●オープニング本文
前回のリプレイを見る 現在のグリーンランドの前線はおおまかに北緯七十度付近であり、ベルガンズ・ノヴァもその付近にある。
傭兵達がベルガンズ・ノヴァに物資を届けてから約一ヶ月。ベルガの町の北方では順調に陣の建設が進められていた。
町を橋頭堡につくられているその「ベルガの戦陣」は多重構造陣地である。完成すればその長さは縦横に十数キロという長大なものになる予定らしい。軍はこれを北への侵攻の足がかりとする腹積もりだという。
築城にあたっているのはUPCの一旅団、総兵力五千あまりの混成独立旅団だ。ヘイエルダール旅団と通称されている。
凶運レイヴルと呼ばれる、レイヴル・エイリークソン少尉もまた、補給任務の完了後、傭兵隊と共に築城の任務にあたっていた。
「遺志ねぇ‥‥」
レイヴルはルベウスを手にとって眺め、言った。ベルガの町での戦いで倒れた父エイリークがかつて使っていた赤爪だ。町にあった墓に突き立てられていた物だが旅団長のヘイエルダール大佐が勝手に引き抜いてレイヴルに渡していた。大佐はエイリークの古い戦友であったという。
年齢を重ねてもなお豪腕で鳴らす初老の男は豪快に笑いながら言った。それはお前が持って行けと。
レイヴルは自分は父のようにはならない、彼の遺志を継ぐつもりはない、との意を言外に告げたのだが。
「遺志とは受け継ぐものではない。共に連れてゆくものだ。ならそれは息子であるお前の役目だろう。男なら黙ってもっていけ」
と結局の所、押しつけられた。
(「あの爺は強引だ‥‥」)
嘆息して腕に嵌める。意外に馴染むのが癪に障った。
●
白コートに身を包んだ少年はベルガの町を歩いていた。三か月前とは何もかもが違う。以前は静かな町だった。だが今は町から陣へと運びこむ為かトラックが頻繁に道路を往来し、娯楽や休息を求めて出てきた兵士達や、それ向けの店などで町は賑わっている。
ただ、補修もれで道路の隅に残された傷や、家屋の罅が以前の戦いは確かにこの場所で行われたのだと言っていた。
「坊や、この所よく来るね。君も最近街にやってきた人?」
パン屋の店番の女性がそうクォリンに言った。
「‥‥坊やではない」
パンの詰まった袋を受け取りながらクォリンが不機嫌に言うと何がおかしいのか女性はくすくすと笑った。
「いやぁ、でも良かったわ。この町、一時はどうなるかと思ったけど、またなんとかやっていけそうで」
「一つ、疑問なんだが、どうしてあんた達はこの町にしがみつくんだ? 何処なりと安全な所へ流れれば良い、とも思うが」
クォリンが言うと女性は吃驚したような顔をした。
「この町も、昔は安全だったわよ。グリーンランドでは戦いが激しくなかったから。だから私達は流浪の果てにここへ来たのよ」
「昔は昔で今は今だろう。それに昔出来た事が何故、今、できない?」
「昔は昔で今は今だからよ。だって今の世界で何処へ行けば安全なの? そこへ行っても私達は店を持てるの? そもそもに、行く事が出来るの? 既にある町では大抵、移民には厳しいわ。ある国では失業者が増えたのは移民のせいとか言うのよ、仕事を外からやってきた連中に取られたって。不況は移民のせいで、治安の悪化も生活苦も移民のせいらしいわ。移民は全員叩き殺すか国外へ追放しろなんて過激な政党もあるくらいよ? そうでない場所をなんとか探し出せたとしても、今は今でこの先はこの先でしょう? どうなるか解らないわ。それに住処を移すのはとても大変なのよ。言葉もお金も習慣も水も気候も、すべてが大変なの。歳も取ったし、蓄えも底をついてしまったわ。もう一度、それを行える体力が残っているとは思えない」
「‥‥そうか」
クォリンが頷くと、吃驚したような顔の青年が少年の隣を抜けてカウンターへと入ってゆき、同時に片耳に突っ込んでいたイヤホンにノイズが走った。
「傭兵隊、傭兵隊、聞こえますか?」
