●リプレイ本文
ヒマットナガルの軍詰所の陰、一人の少女が壁に背を預けて座り込んでいた。
「‥‥クソッ。あんなバカに、このザマか‥‥‥ツゥッ」
皐月・B・マイア(
ga5514)だ。包帯をあちこちに巻いている。契約後に重症を負ってしまったので大尉に見つからないように隠れているのだ。
傷の痛みに唸っているとやがて詰所の入り口から八名の傭兵達が出て来た。
「いんやあ、外はええ天気だな! なんだか島を思い出しちまうべ」
んーと伸びをして言うのはジャヤ・ジャガーランド(
gc3063)。空には太陽がぎらぎらと輝いている。
「‥‥ここは暑いですね」
元気なジャヤとは逆にぐったりした様子なのはナンナ・オンスロート(
gb5838)だ。
「おかえり。どんなキメラだって?」
「バッタさ言ってただ」
ジャヤがマイアに答えかくかくしかじかと説明する。
「ふむ‥‥バッタがマンゴー畑を荒らしているのか」
「うん、食うもんにはうるせえこと言うのも多いべや。百姓にはたまらんっぺ」
同情と心配を込めてジャヤは言う。物理的被害だけでなく風評被害についても懸念しているようだった。『キメラが暴れた所の果物』というイメージはかなりの打撃だ。
「速いとこ退治してやりたいっぺ」
「そうだな。フルーツ好きとしては放っておけない」
シクル(
gc1986)がうんうんと頷いて言う。
「血の匂いを好むらしいですから、何か用意するのが良いかもですね」
「そう‥‥私のケガで誘き寄せれないものかな」
「ええっ? それでもし一斉にきちゃったらその身体でどーすんのさ?」
「‥‥冗談だ。無理しない程度に援護するよ」
「ま、血はそこらの店で買っとこうぜ。肉屋にでもいけば譲ってもらえんだろ」
アッシュ・リーゲン(
ga3804)が相談している一同へと言った。傭兵達はその言葉に頷くと肉屋へ行き血肉やその他を購入する。ジーザリオを回した九条・縁(
ga8248)は飲料水と共に鶏が入った籠も乗せた。二重の意味で餌にするつもりである。軍の車もあったが折角なので傭兵達は九条車に乗り込み出発する。
「そういやヤマト、調子はどうだ?」
がたがたと悪路に揺られながらアッシュが問いかけた。
「晴れ時々曇り雨‥‥かな? 偶にキツイ時があるね傭兵は。まぁでもなんとか。アッシュさんの方はどう?」
「俺か? ま、大して働いちゃいねぇが、こっちも何とかくたばらずにやってるよ」
アッシュは軽く笑うとそう言った。傭兵達はあれこれ話しつつ現地へと向かう。
「しかし飛蝗で酸ッスか‥‥何かと縁があるタイプだな」
うーむ、と唸りつつ六堂源治(
ga8154)。
「そういえば何時ぞやに御一緒した時も酸吐く奴でしたっけ?」
「カリマンタンっスか、そういえばその時の蟻も吐いてたなー」
思い出しつつ六堂。もう二年も前の事だ。
「六堂さん、髪降ろしてたんで最初気付かなかったですよ」
ヤマトが言った。後ろに流してるイメージが強かったらしい。
「はは、そっちも結構変わったスね。軍辞めて傭兵になったってのは聞いてたッスけど」
などと言っていると、
「飛蝗か‥‥」
不意にハンドルを握っている九条が呟いた。一同がそちらを見やると九条はふ、と笑い。
「いや‥‥飛蝗キメラというか飛蝗をモチーフにしたヤツとは少々因縁が在ってな」
なんだか色々複雑な事情がありそうな感じだった。
●
灼熱の太陽が赤く輝く。
女は黒いグラスをきらりと光らせつつ砂塵と共に大地に降り立った。両手に構えるは二丁の拳銃、ケイ・リヒャルト(
ga0598)である。
「気合い入れて行くわよ‥‥っ! 美味しいマンゴーの為にもね!」
