●リプレイ本文
トゥリム(
gc6022)は基地に居た時から薄々感じていた。
周囲の軍人達と自分達とを見比べて険悪――というのとはまた違うが微妙な雰囲気が横たわっている。
(ここに来た僕は‥‥望まれていない?)
ヘリの中、少女はぽつりと独白を洩らし、首をブンブンと振った。余計な思考を飛ばす。
「此処は、無数の意志と意志がぶつかりあっている処なのです」
不意に、黒外套の傭兵隊長が言った。トゥリムが振り向くと、若い男が爽やかな――爽やか過ぎて逆に胡散臭くなるような――笑みを浮かべていた。
「二つに一つの話ではなく、無数の様々な意志がぶつかりあっています。その中で俺は傭兵と軍の協調が必要だと思うのです。なので、傭兵の立場をちょっと向上させたいのですよ。どうかご助力願えませんか。貴女がたの力が必要なのです」
トゥリムは少したじろいだ。人見知りする性質なのだ。そんな自分の性格を恨めしく思う。
やがて氷海を抱くように広がる街への距離が近づくと、無線から切羽詰まった怒号やら指示やら救援要請やらがけたたましく飛び込んで来た。地上は割とハードらしい。
「敵戦力と侵攻状況を」
ラウラ・ブレイク(
gb1395)が無線に言った。それに応えて既に街上空に到達しているヘリから報告が返って来た。
「敵は水棲生物‥‥?」
状況を受け取ってラナ・ヴェクサー(
gc1748)が呟いた。
「海辺らしく魚介類が多いか」
伊佐美 希明(
ga0214)が軽口を叩いた。そして自分はヘリから降りずに上空から狙撃支援する旨を告げる。
「高度はあまり下げられない、やれるか?」
まだ若いパイロットが言った。
「安心しな、ヘリパイのあんちゃん。これでもプロの傭兵でね。機体と命の安全は保障するよ」
ガコリとAX‐B4ライフルをロードしながら赤毛の少女は笑い、
「ただ、旨い酒の店の話は、やめとけよ?」
などと軽口を叩いた。
館山 西土朗(
gb8573)は地図をレイヴルから受け取るとそれを皆に見えるように広げた。
「大尉、前回は助かったぜ」
館山は前回助けてもらったことと軍への働きかけに対する礼を言った。
「礼には及びません。お互い様でしょう」
館山が倒れていればレイヴルもきつかったろうし逆も然りだろう。同じヤマを張るというのはそういう事だ。館山の仕事であり同時にレイヴルの仕事でもあった。
状況を聞きつつ一同は動きを打ち合わせる。
「キメラが陽動なら何かある‥‥どこかを目指してる奴らに注意して」
ラウラはそう言った。街上空のヘリから無線が飛び、六つの強化人間らしき人影が高速で街外れへ移動しているという。
「私は人類を守る為にここにいる」
強化人間、という言葉に対し神楽 菖蒲(
gb8448)が言った。
「私は私の能力が必要とされる場所に行く」
神楽は広場の守備に就く、と。
(PMC時代には人間とも撃ち合ってきた。私がここにいる理由など知れている)
能力者になる以前、十年も前に結論は出ている事だった。
「私が守るのは戦う術を持たぬ一般市民で、それを殺して回ってる敵じゃない」
無線で連絡を取る所によると傭兵達が到着次第、強化人間には蒼幽鬼の相良裕子を含む一隊が広場から出る予定らしい。
――倒すか救うかは存在と共に行動が分ける。
他方、周防 誠(
ga7131)もまた思っていた。守るべき人に武器を向けるなら倒す。だが武器を捨て投降するなら撃ちたくない。
(自分もバグアを恨む気持ちはある。が‥‥)
周防は言った。
「戦う意思を持たないなら。それは救うべき味方とは言えないが、倒すべき敵でもないと思う」
と。
ヘリ内の数名の視線が周防へと集まった。
周防は思う、結局、自分勝手な理屈なんだろう、と。
だから、この為に仲間が、軍人が、民間人が傷つくことがあってはならないと。
その上で周防は無線へと言った。自分もまた対強化人間班へと参加する。その際に、強化人間を発見時、自分だけ姿を現し投降勧告をしたい、と。
