●リプレイ本文
キメラの襲撃があった街、通りにはUPC軍の制服に身を包んだ兵士達が狙撃銃を手に警戒にあたっている。民間人は当然のことながら退避していた。
傭兵達はデパートの地図を求めたが、ULTの本部にある筈もなく、また現地の軍部が戦略的に重要な場所ならともかく一デパートの図面を所有している訳もない。デパート関係者とは襲撃による混乱の為連絡をつけがたく、また連絡がついたとしても地図を肌身は出さず持っている筈もない。おまけに求める地図は売り場ではなく地下の図面および配管図、配電図であったから余計に手に入れられるものではなかった。
動体探知機もそうそう貸し出されるものではない。
「まぁ‥‥デパートは迷路って訳じゃないんだ。なんとかなるだろう」
なんとか二組の無線機を確保した佐竹 優理(
ga4607)がもう片方を囮班のレヴィア ストレイカー(
ga5340)に渡しつつ言う。
傭兵達は通りを抜けデパートの中へと足を踏み込んだ。砕け散ったガラスの破片が散乱し、あちこちに鮮血の海とそこに倒れる人の姿が見受けられた。建物内の遺体の収容まではまだ完了していないらしい。そのすぐ足もとの地下ではキメラ徘徊しているのだから当然といえば当然なのだが、純粋にそこまで手が回っていないのだろう。
「酷い‥‥戦火から救える命があるなら、必ず助けましょう!」
レヴィアが表情を引き締めて言った。彼女自身、戦火で家族を失っていた為、失われる命に敏感なのだろう。
今回の任務はこのデパートの地下から女性を二名救出することが目的だ。
「救出ねえ? 暗闇に落ちかけると大変なんだよな。そこから、立ち上がるのはさ‥‥」
やれやれ、と神無月 翡翠(
ga0238)が前途を思いやって呟いた。
傭兵達はホールにある案内図を探しそれを見る。そこには一階の間取りが描かれていた。
「これが階段かしら?」
的場・彩音(
ga1084)が図面の一点を指して言う。
「そのようだな」
ふむ、と隣から覗きこんで言うのはエマ・御剣(
ga7129)だ。彼女もまたバグアによって家族を失っていた。のみならず、自身も瀕死の重傷を受けていたが、能力者となることで回復し復帰したらしい。復帰早々、自身の能力を試そうと本部へ立ち寄った際にこの依頼を発見し、今も尚、人々を苦しめるバグアに憎悪を抱くエマは許せずに参加したそうだ。
(「‥‥バグアめ‥人の心さえも曇らす化け物‥‥貴様達だけは御剣が名の下に許さない」)
そんな想いを胸に秘めつつ覚醒し警戒態勢に入る。一同もまた不測の事態に備えて覚醒し案内図に従って地下へと向かった。
「情報通り暗いな‥‥」
先頭に立つカルマ・シュタット(
ga6302)が地下の様子を見渡してそう述べた。
地下一階の駐車場は薄暗くブゥゥゥゥゥンという音を立てながら幾つかの照明が明滅していた。的場は念のため身につけた暗視スコープの機能をオンにする。地下の案内図を見やる。倉庫へ向かう階段がある筈だが客用のそれには記載がない。探すしかないようだ。
案内図にはサービスカウンターの記載があったので車両の間を縫いまずはそちらへと向かう。館内放送を行う為だ。コツコツという傭兵達の靴音が響いた。
カウンターに辿り着くと中に入り機器を見やる。が、どれをどうやれば館内放送を行えるかが解らない。しかしとりあえずマイクを軽く指で叩いてみる。音が入った。
どうやらデパートの店員が客に退避を促す際、ここの設備を使ったらしい。館内放送のスイッチが入れっぱなしになっていた、運が良い。
シエラ・フルフレンド(
