タイトル:【共鳴】それぞれの後章マスター:望月誠司

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/05 09:18

●オープニング本文


 ソラに光があるなら、私はきっとそれを見上げて目を細めるだろう。
 銀雪の大地、遠い春の日、夏が過ぎて、秋が在り、やがてそう、冬が来る。冬が来る。
 大きな冬があった。
 今年もまた吹雪くのだろうか。
 それはない。皆、死んだ。
 全てが死滅した時。後には物質的には何も残らない。
 私は生きている。
 残るものは、記憶だけだ。


 夜空に赤い星が輝いた時、天から異形の者がやってきた。彼等は赤く輝く円盤に乗り、私達の故郷を焼き尽くした。
 私は、侵略者に対抗する為の学校の生徒だった。あの赤い円盤から地上を守る為に戦うのだと決めていた。
 学校が北米からの撤収が決定され、移動の途中に襲撃を受けた。
 彼等は閃光を発する銃で私達を撃ち、私は捕えられた。
 何も出来なかった。
 敵として、相手にもされなかった。
 私は実験の為の動物だった。円盤に乗る彼等は高度な文明の生命体で、私はモルモットだった。
 記憶に白い霧がかかった。白い闇の中から誰かが言った。私達はハーモニウムであり、人類を滅ぼす為に戦っているのだと。私はそうだったと『思いだした』。記憶は書き換える事が出来るらしい。私は斧槍を手に戦場に出た。身体は造りかえられていた。試作的な人体改造。強大な力と引き換えに調整を受けねば日々劣化してゆく肉体。その人体強化のテストとして、私達は戦場に投入されたのだ。
 そして、私は、斬った。
 斬って、斬って、斬りまくった。何も解らず斬っていた。仲間が居た。彼等は笑いかけてくれた。その意味は理解できなかったが、共に戦うのは悪くはなかった。
 暗く冷たい闇の底、鋼と鋼がぶつかると火花が散る。闇の中に瞳が浮かび上がる。皆、光を宿して私を見ていた。光の色は様々だった。
 化物めと兵士が言った。
 殺してやると兵士が言った。
 死にたくないと兵士が言った。
 地球は決して異星人に膝を屈しないと兵士が叫んでた。
 少し力を込めれば粉々に吹き飛んでいった。弱かった。それでも立ち向かって来るのが不思議だった。
 彼等の瞳は、闇の中に浮かび上がってじっと私を見ていた。あの頃、私は、不思議だった。
 私は不思議だった。何故、彼等の瞳は光を宿すのだろうと。何故、戦うのだろうと。
 彼等は、俺達は負けねぇと叫んでいた。
 粉砕した。
 彼等は動かなくなって、やがてキメラに喰われて消えた。
 脆い、と思った。
 暗く冷たい闇の底で戦い続けていると、やがて能力者達がやってきた。
 襤褸雑巾のように負けた。
――色々な事があった。
 私は強化人間から人間に戻った。
 強化人間から人間に戻った存在は稀少で、この地には研究施設があって、私は現在、調査の対象だった。被験体。何処までいっても実験動物だな、と誰かが嗤う。違う、と思った。私は今、選んでここに居る。居る筈だった。
 私は徐々に、徐々に、色んな事を『思い出してきた』。
 私は、軍学校の生徒だったのだ。生徒だった筈なのに。冷えた空気の匂い、焼けついた血の匂い、地下に光った瞳の輝き、兵士達の無数の眼が私を闇の中から覗いている。幻覚だ。背後に気配を感じて振り向くと、血まみれになった兵士が立っていた。私が殺した。心臓が止まるような気がした。
