タイトル:灰の彼方へ贈る葬送歌マスター:望月誠司

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/08/31 01:51

●オープニング本文


 東南アジアの夏の夜。
 薄汚れた部屋の天井、シーリングファンがくるくると回っている。
「今晩は村上大佐」
 パンツスーツに身を包みサングラスをかけた少女がソファーから立ち上がり言った。
「‥‥あんたが、ラナライエル=ミレニオン?」
 扉を開き、入って来た壮年の男は、死んだ魚のような目で女を一瞥し、無造作に歩いてデスクに座った。
「そうです」
「‥‥あんた、例のディスクの中身は?」
 村上は煙草を咥え問いかけた。
「見てません、と答えておきます」
「そうかい」
 壮年の男は煙を吐き、
「なら、このまま家に帰って飯喰って風呂入って寝な。そして御前の日常に帰ると良い」
「帰れるのでしょうか」
「検査に通ればな」
「実は少し見ました、と言ったら?」
 言いつつ少女はソファーに座る。村上は息を吐いた。煙がファンのおこす風に煽られて流れてゆく。
「猫というのは九つ命を持つという。本来しぶとい生き物の筈なんだ。だが最近、これがよく死ぬ」
「昔は心配が猫をも殺す、と言ったらしいですよ」
「そうかい」
「私は、自らが所属する組織とその関連組織は基本的に正義の為に存在していると思っています。確認が必要なのです」
「正義、ねぇ」
 村上は息を吐いた。そしてクッ、と喉を鳴らして笑う。
「そいつぁ御苦労。あんたの眼は、よぉく知ってるよ。そんな黒いグラスをかけたって無駄だ。ギラギラ光って、冷たく、寒く、燃えていやがる。正義? 違うな、それが理由じゃなかろうよ。あんたみたいな眼をした奴は、俺は何人も見てきた」
「そうですか。よく私の事をお調べになったようですね」
 少女は淡々とした口調で切り返した。「だからどうした」と態度が言っている。
 村上はまたダルそうな表情に戻ると、
「‥‥肝の据わったお嬢さんだ」
「貴方は結局、ただの人間でしょう」
 その言葉にぼへっと村上は煙を吐きだした。
「ハッキリ言ってくれる。とっととお帰り願えないかね」
「ディスクを渡せばお話を聞かせてくれる、という事だった筈ですが?」
「残念ながら、俺は聞いてないナァ。何か手違いでもあったんじゃないかね?」
「‥‥あなた」
 すこし、少女は顔色を変えた。ソファーから身を浮かせる。
 村上は手を叩く。長身の軍人達が入って来た。
「お嬢さんはお帰りだ。丁重に送って差し上げろ」
「‥‥汚い。それが、大佐まで上り詰めた人間がやること?」
「育ちが良いな。お前さん、簡単に人を信じすぎだ。連れていけ」
 少女は腕を掴まれると強引に外へと連れ出された。


