タイトル:ベルガの街マスター:望月誠司

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや易
参加人数: 9 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/01/28 10:08

●オープニング本文


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 クォリン=フィッツジェラルドが死んだ。
「――そう」
 担当講師のエドウィンより報告を聞いた時、コルデリア=エルメントラウドはぽつりと呟いた。
「死んだの」
 クォリンは元々身体が悪かった。
「まぁ人間なんてそんなもんよね。いつかは絶対、誰でも死ぬわ」
 遅いか早いかの違いだろう――遅いか早いかの違いに過ぎない。
 ついでに言えば、この時代、人間なんてあちこちでバタバタと死んでいる。比喩抜きに毎日何処かで誰かが死んでいる。存在が遠いか、身近か、それだけの差だ。
「でもねぇ、死にそうだとは思ってたけど、本当に死ぬとはねぇ」
 あの気丈な少年は、血を吐きつつもなんだかんだでしぶとく生き延びそうだとばかり思っていた。むしろあれだけ吐血するような状態で今までよく保ったという事なのだろうか。
 白い外套に身を包んだ、長剣を背負った小さな背中を思いだす。
 カンパネラの講師もしていたクォリンはコルデリアにとっては先生だ。一番実技を多く教えてくれた先生ではあったが、やたら斜に構えていてぶっきらで、同年どころか年下で、見た目も随分幼かったので、彼女としては師とはなかなか認めたくはなかった。
「あいつ、実際何歳だったの?」
「十六だね。今月の末が誕生日だったから、まだ」
 エドはそう言った。
「何か言ってた?」
「何も。僕にも何も言わなかった」
「‥‥らしいわね」
 ふん、と鼻を鳴らす。
「薄情な奴よ、あいつは。何の言葉もないの」
「気にする事はないし、腹立つなら腹立てて、とっとと忘れろって無言のメッセージなんだろうね」
「ああ、そういう奴よね、あいつは」
 目元を片手で強くつまんでから言う。
「でもね、大事なことは言わなきゃ伝わんないのよ‥‥あたしだったら、絶対何か、せめて言葉くらいは残していくけどね」
「君じゃないからね」
 エドウィンはそう言った。
「‥‥‥‥ベルガとかいう町は守れたの」
 少し、気になったので聞いてみる。残された物。
「ああ、バグアからの攻撃は退けられた‥‥このままUPC有利で戦線が北へと押し上げられれば、もうあの町に大規模な戦火が及ぶ事はないだろうね。はぐれのキメラくらいなら飛んで来る事もあるかもしれないけど」
「‥‥そう」
「でも、それはまだ先の事だろうし、警備の人材も不足していてね、UPCにレイヴル少尉――いや、中尉という奴がいるんだが、そいつが嘆いていたよ。いつもはクォリンが手が空いた時に手伝いに行ってたんだけどね」
「ふぅん」
 エドウィン・ブルースは言った。
「行ってみないか、ベルガ」
 その言葉に少しコルデリアは考える。町は、見てみたい気がする。しかし、
「君がいない間は、俺がディアナの事は見ておくよ」
 偶にこの先生は人の心が読めるのではないかと思うが、故人に言わせれば「お前が単純なんだ」との事らしい。今思い出してもやはりあの面は腹が立つ。墓前に一つ罵りの言葉でも投げにいかなければなるまい。
 故にコルデリアは言った。
「あたし、行ってみる」


 紺碧の闇の彼方、紺と赤が投げかけられて混じる雪の地平に炎が燃えている。
 夜明けだ。
 地平線の遥か彼方にグリーズガンド・バグア基地を、その更に北にチューレ基地を睨む丘の頂、雪を掻き分けられた岩の上に一本の長剣が突き立てられ鈍く輝いている。街を守る戦陣で戦った少年の墓標らしい。付近にはバグア軍の動向を見張る兵士達のキャンプがあり、外套と帽子に身を包み小銃を担いだ兵士達が白い息を吐きながら動いている。
 そこから南へとゆくと大規模な旅団が駐屯する築城地帯に出て、さらに南へとゆくと一つの街がある。
 街の名をベルガンズ・ノヴァという。
 氷雪のグリーンランド島、そこに在る街の一つ。かつて、戦火や諸々の事情により各地から流れてきた移民達の手によって建てられた街だ。
 現在の人口はおよそ五千と数百。付近の鉱山や地下からのレアメタル採掘と北の戦陣の兵士向けの商売が主産業である。
 設備投資の為にかなりの額の借金を背負っていた事もあったが、軍需による好景気と住民の努力によって返済は終わり、街はどんどんと大きくなって来ている。と、いってもそこは極北の氷の大地の街なので大国の大都市とは人口や規模はまだまだ比べるべくもなかったが。
 除雪されたメインストリートにはパン屋や雑貨屋、酒場等が並び厚着した人々が白い息を吐きながら往来している。
 漆黒の外套に身を包んだ若い男が、街の入り口に立っていた。凶運(バドラック)のレイヴルと呼ばれるレイヴル=エイリークソン中尉だ。ベルガの街の英雄の息子にして生き残った今の英雄の一人。
 コルデリアが車から降りて手を振ると若い男は端正な顔に柔和な微笑を浮かべて言った。
「ようこそ、ベルガンズ・ノヴァへ」



