●リプレイ本文
人にはそれぞれ意志があり、故にそれぞれが戦う理由を持つ。
紺碧の闇の中で、天上院・ロンド(
ga0185)は答えて言った。
「無論、残ります。俺は‥‥醜く足掻いて、足掻き抜いて、その上で死にたいのですよ」
「‥‥生きる為に足掻くなら、それは退くことだ。例え、醜くともな」
黒髭のエイリークが言った。
「天上院、お前は死ぬために戦うのか?」
「退いてそれで生きられますか? 死ねますか?」
黒髭はその言葉に目を細め「哲学だな」と呟いた。
「オッサン。ここでハイ、サヨナラって帰るくらいなら最初から来てねぇよ」赤毛の青年が言った。アレックス(
gb3735)だ。「皆で必ず、この状況を覆してみせる」
「今帰って‥‥お家で、結果を聞くのと。残って、祝勝会でも‥‥やるのと。どっちが面白いか‥‥考えるまでも‥‥無い、よね‥‥?」
霧島 和哉(
gb1893)もまた頷いて言った。
それを聞いて黒髭は呟く。
「‥‥強気な小僧どもだ。若さか? いや――」
「――ラストホープの傭兵、ですからね」
微笑を浮かべて蛇穴・シュウ(
ga8426)が言葉を引き取り言った。女は黒髭からの視線を受けると、手のひらで自らをさし、
「私は私の拠って立つ怨念に殉ずるつもりです。ただ、この身を『最後の希望(ラストホープ)』と任じて頂けるのには、悪い気はしませんね」
芝居がかったおどけた口調で、しかし、ただ一つだけ残された左目の色は鋭く、述べた。
「‥‥物好きな奴だ」黒髭はふん、と鼻を鳴らし、しかし何処か納得した様子だった。
「お前達も残るのか?」
「聞かれるまでも無いさ」
その問いに赤崎羽矢子(
gb2140)は肩を竦めた。
「それに、髭面のおっさんや子供より、あたしらみたいな美女が居た方が士気も上がるんじゃない?」
そう軽口を叩いて笑ってみせる。
「理由、かぁ‥‥」考え込んでいる青年がいた。クレイフェル(
ga0435)だ。「守りに来た。だから、守る。そういう単純な理由はあかんの?」
「お前の命はそんなに安いのか?」
と黒髭。男はクレイフェルを見据えた。豪胆なのか、現状を理解していないのか、それとも――
「‥‥解らん奴だ」
大男は呟き首を振った。
「そう?」とクレイフェル。
「エイリークさん、エイリークさん」
赤霧・連(
ga0668)は言った。
「誰かを守るのに理由はいりません。明日も明後日も皆で笑いあいたいからここにいるのです。その為にも、頑張りたいのです」
と。
「‥‥やはり、俺には解らんな」
黒髭は嘆息して首を振った。
「だが良かろう。猫の手だって借りたい所だ‥‥逃げぬというのなら、貴様等‥‥地獄の底まで付き合ってもらうぞ」
●
一同は迫りくるキメラの群れに対抗する為に街の防衛力の強化を計画した。
「さて、ここでがたがた震えて死を待つのと、生き延びるために働くの、どっちがお好みかにゃ?」
町中央にある地下シェルター内、数百の避難民達を前にして、銀眼の若い女――カーラ・ルデリア(
ga7022)が言った。
その言葉に、避難民達からの反応はない。
「戦えとは言わない」
カーラはやや口調を真面目にすると言った。
「でも、貴方達にもやれる事があるんだから手伝って。じゃないと、死ぬよ?」
「‥‥私達に何をしろと?」
老婆が問いかけた。
「キメラを迎え撃つ為の陣地を作って欲しいの。それさえしてくれれば、何とかしてみせる。だから、ね?」
カーラはそう言った。
●
「大尉さんよ、地図はあるか?」
OZ(
ga4015)がエイリークに問いかける。
「地図か‥‥町のか?」
