タイトル:常夏の太陽マスター:望月誠司

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/12/15 19:32

●オープニング本文


 青い空とエメラルドブルーに輝く海。
 真っ白な砂浜、眩く輝く太陽の光を受けて、南国の植物が輝いている。
 水着姿の女が波と戯れている。黒いグラスを駆けた男女がシートの上に寝転がって焼けた肌を太陽に晒していた。
 砂浜の一画では網が張られ数名の男女が楽しそうにビーチバレーに興じている。屋台が並ぶ一画では焼けたコーンに子供が美味そうに齧りついていた。
 浜辺の風景に柔らかい女の声が重なる。
『戦いに次ぐ戦いの時代、夏が過ぎ、秋は終わり、今は冬の時代です。しかし、ここマドラガンは常夏の国。戦に疲れ、冬に凍えてしまった身体と心をこの夏の町で解きほぐしてみませんか。マドラガンは貴方の来訪を心待ちにしております‥‥』
 一人の男が町役場の執務室の椅子に腰かけ紅茶の入ったカップを片手にそれを見ていた。元は町医者だったという、東南アジアがマドラガンの町の町長ルーサー=ハルドラッドである。二十代後半の冴えない風貌の男で、癖の強い茶色の髪と常にぼーっとしているような瞳を持っている。
 海辺の風景は平和そのものだ。ぶつりと画面が暗転し、消える。軽快なBGMと柔らかな女の声も消えた。
「――と、このように皆様に年末を我が町で過ごしていただこうという、アピールの為の映像は出来ていたのですが」
 リモコンを持った女が凛とした声で淡々と言った。マドラガンの町の長ルーサー=ハルドラッドの秘書を務めている女性である。
 秘書がリモコンを操作すると、またパッとモニターに光が灯り、そこには閑散とした浜辺と、そこに居座っている巨大なタコ型のキメラの映像が映し出されていた。
「例によって例のごとく、キメラが現れました」
「まいったねぇ」
 町長はのんびりと言った。
「はい。このキメラのおかげで浜辺が使えず、このまま放置すればマドラガンを訪れる観光客の数は三割ほど減少するであろうという見込みが出ています。観光業によって外貨の大半を獲得している我が町においては由々しき問題です」
「軍からの返答は?」
「『当方の前線は加熱状況にあり、暴れるような様子もないタコ一匹に出せる兵力はない』との事です」
「被害が出てからでは遅いのだけどね」
 ずずーっと茶を啜りつつルーサーは言う。
「はい、というか、人的被害はまだ出ていませんが経済的被害は既に出始めています。まったくトウヘンボクな軍です」
 実に率直な意見を秘書は言った。
「はは、まぁあちらの台所事情も一杯一杯なんだろう。仕方ないさ。ここはこちらでULTに依頼を出すとしよう」
「ではそのように手配します」
「うん、頼むよ」
 頷く町長に、秘書は無表情のままさらに言った。
「なお軍への返答は『解った。ではこちらで処理する。この税金泥棒め』でよろしいでしょうか?」
「‥‥もうちょっと平和的な返答にしてくれると有難いかなぁ」
「承知いたしました」
「重ねがさね頼むよ、うん」
 町長は頷き、そう言った。
「しかし‥‥町長」
 秘書の女が言った。
「あのタコキメラは何故、浜辺でじっとしているのでしょうか。特に暴れる様子もなく‥‥何が目的でバグアはあのキメラを放ったのでしょう?」
 かくりと小首を傾げる。
「うん、相変わらずバグアの考える事はよく解らない部分が多いね。もしかしたら、このクソ忙しい年末に遊び呆けている人間達が気に入らなかった、とか、案外そんなのだったりするんじゃないかな」
 茶を啜りながらルーサー=ハルドラッドが適当な事を言った。
「そんな‥‥どこぞの会社の上司じゃないんですから。むしろ、それは町長の憤りですか?」
「はは、その意見は少し心外だなぁ」
 ルーサーは言った。
「私の趣味の一つはね、観光客でにぎわっている浜辺を眺める事なんだよ」
「はぁ、それはまた、妙な趣味ですね?」
「そうかね? 楽しそうな、幸せそうな人達を見るのは実に良い事だ。感じられるのさ。自分のやってきた事は、決して無駄ではなかったと」
「そういうものですか」
「うん」
 ルーサーは頷き茶を啜る。
「あとは、そうだなぁ数少ない私の楽しみの一つといえば、君の淹れてくれた紅茶をここで飲む事くらいかな」
 言って、空になったカップを机の上に置いた。
 少しの静寂。
 秘書は一つ視線を宙に彷徨わせてから言った。
「‥‥それは、暗に、もう一杯よこせと催促しているのでしょうか?」
「ううん? そんな事はないよ? ただ、もう一杯飲む事ができたら、私はとても嬉しいだろうね」
 にこりと笑って町長は言う。
 女は嘆息し空になったカップを手に取り言う。
「もっと直截に要求してくれませんか」
「すまない、性分でね。有難う」
 女は「いいえ」と呟き給湯室へ向かったのだった。