■依頼内容
 北の戦陣での軍兵に混じっての見回りや戦陣よりさらに北方の丘での見張り警備(六日程度)
 傭兵隊なのでローテーションはレイヴルが適当に決めます。基本的に日勤と夜勤の二交代制ですが、ずっと警備してたい! という方は休憩を挟みつつ一日中警備できます。ただし報酬に色がついたりはしません。

●参加者一覧

ラウラ・ブレイク(gb1395
20歳・♀・DF
霧島 和哉(gb1893
14歳・♂・HD
シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
八葉 白雪(gb2228
20歳・♀・AA
アレックス(gb3735
20歳・♂・HD
トリシア・トールズソン(gb4346
14歳・♀・PN
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN

●リプレイ本文

「ここがベルガンズ・ノヴァ‥‥っ、思ってたより活気のある街だね」
 車内の窓に張り付き、街の様子を見てブロンドの少女が言った。トリシア・トールズソン(gb4346)だ。
「ああ‥‥レアメタルの発掘が順調だというのもあるが、北に陣があるからな」
 隣の席に座るアレックス(gb3735)が説明した。
「そういえば‥‥最近は随分と‥‥賑わってる‥‥ね‥‥昔は‥‥寂れてた‥‥けど‥‥」
 霧島 和哉(gb1893)はそう言った。
「へー、そうなんだー‥‥」
 肩越しに車内を振り返って見てトリシア。向こうの窓際では御鑑 藍(gc1485)が街の様子を眺めていた。
 トリシアが今回の依頼に参加したのはアレックスや、皆が護った街を見てみたかったからだという。伝聞でしか知らない場所故に。
 クォリンの事も、エイリークの事も、この街の事も。アレックスは話してくれるが、その場所に行かないと分からない事もあるとトリシアは思っていた。
 哀しみも怒りも喜びも彼と共有したいから。だから、来たのだという。
(警備任務か‥‥頑張るぞー。沢山の人々の想いが守ったこの街を、ちゃんと守らなくちゃ)
 少女は胸中で呟き気合いを入れたのだった。


 街の北に広がる戦陣よりもさらに北へ行った所の早期警戒点、周囲は未だ薄暗かった。この季節ではベルガでは朝日は遅くに登り昼を少し過ぎた辺りで沈む。夜明けのような薄闇の状態が長いのだ。
 ラウラ・ブレイク(gb1395)は昨晩より夜番として見張りについていた。
「局地の警戒は心身共に消耗するからね、常駐してる人達に少しでも休んで貰わないと」
 との事だが、それは表向きの事で、実際は少し考え事をしたいだけであった。
 軍外套に身を包んだ女は真っ白な雪の大地に立っていた。北の闇を彼方を見詰める。吐く息さえも瞬く間に凍り付く程に寒かった。
 東からオレンジ色の光が差した。雪が火の色に染まってゆく。巨大な太陽が登ろうとしていた。夜明けだ。
(戦争が悲惨じゃなかったら、私は何かを守ろうと思えたのかしら‥‥?)
 白い息を吐き光に目を細めつつラウラは胸中で呟く。己への問いかけ。
 無人機に消耗させられるだけの戦いは、強化人間が現れてから一変した。
 人間同士で戦って‥‥どう足掻いても失うだけで救いはない。続ける意味があるとすれば、すべてを失わないため。
(助けられるものなら助けたい)
 そう思う。
(でも殺す相手を選ぶ事が高尚だとは思わない)
 失わないために切り捨てなければ後悔することもある。結局、踊らされていると分かっていても戦うしかない。
 女は赤く染まった雪原を見渡した。
 凍てついた大地。
――その暴力に抗うことさえできない人達が、いるのだから。


