戻る『時間の巻き戻し』で元に戻ったとしても、普通の暮らしは出来ない。様々なしがらみもあるが、特に科学者はコノ『時間の巻き戻し』現象を究明しようとするだろう。また、記憶が残る『細胞の変質』で人間に戻れたところで、強化人間施術の痕跡が残っているのだ、充分な研究対象となるだろう。そうゆう知識欲があるから彼らは科学者になったのだろうし、今の我輩ならバグアの弱点を探れるかもしれないと悪魔にもなれる」
 白衣の男は言った。
「倒すことなら確かに簡単だ、だが救うというなら『地球生命』全てを敵に回してでも救ってみたまえ。ドレほど本末転倒な覚悟か、身をもって証明したまえ。我輩は『バグアを倒す力を得る』ために『能力者』になった。君はドンナ理由で『能力者』になったのかね?」
「――どんな理由、か」
 男が一人、声をあげた。柳凪だった。
「私の戦う理由は、自らの大切なモノ、守りたいモノに‥‥手を差し伸べ、護る為。ただ、それだけ。私は、相手がバグアだから戦っているんじゃない。大切なモノ、守りたいモノに危害を加えようとするモノが居るから、そのモノと戦っているんだ」
 男は言う。
「だから‥‥危害を加えないのであれば、私にとって『それ』は、少なくとも敵ではない。敵ではないのであれば‥‥そして、その手が、救いを求めているのであれば‥‥私は私の出来る範囲で、その手を取りたいと思う。それは、『最終的な』味方の被害を抑える事にも、繋がっていると思うから‥‥」
 続いて天原大地(gb5927)が言った。
「ディアナにはUPCとの交戦記録がある、という意見があるが、過去に凶悪犯罪者であった者が、傭兵の能力者となることを交換条件に罪状を帳消しにされているという案件もある」
 実際にULTの傭兵の中にはそういう者がいるという。
「我々に敵意を持っているのならともかく、協力的であった彼女が強化人間であるからという理由でこういった交換条件が適用されないというのは甚だ疑問だ。それに彼女自身も元は人間であり、強化以前の記憶と人格を奪われている事を忘れてはならない。以上の理由から、戦災者としての情状酌量の余地は充分にあるものと判断する。また、現在この治療は前例が少なく今回の治療試行は成否に関らず貴重なサンプルデータとなる。エミタ鉱石は貴重というが、実際の所言う程までに貴重なのか」
「質問を、良いかね? エミタだが数に限りがあると言うが残りどれぐらいの量、なのかね? 百万人分量なのか百人分量なのかそれによっても判断が変わるだろう」
 UNKNOWN(ga4276)が挙手して問いかけた。
「正確な数は現場には知らされていない」
「なるほど、ね」
 男は着席した。続いてアレックスが言った。
「貴重なエミタ、と言うが。現在傭兵登録数約二万八千。その内、大規模作戦も含めて実際に活動しているのは三千程度だ」
 青年は言った。
「その二万五千が全て無駄、とは言わないが。一つくらいなら、彼女の為に使う事は許されて良いはずだ」
 ラウラが頷き言った。
「エミタ鉱石がいくら貴重でも命に比べるべくもないわ。治療に必要なその僅かな量を温存することで戦況が好転する見込みはある? 傭兵達の士気を上げる為にも治療した方がいいと私は思う。実利を言えばここで傭兵の一派に恩を売っておけば。何かあった時に無茶を言い易くなるんじゃないかってことね」
 女は言う。
「いずれにせよ。治療を拒否してまた軋轢を生むのはお互いに損なのは間違いないわ。何よりゼロでない可能性に挑もうとするから。微かな希望を掴もうと足掻いたからこそ。今の私達があることを忘れてはならないと思うの」
