●リプレイ本文
「魚雷を使わなかったその判断や良し!」
依頼の経緯を依頼人から聞くや否や鯨井起太(
ga0984)は高らかに言い放った。
「この美しき海を徒に汚す行為は愚の骨頂だよ! 骨頂すぎて出汁が取れそうなくらいだ! 貴方が破壊兵器を放たずにボク達を呼んだのは評価に値するね!」
「ああ、なるほど、それは‥‥確かにそうだ。私はコストばかり気にして大事なことを失念していたようだ。この町は観光で成り立っている部分もあるというのに、汚染についての事をすっかり忘れていたよ」
ルーサーは面目ないとぼりぼりと頭の後ろを掻く。
「ふふ、まぁ人間、ど忘れする時もある。結果的とはいえ悪くない選択だったよ町長」
踏ん反り返って鯨井起太。あくまで上から目線なのである。
「ところでさ町長‥‥半漁人って食えるの?」
伊佐美 希明(
ga0214)が言った。
「半魚人は‥‥どうだろうね。今までに食べた人の話を聞いた事がないから解らないなぁ」
首を傾げるルーサー=ハルドラッド。もし貴女が未知への領域に挑戦するなら私は心から応援するよ、などとすっとぼけた調子で言っている。
「魚人を召し上がられたいのでしたら調理法を考えてみますが‥‥」執事服に身を包んだフランス人、ギィ・ダランベール(
ga7600)が言った「同国人に笑われそうですが、それは少々困難そうでございますよ?」
「うぉ、ギィ、冗談だ冗談。そういう探求は鉄人か学者に任せておけば良いんだぜ。それよりも町長、帰ってきたらタオルとか暖物とか温かい汁物とか取りたいんだけど用意は頼める?」
「それくらいをサービスするはやぶさかではないよ。ミソスープでも用意しておこう」
東南アジアくんだりまで来て味噌汁というのもおかしなものだが、伊佐美が日本人に見えたから気を効かせたつもりなのだろうか、ルーサーはそんな事を言った。
「あ‥‥私も暖かい物、お願いしたいのですが‥‥よろしいでしょうか?」
如月 葵(
gc3745)が言った。東南アジアは暖かいが、夜の海中は比較的冷える。
「うん、全員分を用意しておこう。風邪ひいたら大変だからね」
町長はそんな事を言ったのだった。
●
夜の海。
銀色に月が燃え漆黒の海がうねり牙を剥いている。ウェットスーツにジャケットを羽織った女は波打ち際に立ち、厳しい表情で水平線を見据えていた。瓜生 巴(
ga5119)だ。今回の敵、以前この町に出没したものとは違い人の身に鱗なのだという。瓜生は思う、
(「魚に手足のほうが、少なくとも流線型なのに」)
夜風が豪、と鳴いた。
「人の身に鱗を纏った‥‥どこかで聞いたような。窓に‥‥いえ、気のせいでございましょう」
ギィ・ダランベールがそんな事を言っている。こちらも常の執事服ではなく水着姿だ。一人を除き皆、借用したウェットスーツや自前の水着に着替えている。
「なんか水の中って変。すっごく動けないし目の前がすごく黄色くてぶんぶんしてるの。なんでぇ?」
その一人がざばーっと海面からあがって来て言った。AU‐KVバハムートに身を包んでいるロジーナ=シュルツ(
gb3044)だ。洞穴へ出発する前に水中で動けるかどうか試してきたのだが結果としては一応はいけない事もなさそうだった。多少の深度では浸水しない。ビバ科学力。だが、動力が駆動はしないし、浮力よりも重さの方が上なので沈むようだった。
「水の中ってすっごく動きにくいし体も重いし空気無くなったら死んじゃうし‥‥ねぇ、ボク帰っていい?」
「依頼を受けたから駄目だよ。傭兵として契約は履行しないと」
「えぇ? じゃあさー、魚雷とか撃っちゃおうよぉ‥‥おかね勿体無いから撃たないなんて馬鹿みたい」