「おはようございます、綺麗な日の出ですね」
 警戒より南の戦陣、朝日を浴びながら夢姫(gb5094)は見張り場へと出ると見張りについていた黒外套の青年へと挨拶した。
 レイヴル・バドラックは肩越しに振り向くと向き直り、
「ああ、これは夢姫さん、おはようございます。ええ、今日はきっと晴れますよ」
 と、いつものあの無駄に爽やかな笑みを浮かべて言った。ぽつぽつと今日の警備の予定を話し、
「そういえば‥‥初めてレイヴルさんとお話したのも、グリーンランドの海の朝日を見ながらでしたね」
「ああ、そういえば‥‥そうですね‥‥もう随分昔の事のように思えます」
 レイヴルの言葉に夢姫は思う。
 あれから、ベルガの街とは長い付き合いになって、彼女が傭兵になってからの歴史――というほどの長さはないが、ベルガは大きな部分を占めている。
「また‥‥何かあったら呼んでくださいね」
 少女はレイヴルを見上げると言った。
「すぐに駆け付けますから。私の傭兵になってからの‥‥第二の故郷だと思ってます」
 その言葉に黒外套の男は笑みを消した。素の表情。意外に面差しが厳しい。昏い眼をした男だと思った。
「‥‥‥‥有難うございます。きっと皆も‥‥皆も、喜ぶ」
 男はそう呟くように言って、深く一礼した。
 そして男は軍帽を直しながら顔をあげ、夢姫が眼を瞬かせて見ると、またいつものにこっとした笑みになっていた。


 数多の猛攻を、戦い抜いた土地。
 ムーグ・リード(gc0402)は思った。
 その代償は、軽くはなかったんだろう。クォリンもそう。民だって。
 この戦争はきっと、そういう物なのだ。
(――‥‥デモ)
 サバンナ生まれの偉丈夫は街を見渡す。凍てつく空気の中、朝焼けが照らす中、人々は声をあげ道に出て忙しく動き始めている。活気のある街だ。
 ある意味で戦う事から離れられない街だが。あらゆる事を受け入れて、前向きな街なのだとムーグは思った。そう、見える。移民達が創り上げた街。かつて故郷を追われた人々が極北の大地に自らの手で打ち建てた街だ。
 アフリカの復興。先はまだまだ見えない。でも。その標に、なるかも知れない。
「‥‥来て、ヨカッタ、デス」
 男は呟き北へと向かって歩きだす。
 長躯の男の姿が雑踏の中に紛れていった。


「レイブル君も、お疲れ様です」
 昼、シン・ブラウ・シュッツ(gb2155)はレイヴルと顔を合わせた時にそう言った。この言葉を言うには早いかもしれないが、一つの区切りだと思ったからだ。
「ええ、シンさんも、皆さんもお疲れ様でした、本当に――まぁこれからもまだまだ仕事な訳ですけどね」
 等と言って男は笑った。警備の説明を聞き配置の希望の段になった所で、
「――ちょっと待って。白雪が言いたい事があるみたい」
 真白が言って、姉と妹の人格が入れ替わる。
「なんでしょう?」
 シンの問いかけに八葉 白雪(gb2228)は言った。
「クォリンさんのお墓行ってみませんか。つかの間の平和を報告しに‥‥」
「‥‥そうですね」
 シンは少し考えてから、
「早期警戒ラインの警備を兼ねるのであれば今からでも行けると思いますが‥‥」
 視線をレイヴルへとやると男は頷き、
「ええ、大丈夫ですよ。北を希望する兵士は少ないので助かります。俺もこれから北へ行きますから案内しますよ」
「ではそういう事で、よろしくお願いします」
「よかった! じゃあこれも無駄になりませんね!」
 白雪は買っておいた花束を取り出し笑顔で言った。
「用意が良いですなぁ。雪の大地に花は貴重なものです。奴もきっと喜ぶでしょう」
 中尉は笑ってそんな事を言ったのだった。


 日勤の者達が戦陣に入り夜勤の者達が陣へと戻って来る。
「貴方がコルデリアさんね。初めまして、私はラウラ・ブレイク、傭兵よ」
 休憩所で金髪の少女と顔を合わせた時、ラウラはそう自己紹介した。一方のコルデリアはカンパネラの生徒で主にエドウィンやクォリンに勉学や実技を習っていたのだという。共通で知っている事といえばLH関係や戦陣関係の事なので自然そちらの話となった。
「‥‥何も言わないのは、あの子の優しさじゃないかしら」
 クォリンの話題が出た時、ラウラはコルデリアへとそう言った。
「薄情なら講師なんて引き受けないし、誰かのために戦うなんてしないわよ。きっと彼女を止められなかった責任を果たしたかったんだと思う」
「‥‥そうかしら」
「過去からの‥‥長く続いた悲劇に幕を下ろすには必要な覚悟だった」
「――本当に?」
 少女はラウラへと問いかけ、そして、
「あいつは自分勝手よ」
 そう憤慨して言った。
「勝手に突っ走って勝手に背負って勝手に生きて勝手に決めて勝手に一人で死んでゆく! 残される者の気持ちなんて何も考えて‥‥」
 考えたから、何も言わなかったのか。
 それが優しさなのだとラウラは言った。
「‥‥‥‥でも、勝手よ」
 俯いて少女は言った。
「‥‥本当は死ぬつもりがなかったから何も言わなかったのかも?」
 ラウラは微笑すると言った。
「色々考えても答えは出ないけどね‥‥いいじゃない。私達が忘れずにいて、ベルガの人達も語り継いでくれるなら」
 女は立ち上がると休憩所の窓から空を見上げた。
 雲一つなく見事なまでに晴れている。
「彼は守りたいものを守りきった。確かなのはそれだけよ」


