タイトル:サルベージ・ブルーマスター:望月誠司

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/07/30 11:24

●オープニング本文


 二○○九年某月、赤道付近を航海中の大型客船が海中よりのキメラの攻撃を受け沈没した。
 幸いな事に乗客のほとんどはUPCやULTの活躍により沈みゆく船からの脱出を果たした。
「しかし私は‥‥自身よりも大切なものを、持ちだせなかった」
 ブロンドの婦人が、憂いに青の瞳を伏せて言う。シャルロッテ=キャラダイン、壮年の女性、さる企業の代表取締役である。
 一分一秒を争う状態だった。激しい混乱に陥っていた船の中で、彼女は乗組員の指示に従いボートに乗ったが、その時に亡き夫から贈られたブルートルマリンのネックレスを持っていない事に気付いたのだという。
 それは値段的には大した物ではないが、婦人にとってとても大事な物らしい。
「私が今回依頼したいのは、そのネックレスを海の底に沈んでる船から取り戻してきて欲しい、という事なのです」
 婦人は貴方達にそう言った。

●青い海の上で
 風を切りキメラの生息域の間を絶妙に縫って鉄鋼艇が青い海の上をひた走る。
「例のインデイゴライトはな」
 ブルートルマリンを指してサングラスをかけた白髭の男が誰ともなしに言った。アグナム・ロック、今回貴方達が搭乗する事になった船の船長だ。初老の男はアロハシャツを着込みハマキを咥え、片手で舵輪を握っている。
「まだシャルロッテが十代だった頃に、デーヴィットの奴から贈られた物なのだ」
 デーヴィットというのは婦人の亡夫の事だろう。
「キャラダインの会社は今でこそでかいが、当時は立ち上げたばかりで、その経営はとても楽なものではなかった。そんな時代に贈られたものだ。それから例のネックレスは、シャルロッテとデーヴィットと多くの場面で共に在り、キャラダインの会社の成長を見てきた。いわば、歴史なんだろう。あれは足跡を見てきたモノであり、足跡そのものでもあるのだ。解るかね若人よ?」
 アグナム・ロックはそんな事を言った。
「あの紺碧に輝くトルマリンはシャルロッテにとって足跡であり、歴史であり、絆であり、デーヴィットであり、黄金の日々なのだ。人生、という奴だ。二度と戻らぬ人生の欠片。それがあの青の石なのだ。あの女は既に少女でなく女狐の化け物だが、遠い日に無くした人の心の欠片はあの中にあるのだろう」
 初老の男は言う。
「まぁお前達にとっては関係のない話だ。お前達の仕事は海にもぐり、船に踏み込み、石を探し出して持って来る事であって、それ以外ではなく、それ以外であるべきではない。ならば何故俺はこんな事を語っているのか? それはお前達の働きに期待したいからだ。この仕事を成功させたいからだ。俺はあの女は嫌いだが、立っての頼みと言われては断るわけにはいかん。失敗する訳にもいかぬ。アグナム・ロックの名にかけてな」
 言って初老の男は船を止めた。
「さぁ、来たぞ傭兵諸君、船の墓場だ。着替えは済んだか? 装備の点検は済んだか? 船の構造は頭に叩き込んだか? 全てに問題はないか? 問題がなければゆくが良い。幸運を祈る」

●状況
 今回、PCは婦人から依頼されアグナム・ロックと共にサルベージにやってきた傭兵達、という設定になります。

■目的
 沈没した大型客船S号の特級個室第X号室に侵入、捜索しブルートルマリンのネックレスを入手後、船まで戻る。

●S号
 激しく海流が渦を巻く海の底に沈んでいる。深度は八十m程度。船室は数百を数える大型のもの。
 X号室は船の左舷、中頃あたりにある。窓辺の部屋であるらしい。

●ブルートルマリン・ネックレス
 婦人曰く、X号室の中にあると思うとの事。部屋にあるキャビネットの中にケースに入れて保管しておいたとの事。

●ナビ
 アグナム・ロックが各員の現在位置と目的位置に関して音声でナビゲートしてくれます。

●参加者一覧

鯨井昼寝(ga0488
23歳・♀・PN
平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
新居・やすかず(ga1891
19歳・♂・JG
遠石 一千風(ga3970
23歳・♀・PN
ギィ・ダランベール(ga7600
28歳・♂・GP
九条・縁(ga8248
22歳・♂・AA