「世界地図なんてもらったってどうしろってんだ? 頭使えよ熊五郎。使わないとどんどんボケてくっていうぜ?」
こめかみをトントンと叩きつつ口端をあげるOZ。
「鼠は沈みかける船から逃げるものだ‥‥意外だな。まさか、貴様が残るとは」
コートから町の地図を取り出し黒髭が言う。
「意外? 順当だろ。まだ慌てるような時間じゃねぇ。それまでは楽しませてもらうさ、ククッ」
「そういう事にしておこう。他は?」
黒髭が掌よりも少し大きいサイズの手帳を放る。
「無線、双眼鏡、暗視スコープ」
長方形のそれを指で挟んで受け取りつつOZ。
「斥候か。スコープの有効距離は四〇〇、中央からならば町の北辺にも届かぬ」
「ハぁ? シケてんな、オイ」
遠距離まで見渡すにはやはり夜明けを待たねばならないようだ。
敵は闇にまぎれて接近してくるだろう。運が悪い――というよりも夜討ち朝駆けという奴か。きっと狙って来ている。
「四方に二、回す」
「スコープが全てには無理だな」
「幾つだ」
「六」
「北に二つ、あとは一つ、残りは俺だ。時計塔の鍵は?」
「地下に管理人が避難しているだろう」
「シェルターか? バリケードを作りに出てるかもしれねぇな‥‥」
男は面倒な、と舌打ちする。
「塔からじゃ暗視も届かねぇって話だし西に回るか‥‥」
呟き踵を返す。
「地形は仲間達とも確認しておけ」
背越しに片手を一つ振るとOZはエイリークの前から立ち去った。
●
「ん、これこっち置いとけば良いんかな?」
ヘルメットをかぶり、木材を担ぎ、町人達と共にバリケード建設に精を出しているのはクレイフェルだ。作業の合間に気さくに人々に声をかけ、団結を呼びかけてゆく。
クレイフェルとしては「よそモンがほざいてろ」とでも言われるかと思ったが、そういった反応はかえってこなかった。わいわいと騒ぎつつ建設が進められてゆく。
一方、バリケード建設現場では赤霧もまた設置の手伝いをしつつエイリークやクォリンと言葉をかわしていた。
「音大生か‥‥音楽は素晴らしい」赤霧の経歴を聞いた黒髭が言った「音こそが人生に喜びを与え、悲しみを紛らわす。お前はこんな場所にいるべきではない。今すぐにこの場から撤退し、銃に変えてペンを握るべきだ」
「まだそんなこと言ってんのか」
鉄骨を担いだクォリンは、この期に及んで撤退を勧めるエイリークに対し呆れた顔をした。
「戦など他に能がない奴がやれば良い」
「その言葉については、否定せんがな」
黒髭は淡々と言い、少年はシニカルに笑った。彼もきっと戦うしか能がない。
赤霧がベルガンズ・ノヴァのことについて尋ねると黒髭は言った。
「‥‥この町の事が知りたいだと? アカギリ、教えてやろう。ここは、ろくでもない町だ」
ライトによって周囲が照らされる中、木材や金属を打つ音が響く街を見渡す。光の帯が照らさぬ場所は凍てついた闇だ。
「一年中凍えるように寒く、冬は氷点下三十度を下回る。火がなければたちまちのうちに凍りつき、白い闇が全てを呑み込んでしまう。町の人間は凍った岩山を掘り起こし、油にまみれ、鉄を掴んで生きていた。生きるに厳しい場所だ。娯楽? そんなものがある訳がない。強いていうなら歌くらいだ」
「歌、ですか」
「そうとも、歌こそが悲しみを紛わせ、心を慰める」
「ほむ‥‥ではキメラを撃退したら、皆で楽しい歌を歌いたいですネ」
にへらっと笑って赤霧が言った。
「そうだな‥‥だが今は、口を動かすよりも、手を動かせ。敵は待ってはくれない」
「了解です。でも、戦いが終わったらお話の続きも聞かせて下さいネ?」
「‥‥ああ、戦いが終わったらな」
大男は作業をしながらそう呟いた。
●
数十分の後、バリケードは急造ながら完成した。