 続いて春夏秋冬 立花(gc3009)が言った。
「私は三人全員に治療をおこなって欲しいです。確かに、自分の仲間や家族を殺したのかもしれません。憎い気持ちもわかります。私も、この間の大規模で友人が死にました。
 ですが、私たちだって相手を殺しているんです。やられたからやり返していても仕方ないじゃないですか! やったことを許せと言っているわけではありません! でも、憎まないでください!
 それに、彼女はここにいます。生き延びるためかもしれませんが、それでも彼女は私たちを受け入れたんです。
 手を取り合えるのに、それができないのは凄く寂しいです。それが私の心情です」
 春夏秋冬は言った。
「エミタ鉱石が貴重なのは知っています。成功率が低い賭けに出たくなのも。
 しかし、ここが正念場なんです。
 ここで切ったら傭兵のモチベーションが下がります。結局助けようとしても助からないのか‥‥と。勿論、治療を行なっても助からないかもしれません。それ以前に捕縛できず死んでしまう場合だってあるかもしれません。
 全力を尽くした場合や、自分の力が影響する場合はいいでしょう。もっと努力すればと思うはずです。ですが、それができない場合は違います。
 それに、相手の強化人間も人間側にくれば助かると思わせていたほうが後々優位だとも思います」
 少女はそう言った。
「これまでに彼女達の情報提供により技術・設備の存在が判明しその取得にいたる事ができた。戦闘する事はあったが、現状人類側が手に入れたこの技術はかなり大きなプラスになっている事は紛れも無い事実だろう」
 麻宮 光(ga9696)はだから本末転倒ではない、と言った。
「あくまで、強化人間を生き永らえさせる為のプラスじゃないのか? 強化人間を助ける為に俺の仲間が大量に死んだ事はあっても死人が減った事は無い」
 兵が言った。それにシン・ブラウ・シュッツ(gb2155)が言った。
「現時点では、です。少ないリソースを切り崩して基礎研究をすることなら今までだってやってきました。慣性制御装置はまさにそれです」
 技術というのは転用出来ると男は言う。続けて麻宮が言った。
「ディアナを実験体の様に見ている様に聞こえるかもしれないが、彼女達が生きて善意の基に協力してくれれば、今後も技術的にプラスになるものを得られる可能性は大いにあるはずだ」
「無理やり実験体にするのは外聞が悪い。しかし、ディアナは協力的だからそこの所はどういう事にでも出来る。確かな利点だと僕も思うね」
 エドが言った。
「それは、仮に生き延びたら、本当に研究対象にするという事かね?」
 ウェストが問いかけた。
「ドクター、貴方は、人道的な是非に拘るかい?」
 エドウィンが問い返した。ウェストは沈黙した。彼の十字架は既に失われている。
「僕達や軍も一応は拘るが、相手が良いと言うなら遠慮はしない。実際これまでも使って来た。だからこれからもバグアを倒す為に利用すれば良い」
 ウェストは無表情でエドウィンを見据え、軍人が吐き捨てるように言った。
「ずっとあんな生かされ方か。人間は物では無い。死んだ方がマシだ。万一奇跡が起こってもそれなんだぞ。そんな事に挑戦する為にエミタを費やすのか」
 教師は言った。
「それらを決めるのは我々じゃあない。彼女はそれでも生きると言っている。だから、僕はその邪魔はしない。死の苦痛は一瞬だが生き地獄は死ぬまで続く。彼女を苦しめたいと思っている者達の溜飲も少しは下がる。俺は双方の取引に不正が入らないよう睨むだけだ」