 北の早期警戒区域にある小高い丘の上、雪が覗かれた岩に一本の剣が北を睨むように突き立てられている。クォリンの墓標だ。白雪とシンはレイヴルに案内されてそこを訪れていた。
 白雪はしゃがむと花束を剣の前に添え両手を合わせて言った。
「貴方の守り通した街。ちゃんと平和になりましたよ」
 瞳を閉じ、深く冥福を祈る。
「お疲れ様でした」
 シンは墓標へとそう述べた。シンにはそれ以外でかける言葉はない。クォリンもルミスも救えなかったという結果は受け止め、常に護る人のために全力を尽くす他ない。
「ありがとうございました‥‥クォリンさん、お休みの所お邪魔して申し訳ありませんでした」
 白雪は言ってシンに礼を述べた。
「では、交代の時間も近づいてきたので戻るとしましょうか」
「はい」
 頷いて白雪は立ち上がりシンと共に持ち場へと向かい夜勤組の者達と交代して警備につく。
 長剣は鈍く輝いていた。


 北の領域、トリシアは軍外套に身を包み弓を背に警備の任についていた。
「ベルガでは、アレックスってどんな感じでした?」
 同じ警備についている者達にそんな事を聞いている。
「ははは、トリシアさんは彼が大好きみたいですね」
 うち一人、レイヴル・バドラックは笑ってそんな事を言った。
「そ、それは、まぁ」
「そうですね‥‥努力家だと思いますよ。どんどん強くなる。嗅覚が良くなった、というのもあるかもしれませんが――きっとこの辺りの戦域の傾向を研究してるんでしょうな。ここではどう戦えば効果的なのかを学習していっている。だから努力家で真面目だな、と」
 中尉はそんな事を答えたのだった。


 短い昼が終わり長い夜が始まり、月が登って警備の兵達がまた交代する。警備の任期は六日ほどで、特に異常も起こらずに無事に過ぎて行った。
 ムーグはその間に、警備に立つ者達にベルガの街について話が聞けたら、と尋ねていた。
 男が見る所によれば皆、ベルガンズ・ノヴァに思い入れが深い者が多いようで、どういう思いでこの街を守ってきて今、この街で、何を感じているのか。それを聞いてみたかった。アフリカに対して抱くものを、擬似的に追体験したいのかもしれない。しかし、それでも聞いてみたいと。
 ムーグが尋ねると傭兵や軍兵や将校や宿の人々、多くの人間達がその断片を語った。
 傭兵達が初めてここで戦った時、ベルガは既に見捨てられた町だった。
 軍は皆逃げ、百の絶望が迫った時に、しかしレイヴルの父である黒髭大尉エイリークは一人町を守る為に残った。そして始まった。
――逃げて生き延び『町は滅びた』という報告を後で受け取るか、残って戦い、そして勝利し祝勝会を開く、そのどちらが『面白い』で、あるか?
――ここでハイ、サヨナラと帰るくらいなら最初から来ていない。皆で必ず、この状況を覆してみせる。
――俺達はこの町を守ってくれと言われて来た。
 黒髭、剣聖、十二の傭兵とおよそ百の自警団員が居た。今ここにはいない彼等にもそれぞれ一人一人戦う理由があり、そして戦った。
「一度は見捨てられた街、か」
 昔、黒髪の娘がそんな事を言っていた。本来ならば滅びていた町、それがベルガだ。多くの人間が命を燃やして抗い、滅びの瀬戸際で守った。
「心の底から誰かを愛する‥‥ですか? それはまだわからないけど‥‥誰かのために生きたいって‥‥何となく、わかります」
 ここを凌げば時間をとって、ベルガをゆっくりと歩いてみたい。
 誰一人失わないように全力を尽くします。
 私は必殺技と呼べる技術は有していませんが、一撃一撃を必殺の一撃としますわよ。
 この街じゃなきゃ、駄目な人も、いるのか、な。僕の故郷はもう無い、ならばこの街を護りたいと思う。
「邪魔になるから壊す。やっつける」
「仏さんに無体やけど、許したってや」
 散った彼らのためにも血路を拓かないと。
 後で、みんなを連れて帰りましょう‥‥ここは、眠るには寒すぎるから。
「私たちが何とかしないと‥‥グリーンランドの‥‥ベルガの人のためにも」
 あんなふうに、私もなれるかな。
 顔を出せば蜂の巣、留まれば退路をたたれる、か。
「随分と大変そうな戦場だこと。少しでも助太刀させてもらうわ」
 ここまで押して退くは無し。越えて来た屍がある。負けるのは嫌い。
 今ある希望を塗り潰そうとする絶望があるのなら。そんなつまらないものは一つ残らず滅ぼしてみせる。
 厳しい戦局ですが、少しでも皆さんの力になりたいです。
 人間でいられなかった根性無しに、俺達は負ける訳にゃ行かねェ!!
 何が悪いかと言えば、何もかも全部。つまり、やるしかないってことよ。
 負けられないではなく、負けたくないから戦う。
 今回は決して後れを取らない。
 敵味方関係なく精神も身体も救いたい。
 どのような過去を持ち、どのように苦しんだか。そんな事には微塵に興味もない。きっとお互いに。
 今は敵味方に分かれていても、一緒に過ごした時間は確かに存在していて、わたしたちがベルガで共に戦っているように。
 でもここでやらなければ‥‥
 やっぱり、こうなりましたか‥‥まぁ、逃がせばそうなりますよね‥‥
 負けたくない。この程度で今までの全てをぶち壊させやしない!
「これが今の僕にできる最善です」
 ここで、終わりにしましょう。
――多くの、決して一つではない、時に相反もする意志達が、それでも肩を並べて立ち向かい、それぞれの望みを賭けて、激戦の中を駆け抜けて行った。
 それがベルガの人々が語り継ぐ所、ベルガに生まれた伝説、そうしてこの街は守られたのだと。
「私は途中から参加‥‥でしたが、強敵ばかり‥‥でしたね。KVサイズの敵を相手にする時はどう対処すればいいのか判らなかったですね」
 実際に最前線で戦っていた傭兵の一人、御鑑藍はそんな事をムーグへと語っていた。 
 ムーグは最後の警備を終えるとその日の夜、戦陣の前衛部に出た。
 陣のあちこちに戦の痕が未だ残っている。聞いた話は幻ではなく、確かに実際にあった事なのだ。その彼我の激突の凄まじさ。
 男はベルガの街を形作る人々の存在を思った。
 広大な陣地、此処で流された流血。
 そして命。
 それら全てが、あの街を形作っているのだ、と。
 ムーグは持参した酒瓶の口を開くと横に振るい酒を撒いた。月光に煌めき飛沫が雪原に散ってゆく。
 男は思った。
 それは、悲しい事だが‥‥とても、キレイな事かもしれない、と。


