●リプレイ本文
「死と同じように生きる事が避けられないのなら、
今の自分が正しいと思う生き方をすれば、
それがいつか答えになるだろう」
〜ベルガ史某章二節よりトーランスのある傭兵の言葉〜
●朝
「さささ寒ーい!」
グリーンランドに陽が昇るのは早い。
夜明け、港町のホテルから外に出た夢姫(
gb5094)は己の肩を抱いて言った。
東の野より太陽が昇り、暗海はそれを浴びて煌めき始めている。
「寒いけど、綺麗だね〜」
ほーと見惚れて一言。
「はは、グリーンランドの海がお気に召しましたか」
カツカツと靴底を鳴らし、黒コートに身を包んだ青年が進み出てきて、笑顔で言った。
「あ、初めまして! レイヴル少尉ですよね?」
「ええ」
お互い軽く自己紹介をする。
「あ、少尉もフェンサーなんですか?」
「ええ、剣はあまり使わないのですが――しかし、も、という事は、夢姫さんも?」
「はい、フェンサーなんですよ。よろしくお願いしますねっ」
「おお、これはお仲間ですね」
はっはっはとレイヴル。
「‥‥他の連中は埠頭に集合しているそうだ。急いだ方が良いんじゃないか」
いつの間にか居たらしい、十二歳程度に見える白コート姿の黒髪の童子がぼそっと言った。
「あ、御免なさい。あなたがクォリンくんね? 初めまして、よろしくね」
にこっと笑って夢姫は言った。
「その歳で臨時講師も務めてるんですって? すごいなぁ」
「‥‥俺の場合は、そうたいしたものでもない」
言って、少年はふぃっとそっぽを向くと踵を翻して朝の町へと歩き始めてしまった。
「‥‥あれ?」
クックと笑う声がした。レイヴルだ。
「照れてるんでしょう。お気になさらず」
「はぁ」
夢姫達は朝日を浴びる町を抜けて港へと向かった。
●
港の倉庫前では係員によって荷物が大型トラックに積みこまれる作業が行われていた。
「戦争のプロは、兵站を重視する‥‥大事な役目、だね」
ラシード・アル・ラハル(
ga6190)がその光景を眺めながら呟いた。最近は、戦に関する事を考えない日はない。
戦。
それにより兄のように大切な男が、少しづつ、おかしくなってきているという。
「戦争が彼を変えた」と人は言う。
では、戦とは?
自分には、難しい事は判らない、とラシードは思う。だが、戦って、殺して、生き延びようと思う。彼に、生きる事を、教えて貰ったから。
「‥‥この仕事、確実に、果たす」
少年はそう呟いた。
荷の運び先は、ベルガ。
●
「一度は見捨てられた街、か」
倉庫雨までやってきた皇 千糸(
ga0843)は滑り止めのついた靴の具合を確かめながら呟いた。
ベルガンズ・ノヴァ、ベルガ系の移民達によって建てられた町だ。
六月の戦いで、その町は一度、UPCに見捨てられたという。
(「ベルガンズ・ノヴァでの戦い‥‥」)
同様に倉庫前へやってきた霧島 和哉(
gb1893)は胸中で呟いていた。
彼はその当事者だった。激戦だった。夥しい数の死傷者が出た。だが彼等によって町は救われた。
少年は、英雄を気取るつもりはなかった。しかし、無関係を決め込むつもりも無かった。
あの結果‥‥単純に、この町に関する一連を「つまらない」ままで終らせたくなかったのだ。過去は現在に続くが、現在から過去を変える事はできない。しかし。
(「――どうすれば納得できるのかは解らない‥‥それでも」)
少年は、それだけを理由に、もう一度ベルガへと歩を向けている。
●
「アンタが、エイリークのオッサンの‥‥?」
倉庫前に居たアレックス(
gb3735)はレイヴル達がやってくるのを確認すると、そう声をかけた。