 本当なら、共に戦っていた仲間だった筈なのに。バグアの言うがままに刃を向けた。私が彼等に刃を向けて殺した。私が殺した。この手で仲間を殺すくらいなら、捕まった時に死ぬべきだったのに。
――何故、私は生きているのだろう?
 身体が戦慄いた。
 私は、なんで、生きようとしたのだろう?
 もう何がなんだか解らない。
 想像できた筈だ、ハーモニウムとして戦っていたという事の意味。洗脳されて戦っていたという事の意味。もっとよく考えるべきだった。自分の記憶にないから考えもしていなかった。
 生きるのが正しいと信じていた筈だけど、それは本当に本当か。『この記憶は本物なのか』? 今度こそ本当に本物なのか?
 解らない。
 記憶の欠片。真実は何処に在るのだろう。これが、真実なのか。
 私は、本来なら仲間だった筈の人達を、斬り殺してきた罪人なのだ。
 洗脳されていたから?
 洗脳されるなど本人のミスでなくてなんなのだ。
 闇の中で殺した兵士達の眼が私を見ていた。
 ミスの果てに仲間を殺すなど、どうやって償えば良いのだ。足を引っ張るどころの話ではない。殺したのだ。死んだ人間は、還って来ない。洗脳などされるくらいならその前に死ぬべきだった。
 それも出来ずに。
 私は。
 何人、殺した?
 私のせいで、何人、死んだ?
 裏切りだらけの人生だ。
 バグアに洗脳されて人類を裏切った。生き延びる為にバグアを裏切った。私は常に誰かの何かを裏切り続けて生きている。
 嘘だ、と思った。
 この記憶は本物じゃない。
 死んで償えるものではない。どうやっても無理だ。どうにもならない、この負債の巨大さ。だから、
 こんなのは、違う。
――けれど、私の脳は憶えている。
 瞳に宿ったあの光を。
 地下の闇の冷たさを。
 行けと言ったあの言葉を。怨むなといったあの言葉を。
 憎くはないのかと言ったあの言葉を。
 殺してやると思ったあの心を。
 キレイだと思えると言ったあの言葉を。
 これで良かったと思えるようにと。
 知っている、独房に響いた戦いの音を。
 一度や二度選んだ程度でと言った。
 生きる道を探そうと言った。
 私の事を友だと言った。
 他にも多く貰った言葉達。
 他人の心は良く解らない。何を考えて言っているのか、解らない。
――きっとサルヴァドルは、自分の事忘れられても、ディアナに生きて欲しいと思うんじゃないかな、って‥‥推測だけどさ。
 貴方が望んだから、私はこの世界で死ぬ時まで生きよう。
 記憶の欠片達。
 私の手は比喩抜きで血塗れだ。それでも私は生きるって、そう、決めた。
 部屋の中、血塗れの兵士達が私を見ていた。私は彼等の虚ろな瞳を見つめ返し、笑って言った。
「‥‥悪いな。現世に死霊が存在すれば、素敵だな」
 死んだら二度と還ってこれない。
「私はな、幸せにならねばならないんだ。やれると思うか? なぁ。皆、幸せになれるって、信じたのかな。だが、少なくとも君達に対して震えている権利は私にはないんだよ。私は生きている。こんな所で錯乱してる場合じゃないんだよ。だから、私は――」
 扉が開く音がして、兵士達の幻が消えた。
 部屋の中に、白衣に身を包んだ男達がやってきた。
 顔をあげて肩越しに振り向くと、彼等は私を見据えて言った。
「時間だ」
 また今日も検査が始まる。


