タイトル:兜ヶ崎の奪還マスター:望月誠司

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 25 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/20 22:49

●オープニング本文


 罅割れた時計。校舎も体育館も穴があき、崩れかけている。
 梔子色のストレートの髪を腰まで伸ばした少女が顔を上げて最早動かぬ大きな時計を見上げていた。年の頃は十六、七、といった所だろうか。日本の女性にしては長身だ。170cm程度はあるだろうか。凹凸が豊かな長身を薄汚れたツナギに包みやたらと長い銃を肩に担いでいる。
 彼女の名は鳥居櫻という。櫻が前にこの場所を見た時は、彼女は十三の子供だった。もうあれから二年と七ヶ月になる。長かった気もするし、あっという間だったような気もする。
 櫻は嘆息すると胸ポケットから煙草を取り出しうち一本を口に咥えた。不意に銃声が轟き、彼女が口に咥えていた煙草が砕け散って吹っ飛んでいった。
 櫻は目を丸くし、横手を振り向くと硝煙をひく拳銃を片手に構えた若い軍人が立っていた。
「未成年が煙草を吸うな」
 不破真治は淡々とそんな事を言った。
「そっんな事より人に向けて銃ぶっぱなすなよ?!」
「人にでは無い、煙草に向けて撃ったのだ」
「バカヤロー! 外れたらどーすんだ!!」
 櫻は血相を変えて猛抗議した。それに対し不破は銃を納めると、
「ふ、今や俺もエースアサルト、この距離では百に一つも外す訳が無い。それにお前だって能力者だ。SESのついてない拳銃なんて当たった所でかすり傷だろう」
「そーいう問題かっ!! 心構えの問題だッ!! こんなのが少佐だなんて世も末だなッ!!」
「俺達が生きている限り、人の世は終わったりはせん。まぁ間違ってもお前以外にはこんな事はせんから安心しろ、この馬鹿娘。一体、何やっている? 百害あって一利無しだぞ」
「うるせー、アッキーだってスパスパ吸ってるじゃねぇか!」
「煙草についてではない。最近素行が悪いらしいな」
「‥‥お前は私のとーちゃんかよ!」
「お前の兄貴に頼まれたからな」
「うぜぇー‥‥」
 櫻はうなだれる。
「なんだってそんな事やってる」
「‥‥‥‥地毛だっつってんのに、不良不良言うから不良になってやったんだ」
 オレンジの髪の少女はそう言った。
「‥‥‥‥‥‥‥お前は、図体はでかくなったのに、ほんとに、中身は、子供のままだな」
「うるせー!!」
「別にな、一本筋通して生きるなら何やっても良いさ。でもな、そんな半端なもんでやるな。後悔するぞ。お前、向いてないだろそういうの」
「えっらそーに、お前に私の何が解るってんだ、年に数回しか顔会わせないのに! ほっとけよ!」
 その言葉に不破は少し考えると言った。
「幾つか解ってるのかもしれんし解ってないのかもしれん。だが、ほっとけんだろ」
「うぜぇ‥‥」
 櫻は不破を睨み上げると呟いた。
「‥‥居て欲しい時には居もしないのに、お前だって中途半端じゃねーかよ」
「それを言われると弱る所だな。一つ寛大な心で許せ!」
 不破はぬけぬけと言った。
(「‥‥‥‥お、大人ってズルイ」)
 櫻はあまりの言に肩をこけさせながらそんな事を思った。
「一応、頑張っちゃいるんだが、俺も分身は出来ないからな‥‥だが、お前の事がどうでも良いという訳ではない。出来得る限り幸せに生きてもらいたい」
「あーそーかい、馬鹿らしい」
 ふん、と鼻をならしてそっぽを向き櫻。
「そんな事より、行程は大丈夫なのかよ?」
「問題無い。ULTのあいつらに依頼してあるからな」
 不破はそう答えた。
「そっか‥‥」
 大分県を巡る戦いは、国東市の要塞地下で大分バグア軍司令ヴァイナモイネンが討たれた事により、ひとまず人類側の勝利に終わった。大分県の全土は人類側に取り戻され、同県での大規模な戦いは一旦の終了を見せた。
 兜ヶ崎より疎開していた村人達のうち、老人達や帰還を望む人々は歓喜と共に村への帰還計画を打ちたて、それを実行に移し始めた。大雑把に言うならば、兜ヶ崎村があるのは未だキメラが跋扈する山中なので、まずは戦える者達が村に入り、周辺を掃討して安全を確保してから村の再建を始めようというものだ。
「結構、帰りたかった人も多かったんじゃないか」
 と不破。
「‥‥‥‥悪かったよ」
 櫻は少しバツの悪い思いで言った。
「‥‥お前、やっちまったんだなぁ」
「何か悪かったか」
「ううん、そういう事じゃない。本当にやっちまうとは、思わなかった。驚いた」
 勝ち目の無い戦いを挑んでいるように見えていた。
 それに不破は言った。
「櫻、絶対にやらなければならない事に対しては『不可能など無い』と思い込むのがコツだ」
「‥‥何その微妙なコツ、思い込みかよ!」
「無理なものは無理だからな。ただ、本当に無理かどうかは、やってみないと解らない部分もある。最初から諦めては駄目だ。今回とて避難当初は気の遠くなりそうな程に無理そうだったかもしれないが、未来を信じて頑張り続ければこのようになんとかなった。帰ってこれた」
「‥‥‥‥そーだなー‥‥‥‥帰って来たんだよな私達」
「課題は、まだまだ沢山残っているがな」
「お前はまだ戦うのか?」
「無論だ。こうして取り返したが、また奪われました、なんて事になったら何にもならないだろう。九州からバグアを完全に叩き出し、日本から叩き出し、地球から叩きだして、周辺の安全を確保する」
「壮大な話だ」
「だが、誰かがやらなければならない事だ」
「‥‥頑張れよ」
「ああ、頑張るさ、有難う。さしあたってはまずは、この村の回りからだな。行くぞ」
「うん」
 男と少女は校庭を去り、かくて兜ヶ崎周辺のキメラの討伐が開始されるのだった。