 黒塗りの車が南島の夜の街を通り抜けてゆく。
 車内。ラナの隣には女の兵士がおり、運転席では体格の良い青年下士官がハンドルを握っていた。
「大佐を悪く思わないでくださいレディ」
 青年が言った。
「それは無茶な話だと思う」
 ラナは目蓋を半眼にして言った。
 村上顕家といえばカリマンタン島混成軍の陸軍の雄だ。先の大戦の主だった戦いには全て参加し、常に最前線で戦い、そして勝ってきた。K島において、空の英雄が先に戦死した佐々木仁衛なら、陸の英雄は村上顕家だろう。
 それが、まさか、こんな三流小悪党みたいな小ずるい手を使ってくるとは思わなかった。
「渡せば、話してくれるって言ったのに」
「そうしたら貴女は死んでいましたよ。遠からずね」
「私は死なない。妹が何で死んだのか。何によって殺されたのか。それを探り当てるまでは」
「止めた方が良い。無茶だ」
「無茶じゃない」
「いや、無茶だ。ただ死ぬなら勝手に死ねば良いと思うさ。だが連中のやり方は、なぁ、若くて美しいお嬢さん、自分がどんな殺され方をするだろうか、想像した事はないのかい?」
「私は死なない」
「恐らく、君の想像の一つか二つ上をゆくだろう。連中の残虐さ、下劣さはこの地上に比類が無い。女が連中に捕まって、正気を保ったまま死ねるとは思わない事だ。俺はあんたの事をよく知らないが、そんな死に方はして欲しくないと思うよ。きっと大佐もそう思ったんだと思う。本当は、約束は滅多に破らない人なんだ」
「知らないよそんなの!」ラナはカッとなって言った「この、嘘吐きどもめッ!!」
 少女が吼えると軍人は黙った。
 車の走る音と、空気の流れる音、遠くからクラクションが聞こえた。
「私は‥‥」
 項垂れ、嘆息して髪をかき上げる。ふと気づく、進路――さっきの角を曲っては帰り道から外れるような。
「ねぇ、運転手さん、道が」
「ところで」
 男は言った。
「もう一枚のディスクはどうしたんだい?」
「え?」
 少女は眼を瞬かせた。
「貴女はもう一枚、ディスクを持っていた筈だ、違うかい?」
「そんなの持ってませんよ?」
「嘘だ。君は二枚ディスクを手に入れ軍部に提出したのはうちの一枚だけだ。正直に話した方が良い」
「何を言って‥‥」
 車が、見知らぬビルの地下へと入ってゆく。
「‥‥運転手さん?」
「君は自分が何と戦おうとしているのか、理解してるのかなぁ‥‥」
 がらがらに空いた地下駐車場を降り、数階を降り、薄暗い地の底で止まった。
「‥‥‥‥いくら軍でも、訴えますよ?」
 自分の声が少し、震えているのが少女には解った。
「訴える?」
 男は爆笑した。
「警告はした筈なんだけどなぁ‥‥君が暴こうとしているものの味方はね、この世界の色々な場所に滑り込んでいるんだよ。そう、例えば、軍部も例外じゃない」
「あなた、まさか」
 呟き、助けを求めて隣の女兵士を振り返る。女は冷然とした瞳でラナを見下ろして来た。背筋が凍る。
「BKっていうのはね、符丁なんだ。俺達は、何処にでもいる」
 男の声を皆まで聞かず、少女は車の扉に飛びついて開き、車外に転がり出た。
 立ち上がり、走り出す。衝撃。世界が回転した。
 気付いたら車体に身を押し付けられていた。暴れる。肩の骨が軋み激痛に目眩がした。あっという間に、動けなくなる。
「ディスクは何処だ」
 悠々と車から降りた男が言った。
「‥‥知らない」
「ははは、君は勇敢だなぁ」
 男は笑いながら胸のポケットからケースを取り出し開いた。中身は――注射器。
「でも、いつまで同じ事を言ってられるかな?」
「動くな。手もとが狂ったら、大怪我だからね」
 背後からそんな声が聞こえた。
 液体を一度噴出させ、鈍く光る針が迫ってくる。
(「嘘だ‥‥こんなの」)
 少女は眼を見開き、己の最期を覚悟した。


 光が走った。
 男の腕からナイフが生えた。背後からの力が緩み女兵士が地に崩れ落ちる。
「‥‥え?」
 呟きが漏れた次の瞬間、流れる蒼い髪と、小さな背中が視界に映った。
 ブレザー姿の少女は男に向かって鋭く踏み込むと男から振り下ろされた手刀を両手で取り、身を捻った。男の身体が車輪のように縦に回転し大地に叩きつけられる。少女は男の首に腕を回し捻った。次の瞬間動かなくなる。
 呆然とそれを見るラナと視線が合うと少女は少し申し訳なさそうにして言った。
「御免なさい、大佐に云われてずっと尾行していました」

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
アッシュ・リーゲン(ga3804
28歳・♂・JG
OZ(ga4015
28歳・♂・JG
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
周防 誠(ga7131
28歳・♂・JG
水雲 紫(gb0709
20歳・♀・GD
杠葉 凛生(gb6638
50歳・♂・JG

●リプレイ本文

 夜の東南アジアの街。
 紺碧の闇と星々を背景にオレンジ色の光が輝くその街の一角で、数十人の兵達が終結していた。
「『敵を騙すにはまず味方から』だっけか? あのオッサンも人が悪いね全く‥‥」
 ビルの陰、様子を覗いつつアッシュ・リーゲン(ga3804)が呟いた。この騒動のカラクリを見抜いたか。
(「ま、だからこそ結果をキッチリ出さねぇとな‥‥あの大将にだきゃイヤミは言われたくねぇ」)
 村上顕家。炎と灰の指揮官。あれは全てを等しく裁く。縁故など一顧だにしないだろう。結果が全て。
「可愛い女の子が二人、大勢の野太い男たちに襲われているなんて! 早く助けに行かなくちゃ!!」
 大泰司 慈海(ga0173)が焦った様子で言う。
「まぁ待て、合図が来るまで待機だ」
 杠葉 凛生(gb6638)が低い声で言った。周囲にそれとなく視線を走らせる。傭兵八名、それと軍の特殊部隊が三十名あまり。
(「向こうもこっちも、かなり大掛かりな戦力を割いてるな‥‥キナ臭い」)
 何か、彼の預かり知らぬモノが動いている。
(「まぁ‥‥余計な詮索は不要か?」)
 ダークスーツに身を包んだ男の勘が、深く踏み入らせる事を拒否させていた。とりあえず仕事はこなす、後は成り行きだ。何処まで突入するかは考えなければならない。
「随分と豪勢なこった‥‥」
 OZ(ga4015)が鼻を鳴らした。同行している隊はパキスタンの虎ハラザーフ・ホスロー大尉が率いる特殊部隊だ。村上幕下では最精鋭の兵達と噂されている。そして先行しているのは蒼の幽鬼相良裕子。悪名高い破壊神だ。尋常の戦力ではない。
(「てなるとフツーこう考えるよな」)
 OZはククッと笑う。男の目が怪しく光った。不穏な気配だ。
(「例の女は上の度肝を抜く激アツのネタを持ってるか、大佐も惚れ込むいいケツの持ち主かってよ」)
 OZ。闇にぬらりと輝く両刃の鋼。時として獅子身中の虫とも呼ばれる男は何を狙うか。
 やがて無線にノイズが走り一同に指令がくだされた。兵達は素早く走りビルへと突入してゆく。地下への入口は暗く、まるで奈落の淵を覗いているようだった。