 グリーンランドに冬が来る。
 昔、大きな戦いがあった。それほど昔の事ではない。
 ただ時は流れ、記録に残る一つの出来事として記されてゆく。戦いが終わった後も、世界が終わる訳ではない。生きている限り、人々の毎日は続いてゆく。
 言ってしまえば。
「いつもの事、ね」
 コルデリアは墓石に花を添えるとその地を後にした。

●参加者一覧

時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
シャーリィ・アッシュ(gb1884
21歳・♀・HD
霧島 和哉(gb1893
14歳・♂・HD
赤崎羽矢子(gb2140
28歳・♀・PN
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
館山 西土朗(gb8573
34歳・♂・CA

●リプレイ本文


−−−−−−−
久しぶり。調子は?
こちらはなんとかやってる。

次の休みに会いに行こうと思っているんだが、その時一緒に街に出ないか?
返事はそちらに行ったときに聞かせてもらうよ。では、会えるのを楽しみにしている。
−−−−−−−

 ラストホープからの手紙


 グリーズガンドに連なる墓地。
 その慰霊碑の前にシャーリィ・アッシュ(gb1884)は膝をついて花を添えた。
「あの時の私は、自分の行為の結末は私が望んだ一つしかないと決めてかかっていました‥‥」
 巻き起こった光景はまったく別のものだった。
「結果、助けたかった者を殺し‥‥挙句‥‥」
 瞳を閉じる。息が詰まった。
「許しを請える立場などではない‥‥だから、許しは請いません。あなたたちの分まで生き、全てが終わるまで戦い続ける」
 前を見た。
「おこがましいかもしれませんが、これが私の出した結論です」
 懺悔と共に新しい決意を述べると、少女は立ち上がり、雪の道を歩いて行った。


 あの時、赤瞳に少し、光が宿ったように見えた。

 時枝・悠(ga8810)はその時もまた一つ退治の依頼を受けてグリーンランドへと渡っていた。
 あまり過去の事は振り返らない性質だ。
 巨大な竜人へと銃で猛射しながら時枝は思う。戦ってばかりで機会が無いというのもあるが、このご時勢、感慨に浸るには適さない経験の方が多い。考えるなら未来の事の方が有益なんじゃないかとも思う。墓まで持って行きたい記憶も少なくない。
 敵の剣をかいくぐり、剣を一閃させる。竜人が真っ二つに断たれ、雪原に倒れた。
 故に。
(らしくない)
 息をつきながら思う。
 自分は、あまり過去の事は振り返らない性質なのだ。
 だから――ここに来たからと言うだけで、赤い瞳を思い出したのは、割とらしくない事だと思った。


 らしくない、と自覚しても、それを振り払って普段の思考に戻さない程度には時枝悠は捻くれ者である。一仕事終えてやって来たのは、あの少女が居るという研究所の前だった。
(暇なんだな私)
 そんな独白をする。
 受付で申し入れると割とあっさり面会を許可された。さて、どうするか、と少女は思った。
 差し入れくらいは用意したものの、後の事はまったくの無計画だ。
(そも、そう親しい間柄でもない‥‥)
 一年程前に顔を見た程度であちらが覚えているかすら怪しい。
(半死人に一方的に暴言吐いて言い逃げとか、忘れられてた方が良いんじゃないのか)
 椅子に座って、アレが平常運転なんだ。すまない、などとぐるぐると考えていると、やがて扉が開いて銀髪の少女がやってきた。
「こんにちは、よく来てくれた」
 出された茶をやっつけつつ話をしてみる。時枝の事は覚えているらしい。
「‥‥よく覚えていたな?」
「印象的だった」
 ディアナは言った。
「あの時、どうせ生き延びるのは無理だと諦めかけていた心が私の中になかったとは言えない‥‥あの時、私は、貴女の言葉を聞いて最期まで戦おう、と思ったんだ」
「そうか」
 時枝は頷いた。目の前の少女は存外にマシな面をしていた。これなら特に気を回す理由も無いだろう。
(まあ、異物と接するだけでも気分転換くらいにはなっただろう‥‥なんて、誰に対する言い訳だ、コレ)
 特に語る程のネタも無し、話もそこそこに切り上げて帰る事にする。
 いつものように何かを得て、いつものように次へと繋ぐ。いつも通りの日常だ。
 そんな事をふと、思ったのだった。


 ベルガの墓地を赤崎羽矢子(gb2140)は訪ねていた。
――死なせてしまったことを負うのはきっと傲慢だけど。
 女はそう思いつつウォッカを墓石にかける。
(人は宇宙まで行けるようになる。あの赤い星へ手を伸ばせば届くところまで。もうすぐ終わらせる。あなた達みたいな人はもう出さないから)
 女は思いと共に黙祷を捧げた。