「‥‥そいつはちょっと、豪気なんだね?」
ざっとノイズが走り無線から応答が返って来た。少女の声。相良裕子だ。
「問答無用で撃たれるのは自分だけで済みます。また勧告中見つからないように包囲すれば逃がす確率が減る。やらせて下さい」
その代わり、助ける利も義理も乏しいと分かってるが、投降に応じた敵は撃たないで欲しい、と周防は頼んだ。
それに杠葉 凛生(
gb6638)が周防を見て言った。
「周防、人は命乞いをしても強化人間に無残に殺される」
杠葉にとってバグアは憎み、倒すべき存在である。
「お前は、そんな無辜の人々の命を奪った敵を助けたいと思うのか」
中年の男は若い男を見据え問いかけた。杠葉は基本、他人のスタンスには口出しはしない。だが、降伏勧告をしたいと求める周防にふと尋ねたくなった。
それは純粋な興味だった。非難や否定ではなく、どうしてそう思えるのか。自分には無い心情に対する興味からの問いかけだった。
(敵の命を救うってのは、捨て犬を拾うのとは違うはず‥‥情だけで、奪われた痛みや苦しみを、赦すことができるのか)
疑問だった。
「――それでは、もし助かりたいと言った強化人間を殺したら自分も彼らと同類ですね」
周防は杠葉を見据え返すと言った。
「自分は、そうなりたくないんです」
沈黙が降り、風とローターの音が聞こえる中、また声が響いた。
「私ハ、強化人間ヲ生かスモ殺すモ‥‥生者ノ願いアリきダト思イマス」
ムーグ・リード(
gc0402)だった。
ムーグは時にそれが我侭だとしても、願いとはそういう物だと思っていた。
手段は、あくまでも付属物で、真実必要なのはただ覚悟だと、男は思う。故にムーグは問いかけた。
「‥‥ソレ、ガ、貴方ノ、願イ、デス、カ?」
その言葉は、助力の意の表明であり、そして覚悟への問いだった。
「無駄な殺生はしたくない。自分勝手だと思いますが、それだけです」
周防はムーグへと視線を向けると頷いた。
杠葉はそれを見ると、彼もまた強化人間の対策班に加わる事を希望した。
かつて、杠葉が能力者になったのは人を救うためではなくバグアに復讐するためだった。しかし、ムーグとアフリカ解放に関わるうち、土地を取り戻し、人を救うことに意味を見出していた。
(過去のみを見つめていたが、今は――)
死に場所を求めていた杠葉に命の意味を与えたムーグの存在は計り知れないものがあった。
ムーグのやり方はおおよそ知っている。故にこそ、少し心配であった。隙を埋める者が必要だろう。そう思っての希望だった。
他方、キア・ブロッサム(
gb1240)はそんな三人の男達を無言で眺めていた。
ムーグも紅葉も同じLHでの小隊の知人だ。二人とも腕は立つ、そう認めている。だが、心情的にはこれといって興味は薄かった。
しかし、思うのだ。
子供じみた信念が我が身を救う事も、信頼や忠誠が自分を助ける事も無い。
今朝のパンの味、身を飾る衣服。
傭兵になる以前からずっと、この手で掴んで来た僅かな金貨だけが、それを与えてくれた。
(数多の心より‥‥ずっと確かな物‥‥)
ただその為だけに此処にいる。
ならば、その為にこの状況を利用すべきだ、キアはそう思い、対強化人間班への参加を申し出た。
(嘗ては金のために人を食い物にしてきた)
杠葉はキアを見つつ思った。周防に比べ、彼女の行動は嘗ての杠葉に近く、理解できる。
(偶には利用されるのも面白い‥‥)
人々の意志が踊る。
軍は周防の提案を容れ、相手が降伏した場合で生かしておいても危険が増大しない場合は撃たない、と返答した。
トゥリムは住民が怪我をしているかもしれないので治療用に救急セットなどを持ち込む事にした。拳銃とクナイも忍ばせておく。ヘリから身を乗り出し伊佐美はゴーグルで、ラナはグラスの奥から、地上の街へと目を凝らした。