●リプレイ本文

 時計は少し巻き戻る。
「潜行ロープか」
 出航前の打ち合わせ時、鯨井昼寝(ga0488)からの要請を受けてアグナム・ロックはそう呟いた。
「水深は約八十という話よね? 深度があるから時間はかけたくないけど、キメラの存在を考えると極力纏まって動きたい」
 鯨井は言う。
「でもフリー潜航のヘッドファーストだと‥‥移動にバラつきが出る可能性があるわ。水平っても潜り慣れてる人ばかりじゃないし、単純に足からだと時間がかかる」
「それでロープ潜行か。潮の流れも強いからな。良かろう。それが賢明かもしれん」
 初老の男はサングラスの奥から瞳を鯨井に向けると言った。
「アンカーを使う。しかし、それなりに頑丈なロープだが、キメラにひっかけられると切れる恐れがある。ロープが失われる可能性も頭の隅に入れておけ」
「解ったわ」
「アグナム。海流の方向も確認したいから、そのロープには一メートル程度のリボンを巻いて目印にしたいんだが、それは可能か?」
 九条・縁(ga8248)が問う。
「アンカーを巻く時に絡まりそうだが‥‥ロープを命綱としてベルトにひっかける気がないのなら、やる事は出来るが」
「キメラが来るからな。どの道、動きを制限される綱はつけられない。あくまでロープは手で辿るものだから、問題ないだろう」
「そうか、しかし、手間だな。まぁ労を惜しんでは成功は掴めぬか‥‥巻くのはお前等も手伝えよ」
 あいよ、と九条。
「んー‥‥船の左舷側って露出してますかね?」
 S号船の図面を確認し出入り口の位置をチェックしていた平坂 桃香(ga1831)が言った。
「突出した岩場に挟まれてる可能性もあるでしょうが‥‥この辺りの海なら大丈夫じゃないでしょうか?」
 同じく図面を確認していた新居・やすかず(ga1891)が答える。その言を受けて平坂は言う。
「もし水中剣で斬れるなら、出入口から入るよりも、外から船体破って直接乗り込んだ方が早くないですかね?」
 おあつらえ向きにX号室は窓辺の部屋だ。
「直接、ですか」
「面白い案だな」
 と九条。
「‥‥SES兵器なら可能?」
 鯨井が初老の船長に問う。
 アグナム・ロックは頷いた。
「地形が邪魔してなけりゃ、俺でもそうする。例え船体が無理でも窓を破れば良い。入口からはいっちゃ船の中は半ば迷路だからな」


 蒼い空、青い海。風を裂いて船が走っている。
「何十年もの思いの詰まったネックレス、ね」
 船縁に立ち、向かい風に暴れる髪を抑え、彼方を見据えながら遠石 一千風(ga3970)は呟いた。
「それは記憶を模る物‥‥ご婦人には必要なのでしょう」
 そっと脇に立つギィ・ダランベール(ga7600)が呟いた。
「そうね‥‥必ず取り返しましょう」
「はい」
 やがて船は目標地点まで到着し、アグナムの言葉を受けて傭兵達は準備を整え海に入る。一様にウェットスーツに身を包み、BC(深部潜行時における浮力調整装置類)、ボンベを背負い、フルフェイスマスクをつけている。
「ふふ、ある意味では絶好の機会ね」
 船縁から後転するようにして水の中に入った鯨井は、無線の具合を確かめながら呟き不敵に笑った。曰く、前からこのレベルの水中ミッションを体験したかったのよ、との事。
「場数は踏んでるようだが、油断はするなよ」
「誰に言ってるの?」
「ふん、こいつは失礼したなお嬢さん」
「何か注意点はありますか?」
 水中任務は初めてだという新居が問いかけた。
「山程あるが、潜る時は耳抜きは小まめにやれよ。やらないと鼓膜が破れる。平衡感覚を失い、上下が解らくなったらブラックアウト直行だ。能力者だから多少は無茶が効くだろうが、例のリボンの間隔ごとにやるのが安全かもしれん。それと狭い場所では装備分の間合いを忘れるな、特に背中のタンクに注意を払え。挟まって動けなくなりましたは笑い話だが実際は笑えん。穴まであいたら最悪だ。船の内部は特に危険だ。水中で酸素が大事なのは言うまでもないが、それが何らかのトラブルで失われた時、人は浮上したがる。だが天井がある場所じゃそうもいかん。パニックを起こしがちだ。そうなったら御終いだ。とかく、ハートには鉄を持て」
 アグナム・ロックはそう言った。
「鉄、ですか」
 と新居。
「ああ、水の中で必要なのは知識と力だが、それらを活かす為には冷静さと勇気が必要だ。故に心には頑強でしなやかな鉄を持て」
「了解しました‥‥有難う、必ずネックレスを持ち帰ってみせます」
「うむ、幸運を祈るぞ若者達よ」
 初老の男からの声を背に傭兵達は海の中へと沈んで行ったのだった。