●参加者一覧

/ メアリー・エッセンバル(ga0194) / 藤田あやこ(ga0204) / 榊 兵衛(ga0388) / 鳴神 伊織(ga0421) / クラリッサ・メディスン(ga0853) / オルランド・イブラヒム(ga2438) / 終夜・無月(ga3084) / セージ(ga3997) / 夏 炎西(ga4178) / 宗太郎=シルエイト(ga4261) / リン=アスターナ(ga4615) / 智久 百合歌(ga4980) / 皐月・B・マイア(ga5514) / Letia Bar(ga6313) / リュドレイク(ga8720) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / シン・ブラウ・シュッツ(gb2155) / グロウランス(gb6145) / 月城 紗夜(gb6417) / 相澤 真夜(gb8203) / 夢守 ルキア(gb9436) / ソウマ(gc0505) / ヘイル(gc4085) / 龍乃 陽一(gc4336) / 村瀬建太(gc4989

●リプレイ本文

 日本国九州、兜ヶ崎へと続く峠。
 砕けたかつてのそれに代わり、新しい墓石と供養の酒と花が置かれていた。
 誰が置いたのだろう? 解らない、が、候補は色々思い浮かぶ、ここはかつて、村へ物資を届ける為に多くの人間が死んだから。
 黒服に身を包んだオルランド・イブラヒム(ga2438)はそれを見下ろして思った。
(「始めてこの地に訪れたのが二〇〇七年年十二月、二年と九ヶ月以上前の話か‥‥」)
 彼にとっては、
「早かったな」
 何が? 光陰は矢の如く、きっと色々。


 夜明け前。
「村を離れる戦いからもう二年以上も経ったのか。今回はあの時とは逆の道のりだ。気合入れていこうぜ」
 出発時、セージ(ga3997)がそう言った。傭兵達は不破真治等や兜ヶ崎猟友会の面々と共に山に入るとキメラを斬り倒しながら進む。途中、村へと続く尾根。
「いいところですね。取り戻すことができたのは僥倖です」
 シン・ブラウ・シュッツ(gb2155)がふと足を止め、高台から山中の村を見下ろして言った。
(「ようやく――そう、ようやく戻ってくることができたのね、此処に」)
 リン=アスターナ(ga4615)もまた足を止めると、風に銀髪を揺らしながら村を見下ろしていた。
(「でも、まだ戻ってくることができたって言うだけで‥‥村の再建までにはまだまだ時間がかかるわ」)
 しかし、まずは再建に向けての第一歩だ。未だに我が物顔でうろついてるキメラを一匹残らず叩き出してやろうと思う。
「ここから始まったんですね。とにかく、これで一区切りって事でしょうか?」
 リュドレイク(ga8720)が周囲の様子を見ながら言う。
「またこの村に人が住む事に出来る様になるなんて嬉しいわね。最後の仕上げ、頑張ろう!」
 メアリー・エッセンバル(ga0194)が言った。
「頑張りましょう。私の故郷も山村だったんです。全力で安全を取り戻してみせますよ」
 夏 炎西(ga4178)がメアリーに頷いて言った。守りたいものは色々だ。それの為に参加を決めた。リンもまた頷くとメアリーを見て、
「貴女に誘われて兜ヶ崎の人たちの撤退を手伝って‥‥気付いたら二年半。あっという間のような、そうでないような‥‥不思議な気分」
「そうね‥‥時間の流れは不思議なものよ」
 メアリーは微笑するとそう答えた。それなりの時が流れた。色々変わるものだ。メアリーはもう一つの決着も同様につけよう、と思った。
(「兜ヶ崎‥‥ここ自体には特に思い入れとか無いけれど‥‥」)
 ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)は村を見下ろして胸中で呟く。
(「取り返した実績があると、熊本方面も頑張ろうって気になるよな」)
 大分は優勢に展開していたが、福岡は陥落し、今熊本も激戦にある。あちらは厳しい戦況だ。しかし、
「よし‥‥俺も頑張ろう」
 そう思う。あちらも取り返すのだ。
 この村のように、人類の手に。