●地下へと
 ハラザーフ隊は地上へ、傭兵達は地下へと向かった。
 地下駐車場に入った杠葉はまず地図で現在位置と通路、諸々の施設の位置の確認を促がす。傭兵達はそれを以って構造を確認した。
 傭兵達は三組に別れた。
 通路中央へと向かうのは周防 誠(ga7131)、アッシュ、OZの三名。大外から回り込むのがレールズ(ga5293) 、国谷 真彼(ga2331)、水雲 紫(gb0709)の三名。B1の地下管理室へと向かうのは大泰司と杠葉。
 手早く確認を完了すると、各組はそれぞれの向かうべき方向へと走り出した。
 大泰司と杠葉は大外組と途中まで共に駆け、地下駐車場を大きく回って抜け管理室へと向かう。杠葉は探査の瞳を発動させている。
 煌々と明かりがついているその部屋へと身を低くしながら素早く移動。ガラスの奥に人の姿は確認できなく、奥にも周辺にも気配も感じられない。ドアへと近づく。
 杠葉は蝶番へと注意深く視線をやる。隙間に線が見えた。
「罠だ」
 侵入が、気付かれている。
 大泰司に制止を告げ、ドアを開ける手を止め、振り向いて意識を集中させて辺りの様子を窺う。今度は駐車場の柱の彼方から気配が感じられた気がした。瞬間、柱の陰から銃口が生えた。光った。焔。マズルフラッシュ。杠葉と大泰司は即座に横っ跳びにとんでいた。撃ってきた。地面を一回転して転がり、身を低くしながら通路の陰へと回り込む。
 猛烈な勢いで銃弾がアスファルトを破砕していった。


 大外組は途中で進路を外れるとエレベータへと向かっていた。エレベータは二つ並んであった。
 国谷はボタンを押すとエレベータの扉の間に救急箱を挟んだ。これで他階からの使用は防げる筈だ。片方は、だが。
 あまり時間を使っていては敵に先を越される。残りは管理室組へと託して三人は再び大外の通路へと走った。


 大泰司と杠葉は物影で態勢を整えると反撃すべく動きだす。と同時に柱の奥から擲弾が放られ、音を立てて地に転がった。スタングレネードだ。
 猛烈な爆音と共に閃光が明滅し人間の意識を刈り取らんと荒れ狂う。直後、小銃を構えた敵兵が二名飛び出してきた。それとほぼ同時に先頭の敵兵の手の中にあった銃が破砕され吹っ飛ばされていった。
 杠葉はラグエルを構える。銃声が轟き、敵兵の一人が手足から鮮血を噴き上あげて倒れた。敵兵に驚愕の色が見えた。その時には既に小銃を両手に持った大泰司が疾風のごとく飛びだしている。男は突進しながら敵兵に対し右下方へと低く踏み込むと、左へと切り返しながら伸びあがり、下方からストックを振り上げた。鈍い手応えと共にストックが激突し敵兵の顎がかちあがる。大泰司は相手の身が浮いた所へ、振り抜いたストックを返し敵の腹へと叩き込む。身を折った敵兵の後頭部に叩きつけて、地面へと打ち倒した。一瞬の早業だ。
「頭がくらくらする」
 サングラスをかけた杠葉が頭をふりつつ手足を撃ち抜かれて呻いている敵兵の傍へと向かう。銃を向けながら、地面に落ちている敵の小銃を蹴り飛ばして遠ざけた。
「ま、でもまともに喰らうよりは随分マシだったねぇ」
 同じくサングラスをかけた大泰司がニヤッと笑って言った。大泰司が倒した敵兵は既に意識を失っていた。爆音の分はサングラスでは防げないが、閃光は大分軽減される。彼等が即座に反撃できたのはその為だ。
「そうだな」
 杠葉は呻いている敵兵を踏みつけて昏倒させると、大泰司が気絶させた兵ともども武装解除して縛り上げ転がした。
 二人は次に管理室のドアから距離を取ると、その蝶番を銃撃で吹き飛ばした。閃光と共に爆音が炸裂した。こちらにもスタングレネードが仕掛けられていたらしい。
 一応注意しながら管理室へと部屋に入る。敵兵は他にはいないようだった。
 流れているモニタへと目をやる。結構な数の監視カメラが仕掛けられているらしく、地下駐車場の大まかな様子が手に取るように解った。恐らく敵もこれで傭兵達の地下への侵入に気付いたのだろう。
 ただエレベータの制御はこちらには回されていない様子だった。それらしき装置がない。杠葉は大泰司に管理室を任せるとエレベータを止めるべくその部屋を後にした。
 エレベータの前まで走る。途中、消火栓に立ち寄り、扉を開いて消火器を手に入れる。エレベータの元までゆくと片方は救急箱を挟んで既に止められていた。杠葉は残りのエレベータを呼ぶと、扉の間に消火器を挟んで他階からの使用を不能にした。管理室へと戻る。

