●リプレイ本文
「流石は村上の大将だ、シビれる作戦を用意してくれるぜ」
説明を聞きくくっと笑い言うのはアッシュ・リーゲン(
ga3804)だ。
「そいつぁどうも」
だるそうな眼つきで言うのは村上顕家。
「いえいえ」
――ま、このオッサンが無茶言うのは初めてじゃないからな、今回も期待に応えさせて貰おうかね、とアッシュは思う。
「‥‥そういえば、毎回不破大尉の指揮下でしたから、直接村上大佐指揮下の作戦は初めてでしたね」
ふとしたようにオルランド・イブラヒム(
ga2438)が言った。
「そういやそうか?」
「一介の歩兵として大した武力ではないですが、宜しく頼みます」
「ああ。御前が成すべき事を成すと良い。期待する」
そんな言葉を交わしつつ傭兵達は作戦の詳細を詰める。
「豊後牛と鉄輪地獄をこよなく愛する地元民、戦場の風紀委員真帆ちゃん参上」
熊谷真帆(
ga3826)が言った。
「スパコンなんて卑怯な仕掛けは許さないです」
「話に聞いた厄介な装置の親玉か。確かにアレに存続され量産されると迷惑だな」
九条・命(
ga0148)が頷いて言った。
「俺達がしくじった場合、攻略作戦自体が水泡に帰す訳か。これは責任重大だな‥‥」
と煉条トヲイ(
ga0236)。
「バグアには早々に潰れて貰おう」
「うむ」
「しかし、潜入破壊工作ね‥‥映画なんかじゃ、格好良くこなして見えるんだけどなぁ」
黒桐白夜(
gb1936)が言った。
「中々無茶な作戦だよね」
苦笑して赤崎羽矢子(
gb2140)が言う。
「申し訳ありません」
とエクセル・コード。
「まあ、弾んでくれる報酬分は働くよ」
「敵地の任務、ひと時も気が抜けなさそうね‥‥」
御沙霧 茉静(
gb4448)が呟いた。
「競合地帯、かぁ。この地を取り戻すことに成功したら‥‥親バグアの人はどうなるんだろう‥‥」
大泰司 慈海(
ga0173)が言った。それはきっと周知の事実。UPC軍が敗北した時もまた同様。
「スパコンに壊れて貰わないと大分の明日は無いです」
熊谷がそう言った。
「大泰司。それを思うのは悪い事じゃない。だが、鈍るなよ」
村上は死んだ魚のような黒い光を大泰司へと向けて言った。
なかなか無茶な事を言う男だ、と大泰司は思った。それともこの大佐はそれを思った上で、まったく鈍る事なくそれを行えるのだろうか?
(「で、あるなら‥‥」)
なまじ、考えを巡らせないで行う者よりも冷酷、かもしれない。だが、さほど珍しいものでもない。
「これ壊せば、飛ぶ仕事、くれる‥‥?」
僕‥‥空、好きだから、と言うのはラシード・アル・ラハル(
ga6190)だ。
「イエスとは言えんな。御前の能力と未来の状況に聞いてくれ。基本、軍は費用効果で選ぶ。それを曲げるのは不可能だ、と答えておく。例え個人に便宜を図るのが可能だとしても、痩せても枯れてもすべきではない」
それを報酬として事前に提示し、それで応募したというなら別の話になるが、今回はそうではない、と村上。
「そう」
「降りるか?」
その言葉にラシードは首を振る。
「‥‥前は、他の人の事とか、考えられなかったけど‥‥今は、違う。この先にある物を壊せば、皆、楽になる‥‥んだよ、ね?」
「ああ」
「そう‥‥なら、行く」
少年はそう言った。
●
スーパーコンピュータに関する情報などを熊谷とラシードはエクセルから聞き出し、大泰司は無線傍聴に備えて簡単な暗号を決め、鬼非鬼 ふー(
gb3760)はスブロフとバンダナで火炎瓶を作った。叢雲(
ga2494)はメンバー全体の配置を確認し、咄嗟の回避や停止の指示なども意識をすり合わせておく。手早く作戦を練り上げた一同は地下の下水道へと向かう。
UPC軍の拠点の地下へと潜り、錆びた鉄の蓋をあけて地の底へと降りる。下水は、説明の通り、現在では使われていないらしく乾いていた。
「光の届かない暗闇、精神を圧迫する狭い通路、陰鬱な匂い。地下ってゾクゾクするわね」
ヘッドライトを頭に装着し、少しだけ愉しそうに金髪の少女が言った。鬼非鬼ふーである。
「わ‥‥すごいにおい‥‥」
一方で顔をしかめているのはラシードだ。長い間、密閉されていた空気の匂いは、なかなか独特のものがある。
「敵はこの下水路の存在に気づいてないって話だけど、万一敵がいた場合、明りをつけてると気づかれるから、ヘッドライトはつけないようにね」
赤崎がそう言って一同に明りはつけないよう促した。