「ええ、そうですよ。不肖の息子という奴です」
レイヴルは笑顔で頷いた。
「俺は、あの時現場にいた一人だ」
一瞬、空気が止まったように感じられた。彼もまた霧島と同様に六月の戦いに参加していた。
「‥‥何でだろうな」
アレックスはレイヴルを見据えて言った。
「お門違いだし自己満足って分かってても、一言すまねぇ、って言わなきゃいけない気がしたんだ」
それに――レイヴルは笑顔のままで答えた。
「我々は戦う事が仕事です」
初めに青年はそう言った。
「戦の結果は、兵家の常という奴でしょう。貴方は精一杯、戦ってくれた筈だ。なら、例え責任があったとしても、私はそれを許します」
ぽん、とアレックスの背中を叩いてレイヴルは言った。
「もしそうでないのだとしても――貴方が今、そう思ってくれているのなら、少なくとも父は無駄死にではないでしょう。貴方が、次に同じような局面に立った時、貴方は前よりも様々な可能性を思いつける筈だ。なら、それで十分です」
青年はそう言った。
●
やがて積み込みと点検が完了し、一同は出発向けて動き始める。
優(
ga8480)は集まった一同に挨拶を済ませると、タンクローリーに乗り込んだ。
エリザ(
gb3560)はRW(リッジウェイ)に乗った。武器をいつでも手に取れる位置に寄せておく。
アグレアーブル(
ga0095)もまたRWに乗り込むと軽く会釈して言った。
「また、よろしくお願いします」
「‥‥あんたか」
内部に居たクォリンは手袋を嵌めながら赤毛の娘を一瞥し呟いた。
「慣れてるようだな。陸でも頼む」
「はい」
女は少年を見降ろし頷く。
(「できる人なのだろう、けど‥‥」)
見た目からは噂に聞くそれとは違和感を覚える。
クォリンはアグレアーブルの脇を抜けて、操縦席についた。
交差の瞬間、気づく。改めて、小さい。
能力者。エミタを体内に埋め込んだ存在。少年は、エミタに欠陥を抱えているという。彼の体格は十五の戦士にしては細く小さすぎる。
「‥‥不調が発生した場合、交代は可能です」
アグレアーブルは声を投げた。操縦席でパネルを操作していた少年の手が一瞬止まった。
「――‥‥解った。その時は頼む」
振り向く事なくRWを起動させながらクォリンはそう言った。
●
十三名の傭兵と六名の軍人は四台の大型トラックと一台のタンクローリー、護衛につく二台のRWへと乗り込み、港町を発ち、ベルガへと向かう。
傭兵達は直列にトラックとタンクローリーを並べ、先頭車両の右斜前方へRWを一台、最後尾の左斜後方へ残りのRWを配した。対向車両には傍迷惑な隊列だが敵襲に対してはRWが柔軟に対応できる形だ。このご時世、グリーランドでは道を走る車両というのはそう多くないし、見晴らしも良い土地なので天候が崩れて視界が悪くならない限りは大丈夫だろうとレイヴルは言った。
先頭のRWはレイヴルが操縦しシン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)、アレックス、エリザ、皇が搭乗した。トラックとタンクローリーにはそれぞれ先頭からナンバーをふり、T1 ラウラ・ブレイク(
gb1395)、T2夢姫、T3(タンクローリー)優、T4 辻村 仁(
ga9676) 、T5エレノア・ハーベスト(
ga8856)といった具合で同乗し護衛についた。エレノアは初めRWに乗る予定だったが、編成の関係でT5へと回っていた。
永久凍土を貫く道を車両群が行く。雪原からの照り返しがきつかった。純白の道は眩い。
『こちらタンゴ4、異常無し、オーバー』
辻村仁がトラックの助手席で無線を手に言った。