●激突
 中央の螺旋通路を降りて行った周防、アッシュ、OZの三名は地下二階の辺りで迎撃に来た敵の一団からの猛烈な射撃にさらされる事になった。通路は狭く急なカーブを描く螺旋の構造上射線が通りにくい為、互いの距離が近くなる。
 二丁の拳銃を構えた少年とAKを構えた十人あまりの傭兵から激烈な射撃が飛んだ。
 そんな中にあっても周防は通路の内側に入って射線を切りつつ、左に構える盾の陰からアラスカ454リボルバーで敵の武器を撃ち抜き破壊した。たいした技量だ。一部を除いて圧倒している。小銃を失った敵兵は拳銃を抜き放って対抗したがそれもすぐに弾き飛ばされる。
 アッシュ・リーゲンはシエルクラインで弾幕を張って敵の大群に対抗し、OZは隠密潜行を用いて周防とアッシュの陰から敵兵を牽制している。
 やがて声があがり、兵の一人が擲弾を投擲した。
 飛んできた擲弾に対しアッシュ・リーゲンが即座に先手必勝と影撃ちを発動させ撃ち抜く。傭兵達と敵達の中央で閃光と爆音が炸裂した。敵味方合わせて、撃ちあっていた者のほとんどが眩んだ。
 OZは目が眩みながらも隠密潜行で通路の内側の陰から前進する。通路外側に立っている少年の二丁のリボルバーが即座に火を吹いた。45マグナム弾が男の身に炸裂し、猛烈な衝撃を巻き起こした。鮮血と肉片が飛び、視界が揺れてよろめく。生命力の八割を二発で持っていかれた。ULT傭兵のトップクラスのそれよりは劣るが、それでもかなりの破壊力だ。そして大雑把に撃っているようでいながら恐ろしく正確な射撃だった。まともにやって、かわすのは難しい。
 追撃に一般兵のAKの弾幕が飛んでくる。OZはなんとか倒れるのを踏みとどまると後退して射線を切る。柱があれば盾にしたいが、この通路は車が通る為だけにあるもので、幅は狭く、柱は存在しない。それでも相手が弱ければ抜けられたかもしれないが、今回の敵が相手では突破は厳しかった。
「おいおい、無茶すんな! らしくないぜ!」
 アッシュがシエルクラインでフルオート射撃しOZを援護しながら言う。アラスカ454を二丁構えたそれとは周防が盾を構えて同じくアラスカ454で激しく撃ちあっていた。周防誠もまたULTのスナイパーとしては極めて上位に位置する実力者だったが。
「‥‥まいったね」
 周防は盾の陰から舌打ちして呟いた。敵が強い。彼をしても撃ち合うので精いっぱいだ。ついでに周囲の味方の数で負けている。不利だった。三人はかなりの勢いで押され始めた。周防は二丁拳銃の相手で手一杯であり、OZは何やら狙いがあるのか動きが妙だ。実質敵傭兵を相手しているのは、一人半だ。アッシュ・リーゲンが一人で大多数を抑えているようなものである。通路が狭い故に弾幕兵器は有利だったが、それは相手にも言える事で、単純に火力の量で押されていた。さらに周防に飛び道具を破壊された者が仲間から拳銃を受け取って再び攻撃に加わり始めた。
「くそっ‥‥!」
 OZは徐々に後退しながら毒づいた。実際の所、彼は事の勝敗よりもこれほどの戦いを起こすその「何か」を狙って行動していたのだった。それが何かは知らないが、ここまでの戦力をさいて巡る物で、公に出来ない物となったら、それをむざむざと軍にくれてやる道理があるだろうか? いいや、無い。少なくとも、OZにとっては無かった。
(「それは俺のもんだぜクソッタレ。誰よりも先に、俺が手に入れてやるっ‥‥!」)
 口に溜まった血を吐き捨てると、OZは仲間達を盾にしつつ小銃をリロードした。
 現在の戦況は不利だ。
 今は狙えそうにない。
 しかし、まだだ。
 まだ、チャンスは巡ってくる筈。
 その時を、狙うのだ。
 暗闇から伸びる蛇のように。