 ULT、様々なディスプレイやモニタが並ぶその本部の一画。
「依頼です」
 まだ若い女が言った。オペレーターのラナライエル=ミレニオンだ。
「浜辺に現れた巨大タコ型キメラを退治してくれ、という内容の依頼です。確認されている敵の数は一。大きさは胴体部分だけで三メートルだそうです。足を入れるとかなり巨大ですね。さほど強力なキメラではないという見立てですが、油断はされませぬよう。依頼主はルーサー=ハルドラッド。東南アジアにあるマドラガンという港町の町長です。報酬はこちらの規定額と、それと希望すればキメラ退治後、次の日の朝日が昇るまで浜辺を貸し切りで使用して良いそうです。退治後の息抜きには良いかもしれませんね」

●参加者一覧

阿野次 のもじ(ga5480
16歳・♀・PN
月代・千沙夜(ga8259
27歳・♀・AA
藤堂 紅葉(ga8964
20歳・♀・ST
タルト・ローズレッド(gb1537
12歳・♀・ER
日野 竜彦(gb6596
18歳・♂・HD
ダグ・ノルシュトレーム(gb9397
15歳・♂・SF
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
伊鷹 旋風(gb9730
17歳・♂・DG

●リプレイ本文

 青い海。
 白い浜辺。
 美しい乙女達。
「全て揃っているとは此処は素晴らしい場所だね?」
 ふふん、と伊達眼鏡のフレームを指で押し上げ笑うのは伊鷹 旋風(gb9730)だ。
「おまけに巨大なタコまで用意してくれているとは‥‥」
 浜辺に鎮座している巨大なそれを見て、バグアもまたサービス満点だ、と男は思う。
「ふむ、タコ型のキメラか」
 十二歳程度に見える小柄な女が言った。タルト・ローズレッド(gb1537)だ。そんなブロンドの髪の少女が手に持っているのは発泡酒。
「さっさと片付けていただくとしよう」
 はやくも喰う気満々だ。
 夢守 ルキア(gb9436)もまた塩と包丁を持参しタコキメラを威圧していた。実に嫌がらせである。
「どうせなら、トウモロコシ型キメラがよかったな‥‥」
 そんな事を呟くのは黒髪の少年ダグ・ノルシュトレーム(gb9397)だ。スウェーデン人の彼はタコの食感がダメらしい。ジャパニーズ的に例えていうなら大阪人が納豆ダメくらいダメだとかなんとか。
「浜辺のタコね。赤道から南の方は夏だから季節外れとも言えないかな」
 長身の女が言った。月代・千沙夜(ga8259)だ。覚醒し、豊かな胸に紫色の刻印を浮かび上がらせ、瞳と髪も刻印の色に染め上げて、呟く。
「蛸や触手と戯れる気分じゃないから早々に潰して食料と海洋生物への栄養源に変えましょう。全力でね」
 かくて八人の傭兵がキメラへと走った。


