●リプレイ本文
別府基地、ブリーフィングルーム。
「悪い、中佐。摩天楼乗りの宿命でな‥‥俺は空戦じゃ常のようにいかねぇ」
ブリーフィングの途中、宗太郎=シルエイト(
ga4261)がそんな事を言った。
「‥‥そういえば、空ではあまり聞かんな?」
ふとシルエイトへと視線をやって不破真治が言った。
その視線に何かを感じたか、
「いや大丈夫だって! 依頼分の働きはできるって!」
慌てたように男は腕をふった。
「ふむ、ではその言葉を信じよう。頼んだぞ」
「応」
ドンっと拳で胸を叩いてシルエイト。今となってはなんだかんだで百戦錬磨の押しも押されもせぬベテランである。凡百の相手に遅れは取るまい。
ブリーフィングが続く。
「――なるほど、迎撃してきたキメラ群を駆逐するのがユーリー立ちの役目ですね」
不破からの説明を受けて十四歳程度に見える少女が言った。ユーリー・ミリオン(
gc6691)が言った。こちらは今年の頭に傭兵になった。幾つかの戦いを経て新人独特の雰囲気を脱しつつある。
「HW等の有人機ではない分、駆け引きに気を使わずに済むのですが、大量であるが故に囲まれる事も念頭に置き、出来うる限り消耗を回避した上で次に繋げる様にしたいですね」
ユーリーは不破を見やって言う。中佐は頷くと、
「そうだな、上手く引っ張って振り回してやるのが良い。キメラは超生物だが機動性はマッハ6を使える俺達の方が上だ」
そんな事を言った。
ユーリーは基本方針と共通事項を確認すると個々の戦術行動の意識のすり合わせを行っておく。
銀髪の傭兵が言った。
「この地域にいた大物バグアはほとんどが墜ちて、残りは残党のみ」
リン=アスターナ(
ga4615)である。
「気を抜いてはいけないけれど、後は破竹の勢いで連中を九州から叩き出してやるまでよ」
女の言葉に不破が頷く。
「ああ、九州全土を、奪還するんだ」
その言葉には常よりも熱が籠っているようにリンには感じられた。
「ええ、私たちは最後に残った有象無象どもの掃除、しっかりとやらなくちゃね」
言葉を返しつつふと思い出す。
(‥‥九州との縁ができたのは三年前、か)
まだ冬の気配が残る兜ヶ崎からだった。狂科学者ヴァイナモイネンが生み出したキメラの襲撃を退け兜ヶ崎の人々を避難させたのが始まり。それから対馬方面で何度か戦い、去年から本格的に始まった九州解放作戦に身を投じて――気がつけば三年弱。九州戦線の秋にはヴァイナモイネンを倒し、避難していた人々を兜ヶ崎に戻すことにも成功した。
(三年って月日は長かったような気もするし、あっという間だった気もするわね‥‥)
思う。
(私にとってこの地での戦いは得るものが大きかった‥‥と言うのは不謹慎かしら?)
打ち合わせを続ける戦隊員達を眺めつつリンはそんな事を呟いた。
やがて作戦がまとまり、人々が部屋から通路へと出てハンガーへと駆けてゆく。
勇姫 凛(
ga5063)は走る者達のうち隣を行く一人の横顔を見た。茶色の髪に黄金の瞳、躍動する体躯はしなやかだ、チェラル・ウィリン。少しだけ緊張しているように勇姫には見えた。
勇姫も少し緊張していた。それは恐らくチェラルとは別の理由だろうが――小箱を、肌身離さず持ち歩いていた。それを、渡して言葉をかける瞬間への胸の高鳴りと緊張は今はまだ隠して、
「チェラル、今回もまた一緒に頑張ろうね!」
勇姫は隣を走るチェラルに笑ってそう言った。片手を伸ばす。チェラルが振り向いた。瞳を少し大きくし、それから微笑した。チェラルが片手を伸ばす。ぱちんと、乾いた音を立てて手と手が合わさった。
「うん、頑張ろうね!」
黄金の瞳の女は勇姫へとそう言って笑った。
(九州、か)
アレックス(
gb3735)は通路を駆けながら思っていた。
彼が九州に主に関わったのは、ダム・ダルやルウェリンが来てからだが、歩兵に、機体に、戦ってきた。
思えば、生身で銃器を所持するようになったのも九州戦線からだったし、KVによく乗る事になったのもこの地からだった。
(――そういう意味では、グリーンランドに次いで自分の傭兵生活での主戦場だったのかも知れない)
アレックスにとって獅子座の腹心や獅子座との戦いは、機体に乗り始めてから初の「エース」という存在との戦いだった。味方のエース達との共闘も果たした。
思う。ULTには公式にエース認定規定が存在しない。UPCではどうなのか分からないが、傭兵とは違うだろう、と。