●奇襲
 レールズ、国谷、水雲の外回り組は探査の眼を発動させている水雲を先頭にして地下駐車場の大外の通路を駆けていた。通路は駐車場の外側を弧を描くようになぞって螺旋を描いて下の階へと向かっている。
 その通路の左右に車を止めるスペースがある関係上、全体としては割と広めだ。左右に車が止まっているとやはり狭いが。
 地下一階から二階へと降り、二階を回って三階へと走る。
 三人は預かり知らぬ事だが、ULT傭兵達の侵入は管理室の監視カメラでばれている。敵傭兵とて木偶ではないので、まぁ仲間に無線連絡くらいは飛ばすだろう。彼等の一部もまた相良達を挟撃しようと大外へと回っていた。速度に勝るレールズ達は、これに対し後方から距離を詰めている形になる。戦闘のプロならば、背後から追ってくる敵の存在に気付いた時に取る選択肢は無数にあるが、今回彼等が取った行動はそれだった。
 三階へと到達した時、不意に国谷の視界がブレた。後頭部から猛烈な衝撃が突き抜けていった。ヘッドショットだ。目の前が暗転し、倒れた。ベレー帽が床へと落ちる。
 レールズの後頭部に銃弾が激突し、衝撃を伝えたが銃弾自体はヘルムに当たって弾かれた――恐らく首の隙間を狙ったものが外れた――心臓の位置へのそれも頑強なアーマージャケットが弾いた。水雲も同様にヘルムが弾きメトロニウム合金線維の服が銃弾を止めた。
 轟いた銃声と衝撃に二人は左右に飛び退き振り返る。瞬間、前後から挟み込むように閃光と轟音が爆裂した。御馴染スタングレネード。完璧な奇襲。隠れる場所が無数にある空間で、走っていて、相手はプロとあれば、探査の眼だけではカバーしきれない。チャンスは双方にあったが、情報を握っている方が有利。
 閃光と轟音の中、動きを止めてしまっている傭兵達の足元にまた擲弾が転がった。今度は十二。ありったけ投げてきた。対キメラ用手榴弾。ただの人が唯一キメラに対抗しうる目があるその大型の手榴弾は、ULTで売られている物と違って実戦的なそれは、間髪入れずに猛爆を巻き起こした。
 一つが爆裂すると同時に連鎖的に八つの手榴弾は猛爆発を巻き起こした。紅蓮の火球が膨れ上がり閉鎖空間にあるものを焼き焦がし吹き飛ばし薙ぎ倒す。レールズと水雲が吹き飛ばされて通路に転がり、昏倒している国谷が成す術も無く爆風で吹っ飛ばされ地下駐車場の壁に叩きつけられて落ちた。
 六人の一般傭兵が車の陰から身を乗り出し、突撃銃を構え倒れているレールズと水雲へとバースト射撃で猛攻を開始した。
 水雲、レールズ、ともに視界が霞み、激しく回転している。聴覚は麻痺していて音が聞こえづらい。猛烈な嘔吐感が胃の底から込み上げてきている。銃弾が、来た。水雲が圧倒的な弾丸の集中を受け、立ち上がれずに叩き伏せられた。衝撃に視界が激しく回転し、意識が薄れ、ぶつりと切れた。ピクリとも動かなくなった女の装甲の隙間から鮮血が溢れ出て、アスファルトを赤く染めてゆく。
 比較的弾幕が薄かったレールズは装甲の厚さも手伝って撃たれながらも転がり、車の陰へと逃げ込んだ。荒い息をつきながら槍を持ち直す。武器だけは、手放してはいない。
 車の陰から顔を出して様子を窺う。即座に猛烈な射撃が飛んできた。敵は動きを封じようとしている。
 倒れている水雲が般若の面の奥でカッと目を見開いた。髪の色が再び黄金色に染まり、傷口がみるみるうちに再生してゆく。夜よりも暗く深い漆黒の色の蝶が女の周辺へと舞い始めた。密かに意識を取り戻した国谷が、頭から血を流しながらも機械刀を発動させていた。錬成治癒である。
 能力者は、簡単には死なない。
 水雲は弾かれたように跳ね起きると即座に閃光銃を抜き放ち地面に向けて撃ち放った。灼熱の色の閃光弾が炸裂し薄暗い地下駐車場を昼よりもなお明るく染める。敵兵から呻き声が漏れた。間髪入れずにレールズが車を飛び越え、身の丈に匹敵する長大な槍を携えて突撃した。即座に銃撃が襲いかかるが精度が落ちている。男はジグザグに動いて一気に間合いを詰めると車の陰に隠れながら撃っている敵兵の一人へとセリアティスを突きこんだ。
 白い美しい槍は車のドアをぶち抜き、さらにその奥にいた敵兵をも貫いて、轟音をまき散らした。腕力に物を言わせて槍を引き抜く。車のドアが鈍い音を立てて穴を広げ、槍はあっさりと抜けた。敵兵はぐらりと揺らぎ、倒れた。
 その間にも国谷が蒼光のレーザーブレードを構えて突撃をかけていた。嵐のように銃弾が飛ぶが装甲に物を言わせて突っ込む。急所にさえ当たらなければ軽く殴られた程度だ。耐えられない範囲ではない。一気に間合いを詰めた国谷は敵兵の銃口を一刀で斬り飛ばすと怯む敵兵の鳩尾に迅雷の如く入り込み柄頭を下方から突き抉るようにして叩き込んだ。敵兵は眼を見開き、苦悶の表情を浮かべて崩れ落ち動かなくなる。
「フフフ、同じ傭兵同士、私は容赦しませんよぉ?!」
 使い終わった閃光銃を投げ捨て、蒼白く輝く月詠を逆手に抜き放った着物姿の般若は、扇を片手に銃弾を弾きつつ間合いを詰める。跳躍し、車を踏みつけてさらに飛び、その陰にいる敵兵の背後へと降り立つ。刀を後背へと突き出す。切っ先が敵兵の背中から入り腹へと抜けた。手首を返し、横に払う。血飛沫を吹き上げながら男が半ばから断裂し、倒れた。
 レールズは敵の傭兵に肉薄すると槍を振って銃を叩き折り、石突で頭部を強打して昏倒させ、流れるようにもう一人にも攻撃を入れて打倒している。最後の一人はやはり国谷が剣の柄で当て身を入れて気絶させていた。
 傭兵達は生きている兵の武装を手早く解除すると縛りあげて道端に転がした。