レイヴルの声だ。
「HWが高速で飛来し大量のキメラが陣に撒かれていったそうです。至急、持場に帰還してください」
「クォリン、了解」
少年はイヤホンマイクに向かって言うと踵を返した。
「おい、あれ――」「え、フローズンファイア?!」
背後からの声と視線に、この町に他にパン屋ってあったかな、などと思いつつ。
●ベルガの空と大地の戦い
真っ青な空の上、一つの影が火炎と煙を吐き出しながら彼方へと恐ろしい速さで流れてゆく。あれは翔幻だろうか。撃墜、されたのだ。他にも無数の影が爆裂を巻き起こしながら墜落してゆく。バイパー、S−01、ロジーナ、ウーフー、他にも五機。激しく爆発を巻き起こしながらばらばらになってゆく。
煙を噴き上げている三機のHWワームがやってきた。音速波と共に轟音をあげて、地上へと無数のフレア弾を撒き散らしてゆく。
「‥‥畜生、空軍、負けたのか!」
最前線の陣、レイヴルは備えられた巨大な対空砲に飛びつくと空へと向かって撃ちながら悪態をついた。音速で通り抜けてゆくHW達、当たるもんじゃない。
やがて巨大な――分類上では中型の――HWワームがやってきて大量にキメラを撒き始めた。煙を吹いているがまだまだ健在のようで、砲火をばかにするように右往左往しながら地上へとキメラの群れを投下してゆく。
(「当たれ! 当たれ! 当たれぇえええええッ!!」)
このままでは、不味い。レイヴルの胸中を焦燥が満たしてゆく。
「貸せ!」
横から白っぽい影が飛び込んできてレイヴルを突き飛ばし、砲座へと割って入った。
「クォリン?! 何を――」
するんだと言い終える前に黒髪の童子は砲弾を再装填すると無造作に虚空へと狙いをつけて発射した。爆撃を繰り返す小型HWの一機がマッハで突っ込んできて砲弾に当たって爆裂四散した。
呆気にとられているレイヴルの隣で少年は次々に猛射し中型のHWにも当ててゆく。中型HWは慌てたように翻り、生き残りの二機を引き連れて北の方角へと飛んでいった。
「‥‥なんで当たるんです?」
「大抵パターンがある。落ち着いて、未来位置を予測して、撃てば、あた――」
学園で臨時講師をする事もあるという少年は淡々と言って、そして大量の血を吐き出して倒れた。
「うぉ、攻撃もらってたんですか?!」
「違う‥‥いつ、もの、発作、だ。しばらく、寝て、れば、治る」
うつ伏せに倒れながら少年。投下されたキメラの群れが、兵士達を蹴散らしながらこちらへと押し寄せて来ている。しばらくがどのくらいの時間かはしらないが、今回の戦いには決して間に合わないだろう。既に戦闘不能。
「使えるんだから使えないんだか良く解らない剣聖ですね君は!」
少年を片手で担ぎあげながらレイヴルが言った。軽い。
「ほっ、とけ‥‥!」
少年は恨めしそうに歯ぎしりして呟いたのだった。
●リプレイ本文
「僕の故郷はもう無い。
ならば、この街を護りたいと思う」
〜ベルガ史某章三節より中東の少年傭兵の言葉〜
●ベルガ戦陣の戦い
爆炎が大地を破砕し、銀雪の大地に黒煙吹き荒れる戦場。
ベルガの町の北方に築かれたその陣は、ヘルメットワームは退けたものの、それによってばらまかれたキメラの大群によって襲撃を受けていた。
彼方からキメラの群れが押し寄せて来る。対空砲座にいたレイヴルは倒れたクォリンを担いで南へと走り出した。
その背を見て、のそのそと前進していた三匹のコアラは足を止め、一斉にちょこんと小首を傾げた。その両眼が紫色に輝く。コアラ達の六つの瞳から爆音と共に猛烈な紫輝の光線が放たれ空間を灼き貫いてレイヴルの背へと襲いかかった。肩越しに後方を見ていたレイヴルは慌てて地面に倒れ込むようにして回避する。頭上をフェザー砲が貫く。コアラは身長が低い。身を低くすれば、間に置かれている土嚢や対空砲座がスクリーンになる。しかしコアラ達はレイヴルの姿が消えると、その位置を予想し、間に障害物があっても構わずに光線を連射した。紫色の閃光が土嚢を次々に爆砕し、巨大な鋼鉄の対空砲さえも爆裂を巻き起こして消し飛ばしてゆく。猛烈な破壊力だ。