「はろー。買い物に行こうか?」
 赤崎は研究所のディアナを訪ねた。
「お久しぶり。この前は世話になった。おかげで助かった」
 ディアナは深々と一礼してそう言った。
「買い物か、随分と久しぶりだ」
 二人はそんな事を話しつつ出かける準備にとりかかる。
「化粧くらい自分で出来るぞ‥‥と言いたいが、満足にやった記憶がない。くっ、思いだしてないんだ、多分」
「へー」
 赤崎は笑うと、薄く清潔感を出すように化粧してやる。
「外に出るときくらいはきちんとした格好をしないと」
 と服装も年相応の物にして持参したケープカーデを着せてやった。
「私が私でないような感じだな」
 むぅと己の格好を見ながらディアナ。
「嫌?」
「偶には悪くない」
「OK、それじゃあ行こうか!」
「おー」
 二人は近くで一番大きな街へと向かった。あちこちの店に入って赤崎はディアナの服を選んでやる。
「『やりたいこと』をするため外に出るなら、こういうことにも気を配らなくちゃね?」
「むぅ、確かにそうかもしれない。私にはどんなのが良さそうだ?」
「そーだねー」
 と、赤崎は少し考え、羽矢子お姉さん流(清楚編)にコーディネイトした。お会計は自腹を切っておく。
「良いのか?」
「餞別代わりって事で」
「有難う、感謝する」
 街を歩き回った後は店に入ってランチを取る事にした。
「赤崎は何か好きな物とかあるか?」
「うーん、あたしはねぇ――」
 あれこれを話しつつ食事を終えぶらぶらと街を歩いてから夕方少し前に研究所前へと戻って来た。
「今日は楽しかった」
「うん、何より。あ、そうだカーデとこれあげるね」
「貰ってばかりですまない。有難う、なんだいこれ」
「香水とスキンケアセットだね。ちゃんと化粧も落とさないと。若いと思って油断してると後で後悔するよ〜?」
「む、解った。後悔したくないのでちゃんと落としとく」
 赤崎は笑うと一つ手を振りディアナと別れた後、ホスピスへと向かった。
 そこには同様に人化した二人の少年少女がいる。赤崎は施設員から現状を聞いて、街で買った菓子を差し入れよろしく頼んでおいた。
「‥‥因果だね」
 様子を聞いた赤崎は呟いた。
 彼等には罪はなかった。何も成していなかった。奪われただけだ。
 故にか。
 怨讐をばら撒くのは、生きている者だけだ。


「もうすぐ、幾度目かの冬が訪れる‥‥か」
 グリーズガンドの墓地にアレックス(gb3735)はやってきていた。
(グリーズガンドの死神、自分達はそう呼ばれるだけの事をした)
 既に花が添えられている慰霊碑の前で息を吐く。
 許してくれ、とは言えない。石を投げられても、責められても、それを受け入れる――そう思う。
(俺に出来るのは、あの戦いで命を落とした者達全員の事を知り、それを生涯忘れず、向き合っていく事だけだ)
 青年は墓標へ、花と祈りを捧げ、その場を去った。