薄暗い通路を抜け、ハンガーへと到着する。エンジンが温められた各々の乗機がそこには鎮座していた。愛機であるGFA‐01S2‐カストルへと駆け寄る。焔の紋様が塗装された濃紺色の機体。
――だったら、『エース』とは何なのか。
機体に乗り込んでゆく不破真治やチェラル・ウィリン、相良裕子等へと視線をやりつつ胸中で呟く。
青年は元々乗機がエースパイロット用という謂われな機体の為、エースという単語にある種のコンプレックスを抱いているのを自覚していた。
(‥‥なれるモンなら、なりたいよな。誰にでも認められるような『エース』ってのに、さ)
愛機に乗り込み、機器を操作する。風防を締めて、操縦桿を握った。
前進する。
開かれたシャッターからハンガーを潜り滑走路へと乗り出す。兵士が手足を使って身振りで合図した。発進を許可する。
滑走路に進み出た複数のKVのエンジンに紅蓮の火が入った。スロットルを開いて加速してゆく。
(今までの戦いの中で、敬意を持てる敵に会えたのは二回目)
夢守 ルキア(
gb9436)は速度を増してゆく愛機の中から広々と長く伸びた滑走路と、そして初夏の光に満ちた空を見つめていた。
(一人目は、養父、二人目は、ダム君)
思う。
真実と嘘の混在した、ケド、ソンザイか非ソンザイかで分けてしまえる。
0か1か、光か影か、存在か非ソンザイか。
ヒカリが薄れれば、影になるから、二つは同じ。
(だから、私のセカイは眩しすぎて見えない、光の色)
ブロンドの少女は太陽のアスタリスクに瞳を細める。
――私は、ルキアだから。
浮いた。
F‐201D、R‐01E、Mk.4D、GFA‐01S2、H‐223B、DH‐201A‥‥etc、戦隊に所属する三十を超えるKV達が、火と風を爆ぜる音を轟かせながら、次々と青空へと飛翔してゆく。
「皆、非ソンザイになっちゃったケド、私はキオク、そしてキロクしてる」
ソラに呟く。
戦いのタメに戦うの、生きるタメ、もしかしたら戦いのタメにいきるのかもね。
何度でも戦いたい、終わらせたくて終わりにしたくない。
「キオクする、キロクする、この戦いが私の中で永遠になるように。私が死ぬその時まで」
鋼の翼が爆風を巻き起こして大気を切り裂いて飛んでゆく。
――期限付きの永遠を、作るんだ。きっとそうすれば、色褪せないから。
青天に太陽が強く燃えている。
二千十一年の六月、季節は夏に突入した頃だった。
●
九州、春日基地へと至る空。青を埋め尽くす程の夥しい数の影が出現した。妖精、大蜻蛉、蝙蝠、そして巨大な色とりどりの飛竜達。数百を数える飛行キメラの群れだ。
リンは思った。今日、九州で戦って来た人々の、一つの闘いが終わるのだと。
『不破中佐にチェラル、裕子‥‥トリを飾る一戦にふさわしい‥‥いや、勿体無いくらいのメンバーと飛べるのは光栄だわ』
『私達の手で、幕を引けるって言うのはシアワセだと思うよ』
ルキアが答えて言った。
『カーテンコールを鳴らすんだよ』
相良裕子はそんな事を言った。
『行こう皆、終わらせに、九州のこの空を人類の手に掴む為に』
無線から中佐の声が響いた。
勇姫は思う。掴みたいものがある。
いつも一緒にいられるわけじゃない。
それに勇姫の実力ではどうしても追い掛けられない依頼や任務もある。この前の北九州市の空戦任務がそうだった。
(‥‥でも、だから、凛は凛のできる形で、きちんとチェラルを幸せにしたい)
呟く。
『この戦いに必ず勝利して、九州の平和を取り戻す‥‥そして、凛達も新しい一歩を』
『凛君?』
チェラルの声が聞こえた。
『え、いや、行こう、チェラル!』
『ん、了解〜♪』
今回は両機で連携して戦うらしい。
様々な人の想いを乗せて、風に焔が舞う。
中佐は言った。
『状況を開始、交戦を許可する』
春日の空で、三十数機のKVと数百を数える夥しい数のキメラの群れが激突した。
●
ルキア機、高空に舞っている。アルゴスシステムを起動し敵味方の入力、位置把握に努めている。戦力の密度の具合を無線に流した。
『数だけは多いんだよなぁ‥‥まぁ、楽でいいんだけどよ』
シルエイトが呟いた。それにロッテを組むアレックスが言う。
『久々に組むんだ、派手にやろうぜ!』
『おお!』
二機からポッドミサイルとAAMが放たれ空に爆炎の華を咲かせてゆく。
紺と炎のGFA‐01S2が機銃を射撃しながら突撃して剣翼を閃かせ、その後方よりF‐201Dが誘導弾を連射してキメラを爆砕してゆく。
(短時間で撃墜数を多く狙いつつ、かつ、大物もがっつりいただきたい所だよな!)