「遂にここへ戻ってきましたか‥‥今思えば、随分と月日が流れましたね」
 村内。鳴神 伊織(ga0421)が言った。終わりでは無く、ここからが本当の始まりなのだろうと彼女としては思う所だ。
「そうか‥‥もう、こんな所まで来れたんだな。戻ってきた‥‥か」
 皐月・B・マイア(ga5514)が呟いた。その瞳は少し昏く見える。
「どうかしたのか?」
 櫻を連れて校庭から戻って来た軍の士官が問いかけた。
「いや‥‥」
 マイアは首を振って向き直る。
「有言実行。流石だな、不破殿」
 その瞳には既に陰は見えない。
「私も微力ながら、全力を尽くすよ」
「む、そうか。有難う。よろしく頼む」
 不破真治はやはり単純なので、気のせいだったと思ってそう頷いた。
(「故郷、か‥‥」)
 マイアは胸中で呟く。彼女の故郷は、未だ少し遠い。
 広場へ向かえば一同の手によって討伐の準備が進められていた。
「適当に目立てば向うから寄って来るだろ。準備は‥‥こんなもんかな」
 ランタンや呼笛を適当な箇所に提げつつセージが言った。目立つ事でキメラを寄せ集める計画のようだ。
「こんなご時世だ。心ならずも故郷を捨てざるを得なかった人々も大勢居るんだろうな」
 榊 兵衛(ga0388)もまた準備を整えつつそんな事を思っていた。
「だからこそ、不破少佐の悲願であったこの村の奪還がもう少しで成ろうとしている今、戦友である俺も協力しない訳にはいかないだろう。微力ながら、最善を尽くさせて貰おう」
「そうですわね」
 榊の妻であるクラリッサ・メディスン(ga0853)がそれに頷いている。
 他方、
「あの英断に報いる為に全力で恩返しします」
 藤田あやこ(ga0204)は不破にそんな事を言っている。重体での出撃を許可してくれた時の礼らしい。
「いや、そこまでしてもらう程の事ではないが‥‥だが、それを恩に思ってくれるなら、無理をしない範囲で、どうか皆を助けてやってくれ」
 不破はそう言った。藤田は頷くと、
「学校が襲われた際、偶然適合者だった私は孤立無援で友人を護り抜きました。『諦めない』が肝心ですね」
 能力者になった経緯とこの村の状況を重ね合わせたらしい。
「そうだな‥‥俺もそう思う‥‥」
「‥‥少佐?」
「いや‥‥俺は上手くいったし、藤田も上手くいった。しかし、皆に勧められる事だろうかと、ふと思ってな。俺は、大分を解放しこの村を奪還するという約束を果たしたが、それに注力するばかりに、引き換えに一人不良になってしまった者もいる。とはいえ、他に力を割いてていて可能な事だったとも思わない。だが、これで失敗していたら、俺はただの馬鹿野郎だった」
「そうですか‥‥」
 なかなか難しい所である。
「ここが兜ヶ崎ですか‥‥始めまして、ですね〜♪」
 龍乃 陽一(gc4336)が村内を見まわしながらそんな事を言っている。
「援護と護衛は任せてさぁ〜!」
 とペアを組むLetia Bar(ga6313)。どうやら二人はAU‐KVで山頂まで登り、降りながら討伐を始めるようだ。
「かつて奪われ、取り戻した地か」
 ヘイル(gc4085)は呟き、そして思った。
「ああ、まだ人類は負けてはいないな‥‥」
 故郷、何処だったか。記憶の始まりは戦火の最中。それ以前の記憶は靄がかかったように、よく見えない。
「押し返しますよ、きっと」
 と智久 百合歌(ga4980)。 ヘイルとペア組んで山中を捜索する模様。
「自衛として、持っていて欲しい、意表はつけるだろうし直ぐに此方も気付く」
 月城 紗夜(gb6417)は言って照明銃を猟友会の男へと渡している。
「キメラも食べれるんだよ!」
 一方ペアを組む夢守 ルキア(gb9436) は猟友会の男へとそんな事を言っている。
 相澤 真夜(gb8203)は見晴らしの良い場所を猟友会の人間に聞いている。狙撃で狩るつもりのようだ。
 ソウマ(gc0505)はメアリー等と共に麓へと移動している。下から狩ってゆくつもりらしい。
「貴様らの邪魔はせんよ、勝手にやらせてもらうがな」
 グロウランス(gb6145)はそう言って山林の陰へと消えて行った。終夜・無月(ga3084)もまた遊撃で動く模様だった。


 山中に傭兵達と猟友会の人間が散り、キメラの掃討が開始された。
「おー、上級クラスは違うねぇ。頑張れ少佐ー」
 不破、櫻と行動を共にしている宗太郎=シルエイト(ga4261) は守護神を発動させて援護しつつそんな事を言っている。藤田と櫻が銃撃し不破が巨大蜻蛉を軍刀で真っ二つにしていた。シルエイトは横から近寄って来た大蟻キメラへと瞬天速で加速し、超速でランスチャージを繰り出す。大蟻が貫かれ爆裂と共に木っ端に四散してゆく。
「‥‥一次職の俺じゃ、コイツが限界だな。難儀なもんだ」
「‥‥いや、むしろ素だと俺より破壊力ないか?」
 呆れ顔で言う不破真治であった。スキルを使えばまた話は変わるだろうが。
 シルエイト等の組は火力に任せて次々にキメラを粉砕して進んでゆく。
(「しっかし、そんなわかりやすくグレなくても‥‥よぉ」)
 シルエイトは山中を進みながら様変わりした櫻に対しそんな事を思う。
「グレたからって、約束を反故にしてくれるなよ?」
「はぁ?」
 寄って声をかければ櫻は振りかえって怪訝な顔をし、青年は無邪気に笑って言った。
「俺は猪食うためにここまで来たんだからな」
 その言葉に少女は目を瞬かせると、
「オレは約束は破らないし、忘れてもいない‥‥感謝してるんだ。聞くなよ、そんな事」
「ああ、悪かった。で、代わりと言っちゃなんだけど‥‥モノは相談なんだが、少佐の百面相、見てみたくないか?」
 ニヤリと笑ってシエルエイトは言う。
「へ? 百面相?」
「なに、簡単な話だ。あいつが酔った時に、腹擦りながら、躊躇した様子でこう言えばいい『‥‥できちゃった』と」
「え」
「さらに、搾り出すように呟くんだ『‥‥もう、三ヶ月‥‥』で、折を見て『長期的なダイエットの話』って誤魔化せば終わりだ」
「そ、それはー、色々洒落にならないような〜?」
「いや、グレて煙草吸うより健全な反抗だろ」
「ええっ? でも」
「これで心配の種植え付けときゃ、ちっとはマメに会ってくれんじゃねぇか?」
「う」
 何やら若者達はアレな計画を立てているようである。