傭兵達はそれぞれスコープを装着するとエクセルと共に旧下水路を進む。大泰司は隠しカメラや盗聴器などが仕掛けられてないか注意しながら歩いている。カツカツという靴音が円形に固められたコンクリート内に反響した。
「親バグア兵の拠点、という事から、人の兵と交戦する事になるだろう」
オルランドが声を潜めて言った。
「バグア、キメラ、能力者に比べれば脆弱だが、役割を全うできるならば誰であれ脅威になりうる」
内部構造をよく把握しているのはエクセルだが、非能力者の彼女を排除する程度の力は親バグアとて十分持っている。
「エクセル伍長が切り札となりえたように奴らもまたそうなる、ということだな」
軽視しないように、と男は言った。一同は他にも軽く注意点を確認しながら進む。
「ああ、そうだ。この辺りの親バグア兵は能力者と見るとスタングレネードをよく使って来る。気をつけてくれ」
アッシュ・リーゲンはそう言った。
やがてBポイントに到着する。やはり敵はこの通路の存在に気づいていないのか、遭遇する事はなかった。
壁に指向性の爆薬をセットしてエクセルが言った。
「爆破します」
遭遇しなからといっても侵入作戦がバレていないとも限らない、大泰司はエネルギーガンを手に身構える。煉条もまた周囲への警戒を強めた。
猛火と共に轟音が巻き起こり、下水の壁が吹き飛んで、その向こうにまた無機質な別の通路が見えた。例の施設の内部だ。地下二階。煉条はスコープからヘッドライトへと換装した。
傭兵達は素早く中へと雪崩れ込む。物音を聞きつけてやってきた親バグア兵は向かいの通路の角から顔を出した瞬間、傭兵達の一斉砲火を受け、鮮血を吹きだして倒れる事となった。
「パーティ開始ですね。招待状は頂いてませんが」
硝煙を吹き上げる巨大な十字架銃を手に叢雲が言った。
「ここから先は速攻が命だ‥‥行くぞ‥‥!」
煉条が言った。傭兵達は二班に分かれ、一班は退路確保の為に残り、一班は地下三階を目指して駆け出した。
案内のエクセルを中央に、八方を囲み、中央先頭を前に、後部中央を後ろにそれぞれ突出させるフォーメーションだ。先頭を走るのは煉条、その左後方に熊谷、逆サイドに九条。中央のエクセルの側面左をラシード、右側面をオルランドが固めた。ラシードの後ろを黒桐が守り、オルランドの背後を叢雲が守った。殿は赤崎羽矢子だ。
傭兵達は白いタイルの敷かれた通路を駆ける。天井で赤いランプが回転しブザーがけたたましく鳴り始めた。なかなか対応が早い。
通路の角を曲がって走れば、彼方より突撃銃を構えた親バグアの一団がやってくる。バグア兵達は見敵から間髪入れずに一斉に銃口を向け、猛烈な勢いでマズルフラッシュを瞬かせた。問答無用で殺る気だ。
赤崎はエネルギーガンを構える。狙える位置にいない。九条はアラスカ454を構え、発泡。熊谷は敵の頭上を狙ってスコーピオンで射撃。
「立ち塞がる者は、容赦無く斬り捨てる。死んでも良い奴だけ掛って来い‥‥!!」
煉条が爪を光らせ加速し突っ込む。叢雲、十字架銃で命中力を重視し、敵兵の胴体を狙ってバースト射撃。ラシードはエクセルの前に出んと横より身を入れる。女も防弾のアーマーを着込んではいるが、非能力者の一般人は一撃良い場所に入れば、あっという間にあの世行きだ。オルランドが十字架型の超機械をかざし、猛烈な電磁嵐を発生させ、黒桐が煉条、熊谷、九条へと練成強化を発動させた。
一刹那の間に無数の銃弾と閃光が交差し、親バグア兵の肉体が爆ぜ、鮮血が撒き散らされた。
倒れた親バグア兵へと煉条と熊谷が駆けよってその手からライフルを蹴り飛ばし、急所に靴底を叩き込んで昏倒させる。
「だ‥‥大丈夫ですか?」
女が前に立ったラシードへと不安そうに言った。
「‥‥この程度、僕なら、何ともない。行くよ」
再び、駆け出す。
一行は地下三階を目指して走った。
●
皆の命綱である退路を守る役目、引く事は許されない。
曲り角の陰に身を隠しつつ、先に大泰司から練成強化を受けて淡く光る刀を手に御沙霧茉静はそんな事を思う。
「さて、楽しいお留守番の始まりだ。狼が群でやってくるだろうからな、鉛の家に立て籠もるとしよう」
アッシュ・リーゲンが壁に背をつけ、淡く光る小銃に弾丸をロードしながら淡々と言った。通路の先から足音が複数、近づいて来る。
アッシュは角から銃口だけを突きだす。手は元より顔すら出さない。フルオートに入れて薙ぎ払った。シエルクラインが焔を吹き上げ、激しい弾幕が展開される。銃声の中に混じって悲鳴が幾つか聞こえた。当たったか?