町に迫りくる百のキメラの群れ。それに対抗する為に一人の軍人と十二の傭兵と百の自警団員達が町の北辺に終結していた。
「状況は最悪。つまり、これ以上悪くなる事はないってことやね」
カーラ=ルデリアは戦車の上に立ち、百を超える人間を前にして声を張り上げて言った。
「そんな中、何で私たちが残ったか分かる? 答えは守りきる自信があるから」
各々の顔を見渡し、頷く。
「みんなで生き残って、逃げ散った臆病者を笑い飛ばしましょ!」
その言葉に自警団員達はある者は拍手し、ある者は気勢をあげ、ある者は苦笑し、ある者はつまらなそうな顔をし、ある者は敵愾心を持って睨みつけていた。
「ん〜‥‥あれれ?」
あまり予想していなかった反応だ。戦車から降りて裏に回りつつカーラは小首を傾げる。
「なんか反応、微妙やねぇ」
「‥‥言葉が少し足りないな」
クォリンは淡々と言った。厳しい表情。
「『町を』守りきる自信がある、と『彼等を』守りきる自信がある、では意味が大きく異なる。恐らくその差だ」
「‥‥あ〜」
カーラは額に手をあてて天を仰ぎ、目蓋を覆った。
「‥‥どうしたもんかにゃ?」
「放たれた矢は返ってこない。他で気張れ」
「‥‥そうする」
女は深々と嘆息したのだった。
カーラの後、霧島は自警団の団長あたりが自主的に自警団を盛り上げてくれる事を期待した。自警団長は視線を受けて一言、二言いったが、あまり効果はない様子だった。
「最後の一人まで抵抗してやりましょう」
そんな空気の中、天上院が立ち、一同へと懸命に言った。
「それで町を守れたならめっけもんです。ただ‥‥この町はまだ見捨てられてはいないことをお忘れなく。先陣は我々傭兵が切ります。無駄に死なないで下さい」
天上院の言葉に少し自警団員達の士気は回復したようだった。だが士気旺盛とは言い難い。
「‥‥大丈夫、かな?」
霧島が首を傾げた。
「やれるだけはやりました」白布を羽織ったナンナ・オンスロート(
gb5838)が言った「後は振った賽にどの目が出るかです」
●
日の出。東の地平より光が世界へと放たれ、紺碧の闇と茜の光がせめぎ合う。光と闇とが混じり合う時間。
町のやや西よりの屋根の上に立つOZは双眼鏡を覗き込み敵影を確認する。見えづらい。無数の影が蠢いているように見えた。
だが中央先頭で一歩一歩、雪煙を巻き上げて歩く巨獣の姿は簡単に解った。体長十五mを超える銀色の巨体。薄闇の中に輝く青い二つの瞳。銀雷竜プラズマトプスだ。銀雷竜の足元周りの左右を、槍を持ち小袋をさげた白鬼が固めていた。
その右翼――西側に体長四mをこえる竜巨人が二匹おかれていた。そのさらに西外周には足の速い小型の狼を置いている。狼の後方には曲刀を持った狼人の姿が見えた。
東側には一匹の竜巨人と二十匹からの体長二mほどの白虎が配されていた。そしてその頭上を蝶の羽をもった体長五十cm程の少女が無数に乱舞している。妖精型のキメラだ。そしてその集団の上空を蒼い巨大な竜が輪を描いて旋回していた。
OZは他の見張りからの報告もまとめると、地上に展開している迎撃隊へと無線を入れた。
「偵察隊より本隊へ」
言って敵の陣形を伝える。
「北方以外からは敵影は確認されていない。キメラにしちゃ足並みが揃ってる。確かに指揮官がいそうだが‥‥それっぽい奴の姿は見えねーな」
「了解しました」叢雲(
ga2494)が答えた「引き続き監視を」
「了解」
百の魔獣達が東よりの茜の光と西に留まる紺碧の闇が混じり合う世界を、地響きをあげながら迫る。
ベルガの守備隊は北辺に展開しそれを待ち受けた。