「山や森の中は、貴方達の領域。頼らせて貰いますよ」
 マイアはメアリー等と共に猟友会のベテランの案内に従って麓から最も険しいルートで掃討を開始している。キメラの群れと遭遇すればリンと共にエネルギーガンを構えて閃光を連射し、四方から迫るキメララットや大蟻を撃ち抜いて吹き飛ばしてゆく。
「ミュルミドゥン‥‥前は手こずらされたけど、今の私なら‥‥っ!」
 メアリーは放たれる酸をかわしざま飛び込むと手足を振るって爪撃を繰り出し、継ぎ目へと連打を炸裂させて大蟻の脚と首を砕いて沈める。負ける相手ではない。


 他方、夏もまたシンの援護射撃の元、疾風脚を発動させて大蟻へと飛び込み、炎光を纏った剣で五連の剣閃を巻き起こし、その頭部を滅多斬りにして沈めていた。
 シンのグッドラックと探査の眼の索敵の元、さくさくとキメラを退治してゆく。
「猪や熊は狩ったことがないですね――ええ、ドイツでは大体は兎や雉、たまに鹿が出るくらいでしたよ」
「そっかぁ、この辺りじゃキメラが出る前はそこそこ居たんだがな」
 移動中、シンは猟友会の面子と猟トークに華を咲かせていた。シンが銃を好んで使う理由は母親の趣味が猟で誘われて試しにやってみたら銃の魅力にはまってしまった為らしい。初めて銃を撃った時の記念にその時の空薬莢をペンダントにして身につけている程である。彼にとっての戦闘とは己に害為す対峙者を倒すことではなく、標的を狩るべくして狩るための積み重ねなのだ。
「キメラ狩りが終わったら猟をしてみたいですね」
「私も参加したいですね。故郷の山村では猪を仕留められると一人前として認められたんですよ。懐かしいです」
「わはは、豪気なこっちゃ。無論、儂等も参加するさ。良い獲物が取れると良いのぅ」
 シンと夏の言葉に猟師達はそう言って笑った。


「バグアの置き土産共か。失せろ。もうここは貴様達のものではないぞ!」
 漆黒のリンドヴルムに身を固めたヘイルは練力を解放しながらグローブを翳して電撃を解き放ち大蟻と大鼠を薙ぎ払い、横手より迫り来た大蟻の眉間を天槍で貫いて仕留める。
 百合歌はヘイルの援護を受けながら正面のキメラの群れへ斬り込むと急所突きと円閃を発動させて、弧を描くように右手の血色の刃を振るって薙ぎ払い、左手のショットガンを向けて散弾を解き放って次々に大蟻や大鼠を沈めてゆく。
「貴方達は俺の後ろに。離れすぎないように気を付けてくれ」
 竜の紋章を赤く輝かせながらヘイルが同行している猟友会のメンバーへと言った。
 昔取った杵柄か、民間人だが能力者と共に対キメラに当たるのは手慣れているようで、特に問題は無さそうだ。


「レティア、落ちないように気をつけてくださいね?」
 龍乃がバイクを走らせながら言った。
「だーいじょうぶだって」
 後部座席に乗っているLetiaが笑って答える。
「こういう山道は懐かしいですね、昔はよく父に連れられて歩きました‥‥」
 龍乃とLetiaは猟友会員に地図を貰うと二人で(バイクには徒歩はついていけないので)山頂までを登った。
「それでは参りましょうか」
「きちんと人が住める場所にしないとね」
 二人は山頂から麓へと向かって降りながらキメラを長柄斧とスパークマシン、フォルトゥナを駆使して討伐してゆく。


「貴公の命の安全のみは保証しよう、我は傭兵と言う兵器だ」
 AU‐KVに身を包み全身からスパークを発生させて加速した女が猟友会の男へと迫った大蟻の脚を練成強化の付与された太刀で一閃して斬り飛ばし、返す刀で袈裟に斬り伏せて沈める。
「鬱陶しい、我が愛するのはキメラではない動植物だ」
 月城は竜の爪と瞳を併発させつつさらにキメラの群れへと突っ込んでゆく。
「はーい、ずっと、ルキアのターン!」
 夢守ルキアがエネルギーガンを構えて光線を連射しそれを援護し、次々に大蜻蛉や大鼠を吹き飛ばしてゆく。


「一緒に踊ろうぜ。死と破滅が奏でる舞踏曲を」
 セージは鍔無しの刀を滑らかな操法で一閃させて大蟻を斬り倒し、左のデヴァスティターで三点射を繰り出し大鼠を蜂の巣にして沈める。風の如く、時には優しくに凪ぎ、時には激しく荒れ狂い、破壊と恐怖を撒き散らしてゆく。
「己の運さえ使いこなす戦い方、それが『キョウ運使い』ソウマの戦い方です」
 同行するソウマは探査の眼とグッドラックを発動させて周囲を索敵し、キメラの不意打ちを防ぎ、その痕跡を追跡して捕捉する。戦闘に入ればS‐01拳銃で制圧射撃を繰り出しセージの動きを援護した。


 リュドレイクは弟のユーリ・ヴェルトライゼンと組んで猟友会のメンバーと共にキメラの痕跡を辿り、その巣を破壊して回っていた。
「一応スナイパーなんだけど‥‥」
 光剣を一閃させてユーリは巨大蜻蛉を両断して叩き落とす。
「長い事他職だったから、つい」
 との事らしい。
 そのサイドをリュドレイクがアイリーン拳銃を連射してキメラ達を次々に撃ち抜き援護していた。


「大分解放戦では地上と空に別れて戦ってましたけれど、こうして肩を並べて戦うというのもたまには良いモノですわね」
 榊と組んでキメラの掃討に当たっているクラリッサが言った。
「背中は任せて下さいね、ヒョウエ」
「ああ、頼むぞ」
 榊は頷くと先頭に立って槍を風車の如くに旋回させて大蟻を吹き飛ばし、大鼠を両断し進んでゆく。空より襲い来る大蜻蛉に対してはクラリッサがエネルギーガンを構えて光線を爆裂させて撃ち落とした。
「‥‥戦場の恋ですわね」
 道中、猟友会のメンバーより榊との関係について聞かれるとクラリッサはそう答えた。
「戦いがなかったら、巡り会い事もなかったんですから、それだけは神様の皮肉に感謝してますわ」
 惚気た様子でそんな事を言った。因果は良くも悪くも色々であるらしい。