『こちらタンゴ3、感度良好異常無し、オーバー』
タンクローリーに乗る優の言葉がノイズに交じって返ってきた。
一行は無線を用いて連絡を取り合う事にしていた。他の車両からも次々に異常無しの言葉が返ってくる。とりあえず、今の所は順調に進んでいるようだ。
「‥‥妖精にドラゴンか。メルヒェンね、全く」
RW1内部、キメラの資料を片手に野戦食の板チョコを齧りながら皇が言った。
「メルヒェン、ですか。光景だけなら幻想的かも知れませんが‥‥」
シンが自前のノートパソコンと操作してプログラムを組みながら言った。デジカメと連動し熱源感知によって索敵を行おうというものだ。武闘派のレイヴルやクォリンなどは首を傾げていたが軍兵の中に詳しい者がいて彼の言う所によれば、デジカメで映せる範囲が狭く、赤外線を感知出来る距離が短い為、今回のように天地の広範囲を見張らねばならない場合、効果は薄いだろうとの事だった。
しかしやらないよりはやっておいた方が良いだろうという事になりシンはRW内でそのプログラムを組んでいた。
「調子は?」
皇がひょいと視線をやって問う。
「ぼちぼち。夜までには間に合わせますよ」
カタカタとキーボードを打ちつつシン。
「たいしたものですわね。そういえば、先程は何を言いかけてたんですの?」
小首を傾げてエリザ。
「‥‥例え幻想的でも、寒中でそれに対処しなければならない僕達にとっては迷惑以外の何者でもない、と思いましてね」
「お伽噺って結構残酷らしいわよ?」
と見張りに加わるべく双眼鏡を取り出して皇。
「バグアはいらん所ばかり忠実ですね」
タンッとエンターキーを叩いてシンは嘆息したのだった。
●
初日、午前中、空は良く晴れていた。文句無しのブルースカイだ。キメラの影も見えない。行程は順調だった。
昼を少し回った所でRWへと燃料補給をするついでに休憩を取る。固められた雪の道の脇にKVと車両を止める。シン、エリザ、優、辻村からなる一班とレイヴル機は歩哨に立った。
「この辺りはオーロラ・ベルトが通ってるから、運が悪くなければオーロラが見られるはずよ」
ホットコーヒーを飲みながらラウラ・ブレイクが言った。
「へぇ、それは夜が楽しみどすなぁ」
ゴシック調の瀟洒なドレスにジャケットを羽織っている娘が言った。エレノア・ハーベストだ。簡単な装置で湯を沸かしてコーヒーを淹れて回っている。
夏のオーロラ、極光、ワルキューレ達の鎧の輝き、北極圏に近い場所ではそれが見られるという。
「オーロラですか! 確率的には大体どの程度で見れるんでしょう?」
とカップに口つけつつ夢姫。
「確か、旅行ガイドには八割ってあったわね」
「意外に‥‥確率、高いんだね‥‥」
ふぁと欠伸を洩らし眼を擦りながらラシード。十分、十五分程度だが、先程まで寝ていたらしい。
「うん。でもまぁ、自然現象だからね」
「見れない時は‥‥見れない?」
首を傾げる霧島に、ラウラは頷く。
「ま、夜空に期待しつつ午後も気張りましょか」
「そうだな」
エレノアの言葉に頷き、伸びをするアレックス。
二班の面々は昼食の後始末をすると一班の歩哨達と交代すべく持場へと散った。
●強襲
午後五時。気の早い空ではそろそろ茜に染まってくる頃合いだがグリーランドの昼は長い。空は相変わらずの蒼天だった。
初めに気付いたのはラシード・アル・ラハルだった。
RWのハッチから双眼鏡で後方を走査した時に空の色に一部変化がある個所を見つけた。
倍率を上げる。
蒼く透き通る身を持つ竜が、翼を開いて真っ直ぐに輸送隊を追尾してきていた。見る見るうちにその姿が大きくなってくる、かなりの速度だ。