守備隊より二百程度の距離でキメラ達は一端、足を止めた。睨み合う。静寂。息遣いまでもが聞こえるようだった。
巨竜の咆哮が轟いた。瞬間、弾かれたようにキメラ達は一斉に南に向かって走り出した。
数十の魔獣達が大地を爆砕し積雪を巻き上げ駆ける。自警団の幾人かが思わず、といった様子で悲鳴を洩らした。
速いのはやはり空を飛ぶ二種類だった。
中央から水晶竜が、東から妖精の群れが他より徐々に突出して迫ってくる。
アレックスはクォリンを後部座席に乗せ、霧島はクレイフェルを乗せ、ナンナが二輪のアクセルを回す、遊撃班が敵の側面を取るべく走り出す。アレックスと霧島は銀雷竜をナンナは妖精と水晶竜を優先目標とした。チームで動くを基本とするならまず狙うは銀雷竜か。遊撃班の面々は西へ旋回する。
距離一八〇、戦車が轟音と共に焔を吹いた。主砲三連。狙いは水晶竜。竜は急降下してかわした。なかなか速い。
距離一二〇、東より妖精の群れが迫る。赤霧は狙撃眼と即射を発動させると破魔の弓に矢を番え目にも留まらぬ速さで撃ち放った。速射六連。唸りをあげて飛んだ矢が次々に妖精の身を射抜き、雪原へ墜としてゆく。
「無反動砲、構え! 狙いは妖精型キメラ、照準合わせーっ!」
叢雲が声を張り上げた。整然と並んだ二〇人の自警団員達が砲を上空へと構える。鳴神 伊織(
ga0421)もまた無反動を構えた。
距離が詰まる。
距離七〇。まだ引きつける。
距離六〇。まだ。
距離五〇。
「――テェッ!」
男の声と共に空へと向けられた二一の無反動砲が火を吹いた。煙と共に飛び出し、砲弾が一斉に妖精型キメラの群へと襲いかかる。二〇発の砲弾はことごとく外れ、放物線を描いて地に落ち、雪原だけを爆砕した。爆炎で面制圧すれば自警団員でも命中を狙えたが、空に大地は無く、近接信管もついていない。
鳴神が放った一発だけが、妖精に命中し爆裂を巻き起こして周囲の四匹あまりを巻き込み、消し飛ばしていた。
水晶竜が迫る。距離四〇。蛇穴は拳銃を空へと構え、水晶竜へと狙いをつけ三連射。唸りをあげて飛んだ弾丸は、一発が命中し二発が外れた。距離三○。赤崎はエネルギーガンを構え、五連射。眩い閃光が水晶竜を焼き焦がしてゆく。鳴神は空になった無反動砲を放り、小銃を構えた。水晶竜の巨体を照準に納め紅蓮のオーラを巻き起こし撃ち放つ。上へと跳ね上がる反動を抑えつつ四連射。竜が怒りの咆哮をあげる。そこそこ効いている様子だが撃墜には遠い。
妖精型、水晶竜よりはやや遅い。距離四〇。天上院ロンドは民家の屋根の上でスナイパーライフルを構え狙いをつけていた。狙撃眼を発動させつつ四連射。回転するライフル弾が妖精の身を撃ち抜き、破砕して大地へと墜としてゆく。カーラもまた輸送車の上で重機関砲を旋回させ、空へと向けると猛射した。嵐の如く放たれた弾丸が三匹の妖精型キメラを蜂の巣にし叩き落としてゆく。
西の遊撃隊。アレックスと霧島は三輪のバハムートを駆り、ナンナは二輪のリンドヴルムを駆り狼達の側面を駆け抜けてゆく。霧島の後部座席に座るクレイフェルは夜明けの逆光に目を細めつつもSMGを構え、発砲。駆け抜けながら薙ぎ払う。五匹の狼が悲鳴をあげて吹き飛び、動かなくなった。アレックスの後部に乗っているクォリンもまた44マグナムを四連射する。狼が二匹倒れた。
本隊へと水晶竜が迫る。距離二十。透き通る体躯を持つ翼竜は大きく息を吸い込むと空から大地に這う者どもへと向け直径二〇m、円錐状に広がる三連のブレスをまき散らした。