「討伐は順調‥‥か」
 オルランドは時計塔に登り村内の守備についている模様だ。相澤は見晴らしの良いポイントに伏せて待機中。
 終夜は単騎で山中に入りキメラの痕跡を追跡すると地上の大蟻や鼠に対しては拳銃で弾丸を叩きこんで吹き飛ばした。大剣を持ち出すまでもなく圧倒的な破壊力で蹴散らしてゆく。
 グロウランスは木々の上からの奇襲や待ち伏せ等で大鼠や大蟻へと襲いかかり、その首元を狙って斬りつけ沈めてゆく。大鼠は容易く、また刃が首に当たれば大蟻も順調に屠れたが、外してまともに斬り合う事になると硬い蟻には少々苦戦した。
(「やはり俺は格闘戦能力が低いな‥‥」)
 再認識する。しかし、だからこそ修練になる、と彼は判断してここに居る。今回の敵は手頃な相手だ。グロウランスは一人、実戦での修練に励んだ。
 鳴神もまた単独で山に入って行動している。囲まれないように注意を払っていたが、大蟻も大蜻蛉もその黒刀の前に一撃で真っ二つになったので注意を払うまでもなかった。回りを囲んでいるのは動かぬ骸だけだ。
「山菜と‥‥後、猪が獲れると良いですね」
 鳴神は山道を進みつつ途中、目に付いた山菜を摘んでいったのだった。