ga5622)がマイクを手にとり、
「風宮さん、鈴木さん、もうすぐいきますっ! 絶対に助けるから体と心強くもって、じっとしてもう少しだけがんばって!」
少女は励ますように心を込めて言った。この声は闇の中に届くだろうか。傭兵達にそれを確認する術はない。祈りを胸に一同はカウンターを出た。
駐車場を回り地下への階段を探す。鉄の扉が見えた。開く。倉庫だ。
また歩き別の扉を開く。階段だ。ただし上へと続いていた。
さらに歩く。扉が壊れて倒れていた。覗きこむ。階段だ。地下へと続いている。
その折、不意に背後から甲高い鳴き声が響き渡った。見やれば十匹近い数の大蝙蝠が羽をばたつかせ傭兵達めがけ迫ってくるところだった。
「ここは俺達がやる。行きな!」
カルマ・シュタットが双剣を抜刀して言い、練力を開放して蝙蝠の群れへと突っ込む。
「すいません、よろしく頼みます!」
覚醒により口調が丁寧になった神無月が答え、保護班の面々は階下へと先行した。
「俺らの邪魔はさせない!」
一方、覚醒により口調が粗野になった的場が蝙蝠を睨み据えて叫ぶ。
「御剣家が長女、エマ・御剣。いざ尋常に‥‥参る!」
「お腹が空いてるなら、この弾丸をご馳走するわ!」
的場、エマ、レヴィアの三人もまたそれぞれの獲物を構え蝙蝠の群れを迎え撃つ。
カルマ・シュタットは迫ってくる蝙蝠に向かって間合いを詰めると素早くレイピアを繰り出して羽を刺し貫いた。飛びかかってきた蝙蝠の牙を小太刀で受け止める。だが数が多く止めきれぬ蝙蝠の牙が次々と打ち込まれた。しかしカルマは痛みをものともせず最前線で黙々と双剣を振るい続ける。
もう一人の剣士、エマ・御剣は跳躍し蛍火を振るって蝙蝠を地面に叩き落とすと、間髪入れずに刀を振り下ろし頭蓋を叩き割った。練力を開放して太刀を赤く鋭く輝かせると横薙ぎに剣を振るって飛びかかってきた蝙蝠を斬り裂く。
前衛の二人を抜けて迫ってきた蝙蝠はレヴィアが拳銃を連射して止め、的場のライフル弾がとどめを刺す。
だがそれでも数が多く、後衛へと牙を剥き襲いかかってくる。
(「く‥…盾は頑丈でも扱う自分が、盾に不慣れでは効果薄ね」)
レヴィアは楯を回して振り払いつつ至近距離から拳銃を放つが、間合いを詰められると周囲を飛び回る蝙蝠には逆になかなか当てられない。
「あーもう鬱陶しい!」
的場はコウモリの羽を鋭覚狙撃を用いたライフルで撃ち抜きつつ叫んだ。
●地下二階の大虎
一方、先行した保護班は物が乱雑に置かれている倉庫を壁沿いに進んでいた。
地下二階に蝙蝠は出なかったがその行く手に一匹の大虎が立ち塞がった。佐竹がかつてインドで相手したものよりもやや小さいが、同じ種類のもののようだ。
保護班は四人いるが、辰巳 空(
ga4698)は丸腰なのでFフィールドを突き破れない。実質戦力は三人だ。
大虎が通路の彼方から吠え声をあげて駆けてくる。
それに対しまず神無月が動き練成強化を発動させた。佐竹の蛍火とシエラのアサルトライフルが淡く輝く。
佐竹が抜刀し上段、火炎の位に太刀を構え大虎を待ち受ける。その脇からシエラがアサルトライフルを発砲した。虎は突進しながら宙へと飛びあがり、弾丸を悉くかわす。瞬間シエラは鋭覚狙撃を発動させて宙へと向け発砲、その後ろ脚を撃ち抜いた。
宙で体勢を崩しつつも飛びかかってきた大虎に対し、佐竹は一歩踏み込むと最上段から落雷の如く太刀を振り下ろした。蛍火が大虎の頭蓋を強打し叩き落とす。間髪入れずに目を狙って平突きを入れるもそれは首を横に振ってかわされる。が、即座に刀を横に薙いで両眼を斬り裂いた。