●火炎とマグナム
 管理室組の大泰司と杠葉は監視カメラで戦況を確認しつつ連絡が来たらブレーカーを落とせるように準備している。しかし、誰がどのタイミングで落とすように指示を入れるのかは不明だった。
「OZ、スコープを切れ!」
 アッシュ・リーゲンが叫んだ。中央は後退に後退を余儀無くされていた。二丁拳銃と撃ちあっている周防はかなりボロボロになってきていたし、アッシュ自身も装甲のない場所の負傷が目立ってきていた。
「あぁ?!」
 怪訝そうな返事をかえすOZに構わずアッシュは腰のザックからスブロフの瓶を二本取り出して放り投げる。OZはそれを見てスコープを切った。瓶は瞬く間に敵兵の銃弾に撃ち抜かれ、アルコール度数99%の液体がアスファルトに降り注ぐ。金髪の傭兵はすかさず銃弾を撃ち込んで火花を起こし着火させた。火炎が巻き起こる。
 狭い通路を塞ぐように直径一メートル程度の火炎地帯が二つ出来あがった。
「何とか時間を稼がなきゃね‥‥」
 周防は狙撃眼と強弾撃を発動させ、遮蔽と盾を上手く使いながらアラスカで撃ち合い二丁拳銃使いを牽制している。
 敵の一般傭兵は避ければ狙い撃ちにされると踏んだのか、素早く焔の上を渡ろうと踏み込んできたが、焔を抜けた所でアッシュの影射ちとOZの銃撃に打ち倒された。
「野郎!」
 二丁拳銃使いの少年が左右のリボルバーを猛連射した。アッシュの右肩と胴が撃ち抜かれ、金髪の傭兵は血飛沫を噴き上げながら倒れる。OZが後退し、周防が盾を構えて突っ込んだ。
「ぬっ?!」
 盾を構えジグザグに動いて直撃を避けつつ周防は体当たりするようにして突撃し盾で少年にぶちかましをかけんとする。少年は横に飛んで避けた。周防は盾を手放し、先手必勝を発動させ高速で追撃をかけた。シュバルツクローを取り出して切りかかる。少年は後方へと飛びのいて避けた。周防はただちに着地点を狙ってアラスカ454を連射する。少年は左腕で弾丸を受けた。強烈な弾丸が手首を砕きその手から銃が転がり落ちる。
 少年は牙を剥いて残った右腕の銃を周防へと向ける。周防は後退の態勢に入りつつ閃光手榴弾を置くようにして放った。少年が笑みを浮かべた。手榴弾を全く意に反さず、発砲。連射。
「てめぇらが使うそれは炸裂までが遅ぇんだよ!」
 轟く銃声と共に周防の身体に次々に弾丸が突き刺さってゆく。猛烈な破壊力が荒れ狂い、周防は鮮血を吹き上げながら崩れ落ちた。
 少年は周防の銃を蹴り飛ばして遠ざけつつ、その頭部に銃口を向けた。
「詰めが甘かったな。お前、割と強かったぜ、あばよ!」