 二十七名の能力者と数十を数える猟友会のメンバーにより村周辺のキメラは掃討された。
 戦線が押されてまたキメラがばら撒かれればまたキメラの脅威は出現するであろうし、他の地域から陸伝いにこない可能性は無い訳ではない。だが、その脅威の度合いは確実に減り、人が住める範囲の領域になった事は確かである。
 その晩は学校の校庭を借りて祝勝会が開かれる事になった。
 中央に巨大な火が焚かれ、料理が並べられ始めている。櫻や鳴神、シン、夏、ルキア等が猟友会のメンバーと共に猪を狩って来ていた。山菜等も使われて地元の料理が作られている。
「きーのこ きーのこー♪ 調理はお任せ〜!」
 Letiaは採取してきた茸を調理場にドン、と置いてゆく。またソウマが運良く先頭の途中に松茸を大量に見つけて来てそれも加えられていた。
「よくこんなに採ってきたな。しかし料理は苦手ではないよ。まぁ見ていろ」
 ヘイルが腕まくりして言う。調理にかかるようだ。なおセージは掃討作戦終了後、不破と村の奪還を喜んで硬く握手を交わそうとするが、やはり邪魔が入って流れていた。ここまで来ると魔術的である。
「‥‥何故、鮪?」
 調理場に置かれたそれに首を傾げるヘイル。誰が持ち込んだのか、なにゆえにこの山で鮪なのか、まったくの不明である。
「姉さん姉さん。マグロは、既に解体されてるよね? ね? ね? ‥‥うわー!」
 メアリーの陰から場を窺っていたマイアがまるごと一本置かれたそれを目撃し悲鳴をあげている。マグロ恐怖症らしい。また、
「‥‥おい、変な色の煙あがってるぞ?」
 ヘイルが隣を見ればソウマが持つ中華鍋から紫と緑の煙が吹き上がっていた。
「ふふふ、大丈夫です、僕の『キョウ運』は完璧ですよ」
 少年は不敵な笑みを浮かべつつそれに答える。
「料理を運任せに作るなよ?!」
「いや‥‥うん、結構美味く出来てますよ?」
 味見してソウマ。世の中には科学で測れない事があるらしい。
 夏は獲れた猪を山の神に感謝しつつ、綺麗に捌いておく。リュドレイクはアケビを獲って来ていた。てんぷらにするらしい。料理は割と好きなのだそうだ。ユーリは拾った栗を用いて栗ご飯を炊くようだ。
「茸類があるなら鮪で洋風のつまみを作りましょう」
 藤田もまた割烹着を着込んで料理を作っている。持ち込んだ小豆を使っておはぎを作成していたが、それと共に鮪と茸で一品作るようだ。
「そう言えば不破少佐達に料理を振舞ったことって今までなかったわね」
 一方、少し考えてリン・アスターナ。記憶が確かならば無い。良い機会なので久しぶりに腕を振るう事にした。猪を用いて櫻との約束だった牡丹鍋を作る事にする。これにはその櫻や鳴神、終夜、ヘイルなども参加した。リンはさらに串焼きや山菜を用いて佃煮も作成する。鮪には、づけ丼、カルパッチョ、なめろう風、まぐろステーキのきのこソースと実にレパートリーが豊富である。
「兵舎でも作っていまして‥‥」
「へぇ」
 料理が得意分野な者は他にも居る。終夜は牡丹鍋の仕込みや調理を手伝った後は、山菜や茸を用いた焚き込み御飯や、猪肉のタタキ、鰹を出汁の基にした茸の吸い物などを作成した。ヘイルは猪肉の山菜包み、秋の炊き込みご飯、茶碗蒸し等を協力して完成させてゆく。
「この時期の鮪は脂が少ないので握りよりタタキのバッテラがいいでしょう」
 一品作り終えた藤田はさらに鮪をタタキにしてバッテラ箱で押しずしにしている。おろしショウガと醤油を添えて完成である。
「はい、どうぞ不破殿」
「お、有難う」
 マイアは不破にマイクを渡していた。やがて祝勝会の準備が整うと一同は火の前に集まる。
「本当にやってのけたんですね、不破さん――という訳で、飲みましょう!」
 各員の料理を手伝っていた百合歌が一段落した所で酒盃に換えて言った。
「ああ、本当にやり遂げたのだな、という気がする‥‥これも皆の力だ。飲もう。乾杯だ!」
 不破が言って、祝勝会が始まり皆、思い思いに陣取ってグラスを干し、料理に舌鼓を打ち始めた。
「お互い良くここまでしぶとく生き延びてこれたと思わない? 少佐」
「確かにな、今思うとよく生き延びたものだ」
 不破が笑って頷いた。最近でこそ落ちついて来ていたが以前は何時死んでもおかしくない引き鉄が山盛りだったものである。
「折角だし‥‥お互いの悪運に――乾杯!」
「うむ、乾杯!」
 日本酒が注がれた杯を掲げると二人の能力者はそれを呑み干した。
「ああ――いい気持ち。こんなに美味しいお酒を飲むのは何時以来かしら‥‥」
 一本咥えて火をつけながらリンが呟いた。
「珍しいな?」
「偶にはね。それより料理どう?」
「美味いな。よく出来ていると思う。アスターナが料理が出来たとは知らなかった」
 などと不破。
「よう不破少佐。長い戦いだったが、ご苦労様」
 マグロ料理に舌鼓を打ちつつセージがやって来て言った。
「お、セージか。兜ヶ崎から宇佐、杵築、高田、国東と世話になった。そちらもお疲れ様だ」
「何、俺は傭兵だからな。ま、ゆっくり休むのは‥‥ちょっと無理だろうが、今日ぐらいは難しい事は忘れて騒ごうぜ」
「うむ」
「そうですよ、さ、どうぞー! せっかくの祝いの席ですから!」
 にこにこと笑って相澤が不破の盃の酒を注ぎ始めた。
「少佐! おつ様だ! 私のお酒も呑んでよ〜」
 Letiaもまた不破の盃の酒を注ぐ。傭兵達は何やら企んでいるようだ。
「お、すまんな」
 しかし、そんな事は露と知らぬので、少佐は平和そうな顔をして注がれるままに呑んでいる。
 他方、
「身長抜かされちゃったな。はいこれラベンダーのお茶」
 マイアは櫻に言って紅茶を淹れて差し出していた。
「あ、うん、有難う。なんかオレ妙に伸びちゃってさ‥‥ラベンダーって何か薬効あるんだっけ?」
 カップを受け取って口付けつつ櫻。
「ん、あったような気がしたけど、なんだったかな」
 そんな言葉をかわしつつ、
「じゃあね。これから大変だろうけど、考える事は止めないようにね」
「考える事? よくわかんないけど、わかった」
 こくりと櫻は頷いてそう言った。
「故郷、帰る場所は、護れただろうか?」
 月城は猟友会の男にそう問いかけた。
「一度潰れて、これからさ。これから、立て直すんだ。輝かしい第一歩って奴だな。ま、それを踏み出せたのもアンタ達のおかげよ、飲め飲め! あ、酒は駄目か?」
 などと男は答えた。
「御無沙汰しています」
「あ、お久しぶりね〜」
 鳴神はメアリーやリン等、久しぶりに会う知己に挨拶をして回っている。
「おかわりをお願いします〜♪」
 龍乃はというと底なしの胃袋を発揮して料理を次々に平らげていた。
「相変わらずの食べっぷりで気持ちいいねぇ〜♪ ほんとどこに入ってくんだか‥‥羨ましいさぁ」
 あははと笑ってLetiaが言った。
 百合歌がヴァイオリンを弾き始め、シンがベースを弾き、マイアが合わせてギターを弾いて歌を歌い始めた。曲目は西の国の民謡のようだ。軽快な旋律が月下の宴の場に響いてゆく。
「ん〜、おいしい料理に美味い酒。笑い声は心地よく‥‥あぁ〜、お酒がすすむぅ♪」
「うまうまです〜♪」
「よく食べるなお前等」
 調理を終えたヘイルがやって来て言った。
「あ、ヘイル〜っ! お料理美味しいよ〜有難う♪」
 既にかなり出来あがっているようでLetiaはキャタキャタと笑いながら言う。
「‥‥梅酒が好きだったと思って持って来たんだが、既に飲み過ぎか?」
「あ、気が効くね、ありがとー! 勿論いただくよ。ヘイルも飲みねぇ〜い」
「‥‥いつかみたいにダウンしても知らんぞ?」
 祝勝会は喧噪を増してゆく。リュドレイクは杯を片手にそんな会場の様子を眺めて微笑を浮かべていた。
「‥‥リュー兄、何、ニヤニヤしてるの?」
 ユーリが言う。
「ニヤニヤって、なんか良い方がアレですねぇ」
 苦笑してリュドレイクは答える。
「いや、皆さん楽しそうで、頑張った成果が見えるのが嬉しいんですよ。自分たちが頑張れば、こうやって少しづつ取り返して行けるんだな、と実感できますし」
「そっかー」
 そんな会話の間にも会場では騒ぎが起こっている。
「よしっいまだー!!」
「む、相澤、何をする――?!」
「今日の為に、この単語書けるように頑張った!」
 すぽっと鮪の着ぐるみを被せ、ルキアがFUNDOSHIを着せにかかる。
「少佐‥‥似合ってますね、鮪‥‥ぶふっ」
 シルエイトが口元を抑えながら吹き出す。
「ほう、知ってるか若者達よ」
 パキッと刀の鯉口が切られ、不破もといマグロを被ったナニカが咳払いして言った。
「兜ヶ崎では月の出る夜に鮪を被った男が日本刀で傭兵達を切り刻むという怪談が出来る予定なんだが――‥‥貴様等がその最初の犠牲者だぁッ!!」
「やべぇ本気だっ! 逃げるぞ二人とも!」
「なんでおっかけてくるんですかあああ!??」
「お前等が逃げるからだ、待たんかコラー!」
 シルエイト、相澤、ルキアが逃げ出し、マグロ人が日本刀を抜刀して追いかけ、あちこちを巻き込んで悲鳴があがってゆく。
「‥‥ちょいと、飲みすぎたかね、地球が回ってるぅ〜‥‥あ、ヘイルくん〜お月さんが綺麗〜っ」
 Letiaがほわわんと笑って言った。
「そうだな、良い月だ。そして確実に飲み過ぎてるな」
 ちびちびとやりつつ答えてヘイル。
「お月さんも、お祝いしてくれてるんさねぇ〜♪ みんな笑顔で嬉しいねぃっ! よかったねぃ」
「ああ、少し悲鳴が聞こえている箇所もあるが、多分、きっと問題無い」
 そんなこんなで、夜がやかましく更けて行く。
「飲んではハイに。醒めては灰に。飲もうぜ今宵。銀河を杯にして」
 セージはそんな場の様子を眺めながら酒盃を呷り笑ったのだった。