「海が汚れるからだめっ!」
海をこよなく愛する尊大な青年と若干電波で爆弾魔的な少女がぎゃんぎゃん言い合っている。
「ん‥‥相手に有利な場所だけど、負けない‥‥」
一方少し離れた場所ではエレシア・ハートネス(
gc3040)がブーツにフィンを取りつけながら呟いていた。
「私も遅れを取る心算はありませんが‥‥勝手が違うのはどうも不安ですね」
鳳由羅(
gb4323)は如月のエアタンクを運ぶのを手伝いつつ言う。
「普段水の中では戦いませんからね‥‥」
如月は頷きつつタンクを適当な場所に降ろすと皆に周知する。
「エアタンクの予備を運んで洞穴の外に隠しておくので、もし破損した場合は無理をせずこれを使ってください」
備えあれば憂いなしである。伊佐美はというと腰から下、下半身のストレッチを重点的にやって水中での戦闘に備えていた。
「ん‥‥そろそろ‥‥作戦の最終確認をしたい‥‥」
各員の個人準備が終わったのを見てエレシアが言った。
「うん、それじゃ、ずいぶんと健康的な生活を送っている半魚人の巣を強襲する手筈だけど」
起太が言って皆は浜の一画に集まる。
「水中戦闘の経験差は能力者としての身体能力で十分にカバーできると思う。でもナイトダイビング自体、特殊な状況であることは間違いがない」
曰く「車の運転も昼と夜じゃ勝手が違うだろう、ダイビングも同じことさ」との事。故にバディの設定から、コミュニケーション用の簡易合図の確認まで、潜る上での決め事は確実にやっておこうと鯨井兄は主張する。
「私からは‥‥そうですね、十五m程度とはいえ急潜行や急浮上は負担となります。お気をつけを」
ギィは異変が起きてもパニックにならないようにと注意を促した。
「ん‥‥分かった‥‥」
エレシアが頷く。各員は水戦に知識のある者達の意見を参考にしつつサイン等を取りきめる。念入りに意識を擦り合わせ、各装備の点検を行い、バディを定めた。
魚人と戦う際の全体戦術、八人の意見を総合すると、入口付近で待ち伏せ攻撃したい者が六人いて、空洞まで踏み込む者が一人。ひとり? これは、その一人が一度踏み込んでから退いて入口まで誘き寄せれば良いのだろうか。とりあえず狙撃の起太の配置がフリーなので後退する際の援護に回る事になった。
準備を整えるといよいよ入水となる。
「夜の海、ですか‥‥神秘的でもありますが、引きづり込まれそうな不安も感じますね」
如月が言った。
海が黒くうねっている。
八人の傭兵達はタンクを背負い、海の底へと入って行った。
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暗く黒く潜ってゆく。
(‥‥KVよりも、こっちのが落ち着く‥‥水を肌で感じているからか、感覚はずっといい‥‥安心する)
伊佐美は胸中で呟いた。周囲に気を配り孤立しないように務める。
(「海に縁があるようでございます」)
ギィ・ダランベールは思う。生身でもKVでも海を選びがちなのは、惹かれているのかも知れない、と。
(「今回は静寂と青の支配する世界‥‥と言うほど深くはないようですが」)
まぁ沈没船へ宝石を取りに行ったいつぞやの大潜行とは比べるべくもないが、水深十五mもそれなりのものだ。海面を見上げれば月は遠く頼りない。今夜の水中透明度はあまり高くないのか、届く月光は弱い。各々の照らすライトだけが確かな頼りである。
一行は洞穴へと降りてゆく。
瓜生、纏わりつかない胴鎧なら平気だと思いジャケットを着込んでいる。ジャケットは確かにそこまでの邪魔にはならないが大盾が邪魔だ。面積が広い為、海流や水の抗力をもろに受ける。動きづらい事このうえなし。スライドさせる程度ならともかく、押し引きや咄嗟に振り向いて翳したりするのは難しそうだ。