ラシードは即座に敵襲を知らせるべくトランシーバーに向かって叫ぶ。
『バンディット! ‥‥後方遠方上空ドラゴン! 数は一!』
車両は次々に緊急停止し、能力者達がRWや車両の扉を蹴り開けて大地へと躍り出る。
「いきなりか。翼を狙ってくれよ!」
アレックスはミカエルを装着すると槍を携えRWから飛び出した。氷の竜、ベルガで最も多く人を殺し、最も多く傭兵達を打ち倒したキメラ。大物がいきなり出てきた。どうやらキメラや運命の女神は空気などまるで読まないらしい。
ざっと雪を踏みしめる音がなる。振り向けばバハムートに身を包んだ相棒が居た。霧島とアレックスは一瞬、視線を合わせると左右へと散った。
「車輌を巻き込まない様に離れて! 有効射程じゃなくてもいい、車輌に意識が向かないように射撃で牽制を!」
ラウラ・ブレイクが拳銃のセーフティを解除しながら傭兵達へと指示を飛ばしている。優は一端タンクローリーの上に乗って他に敵影がないかを確認した。
二機のRWは左右へと大きく散り、シンは道路上を進むと長大なアンチマテリアルライフルを設置し地に伏せ、射撃を開始した。他のメンバーも車両から離れると飛び道具を空へと向けて撃ち始める。アグレアーブルはRWに追随した。
距離が詰まってゆく。竜が空に弧を描いて接近してくる。
相対距離一二〇、レイヴル機、機体特殊能力を発動させ飛来する竜の翼を狙って戦車砲を撃ち放つ。竜は素早く旋回して回避した。
「シュメルツ‥‥その名前の通りに、痛みを与えてやれ!」
貫通弾を装填し狙いをつけていたシン・ブラウ・シュッツ、練力を全開にしてトリガーを引き絞る。轟音と共に長大な銃身から弾丸が飛び出し、錐揉むように回転しながら空の層を切り裂いて伸びてゆく。狙いは、翼。
回避軌道を狙って放たれたその弾丸は、見事水晶竜の翼に激突し、展開する赤い障壁と激しく鬩ぎ合った。瞬後、障壁をぶちぬいて弾丸が翼へと直撃する。
竜が咆哮をあげた。しかし、その飛行に揺らぎはない。再装填して再度発砲。命中。鱗が一枚弾け飛んだ。
相対距離八十、アグレアーブルはRWの傍に立つ。両手の中にはずっしりとした重みがある。人の身には不釣り合いな巨大さのガトリング砲。雪原の照り返しに目を細めつつ空へと砲を構える。狙うは額から瞳。頭を抑える。トリガーレバーを引きボタンを押し込む。比類なく重い反動と共にマズルファイアが唸りをあげ、猛烈な勢いで弾丸が飛び出してゆく。大口径ガトリング砲から放たれた弾丸は赤壁を貫いて次々に着弾すると竜の鱗を爆ぜ飛ばし体液を噴出させてゆく。うち一発が片目を貫いた。竜が首を振り、苦悶の咆哮をあげる。アグレアーブルは一五〇発の弾丸を叩き込み、再装填する。
だがまだまだ竜は戦意を失っていない。相対距離六〇、クォリン機の対戦車砲が焔を吹いた。ブーストと機体能力を発動させ翼を狙う。直撃。砲弾が爆裂し、衝撃で竜の態勢が傾いだ。
直後、皇は狙撃眼と影射ちを発動させる。S‐01を構え五連射。ラシードもまたイブリースに貫通弾を装填する。影射ちを発動させサイトにドラゴンの巨躯を納めるとトリガーを引く。二人の狙いは共に翼。態勢を崩している竜へと拳銃弾とライフル弾が飛来し赤壁を突き破って鱗と激突する。貫通弾が鱗を貫いたが拳銃弾は弾かれる。硬い。
ドラゴンが迫る。相対距離五〇、夢姫、ラウラ、それぞれ拳銃を構え翼を狙って四連射。ライスナーが鱗を強打し、ラグエルが鱗をぶち抜いた。エリザ、辻村、共にM‐121ガトリング砲を構える。SES機関が唸りをあげ、猛烈な勢いで弾丸を吐き出し始めた。嵐のごとく放たれる弾丸が次々に翼を撃ち抜いてゆく。翼から体液が噴出し、竜が怒りの咆哮をあげた。