 遠く、祝勝会の喧噪が流れて来る。
「人は『故郷』と言う所に、無意識に心の多くを残してしまうものらしいな」
 グロウランスは会場を出ると既に朽ち果てた村の『形骸』の中へと足を向けた。闇。長く人が無く、既に朽ち果てて消えているが、それの残骸をそう呼び、また興さんとする。では、それ――『故郷』とはなんだ?
 頭上を見上げる。漆黒の中に輝く千億の星々と黄金色の月、そして巨大な赤い星。
 あの赤い、不可思議な材質で構成された星(フネ)がバグアの『本星』であるという。だが、彼等の『始まりの場所』はどうなったのだろうか。
 そこにバグアは、心を残しては来なかったのだろうか。
 星の海を、旅する者達。
「‥‥ふん、一人になるとつまらん事ばかり浮かぶ物だ」
 男は一つ頭を振ると闇の奥へと消えて行った。


「幸せそうだな‥‥」
「そう見えるか?」
 マグロのかぶり物を脱いで地面に四肢を投げ出しぜぃぜぃと息をついている不破に対してオルランドが言った。
「‥‥私もあの島では変わらざるを得なかったんだ‥‥許せ‥‥」
 このかぶり物の元の所有者はオルランドであったらしい。無駄に深刻な口ぶりで男はそう述べた。
「まぁ、平和になってきた、って事なのかな」
「さてな」
 オルランドは肩を竦めると、
「まぁ、ともかく、その調子だ。俺みたいな人種にはなるなよ」
「‥‥俺が言うのもなんだが、不器用な奴だな貴方は」
 不破はオルランドを見上げると言った。
「調子が良い、くらいの方が守れるものもあるぜ」
「‥‥俺は暴力装置であることを望んだからな」
「そうか」
 やがてメアリーがやって来て、オルランドと共に何処かへと行った。

● 
「悲願の達成おめでとう、少佐殿」
 不破が場に戻って一息ついていると、榊がやって来て祝いの言葉と共に不破の杯へと酒を注いだ。
「有難う、感謝する。大分解放戦では世話になった。随分と助かったよ」
 不破は美味そうにそれを干すとそう言った。
「何、やるべき事をやっただけだ」
 榊はそんな事を述べると、
「――で、少佐、これからは何を死ねない理由にするつもりだ? 漠然とした理由なんかじゃ戦えないだろう?」
「なかなか鋭い所を突くな」
 その言葉に不破は苦笑してみせた。男は笑うと自身も酒盃を呷りながら言う。
「どうだ、【女】を作るとかは? 俺も嫁さんを貰った事でけして死ねない大きな理由が出来たからな」
「俺はそちら方面の才能はとんとないからな。伊達男のようにはいかんよ」
 それに榊へと酌をしていたクラリッサが言った。
「あら、きっと気付いていないだけで、不破さんを見ている女性はきっと居ると思いますわ」
「はは、そんな物好きが居てくれるなら嬉しいが、しかし‥‥正直、不安だ」
「不安か」
「俺が戦っている間、死んだ後にも、どうなるのかを考えると少しな。幸福にするよりも、不幸にするのではないかと、それに‥‥」
 不破は言った。
「不安なのだ。命を賭けるべき時に、己が命を賭けられなくなるのが」
「‥‥それはその時は賭けるべきではないという事ではないのか。俺が言うのもなんだが、賭ける奴はほいほいとすぐに賭ける。だからこそ、少し重しがあるくらいで丁度良い」
「そんなものかな」
「まぁ、すぐにどうという訳ではない。ただ、一考してみてくれ」
 榊は杯を呷るとそう言ったのだった。


「ようやく分ったんだけど‥‥オルランドさんって恋愛対象として最低だったんですねー」
 嘆息してメアリー・エッセンバルは言った。時は流れ、万象は移ろい、人の関係もまた変わる。
「こういう話をするということは、君は迷っているのかな?」
 オルランド・イブラヒムはそう言った。こちらの二人の関係もあの頃とはまた違っているらしい。
「迷っているのか、と言われれば迷っているわ。だって初めての事だし」
 メアリーは言う。嫌われたくない一心で時には自分を曲げてまで傍に居ようとしたが、今後は無理には合わせず自分の考えを持って行動すると。しかし戦略・戦術・分析力は尊敬してると。
「‥‥私は君の考えと行動を尊重したい。君にとって私が必要ないなら、それを受け入れよう」
 オルランドはそう言った。暴力装置であることを望んだ以上、幸せを欲しいとは思わないし、思ってはいけないと思っている。また幸せを感じようにも既に磨耗しきっている。
「必要だから、じゃないの。恋人と【一緒に生きる事】を楽しみたい、なの。あなたは私と【一緒に生きる事】を楽しみたい?」
「よくわからない」
 オルランドはそう返答した。感情を切り捨てることに慣れて、強い感情を持つ方法を忘れてしまった。
 メアリーは苦笑を浮かべつつ、
「少なくともあなたの中にはまだ、人生を楽しむって感情があると思うわよ?」
 鮪の着ぐるみとか、などと言った。
「そうかな」
「お話終了! ‥‥と、忘れる所だった。Happy Birthday!」
 メアリーは小箱をオルランドに渡すと、
「またね!」
 と笑顔で去って行った。
「‥‥ふむ」
 男は小箱を手に立つ。月がそれを見下ろしていた。