ラナ、なるべく多くのキメラが集まっている場所へと強襲をかけたい。各所に展開しているキメラの位置を見える範囲で確認しその進行方向を頭脳に叩き込んでおく。チェラルが率いる隊が広場に集まり間もなく遊撃を開始するそうなので、そちらへ合流する旨を申し出ておく。一区切りついたら離脱して対強化人間班への応援へゆくともした。
チェラル隊には他に館山とトゥリムも合流予定で叢雲(
ga2494)も広場の一角を破るまではチェラル隊に参加する予定のようだ。神楽、ラウラ、秋月 愁矢(
gc1971)の三名は広場の守備に参加する予定である。
「極北の街、ですか‥‥」
叢雲が呟いた。男は、ここではない、かつてあった、ある鉱山の街での苦い戦いを思い返していた。
もう二年近くも前になるだろうか。あの時は、随分死んだ。百名近く自警団員達がキメラの熱閃によって溶かされながら絶命し、氷竜のブレスによって凍てつきながらバラバラに斬り刻まれて死に、虎に牙を打ち込まれて生きながらに喰われて死に、竜人の剣によって虫のように潰されて死に、多数の中型のキメラに囲まれ袋叩きに滅多刺しにされて死んだ。
「全員‥‥とまでいけるかはともかく、やれるだけやりますかね」
微笑を絶やさずに叢雲は言った。内心は表に出さない。レイヴルがちらりと一瞬、叢雲を見て「ええ」と彼もまた微笑のまま頷いた。その時の戦いでキメラに囲まれて袋叩きにされて殺されたのはレイヴルの父親だった。
「やれるだけやりましょう」
大尉はそう言った。ヘリは街の広場へと向かって飛んだ。
●
街の広場、地下シェルターへの入り口がある時計塔を中心に四方に道が伸び、キメラが道に溢れ先行して降下していた兵士達が四方の道に展開して各々SES小銃や白兵武器を振るってキメラの侵入を防いでいる。
ヘリが高度を落としロープが広場へと投げられ、それを伝って傭兵達が降下してゆく。
ラナはロープを伝って降りながら思っていた。前の仕事では重体となり依頼は大失敗だった。その結果を招いたのは、自身の心の弱さだと。
(そんな自分は、殺し‥‥絶対に依頼は成功させます)
そう決意を固める。
(何のために戦うか‥‥それは人それぞれだ)
秋月もまた思っていた。
(俺は、明日を作っていく人達を護る為に戦う)
何故か、普通に生きる者達が日常を作り、子を成し世代を重ね、明日を未来を築くのだと信じているからだ。
総てが終わった後、平和を築くのはそういった者達だろう、と。
男はロープをある程度滑り下りると身を揺らして跳んだ。蒼眼を輝かせ、身を包む蒼い業炎を噴出させ、銃と盾を取り出しながら広場へと降り立つ。
「加勢する!」
声をあげ、雪の広場を蹴り、押され気味な一角へと秋月は飛び込んでゆく。男は五人の軍人達が並んで弾幕を張っている端に加わるとブラッディローズを構え轟音と共に散弾を撃ち放った。二十四発の散弾の雨に、突進して来た半漁人型のキメラが身を穴だらけにして血飛沫を噴出して倒れ、秋月は一歩二歩三歩と戦列より前進して猛連射を加えてゆく。距離を詰めて来ていたキメラ達の身が散弾に薙ぎ払われて次々に爆ぜて倒れてゆき、その屍の奥から魚の身に手足をつけた六匹のキメラが秋月へと向かって口から一斉に弾丸の如くに水の塊を噴出した。一匹三連、六匹で十八連射。
秋月は水弾の嵐に対してプロテクトシールドを翳し盾の紋章を眩く輝かせ『不惑の盾』を発動させた。頑丈な盾と鎧が直撃する水弾を次々に吹き散らす。秋月愁矢、非常に硬い。だが通路を埋め尽くす程に溢れるキメラ達の攻勢は激しい。水が爆ぜ、盾と甲冑を叩き、激震が連続して身を貫く。青年は眼を細めた。
(敵を救いたい‥‥その心は尊いものだと思う)
だが何も知らない民間人と能力者でない者や軍人の命を勝手に賭けてやる事じゃない、と考えた。軍人は共に戦う仲間だと。
(俺は敵を救うよりも味方を護りたい)
思う。
(軍と傭兵の間には溝がある‥‥がその溝を埋める上手い言葉が思いつかないんだ)