 投票の少し前。
「まるで見世物よな」
 多くの者達が牢の前から去った時、玄埜(gc6715)が言っていた。
「監禁監視され、研究者共に嬲りものにされてきたのだろぅ? 抵抗らしい抵抗も出来ないのだから、特にバグアに恨みを持つ奴等の八つ当たりには格好の的よな」
 その言葉にディアナは言った。
「‥‥八つ当たりではなかったと、信じる。必要な事だったのだと」
「何故だ」
「恨みたくない」
 少女はそう答えた。
「それに、研究者達にだって誇りがある筈だ」
「誇り?」
「誇りがあるなら捕虜に八つ当たりなんてしない。彼等だってやらない筈だ」
「都合の良い論理よな」
 玄埜は鼻を鳴らし、背を向けた。
「‥‥そんなの、解ってる」
 歩き去る玄埜の背より、鋼鉄の扉の向こうから声が響くのが聞こえた。


「元気、デス、カ‥‥?」
 一人、ムーグ・リード(gc0402)は牢の前へやってきた。大勢の前で聞くには支障のある事だったからだ。
――今も、貴方の瞳には憎しみが燻っているだろうか。
 憎しみが燃えていても、仕方がない事だと、ムーグは思っていた。何かに齧りついて生きるとは、そういう事だ、と。だから。
「君か‥‥うん、今日は調子が良い」
 牢の中から、少女の赤い瞳が見上げてきた。瞳の中に、あの日に見た焔は――その残滓も――見えなかった。
 男は少しの驚きを覚えつつ問いかけた。
「‥‥復讐、以外ノ、もの、ガ‥‥見ツ、かッタ、のデス、カ?」
 少女は眼を細め、答えた。
「うん、見つかったぞ。復讐は、止めた」
「‥‥ナゼ、と、お聞キシテ、モ、イイ、デス、カ?」
「きっと‥‥皆が、悲しむから」
 ムーグは考える。
 それは――何時の段階の話だ?
「‥‥この牢屋の前の地下通路な、音が良く響くんだ。憶えてる、サリアは強かったしルミスは恐ろしいまでに強かった。でも皆、あのルミス達を相手に命を張って戦ってた。私の為に戦うと言う人が居た。他に目的があるなら解るけど、なんで私の為にそこまで戦えるんだ? と思った」
 ディアナは言った。
「本当に私の為なのか、とか色々考えた。でも、そう言ってくれるなら、その言葉を信じようと思った。真に私の為でなくても、それはそれで良い気がした。私の為に戦ってくれたのは確かだ。嬉しかったんだ。だから、止めようと思った。きっと私が刃を向けたら悲しむ。それがとても嫌だと思った。悩んだけど、止めようと思った。だから、あの時、ただ生きようと決めた」
 女は言った。
「サルヴァドルは戦で殺されても恨みはしないと言っていた。恨むなと彼は言うんだ。私達は侵略者だからと。今なら、少し、解る気がする‥‥世界は、悲しいな、ムーグ。私はシャーリィ達が好きなんだ」
 サルヴァドル・バルカ、ディアナを逃がして死んだ男。傭兵達に討たれた。
「でも彼女達が仇だ」
 少女は声を震わせて言った。
「とても、悲しいんだ。サリアもルミスもきっと私の為にも戦ってた。ハーモニウム皆の為に戦っていたハーモニウムも居た。バグアも地球もどっちを取っても何かを裏切る。人の想いを裏切って生きるのが辛い。偶に何もかもが嫌になる時がある。サルヴァドルの奴、なんで肩を並べて斬り死にさせてくれなかったんだって。恨むなとあいつは言った。だから恨まない。でも、私が殺した誰かの誰かが私を恨むというなら、それは仕方ないと思う。それくらい、解る。解るくらいには復讐の念を知っている。でも私は彼女達が好きなんだ、だから、辛い」
 ディアナは涙を一筋流して言った。
「シャーリィは私を友だと言った。でも私の色んな事、何考えてたとか知ってるんだろうか。そういう事を知っても友達だって言ってくれるんだろうか。私を知って、彼女は傷つかないか。それが、とても、怖い。悲しませたくない。そして、多分、彼女に目を逸らされたら私は。私は、自分が傷つきたくもないんだ、きっと」
 ムーグは問いかけた。
「‥‥ソレデモ、生キタイト、願イマスカ?」
「だから、生きる。きっと、皆だって、私が悩んだくらいには口には出さなくても色々悩んだのだと思う。それでも力を振り絞って、ここまで来たんだ。無駄に、したくない。笑って貰いたい。私は、生きたい」


