タイトル:架け橋マスター:望月誠司

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/06/10 06:53

●オープニング本文


 ユーラシア大陸の東、中国大陸の山岳地帯にその現場はあった。
 天下の険長江が大地を穿ち、左右を切り立った岸壁が迫っている。その岸壁においても特に突き出た箇所で金属の音が無数に響き渡っていた。
 ヘルメットをかぶった数十人の男達が工具を手に鉄を叩いている。周囲には重機も見られた。彼等は橋を作っていた。正確に言うならば再建していた。
 昔はこの場所にも鋼鉄で作られた立派な橋があったのだが、随分前に戦火によって壊されてしまったのである。しかし今は戦線も大分遠ざかって落ちついて来た為、数ヶ月前より再び橋をかけんと建設が進められていた。
 だが、橋の再建も八分まで進んだ頃だ。建設現場はキメラの襲撃を受けた。どうやらバグアが山に撒いていったもののようだった。先に軍によって掃討されていた筈だが、生き残りが居たのだ。
「親方! 早く逃げないと!」
 山の陰から現れた三匹の虎型キメラは作業員達に飛びかかり獰猛に爪牙を振るった。男達が血と臓物をぶちまけながら次々に倒れてゆき、悲鳴をあげて逃げ出す。ただの人間にキメラに抗する力など無い。おまけにこの銀色に光る虎は口から光の弾丸を吐き出して次々に周囲を爆砕していった。
 どうにか出来る訳がなかった。
 作業員であるグァン・フェイは断末魔の絶叫と血風とが渦巻く現場で親方へと叫んだ。
 しかし、
「この橋は壊させねぇえええええええッ!!!!」
 ねじり鉢巻きをした壮年の親方・ベイはあろうことかAKライフルを掘立小屋から持ちだしてくると盛大に怒声をあげながらキメラに向かってフルオートで発砲した。勇敢というよりも無謀過ぎる行為だ。
「お、親方ッ?!」
「フェイ! 何やってんだ!!」
 同僚の一人に腕を引かれる。
「だ、だが親方がッ!!」
「――死にたくなけりゃ逃げろッ!!」
 同僚に引きずられるようにして駆け出す。
 山を駆け降りながら振り向き見た現場では親方が虎の爪に打ち倒され無惨にも喰われていた。


 山を降りて街までゆき軍に保護された作業員達は皆、肩を落とし、ベイ親方はなんであんな無謀な事を、と口々に言った。
 グァン・フェイにも解らなかった。現場を取り仕切っていた親方は口は悪かったが頭の回転は速く常に慎重に行動する男だった。安全第一、が口癖のような男だった。何故、あんな行動に出たのか。突然の出来事で混乱してしまったのだろうか。
「川を渡った向こう側に小さな村が一つあるんだ」
 作業員の一人が唐突にぽつりと言った。ジャン・ユウという名の少年だ。新入りの作業員で、この橋の建設が初仕事だった。
「村の全員が全員の顔を知ってるような小さい村さ。俺はその村の出身でさ、ベイ親方もそうだった。その村で去年、女が一人死んだんだ」
 フェイは無言で少年を見た。ユウは指を組んだまま地面をじっと見つめ訥々と言う。
「男手がなくて無茶したのか材木の下敷きになってさ。でも本当なら死ぬような怪我じゃなかったんだ。すぐ手術すれば助かる筈だった。すぐじゃなくても時間さえかからなけりゃ助かる筈だった。でもその村は小さくて、医者がいなかった。川を渡った先のこの街には医者なんて何人もいるけど‥‥彼女は三日間苦しんで死んだよ。医者が着いたのは五日目だった。女には二人子供がいてさ。親方は泣いてる兄妹に言ったんだ。『俺がもう二度とこんな事は起こらないようにしてやる』って」
 ユウは顔をあげると、
「俺言ったんだ、あんたにそんな事出来るのかって。そしたらあの親方、野太い笑みを浮かべて言ったんだ『この川に橋をかけてやる。でっけぇ橋をよぉ』って、本当かって聞いたら、絶対だ、約束だって、そんで俺、なら俺も橋作りっていうのやってみるって、だから絶対約束破るなって‥‥」
 少年は両手で顔を覆った。
「親方が死んじまったの、俺のせいだ」
「お前のせいじゃない」
 フェイは言った。
「けどっ!」
「お前のせいじゃない!」
 フェイは言った。腹が立って来た。
 何のせいかといえばキメラのせいだ。バグアのせいだ。だが、それはどうにもならない事だ。しかし、親方や他の作業員の死は回避できた性質のものの筈だ。
 杜撰な、軍の掃討作戦。
(「キメラは退治された安全は既に確保されたとか適当な事言いやがって‥‥!」)
 会社も会社だ。上の連中なら解っていた筈だ。この地の作業には危険が伴うと。
「おい」
 年嵩の作業員が小屋に入って来て一同に言った。
「会社から連絡だ‥‥‥‥作業に戻れだと」
 フェイは耳を疑った。
「だがキメラが」
「奴等は山に帰ったそうだ」
 だから、安全だとでも、いうのか。
(「俺達の事を何だと思っていやがる‥‥!」)
 フェイは拳を握りしめた。立ち上がり、皆を睥睨して言う。
「皆、聞いてくれ、話がある」