傭兵達は姐御の言葉に頷くと現地を視認し各員用意した飲料で水分を補給しつつ作戦の詳細を打ち合わせる。手に入れた血肉を三か所で撒いて誘き出す作戦となった。万一の合流地点を決めておく。
「果樹園の外に誘い出すとなると‥‥周囲に民家があったらまずいな」
シクルが閃光手榴弾を調節しながら言った。
「そうね、避難要請だしておいた方が良いかしら?」
小首を傾げてケイ。傭兵達が付近の家々を回ってみると皆もぬけの空だった。既に避難しているようだ。まぁ隣でキメラが暴れてたら逃げるか。周辺の確認を終えると一同は班に別れた。内訳は、ケイ、六堂、ジャヤ組。アッシュ、マイア、九条組。ナンナ、シクル、ヤマト組の三班だ。
「よろしく。足手まといになるが‥‥すまない」
「なに、気にするな」
「おうよ、オニイサマに任せとけ」
マイアの言葉に答えて九条とアッシュ。
「二人とも、よろしく頼む」
「はい、こちらこそ」
「よろしくな」
シクルの言葉に答えてナンナとヤマト。
「ヤマト、あまり迷惑をかけるなよ」
横合いからマイアが言った。何時の間にか呼び捨てである。
「‥‥マイアさん、なんか会う度にぞんざい度が上がっていってるような気がするんですが」
「細かい事は気にするな。ほら、これ持ってけ」
とエネルギーガンを差し出す。
「虫にはよく効く。ちゃんと返せよ」
「む、むぅ、有難う」
ぽりぽりと頬を掻きつつ受け取ってヤマト。
「シクルさん、これ使いますか?」
一方、SMGを手に小首を傾げてナンナ。
「銃か。剣と弓だけだと当たらない場合もあるかな‥‥? それじゃ有難く」
「はい」
シクルは当たらなかった場合の備えとしてナンナから借用させてもらう事にした。
「じゃ、気を付けてな」
「そっちもね」
傭兵達はそれぞれ挨拶をかわすと班ごとに散ってゆく。
「風上にゆきましょう」
AU‐KVを装着したナンナが言った。風に乗せた方が匂いは広範囲に広がる。
畑を北方に取ってしばし待つ。やがて無線からケイの声が聞こえた。散布開始の合図だ。ナンナはラップで包んでいた血肉を周囲にばらまく。
「均等に分かれてくれるといいのだが」
とシクル。軍の大尉の話では飛蝗は固まって行動しているとの事だったが。
ケイもまた畑外に陣取りタッパーに入れておいた血に浸しておいたハンカチを広げて置いた。六堂はその隣に骨つき肉を並べてみる。
「焼いてあるからアレだが、効果はあるかも知れないッスよ?」
さて、どうなるか。
アッシュは水筒を振るって中に入れておいた血を周囲へと撒いた。
「戦う前に負けそうとは‥‥情けないなぁ‥‥」
マイアはふらふらしている。
(「まさか、姉さんに依頼の報告なんていかないよな‥‥バレたら怒られる」)
マイアが胸中で慄いている間に九条はというと鶏を捌いて生き血を浴び、半分は密閉して車内の冷暗所に置き、残りは自らの兜の上に置いて紐で縛った。背後に怪我人がいる状態で壁役を任されたからだろうか、確かに注意は惹けそうだが、漢過ぎる。
待つ事しばし、やがて傭兵達は樹林の上に無数の点を発見した。数は一、二、三――かなり多い、十二程度か、羽を高速で動かし一斉に南へと向かってくる。風に乗ったそれを嗅ぎつけたらしい。
「げ、全部来た!」
「一旦、退きましょう」
ナンナは言って、閃光手榴弾のピンを抜き合流地点と定めた場所へと駆け出す。
「閃光手榴弾を使うぞ」
シクルもピンを抜きつつ駆け、ヤマトは無線で連絡を入れつつそれに続く。
ナンナの榴弾、炸裂まで三十秒。しかし羽を持つキメラは基本速い。時速数百キロで飛ぶのだ。十秒程度で一気に彼方から至近まで迫って来る。
「投げたー!」