「大事なのは退治じゃない。活用だ」
 藤堂 紅葉(ga8964)はがどけしと大タコを他の女性参加者の方へと弾き飛ばしている。
「わわわっ!」
 不意を突かれて阿野次 のもじ(ga5480)が一瞬、タコの足に絡みつかれたが、
「大回転! 破・裏・剣・斬りぃぃ」
 次の瞬間、派手な技名と共にビート板二刀流で吹っ飛ばした。吹っ飛んだタコへと傭兵達の怒涛の攻撃が炸裂しタコキメラは例によって例のごとく秒殺されて昇天したのであったマル。
「ぜぇぜぇ‥‥危なかったわ。まさかあのキメラ、吸盤とか触手であっんなことや粘液はいてこぉんな――」
 くっと拳を握りカメラを意識して阿野次。残念ながら構成上、一部始終そのような事は起こっておりません、はい。
「なんだってー!」
 という訳で、さくさくとキメラを片付けた傭兵達は町長にその旨を報告した。
「いやぁ、さすがに早いね。報酬は指定口座に振り込んでおくよ。浜辺も約束通り今日一日好きに使っておくれ」
 一同は町長の言葉を受けて傭兵達はおのおのバカンスモードに入り浜辺へと向かう。阿野次は秘書とごにょごにょと話をしていたりした。
 かくてビーチ。白い砂浜、青い空。
 藤堂などは貸切なのは逆に残念だと思っていたのだが、
「可愛い娘が多いじゃないか‥‥」
 仲間の傭兵達を見やって気持ちをすぐに切り替え、目の保養に勤しむ事にした。
「はーい、こっち向いてー」
 阿野次はというと役場から借りて来たのか片手持ちのビデオカメラなどを回している。
「あ、ビデオとってるの?」
 ルキアが笑ってひらひらと手を振った。細身だがプロポーションが良くその伸びやかな肢体を黒のビキニに包んでいる。腰には同色のパレオを巻いていた。銛を片手に打ち寄せる波に楽しそうな声をあげながら海へと入っていった。どうやら魚を狙うつもりらしい。
 一方、タルトはひらひらとしたフリルがついた黒のセパレートの水着を着用しその上に何故か白衣をつけていた。水辺で波と戯れてはいるが、海に入る気配はない。小柄な少女は視線を感じたのか、ちらりと振り返ってカメラを見た。
『何かありましたらコメントをどうぞ』
 阿野次がタルトをフレームに納めつつ、そんな文字が書かれた看板を掲げている。
「うむ」白衣の少女は頷きこほんと咳払いすると「そもそも人間は陸上で生活する生物である」
 重々しくそんな事を言った。
「水中で活動する適正を持つ必要はないのだ。だから、私が水中を動き回るスキルを持っていないとしても何の問題もない。何の問題もない」
 大事な事なので二度繰り返しました。少し悲しそうに見えるのは多分気のせいだろう。
 他方、月代は二メートルを越える長身に上から132、65、98というノーベル賞提唱者が発明した火薬の如きボディを現地で調達した白の水着に包んでいる。重力に抗うようにして揺れる円錐形の胸はKサイズであるらしい。ちょっとした鉱山なら軽く爆破できそうだ。恐るべし。
 阿野次がカメラを向けコメントを求めると、
「今年は何気なく機会を逸してプールには行けども海に入ってないのよ。海に行く事は有っても行っただけで何もできなかったし」
 ふぅ、と息をついて月代。故に、今日はまずは徹底的に泳ぎ倒す事に決めてるらしい。
 月代は一つ手を振ってから背を向けると、海に入ってすいすいと泳ぎ始めた。
「色々遊べるな」
 目の保養に勤しんでいる藤堂自身もまたかなり豊かな肢体をしていた。柔軟な肢体を魅惑的なデザインの水着で包み、オイルを腕や足に塗っている。
「お、セクシーポーズ」
 逃さずカメラを向けて阿野次。
「私は見る方なんだがなぁ」
 藤堂は苦笑してそんな事を言っている。
 浜辺の華達はおおよそそんな様子である。一方、そんな光景を、南国の太陽に照られ、潮風に髪を揺らしながら眺める一人の少年が居た。
「バカンス‥‥まぁ、LHに着てからこっち、海で遊ぶなんて無縁でしたから、羽を伸ばすのも悪く無いでしょう」
 ふっとクールに呟いている愛らしい容姿の少年はダグ・ノルシュトレーム十四歳。
「この時期、故郷の海ならオーロラが見えることもあるのですが‥‥やれやれ、望郷といいますか懐古といいますか‥‥冬には冬に楽しめるものもあると思います」
 季節感というのも大事ではなかろうかと少年は言う。なるほど、その発言には一理ある。しかし――視線はしっかりとビキニ姿の女子を追っているとなっては、発言にあまり説得力がないと思うのだが、どうだろうか。
 思春期まっさかり。
 十四歳の少年ダグ。
 少年はしばし砂浜の光景を――主に女性達を――見やってから呟いた。
「‥‥‥‥いいじゃないですか、南国」
 ぐっと拳を握ってそうな風情だが、あくまで無表情にクールである。年上スキーのおっぱい星人だがクールである。
 クールな少年はいそいそと双眼鏡を取り出してみせた。それは流石にやりすぎだと思われるが、
「‥‥違いますよ。ええ、違います。これは警戒監視です」
 ダグ少年は首をふった。