 投票が始まった。
 ムーグは思う。
(私には‥‥誰かが彼女の死を渇望する事を留める事は出来ません。彼女が、生きたいと願っていないのであれば。
 彼女の声無き慟哭を、私は知っています。彼女が、何を想い、何を感じてあそこにいたか、私は知っています)
 だけど。
 だから。
(私には出来なかった選択。その恐さも、私は知っているから‥‥あの時の彼女が、とてもキレイに思えた)
 だから、ムーグはその願いを叶えたかった。
 誰かに助力を請うて、故郷の復興の為、自身の宿願を助けて貰っているムーグは、誰かに支えてもらう事で、どれだけ救われるかを、知っているから。
「‥‥理由ニハ、ソレデ、十分、デス」
 男は言った。
「引キ金ヲ、引クノハ、簡単。ソレヲ、為ス、理由ガ、アルノデ、アレバ、ナオ、ノ、コト。
 デモ。
 エミタ、ノ残量モ、エミタ、ノ供給量モ、私ハ、知りマセン、ガ。
 ‥‥戦争ハ、イツカ、終ワリマス。
 終ワラセル為ニ、戦っテいマス。
 ソレガ、いつカハ、ワカリマセン、ガ‥‥エミタノ、問題ハ、無クナリ、マス。
 ソノ希望ガ、在ル、限リ、助ケラレル、筈ノ、命――願イニ、目ヲ、背ケル、ノハ‥‥嫌デス。
 誰カヲ、殺シテ、イル、私達ガ、ソレヲ、理由ニ、人ヲ、許サナイ、ノハ――嫌、デス」
 男は賛成に票を投じた。
「賛成に一票を投じます」
 綿貫 衛司(ga0056)が言った。
 Agとノアの治験に対し肯定側であった為、そして『若年・年少者を無暗に戦闘に参加させるべきではない』という信条に基づいていた。
 多感な時期において戦争漬けの生活を過し、そのまま人生を終えるのが果たして正しいと言えるのか。
「これは若年者の戦闘参加に関する極めて個人的見解であります。しかし、子供は戦場に出すべきではない。彼ら彼女らには相応の青春を謳歌する権利が有り、『戦争である』と言うだけでその権利を奪う事が有ってはならない筈だ。本人の意思によるものだとしても使い捨ての様な用兵は厳に避けられるべきです」
 綿貫は賛成に票を投じた。
 ウェストは延命反対に投票した。
 須佐、M2、麻宮、ラウラ、シャーリィ、赤崎、シン、アレックス、天原、柳凪、春夏秋冬は賛成に票を投じた。
 UNKNOWNは言った。
「個人的に言えば、私も人だから救いたい、というのもあるが、バグアを恨む、というのも人だし。彼らを人だと思い助けたいというのも人だし。実験的目的もあるだろう。人に戻し人として裁くべきだろう、とも思う。どこにラインを引くかは人次第だ。私は『助けたい』というのに個人的思惑もあるのでそれを応援する、が助けるというのが助けになっているかは疑問視もしている。それが助けになるのかは、個人のエゴなのだとも思う。私はどれにも賛成ではある、が。一番近いのはやはり『人は人として裁かれるべきだ』だ、ね」
 男は白紙で投票した。
「事情は違えどバグアから『救われた』一人の人間として、僕は奴らの非道と戦いたい」
 鐘依 透(ga6282)は言った。彼もまた過去、バグアに滅茶苦茶にされていた。家族も友人も仲間も皆、運命を狂わされた。
 思う。
 運悪くバグアに捕まり、あるいはそこで生きるしか無くて。
 強化人間にされ、戦うことでしか生き残る術を選ばせてもらえなくて。
 死ぬまで人に恨まれ道具として使われ死んでいく。
 望むことは、罪なのか。
「未来を望む子がいるのなら。出来る限り手を伸ばしたい。僕だけじゃない‥‥誰かの願いと頑張りがあって、ここまで来たんです‥‥犠牲もあったかもしれない‥‥ならばこそ、ここで退くことなんて‥‥出来ない筈」
 鐘依は賛成に票を投じた。
「賛成です。ここが何よりも大きな一歩と僕は信じます」
 奇跡じゃない、皆の想いと頑張りが生み出した必然、それがこの先にあると、男はそう信じた。
「‥‥私には個人的な打算がある。でも、間違った選択をしたとは、思っていない‥‥これが、考え得る限りの全てを救える最善の道と信じてる」
 フォビア(ga6553)は言った。
「人は‥‥人であるように自由であれば良い。自分の意思も、生き方も、運命も掴み取れるように。それを阻害するものこそが、私の敵。すなわち、強化人間というシステム、そして、それを生み出すバグア‥‥」
 これも戦いだとフォビアは言った。
「人が強化人間というシステムの悪循環に屈するか否か、の戦い。なら、私は勝ちに行きたい」
 投じた票は、賛成。
「僕はね、ハッピーエンドが好きなのさ」
 旭(ga6764)が言った。
 渦巻く想いを笑顔の裏に沈めて、一票を投じる。
「現実でそれを目指して何が悪い。勝手に現実に限界線を決めて行動することを批難はしない。そういう考え方も大切だと思う。ただ、それだけだとつまらないよね」
 賛成だった。
「僕はここに来れなかった者の代理人として、並びに僕自身の意志表明としてこの表決の場に賛同した」
 錦織・長郎(ga8268)が言った。
「僕が是とする理由は、彼らは被害者であり救うべき対象に含まれるのは当たり前なのだね。その意識さえ操られてるのが明白なのであれば、呪縛を解き放つべきであろうし――そもそも、技術的劣勢な立場において、どのようにせよ優位が得られるのであれば、幾ら犠牲があろうと躊躇すべきでない。