相対距離四十程度、竜が迫る。エレノアはS‐01を空へと構え翼を狙い発砲。反動を抑えながら四連射。二発命中、二発外れ。弾丸が赤壁を突き破り翼を強打する。
距離二十。月詠を携えた女が進み出る。優だ。練力を全開にし上段に構えた太刀へと極限までエネルギーを集中させる。裂帛の気合と共に一刹那に六連斬。光が走り抜け、空間が断裂し、風が逆巻く。音速波の結界、六連の風刃が唸りをあげてドラゴンへと飛ぶ。直撃。風刃の嵐は赤壁を突き破り、その片翼を滅多斬りに切り裂いてゆく。
ドラゴンが大きく息を吸い込んだ――特別に散兵を意識していない限りは、射撃戦時に互いの距離を二十メートル以上離しているという事はないか、全員を巻き込む位置だ。アレックスが竜の翼を発動させ、霧島が妨害を狙いS‐01で射撃をかける。他のメンバーも再度先と同様に猛撃を仕掛けた。皇はエネルギーガンに切り替え、夢姫、ラシード、エレノア、辻村は急所狙いに切り替えた。シンもまた距離が詰まった為対物銃からガトリング砲に持ち変え急所を狙う。
二機のRWとアグレアーブルとエリザの弾幕が唸りをあげ、優から一閃の音速波が飛び、ラウラのラグエルが水晶の鱗を撃ち抜いた。皇が構えるエネルギーガンから五連の閃光が飛び出し爆裂して凶悪な破壊の嵐を巻き起こした。猛烈な勢いでドラゴンの翼が折れ曲がってゆく。
ドラゴンが大きく態勢を崩す。しかし彼は落下しながらも、長い首を巡らせ反撃のブレスを咥内から吐きだした。上空からコーン状に広がる氷のブレスが傭兵達へと向かって降り注がれる。
アレックスは竜の翼で駆け抜け退避、夢姫もまた疾風迅雷で加速し範囲外へと回避した。皇は回避。アグレアーブルはクォリン機の陰に回って避けた。
二機のRW、ラシード、優、エレノア、辻村、ラウラ、霧島、シン、エリザへと煌めく無数の氷刃の霧が迫る。数多の命を奪ってきた凶悪な破壊の力が彼等を飲み込んだ。
ラシード、吹雪に身をズタズタにされて負傷率六割。優、氷刃に裂かれて負傷率三割二分。エレノア、負傷率十割一分、凍てつきながら滅多斬りにされ血の海に沈んだ。辻村、火属性、負傷率十割二分、氷刃に包まれ凍結し鮮血と共に昏倒した。ラウラ、煌めくブレスに飲み込まれ負傷率四割五分。霧島、吹雪の直撃を受け無傷――無傷、全弾装甲で弾いた。シン、吹雪を受けるも負傷率二割五分、意外に頑強。エリザ、火属性、かなりの出血を強いられ負傷率四割三分。レイヴル機の損傷率は二割八分、クォリン機は一割八分。
積雪を爆砕し、片翼と片目を失くしたドラゴンが大地に降り立つ。長い首をくゆらせ牙を剥き、ただ一つ残った目に怒りを灯し、傭兵達を喰い殺さんと咆哮をあげる。
アレックスが間合いを詰めるべく竜の翼で駆ける。優もまた足場の悪さにややバランスを崩しながらも巨大なドラゴンに肉薄する。強烈な破壊力を秘めた火槍が繰り出されて爆裂を巻き起こし、月詠がドラゴンの脚を強打する。
「リミッター解除‥‥ランス『エクスプロード』、オーバー・イグニッション!」
アレックスが全練力を解放させた。ミカエルの頭部、腕、脚部にスパークが発生し、AU‐KVが光に包まれる。ドラゴンが首を振って大きく息を吸い込んだ。
裂帛の咆哮と共に跳躍する。吹雪の息が炸裂した。槍をかざしAU‐KVからスパークを放出し、氷霧を切り裂いて降下する。
「微塵に砕けろッ! 終焉の一撃(ファイナル・ストライク)!」
全霊を込めドラゴンの頭部へと槍の切っ先を突き降ろした。硬い手応え。己とミカエルと爆槍のパワーに任せてぶち破る。貫通。