盲目になり血飛沫をまき散らしながらも虎はまだ動き爪を振り下ろし、突進する。閉所では回避が至難だ。鋭い爪が佐竹を切り裂き、突進を受けてその身が吹き飛ばされる。
瞬間、大虎の周囲が輝いた。蒼光の嵐が巻き起こり大虎が苦悶の咆哮をあげる。神無月の電磁波攻撃だ。
弱った所へシエラが至近距離からアサルトライフルを連射して弾丸の嵐を叩き込む。
それでさしもの大虎も生命力が尽きたか、鉛玉で体重を増やしてどぅと倒れた。
●保護
電力室への扉を開き傭兵達が中に入り込む。
「無事ですか!」
シエラが声をかける。
「あぁ‥‥助けが、助けが来てくれたんですね」
と柔らかな顔立ちをした少女が涙交じりの震える声で言う。
「放送‥‥聞こえたよ、おかげでなんとか、無事だ」
コート姿の少女が戸口の方を眩しそうに見やって呟き起き上がった。コート姿が風宮で、柔和そうなのが鈴木だろう。
「無事で何よりです」
辰巳が穏やかな口調と微笑みを向け少女達を安心させようと試みる。辰巳の様子を見て二人の少女は安堵に息を吐き緊張させていた身を解いたようだった。
「立てますか?」
辰巳が鈴木春香に向って手を差し出す。「え、ええ」と少女は頷きおずおずとその手を取って立ち上がる。
とその時、辰巳が動いた。下方から抉り込むようにして拳を鈴木春香の水月に叩き込む。ごきりと鈍い音が鳴り、少女は苦悶の息と共に胃液を吐き出し、白眼を剥いて昏倒した。
「な、何をする貴様!」
風宮穂波が驚愕に目を白黒させている。
辰巳が振り向く。
風宮の本能が危険を感じエミタを覚醒させる。辰巳が拳を繰り出すが、風宮もまた能力者である。一般人相手のようにはいかない。
風宮は咄嗟に腕でブロックし、辰巳が掴みかかり激しく揉み合う。お互い丸腰同士だが、風宮はサイエンティスト型で辰巳はビーストマン型だ。武道家兼医者である辰巳とは徒手での戦闘において場数が違うし能力者としての戦闘経験においてもまた違う。何よりパワーの差が大き過ぎた。勝者となるのはどちらか自明の理である。
長い格闘戦の末に背後に回り込んだ辰巳の腕が風宮の首を締めあげ、数瞬後に少女の意識を闇へと突き落とした。
「状況を確保しました」
軽く息をつきつつ辰巳が言う。
「了解したよ」
佐竹が無線機を取り出す。
「あー、あー、ストレイカー君、ストレイカー君、取れるかい? ‥‥‥‥ああ、こちら保護班佐竹だ。二人は保護した。至急、合流してくれると助かるねぇ」
●結末
合流した一行は鈴木春香を辰巳が担ぎ、風宮穂波をエマが担いで地下より地上へと脱出した。
治療を行いやがて二人の少女が目を覚ますが、鈴木春香は傭兵達に対して怯えきっており、話かけても風宮の背に隠れるようにしがみつくだけで話をするどころではなかった。風宮の目にも警戒の色が濃い。
キメラに囲まれ闇の中に幾日も閉じ込められ、助けが来たと思い、優しい言葉に安堵して緊張を解いた瞬間に殴られ締めあげられた訳である。極限の状態で、持ち上げられて落とされた訳であって、そこで笑顔で話せる程、この少女達は成熟した人格を持ってはいないようだった。
一同がなんとか風宮穂波へと事情の説明すると、彼女は幾分か納得した様子ではあったが、表情硬く傭兵達の言葉に心から耳を傾ける事はなかった。一通りの礼を述べると、
「きっと、全ては私の弱さが原因なんだろう。すまなかった」
彼女はそう言って、どこか遠い眼をしたのだった。
ともあれ結果を見れば地下二階から生きて二人を運び出した訳であり、依頼としては成功は成功である。
傭兵達はそれぞれの思いを胸に帰路へとついたのだった。