「あのタコ以外にキメラが潜んでいるかもしれません。弱いキメラで油断させておいて、本命が後から襲ってくるという可能性があります。ええ、十分考えられる事。いわば、これは必要な備え。決して下心でやるわけではありません」
 力強くダグ君は言ってくださった。なるほど、確かにそれもありえそうだ。真偽の程は双眼鏡の中に映るモノのみが知っている。
 一方の男性組の一人、伊鷹旋風は浜にタコ焼きセットを展開していた。
「タコが居る事は聞いてたのでたこ焼きを作る道具一式を持参してきたのだよ」
 と男は言う。
「まずはタコの足の何本かを切って茹でる事にしようかな」
 と先に倒した巨大タコから良さそうな脚をチョイスすると切り取って洗い始める。
「あ、塩もみして洗った方が良いかもだよ」
 海から上がり、魚やらフナムシやらを捕まえて来たルキアが伊鷹の元にやってきて言った。
「ふむ、そうか。それもそうだな」
「私はそのままでも食べれるけど、腹痛とか起こったらアレだし。私もタコ焼きセット持ってきたんだ。手伝うよー」
「あ、俺もタコ焼き作ってみたいな」
 と日野 竜彦(gb6596)もまたやってきて言う。
「そうかそうか。今回は出汁入りの生地に紅しょうが、天かす、タコを入れた大阪風のたこ焼きを作ってみようと思う」伊鷹がタコを洗いながら説明する「まぁ私の出身である福岡では茹でたみじん切りのキャベツを入れたりするのだがね。味は醤油、ソースどちらでも用意出来るから、好きなように注文してくれると嬉しいね」
「おぉ、美味そうだな。どっちにしようかなぁ」
 と、破顔して日野。三人はタコの調理を開始する。タコの足を切ってよく塩を揉んで洗い。バーベキュー用やタコ焼き用の各種鉄板、鍋などを並べ炭を用意して火を起こす。材料を溶き、タコをぶつ切りにして、油をしきじゅーじゅーと焼き始めた。またタコの足は鍋で煮られてもいる。
「なかなか良い手際だな」
 藤堂が調理の様子を見て言った。
「紅葉君もやってみる? 結構楽しいよ」
 かくりと首を傾げてルキア。
「ん、いや、作るのは苦手なんだよ」
 と藤堂。
「やはりタコは新鮮なうちにいただくのが一番だな」
 その傍らでは、いつの間にかひょっこりとやってきたタルトが、伊鷹に捌いてもらった蛸を醤油をつけてぱくぱくと食べている。
「こうして海辺で飲む酒ってのも偶にはいいものだな」
 うーん、とタコをつまみに一杯やりつつ白衣の少女。
 他のメンバーもやって来て、わいわいとバーベキューを楽しんだ後は「スイカ割りでもどうだい?」との藤堂の提案でそれを敢行する事になった。
 並べられるスイカに混ぜてルキアが爆弾を置いていたりする。本人曰く「このスリルがたまらない」との事だ。まぁ実際は破裂しても盛大に音がなる程度のものなのだが。
「天国か地獄か。見事スイカを破壊した人はこの私がエスコートとほっぺちゅーしてあげるよっ」
 あっはっはと笑ってそんな事を言っていた。
 かくてスイカ割りの開始。
「うぉおおおおお!」
「おいおい、どっちへ行ってるんだい!」
 目隠しをつけた日野が木刀を手にあらぬ方向へと突っ込んで行っている。そのまま海に入ってしまって盛大な笑い声が響いた。
「ふふ、海に来たのなら遊びも全力で楽しまないといけないね」
 二番手、伊藤が目隠しをしシャキンと木刀を構える。
「当てていくよ」
 不敵に言って、あれこれ混ざっている周囲の声を頼りにスイカ? らしきものへと接近してゆく。木刀を振り上げ、振り下ろす、命中。爆音が盛大に鳴り響いた。
 煙が吹き上がりけほけほとむせている。周囲の連中は手を叩いて「ナイス、アタックー!」と喜んでいた。
「まいったね。これもまた一興かな」
 男は目隠しをとって苦笑する。
 わいわいとスイカ割りは進行してゆく。参加していたタルトはよろっとした足取りで抜け出すとパラソルの陰に入った。
「あれ、どうしたの?」
 ダグがやってきて言った。
「わ、私は頭脳労働派なんだよっ‥‥」
 とタルト。どうやら単純にただバテただけらしい。
 ダグは少し安心すると付近で砂城を作りはじめた。やたら凝っている。
 割ったスイカは食べられる物は皆で食べて処理した。中にはスイカに砂糖をふりかけて食べていた強者がいた事を追記しておく。
「‥‥何か文句あるのか?」
 超甘党の少女が言った。
 いえ、ありません。
 やがて日が傾くと、月代が夕食にと韓国風の蛸鍋を調理した。
 曰く「暑い所で熱いのを食べるというのも乙な物」であるらしい。
 伊藤はスキューバセットで海の底に潜っている。透明度が高く、茜色の陽が差す海中はなんとも幻想的に見えた。
「こんな素晴らしいビーチに誘ってくれた依頼主には感謝してもし足りないね、まったく素晴らしい休日だよ」
 海からあがると男はそんな事を言った。一応仕事で来たのではあるが。
「たまにはこういうのも良いよね。バカンス+お仕事って素晴らしい」
 蛸鍋をつつきつつルキア。
 ダグは食事を終えるとぼちぼちと浜辺の後片付けを開始している、立つ鳥跡を濁さず、良い精神。しかし、完成した身長ほどの砂城はそのままにしておく。次に発見した誰かは吃驚する事だろう。