煌めく氷の刃群が降り注ぎ、鳴神の身を裂き、赤霧を切り裂き、叢雲を深く切り裂き、カーラの身をズタズタに引き裂き、彼女の隣に乗っていた自警団員は血飛沫をまき散らしながら切り刻まれて爆ぜ飛んだ。蛇穴は全身から鮮血を吹き上げ、赤崎は素早く戦車の陰へと飛び込んで回避した。無反動砲を撃った二十人からの自警団員のうち一三人が瞬く間に煌めく蒼氷に包まれ、短冊状に身を裂かれて絶命していった。負傷率。鳴神四分。赤霧一割五分。叢雲五割三分。カーラ八割五分。蛇穴六割四分。
距離が詰まる。十三匹の妖精達から放たれる三連の熱線は、三十九の死の光となって生き残った七人の自警団員達と鳴神と赤霧とカーラへと襲いかかった。自警団員達にそれぞれ三発、赤霧に六発、鳴神に六発、カーラに六発。団員達は次々と射抜かれて身体を溶解させ断末魔の悲鳴をあげながら絶命していった。鳴神と赤霧はかわし、装甲車、爺さんがエンジン全開でバックしている。カーラは朦朧とした意識の中、銃座の陰に回り込み身を伏せる。四発かわしたが、二発に撃ち抜かれた。さっきから死神の鎌が五月蠅い。もう痛みも感じなかった。ただ酷く身が熱かった、景色が滲んでかすれ血溜まりの中に沈んだ。
「‥‥バリケードの奥へっ!」
ごぼっと嫌な音と共に血を吐きながら叢雲が後退するよう指示を出す。鳴神は水晶竜の翼を狙ってスノードロップをリロードしつつ三連射し、赤崎もまたエネルギーガンを三連射する。猛烈な破壊力が荒れ狂った。だが竜はまだまだ健在だ。二人は後退に移る。鳴神は走り、赤崎は銃を納めると瞬速縮地で加速、身を捻りつつ跳躍しながら背から無反動砲を取り出し、バリケードを飛び越えた。
赤霧は即射を発動させた。どれを狙う? 考える。三連ブレスがもう一度来ると色々終わる。水晶竜の翼へと狙いを定めた。四連射。クリスタルドラゴンの片翼がついに折れ曲がった。その巨体が傾ぐ。それを確認して赤霧も後退に移る。
エイリーク、戦車は一定の角度より上へは主砲を撃てない。機関砲で妖精達を薙ぎ払いつつ後退する。二匹の妖精が落ちていった。
二十三の狼が雪を蹴りあげて迫ってくる。その奥からは二十の虎。四匹の体長四mを超える竜巨人。十の狼人。最後尾に銀雷竜と白鬼五匹だ。
叢雲は十字架銃で空へと向かって弾丸を吐き出しながら後退する。三匹の妖精が大地へと落ちる。蛇穴もまた活性化で傷を癒しつつ後退する。
(「くそっ‥‥!」)
天上院は巻き起こった惨状に胸中で歯ぎしりしながらもライフルをリロードしながら連射する。
(「これ以上、被害を出させてたまるかッ!」)
狙いたがわず弾丸は三匹の妖精を破砕する。残り五匹。
遊撃班。足の遅い白鬼やプラズマトプスを狙うべく、後方へと回り込み中。カーブ。霧島のバハムートが積雪を巻き上げながら明後日の方向へと流れてゆき、ナンナのリンドヴルムが高速で一回転し、転倒した。雪の上なので衝撃は軽い。
装甲車、鳴神、赤霧、叢雲、蛇穴の順でバリケードの間を飛びこむように潜り抜ける。バリケードより北へ行った自警団員は全滅している。
蛇穴が出てきた直後。突進の勢いのままに狼の群れが飛び込んできた。
八十メートル先の二段目のバリケードの上から十門の機関砲の弾丸が、道の左右から三十の突撃銃の弾丸が飛んで来た。傭兵達は身を低くしながら素早く道の左右へと散る。
一段目のバリケードの隙間に狼型キメラの死体が積み重なってゆく。その数が十を越えた時に大虎型のキメラが飛び込んできた。弾丸の嵐を受け、身から鮮血を噴き出しつつも、かまわずに死体を踏み越え雪崩れ込んでくる。
瞬間、猛烈な爆風がバリケードの出口付近で荒れ狂った。
「あたしがここにいる限り、この先にお前達の居場所は無いんだよ!」