●かくて依頼
「依頼です」
 まだ若い女の声が響いた。ここはULTの依頼斡旋場。
「中国が某省某県の山中の街で、とある建設会社の作業員達がストライキを起こしたそうです。対キメラ用に渡されていた銃器――とは言ってもSES兵器ではなく旧式の小銃程度ですが、それらを手にバリケードを築いて立て籠り、交渉に出向いた現地の役員と一触即発の危険な状態にあるとか。暴動とさえいっても良い状態だそうです。
 今回の依頼はこの暴動的ストライキの鎮圧、となります。依頼主は○×組、日本国から進出している企業の子会社のようですね。この依頼を受ける方はこちらにサインをお願いします」
 ライナライエル・ミレニオンは一通りの説明をすると顔をあげ、
「僭越ながら私見を述べさせていただきますと‥‥――世も末、ですね」
 憂鬱な色に瞳を曇らせてそんな事を呟いたのだった。

●参加者一覧

御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
夏 炎西(ga4178
30歳・♂・EL
虎牙 こうき(ga8763
20歳・♂・HA
シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
クラリア・レスタント(gb4258
19歳・♀・PN
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN
カンタレラ(gb9927
23歳・♀・ER
ファタ・モルガナ(gc0598
21歳・♀・JG

●リプレイ本文

「今回はストライキかぁ‥‥」
 ULT受付、説明を受けた虎牙 こうき(ga8763)は呟いた。
「バグア相手じゃなくって、人間相手の仕事だなんて‥‥」
 夢姫(gb5094)は表情を曇らせている。
(「いつでも治療が出来るように用意しておかないとな‥‥」)
 虎牙は胸中で呟き準備する物のあれこれを考える。もう、誰かが死ぬのは嫌だ。万全の態勢で臨みたい。
「世知辛い話だねぇ‥‥奴さん方の言う現場環境の改善ってのは‥‥何を指してるのかね?」
 ファタ・モルガナ(gc0598)が言った。女は首を捻りながら賃金? 待遇? 物理的? 精神面? 等とぶつぶつと呟いてる。
「不足がある以上、仕方がないこととはいえ‥‥まぁ、最善を尽くしましょう」
 長身の女が言った。カンタレラ(gb9927)だ。
「あれ、奇遇だねレラ姐さん。姐さんもこの依頼受けたの?」
「ええ、よろしくねファナちゃん」
「うん。姐さん、頼りにしてるよ」
 二人は友人であるらしい。
 一方、夏 炎西(ga4178)は先に受けた説明について考えていた。
『対キメラ用に』銃器が渡されていた、という事は架橋現場はキメラの出現が懸念される地帯であるということだが‥‥
(「旧式の小銃程度で万一の時も大丈夫だと、会社の方は本気で考えているのでしょうか‥‥?」)
 現場の安全状況が気になった。受付から現地軍の連絡先を聞くと回線を借りる。
「お忙しい所、恐れ入りますが‥‥」
 応対に出た女性へと名乗ると、礼を失わぬよう丁寧な口調で、現地のキメラの活動状況を尋ねた。一度、担当の部署へと回線を渡されてから以下の回答が返って来た。
『最近まで当地は競合地帯にありキメラの跳梁も多かったが、軍の掃討作戦によって討伐され現在は安全は確保されている』
 との事。
「そうですか。それは何よりです」
 微妙にテンプレート臭かったが、夏は礼を言って回線を切ったのだった。