「うぉおおおおおお?!」
レイヴルが叫び声をあげた。吹き飛んできた土砂やコンクリート片、鉄片などがその身に降りそそいでくる。周囲に紫色の光が咲き乱れ、紅蓮の炎が巻き起こり、爆風で砂と粉雪の嵐が吹き荒れている。生きた心地がしないとはこの事だ。レイヴルはクォリンをかばいつつ這うようにしてひきずり、必死に南へと逃げる。
無線から襲撃の報を聞き十二人の傭兵が駆けつける。そのうちの一人ラシード・アル・ラハル(
ga6190)は重機関砲の砲座の元へと走ると、やや高台になっている砲座にとりつき、砲門を回して彼方のコアラ群へと狙いをつけるとフルオートで弾丸を発射した。
マズルフラッシュが連続して瞬き、重機関砲が唸りをあげ、轟音と共に弾丸を吐き出してゆく。うちの数発が百メートル程の彼方にいるコアラ達に突き刺さり、その身から鮮血が噴出した。
「レイヴル、急いで‥‥!」
強烈な振動を伝えて来る重機のトリガーを押しこみながらラシードが無線のイヤホンマイクに言った。しかし、この轟音の中、聞こえているかどうか。
不意に、土煙りの彼方、コアラの位置から紫色の光が見えた。次の瞬間には空を切り裂き唸りをあげて猛烈なエネルギー波が迫り来た。紫輝の爆裂波が機関砲を貫き爆砕して後方の空間へと抜けてゆく。ラシードは間一髪、銃座から転げ出るようにして脱出した。肩が焼き焦げ真っ赤に染まっている。少し、掠めた。
(「これが‥‥押し止められない、ようじゃ‥‥!」)
AU−KVに身を包む霧島 和哉(
gb1893)は胸中で呟きつつ脚部からスパークを発生させ、竜の翼で加速して駆けた。いつかを彷彿とさせる状況だ。故に不安はある。だが、
(「――あの時よりはまだ、軽い!」)
霧島はレイヴル達を飛び越え大楯を構えながらキメラの群れとの間に躍り出る。
光翼を背から生やし鎧に身を包んだ女型のキメラ達が、上空より高速で霧島に迫り来た。耳をつんざく雄叫びと共に両手に激しく明滅スパークする長大なプラズマランスを発生させる。七人の光翼鎧女は光槍を振りかぶると一斉に霧島目がけて投擲した。光の槍が光を撒き散らしながら霧島へと次々に炸裂し、猛烈な爆発を巻き起こして周辺の大地もろとも爆砕する。周囲の大地と雪が吹き飛ばされ一瞬で蒸発し、消し飛ばされてゆく。二十一連の破光の嵐が霧島を襲った。
荒れ狂う熱波が収まった後、霧島は掲げていた楯を下げ、彼方を睨む。生きている。動いている。まだまだ健在だ。
「お疲れ様です」
その間に砂塵を切り裂いてレイヴル達の元まで接近したアグレアーブル(
ga0095)は表情も変えずに淡々と言った。
「大丈夫っ? 援護にきたよ!」
盾と拳銃を構えてレイヴル達の背に回り、言うのは夢姫(
gb5094)だ。
「た、たすかります‥‥」
レイヴル少尉が笑顔を浮かべようとして、それを失敗したような、不格好にひきつった顔で言った。
「移動できますか?」
拳銃をロードしつつアグレアーブルが言う。
「なんとか」
「援護します、下がって」
「了解」
アグレアーブルと夢姫はレイヴル達をガードしながら南へと後退してゆく。
先手必勝を発動させ前進した皇 千糸(
ga0843)は空へとスコールSMGを向けると光翼女の一体へと狙いをつけフルオートで弾丸を吐き出す。空を素早く飛び回るキメラの身に次々に銃弾が突き刺さりその鎧越しに強打を与えてゆく。翼を狙い撃つ、ビーム状の翼は弾丸をすり抜けた。どうやら翼への攻撃は効かないらしい。
優(
ga8480)もまたやや遅れて射程にキメラを捉えると光翼女の一体へと向けてドローム製SMGで猛攻をかけた。弾幕が次々にキメラの身を穿ち鮮血を噴出させてゆく。鎧女の一匹が弾丸に穿たれ地面へと激突した。