シクルが言って肩越しに振り向き閃光手榴弾を放った。こちらは炸裂時間を細工してある。榴弾は五十m程飛び巨大飛蝗達の鼻先で爆裂して猛烈な閃光と爆音を撒き散らす。
十二匹のキメラ達の目が一斉に眩み聴覚が麻痺する。それぞれは急減速して滅茶苦茶な方向へと回り始めた。三人は合流点へと駆ける。十秒程度経つと飛蝗達は速度を落としながらもそれでも風を切って動き始めた。迫る。逃げる。迫る。
ナンナが振り向いて閃光手榴弾を投擲した。爆裂。キメラ達がたまらず地に落ちてゆく。
「さぁ‥‥お掃除の時間よ‥‥」
不意に、でもないが横手よりケイ・リヒャルトが現れた。先手必勝を発動、M‐121ガトリング砲を構えバースト。二〇〇連射。猛烈なマズルフラッシュを炊きながら地に落ちている五匹の飛蝗の羽を薙ぎ払う。木っ端の如く透明な羽が砕け散ってゆく。
「さって、ルナの初陣ッス。銃に振り回されない様に、シッカリやんないとな」
その後方より六堂源治が続き駆けて来る。いきなり当てられそうだ。練力を全開、銃身に爆熱の輝きを宿し六連射。強烈な破壊力を秘めた弾丸が飛蝗の胴体部分に大穴をあけて吹っ飛ばす。
「ったく、バッタはバッタらしく地面の雑草でも食っとけってんだ。マンゴーなんざ百年早ぇ」
逆サイドよりアッシュと九条がやってきた。鮮血のジャケットを身に纏う九条は鳥肉を頭に乗せたまま一陣の疾風と化し閃光を連射しながら突撃する。アッシュ・リーゲンは練力を全開にすると急所突き、強弾撃、影撃ちを発動させた。九条と火線を合わせて突撃銃を発砲、飛蝗の一匹を集中して撃ち抜き爆砕する。今回はちょっと火力過多か? 別々に狙っても殺れそうだ。
ナンナはスノードロップ小銃を抜き放つと構える。サイトに地に蠢く飛蝗を納めると反動を抑えつつ発砲。四連射。回転するライフル弾が飛蝗を撃ち抜き粉砕した。
「バッタもこんだけでけえと、気味が悪いだよ」
ジャヤがやって来て足を止め長さ160cmの大弓を構えた。体を水平に、左手で弓身を持ち右手で矢を番え頭上に掲げ降ろすようにしながら弦を引き開く。満月の如く絞られた弓矢がぎりぎりと鳴った。人差し指の先、狙いをつけ裂帛の呼気と共に撃ち放つ。矢は勢い良く飛びだし、錐揉みながら風を裂いて、吸い込まれるように飛蝗の羽をぶち抜いていった。
ヤマトは飛蝗へと向き直ると閃光銃を五連射して吹っ飛ばす。シクルもまた飛蝗へと向き直り長弓を構えるとよく観察しながら限界まで引き絞っている。射法八節、会から離れへ、鋭い呼気と共に矢を撃ち放つ。矢は閃光と化して飛び飛蝗の胴に命中した。
九匹の飛蝗達が蠢き始める。うち五匹は跳ねながらケイ目がけて飛びかかり、一匹はジャヤへと向かって跳ぶ。三匹は羽を高速で動かして離陸し、一匹はシクルへ、二匹は九条へと向かう。
「飛蝗と蝶々‥‥どちらが華麗に舞えるかしら?」
ケイは微笑を浮かべると砲を手放しホルスターから素早く二丁の拳銃を抜き放つ。銃口を二匹の飛蝗へと定める。二連射、影撃ちを発動、左右の銃から閃光と弾丸を猛連射。エネルギー弾が飛蝗の一匹を消し飛ばし、マグナムがもう一匹を砕いて吹っ飛ばした。砕けた飛蝗の奥から三匹が突っ込んで来る。その口から酸が降り注ぐ雨の如く吐き出された。二十七連射。ケイ、咄嗟に飛び退いて大半を回避するも残りをかわし切れずに酸を身に受ける。防具の隙間から酸が入り込み奥の肉を焼いて白煙を激しく吹き上げた。激痛が身を襲う。
ジャヤは飛蝗が向かって来るのに反応すると攻撃を捨てて回避を優先させた。全力でその場から飛び退く。九連の酸の雨が先程まで娘が居た地面に降り注ぎ激しく煙を噴出させた。