 ベルガ。
 その街の中央に聳え立つ時計塔の天辺に霧島 和哉(gb1893)は立っていた。
 眺める。街は以前に眺めた時よりもさらに広がり、大きく、強く、活気を帯びていた。人々やモービル、車両が忙しく動き回っている。
 他方、
(成長しない)
 霧島はまた此処に来ている自分に対してそう思った。
 傭兵としての己を省みて、最初に思い出すのは、いつも百名近い犠牲を出したあの日。
「‥‥」
 次いで、次々にグリーンランドでの戦いの記憶が映像となって脳裏に浮かんでは消えてゆく。
 坂を血で染めた人々。
 最後の一片まで燃やして戦った少年。
 憎しみに呑まれた女剣豪。
 何も語らず逝った剣聖。
 約束の為に消し飛んだ少女。
 屍山血河の中に沈んだ男。
 この地だけでも、多く。
 それ以外にも沢山。
(直接この手で屠った者もあれば、最期を見ずに終わった者もあった。助けられる命もあった)
 そう、思う。
 それでも、自分はそれらを見殺しにして、今、此処に居る。
(‥‥僕は‥‥ここで、死にたかったのかな)
 違う、と思った。
 が、未だにこの地から抜け出せていないのも事実で。
――時計塔の上に立つ少年の頬を風が撫でて、吹き抜けてゆく。
 街は、生きていた。あの日、滅びに瀕していた街が、こんなにも強く。
 多くの死に対して、命を捨てる事が償いだとは思わない。命を散らす事が自分の生を昇華させるとも思わない。
「だとしたら‥‥僕は、生きたいんだよ‥‥ね」
 思う。
 ならば先に進まなくては。
 少年は一つ目を閉じると、懐から小太刀を取り出して抜いた。
 冷たい氷のように蒼く美しい刃が陽の光を浴びて輝いている。
 相棒に御守として貰った物だ。長く、持ち続けてきた。
 少年は逆手に小太刀を振り上げ、そして時計台の天辺、その目立たぬ陰に突き立てた。
 鈍い音と共に刃が刺さる。少年は手を離した。
「また、来るから」
 呟きと共に男は塔から降りた。
 ベルガの街の天空に最も近い場所で、蒼い小太刀が鈍く輝いていた。


 スーツに身を包んだシャーリィは研究所を訪ねた。
「手紙、有難う。嬉しかったよ」
 ワンピース姿のディアナは笑ってそう言った。
「今日は私が誘ったんだし、出来るだけのエスコートはさせてもらうよ」
 とシャーリィ。
「まずは腹ごしらえを‥‥と思ったんだが、他に気になる所があるならそちらを先にしよう」
「気になる所、か‥‥」
 その言葉にディアナは考えると、
「なら、ちょっと、お願いしても良いか?」


「ここか」
 少し遠いというので、先に食事をしてから外套を纏った二人がやってきたのはベルガ付近の鉱山の、その地下だった。
 ハンドライトで闇を照らす。シャーリィは覚えのある場所だった。
 かつてここで、自分達は戦った。
 光の中でディアナは花を地面に置いていた。弔いの花だ、この冷たい地下に消えていった全てへの。
「‥‥連れて来てくれて有難う。私はずっと、ここに来れなかったから。楽しくない場所ですまない」
「‥‥いや」
 シャーリィは首を振った。
 色々、あったものだ。


――雪原の彼方に赤い夕陽が燃えている。
 それを少し眺めてから研究所へとモービルで戻った。
「また時間が取れたら顔を出すよ。その時はまた手紙で事前に知らせるようにする」
「有難う。あまり友人もいないからな。また来てくれると嬉しい」
「ん‥‥じゃあ、行ってくる」
「どうか、気をつけて」
 かくてシャーリィは帰路についたのだった。


「ベルガ‥‥最近‥‥どう?」
 霧島は戦陣を訪れレイヴルに近状を聞いていた。黒外套の青年はやはりあの無駄に爽やかな微笑を浮かべると、
「世はおし並べて事も無し――すっかり平和なもんですよ、ここ最近はね」
 そう言った。
 偶にはぐれキメラが飛んで来る程度らしい。戦いの勘が鈍りそうだ、等と仕官は言っていた。
 話もそこそこにやがて帰路についた。
 霧島は、本当は自分に足りない物は何かをレイヴルに聞きに来たのだったが――結局は尋ねなかった。
 それは、自分自身で見つけるべきなのだろう、と。
 空を仰ぎ見る。
 今頃宇宙に居るであろう、気がつけば遠くなってしまった背中に、もう一度並べるように。
 自分を信頼してくれる仲間達に恥ないように。


