●リプレイ本文
翠の海を望む島。そこにある港街より補給物資を運ぶ部隊が出発ようとしていた。
「うーん、これは雨かな? まずいな。ここでは土砂降りのスコールかも。銃器で狙いが付きにくいぞ」
出発前、天気予報のラジオに耳を傾けながらリチャード・ガーランド(
ga1631)が言う。
「雨か、この辺りじゃ多いからな。もしかしたら一雨くるかもしれん。防雨装備を持っていくか」
とUPCの兵士。一同は雨具などの防雨装備を港にある軍施設で調達する。
「‥‥孔明の罠が‥‥待ち構えてそう‥‥南国だけど」
クロード(
ga0179)が車輛に荷物を積み込みながら言った。
「孔明の罠?」
諸葛孔明、中国は三国時代の伝説的軍師である。
「‥‥林道を通る相手に‥‥奇襲を仕掛け‥‥分断して潰す‥‥火攻のオマケがついたら‥‥軍師の罠」
その言葉にリチャード少年は笑い声をあげ、
「なるほどね、セオリーだ。でも、俺達の相手は軍師様じゃなくて猿さ。幸か不幸か雨が降るっていうし、火攻めの心配はないんじゃない?」
「ん‥‥」
こくりと頷くクロード。
「リチャードは、運転、出来る‥‥?」
「一応、することだけは出来る。ただ、あまり当てにしないで。無免許だから運転変わる状況だけは勘弁だぜ。あなたは?」
「私は‥‥一応‥‥免許持ってます‥‥取り立てですけど」
とクロード。
「しかし猿か‥‥戦わずに済むならそれが一番良いんだが‥‥」
伊河 凛(
ga3175)が独りごちるように言った。
「出るのは電気を発する怪力の大猿、でしたっけ?」
沖 良秋(
ga3423)がUPCの兵士に問う。
「ああ、化け物だよ。もう何人も仲間がやられてる」
鎮痛な面持ちで兵士は言った。
「コレで対抗できると良いんですけれど‥‥」
ショットガンを見せて沖は言う。
「それはあんたの腕次第だな。頼むぜニーチャン」
兵士はどんと沖の背中を叩いていった。
ははは、と沖は苦笑する。
「大切な物資を届けてくる補給車のみんなが居なかったら戦い続けられないもんね。この依頼責任重大だね」
香倶夜(
ga5126)が所感を述べた。
兵士はそれに頷くと、
「ああ、腹が減っては戦は出来ぬってな。弾切れになった銃なんて良くハンマー代わりにしかならん」
だから前線の物資が枯渇する前になんとしても送り届けなければならないと言う。
「今回の行程で特に警戒すべき地点などはありますか?」
オリガ(
ga4562)が兵士に問いかけた。
「そうさなぁ、やっぱり電撃猿の出る林道のところが一番危ないな。補給作戦が失敗する時は、皆そこだ」
「電撃猿って電撃を放ってきたりするんですか?」
蒼羅 玲(
ga1092)が兵士に問う。
「いいや『電撃を纏ってくる』だな。奴等には飛び道具はない。格闘だけだ。電撃を宿した爪で殴りつけてくる。単純だが、トラックさえ吹っ飛ばす化け物だよ」
「敵戦力は電撃と怪力が自慢の大猿――それじゃ、遭遇を避けつつ移動し、遭遇すれば撤退しながら応戦か撃破かは適時判断って事で良いかな?」
リチャードが言う。十歳児らしくない物言いに兵士は少し驚いた様子で、
「さすがに能力者としてこんな所までやってくるだけあるんだな。方針は概ねそんな感じだ」
一行は装備を積み終えると、
「準備はこんなもんで良いか? そろそろ時刻だ。出発しよう」
それぞれ車両へと乗り込んで、前線へと続く道へと乗り出した。
●豪雨の中で
港を出発してから一日目は雲一つ無い快晴で一行は順調に進んだ。青い青い空の元、緑ゆたかな土の道を装甲車とトラックがゆく。やがて真赤に燃える日が沈み、一同は寂れている村落にて宿を取り一晩を明かした。
翌朝、再び基地へと向けて出発する。二日目の午前中も晴れだった。しかし昼を過ぎた頃から急速に空模様が悪化し始めた。件の林道に入った頃には、空からは土砂のような雨が降り注いできていた。
そんな中にあっても烏莉(
ga3160)は周囲へと鋭く視線を走らせていた。他の一同も同様だ。雨に辟易としつつも警戒を怠らない。沖は初め双眼鏡を用いて索敵していたが、雨により使い物にならなくなったのでゴーグルを装着してのそれに切り替えている。
先頭を行く装甲車にはリチャード、玲、オリガ、香倶夜が乗り込んでいる。間に輸送トラックを挟んでもう一台装甲車があり、それにはクロード、伊河、沖、烏莉の四名が乗っていた。
「雨で地面がぬかるんでますから安全運転でお願いしますね。でも急いでください。早く抜けてしまいたい」
オリガが運転手であるUPC兵に言った。