 傭兵達は高速艇に乗り込みアジアへと向かった。中国大陸に辿り着くと幾つか交通手段を乗り継ぎながら山岳地帯の某県へと向かう。クラリア・レスタント(gb4258)は長江を遡る船上で雄大な渓谷の姿をスケッチブックに描いておいた。
 現地に到着すると御影・朔夜(ga0240)、夏、シン・ブラウ・シュッツ(gb2155) 、夢姫、虎牙、カンタレラ、ファタの七名は無線で依頼社の役員と連絡を取りつつストライキ現場へと向かい、クラリアは街へ聞き込みに向かった。
 作業員達は町の隅にある会社寮に立て籠っているようだった。会社員と思われし数人の男達が外門から遠巻きにして立っていた。空気が張り詰めている。
「こんにちは、ULTの者です。タナカさんは?」
 ファタが男達に声をかけた。役員が誰かを問う。手に拡声器を持ちスーツを着込んだ壮年の男がやってきて「私がタナカです」と折り目正しく名乗った。大柄な、体格の良い男だった。眼には鋭く、肝が冷えるような光がある。
「御依頼どうも、状況は?」
「御覧の通りです。連中、寮にバリケードを築き武装して立て籠もっていましてね。どうにも‥‥公的権力の世話にならずに速やかに収拾させたいのですが、なんとかなりませんかね」
「‥‥そもそも、何故作業員達はストライキなど起こしたんだ?」
 御影が煙草を咥えつつ役員に問いかける。
「それは、先日事故があって現場をまとめていた者がいなくなってしまったからでしょうな。代わりに我儘な若造が幅を効かせて人員を扇動しているのです」
「事故?」
 役員の男は少し返答を躊躇うそぶりをみせた。
「こんなに大規模にストライキ、よっぽどの事がないとやらないと思います‥‥何が起きたんですか?」
 虎牙が追及する。
「‥‥運悪く、キメラがでましてね。しかしこんな時代です。十全など求めようもないというのに。そんな事やってたら商売あがったりだ」
 このくそ忙しい時にあの餓鬼ども足元みやがって、とタナカは作業員達を罵る。
「なるほど、大筋は解りました」
 ファタが言った。
「解決の方法は任せるとの事ですが、それでよろしゅうございますね?」
「ええ、なんとかなりますかね?」
「方策は幾つか。後はお任せ下さい」
「ではよろしくお願いします。至急片付けなければならない案件が入っておりまして‥‥失礼ですが、我々はこれで。緊急の際にはこちらの番号にご連絡ください」
 タナカは名刺と拡声器を渡し礼をすると、行くぞ、と社員達に声をかけ去っていった。
 一同はクラリアと無線連絡を取りつつ段取りを打ち合わせる。
(「一面から見た真実が視点を変えた時に正しいとは限らない。正義の反対もまた正義という可能性もある」)
 シンは少し考える。
(「とはいえ‥‥安全の確保が必要なのは事実ですし、初期行動はこの手で良いのでしょうね」)
 そんな事を思った。


「すいません。少しお尋ねしたいのですが‥‥」
 クラリアは○×組の作業員達の人柄や事の顛末について町で聞き込みを行っていた。
「○×組‥‥ああ、あの土建屋ね。結構手広くやってるみたいだけど‥‥スト? そんなの起こってるのかい」
「会社は知ってるけど、そこで働いてる人間一人一人の事までは知らないなぁ。すまんねお嬢さん」
 多数の人間に聞き込みを行ったが、概ね似たような回答だった。
 しかし、
「ああ、○×組さんとこのね、知ってるよ! 噂になってるもの!」
 商店街、買い物籠を提げた中年女性三人組に声をかけた所そのような返答が返って来た。女性達はあれやこれやと――ある事ない事憶測含め――怒涛の勢いで話し始める。壮絶な会話力。かつて言葉を失っていたクラリアは一瞬目眩を覚え――これは戦闘だ。覚醒して気を強く保ちつつ、ともすれば脱線しそうになる話の先を辛抱強く修正し、なんとか知りたい事を聞きだした。
「まぁ私達が知ってるのそれくらいね! お仕事がんばって!」
「そ、そうですか‥‥ありがとうございます」
 おばちゃん達に礼をしてその背を見送っていると、不意に無線から応答を請う声が入った。現場メンバーから解決方法について意見を求められる。
 クラリアは、
「‥‥難しい話は分かりません。でも‥‥この意識の溝は分かります‥‥」
 そう前置きしてこれまでに集めた情報を伝え始めた。