次の瞬間、通路の上を榴弾が一つすべるように転がって来て曲り角に姿を現した。スタングレネード。
(「二度あった事だ、三度目を食らうつもりは無い」)
アッシュはそれが爆発するよりも前に、影撃ちを発動させ間髪入れずに榴弾を撃ち抜いた。グレネードはそのまま沈黙する。
リロードしつつ弾幕を通路の彼方へと叩き込む。また悲鳴があがった。
榴弾が転がって来た。今度は三つ。アッシュは再びシエルクラインで撃ち抜く。二発がそのまま沈黙し、一発が着弾の衝撃で炸裂する。轟音と激しい閃光が瞬いた。
瞬後、突撃銃を構えて三人の親バグア兵が角に飛び込んで来る。アッシュ、御沙霧、三つまともにくらいよりは軽いが、多少、意識が乱れているか。
親バグア兵達の突撃銃が焔を吹く。御沙霧、迅雷で瞬間移動するが如く、その後背まで突き抜けた。三条の剣閃が走り、敵兵がバラバラと倒れる。
「この剣は貴方達を守る盾‥‥お願い、少しの間眠っていて‥‥」
先のアッシュの射撃で倒されたと思われし敵兵へと近寄ると一撃を入れて気絶させてゆく。拘束したい所だが、拘束する道具が無い。敵兵の服をはぎ取ると、それで手足を縛って脇に転がしておいた。ついでに武器も奪っておく。
「殺すのは嫌か?」
小銃をロードしながらアッシュが問いかける。
「無駄に命を奪う必要はない、かと‥‥」
御沙霧はそう答えた。
●
アッシュと御沙霧が守る角とは逆サイドの方向の曲り角。鬼非鬼ふーは曲り角周辺にある照明を片っ端から拳銃で撃ち壊していた。周囲は闇に包まれ、時折、漏電の光が瞬くのみである。
(「大佐はああ言ってたけど‥‥」)
壁に背をつけてしゃがみ、闇の中で超機械を構えつつ大泰司は思う。やはり、人は、できれば殺さずに済ませたいのが正直なところだ。
(「大分が人の手に戻ったら、生き地獄になるかもしれないけれど」)
人類を裏切ってまで、生きようとするその思いを、この手で奪いたくない、という気持ちがある。出来る事ならば。
地獄、あるとするなら何処にあるのか。きっと現世に違いない。
遠く、闇の彼方から押し殺した気配が近づいてくる。男は何を思うか。超機械を握り、壁に後頭部をつける。鬼の少女は隠密潜行を発動させ闇の中に溶けて消えた。Dress in Shadows、闇を纏う。
接近する気配に対し鬼非鬼はジッポから火炎瓶に火をつけて、通路の彼方へと放り投げた。硝子が割れる音が鳴り響き、焔と光が生まれる。
鬼非鬼は魔創の弓を構え矢を番えると、角から身を乗り出し焔に映し出された敵兵を狙撃する。光を裂いて影が走り、親バグア兵の足に矢が突き立った。悲鳴をあげて倒れる。反撃のマズルフラッシュが瞬いた。鬼非鬼は角に身をひっこめて避けた。弓を置くと、小銃を取り出し、銃口だけを角の外に出して、勘で狙いをつけて発砲する。
大泰司もまた角から身を乗り出すと狙いをつけエネルギーガンから閃光を解き放った。爆裂する閃光がバグア兵の足を撃ち抜き転倒させる。焔の明りの中を小さな影が一瞬よぎって、コロコロと乾いた音を立てた。
大泰司は咄嗟に眼を閉じ耳をふさぐ。闇の中に閃光と轟音が爆裂した。鬼非鬼が衝撃に眩んだ。光の筋が四条、闇の中に投げられた。次の瞬間、突撃銃のスコープの先に光を点灯させたバグア兵達が足音を立てて突っ込んで来る。近距離戦、大泰司はエネルギーガンから閃光を爆裂させて一人の親バグア兵が持つ小銃を破砕し両手を撃ち抜いてその両足へも閃光を叩き込む。一人が大泰司へと銃弾の嵐を叩きつけた。衝撃が防具の上から男を叩く。