(「赤色ががんがんしてるよー」)
もっと動きずらいのがロジーナだ。闇に閉ざされた海中、暗黒の中をライトを頼りに崖にしがみつくようにしながら降りてゆく。途中にある洞穴へ上手く飛びこめるかどうか。万が一崖を蹴ってしがみつけない程離れてしまえば海底へと加速度的に真っ逆さまである。陸地に近い為即死するほど深くはないが、ただでは済まない程度にはある。戦う前から冒険だ。
夜間潜水自体特殊な状況であるとはよく言ったもので、傭兵達はすったもんだの末にキメラの巣へと辿りついた。
洞穴の入り口へと辿りついた瓜生は少し進んだ後、ハンドサインで皆を停止させると「裏口」の有無と大小を類推する為、水の流れを見た。入口から流れ込み、微弱な反射、動きは遅い。特に他の穴等は無さそうだ。
伊佐美、ギィ、入口を入った付近の岩陰に潜む。ロジーナ、入口を塞ぐように立つ。外だと沈む。鳳、エレシアも入口に立った。上手く半包囲したい所だが、さて。
如月は洞穴の外はちょっと十数メートル深くなるので少し入った所の岩陰にエアタンクを置き、自身は洞穴の手前の陰に身を隠す。
瓜生はライトを消してドームへと進み、十m程度後方から起太が銃を構えつつライトで光を投げ、なるべく瓜生を照らさぬようにしながら追随する。
瓜生は洞穴の底を歩くようにしながら突き当りを左手に曲がる。闇に塗りつぶされた空洞が広がっている。敵の姿は見えない。起太は泳ぎながら曲がって光を投げる。静かだ。
瓜生、ドーム内部に踏み込む。十m程度進む。水弾が前左右上から二十四連射、迫り来た。敵影は見えない。
水の唸りに即応して盾をかざし闇の衣を身に纏う。水弾が減衰しながらも闇を貫き抜ける。盾に、身に次々に激突する。緑玉の指輪の力を借りて雷属性、減衰したそれを悉く弾き飛ばす。防御の備えは完璧だ。
水弾が飛んできた方へ勘で狙いをつけて発砲。闇の中、突撃中の魚人に一発命中していたが弾かれる。火属性、水に弱い。
瓜生は後退を開始する。盾が水の抵抗を受けている。剣を抜き放ちライトを点灯して全力で後退。起太も背泳ぎの要領でタンクを敵に晒さぬようにしつつ銃を構え後退。
魚人が銛を構え弾丸の如くに突っ込んで来る。光の中に姿を現したそれは易々と瓜生への距離を詰める。起太のライフルが炸裂した。先頭の魚人は血を噴出させると怒りに瞳を燃やし軌道を起太へと変更する。残りの七匹の魚人は瓜生に追いつくとその背を目がけて銛を突きだした。
瓜生巴、咄嗟に振り向いて根性で抗力を跳ね飛ばし大盾で受ける。銛を上へと盾で押し上げながら、スクリーンにして踏み込み下方を払う。魚人の一匹の腿が深々と切り裂かれて血が噴出した。海水に鮮烈な赤が混ざる。
残りの六匹が瓜生の右に、左に、上の右に、上の左に、背後の左に、背後の右に回り込んで次々に銛を突きだした。瓜生、個人の動きも準備も優れていたし、突出するつもりもなかったのだろうが、一緒にドームへ踏み込もうとする仲間が他にいなかった。タンクに大穴が空き、四方から身を串刺しにされ、捻られ、掻き回されている。陸なら目はあったかもしれないが水中で魚人相手に一対七はきつ過ぎる。
衆寡敵せず。やがて瓜生の瞳から光が消えた。女は最後まで顔色を変えなかった。周囲が赤で埋め尽くされる。
女の動きが止まったのを感じとった魚人達は即座に銛を引き抜き起太を追う。
一匹が先行している。起太は銃を放ちながら角を曲がる。足の先を一発の水弾がかすめ、弾丸を受けつつも眼前まで迫り来た一匹が起太の額を狙って銛を繰り出す。光源を狙っている――起太、読んでる。咄嗟に首を振ってかわした。