 傭兵達は警備の任期が終わり、休日がやってきた。
 霧島は明け方、初めに街の中央にある時計塔へと向かった。この時計塔も増設されたのか随分と高さを増している。
 少年が塔を登ると頂上のバルコニーに先客が居た。黒髪紫瞳の女剣士――何処かこそこそと隠れがちの――と注釈がつく御鑑藍だ。
「あれ‥‥霧島さん?」
 驚いている御鑑に少年は逆にどうして時計塔にと尋ねた。
 すると、女は視線を彼方へとやり、一歩前へと出て手すりに手を置き、広がる街を眺めた。
「私達が、何を護ってきたのか‥‥何を守れたのか‥‥それを確かめたくて‥‥」
 風が吹いて、女の黒髪と少年の白髪が揺れてゆく。霧島は「そう‥‥」と呟くと、覚醒して手摺に乗っかり、跳躍して時計塔の壁に張り付いた。
「き‥‥霧島さん、危ない‥‥ですよっ」
「大丈、夫‥‥」
 重傷を負っている身だが、このくらいは出来る、だろう。多分。
 ふらつきながらも気合いで身体を引き上げて時計塔の一番天辺までよじ登る。文字通り本当の頂上、冷たい風が荒れ狂っている。だが、空はよく晴れていて、街がよく見えた。紅蓮の朝日に照らされて、雪原に立つオレンジに染まった雪の街が広がっている。
 大きい。
 そう思った。
 以前に、初めて訪れた時に比べて家々が並ぶ範囲が確実に広くなり、そして密度が増して来ている。街は、どんどんと広がって来ている。
 少年はしばらく、じっと街を眺めていた。


 霧島と御鑑は塔を降りると町にある英霊の墓へと向かった。町外れにある共同墓地に入る。墓参りは、霧島としては本当は一つひとつやりたい所だったが体調がきつい事になってきたので黒髭の墓へと向かった。丘の上を目指す。
 大きな紅の爪が一本突き立てられていた。黒髭の墓標だ。
「戦争は‥‥まだ続くし‥‥この地域だって‥‥今後の安全や安定が確約された訳じゃない‥‥」
 霧島は墓標を見つつ呟いた。
「それでも‥‥今までよりは‥‥現実的な言葉に‥‥近づいたのは間違いない‥‥」
 街を守る為に立ち、ここに埋められた彼の、彼等の遺志も果たされた、とそう思いたい。
 少年と女はじっと墓標を見つめ、あるいは祈りを捧げるとまた街の方へと去って行った。