二人の親バグア兵は鬼非鬼へと向かって猛然とフルオートで弾丸を叩きつける。銃弾の嵐が少女を襲った。猛烈な射撃にさらされ、よろめきつつも銃を構えて反撃する。一人が胸から血を噴出して吹っ飛び、弾丸を撃ち尽くしたもう一人はストックをふりあげて殴りかかって来た。小銃の刃で受け流し、至近距離から発砲。SES兵器の破壊力が炸裂し、その一人も顎から鮮血をぶちまけて倒れた。
残る一人は大泰司が射撃を受けながらも反撃し、手足を撃ち抜いて無力化させる。倒れている敵兵から武器を奪い取る。通路の彼方からまた足音が近づいて来ていた。
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次々に現れる親バグア兵達を薙ぎ倒しながら進む破壊班。エクセルの案内にしたがって半ば迷路のようになっている通路を駆け、地下三階へと降りる。
「右です!」
先頭をゆく煉条はエクセルの声に従って駆ける。曲り角。九条はライトを消した。煉条は壁に身を寄せ顔を出して先の様子を窺う。巨大な虎が三匹、通路の彼方から疾駆してきている。ついにキメラが解き放たれたらしい。
「キメラだっ」
後続に言いつつ、爪を赤く光らせて通路に飛び込む。飛びかかって来た中央の虎を爪を振るって叩き落とす。虎の顔面が爆ぜた。凄まじいまでの破壊力。左右の虎からの連撃を体を捌いて回避する。
熊谷もまた通路の先へと飛びこむとバスタードソードを両手で構え、左の虎の側面を抜けるように肩から腹を流し斬る。連撃。血飛沫が吹き上がり、どうと音を立てて虎が倒れた。
滑るように九条が右の大虎に肉薄し右手の爪を繰り出す。裂帛の気合と共に繰り出された爪が虎の脳天を貫通し、九条は捻りながら抉り抜いた。虎の巨躯が痙攣し、その瞳から光が消える。
「後ろ、来てるぞっ!」
同時、黒桐が言った。隊の後背からもキメラと親バグアの一団が接近していた。通路の壁から銃口を覗かせて親バグア兵が銃弾を嵐の如くに放ち、蜥蜴人の群れが通路に並び一斉に口を開いて空間を埋め尽くすように電撃の嵐を解き放つ。狭い空間もなんのその赤崎は高密度の銃弾の雨と爆雷の嵐を敵へと突進しながら見切り、すり抜けるように回避してゆく。親バグア兵達は人間業ではないと思ったに違いない。迫る攻撃に対し黒桐とラシードはエクセルの前に割って入った。電撃と銃弾が黒桐に襲いかかり、電撃の余波がラシードもろともエクセルを貫通して抜けてゆく。女が苦痛の声をあげて倒れた。オルランドもまた爆雷に貫かれる。雷撃を腕でガードしつつ後方へと向かう。
叢雲は爆雷に撃たれつつもその間隙をついて巨大な十字架銃を回転させて肩に担いだ。トリガーを引き絞り、練力を全開にして榴弾を連続して発射する。一つが通路の途中で銃弾に迎撃されて爆裂し、一つが巻き込まれてそれもまた爆裂した。残る四つの榴弾が雷を抜けて曲り角の床へと突き刺さり、爆裂の華を咲き乱れさせる。密閉空間を猛烈な爆風が走り抜け蜥蜴人を焔に呑み込み親バグア兵達を薙ぎ倒してゆく。
黒桐は練力を全開にするとマジシャンズロッドをかざして練成治療をエクセルへとかける。傷ついた女の身がみるみるうちに癒えていった。
「生きてるか?」
「お、おかげさまでなんとか」
黒桐の問いに答えつつエクセルは身を起こす。
その間、爆炎の収まりを見定めて、間合いを詰めた赤崎はエネルギーガンを構え未だ健在な蜥蜴人へと向けて次々に光線放って消し飛ばしていっていた。同様に距離を詰めたオルランドはその奥の地点を指定して電磁嵐を発生させ、後続の親バグア兵達の脚部を中心に爆砕してゆく。しかし倒す傍からまた、わらわらとその奥から曲刀を手にした狼人が湧いて出て来た。