水の嵐が猛烈な衝撃を伴って秋月の盾を撃ち、具足に激突して強烈な衝撃を伝える。散弾銃が火を吹き、半漁人達が叫び、魚人兵が水弾を猛射し、道に並ぶ五人の軍兵達の小銃が弾幕を撒き散らしている。銃火に撃たれながらも、女人の上半身と魚の下半身を持つ人魚達が叫び声をあげ、銛に吹雪を宿して突っ込んで来る。
「だから‥‥俺は‥‥!」
秋月は銃を納めソードブレイカーを抜き放った。左から迫る吹雪の銛を盾で受け、右からの銛を三つ叉に別れた短剣で受け、正面からの銛を身を沈めて胸部装甲で受け止める。練力を全開に踏み込んで体当たりするように盾を叩きつけて左の人魚の一体を吹き飛ばし、短剣を振るって銛を跳ね上げ、返す刀で正面の人魚へと斬りつける。血飛沫が舞い、反撃の吹雪の銛が放たれ、男の装甲を凍てつかせてゆく。
(共に戦う仲間を護り‥‥そして民間人を護る)
行動でそれを示そうと思った。
己の手が血にまみれようとも、傷つき、倒れたとしても。
(俺は、それだけの理由でいい)
男は裂帛の気合の声をあげ、三方からの吹雪の銛に突き刺され水弾の嵐を身に受けながらも、盾と短剣を猛然と振るった。
●
(私に特別な力はない。でも、できることがあるなら。行動しないなんて卑怯じゃない)
ラウラはそう思った。
「ここは死守する。逃げ遅れた人達をお願い」
ラウラは秋月が南へ向かった時、広場の西へと駆けつつチェラルらしき女へとそう声をかけた。
「りょーかいー♪」
エースの女は明るい笑顔を見せると、館山、トゥリム、叢雲、ラナと九人の軍兵と、周防、ムーグ、杠葉、キアと相良含める九人の軍兵と共に東の道へと突撃を仕掛けた。元より守備についていた五人も加え、三十三名の能力者達が溢れるキメラを怒涛の勢いで蹴散らし始める。
上空をヘリが旋回し伊佐美は荒れ狂う風を前に乗降口から身を乗り出して超長距離狙撃を発動させ小銃を構えていた。
呼吸を大気に溶き、昂る感情の濁流を、小さく、コンパクトに纏めてゆく。離すのでも離されるのでもなく、ただ、葉先に溜まった雨露が、その重みで落ちるように。機は自然に熟す。的を、敵を射るんじゃない。自分自身と向き合い、問い質す事。繰り返し呟いた言葉。弓道の本質。
「外敵なんてない、戦う相手は常に自分自身のイメージ‥‥」
言葉と共に引き鉄を絞る。天空から唸りをあげて弾丸が飛び、地上のキメラの頭蓋をぶちぬいて撃ち倒した。
「私の前で暴れないでいただけます?」
地上、叢雲が言って、十字架銃を向け榴弾を撃ち放った、爆音が轟き炎が膨れ上がりキメラが吹っ飛んでゆく。相良裕子が榴弾に合わせて弾頭矢を猛連射して爆裂嵐を追加した。キアは影から狙撃し、杠葉は探査の眼で注意を払いつつケルベロス拳銃で猛射してゆく。ムーグは二丁拳銃を構え突撃しナイフで突くかの如く銃を突き出して猛射し、武術の型の如く身を捌きながら敵攻をかわし連射する。トゥリムはクルメタルP‐38拳銃を構えると援護射撃を発動させ突っ込んでゆくメンバーへと仕掛けんとするキメラを撃ってその動きを阻害してゆく。
「今はとにかく、一人でも多く助けねえとな」
苦笑交じりの強気の笑みを浮かべ、館山はエネルギーガンを構え練成強化使用し前衛へと強化をかけていた。その様子は何時もと変わらなかった、表面上は。ラナは強化の援護を受けた両手の爪を振るってキメラを蹴散らしながら先頭を突っ走るチェラルに追走しつつ寄って来る半漁人の銛をかわし同じく強化された雷光爪を叩きつけて斬り裂いてゆく。
女は混戦の中、人類のエースの強さを目に焼きつけようと姿を追った。流石にチェラル・ウィリンは強い。豹のように駆け水弾を爪で切り払って落し、銛を突進しながらかわし、進路上のキメラへと片っ端から爪を叩きつけて吹っ飛ばし、弾丸の如くに突き破ってゆく。
(私には力が必要です‥‥私を捨てた母親を見返す力が‥‥! 彼女はその答えを知っている‥‥?)