「空飛ぶ敵に不気味なコアラ、後ろには大層なモンが居るし、骨が折れそやね」
エレノア・ハーベスト(
ga8856)は銃を構えながら、戦況を見やりつつ、ほどほどに前進する。具体的には皇達の位置だ。鎧女には少し届かないが、後退しているレイヴル達を援護にもいける位置で構える。
「コアラ、一瞬可愛いと思ってしまった自分に腹が立つ!」
皇がSMGを撃ちながらそんな事を言っている。
一方でシン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)は隠密潜行を発動させながら塹壕の中に入り、二丁のエネルギーガンを両手に身を低くしながら駆けていた。余裕は微塵も無いと判断している。故に、全力で行く。
「あのデカイのが到着する前に、状況を有利に持って行くぞ」
機械的に、無機質にな口調でイヤホンマイクに言う。了解、と少年の声が聞こえた。
霧島はシンに答えると大楯を構えて前進を再開する。エリザ(
gb3560)とアレックス(
gb3735)は霧島の陰に入りつつ進む。さらに辻村 仁(
ga9676)、ラウラ・ブレイク(
gb1395)がそれに続いた。ラウラは初め弓で射撃を考えていたが、携行していなかった為、前衛組みと一緒に前に出る事にした。
前進する五人の傭兵の前に三匹の飛蝗人が立ち塞がった。彼等は先頭を走る霧島へと狙いを定めるとそれぞれ縦横に手刀を振るい五連の音速波を撃ち放った。空気が断裂し猛烈な衝撃波となって大地を削りながら霧島へと襲いかかる。霧島はメトロニウム合金の盾を掲げた。次々に衝撃波が直撃する。しかし霧島は衝撃波の嵐の中をまったく速度を落とさずに駆けてゆく。コアラ達から閃光もまた向けられるが大楯に遮られて届かない。恐ろしく頑強だ。
「クォリンくん、レイヴル少尉っ、あとちょっと走れば安全な場所に行けるよ!」
夢姫が言う。その間にレイヴル達は南方へと退いた。移動スキルも織り交ぜて使い大分後方まできた。
「ここまでくれば後は俺一人で大丈夫です。有難う!」
レイヴルが言った。
「わかった!」
「では、戻ります」
言って夢姫とアグレアーブルはまた北へと瞬間移動する勢いで加速し向かう。エレノアもまた前進を開始した。
「敵の位置情報、誰か余裕あるか? 地上だけで良い」
シンの声が無線から漏れる。彼は塹壕内を進んでいる。
「座標D4E4F4付近、それぞれコアラと飛蝗一づつ」
アグレアブールが無線に答えて言った。
「了解、サンクス」
皇から攻撃を受けた鎧女が吠え声をあげて迫りくる。皇は弾幕で迎撃した。撃たれながらも光翼女はプラズマランスを投擲する。天空から光の槍が向かいくる。皇は横に跳躍してかわしつつ、腰から拳銃を抜き放って空へと向けた。光槍が地面に突き刺さり爆裂を巻き起こす。同時に、地上から閃光が撃ち放たれて空へと伸び、光翼女の胴を吹っ飛ばした。キメラは真っ二つに断たれながら墜落してゆく。
「ビームが自分達だけのお家芸だと思いなさんな」
皇は言ってエネルギーガンを構え、前進する。
優はドローム製SMGで弾幕を継続して攻撃を仕掛け、また一匹を蜂の巣にして撃墜した。素早くリロードしつつ走り攻撃位置を斜め前方に移す。
ラシードは戦域全体を観察しつつ武器をイブリースに切り替えて前進している。
シン・ブラウ・シュッツは塹壕内部の段差を跳躍するようにして登ると地上部へと顔だけを出す。飛蝗人とコアラ達が予想位置付近にあった。それぞれ真空波を巻き起こし、首を傾げながら紫光を連発している。接近する前衛組みへと攻撃をかけているようだ。シンは知覚すると同時に「Seele」「Licht」と名付けたエネルギーガンを飛蝗人へと目にも止まらぬ速度で向けた。狙いは頭。練力を全開にして引金を絞る。爆裂する閃光が飛び出した。連射。攻撃を受けた飛蝗人は横合いから迫り来た猛烈な破壊の嵐に反応できず、頭部を吹っ飛ばされて倒れた。