「やぁ、どうでした?」
 瞬天速で逃げおおせたシルエイトは櫻に首尾を問いかけた。
「えーっと、なんか間髪入れずに『相手は誰だ?!』とかモロストレートに聞いて来たから『え、ダイエットの話だけど?』って返したら石化してた」
「あはは、そうですか」
 予定の流れ通りにはいかなかったが、上手くやったらしい。
「サビシイ、じゃない?」
 同じく鮪人から逃げおおせたルキアが櫻に問いかける。
「‥‥よく、わかんない」
「そっか」
 呟きつつもぐもぐとおはぎを食べる。
(「‥‥美味しい」)
 藤田も料理が上手いらしい。


 星々と月がよく見えた。
 鳴神は祝勝会からそっと抜け出すと、泉の前に佇み物思いにふけっていた。手元にあるのは懐中時計、能力者でなかった頃を思い出す、こうやって昔を思い出すのは何度目だろうか。
「後悔がある訳ではありませんが‥‥あの頃に比べると汚れた手になってしまいましたね」
 随分と、遠い所まで来た。きぃきぃと懐中時計の蓋が鳴いている。月光に翳せば、鈍く光を帯びて輝いた。
「‥‥そろそろ止めにしましょうか‥‥考えすぎても詮無き事ですし」
 時計の蓋を閉め、踵を返して歩きだす。
 光のある方へと。


「まったく、これで俺より年上って言うんだからな‥‥」
 ヘイルは酔っぱらって前後不覚になったLetiaを介抱してテントへと運び込んでいた。酒呑み姫は眠り姫の如くすぴーすぴーと幸せそうに寝息を立てている。
「寝顔は美人なんだが‥‥って、俺も酔っているな」
 頭を一つ振って男はそんな事を呟いたのだった。


「ふ‥‥みゃ‥‥ううー‥‥♪」
 相澤がぐでんぐでんに酔っぱらって地面に座り込んでいる。
「真夜姉、お酒弱いのに‥‥」
 ユーリがついて嘆息している。
「うむう‥‥もっとほしい‥‥もっとー‥‥!」
 お姉さんの方は幸せそうである。
「あ、ユーリも飲みたい?」
「え? いや」
 言葉に詰まる青年。興味が無いというと嘘になる。
「‥‥ほんとはだめなんだからね? ちょっとだけだよ??」
「えーっと‥‥」
 ユーリはコップを手に取ると周囲を見回す。口やかましそうな軍人は周囲にはいない。
 天使と悪魔のどちらが勝利したのかは青年本人とその兄妹が知っており、飲めたかどうかは、兄リュドレイクは果たして止めるのか? にかかっているだろう。
(「何時か故郷で、弾ける日が来るように‥‥」)
 他方、宴会場の中央、マイアは胸中で呟きつつ次々に曲を奏でている。民謡だけでなく、ポップスやジャズまでカバーと、曲目は3年で段違いに増えていた。
 シンはというと酒を水のように飲んでいたがまったく酔う気配がなかった。並行して宴会の様子をカメラで撮影して各種ハプニングの様子などを録画している。明日、解散前に上映会をやるつもりらしい。
「うふふ、不破さんガンガンいきましょう、ガンガン」
「いや、さすがにそろそろきつくなってきたんだが‥‥」
 百合歌は不破を潰す勢いで飲んでいる。
「松茸と鮪のトマト煮やオリーブマリネはいかが? 酒に合いますよ」
 藤田はまた一品こしらえて給士して回っていた。
「どうぞ、早い者勝ちですよ」
 夏は、というと持参した月餅を振る舞っている。中国では家族で食べる物なのだそうだ。
「お一つどうです?」
 戻って来たメアリーに夏は月餅を一つ渡す。
「ありがとう‥‥うん、美味しいわね」
 女は笑ってそう言った。
「それは何よりです」
 微笑して夏は答えたのだった。
 シルエイトは会場を見渡しながら思う。
(「村の奪還は成し遂げられた」)
 想いを一つ、貫けた。
(「帰ってこれたんだ、本当に‥‥」)
 そう、実感する。
(「昔より、自分は汚れて、少なからず変質してる」)
 戦を心底楽しむ、そんな感情も生まれた。
(「‥‥でも、それでも」)
 燃える火と人々を眺めて呟く。
(「私はこれからも護るために戦う‥‥この想いを、死ぬまで貫きます」)
 そう、決意を新たにして。
 夜は、緩やかに更けていった。


 かくて兜ヶ崎の村は取り戻され、その再建が始まった。
 かつての姿を取り戻すには時間がかかるだろう。また、再び戦線が後退すれば、二度目の壊滅を見るかもしれない。
 九州の戦線は未だ激戦の最中にあり、地球を巡る人類とバグアの戦いも激しさをより増して来ている。
 だが、村は取り戻され、大分も人類側に奪還されている。

 昨日よりも今日の状況は良く、今日よりも明日の良い日であるように。
 そう、信じよう。


 了