駆けゆく女の背を見てラナ・ヴェクサーはそう思った。
東は押し返す、というよりもまさに消し飛ばす勢いで突き進んで行ったが、六名で支えている他の方面は同じ戦場とは思えぬ程に苦しい戦力比であった。
神楽は軍兵達に並ぶと散兵戦列を組んで射撃し弾丸で広場への侵入を阻止せんと猛射していた。しかし、半漁人の鱗は硬く、魚人の水弾射の援護を受けながら次々に突っ込んで来る。
神楽の正面、三匹、突っ込んで来る。
「誰が抜かせるか」
神楽は標的を宣言すると直刀を構えて踏み込んだ。半漁人が両手で銛を構えて踏み込み、閃光の如くに三つ叉の穂先を突き出す。狙いは、喉。
女は斜め前方へと踏み込みながら太刀を振るった。刃が銛の柄に辺り、鈍い手応えが伝わる。かわした。側面を抜けざまに半漁人の脇腹へと引き戻しながら太刀を押し当て、そのまま撫で斬る。赤い色が散った。間髪入れず太刀を振り上げた。練力を全開に落雷の如くに振り降ろす。閃光が走り抜けて半漁人の額に直撃し、叩き割って赤色をぶちまけさせた。半漁人が崩れゆき、その奥から水弾が迫り来た。魚人の攻撃、三連射。同時、視界の端、左右に半漁人が一匹づつ踏み込んで来ている。銛が来る。
地を蹴って後ろに跳ぶ。目の前を鈍い光が交差して貫いてゆく。水弾が身体の脇を掠めて道路に突き刺さってアスファルトを粉砕し、一発が脇腹に直撃し一発が腿に直撃した。身が折れ、左の半漁人が踏み込んで銛を突き出し、右の半漁人が誰かの――恐らく軍兵の――銃撃で蜂の巣にされて倒れた。
太刀で打ち払い、踏み込んで半漁人を盾に奥の魚人からの射線を切る。薙ぎ払いから突きへと繋いで半漁人を首を貫き、そのまま水平に払って掻っ捌き、鮮血に沈める。
連続して迫り来る水弾を回避するとリロードの宣言をし太刀を通路に突き刺しリボルバーに弾丸を込めてゆく。拳銃を魚人へと向け軍兵達と並んで射撃しながら神楽は思う。
(私が守るのは、人類だ)
能力者は、人類を守る為にいる。異星人でも異星人に降った人殺しでもない。
(味方に不和撒いて傭兵の信用を落としてまで救う価値が敵にあるのか? 下らない。考えるまでもない。そんなもの救ってなんになる)
奴らに殺された者になんと言えばいい? 家族を殺された者達に。
私はそんな戯言認めない。
「『助けないなんて酷い奴だ』? 上等よ。私が罵られて、それで一般人が無事で済むなら安いものだわ」
女は水弾をかわすと、突撃して来た半漁人の銛を跳ね上げ、太刀を一閃させて斬り倒した。
広場の西を守備するラウラは無線で逐次状況報告をしつつ、同時にヘリからの動向報告を受け取っていた。その情報を元に先を読み人員の調節を依頼し、また援護をする。
東はすっかり片付いたので警戒は向けつつもレイヴル等は西南北へと割り振られていた。
ラウラは西の守備線の前列に出ると盾構えエネガンで光線を飛ばしてキメラを撃ち抜き、練成治療で自身含めメンバーの傷を癒しながら思った。
――能力者の命が貴重な訳じゃない。
私達が倒れたら大勢死ぬ事になる、と。
理不尽な死を打ち払ってこそ、この力に意味がある。
「例え死んでも食らい付くわよ」
地獄を見るのも死ぬのも、私達だけでいい、そう思う。こんな思いは限られた人間だけがすればいいと。
復讐に駆られ自ら欲した力で、大切なものを壊し自身の心も壊れた。
過去の幻に守られなければ、大切な人の亡霊に縋らなければ生きられない。