エクスプロードの穂先から生じた強烈な爆炎がドラゴンの顔を半ばから吹っ飛ばした。
ドラゴンはしばらく顔の半分を失った状態で静止していたが、やがて雪原にどうっと倒れた。絶命していた。
●
ドラゴンを撃退せしめた一行は、夢姫を初めとし救急セットをフル活用して怪我の治療に当たった。撃退は出来たが傭兵達の被害が大きい。もっとも護衛対象には僅かの損害も出ていなかったが。
「血が流れた。移動した方が良いでしょう。奴等は血の匂いに敏感だ」
とのレイヴル少尉の言があったので、とりあえず緊急の手当てを済ませてからは重傷者をリッジウェイに乗せて寝かせ、そこで治療という事になった。移動しながらの治療である。
一団は雪原をひたすらに走り、結局の所、夕陽が差すまで走り続けた。グリーンランドの夜の訪れは遅い。夜営の設営を開始した時点で時刻はすでに2100時を回っている。
能力者達の消耗はそれなりに激しい。怪我自体は救急セットなどにより回復しやすいのだが、練力というのは通常の場合、六時間以上休息しないと回復しないからだ。
一同はRWの燃料を補給し、車両を点検した。その際にはRWが交代で見張りについた。
まだ明るさが残っているうちにエレノアは身体の温まるスープを作って希望者に渡した。出発当初よりも大分北で高地に来ていた。日も傾き、冷え込んできたような気がする。
「時間と材料を使えれば、もうちょっとエエもん出せるんやけどなぁ」
あちこちに包帯を巻いている白髪の娘はそう言って残念そうに嘆息した。
「いえ、大したものです‥‥あまりご無理はなさいませぬよう、と言えないのが申し訳ない所ですが」
スープを飲みながらレイヴル。
「‥‥キメラ、来ると思います?」
夢姫が問いかけた。
「十中八、九。なので無理していただきます」
レイヴルは戦力は一人でも欲しい、と言った。
●
闇が深い。
周囲に外灯などが無い場所の夜は、都市などのそれとは比較にならない程に深く濃い。
もっとも今夜は月が出ており、辺りに積もっている雪が月光を蒼白く照り返していた為、塗り込められた闇という程ではなかったが。
「夜、ですねぇ‥‥」
辻村仁は新しい包帯を腕に巻きながら呟いた。傍らではシン作の熱源監視システムが動いている。
一行は昼の休憩時と同様に三班に分けて歩哨を立てていた。一班づつ見張りに立ち、それぞれ二時間で交代する予定だ。軍兵達はまとめてクォリン機に乗っている。
RWやトラックのライトは消され、辺りは闇に包まれている。視界はもっぱら暗視ゴーグルのそれに頼っていた。シンなどは二つもっていたが全員が用意できた訳ではなかったので、彼とアレックスが持っていた分をその時の見張り担当員達で使い回した。
『こちら辻村、北方、異常なし』
定時の連格を入れる。十分程度の間隔で入れる事になっていた。
『シン・ブラウ・シュッツ、東方、異常なし』
『こちらエリザ、西方、異常なしです』
『優、南方前方異常なし』
メンバーから次々に報告があがってくる。今の所、敵影は見られないようだ。
辻村は地平を見やった。彼方の夜空には光の帯が揺れている。あれが、話に聞くオーロラという奴なのだろうか。暗視スコープを外して肉眼で見てみたい気もするが生憎と今は歩哨中。交代する際に少し見てみようかと思った。
夏の雪原は静かだ。
時折、風の音が鳴る音が聞こえた。
どれだけそうしていただろう、不意に無線にノイズが走った。
『こちら優、南方、熱源を発見。数、三十以上、高速で接近中、キメラの群れです!』
●
毛布や寝袋などにくるまれ短い眠りについていた者達は早速叩き起こされる事になった。