飛蝗の一匹はシクルへと突撃しながら九連の酸を撒き散らす。シクル、回避せんと身を翻す。六発避け損ねた。酸が防具を腐食させながら浸透し身を焼き焦がしてゆく。シクルは激怒を銀眼に閃かせ弓を放り捨てると練力を解放し猛然と二刀を抜き放った。
九条は己へと迫り来たうち一匹に対しエネガンを連射して爆砕する。酸が来る。十八連射。雨の如くに上から来る――九条、読んでる。素早く飛び退いて大半をかわし、避けきれぬ分、顔の前にクロムブレイドを翳す。酸が刀身に激突して白煙を吹きあげた。砕けた飛沫がジャケットにかかり小さな穴をあけてゆく。
「銃も結構イケそう――ッスね!」
六堂が小銃をリロードしながら猛射してジャヤへと跳んだ一匹を粉砕する。弟弟子から譲り受けた大事な銃だそうだが、なかなか調子が良い。実戦でも十分物になりそうだ。
アッシュも突撃銃で一発づつ連射する。弾丸が飛蝗をさらに一匹を撃ち砕いた。ナンナは弧を描くように移動しつつ小銃をリロードし連射する。回転するライフル弾が飛蝗を吹き飛ばす。
ヤマトは飛行中の飛蝗の片羽を狙って一発放ち、四発を別の飛蝗へと向けて連射した。片羽を抜かれた飛蝗が回転して失速する。シクルは右に直刀を左に蒼き光の刃を出現させると、大地を蹴って跳躍し宙で交差ざま三条の閃光を巻き起こした。光の刃が走り抜け、体液をぶちまけながら飛蝗が落ち、大地に激突する。
残りの二匹は、再び酸を吐き出すよりも前に九条の閃光銃とケイの二丁拳銃によって撃ち抜かれ、インドの大地に消えたのだった。
しばらくして、
「‥‥‥‥もう、終わった、の、か?」
マイアがふらふらと息を切らせながらやってきた――まぁ秒速2mと半分ではついていくのは無理だ。
●
「最近気付いた。私の方が年上じゃないかと‥‥」
「そっかー」
「ヤマトは、姉さんの弟みたいなものだから、私の弟でもある訳だな‥‥」
「そうだね、そうかもしれないなー」
随分と凹んでいるマイアに対しイエスマンと化しているヤマトを背景にして一同はそれぞれ休息を取っていた。
(「シャワーを浴びたい‥‥」)
ナンナ、汗だくだ。かなり切実な願いである。
討伐完了の報を入れると軍兵がやってきて成功を確認すると、
「これは地元民からの礼だ」
と言って、マンゴーの山を残し去っていった。
「どれどれ‥‥うーん、あまり熟していないな‥‥」
一つ手に取ってシクル。
「ま、水分には違わないッス〜」
六堂、スカジャンと鎧上を脱いでナイフで切って一口。
「‥‥今度は熟れてるのがある時に来たいッスね」
「うん? まぁ、多少酸味のある方が好みだが」
シクルは六堂の反応に小首を傾げつつしゃくりと齧ってみる。表情が壮絶に歪んだ。
「あはは、都会の人さは甘いのしか食ったことねえんだべ?」
ジャヤはもしゃもしゃと食べながら笑っている。故郷の島では甘くないものをおやつ代わりに食べていたらしい。
「こ、これはいくらなんでも‥‥」
ふるふると震えて着物少女。しかし口を付けたの物を残すのは躊躇われるのか、気合いで一個完食に挑む。
「なぁマイア、突然だが無性にだれかをおんぶしたくなってな、と言うワケで俺に背負われてくれないか?」
アッシュがそんな事を言っている。
「うんそれが良いそうしよう、寝て起きて怪我を直せば元気もでるさ」とヤマト。
「‥‥何時かロシアンティーかっこ罰ゲームな方かっこ閉じを振舞ってやる」
「なんでっ?!」
居ないのが悪いんだ、等とそんな会話を聞きつつ、九条縁はマンゴーを指先でくるっと一つ回してみた。
良い事を思いつく。
「なぁ、皆、聞いてくれ」
声をかけ、一斉に視線をよこした傭兵達へと言う。
「折角だから、マンゴーカレー、作ってみないか?」
一同で作ったそれが、一体どんな味になったのか、きっと食べた本人達だけが知っている。
了