 青の眷属が支配する世界。
 色鮮やかな小魚が群れを成して眼前を泳ぎ過ぎ、大型のエイが彼方でゆっくりとたゆたっている。
 見上げれば海面は波打って揺れ、光を淡く屈折させ青に蒼に色を変えている。下方を見やれば彼方へゆくごとに紺碧が濃くなりやがて先は見えなくなる。闇の上を浮遊しているかのような感覚。この辺りの海は素晴らしく澄んでいたが、それでも、光はとても海底までは届かない。底へ行くごとに、光が消えてゆくのだ。空とも地上とも違う、光の届かぬ世界。
 一同はそれぞれ二人一組のバディを作った。鯨井&平坂、新居&ギィ、遠石&九条、という組み合わせだ。
 三組のバディは船から垂らされたアンカーロープを伝い、BCを調節して海の底へと降下してゆく。
(「うーん、露出皆無なのは残念だが、コレはコレで味がある」)
 スーツ姿の女子陣を見やり、そんな事を胸中で呟いているのは九条縁である。
「‥‥どうかした?」
 彼が唸っていると無線から訝しげな遠石の声が聞こえてきた。
「え、いや、なんでもないぞ?」
 振り返り見てくるバディの相方に、はははと笑って誤魔化す九条。視線を逸らして周囲への警戒に入る。色香に惑わされて鮫に喰われては仕様が無さ過ぎる。
 遠石はそんな九条の様子を不思議に思ったが、普通に水着姿ならばともかく、相方がそんな上級者だとは思わないので、小首を一つ傾げるに留めると、潜行を進めた。
 事前に十m間隔で結んでおいた赤いリボンは、ある高さでは東に流れ、ある高さでは南に流れ、ある高さでは西に流れていた。やはりこの海では潮は渦を巻くように流れているようだ。最速部での分速120mは誇張ではなく、かなり早い。傭兵達はともすれば彼方へと運ばれそうになる身体をロープにしがみついて保持し、降りてゆく。耳抜きのやり方を抑えておいたギィは問題なかったが、他数名あまり潜水に慣れていない者は耳抜きが上手くいかず、数メートル浮上したり降下したりを繰り返したがしかし、やがてコツを掴み、徐々にペースをあげて降下してゆく。
 水深も三十mを越えると薄暗くなり初め水温も下がってきた。これでも、まだかなり光が通っている方だが――傭兵達はヘッドライトをオンに入れた。
 六人は暗くなってゆく世界をアンカーロープとヘッドライトの光の筋道を頼りにさらに潜ってゆく。四十、五十、加速的に世界が青の闇に塗りつぶされてゆく。ライトから外れれば数メートルの先しか見えない。群青の世界。
 水深約七十m程度。たかが七十、されど七十? 水の中の七十というのは、地上での七十とは訳が違う。そこは既に別世界だった。海はヒトの領域ではない。
(「こんな所に、婦人の記憶は眠っているのか‥‥)」
 深い闇の底へ落下してゆきながらギィ・ダランベールは胸中で独りごちた。ブルー・トルマリンネックレス、豪華客船に置き去りにされたシャルロッテ=キャラダインの記憶の欠片。
 しかし、問題の沈没船、六人は首を振りヘッドライトを使って走査していたが、それらしきものは未だ見えなかった。運が良いのか悪いのか、噂の鮫キメラの影もまだ見えていないが。
 もっとも、ライトがあっても水中の様々なもの――プランクトンなど――によって乱反射する為彼方までは見えず、見えるのは光りの中でかつ三十m程度までであったので、見落としている可能性も高かった。