 作業員達の人柄は噂によれば良くもあり、悪くもあった。色々な人間がいるらしい。ただ、キメラに襲われて死んだ親方の評判は高いようだった。
 傭兵達は外門をくぐって寮の入り口へと向かう。すると拡声された声がわんわんと響いて来た。立ち入るなという警告の声だった。
「またきやがったか!」
 それとは別に肉声が響いた。無数の男達が阻塞や窓から銃を片手に顔を出してくる。
 傭兵達は一旦警告に従い足を止めた。
『ニーハオー‥‥でいいの? まぁいいや。どうもー、新しいネゴシエイターですよー!』
 ファタが拡声器を手に呼びかけた。
「ネゴ‥‥なんだ?」
「交渉人だ。タナカの野郎、プロを雇いやがった」
 作業員達がざわざわと騒ぎ出す。
『こちらにはーそちら方の要求にー可能な限り応える用意があるー! 詳細な要求を聞きたいなぁー!』
『我々が求めるのはー! 作業現場の安全保障であるー! 安心して働ける環境を整えてもらいたいー!』
 わんわんと拡声された声が飛び交う。
『安全保障‥‥私たちにできることがあれば、言ってください。出来れば全員が納得できるカタチにしたいのです!』
 夢姫もまた拡声器を手に言葉を投げかける。
『具体的に述べるなら我々作業員一同の○×組への要求はー、山のキメラを排除する事とー、二度と作業現場にキメラを出現させない事の二点であるー! この二点が満たされない限りー、我々は業務には従事しない!』
『あぁ、キメラがね‥‥』
 ファタは呟くと、傭兵達に視線を投げて一つ確認し、
『わかった。私の仲間達が山狩りしてくれるそうだよ!』
 静寂。
 返答まで少し間が空いた。
『‥‥その言葉が偽りなのかーそうでないのかー我々は判断する事が出来ないー! 貴方達は何者かー?!』
『ULTの傭兵さー!』
 作業員達が一斉にざわつきだす。
『で、だー、山狩りが終了するまでの期間ー、私等が護衛しようー、そっち行っていいかいー?』
『申し出は有難いがー、それは許可できないー!』
『誓って何もしないよ。何なら、私が丸腰でそっちに行く。人質にでもすればいいよー』
 言ってばらばらとローブの陰から携帯の火器を取りだし置く。
『繰り返す、許可できないー!』
 丸腰だ、信用できない、の押し問答を繰り返す。
『信用出来ないってのなら――』
 ファタはローブを脱ぎ服まで脱いでゆく。眩く白い肌と豊かな曲線が顕わになり――とうとう下着姿にまでなった。軽いざわめきが起こった。指笛を鳴らしている阿呆な作業員もいる。
『ほら丸腰だ!』
 ブロンドの美女は顔色一つ変えずに言い放った。
『それでも許可できないー! 鋼線の一本や二本仕込めるだろうー、そもそもULTの傭兵というのは銃弾の直撃を受けても簡単には死なない、指先一つで人など突き殺せる化物だと聞いているー!』
 虎が兎を狩るのに武器はいらない己の爪があればそれで済む。
 寮内に入り込むまでは無理そうだ。ファタがただの人間なら成功するだろう策だったが能力者と人では武力差がありすぎる。がくりと来るファタだった。さすがに内心は恥ずかしかったのに。
 結局、ファタと虎牙がその場に残り、御影とシンは山へ、他のメンバーは町の駐屯軍の本部へと向かった。


「あんた達が未知対の?」
 軍部にいくと、それなりの階級にあるらしい、士官服に身を包んだ壮年の男が出て来た。
「はい、私は夏 炎西と申します」
「ああ、この前の」
 夏は頷くと一通りの状況を説明する。
「――との事で、会社側はそう説明していますが、首謀者を捕らえさえすれば収まるとは、私には思えません。それで橋が架かったとしても、人の心は分かたれたままに‥‥」
 夏の言葉を聞くと、壮年の士官は唸り、
「我々としても現在の状況には心を痛めている。しかし我々に支給されている装備では峻険な地のキメラを掃討しきる事は難しいのだ。常に完璧を保つのは困難を極める‥‥‥‥」
「今回のキメラについては私達の方でも討伐を考えています」
 夢姫が言った。
「ただ私たちだけでは人数が足りないのです。どうか力を貸していただけませんか」
「と、いうと?」
 夏が言う。
「山狩りを考えています。しかし我等八人のみでは、広大な地域の掃討はおぼつきません」
「なるほど、目が欲しいという訳だな。具体的には?」
「軍兵五〜十人程度に傭兵一人をつけ一組とし六組程度を組織して、山を裾野から包囲し山頂までを潰してゆきます。キメラ出現時の戦闘は我々が前に立ちます。援護いただければ、と」
「ふむ、なるほど‥‥それなら‥‥やれない事もなさそうだ。解った、兵を出そう。どうかよろしくお願いする」
 軍の協力を取りつけた傭兵達は一旦本部の外へと出た。
「どこもかしこも、台所事情が大変なのねぇ‥‥」
『犠牲』は誰でも足踏みするものだ。ふぅっとキセルを吹かしカンタレラは同情の滲んだ声音で呟いたのだった。