アレックスは機体を翻しつつ胸中で呟いた。
リン機R‐01EはKA‐01よりエネルギー砲を撃ち放ち、バルカンを猛射して小型キメラを薙ぎ払った。それに合わせて相良機や不破機もまたK‐02誘導弾をばらまいて爆裂の嵐を巻き起こして消し飛ばしてゆく。
勇姫機もまたチェラル機と共にAAEMで仕掛けてキメラの群れへとエネルギー爆発を炸裂させて叩き落とす。
ユーリー機はガトリング砲より弾丸の嵐を解き放ち、小型キメラの群れ薙ぎ払ってゆく。
「未だ『雄大なる大鷲』と名乗るのには未熟者なのですが、こなす過程の行く先においてそう胸を張れるようなれたら良いですね」
迫り来る黄金竜の瞳を狙ってライフルを撃ち込む。それに合わせてシルエイト機とアレックス機が機銃を猛射しながら突っ込んだ。
「‥‥チマチマ射撃ばっかは、やっぱ性に合わねぇ、なっ!」
シルエイト機は赤輝を纏い力場を出現させると空中で変形しつつ、ドラゴンからの雷撃を槍を前に翳し突き破って飛ぶ。
アレックス機がブーストを発動して加速し剣翼で竜を切り裂き、シルエイト機の槍が追撃に入ってその胴体をぶち抜いた。
機体と竜が錐揉みながら落下してゆき、途中でシルエイト機が槍を引き抜いて離れ再び飛行形態へ復帰して飛んでゆく。竜はそのまま落ちていった。
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――キメラの数は多かったが、その質はまばらで、また全体的に低く、傭兵達を含む不破空戦隊はキメラの群れを粉砕し春日基地上空の制空権を確保した。
地上でも軍は優勢に展開しやがて基地は陥落した。勝利だ。
無線から歓声が上がる中、リンは愛機のコクピット内より地上を見下ろしていた。
(解放の後には、この地には復興という新たな戦いが待ち受けている――そして日本国内からバグアを一掃する戦いも。その一助になれるのなら‥‥微力を尽くしたいわね)
胸中で呟き、操縦桿を切る。翼がバンクしR‐01Eが横に流れて行った。
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戦後、基地の片隅。
二人の男女が向き合っていた。勇姫とチェラルである。青年は小箱を取り出すとチェラルへと渡した。チェラルが受け取って開けてみると、中には指輪が入っていた。
目を少し見開いたチェラルへと勇姫は顔を真っ赤にしつつも真剣に見つめて言った。
「ずっと、考えていたんだ、もっと幸せに出来る方法‥‥凛、絶対チェラルを幸せにする、だから凛と一緒になって欲しい」
その言葉にチェラルはすぐには答えなかった。
流石に、考える事は、色々あるのだろう。だが、少しの間の後に笑顔をみせると言った。
「――うん、ボクで良ければ、喜んで。きっと色々大変な事もあると思うけれど‥‥凛君となら、上手くやっていけると思うんだ」
初夏の夕暮れ、一つになった影が長く伸びていた。
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「‥‥あぁ、そういえば」
基地にある施設の屋上、シエルイトはなんとはなしに地上を眺めていたが、不意に振り向くとニヤと笑いを不破へと向けて言った。
「櫻は彼氏の一人でも連れてきたか? イイ女になってたもんなぁ」
「彼氏?」
「そう、彼氏」
「‥‥子供子供と思っていたが、もうそんな年頃か」
珍しく煙草を一本吸っていた不破が仏頂面でそんな事を言った。
「連れて来てはいないが、もしも妙な野郎連れて来たら叩き直してやる」
その言葉にシルエイトは声をあげて笑った。
「まぁ、あれだな」
「なんだ」
「長いっちゃ、長かったな」
三年以上、過ぎた。初めに会った時は少女というより、子供だった。色々あった。
「ダチも何人か死んだし、俺も結構な数のバグアを屠った」
フェンスに背を預けて空を見上げる。
「そうだな――皆、随分と戦い続けてきたものだ」
中佐は頷いてそう言った。
「‥‥正直な、たまに立ち止まりたくなる時がある」
シルエイトが呟いた。不破が無言で視線を向けて来た。
「戦うのが嫌ってわけじゃねぇ。ただ‥‥守りたい奴、場所、矜持‥‥求めるモノがこの手を簡単にすり抜ける」
男は掌へと視線を落とし、手を開いてそして握った。
「あの感覚は、いつになっても慣れねぇ‥‥」
日暮れの虫の音が響いている。
「なぁ、真治。俺は戦えてたか? あんたらの力になれてるか?」
男はすぐに首を振った。
「‥‥いや、忘れてくれ。ガラにも無ぇこと言っちまった」
言って、歩き出す。
「――御前の槍は頼りになったよ」
背に声を投げられた。男の足が止まる。
「御前はバグアと戦い、多くを倒し、守れなかったものもあっただろうが、しかし、多くを守った。それが、事実だろう」
シルエイトは少しの間止まっていたが、答えるように片手をあげると、そのまま振り返らずに歩いて行った。
かくて春日基地は陥落し九州を巡る戦いは、一つの終わりを迎えた。地上では喜びの声が多くあがっていた。解放である。
しかし、九州は奪還されたが、地球上では、また日本でも、バグアの勢力は依然として強大である。
「戦火の空は未だ止まず、現況はユーリーが望むものでないですが‥・何れ本当の望みを得る為にやるべき事をします」
ユーリー・ミリオンはそう呟き、また次の戦いの場へと向かって行った。
了