(「‥‥まだまだ甘いよ魚人君!」)
至近距離から二連射。弾丸が魚人の腹をぶち抜いた。魚人の瞳から光が消える。
起太が入り口へと泳ぐ、七匹の魚人が一斉に曲がり角を曲がり猛追する。迫る。瞬間、猛烈な射撃が魚人達の身に突き刺さった。
(「外敵なんて無い‥‥戦う相手は常に、自分自身のイメージ‥‥」)
伊佐美だ。狙撃眼、プローンポジション、制圧射撃で発砲、発砲、発砲、発砲。制圧射撃、普通なら二発しか撃てない所で七匹に向けて撃てるのかと思うのだが撃てるらしい、エミタ補助能力恐るべし。七発の弾丸が飛んで魚人達を牽制しその動きを著しく阻害する。
如月は右に水剣を左に刀を構えて前方へと泳ぎ出す。鳳、突撃銃で血を流している魚人Aを良く狙って発砲、連射。二発命中。弾丸が炸裂し一匹の魚人が動かなくなる。エレシア、魚人Cのヒレを狙って発砲。弾丸が魚人の背ヒレを貫いてゆく。
岩の陰からギィが飛び出して魚人Dの側面へと肉薄し水中剣で斬りつけた。刃が炸裂し赤い色が広がる。魚人C、E、F、G、Hが突進しながら一斉に顎を大きく開く。
(「ここかなっ?」)
瞬間、ロジーナはそれを阻害するように魚人Eへと弾丸を叩き込んだ。肩口に弾丸が命中した魚人の態勢が崩れる。魚人Dがギィへと銛を振るい突き刺す。Cからの水弾が一発エレシアへと飛んで炸裂し、E、F、G、Hが伊佐美を狙って水弾を放つ。伊佐美は素早く岩を盾にして三発を避け、一発は明後日の方向へ飛んで岩肌に激突した。
(「口を開いたら水流弾、ですかね?」)
如月は胸中で呟きつつ魚人Fへと間合いを詰め斬りつけた。鮮血が噴出する。
水中戦は少し空戦に似ている。高さ幅十メートル程度の洞穴内でボンベを背負った人間と銛を手にした半魚人達が入り乱れる。
(「陸も海も、基本は変わらない。自然は‥‥水は、私を縛ったりしない‥‥」)
伊佐美は引き続き練力全開にしてエミタ補助の元に味方を避け制圧射撃を繰り出している。
起太は魚人Gを狙って銃撃。ギィは銛に貫かれつつも水刀を振るって魚人Eを斬り倒す。魚人Fが銛を振るって如月を突く。如月は地面を蹴って浮き上がり、左の刀で払う。受け損ねて貫かれた。痛みを堪えつつ右の水刃で二連斬、魚人を斬り刻んで打ち倒す。
鳳は迎え撃つように直刀に水の刃を纏わせて魚人Gへと間合いを詰める。魚人が銛で突く、身を捻るも刃が腹をかすめて血飛沫が噴出した。
(「剋目しなさい‥‥あなたにこれが見えるかは解りませんが」)
痛みを堪えつつ泳ぎ接近、練力を全開、円閃、二連撃、刹那を併発させ斬撃を叩き込む。三条の剣閃が魚人を斬り刻んだ。
エレシアは魚人Hへと踏み込みスマッシュを発動させ槍を突き出す。その身に穂先が入り、魚人は苦痛に喘ぐように顎を広げた。瞬間、至近から水弾が飛び出した。エレシアの身に炸裂する。
魚人は決して強力なキメラではない。だがこちらの戦闘能力は陸の時に比べて激減している。
(「なんだか辺りに黄色がすっごくぶんぶんしてるのねっ」)
ロジーナは胸中で悲鳴をあげつつ弾丸を放つ。
傭兵達は暗い洞穴の中で戦い続けた――
伊佐美の突撃銃から弾が尽きる頃になって、やっとの思いで傭兵達は魚人の群れを殲滅した。
昏倒している瓜生を大急ぎで引っ張って浮上し病院に担ぎ込む。医者によれば「十割死んでる」という事だったが幸運な事に瓜生は病院で息を吹き返した。
報告を受けたルーサーは暖を振る舞いつつも「負傷で引いたりはしない主義なんだけど今回は作戦が無謀だ。海中で八匹の魚人相手に競泳やっても援護一人じゃあ制圧射撃でもなければ囮になった者は退がりきれないよ」と言って治療費分報酬を減額したのだった。
了