先に縮地で跳んだ赤崎だ。紅蓮衝撃を付与した無反動砲をぶっぱなしたのである。自警団員達もまた叫び声をあげ連続して無反動砲を叩き込み手榴弾を投擲し猛烈な爆裂を巻き起こしてキメラ達を次々に吹き飛ばしてゆく。狼型、虎型はなおも侵入を試みていたが、その勢いの前に後方へと押し戻されてゆく。
五匹の妖精型キメラが空より飛来し十五の閃光を降り注がせた。自警団員達に十二発、叢雲に三発。手榴弾を投げていた自警団員達は次々に撃ち抜かれ溶解していった。叢雲は全弾を回避した。
「‥‥おいおい」
赤崎はそういや居たな、と胸中で呟きつつ汗を流した。体長四mの竜巨人が大楯を構え拡大した隙間から突進してきていた。無論、その間にも銃弾は降り注いでいるが悉く盾や鱗で弾かれてしまっている。無反動砲は尽き――装甲車には三本あるが撃てる者がいない――手榴弾は投擲手が全員死んでいる。
竜巨人が隙間をすり抜け、その脇から虎や狼が疾風の如く雪崩れ込んでくる。
叢雲が後退中の傭兵達に反撃に移るように叫ぶ。
自警団達の弾幕に加え、向き直った傭兵達の攻撃が加わる。
赤崎、巨竜人に対して獣突をかましたい所だが、それをやると後頭部に味方からの弾丸を受ける恐れが高く踏み込めない。後退してゆく作戦なのだ。歯がみしながらも銃で攻撃しつつさがる。跳びかかって来た大虎に対してだけ剣を振るい獣突で弾き飛ばした。
鳴神も射撃を中心に、飛びかかって来た虎に対してだけ鬼蛍を振るった。自ら中央へ斬り込むには味方の弾幕が恐い。さしもの彼女も頭を撃ち抜かれれば死ぬ。飛び込んできた大虎を一匹、二匹、三匹と後退しながら斬り伏せてゆく。
抜けてきた大虎や狼型に自警団員達が押し倒され、牙を首や胴に打ち込まれている。銃声と悲鳴だけが鳴りやまなかった。
宙に蒼い塊が舞った。水晶竜が跳躍しバリケードを飛び越えてきた。地響きと共に道路を爆砕して降り立ち。長い首を伸ばし、牙を剥いて威嚇するように咆哮をあげる。
「皆、散ってください!」
赤霧言うと同時に破魔の弓を構え猛連射。迎え撃つように水晶竜から三連の煌めく氷のブレスが吐きだされた。赤霧を中心として死の色が咲き乱れる。負傷率三割一分。反応の遅れた自警団の数名が絶叫をあげながら倒れてゆく。赤霧の言葉で範囲外へと退避出来た何名かは、そのまま重い装備を捨て悲鳴をあげ脱兎の如く走り始めた。彼等はかつては勇敢だったが、ただの人間が意志だけで対峙するには、それらは過酷すぎた。
(「こんなの‥‥っ!」)
歯を喰いしばって駆け、弓を引き、放つ。水晶の竜はまだ倒れない。瞳の奥が燃え上がったような気がした。
その間に一段目のバリケードが飛び越えられ、長剣を構えた二匹の竜巨人が姿を現していた。叢雲は十字架を担ぎ持ち榴弾を連射しながら必死に後退を支えようとしている。妖精が五匹、爆裂に巻き込まれて消し飛んでいった。
蛇穴は自警団員達をかばい肉薄してきた三匹の大虎と交戦している。嵐のように繰り出される爪牙を蛍火で受け流し活性化で凌ぎ、後退している。
エイリークは主砲を猛射し、先頭の竜巨人へと爆炎を叩きつけていたが、楯で防がれながら接近され、逆に長剣による猛打を喰らっていた。
天上院は取り残されぬように屋根から跳び下りた。
「突破しそうな敵はどれですか‥‥ッ?」
唇を噛みしめ、移動しながら無線へと問う。OZからの返答が返ってきた。
「全部だ、クソッタレ!」
さもありなん。
「その場所は放棄して後退してください!」
天上院は次の狙撃ポイントへと向かうべく路地裏を駆けた。
遊撃班方面。
雪原で転倒したナンナは起き上がるとAU−KVを装着する。キメラ達が町へ向かって前進した事によりその地点は既に敵集団の背後になっている。