RWのライトが点灯し暗闇の中に光が生まれる。
南の夜空に向けられたライトの中には小人に羽を生やしたようなキメラが無数にこちらに向かって飛んできていた。
エレノアは閃光手榴弾のピンを抜いた。炸裂まであと三十秒。空を飛ぶキメラは速い。相手が到達する方が先か。
急速に距離が詰まってくる。
二機のRWから弾幕が張られた。光の中の妖精達が撃ち抜かれ、落ちてゆくが大半は抜けてくる。アグレアーブル、大口径ガトリング砲で猛撃をかけ、空中を掃射する。
「一撃必中!」
皇、狙撃眼を発動させS‐01を構える。妖精集団が二つに割れた。RWのライトが追う。光の中の敵へと向けて発砲。一匹一匹を丁寧に狙い撃って落としてゆく。ラシードもまたイブリースを構えセミオート射撃、連射。妖精が撃ち抜かれ鮮血を噴き出して大地へと堕ちてゆく。夢姫、左の集団へとライスナーを向け四連射。妖精達を破砕する。ラウラも右の集団へと向けてラグエルを発砲し次々に撃ち抜いてゆく。優はタンクローリー付近で警戒中。シン、辻村は左の集団へ、エリザは右の集団へとガトリング砲で猛烈な弾幕を張る。光の中にいた妖精達が次々に射ち抜かれ大半が掃討された。
距離四十、生き残りの妖精達がクォリン機へと熱線を乱射する。右から三匹、左からも三匹。合計十八発の熱線が飛んだ。ほぼ同時に、エレノアと霧島は右の集団へと拳銃で、アレックスは左の集団へと小銃で猛撃をかけている。
妖精達はライトを狙っていた。RWの装甲が傷ついてゆく。拳銃弾とライフル弾が唸りをあげて飛んだ。三人は生き残りの妖精達を片っ端から撃ち抜いて撃墜させてゆく。RWの放火が吹いてから十秒数秒後、動いている妖精キメラの姿は既になかった。しかし、
「地上、三方から来てるぞ!」
クォリンが外部スピーカーで吼えた。
南と西にライトが投げられる。南から四匹、西から三匹、巨大な銀色の狼が雪を巻き上げて疾走して来ていた。西がやや先行し、一直線に向かってくる。
「西、伏せや!」
エレノアが接近してくる西方の巨狼達へと閃光手榴弾を投擲した。放られた手榴弾は百数十メートルの距離を越えて狼達の鼻先へと飛び、地上に落ちる前に炸裂した。轟音と共に光が激しく明滅し狼達が悲鳴をあげて足を止める。
すかさずクォリン機がブーストで踏み込み、対戦車砲を叩き込んで爆裂を巻き起こした。レイヴル機は南を照らしている。
優、周囲を見回す。東方、闇の中に六つ、蒼白く輝く光が見えた。闇の中で低く揺れている。蛍? 否、狼の目だ。
「東、来てます!」
抜き身の月詠を手に前に出る。
アグレアーブルはガトリング砲を置くと東へと向かう。
(「初手はとりあえず潰したかしら?」)
皇、胸中で呟きつつ弾丸をリロードしながら周囲へと注意を払っている。夢姫は各個撃破を狙い西へと出る。シンは南からの接近を防ぐべく動く。ラシード、敵を見比べる。ライトで照らされている狼の中では南のそれが一番大きく見えた。少年も南に備える。
「お互いにカバーしあって! 狩りのペースに巻き込まれないように!」
拳銃を納めラジエルを抜き放ちながらラウラが言う。
エレノアと霧島は迎撃の構え、エリザとアレックスは西方へと駆けている。
「敵は地上です! 火線に注意を! タンクローリーを撃ったら目も当てられませんよ!」
辻村は血桜を抜き放ちながら注意を飛ばす。
クォリンは先に撃った西の狼へと対戦車砲を二連射して爆殺した。レイヴル機は南からの狼をバルカン砲で猛射している。シンが砲で弾幕を重ね、ラシードは南の四匹のうち最も後方からくる大型の狼を狙って射撃している。レイヴルとシンの猛射を受けて一匹が倒れた。三匹が弾丸の如き速度で雪の大地を蹴り突っ込んでくる。狙いはエレノアか。