「この雪山には色々思い出があり過ぎるわね」
 雲影の衣に身を包んだ銀髪の女が言った。八葉真白だ。
 女はシンと共にベルガの付近にあるスキー場――ではなくその裏側にあるレアメタル採掘場へと訪れていた。今はすっかり落ちついているが以前は随分と激しく攻防を繰り広げたものだ。前に顔を合わせていた発掘場のUPC隊長と連絡を取って特別に中へと入れてもらった。
 シンは従業員に近状を尋ねてみると「おかげ様で上々でさぁ」との言葉が返って来た。最近はこの辺りの地下空洞ではパラジウムやプラチナ他、様々なレアメタルが掘り出されているらしい。
 シンと真白は作業員達の邪魔にならないよう坑内を歩く、やがて広い場所に出た。見覚えがある、ファルコン等と戦った場所だ。真白は思う。もう少し奥へ行けば、あるいはディアナやサルヴァドルと戦った空洞に出るかもしれない。あるいは作業員が閉じ込められていたあの山にも。地下の空洞もまた、あちこちで繋がっている。
「‥‥こんな石ころ一つのために争って」
 真白は身を屈め、採掘場の片隅に転がる鉱石を拾い上げて呟いた。レアメタルの原石。貴重で有用な金属は力となる。力は金となり、金は日々の生活の糧となる。しかし、
「何人死んだのかしら」
 真白は呟いた。血で出来た河。
「そして僕たちも、守るために敵を殺します」
 シンが言った。
「人もバグアも、生きていれば何かを変え続けますが‥‥死ぬことでも色々変わる」
 クォリンとルミス、ファルコンとディアナ、殺すことで、殺さないことで、他の人の生死が変わることがある。
「――結局、殺すしかないのよ。‥‥生きるために。守るために。‥‥自分の我侭を通すために」
 無感情を装って真白はそう呟いた。
 胸の中でどんな感情が渦巻いているのかは、余人には計りしれない。
 シンは同居人へと視線をやった。彼ならば、真白の胸のうちの大よそを、解っていたかもしれないが。


 ラウラはぶらぶらと街を散策していた。
 自分達が守った日常を確かめたい。
(そこに笑顔があるなら、まだ私は人間でいられる)
 成長著しいベルガの街、活気のある場所だ。街を隅々まで直視すれば、そこにあるのは笑顔だけではない。だが、確かに笑顔が存在していた。多くの人々が時に泣き、時に笑い、声をあげて手を振り、日常を生きている。
 ここは、人間の住む街だ。
 ラウラはそう思った。子供達が笑いながら脇を駆けてゆく。
 ブロンドの女は風に吹かれる髪を抑え、軽く笑うと街中を歩いて行った。


 夢姫は街で噂のパン屋へと向かっていた。途中、墓地帰りの御鑑と出会った。彼女もパン屋へと向かっているとの事。折角なので二人で一緒にパン屋へと行ってみる。
 パン屋の扉を開いて中に入ると香ばしい独特の匂いがした。忙しい時間帯は過ぎたが、未だに客がそこそこ入っている。
(オバサンは、クォリンくんのことを覚えているかな)
 夢姫はちらとカウンターに立っている壮年の女性を見た。少し気になる。
「お嬢ちゃん、どうかしたの?」
 女はきさくに笑って声をかけてきた。
「あの‥‥クォリン・フィッツジェラルドって知ってますか?」
 思い切って聞いてみる。すると女は頷いて、
「ええ、知ってるわよ。凍火の剣聖でしょう。うちのお店にもちょくちょく来てたわねぇ」
 そんな事を言った。まだ記憶には残っているらしい。幾つか言葉を交わしてから、
「あの、お勧めとかあります?」
「うちのパンはみーんなお勧めよ!」
 との事。苦笑する夢姫である。ただ、売れ筋でいうならワッフルが一番人気らしい。
「クォリンくん、いつも何のパンを買っていってました?」
「チキンとサラダのサンドパンね。あとはコロッケパンとかかしら」
 惣菜パンが中心だったらしい。夢姫はワッフルとサンドパンを、御鑑もサンドパンを購入して(気になっていたらしい)店を出た。
 夢姫は紙の包みを抱え、街を歩きながらワッフルに齧りつく、ふんわりしっとりしていて程良く上品に甘かった。御鑑はサンドパンにかぶりついてみる。肉の味とソースとサラダの味が絶妙な具合で口の中に広がる。
 人気になるだけあって美味いようだ。二人は食べつつあれこれ話しながら街を歩く、御鑑は途中ちらりと街の様子を窺った。活気のある街だった。
 夢姫も御鑑もこれから剣聖の墓を尋ねるらしい。二人はパンを平らげると外れに停めておいた軍から借りているスノーモービルに乗って北へと向かった。 