だから、今を生きる人達には笑顔でいて欲しい、とラウラは思う。
(私が人である意味を確かめる為に)
辛くても諦めないで、とラウラは言う。
諦めない人が先へ進めるのだと。
一息、次の一息、繋げばいいと。
進まなければ、これまでが無駄になるから。
●
包囲を突き破った後、叢雲は無線で連絡を取り合いながら要救助者の確保を行う為に街を跳び回っていた。
隠密潜行を発動させ傾斜のきつい屋根から屋根へと砂錐の爪を引っ掛けながら飛び移ってゆく。通りをうろついているキメラの集まりを発見すれば屋根の上から十字架銃で撃ち降ろして撃破していった。屋根を渡って移動と射撃を繰り返していると不意に泣き声が聞こえてきた。目星をつけて窓を破って部屋内へと侵入する。逃げ遅れていた母子が抱き合って震えていた。
救助に来た旨を告げ、軍へと要救助者連絡を入れる。空からヘリが回された。叢雲は母子を抱えてロープに捕まり引き上げられてゆく。
キメラが集まって来る。中には水弾を放つキメラも視えた。射程に捉えられと不味い。伊佐美が乗降口から身を乗り出した。
「このクソ寒ィのに、はしゃぎ過ぎだぜ、魚介類」
貫通弾が装填された小銃が唸り弾丸が天空から降り注がれてキメラ達が撃ち倒されてゆく。ヘリ内へと辿りついた叢雲は要救助者を預けると、再び地上へと降り立ち探索を再開する。
「‥‥さすがに、街は広いですねぇ」
冷たい大気を感じながら銀雪の街を眺め、そう思った。
他方対強化人間班と別れたチェラル隊はキメラの討伐を進めながら街を駆けていた。死体ばかりが転がっていたが、しかし中には生存者も居た。
「大丈夫ですか?」
トゥリムは軍兵達と共に瓦礫を除去し、息を潜めていた市民を救助し救急セットで治療を施してゆく。市民は重傷を負い、また酷く脅えていたが、手当の甲斐もあり一命は取り留めそうであった。他メンバーが周囲の捜索を進め範囲内からまた何人かが救出されると人数がまとめられ、隊はそれを守りながら広場のシェルターまで後退を開始する。
その時、ラナはチェラルへと問いかけた。どう力をつけたのかと。チェラルは能力者になって戦っていたら力がついた、と言った。天才なのか、若しくは修羅場を山ほど潜りぬけて来たのか、いずれかだろう。
ラナは後退には参加せず、無線で対強化人間班の状況を確認せんとした。
●
他方、少し前、街中を高速で移動中の強化人間達を止めるべく、キメラを蹴散らして十四人の能力者が街を駆けていた。
ヘリの案内によりその距離が近くなると能力者達は道沿いの建物の陰に散った。周防誠が唯一人道をそのまま進み駆けて来る強化人間達の前へと姿を現す。
強化人間達は周防の姿を確認すると即座に武器を振るった。三十数発の音速波が唸りをあげて周防へと襲いかかり男はそれを回避し、避けきれぬ分に滅多打ちにされながらも、かろうじて意識を保って銃口を向けながら叫んだ。
「大局は決してる。逃げるなら容赦しない。だから今この場で投降しろ。自爆装置の問題もあるからこの先まで確約できないが、少なくともこの場の命は保証してやれる」
「なにぃ‥‥?!」
頭巾の大女が片手をあげ、強化人間達が動きを止めた。
「確かに、あんた一人って訳じゃないようだね? 大局は決しているっていうのは、認めるよ――」
大女が周囲を一瞥してからそんな事を話し始めた。
その少し前、周防が投降の最中に同時にキアが言っていた。