「‥‥中央、撃つよ!」
ラシードが声を張り上げイブリースを構える。肩で銃底を抑えこみつつ猛射。回転するライフル弾が宙を裂いて飛び狼人の身に次々に吸い込まれてゆく。鮮血を吹き上げて狼人が倒れる。先頭部では既に煉条が両手の爪を縦横に振るって白虎を肉塊に変えている。男は後方を振り返ると角の向こうへと声を投げた。
「前面空いたぞ!」
「了解! 行きなッ!」
赤崎がエネルギーガンで爆裂を解き放ちつつ徐々に後退してゆく。叢雲もまた銃撃を行いつつ後退。黒桐はその赤埼と叢雲に練成強化をかけつつ後退する。ラシードとオルランドはエクセルの直衛に戻った。
伍長は再び走り始め、煉条はその案内を受けて通路を進んでゆく。一行は敵を蹴散らし、追撃を抑えながら駆けた。
●
退路確保班。
アッシュと御沙霧が守る通路の角には捕虜の山が転がされていた。仲間を誤射や兆弾で撃ち殺す訳にもいかぬのか、親バグア側は曲刀を持った狼人をまとめてしゃむに送り込んでいた。しかし、狭い通路で特に防御が硬い訳でもなく、射撃の援護もないとなれば、アッシュ・リーゲンの射撃を遮る物は何もなく、シエルクラインの猛攻とスパイダーの散弾をもろに受けるはめになった狼人達は突撃する傍から倒れていった。かろうじて角まで辿りついても、御沙霧の斬撃を受けて斬り倒される。通路には死体の山が築かれていった。
大泰司と鬼非鬼ふーが守る角の方では闇の中で激闘が繰り広げられていたが、通路に倒れて呻く親バグア兵が増えるごとに射撃は減り、やはり狼人や大虎を突っ込ませる事になっていた。そうなるとやはり射撃が強く、大泰司のエネルギーガンが猛威をふるった。一撃で狼人を消し飛ばし、弱った大虎を鬼非鬼が弩の弾頭矢や小銃で射撃して打ち倒してゆく。炎の光は既に消されていが、ライトが映し出す床は真っ赤に染め上げられていた。
破壊班は、立ちふさがるキメラと守備の兵を蹴散らしついに地下三階の制御室へと辿り着いた。前に立つ大虎ごと、煉条が扉をルベウス突き破り、蹴り飛ばして雪崩れ込む。部屋の中には科学者らしき人間が数名残っていたが、傭兵達の姿を見ると両手をあげた。銃を突きつけられ壁際へと後退する。
「いや、まさか実戦で使う事になるとは」
十字架を背に担ぎ、機槌「憤怒せしサタン」を抜き放って叢雲が言った。少しテンションが上がって見えるのは多分気のせいだろう。
「自爆装置とか、ないですよね?」
「施設全体はともかく、さすがにここ限定となるとないかと」
答えてエクセル。並ぶ科学者達へも問いただしても無いとの答えだった。
「手早く破壊してしまおう。これからまた脱出しなければならない」
入口を抑えつつオルランドが言った。
「ではさくさくと破壊しましょうか。ちょっと離れててください。少々派手な一撃ですので」
叢雲が言って機槌を聳え立つスーパーコンピュータへと叩きつけた。打撃部が紅く輝き炸裂を巻き起こしてゆく。他の傭兵達も一斉にコンピュータを破壊し始めた。
赤埼はエネルギーガンを用いて制御室を片っ端から破壊しつつ、科学者達に施設内の地図の在り処やロック解除パルスのマニュアルや設計図がないかを問いただした。
「あまり余計な事をしている時間は‥‥」
瓦解して残骸となり漏電を激しくもらして火を吹いている装置群を背にしてエクセルが言った。もはや装置は使い物にならないだろう。
「子供のお使いじゃないんだ。手土産か置き土産くらいあってもいいんじゃない?」
エネルギーガンを手に、にこりと実に良い笑顔を浮かべ赤崎が言った。科学者達は怯えている。