生き残りの四匹の光翼キメラ達は霧島を狙っても埒があかないと判断したか、AU−KV達は避け、装甲の薄そうな辻村を狙って迫り来た。辻村は空へと拳銃ライスナーを向けて発砲し迎え撃つ。四連の弾丸が轟く銃声と共に唸りをあげて飛び、一匹の鎧を強打し鎧を突き破って身を貫き、鮮血を噴出させた。光翼女が怒りの咆哮をあげる。
キメラ達は両手にプラズマの槍を出現させると連続して降らせてきた。辻村は咄嗟に跳躍してかわすが数が多い。着地の瞬間に付近での爆裂に巻き込まれ、猛烈な熱波が身体を焼いた。かなり、強烈な打撃だ。辻村は苦痛を堪えながら前方へと駆け塹壕へと転がるように飛び込み、身を低くして追撃をかわした。地の底に入れば、真上と塹壕が走る方向以外からは角度の関係で射線が通らない。
(「今は我慢の子や、後で盛大に弾ければええ」)
エレノアは胸中で呟きつつ、身を低くしてまだ残っている土嚢の陰に入った。空を見やる。他よりも動きの鈍い光翼鎧女へと銃口を向ける。連射。弾丸が飛び、先の辻村の射撃を受けて血を流している女へと炸裂した。断末魔の声をあげながらキメラが墜落してゆく。
その間にも前衛組みが塹壕を飛び越え地上のキメラへと肉薄していた。二匹の飛蝗人が先頭を走る霧島へと飛びかかってくる。霧島は攻撃を受けるままに装甲で止め、擁霧全体からスパークを発生させつつ氷霧の剣を振るって左右へカウンターの咆哮を叩き込んだ。インパクトの瞬間に猛烈な衝撃が発生し、攻撃を受けた飛蝗人達が赤く輝きながら勢いよく十メートル程を吹っ飛んでいった。霧島を盾にしながら進んでいたアレックスとエリザはその影から左右へと飛び出すと。それぞれ別のコアラへと一足に間合いを詰める。迎撃の紫光が宙を焼き唸りをあげて迫り来た。爆裂する閃光にアレックスの装甲が勢いよく削られ吹き飛んでゆく。エリザはステップし装輪走行でかわそうとしたが雪の大地に身が滑った。やはり強烈な威力を秘めた閃光を浴びて装甲が削られてゆく。しかし被害が拡大する前にアレックスは素早く間合いを詰めるとエクスプロードで一突きしてコアラを爆殺した。エリザは少し遅れたがドリフトしながらも態勢を立て直すと、チャージからすれ違いざまに長柄斧を振るって彼女もまた一撃でコアラの首を撥ね飛ばした。
ラウラもまたコアラへと向かっていた。剣と盾を構えて爆裂する閃光に多大な被害を受けながらも肉薄して天剣を振るい斬り倒す。活性化を発動させて傷の治療を開始した。
ラシード・アル・ラハルは突撃銃を空へと向け飛び回っている光翼女へと狙いをつけた。跳ね上がろうとする銃身を抑えつつ五連射。ライフル弾が宙を切り裂き回転しながら飛び、吸いこまれるように女へと突き刺さっていった。五発命中。女が空いた穴から鮮血をこぼしながら墜落してゆく。
「大型キメラが近づいて来ています。前線、気をつけて!」
優は無線に向かって注意を飛ばしつつ、SMGの銃口を回すと光翼女へと狙いをつけ、弾幕の嵐を放ってやはり蜂の巣にして撃破した。同様に距離を詰めた皇がエネルギーガンを連射して最後の光翼女の身を吹っ飛ばして撃墜している。
塹壕に潜り隠密潜行で気配を限りなく消しているシンは、霧島に吹き飛ばされ宙で態勢を立て直し回転しながら地面へと着地した飛蝗人の一匹へとゼーレの銃口を向けていた。隙を逃さず六連射。閃光の嵐を解き放った。塹壕からの不意打ちに成す術も無く飛蝗人は消し飛ばされてゆく。素晴らしい精度と破壊力だ。強い。
何かが歪む、不思議な音が響いた。
最前線から百メートル程の彼方、体長五メートルほどの獅子頭の巨人が、弓をひくように長大な剣を構えている。その切っ先の空間が歪み光の粒子が渦を巻いて収束していた。