「‥‥強化人間を不意打ちします」
「それは」
兵士の一人が声をあげ、少しの間を置いてから相良裕子は言った。
「キアさん、待って、今は撃ってはいけない」
キアは鋭角狙撃を発動すると周防へと視線をやっているうち装甲の薄い強化人間の喉へと狙いをつけ引き鉄を絞った。
銃声が轟き、弾丸が強化人間の喉を貫通した。見事に不意打ちが決まった。勧告中に人類側から撃たれるとは思っていなかったらしい。喉を抑えて強化人間が倒れる。必殺の一撃。相良裕子は即座に総攻撃の合図を出し、自身も弾頭矢を猛射した。十三名の能力者がクロスレンジで射撃を開始し大爆発が巻き起こってゆく。
「やっ、て、くれる、じゃ、ないか、ニンゲンどもぉ!」
大女が叫び、次の瞬間、銃弾の嵐を受けて吹っ飛んで転がった。
射撃の嵐が通り抜けた後、立っている強化人間は誰もおらず、皆血の海に沈んでいた。不意打ち三方包囲交差射撃十三対五。勝負は一瞬でついた。
銃火が荒れ狂った後の静寂。
ムーグは友軍に自爆を警戒故の別戦域、作戦行動移行を依頼した。軍兵達はそれに従った――というよりは元よりそのつもりだったのだろう、傭兵達が残るなら残し、自ら達だけで即座にキメラ討伐と市民救助へと向かった。基本、一秒とて無駄にしない。
周防誠は立ちつくし、それにキア・ブロッサムの声が響いた。
「‥‥結果無力化なら‥‥同じ、かな」
男が視線を向けると、女は冷めた視線を向けていた。
「助けられるかなんて‥‥貴方の自己満足を満たす対価‥‥頂いていません」
意思を見せたいなら使役者になれ、と言外に女は言った。金でも地位でも良い。
「もし貴方が‥‥使う側になりましたら‥‥協力しますけれど、ね」
キアは皮肉を込めた笑みを向け言った。
「上に立つ方‥‥そうやって叶えているとは思いません‥‥?」
「――正論ですね」
周防は言った。
「ただ、そうすることで置かれた状況に変化が起きます。それにより見えなくなるものもあると思うんです」
「見えなくなるもの、ね‥‥」
キアは呟き、周防は次の戦場へ向かった。
ムーグはそのやりとりを横に、倒した敵に後ろ髪をひかれていた。
この結末に思う所がないわけではないが、それよりも。死への歩みの意味は、人によって異なると思う。ただ、ムーグは自分が殺した戦士の魂は、その地に刻んで、見送りたかった。
だから――と、ムーグはここに残る事を告げ、キアはそれを快諾した。
徹底した成果主義者であるキアの言葉は意外ではあったが、ムーグにはそれ故信用できた。
「‥‥アリガトウ、ゴザイ、マス」
対価はいずれ、と笑みと頷きで言葉を返した。
「‥‥遣り残しあるのでしたら‥‥貴方も残ります?」
キアはふと杠葉へと問い、男は頷いた。杠葉にとって遣り残しは無かったが、ムーグを一人残すことに不安を覚えていた。キアの視線が己の銃へと注がれているのを感じ、男は言った。
「いいだろう、お前の要求を呑もう。対価は好きにするといい」
言って拳銃を渡した。キアは少し呆れ気味に、
「貴方達‥‥何の為に‥‥」
働くの、と言い掛けて黙った。理解も納得もできないと解るから、であった。
キアが去り、ムーグは既に物言わぬ骸へと近づき杠葉は傍らに立って周囲を警戒した。
強化人間の最期に感慨は無いが、ムーグが敵の策略に嵌らないよう。彼の死にゆく者への想いが、穢されぬよう。
そんな事を思う自分に、自嘲の笑みが浮かんだ。