 暗黒という名の混沌に浮かぶ巨大要塞カンパネラ。
「久しぶり、だな」
 ステーション。星々の海を背景に、地球を硝子の向こうに見下ろしながらアレックスは呟いた。
「そうね」
 パイロットスーツ姿の少女は硝子に背を預けて、ホールを行き交う人々を眺めているようだった。
「地球は青かった、ってヤツだな。こればっかりは、見てて飽きないぜ」
 地上にいる、家族や相棒、強化人間の少女、他の皆の事を思う。幾つもの顔が浮かんでは消えてゆく。
(まだ剣聖がしていたような醒めた目をしているのだろうか)
 コルデリアが変わってしまったのは自分達のせいでもあるとアレックスは思っていた。正直、ずっと気になっていた。視線を向けると、少女も振り向いた。
「‥‥どうかした?」
 真に醒めた目をしている、と思った。凍てついた火さえない。
「いや‥‥グリーンランドで戦ってた時は、宇宙に進出するとは思えなかったが。こうしてここまで来て、まさか俺達の学び舎が宇宙で要塞化するなんてな」
「そうね」
 少女は弱く笑ったようだった。
「エライ人達が考える事は偶に理解を超えるわ」
 宇宙。
 宇宙である。
 アレックスは思う。地上ですら気を抜けば、死神の鎌に撫でられる。暗黒の宇宙では、一瞬のミスが致命的になるだろう。
「――俺はもう、これ以上目の前で誰かを死なせたくない」
 同胞も、仲間も、家族も、死なせたくはない。勿論、お前も。
「その為に、戦う。俺一人に出来る事なんて、たかが知れてるけどな」
「そう‥‥」
 ふっと笑ってコルデリア。
「アレックス、あんたには帰る場所があるんだから、ちゃんと最後まで生きて帰ってやりなさいよ? 助けるならまず何よりも自分自身から助けなさい。あんたを愛してくれてる人達がいると信じるなら」
「‥‥ああ」
 戦後は慎ましく生きたいもんだ。青年はそう思った。


 LHにあるバー。
 静かな音が流れるその店で、館山 西土朗(gb8573)は一人グラスを傾け物思いに耽っていた。
(‥‥色々あったもんだ)
 琥珀色のグラスに地下の採掘場が映る。
 始めはあの場所だった。
 その時、館山は敵戦力で最も弱い虎頭相手に遅れを取った。思えば、その時からだ。強くなりたいと思ったのは。続く地下でのサルヴァドル達との戦い、ディアナの投降。
(‥‥あれは正直予想外だったな)
 あの時、多少は強くなったつもりだったが、大したことはできなかった。あの辺りから前に立って戦うことに限界を感じてた。折りしも転職が可能になり後ろから支える道を選んだ。
 次いでの、ディアナを捕虜にして後のルミスとベルサリアとの戦い。ディアナとコルデリア、二者択一の状況だった。しかも敵は最強クラスの傭兵と渡り合う難敵。敵も味方も化物だらけの強者達の中では己が最弱だった。傭兵全体で見ても館山は決して強い方だとは言えなかっただろう。
 それでも、止めることはできた。
 それだけしかできなかったが、それだけはできた。
(‥‥まあ、正直今でも信じられんが)
 コツはあるものだ。
 やがて舞台はグリーズガンドに移りあの戦いが起こった。
 多くを失った。
(あの時ほど自分の無力を恨んだ事は無かった)
 戦うことを止めることも考えた。自分の無力のせいで何かを失うならば戦うべきではない、と。だが、結局足は止めなかった――止まらなかったと言うべきか。いつも悩んではいたが気がつけば進んでいた。
(これからも多分そうなるんだろうな‥‥自分の弱さに悩んで、それでも前に進んでいくと)
 グラスを煽る。焼けつくような熱さが喉を通りぬけていった。
(バグアとの戦いはまだ終わってねえ)
 思う。
 戦いはまだ終わっていない。
(それが終わっても今度は養育費稼ぎとの戦いが待ってるしな)
 当分立ち止まることはできそうにないな、と巨漢は苦笑するのだった。





 昨日が終わり、今日が過ぎて、明日が始まる。
 その前途に希望があると信じよう。


 了