アレックス、エリザ、霧島の三名は脚部からスパークを発生させた、ラウラは踵を返し塹壕へと向かって駆け、跳ぶ。塹壕の段差に登り地上へと出ようとしていた辻村は素早く身を伏せた。
獅子が踏み込み剣を繰り出す。同時に直径十メートルにも及び淡紅色の光の柱が轟音と共に伸び、百メートル程の空間を一瞬で制圧して焼きつくした。アレックス、エリザ、霧島は加速して横にかわし、ラウラは間一髪で塹壕の中に転がり込んだ。ラウラは首の後ろに、辻村は頭上に灼熱感を感じた。空間が、灼けている。
獅子は咆哮をあげながら大地を揺るがしゆっくりと前進してくる。全身から赤いオーラが立ち上っているように見えた。
「‥‥位置がばらけている、一端下がって合流を」
ラシード・アル・ラハルが言った。
前線組は塹壕の位置まで後退を開始し、後方組みは塹壕まで前進する。飛蝗人が前進してきたが、行きがけの駄賃にシンが二丁拳銃で消し飛ばした。
「私達の戦いは希望の種よ」
塹壕の中、ラウラが言った。
彼女は思う、絶望的な状況というのは、人が勝手に諦めてるだけだと。逆に希望とて人が作り出せるのだと。千の言葉よりも恐怖を打ち倒すたった一つの勇気、それが希望になる。彼女達の戦いはその希望の種だと。
「この街じゃなきゃ、駄目な人も、いるの‥‥か、な」
ラシード・アル・ラハルがぽつりと呟き、そして顔を上げて言った。
「僕の故郷はもう無い、ならばこの街を護りたいと思う」
「あの獅子、気にいらねぇ」
アレックスが言った。
「そうだね」
相棒の霧島カズヤも頷いた。彼の相棒を前にして『爆熱』の名を冠している事。その名で大楯を掲げている事。心底から気に入らなかった。
「倒すさ」
言って、手から竜の爪を外すと、しゃれこうべの形をした指輪を取り出し、指に嵌めた。
「三十秒でケリをつける」
不意に、塹壕から顔を出して様子を窺っていた夢姫が言った。
「――塹壕、狙ってる! 来るよ!」
傭兵達は即座に左右へと散った。一秒程度の間の後に直径十メートルの猛烈な光の渦が大地もろとも塹壕を爆砕して貫通した。圧倒的な破壊力だ。
砂煙が吹き荒れる中、傭兵達は塹壕内の段差を駆けのぼり地上へと躍り出た。
七、八十メートルほど先に獅子はいた。
傭兵達は分散しながら間合いを詰める。
速いのはアグレアーブルと装輪走行で駆けるエリザ。先にかわされたのを覚えているのか獅子はアグレアーブルへと狙いを定めると爆光の剣を繰り出した。霧島が竜の翼で加速する。迸る紅輝の閃光がアグレアーブルへと向かって伸びる。
赤毛の娘は姿をブレさせると瞬間移動したかのように掻き消え、かわした。瞬天速だ。
三番手は皇か。獅子は光を集め、今度はその移動先へと撃ち放つ。周囲に塹壕などがあれば良かったが、生憎と距離が遠い。直径十メートル、半径では五メートル、咄嗟にかわすには、移動スキルを持たない者にとって範囲が広すぎる。皇は左足を引き半身になると武器を掲げてガードの姿勢を取る。圧倒的な爆熱の奔流が視界一杯に広がり女を呑みこんで、吹き飛ばしていった。
光が通り過ぎた後には、半身を焼き焦がし、煙を吹き上げながら倒れている皇の姿があった。
皇の指が動いた。立ち上がろうともがいている。生きている。が、目の前が白く霞んで、よく見えなかった。
だが、顔をあげると、遠くにまた光を集めている獅子の姿が見えた。特に撃つ回数に制限はないらしい。白いもやの中、巨大な紅の光が輝くのが見えた。
呟く。
「‥‥本当に、ハードね、まったく」
だが初めに撃ち放ってから四秒近くが経っている。今度はそれが放たれる前に竜の翼を連続で使用して一気に加速した霧島が間に合った。全身からスパークを発生させながら弾丸の如くに盾を構えて突っ込むと、下方から跳躍して剣にチャージをぶちかました。剣の切っ先が跳ね上がり、あらぬ空へと爆光が飛んでゆく。
獅子は怒りを瞳に宿すと撃ちあげられた勢いのまま振り上げ、霧島が着地する前に鉄塊を振り下ろして霧島を大地に叩きつけた。積雪と土砂が舞い上がり、地面が爆砕されて陥没する。