アレックスが戻って来て、クォリンがバハムートから飛び降りた。やや遅れて霧島が戻って来、クレイフェルが降りた。アレックスと霧島の二人はAU−KVを装着した。
各員の足並みを揃えると遊撃班の面々は敵の後背から奇襲をかけるべく接近を開始する。
「後退しましょう!」
二段目のバリケードが近づいて来た時に叢雲は言った。既に戦線は崩壊状態だ。飲みこまれている。
赤崎、鳴神、赤霧、叢雲、エイリーク、蛇穴の六名および、まだ生き残っていて踏みとどまっていた自警団員五名および機関砲を撃っていた十名は攻撃の手を止め後退に移る。
キメラ達はさがる人間達の背へと猛然と追いすがった。まず水晶竜の直径二十mに広がる円錐のブレスが炸裂した。巻き込まれた狼キメラが三匹倒れて全滅し、虎キメラが六匹倒れて全滅し、先頭に立っていた竜巨人が大打撃を受け、五名の自警団員が絶命した。傭兵達も例外ではなく氷刃群に包まれ切り裂かれた。負傷率、赤崎三割九分、鳴神七分、赤霧四割六分、叢雲が道路に倒れ、蛇穴が鮮血の海に沈んだ。先頭に立っていた竜型人は背後へと首を回し振り返り怒りの咆哮をあげたが、前進は怠らず、突進しながら戦車へと三連の斬撃を叩き込んだ。鈍い音と共に戦車は大破し動かなくなった。二匹の竜巨人が駆け、その背後からやってきた狼人達が取り残された戦車を取り囲む。
赤崎、鳴神、赤霧の三名はなんとか二段目のバリケードと三段目のバリケードの間の位置まで後退する。彼女達が振り向いた時、バリケードを飛び越え道路を爆砕して立つ竜人達の姿があった。十名まで減った自警団員達は五人一組で必死に機関砲を二門だけ運んでいる。
遊撃班。アレックス、霧島、クォリン、クレイフェル、ナンナが奇襲をかけるべく走っている。
銀雷竜への距離六十、ナンナ・オンスロートは足を止めると腰だめにSMGを構えてフルオートで射撃した。貫通弾が装填され、威力の増した銃弾が後背から銀雷竜へと襲いかかる。
銀雷竜は苦痛に叫び、後背へと向き直る。霧島が竜の翼で加速した。銀雷竜は口を大きく開き荷電粒子の光を解き放った。
「ブレス――」
ナンナの言葉が響くと同時に、猛烈な破壊力を秘めた爆光の奔流が空間を一直線に貫き、途中に居た霧島とアレックスを呑みこんだ。
クレイフェルは動作に即座に反応し瞬天速で範囲外へかわした。クォリンも瞬天速でかわした。ナンナは範囲攻撃に注意し、立ち位置をずらしていたので届いていない。負傷率、アレックス七割六分、霧島四割四分。生きている。両者ともにタフだ。
白鬼から十五の礫が飛んでくる。クォリンに九発、クレイフェルに六発。クォリンは突進しながらジグザグに動いてかわし、クレイフェルはルベウスで斬り払って回避した。
クォリンは両手に蒼光の刃を出現させると瞬天速で銀雷竜へと肉薄しその右脚へと斬りつけた。七つの閃光がほぼ同時に出現し、滅多斬りにして銀雷竜の脚を断ち切る。銀雷竜の巨躯が傾いた。クレイフェルは膝下からのオーラと共に疾風脚を発動させ、瞬天速で加速突撃し、瞬速撃を発動させて真紅の爪を目にも止まらぬ速さで叩き込んだ。高速三段撃。爪が銀色の装甲を抉り、その奥から鮮血が吹き出させる。銀雷竜は咆哮をあげて角で薙ぎ払うように首を振り回す。クォリンは飛び退き、クレイフェルは伏せて掻い潜った。
「――ちっ、まだまだ元気だな!」
アレックスは舌打ちすると竜の翼で回り込み、エクスプロードで槍撃を繰り出す。爆裂が巻き起こり銀の装甲が吹き飛んでゆく。接近した霧島は盾を構えて敵の攻撃に備えた。
町の主道。十匹の狼人達が取り残された戦車を囲み、曲刀でガンガンと叩いている。次の瞬間、爆ぜるようにハッチが吹き飛び、両手に真紅の爪を装着した黒コートの熊が躍り出た。熊の大男は旋風のように両手の爪を振い、血風を巻き起こす。狼人の四匹が倒れ、六匹が一斉に太刀を繰り出した。