ムーグは思った。
自爆も、一つの終わりとしては正しいとも思うが。
自爆が意味無いのなら。最後に少し、話し相手になりませんか。
”貴方”の話を。
ムーグは視線を向けた。
骸達はただそこにあった。
手動の自爆装置であるなら、ボタンを押す者がいなければ発動しない。
「‥‥オヤスミ、ナサイ」
声が響いた。
●
敵性勢力があらかた討ち取られた後、館山は偵察と称して隊を離れ、路地の間へと入りこんでいた。
周囲に人気が無い事を確認し、立ち止まる。
男は拳を握りしめた。怒りの為だ。顔は決して人前では見せぬ表情、憤怒に歪んでいる。
拳を横薙ぎに壁に叩きつける。鈍い音が鳴り響いた。
「何を‥‥やっているんだ、俺は‥‥!!」
歯軋りしながら言葉を洩らす。
「守ることも救うことも出来ず、状況だけ悪くして。あげくに多くの味方に無茶を強要させて傷付けさせて。軍との関係が悪くして傭兵の統制崩して連中の希望潰して‥‥!
選択に後悔は無い?! ああ無えよ! けどなだったら何であんな結果を招いた! 何で気付けなかった! 何で支えてやれなかった! 何で!」
男は堪えていたものを吐き出すが如く自分への怒りと己の無力を呟き続けた。
「どこまで‥‥役立たずなんだテメエは!!」
空を見上げる。
雪の街は紅に染まっていた。
赤い街も、白い雪も、何もかもを紅に染めて覆いか隠してゆく。
男は今だけは誰も来ないでくれ、と祈った。
誰にもこんな姿は、情け無い姿は見せたくない。
だから今だけは、一人にさせてくれ、と。
●
他方、
(見えなくなる物‥‥ねえ‥‥)
ムーグと杠葉の行動に周防の言葉が重なっていた。
「私は‥‥見える物が好き、かな」
キアは拳銃に口付けて自嘲した。
「――見える物、ですか。お願いするだけじゃ不足っていうのは、まぁ至極ごもっともだと思いますよ」
不意に声が響いた。キアが視線をやると紅に染まる建物の陰から長い影を引いて黒外套に身を包んだ男が出て来た。無駄に爽やかな笑みを浮かべている。
「ただそれが不服なら周防さんが提案した時点で反対するなり報酬を要求するべきだったかと。契約は貸しでも借りでも成立しますからね」
「‥‥レイヴル大尉」
「キアさん、味方に安心して背中を任せられるというのはとても大事なことです。それが失われると効率が悪い。互いに騙し作戦潰し合ってる隊なんて雑魚でしょう。信用は効率を助け故に財産であり武器です。それを焼き払う存在は隊にとって不利益。ここは傭兵隊で俺は傭兵隊長です。この世には騙し討ちが存在します。最悪は避けた。故に一つ評価します。しかし、それが平然と罷り通るようになると困るんですよ、故に、警告も一つ。キアさんが何を守り示したかったのか、根底の部分までは俺には解りません。ただ、味方を潰す形で出し抜くのは、少なくとも軍兵の眼がある所では避けていただけると助かります。流れ弾とか、キアさんもお嫌いでしょう?」
上空、伊佐美は雪の街をヘリから街を見下ろしていた。
呟く。
「どんな強ェ武器も高性能な機械も、自らは判断しねぇ。‥‥いつだって、決めるのはテメェ自身だ。ただの概念に過ぎない正義なんざ、クソだ。何の意味もねぇ」
女は言った。
「テメェでクソしたケツを拭けるかってことが、大事なんだよ」
ヘリが雪の街へと降下してゆく。
西からの夕陽が輝き、海と街と銀雪の大地を紅の色に染めていた。
了