 先行して山に入った御影はざっと山内を調べてまわった。
 シンは地図でキメラの休息ポイントにあたりをつけ隠密潜行を発動させて捜索した。土や木々にキメラの痕跡を探す。また後のローラ作戦の休息場所と出来そうな場所もあたりをつけておく。キメラがかつて棲息していた名残はそこらかしこに見受けられたのだが、キメラ自体の姿を見る事はなかった。
(「まぁ‥‥既に軍が一度討伐を行ったって話ですしね‥‥」)
 そこかしこにいるなら、討ち洩らしがあった、ではなくまったく仕事をしていない事になる。
 シンは潜行を解くと、明細の外套を裏返して森で目立つ格好を取ると牽制射撃を連発して騒音をまき散らして歩いた。
 キメラは出てこない。
 討伐を生き延びた連中だけあって、なかなか用心深いようだった。


 翌朝から、傭兵達と軍による山狩りが始まった。
「キメラが出てきた場合は他の傭兵に連絡し、標的とならないよう後退してください」
 シンは軍人達に一定間隔で牽制射撃を撃ってもらいキメラの存在を探り、自らは瞬時に対応できる場所で目を光らせている。
「これ以上犠牲は出さない。全力を尽くす!」
 夏が己の故郷を思いつつ気合いを入れた。彼の故郷も中国の農村だった。
 山狩りが進むと数時間後、ついにキメラの姿が捉えられた。傭兵達は作戦通りに連携し、被害を出す事なく狩ってゆく。最終的に五体までのキメラが打ち倒された。
 以降も三日昼夜、捜索は続いたが他は発見されなかった。
 軍は今度こそ完全にキメラは掃討されたと判断し、安全が確保された旨を発表したのだった。


「企業イメージ、というのは何処にいってもついて回ります。日本の企業の方ならお解りいただけるでしょう」
 カンタレラは会社へと赴いて言った。『現地軍と協力し町を救うに足る事業に当たる』事は企業イメージとしてプラスだと説明する。
「不満を残したままではストライキがまた起こり鎮圧費用が嵩むし工期も延びてしまうんじゃないかと」加えて夢姫「例え人員を入れ替えても現地で悪評判が広まり、作業員のやる気低下で作業効率も悪くなります。それはとても会社にとって損な事だと思うんです」
「一理はありますが‥‥」
 仏面でサトウ。
「一応のキメラは消えたがそれだけでは完全とはいえないだろう」御影が言った「軍の警護を駐留させる様に動いてもらいたい。解決方法は問わないならそれにかかる出費も多少は許容内の筈だ」
「それは出来ません。多少の枠を越えている」
「ずっととは言っていない。一定期間だ‥‥それを呑んでもらえるなら首謀格グァン・フェイをこちらに出頭させよう」
 サトウの冷えた眼が動いた。
「――可能なので?」
「それをあちらに呑ませる為にも条件は必要だろう。費用はかかるが‥‥それ以上に守られるものも多いんじゃないか?」
 面子と落とし前は大事だ。真にそうなのかは議論を残すとして、大事にしている者達にとっては時として心臓よりも重い。欲しがっている物を交換する。それが交渉・取引の基本だ。
 サトウはしばし御影を見据えて考えている様子だった――


 かくてキメラは狩り尽くされ、ストライキは収まり、グァンは会社へ出頭した。直訴の機会でもあるだろう。現場には軍より兵士達が派遣され周囲の警戒にあたるようになった。
 虎牙は作業員達と話をし彼等とその親方の願いを聞いた。そして自らへの報酬は親方の故郷の村へと寄付するようにサトウへ言った。役員は不思議そうに青年を見た。
「あの親方さんが守ろうとした大切な場所だから‥‥」
 虎牙はそう答えた。これで助けられる人がいるなら助けたいのだ、絶対に。


 峻険な渓谷に今日も鋼を叩く音が響く。
 やがて大きな橋が架かるだろう。
 多くの人々の思いを共にして。




 了