 軍人の立場なら兵力損耗を考慮しなければならないけど、僕は諜報畑の人間でね、犠牲は少ないに越した事がないにせよ――必ず得るべき事柄にはどんな手段を用いようとも手にすべきだと考えるね」
 錦織は賛成に票を投じた。
「投票か‥‥そんなもので人の生死を決めるなんて酷い話だよね」
 八葉 白雪(gb2228)が呟いた。
 それに真白は思う。
――そう?
 と。
(古来から人は裁判でも戦争でも同じような事をやって来たじゃない。数と大義名分を振り翳して少数を踏み躙る。今更何も変わらない。これだけ時間をかけても人は変わらない)
 真白は呟き、物思いに耽った。
 社会の総意に反するものは排除されて然るべき。善悪の判断ではなく、ただ必然なのだろう、と。
 どんなに善人であったとしても社会が不要と言うのならば排除され、どんなに悪人であったとしても社会が必要と言うのならば存在を許される。
 必然。
 だから、それでディアナが命を落とすとしてもそれを不服は思う事はない。ルールだからだ。
 思う。今どれだけ人の為に、この世界の為に戦おうとも、ふとした時に社会に不要と見なされるのであれば、いつかは自分もディアナと同じ道を歩む可能性もあると。
 女は賛成に一票を投じた。
「私は生きていて欲しいと思う。ただ。それだけよ」
 真白はそう言った。
「私は憎しみや復讐のために戦うのではなく守るために戦いたい」
 夢姫は賛成に票を投じた。
 館山は思う。
(技術は手に入った、俺自身の目的は達成した。救いたいと誰かが言った、それを助けたいと思った。では今、俺が思うことは何だ? 子供が苦しむのを、殺されるのを。助ける手段があるならば、俺は諦めたくは無い)
 投票用紙に以下の文面を記入する。
「人間だ強化人間だということは関係なく少年少女達の末永き生と幸せを願い賛成票を投ずる」
 男は賛成に一票を投じた。
(以前は敵だったかもしれませんが、ディアナさんは、色々僕達に協力してくれたんですよね? そして、生きる事を望んでいる。だったら、助けたい)
 ソウマは本音の部分ではそう思っていた。過去の戦場が脳裏をよぎる。
 どれだけ確率が低いのかは知っている。それでも。
 少年は賛成に票を投じた。 
(誰を救うか? 都度裁定を下す事なんて出来っこない。そして資源には限りがある‥‥どこかで『線引き』をしなくちゃならない。それが、きっと『今』)
 獅月 きら(gc1055)は思っていた。もし人を殺めていないのなら、ディアナの治療に賛成するつもりだった。だが彼女はUPCの兵士と交戦し殺傷している。
(『人を殺したバグア』は、実害、並びに被害者感情を加味する必要もあるだろうし、ただし、洗脳の可能性や、その後人類に貢献したのであれば例外を認める、とかダメ、なのかな‥‥)
 悩んだ末、少年少女へ賛成、ディアナへ白紙で投票した。
 音桐 奏(gc6293)は合流したレインの、
「お前、白紙で投票するつもりだろぉ」
 という言葉に、
「私はあくまで観察者ですからね。観察者が当事者になっては意味が変わってきてしまいます。それに、私は他人の人生を決められるような権利を持つつもりはありませんので」
 と答えた。
「バグア――いや、ハーモニウムか、人間か。それを決めるのは本来アイツ自身だろうに。それをなんで他人が決めてるんだろうねぇ」
 レインも白紙で投票することを最初から決めていた。
「それは彼女が敗者の立場にあるからでしょう。敗者はすべてを失い、勝者にすべてを決められる」
「分かってるさ。負ければ何もかもを失う。選択肢を選ぶ権利すらも、ねぇ」
 自分で自分の生死を分ける運命に直接関われない――頼むしかない、それは、どんな気持ちなのか。牢の中の寝たきりの少女は、賛成に入れてくれと願っていた、その姿が脳裏によぎった。
 レインは一つ首を振り、音桐と共に白紙票を投じた。
 ヨダカは少年少女賛成票を投じ、ディアナへ反対票を投じた。
「‥‥既に犠牲の上で技術は手に入っている。あの戦いに関した数千・数万の意志の、その決定の一端をここにいるたった数十人でやろうとすること自体がおこがましいと、俺は思う」
 ヘイルが言った。
「――だが。その上で。誰かの命を繋げるかもしれない方法があるのなら、それはその為にも使って欲しいと思う。いつか俺が自身を振り返った時に、誰かの命の為の決断ができたと胸を張れるように、だ」
 男は賛成に票を投じた。
「強化人間の生き死になど何の興味も無いわ。だが、気に入らん。敵など最初から殺しておけ。生殺与奪を弄ぶとはなんたる傲慢」
 玄埜が言った。
「先も言うたが強化人間の生き死になど何の興味も無い。だが、ここまで長引かせたのならせいぜい生かせ。生かして見せて欲しいものだな」
 男は賛成に票を投じた。
「‥‥思ったより反対な人は少ないのかな?」
 過月は猫の帳面を手に様子を見ながら言った。半々程度かと思っていたが意見を集めたところ賛成の者が多かった。
 自身を含め、票数は少年少女が賛成26反対1棄権3、ディアナは賛成24反対2棄権4だった。
「助けれる人がいるなら助けた方が良い。私は色んな人とお話がしたいもん」
 過月は笑うと賛成の票に一票を入れた。