●黄金の弓
 一方、大外組、地下駐車場を走るレールズは地下三階の螺旋通路入口脇に、緑髪の若い女が立っているのを発見していた。
(「あれは‥‥ラナライエルさん?」)
 知っている。あれはULTのオペレーター娘の一人だ。何故、こんな場所に? 浚われた女子というのは彼女の事だったのか?
 疑問は募るが今はそれを問い正す時でも無い。
「あの時は間に合いませんでしたが‥‥今回は遅れませんよ!」
 レールズは叫ぶと驚いているラナライエルの隣を抜けて通路の中へと飛び込んだ。すぐに一人の少女が螺旋の内側に背をつけて拳銃を撃っている姿が見えた。恐らく、相良裕子だろう。蒼髪の少女は猛然と振り返るとレールズの眉間へと銃口を真っ直ぐに向けた。撃つ――瞬間に、少女の茶色の瞳に迷いが浮かぶ。
「味方です!」
 レールズは叫び紅蓮のオーラを巻き起こすと練力を全開にして槍を横薙ぎに振るった。空気が断裂し、逆巻く風の刃が飛び出す。ソニックブームだ。風の刃は相良裕子の髪を巻き上げながらその脇を通り抜け、射撃が止んだ隙に顔を出していた敵兵へと襲いかかった。不可視の刃の存在は知らなかったのか、その敵兵の男は顔面にまともに空刃を受けて吹っ飛んだ。まぁ普通の人間はソニックブームなぞ撃てない。
「ご、御免なさいなんだよ」
 慌てて銃を構えなおしつつ相良。
「いえ!」
 レールズは叫び返すと拳銃を抜き放ち奥の敵へと向けて発砲し牽制する。
「屋内だけど、使えるかい?」
 駆け付けた国谷がザックから洋弓を取り出し弦を張りながら言った。相良裕子は少し驚いたような顔をして頷く。
「使える、と思う」
「解った。じゃあこれを使うと良い。君は優れた弓手と聞いたからね」
 矢筒と洋弓ダンデライオンを渡して国谷。
「あ、ありがとう」
 微笑して相良。拳銃を納めると、手早く矢筒を背負って黄金の色の弓を受け取る。得意の弓が手元に来た。今回は怪我も無い。巻き込むような物もないし、全力を出せない理由は無い、だろう。相良裕子は練力を全開にして通路の奥へと飛び出して行った。
 男は通路を歩いて戻った。珍しく驚いている表情をしている緑眼の娘に視線を向け、
「帰るよ。君の帰りを待ってる子がいる」
 そう言った。

●またきて四角
 悲鳴が連続して巻き起こった。
 ワイシャツ姿の女の傍にいた傭兵達が次々に身体から矢を生やして倒れてゆく。蒼の幽鬼の破壊神が得意の弓矢で猛連射しているのだ。鬼に金棒とはこのことで、膠着していた戦局は一気に傾いていた。
「ふふふ、危険を冒して戦ってまで益のある依頼なんですかねぇ!?」
 水雲が高らかに言い放った。はったりではなく真実として我が軍は圧倒的ではないか! 状態である。
「既にビルの地上部はUPCの特殊部隊が制圧している。もうじき地下にも降りてくるだろう。退いた方が良いんじゃないかい?」
 それに国谷がエネルギーガンを片手に抜きつつはったりを追加した。
「こ、こりゃあ、確かに、激烈に不利だなぁ!」
 ひきつった笑みを浮かべて女は言った。破壊神が全開になっておまけにULT傭兵まで来ては彼女一人ではどうしようもない。さらにはUPCの特殊部隊まで来るという。
「ふん、御忠告に従っておくよ! さよなら三角またきて四角ッ!! ヒカルは親父のハゲあたまぁッ!!」
 やけっぱち気味な叫び声をあげると閃光手榴弾を大量にばらまいて、あっさりと踵を返して走り出した。
 爆音と閃光が収まった後には、矢で射抜かれて倒れている敵兵の姿しかなかった。