●夜
 夜通し遊び倒す猛者はいなかったようで、面々はホテルに戻って休息に移っている。
 日野は夜の浜辺に出ると月光に鈍く輝く海中時計を手に視線を落とした。
 彼女の部屋に残っていたそれを見ながらこれまでの事に想いを馳せる。
(「能力者になってから一年、LHに来てから約半年、だけど、それよりも長い時間をあそこで過ごした気がする‥‥」)
 いきなり、兵舎の部屋に押し掛けて来たり、変な事でイチイチ喧嘩したり、その上自分の方が負けた事が多かったり。
 しかし、そんな、騒がしい日々は確かに楽しくて、彼女は確かに自分の大切な家族だった。
 その彼女ももういない。
 それでも北伐の時には多くの仲間達が支えてくれた。自ら設立した兵舎と小隊【戦竜】、集まってくれた仲間達、責任を果たしたいと思う。
 男は夜空に輝く赤い星へと手を伸ばす。
「正義の味方も居ない。希望もないって言うなら、俺達がなろう、誰もが望む正義の味方に例えそれが一時の偽りだとしても‥‥」
 あの邪魔な赤い星をどかし、平和で自由な空を取り戻す、そんな事を男は静かに誓った。

●少女はマドラガンに立てるか?
「はーい秘書ちゃん、頼んでおいたタコ戦闘の映像とれてる?」
 夜、役場にやってきた阿野次は町長の補佐にそんな事を言った。
「素人撮影ですが、撮れてはおります」
「‥‥君達は一体、何を企んでいるのかなぁ」
 のほほんと町長が言った。
「観光用PV作ってn‥動‥投稿‥決まってるじゃない! あんなPVじゃ客はこない! 時代はクール&アナーキ! ヒャハーゴーレムが出る正にいかれた時代へようこそ! 例えば素敵クールな秘書ちゃんが、裏ではメイド服来て『お帰りなさいませ主人様』とかいっちゃう展開、ギャップ萌え展開が大切なのよ!」
「あっはっは、ユニークだね。君、それ、演るのかい?」
「‥‥そこまでは聞いてないのですが」
 無表情のまま秘書。ちょっと困惑しているように見えなくもない。
「そういえば町長さん、この子まだ口説けてないの?」
「つまみだしますね」
 秘書がむんずと阿野次の襟首を掴んで猫の子を持ち去るが如く退室していった。
「‥‥‥‥賑やかだねぇ」
 ずずーっと紅茶をすすって笑い、町長は呑気に呟いたのだった。

●朝
「また来たいものだ‥‥タコの次はイカやサザエキメラが襲来しないとも限らないしねぇ」
 朝日が輝く中、物騒な期待に胸を膨らませるのは藤堂紅葉である。
 ビーチバレーは参加人数の関係で出来なかったがこっそりあれこれやっていたようである。ちょっと際どいのは相手に了解得てると良かったかもしれない。
 かくてキメラを倒し、浜辺で遊び倒した一行は、町長達に挨拶を済ませると高速艇に乗り込んで帰途へとついたのだった。


 了