「そりゃあ相反する事象、矛盾って奴だ、無茶言いなさんな」
苦笑しながら壮年の男が言う。
「しかしながら任務なんてのはいつも矛盾を秘めていて、俺達はそれを埋める為に知恵を絞らなけりゃならん。オーケイ、了解したよ。出来る限りはやるさ」
兵士はそんな答を返して、気持ち速度をあげた。
何時間を進んだのだろう。雨でぬかるんだ道の為、遅々とした速度でしか進めない。この辺りの気候は暖かい為、北方のそれほど堪えるわけではないが、やはり冷たいものは冷たい。視界も悪い。こんな状況下で長時間神経を張り詰め続けるのはキツイものがあった。一同の神経が限界点に達しようかという頃、それはやってきた。待ち伏せしていたのだ。
最初に気付いたのは伊河凛だった。「猿か‥‥何も地面にいると限った訳じゃないかもな」そう呟いていた彼は頭上への警戒も怠っていなかったからだ。しかし惜しいかな、彼が乗っていたのは先頭の車両ではなく後方の車両だった。
土砂降りの雨の中を先導する装甲車、その遥か頭上より巨大な影が降ってきた。それは、木から、飛び降りたのだ。
「先頭! 上だッ!」
伊河が飛来する影を発見し無線に向かって叫ぶ。しかし間に合わない。巨大な影は遮られる物なく先頭をゆく装甲車のボンネットを爆砕して降り立つ。電撃を宿した巨大な猿だ。耳をつんざく咆哮をあげた。先頭車両の傭兵達は即座に覚醒し、狭い車内においても銃口と切っ先を雷猿へと向ける。しかし、眼前の猿の咆哮を受けて運転手が急ブレーキを踏んだ。装甲車が蛇行し激しく揺れる。先頭車輛が減速したのに対しトラックが止まりきれずに追突する。後部装甲車はなんとか止まった。
四方の林の陰から猿達が飛びだしてくる。ボンネットの上の猿が運転手へと向かって爪を振り上げ、振り下ろす。UPC兵の頭部が吹っ飛――ぶ寸前に蒼羅玲がショットガンで猿の腕を吹っ飛ばした。
少女は銃口を猿の顔面へと向けると腹に響く銃声を轟かせながら散弾をまき散らし猿と車上から叩き落とす。
既に傭兵達は全員立ち上がっていた。
「敵襲! スコールでぬかるんでいるので足元を注意!」
リチャードは地に落ちた電撃猿へ電波増幅をかけたエネルギーガンを連射してトドメを刺しつつ言った。
オリガは後方のトラックへと迫る猿の脚を狙って撃ち抜いた。倒れたところを香倶夜が銃撃してこの世からの別れを告げさせる。、
(「大地の震動‥‥空気の流れ‥‥意識を集中し、五感を研ぎ澄まし、周囲を読み取れば」)
だが周囲は豪雨だ。気配を掴むのは至難である。
「‥‥情報量が多すぎるか、ならば!」
クロードは無理に地面に踏ん張らず、滑る様に動いた。雷猿が振り下ろす爪がこちらに届くよりも前に、鋭い突きを繰り出して心臓部を貫き通す。月詠を引き抜くと血飛沫が飛んだ。
伊河はロザリオで電撃をかわそうかと考えたが、電撃が飛び道具でないのならそれが効果的に働くことはないだろう。そう判断して下車し、猿達の注意を惹くように豪雨の中を駆け回りながら月詠を振るう。飛びかかってきた大猿の爪を刀で受け流し、切り返して叩き斬る。
「邪魔な猿はコレで良い子にして上げましょう、ね‥‥AI君」
沖は伊河の背後より襲いかかろうとしていた電撃猿へと向け練力を全開にした散弾をまき散らし近寄らせない。そこへ烏莉は静かに狙いを定め、鋭角狙撃を用いて猿の眉間を撃ち抜いた。ヘッドショット、流石にここに決まれば一撃必殺だ。猿がもんどりを打って倒れる。
今回の護衛は手練が多い。奇襲をかけても一人も倒せぬどころか逆に倒されるようでは、猿達に勝ち目はない。
早々にその事を悟ったか。電撃猿達は吠え声を一つあげると林の中へと逃げ去って行った。
●戦い終わって
雨の中、車を修理するのは中々骨が折れたが、修理不可能になるまで破壊されていた訳ではなかった。なんとか走行出来るようにすると一行は再び基地へと目指して出発した。
ようやく雨も止んで、晴れ間が見えだした頃に香倶夜が言った。
「補給路の確保の重要性を鑑みて、その不安材料たるキメラの跋扈は早期に解決すべき問題と考えます。早期の掃討作戦の実施を提案させて頂きます」
その言葉に運転手は頷くと、
「そいつは上の連中だって解ってはいるだろう。だが、金のなる木はないし、泉の底から兵士達が沸いて出てくる訳でもない。しかし――」
一つ息をつくと、
「それを踏まえても、なんとかして欲しいもんだ、これは」
俺からも進言しとく、と壮年の兵士は言った。
陽の光に煌く道を装甲車と補給車は進み、三日目の夕方に無事基地へと辿り着いたのだった。