「ブラン! 作戦は失敗だ! ずらかるよ!」
 下から駆けて来た女が周防へと銃口を向けている少年へと言った。
「‥‥なぁにぃ? なんでだよ! 俺勝ったぞ!」
「あんたが勝っても他負けてるんだよ!」
「はっ、雑魚どもめ!」
「そっち敵何人だよ。こっちより少ないじゃないか! なのに味方、沢山つれていっちゃって! 人数差で押し切ったようなもんだろ!」
「だってここ中央だぜ、普通、ここが――」
「だから一杯くわされたんだよ! 良いから行くよ!」
「くそ――」
 やがて周防が放った閃光手榴弾が炸裂し、爆音と閃光が荒れ狂った後には倒れている者達以外の人間の姿は周囲には無かった。敵も味方も掻き消えるように居なくなっていた。

●終局
(「くそっ‥‥読み間違えたか」)
 ビルの前に止められた軍用車両、それに背を預けつつOZは胸中で悪態をついた。周防が倒れた時点でOZは撤退していた。結局のところチャンスは二度と来なかった。中央を突き抜ける、というのはかなり厳しい。結局の所『情報』はULT傭兵に確保されもうOZが単独で奪取出来る範囲ではなくなってしまっていた。
「きみぃ、結局どんなネタを掴んでたワケぇ?」
 それでも気にはなる。半眼で救出されたラナライエルに視線をくれつつOZは問いかける。
「‥‥どんな、と言われても、訳が解らない。私は二枚目なんて本当に知らない」
「とぼけんなよ」
「とぼけてなんかいない」
 どうも嘘をついている様子ではなかった。
(「‥‥はぁ?」)
 OZは首を傾げる。では一体全体どういう事なのだ。
「ハラザーフさん」
 レールズが、重装甲のボディアーマーに身を包んだ士官に声をかけた。筋肉の塊のようなゴツイ男が足を止め、振り向いた。ハラザーフ・ホスロー大尉だ。
「‥‥傭兵になってそれなりに長いですし真っ白な組織が生き残れる程現実は甘くないと思いますがね? これはちょっと異常ですよ。答えを教えろって程命知らずじゃありませんがヒントくらいくれませんか?」
「今回の事件についてか?」
 ホスローは言った。
「我々の大将は芋堀名人だ、とだけ言っておく。彼はこの街の全ての芋の蔓を引き抜く事はしないだろう。この街のBK達は芋堀名人のおかげで命を繋ぐ。しかしそれと引き換えにBK達は芋堀名人へと多大な代償を支払う事になるだろう」
「芋掘り、ですか」
 レールズが呟く。
「やはりな。どうにも手回しが良すぎると思ったんだ」
 身に包帯を巻いたアッシュが煙草を吹かせながら鼻を鳴らした。
「あの大将は予知能力でも持ってるのかい? そんな訳はないよな。『さらわれるのを見越して』動いてなけりゃ、こんなに早く戦力を配備する事はできない筈だぜ」
 ラナライエルをエサにしただろう、と金髪の傭兵は言外にいう。もしかしたら身内に潜伏している敵を釣りだす為に、ある程度の機密レベルで偽の情報でも撒いていたのかもしれない。例えば、彼女がまだ何か重要な情報を持っているとか。
「さぁ、そんな事は俺は知らんな」
 ハラザーフは言った。
「だが軍部は誰がBK側なのか知らなかった。拠点が何処にあるのかも解っていなかった。しかしこの街にあり、軍部内にBKがいるという事だけは解っていた。これを放置する事は出来なかった。きっと俺達は他の方法で勝つ事はできないだろう。確かに、綺麗な勝ち方とは言えんさ。だが、その果てに俺達は勝ち続け、ついには俺達はこの島からバグアを叩きだした。だから俺はあの大将を信じる」
「そうかい」
 アッシュは笑って煙を吐き出したのだった。
「一つ」
 レールズが問いかけた。
「BK、それ自体は一体何なのです?」
 ハラザーフは肩越しに振り向き見ると一言だけ言葉を残した。
「――鉄火場だ」


「BKディスク、か」
 ラナライエルを乗せた車が出発してゆくのを見送りながら国谷は言った。
「僕は復讐には反対しない」
 むしろ、そのまっすぐな心を眩しいとさえ思う。
 ただ、
「君を心配する人がいることには気づいて欲しいね‥‥」
 男は呟くと外套を翻し夜の街へと消えて行った。


 了