次の瞬間、エリザが長柄斧をふりかざして壮輪走行で突っ込んだ。裂帛の気合と共に獅子の腕を狙って竜斬斧ベオウルフを振り下ろす。突進の勢いと遠心力、重力を乗せて加速された斧刃が、鈍色の閃光となって空を断裂し、獅子の豪腕に喰い込んだ。渾身の力を込めて引き斬る。獅子の腕が半ばまで避け、滝の如くに鮮血が吹き上がった。猛烈な破壊力だ。
咆哮をあげる獅子に対し横手から弾丸が飛来した。アグレアーブルが拳銃「黒猫」を両手で構え六連射している。夢姫もまた拳銃ライスナーを構えて四連射をかけていた。獅子の身が次々に穿たれてゆく。
エリザは引き抜いた斧を振りかぶる。が、その瞬間、横薙ぎの鉄塊が少女の側頭部を殴り飛ばして抜けて行った。兜が吹き飛びエリザが地面に転がる。
ラシード・アル・ラハルはイブリースを構え練力を全開にすると獅子の上半身を狙いフルオートで猛射した。獅子は弾丸の嵐に盾を翳して防御を固める。と、同時に盾が斜め上方へ跳ね上がった。起き上った霧島が竜の咆哮を込めた剣で下方から打ちあげていた。獅子が銃撃を受けながら唸り、大木のような足を繰り出す。霧島は盾で受け止める。
猛烈な爆光の嵐が出現した。
シン・ブラウ・シュッツが練力を全開にし左右のエネルギーガンで猛連射を開始した。獅子の上半身が閃光に呑まれて破裂してゆく。
エレノアは拳銃にありったけの貫通弾を込めると獅子の目と肩の関節へと狙撃をかけた。対フォース・フィールド用の弾丸が唸りをあげて飛び、よろめいている獅子の両眼へと吸い込まれていった。弾丸が赤い目に突き刺さると同時に赤壁が展開し特殊弾丸が猛烈なインパクトを巻き起こす。獅子の目から鮮血がほとばしり、盾持つ肩が砕かれる。力が抜けた所へ霧島が咆哮で薙いで大楯をその手から吹き飛ばした。
「‥‥戦場で‥‥喧嘩を、売られた以上‥‥容赦しない‥‥よ?」
少年はそう言った。
黒髪の女が月詠を両手に構えて駆け、金髪の女が天剣を構えて駆ける。優とラウラは練力を解き放つと、左と右から脇を駆け抜けざまに太刀と剣を振り抜いた。獅子の両脇腹が切り裂かれ、赤いものがぶちまけられる。
辻村は近距離から拳銃ライスナーを連射すると、弾丸を追いかけるように飛び込み、弾丸が炸裂すると同時に血桜を振り抜いて獅子の腹を袈裟にかっ捌いた。
「リミッター解除‥‥ランス『エクスプロード』、オーバー・イグニッション!」
敏捷度的に最後尾を走っていたアレックスが練力を全開にし、全身からスパークを発生させ愛用の爆槍を構えた。
「我が爆熱の槍にて、灰燼と化せッ! 終焉の一撃(ファイナル・ストライク)ッ!!」
裂帛の気合と共に竜の翼で加速して突っ込むと獅子の心臓部めがけて騎兵の如くに槍を繰り出し、それを貫通せしめると爆炎を巻き起こして吹き飛ばした。
●
かくて、傭兵達が受け持った区域のキメラ達は全て退治された。だが陣は広く、当然ながら他の箇所では戦いは続いていた。フリーになった傭兵達は要請を受けて各所へと駆けつけUPC軍を援護しその撃退を助けた。
小一時間に匹敵する激闘の末、傭兵達の活躍もあり、ベルガ戦陣に入り込んだキメラは全て駆逐された。
戦いが終わった後に、ラシード・アル・ラハルと夢姫は負傷者を集め救急キットで応急手当てを行った。皇の火傷が酷かったが、能力者であるし、丁寧な手当てもあったので痕が残るような事は無いだろう。
手当てが一段落ついた所で、ラシードは幕舎から外へ出た。外は、既に夕方になっていた。
思う。
生きる事と護る事はラシード・アル・ラハルにとってはあまり変わらない。
「生きる」のが自分なのか他人なのか違いがあるとすれば、それだけだ。
ただ、できるだけ皆で生き延びられればいい、と思う。
赤く染まる雪原の陣を歩き、そんな事を思った。
振り返る。
彼の街は、あちらだろうか。