 有効票数のうち賛成が共に九割を超えた為、治療が行われる事になった。
「僕がしたことといえば、結局あなたの覚悟をサポートする程度でしたよ」
 シンはディアナへと言った。彼は思っていた、彼女が生きようとする覚悟と意志は美しくすらある、と。
「成功して外を出歩けるようになったら、甘いものでも御馳走しましょう。リクエストがあったら何なりとどうぞ」
 ディアナは笑うと「それじゃ君のお勧めがあったらそれをくれ、甘い物、よく知らないから」と言った。
 シンは運ばれてゆく少女を見送った。外を出歩けるようになる日、そんな日が本当に来るかどうかは、解らなかった。
 スッチーに立ちあって貰うというのはブライトン襲撃中な為、流石に駄目だったらしくグリーランドのスタッフだけで治療は行われた。
 朱のディアナ。十字架の月。
「俺はお前にバルカ姉弟の分まで、生きて欲しい」
 アレックスは勝手かも知れないが、と思いつつもただそれだけを天に願った。
 シャーリィは無言で天を見上げた。グリーンランドの夏の空は、黒い雲に覆われ、青空の欠片も見えなかった。


 赤い空と青い海の狭間に浮かんでいた。

――痛み過ぎている。

 声が聞こえた。

――駄目だ、保たない。
――余命、半日、といった所か。
――結局、駄目だったか。

 声が聞こえた。

――ディアナ。

 私を呼ぶ声。
 行かないと、と思った。
 泣き顔が脳裏によぎった。

――‥‥エミタ?


 最後の希望と人は言う。
 エミタをその身に埋め込んだ者達。
 エミタは人の祈りに応えるという。
「結果を報告する」
 軍兵が傭兵達に言って通路を進み、その部屋の扉に手をかけた。
 曰く、少年と少女の人化は成功した、ディアナの人化は失敗したと思われた。
「が、奇跡というのは、起こる所には起こるらしい」
 扉が開かれると、ベッドの上で銀髪の少女が上体を起こしていた。
 シャーリィは問いかけた。
「ディアナ‥‥?」
「治療は成功だ」
 軍兵が言った。人の寿命と同じくらいは生きられるだろうとの事だ。
「シャーリィ‥‥おはよう」
 ディアナは言って、笑った。記憶は残っているらしい。
 シャーリィは眼を見開いた。視界が歪んだ。頬を大粒の涙が伝って零れ落ちてゆく。
「――おはよう」
 少女はそう言った。


「行くの?」
「ああ。しかし本当にここまで来ることになるとは思ってなかったな」
 巨漢は苦笑した。
「無責任な話ね」
「そうは言うが、俺じゃ力不足ってのはいつも感じてたし、来る度に背負うモノは増えるし、正直何回『俺より強い誰か』に任せようと考えたか」
 それでも、来た、ここまで。
「やれやれ。強く、なりてえなぁ」
「あんたが強いか弱いかは人の見方や対する問題にも拠るでしょう。あんたとあんた達は辛く苦しい戦いに挑んで、そして最後まで戦い抜いた。そこは評価してあげるわ」
 コルデリアはそう言った。
「じゃあね、グリーズガンドの死神達の一人でディアナの英雄達の一人であたしの英雄達の一人。願わくば、貴方の行く手に希望がありますように。もしどっかで会ったら、あたしが激怒するようなやり方じゃなきゃ力を貸すわよ」
 少女は一方的に勝手な事を言って去って行った。
 相変わらずの調子に館山は苦笑する。
「やれやれ‥‥さて、これからどうするか。何も考えてはいないが。まあゆっくり考えるか」
 男は歩きだす。
 最後に一度、振り返り、言った。
「じゃあな、グリーンランド」
 銀雪の大地は陽光を浴びて輝き空は晴れ渡っていた。



 了