 翳される光は、広大に広がる紺碧の闇に対し、あまりにか細い。
 キメラ達はあるいは既に六人の傍まで近寄って来ていて、虎視眈々と襲いかかる機会を窺っているのかもしれなかった。
 静かに流れる海流の音と、自らが吐き出す空気の音が、やけに耳についた。
 水深、約八十m。海の底まできた。錨が底に刺さっている。ライトで照らすと海底は意外に隆起に富んでいた。切り立った崖や谷のようなものが周囲にある。ロープを伝って降下してきた六人のダイバーは土煙をあげて小高い尾根のような場所に降り立った。足の裏からはごつごつした感触が伝わってくる。
「えーと‥‥底についちゃいましたね」
 無線から平坂の声が漏れた。
「誰か沈没船、見た?」
 鯨井がメンバーに問いかける。
「すいません、僕は見てないですね」
「‥‥私も」
「俺も。見たらさすがに報告してるぜ」
 新居、遠石、九条が答えて言った。
「‥‥そりゃそうよね、むぅ」
 鯨井は腕を組んで唸る。
「‥‥見逃してしまったのでしょうか?」
 と新居。
「‥‥参りましたね」
 ギィは酸素を表す残圧計へと視線をやった。残りは八割と少し程度だろうか。混合ガス、使える時間は深度によって変わる。アグナムは水深八十で活動し続けるとするなら五十分程度の活動が限界だろう、と言っていたから実際に使える残りは三十分程度だろうか。初老の男曰く「能力者の場合、減圧処理は必要無い」だそうだから、場合によっては急浮上も可能だが、出来れば不慮の問題に備えて余裕を残しての浮上に移りたいところだ。
「アグナム、聞こえる? 底までついたわ。ただ沈没船は捉えていない。目標とこちらの位置関係はどうなってる?」
 鯨井が無線に問いかけた。
「情報が間違っていなければ、その辺りの筈だ。もう少し探してみろ」
 ノイズ混じりの男の声がヘルメット内部から流れてきた。
 六名はロープから離れ周辺の探索を開始する。
 海流に四苦八苦しつつ探索すること数分。
「おい、あれ」
 九条が下方に光を投げかけ指さして言った。海底に走る亀裂のさらに底。紺碧の闇の彼方より白くうっすらとしたもの浮かびあがってきた。沈没船だ。部屋数、数百をかぞえる巨大豪華客船。
「こんな所にあったのね」
 遠石が呟いた。亀裂の底にあった為に降下中は視角が通ってなかったのだ。
「行きましょう」
 一行は海底に走る巨大な溝の底へと降りてゆく。
 巨大な船体の上部を越え左舷部へと渡る。アグナムから船体の説明を受けつつ、それを頼りにX号室付近まで移動する。船体の外から見当がつけられた部屋の窓は強化ガラスが入れられているのか、破損している様子はなかった。
「隣を破りますか」
 平坂が言った。万一に備えて直接ではなく隣の部屋の窓へと剣の柄を叩きつける。叩きつけるごとに蜘蛛の巣のような罅が入ってゆき、やがて割れた。闇に閉ざされた船内へと踏み込む。
 脱出時にパニックがあったのか、それとも沈没後の衝撃か、ライトが向けられる度に荒れた様相が浮かび上がった。六名は開け放たれたままの扉を通り、沈没船内の廊下へと泳ぎ出る。
 廊下は比較的広めだった。鯨井は退路の確保の為に廊下に残り、五名が隣のX号室まで進み中へと踏み込んだ。こちらの部屋も相当に荒れた様子だった。漂う布切れや木端を払って室内を探索する。