 霧島、アレックス、トリシア、コルデリアの四名はクォリンの墓がある丘を訪れ、少し遅れて夢姫と御鑑もやってきた。六人は言葉をかわしつつ墓前まで登る。
「ルミスも最後は火葬で人として葬られて、幸せだったのかね?」
 アレックスは岩に突き立った長剣を見やり、ポツポツと言った。
 聞いて貰いたいのか、ただ自分が喋りたいだけなのか。
「‥‥結局、俺達は最後まで何も出来なかった気がしてならねェ」
 思う。クォリン・フィッツジェラルドを、手伝う事も出来なかった。
 何も語らず、ただ一人で背負い込んで。
 ルミスを正して死んだ。
 全部アイツが選んだ事だ、と言っちまえばそれまでだが。
「‥‥あっさり逝っちまいやがって」
 呟く。
「俺はアンタの事、結構気に入ってたんだぜ?」
 泣くのはきっと間違いだから――そう思うから、アレックスは笑顔を見せて言った。
「アンタみたいになる心算も、なれるとも思っちゃいないが‥‥遥か先にあるその背中を。何時か、必ず追い越してみせる」
 言って墓前に牛乳の瓶を備えた。生前故人が愛飲していたものだ。体格が小さいのを気にしていたのだろう――と思われる。夢姫はその隣にサンドパンを供えた。牛乳にパンとまるで学生である。実際、それだけ若かった。あまりそうは感じさせなかったが。
(クォリンは‥‥どうなん‥‥だろう‥‥?)
 霧島は共同墓地の故人達に対して思った事をクォリンにも思った。その意志は果たされたのか。
 結局、クォリンの真意を聞く気にならず、その機会も無い。
 かつて彼が言った通り。死者は、何も語らない。
 ならば、彼の終りに自分達が言葉を並べる理由は無いと思う。
 生者は生者らしく進み続けるしかない。
 ‥‥戦友の死を忘れてやるつもりも無いが。
 まして、リスクを承知で制止しなかった自分達が。
 霧島はそんな事を思った。
 ただ、
(‥‥結局の所‥‥僕に何が出来たのか‥‥僕は満足‥‥できた‥‥のか)
 何一つ実感のないまま――ただ、その結果の一端をこの目で見た。朝焼けに動きだすベルガの街とそこに住む人々。
(少なくとも‥‥この一年半は‥‥無駄じゃなかった‥‥あの時‥‥そう、思った‥‥)
 そう思う事は、出来た。
(クォリン‥‥少し、アレックスに似てる気がする)
 トリシアはそう思った。不器用なところとか、一生懸命なところとか。
 ちらりと見やれば墓前のアレックスは笑顔だった。
(色々な事を影響を受けたんだなー‥‥)
 と思う。戦い方や信条。
(戦友の絆‥‥というのかな?)
 小首を傾げてトリシア。男同士の友情に少し嫉妬する所であるらしい。
 ただ、アレックスが笑っているのを見て安心はした。
 少女は剣の前に花を添えると、
「ありがとう。今のアレックスがあるのは、貴方の影響もあるんだよね。どうか安らかに」
 言って祈りを捧げた。
 他方、
(危ない薬を飲んで、タダでは済まないとは思っていたけれど‥‥)
 夢姫もまた胸中で呟いていた。
(死ぬと分かっていても‥‥止めることは出来なかったかもしれない)
 クォリンにとっては、あの時から、ずっと時が止まっていたのかもしれない。
 ケリをつけるために、執念で、生きてきたの、かな。
 そんな事を夢姫は思う。
 誰にも等しく死は訪れる。遅いか早いか、それだけなのだろうか。死に方、天命を全うするか、理不尽に奪われるか、本人や周囲が納得して、受け入れられるか。
「クォリンくんは、クォリンくんの戦いを終えたけれど‥‥私は、守るために戦うと決めた」
 夢姫は言った。
「まだ当分、終えられない。クォリンくんの分まで、これからもベルガを守り続けるよ。クォリンくんは、霊魂を信じないと言っていたけれど。遺された人には、霊魂の存在は、必要だから‥‥」
 御鑑もまた胸中で呟いていた。
(ベルガの依頼の何処かで‥‥ルミスとの決着がついて居れば。クォリンさんが無理をしなくても‥‥良かったのかも‥‥と思います)
 祈りを捧げる。
(だから、もっと強く‥‥先は遠く、まだ見えないかもしれない‥‥けど‥‥)
 思う。
(クォリンさんの背中を‥‥追いかけて‥‥そして追い越して‥‥皆と一緒に‥‥強くなります)
 岩の上の剣は鈍く輝いている。
 コルデリアが泣きながら何か言っていた。