「皆は先に行ってて。脚には自信がある。すぐ追いつく」
「解った。幸運を祈る」
オルランドが言った。もう一人くらい連れが欲しい所だが、死地である以上、その意思がないと強制はできないだろう。幾名かは振り返りつつも、破壊班の面々は次々に部屋から出て行った。速やかに脱出に移る。
「さて、それじゃあ、聞くけど。無いって事はないよね?」
赤埼の笑顔に科学者達が屈するかどうかは、状況的になかなか際どい所であった。
●
ここまでやられて生かして返すものかとキメラが山のように破壊班へと送られてくる。なお親バグア兵の姿はあまりなかった。無駄死には御免だと思う者は多い。特に母星に背を向けてまで生きようとする者達の中には。
残弾のめどがついた熊谷はその全てをこの施設に置いてゆこうと決めたかのように常に猛射しキメラもろとも施設を破壊しつくしながら撤退してゆく。キメラはそれでもかなりの量が送り込まれたが、傭兵達は強靭であり、その歩が止まる事はまったくなかった。
通路を駆け抜け、階段を駆け上り、退路を支えているアッシュ、御沙霧、大泰司、鬼非鬼の四人と合流した。
「赤埼は?」
鬼非鬼が問いかける。彼女はまだ追いついていなかった。
「‥‥しばらく、待つ」
煉条トヲイはそう答えた。
全ては無理でも、一人くらいは死者への慰みに捧げてやろうと思うものである。
赤埼は重要データの詰った各種チップの奪取に成功していたが、退路で山のようなキメラの群れに行く手を遮られていた。
爆雷が通路を文字通り埋め尽くすように荒れ狂い、銃弾がスコール以上の密度でもって襲いかかる。さすがにかわし切れずに女の身へと次々に雷の束と銃弾が炸裂してゆく。赤埼は練力を全開にすると急所をガードしつつ瞬速縮地を用いてキメラと親バグアの群れへと突っ込む。痛打を受けつつも倒れる事なく、群れの中に入った。そこそこ頑丈でもある。肉薄すると飛び道具は使えない。一対一ならば関係ないが、集団の場合味方に当たるからだ。合間を縫って抜けて行く。やがてシミターを振りかざして狼人や虎が襲いかかって来たが、驚異的な反応を見せてかする事もなく抜けていった。
「‥‥人間なのか、あれは?」
親バグア兵の一人が、半ば呆然としてその背を見送った。
死神はついに女の首へと鎌を伸ばす事が叶わなかったようであった。
かくて、赤崎は合流に成功し、一行は退却へと移った。エクセルが下水路を爆破して出入り口をふさぐと、それを押しのけてまで追撃に移って来る、というような気配はなかった。親バグア兵達にとっては傭兵達だけが敵ではなく、戦力の消耗は避けねばならないという判断だろう。
一行は爆破成功の報と重要データを手土産に本隊へと帰還した。
司令室に辿りつき、報告をすると村上顕家は少しだけ、珍しく驚いたような表情をした。
「‥‥よく、やるナァ、おい」
大佐は苦笑めいたものを浮かべると、
「想像の斜め上をいったな。報酬は弾もう。よくやってくれた」
そう言ったのだった。
その後、ロック解除パルスが消えた空で、空軍は勢いを盛り返し、航空優勢を確保、その支援を受けて陸軍も進撃し、瞬く間に猛攻をかけて敵の拠点を陥落せしめたのだった。好機と見ると押せるトコトンまで一気に攻め立てる性分らしい。
日出町には数日でUPC軍の軍旗が翻る事となった。
傭兵達は報酬を受け取ると、帰還の途についた。
最後に煉条トヲイは村上とエクセルに言った。
「村上大佐、エクセル伍長。今回、俺達は此処までだが――二人の武運を祈っている。又、いつか会おう」
男はそう言い残し、傭兵達はその地を後にした。
了