霧島は竜の翼を発動させた。三匹のうち最も巨大な銀狼へと向かって盾を構えて突進、竜の咆哮を発動させチャージする。小柄な少年のそれを受けて、三メートルを超える巨狼が吹き飛んだ。雪の上へと転がってゆく狼へ霧島は右手の銃を素早く向け、連射して追撃を入れる。
辻村は駆けながら血桜を上段に振りかぶり銀狼の一匹へと落雷の如く打ち降ろした。銀狼はさっと後方に飛んだ。瞬後、狼の鼻先が割れ、赤い液体が散る。辻村は踏み込むと横薙ぎに追撃の斬撃を放つ。大狼は飛びあがり爪を振り下ろした。閃光が抜けた後に男と狼の双方から鮮血が吹き出す。
影が宙に踊った。弾幕を抜け、霧島と辻村の間を抜け、エレノアへと飛びかかる。
「畜生モドキが、とっと土に還り」
飛びかかって来た銀狼に対しエレノアが右手に抜き放ったクロムブレイドで斬りかかる。刃が狼の牙と激突した。大狼はその身の質量のまま押してくる。渾身の力を込めて押し返し、叩き落とす。ラウラは横合いから素早く間合いを詰めるとラジエルで斬りつけた。狼の首筋が焼き切られ、態勢が揺らぐ。エレノアはクロムブレイドで打ち込みをかけると頭蓋を叩き割って打ち倒した。
西方、夢姫、銀狼が唸り声をあげて飛びかかってくる。深く身を沈め、低く踏み込んで銀狼の爪をかいくぐると、抜けながら莫邪宝剣で叩き切った。後ろ足が切断され狼が咆哮をあげながら地に転がる。すかさずアレックスが火槍を突き込んで文字通り爆殺した。
エリザは勢いをつけて突進すると、真っ向から飛びかかって来た巨狼に対し、身を捻り遠心力と勢いを乗せて加速させた斧刃を逆袈裟に振り抜いた。インパクトの瞬間に猛烈な破壊力が炸裂し、狼は顔面を破壊されて地に落ちた。エリザは手首を返すと上段から長柄斧を叩きつけて巨狼を爆砕する。RWの対戦車砲に勝る破壊力だ。
北の一匹は皇がエネルギーガンを五連射して地上から消し飛ばし、一匹は優が滅多斬りにして切り捨て、残る一匹はアグレアーブルが防いでいる間に優が駆けつけて切り捨てた。
もっとも巨大だった銀狼はRWとシンとラシードと霧島の猛射を受けて沈み、辻村と格闘していた狼もラウラとエレノアに駆けつけられ三方からの斬撃を受けて絶命したのだった。
●かくて
襲撃を退けた一行は、夜が明けると再び走り出し、やがて無事にベルガの町へと辿り着いた。
運ばれた物資はレイヴルの指揮の元、軍需物資は陣へと運ばれ食糧や生活用品が住民へと配られていった。
住民達は歓声をあげ、彼等の顔には笑顔がありレイヴルの顔にも笑顔があったが、何処となく男のそれは作り物めいているように見えた。
「レイヴル少尉、何か懸念でも?」
かつては軍士官だったというラウラ・ブレイクが問いかけた。
「いえ、ね、どうしようもない世迷い事の部類なんですが‥‥」
若き少尉は苦笑しながら答えて言った。
「軍人は勝ってこそ全て、だと俺などは思うんですが‥‥問われましてね、確かに、どうせいつかは死ぬ事が避けられないのなら、本当にそこまでして戦うべきなのかと‥‥少し思いまして」
ラウラは少し考えるようにしてから言った。
レイヴルはその言葉を聞くと、一つ顎をなでてから頷いた。
「なるほど‥‥そう、かもしれませんね」
言って、青年は空を見上げた。
(「‥‥親父は、答えを見つけていたのだろうか」)
――多分、きっと、見つけていたのだろう。だが自分までも同じ答えを出す必要はない筈だ。
そんな事を青年は思った。
夏のベルガの風は冷たく、町の通りの間を吹き抜けて行った。