 アレックスはトリシアと共に噂の老職人の店へ懐中時計を買いにいった。
 曰く、ここ数日はとても商売繁盛との事。二人の他にも霧島(小さめの物)、シン(交差する二丁光線銃が蓋に刻まれた物)、白雪(彫金で猫の絵が描かれた物)と売れていたらしい。
 青年は揃いの懐中時計を二つ購入し、店の外へと出ると少女へと言った。
「トリシア、戦争が終わったら‥‥俺とこの街で暮らさないか?」
 エイリークのオッサンと、クォリンが守ったこの街で。
(俺達は、まだ何も成せていないから)
 家族であるトリシア、相棒たるカズヤは、この街をどう思っているのだろうか。
 そんな事を思う。
「――返事はすぐにじゃなくて良い。でも考えてみてくれないか」
「うん‥‥解った。よく考えてみる」
 こくりと頷いてトリシアは言ったのだった。


 やがて短い昼が終わり、長い夜が来て、紺碧の闇に月が昇る。
 酒場、
「さっきの話。だけどさ」
 火酒を呑みながら真白が言った。
「‥‥生まれて来ない方が良かった人‥‥っていると思う?」
 その言葉にシンは口の中のワッフルを呑みこむと白麦酒を一口飲んでから言う。
「‥‥当人も含め、受け取る人によるではないですか? 良かったと思えれば良かったし、その逆も然り。絶対的な良し悪しは決められませんよ」
「そう‥‥なら。誰か一人でもいい、喜んでくれる人がいる事を‥‥祈るしかないのね」
「それでその人が良かったと思えるなら」
 男はそう言った。
「シン君らしいわね‥‥有難う。参考になったわ」
 その言葉に頷いて真白。そしてふと気付いたように言った。
「‥‥ところでシン君。良く甘い物とお酒を同時に飲めるわね」
「今さらな質問ですね‥‥強いて言うなら、お酒は雰囲気を楽しむもの、甘い物は味を楽しむものです」
 曰く、甘い物は全てに優先されるらしい。


 夜、夢姫はシーフードパスタに舌鼓を打っていた。
 曰く「美味しいものを味わえるのも、生きて街を守った証」との事。実にその通りである。
 ムーグは食事時、コルデリアにディアナの事や彼女がこの街をみた感想を尋ねていた。
「ディアナはまだ生きてるわ。生きてるってだけだけど、ね‥‥」
 瞳を伏せてコルデリア、状態はあまり良くないらしい。
「街は‥‥そうね、住民が皆、街の為に戦った人達へ感謝してくれてるっていうのは、慰めだわ」
 少女はそう言った。
 ムーグは夕食後、ビールを飲みながら買ったベルガ史書を一ページずつ、読みこんだ。
 街の人がみた、戦士と、英霊の姿が、ここにあるんだろう、と思ったからだ。
 ベルガ史書、ベルガの街と二十八人の傭兵(中にはムーグ自身の名前もあった)と二人の黒外套と二人の白外套と百の自警団、戦陣の雷神旅団と襲い来るバグア軍との戦いの物語。通称してベルガンズ・サガ。
 噂によれば、登場人物の中でも物語的に出番の多い者達を指してベルガ十八英雄と町の人間達は呼んでいるらしかった。


 翌朝、帰途につく一行へとレイヴルが言った。

「もしも運命に分岐があったとして、その先を見通せる神でもなければ、もしもの過去や現在の事など解りはしないでしょう――しかし、思うのです。本来ここには滅びが待ち受けていたが、それが避けられたのではないかと。この街は護られたのではないかと。万の命、万の想い、万の未来、街と戦陣を併せて一万数千、それらの滅びの運命を――最悪の運命を打ち破った。誰が打ち破ったのかといえば、貴方達でしょう。この場にはいない人もおられますが、貴方達とそして多くの人々によって守られた。何も出来ていないなんてのは誤りだ。これだけは言いたかった。人の目には守れなかったものばかりが目立つ。だが少なくとも――俺は知っている、貴方達が守ったのだと、貴方達はこれだけの物を守り切ったのだと。貴方達はこのベルガの大地の英雄だ。誰が否定しようとも、例え貴方達自身がそれを否定しようとも俺は否定しない。俺は知っている。それだけは言いたかった。俺達は貴方達に感謝している。有難う、戦友、またいつか、いずこかのソラか大地で会いましょう。貴方達の前途に幸運を!」


 それがベルガの物語の一編の終わり。
 かくて、永遠にではないにせよ平和は訪れ、街は今日も賑やかに動いている。


 了