六方から振るわれた刃のうち、熊の獣人は左の爪で一本を弾き、右の爪で一本を受け、スウェーして一本をかわし、一本に背骨を強打され、一本が後頭部を叩き、一本に脇腹を貫かれた。
熊の獣人は身を揺らがせつつも右の爪を繰り出し狼人の喉をぶちぬいた。瞬間、熊の後方に立っていた狼人が太刀を振り下ろし、その頭蓋を叩き割る。衝撃によろめいたエイリークに対して狼人達は一斉に剣を振り上げ、振り下ろし、滅多打ちにして撲殺した。
主戦場方面。
自警団はほぼ全滅し残る者も逃走に移っている。
「‥‥もしかして、後退する意味って、もうなくない?」
巨竜人から振り下ろされる長剣をステップしてかわしつつ赤崎が言った。
「恐らく」
別の竜人からの剣を受け流しながら鳴神。
「打ってでましょう」
女は言ってオーラを赤へと変え踏み込む。交差ざま六つの光が刹那に閃き、次の瞬間、滅多斬りにされた竜人が全身から鮮血を吹き出し倒れた。
赤崎もまた眼前の竜人へと連撃を叩き込む。竜人の上半身を狙い赤霧が弓を連射する。竜人が怒りの咆哮をあげ、竜巻の如く剣を振り回す。屋根の上から飛来したライフル弾が竜人の頭蓋を撃ち抜いた。天上院の狙撃だ。巨人がゆっくりと倒れる。
遊撃班。
クォリンが咆哮をあげた。九つの閃光を銀雷竜の左脚へと叩き込む。銀雷竜の超巨体が前のめりに崩れる。各部の急所へとクレイフェルが猛撃を叩き込み、ナンナが銃弾で撃ち抜く。銀雷竜は急速に弱っていった。それでも、生命力にものを言わせ、苦し紛れにブレスを吐こうとしたが、その瞬間に盾を構え竜の咆哮を発動させた霧島から横面へと体当たりを受け、狙いを明後日の方向へと逸らされてしまう。
「――インテーク開放。ランス『エクスプロード』、イグニッション!」
一撃を叩き込む瞬間を狙っていたアレックスがついに練力を解放させた。
「過去の遺物は墓場で寝てろッ‥‥極炎の一撃(フレイム・ストライク)!」
爆槍が銀雷竜の眉間に深々と突き立ち、それを爆炎と共に爆ぜとばした。
主戦場。
水晶竜と最後の竜巨人がバリケードを飛び越え地を爆砕して降り立つ。その瞬間鳴神は水晶竜に対して無造作に間合いを詰め烈閃を巻き起こした。圧倒的な破壊力。刀が届く距離なら敵ではない。竜の首の付け根が左右にづれ、滝のような血飛沫と共に頭部が地に転がった。
赤崎もまた竜巨人へと疾風の如く斬りかかっている。流れるように連撃を叩き込み、竜人が反撃の長剣を繰り出すが、赤崎は危なげなくかわした。一対一で真っ正面からならまず当たる気はしない。赤霧の矢と天上院の弾丸が飛来し竜人を射抜いてゆく。
黒髭を葬った五人の狼人が走ってくる。着物姿の女がそちらへと視線をやり向かう。
竜人は剣と矢と弾丸で倒される。女と狼人が交差する瞬間、光が五条、宙に走った。
鳴神は刀を払うと血を飛ばし、紙で拭いて鞘に納めた。
大地には真っ二つにされた狼人達の死体が五つ、転がっていた。
最後まで残っていた五匹の鬼はクォリンが斬り伏せ、かくてベルガンズ・ノヴァを襲ったキメラの群れは撃退された。
「何を歌う」
翌朝、クォリンは埋められた土の前に立ち、故人が愛用した紅爪を墓石代わりに大地に突き立て、問いかけた。
「穏やかな歌を‥‥歌おうかと思います」
赤霧は少し悲しそうに笑ってそう言った。
「そうか‥‥そしてやってくれ。奴は、静かな歌が好きだったから」
澄んだ声が周囲に響き始めた。やがてその歌声は蒼い蒼い空へと登り、天へと吸い込まれていった。空では赤い星が輝いている。
了