 平坂を始め一行はまず引きだし型のキャビネットを調べた。一段目、鍵がかかっていた。平坂はナイフの刃を突き込んで鍵を破壊した。開けると箱が一つ入っていた。箱にも鍵がかかっていた。同様に破壊した。開くと中には宝石類が溢れるように詰まっていた。ダイヤの指輪、真珠のネックレス、様々だ。ライトを照り返し石達は星のごとく煌めいている。
「うぉ、すげぇ」
 小箱の中の溢れ出るような輝きに九条が思わずといった調子で感嘆の声を洩らした。
「‥‥でも、ブルートルマリンは入ってないですね?」
 横から覗きこみつつ新居。
「別の所に入れてるのかも?」
 再び探索を開始する。二段目、空だった。三段目、同様に破壊する。
 またケースがあった。先よりも小さい。鍵を破壊し開く。青く輝く大粒の宝石がそこにあった。
「‥‥これ、ですかね」
 平坂が呟いた。
「間違いないでしょう」
 ギィが頷く。
 と、その時、不意に鋭い声が聞こえた。
「鮫がッ!」
 鯨井の声だ。九条、遠石、新居、ギィは即応し武器を抜き放って廊下へと出る。平坂は一瞬の逡巡の末に中身を先の宝石箱にまとめると両手で押えながら外に出た。
 廊下の闇の彼方から体長六mはあろうかという巨大な魚影が矢のような速度で突っ込んで来ていた。ライトに照らされ光のは凶悪に並んだ牙。鮫キメラだ。
 即座に新居は水陸両用アサルトライフルを構え銃口を向けた――船内なので試射はいらないか――引きつけ、相手の動きを読む。拳銃を構えた九条とギィからの射撃が飛んだ。命中。新居が影射ちを発動させフルオートで猛射する。回転する弾丸が水を裂いて伸び、鮫キメラの鼻先に鮮やかに炸裂した。痛烈な攻撃に鮫が身をくゆらせ、海中に赤い色が広がってゆく。それでも鮫はキメラとしての任務に忠実に鮮血を海水と混ぜながらも新居を目指して突っ込んでくる。しかしその牙が男に届くよりも前に鯨井と遠石が横合いからアロンダイトで滅多斬りにして解体した。
「ふふん、今夜はフカヒレね!」と鯨井。
「それは豪勢だわ――って、ちょっと」
 遠石が顔色を変えた。血色に染まった廊下の向こう、黒光りする魚影が一つ、二つ、三つ、四つ――まだいる。尋常な数ではない。
「げぇ‥‥この船、まさか、キメラの巣かっ?」
 九条が叫んだ。
「退きましょう!」
 一行は即座に踵を返す。入って来た部屋の中へと急いで飛び込む。鮫の巨大な牙が迫る。殿に残った鯨井は入口の扉を閉めた。轟音と共に鉄の扉がひしゃげる。一撃で破られはしなかったが長くは保ちそうにない。
「共食いしてくれると良いのですが」
 窓から船の外へと脱出しつつギィが言った。しかしキメラは生体兵器だ。人を殺すように創られている。この場に人間がいなければ先の死体を喰らっていただろうが、この状況では望みは薄い。
「とりあえず急ぎましょう。血が流れた。他からも集まってくるかも」
 宝石箱を抱えつつ平坂。
「焦っては駄目よ。落ち付いて、速度を合わせて、纏まって浮上する事――アグナム!」
 鯨井が船長に呼びかける。
「解ってる。拾いに行ってやるさ。とっととあがってこい」
 船からはそうノイズ混じりの男の声が返ってきた。

 かくて宝石を手に入れ船から脱出した一行は、間髪で十三匹の鮫に喰らいつかれるよりも前に船の上まで辿り着き、宝石類は婦人の手の元へと戻った。
 ブルートルマリンのネックレスは、今も婦人の胸の上、青く青く輝いているという。

 了