●リプレイ本文
東南アジアの緑の海、青い空、輝く太陽。飛沫をあげて波を割り鉄鋼艇が進んでゆく。
「‥‥青い空‥‥白い雲‥‥押し寄せる波‥‥南国成分満載?」
甲板で強風に乱れる黒髪を抑えながら長身の女剣士クロード(
ga0179) が呟いた。そう、ここはまさに南国。
「どんな航路になるのかな。戦いが続いてたから、安全なお仕事なら旅行みたいで楽しみ」
水色の髪と瞳の少女、水理 和奏(
ga1500)がえへへと笑う。依頼人の雰囲気が少し妙であったのが気にはなるが、事前の説明ではさほど危険は無いという話である。万が一の万が一で横槍を入れてくる連中がいるかもしれない、という事ではあったが、まぁ多分大丈夫だろう。
「うっひょー、どっからでもかかってこーい!」
小麦色の肌の少年白鴉(
ga1240)が元気一杯な様子で両手を海に向かって高々と振り上げた。かなりはしゃぎ気味である。
白鴉曰く「謎の手紙を運ぶ配達人‥‥かっこいい!」という事でかなりテンションが高くなっているのだ。
と、そこへ水を差すように陰気な声が滑り込んできた。
「‥‥遊びじゃないんだ。頼んますよ傭兵の皆さんがた」
日差しがキツイ中にあっても荘家の乗組員であるその男は黒のスーツにサングラスといった格好だった。黒服は、白鴉達にそう言い残すと、赤いリボンの巻かれたアタッシュケースを抱きかかえて――ご丁寧に手首とケースを手錠で繋いでいる――船内への扉を開いて消えていった。
その様子に顔を見合わせる白鴉と水理。
「‥‥東南アジア‥‥黒服‥‥裏社会っぽい人達?」
クロードが茫洋と呟く。説明によれば彼等は「善良な会社員」らしいが、どうにもキナ臭い。
「‥‥やはり、おかしいぞこの船」
藤村 瑠亥(
ga3862)はダミーである青い色のリボンが巻かれたケースを片手に言った。
「荘家の連中の空気が張りつめ過ぎている。湖安はさほど危険はないとか、襲撃があるのは万が一だとか言っていたが‥‥」
それが事実であるのならば、この空気は解せない。何か、ある。
「厳重に‥‥された郵便‥‥まるでブツの配達‥‥みたいですね」
たゆたう海へと視線をやりながらクロードがぽつりと呟いた。
●海路B
緑の海を割って進む鉄鋼艇の操舵室では真壁健二(
ga1786)が黒服を相手に操舵の交渉をしていた。
「――要するにドンパチの間だけ舵を任せてもらいたいのですよ。能力者が相手だと非常識な距離からの狙撃が有り得ますんで、万一に備えて頑丈な俺が操舵に立った方がみんな一緒に幸せになれると思いまして」
「構わないが。それなら途中で代わるよりも最初から操舵についた方が良いだろう。敵を発見し一秒の反応が生死を別ける時に、わざわざ交代するというのは、悠長だ」
黒服の船長は淡々と言って、舵を真壁に任せる。
「何かあったら言え、サポートする」
真壁はシートにつくと舵輪を握った。眼前に広がる機器を操作しつつ。
「ではすみませんが、川の地形とか『襲撃に適した場所』とか『罠をしかけたら有効な場所』とかを教えていただけませんか。もちろん貴方がたから提供された情報については企業の方にも絶対にもらさず、あの世まで持っていきますので」
「良いだろう。確か航路はBで行くのだったな? それなら‥‥」
と説明を始める船長。
海路Bは途中、河川を抜けてゆくルートだ。曲がりくねっている為速度が出しにくく、下手を打つと座礁する危険性がある。
「浅瀬は避けてくれ。底をやられると沈む」
「了解です。任せておいてください」
真壁は慣れないながらも器用に舵輪を回すとディスプレイに示される航路へと向かった。
●襲撃者達
鉄鋼艇は河口へと突入すると河を遡り始める。両岸には林が広がっていて野生動物が草をはんでいた。
太陽が中天にさしかかった頃だろうか、双眼鏡で警戒にあたっていた緑川 安則(
ga0157)が後方より猛スピードで迫ってくる鉄鋼艇を発見する。
「ブリッジ! 不審な高速艇を確認した。総員警戒せよ、警告を発するぞ!」
「こちらブリッジ、レーダーでも確認しました」
操舵室の真壁から無線が入る。ディスプレイには断続的に黄点が輝いていた。
「敵でしょうか?」
和装の男、水鏡・シメイ(
ga0523)が吹く風に銀髪を舞わせながら問いかける。
「解らない。しかし、このルートはキメラが多い。民間のボートがこんなところへ出てくる可能性は高くない」
と緑川。
「用心するに越した事はなさそうね」
鯨井昼寝(
ga0488) が言い、真壁を除いた傭兵達は甲板に出て密かに武器を準備する。
「ブリッジ、振りきれそうかにゃ?」
フェブ・ル・アール(
ga0655)が無線で真壁に問う。
「無理そうですね。向こうの方が足が早い。いっその事、敵ならばこちらから仕掛けましょう。白兵に長けた方が多いですし」
「了解した」
真壁は機器を操作して速度を不自然にならない程度に絞った。彼我の距離は徐々に迫ってゆく。
「‥‥っ!」
その時、シャロン・エイヴァリー(
ga1843)が覗く双眼鏡の中に、甲板上で狙撃銃を構える迷彩服姿の男が映った。
「スナイパーライフルが見えたわ! 撃ってくるわよ!」
「なにっ!」
声が終わるか終らないかのうちに弾丸が飛んでくる。鋼のような――その実正体不明な――甲板に弾丸が命中し甲高い音をたてる。
甲板の傭兵達は咄嗟に伏せ船縁や艦橋の壁を盾にする。
「この威力は‥‥SES兵器だ!」
緑川が三種のスキルを併用して撃ち返しながら叫ぶ。
敵には射撃武器が多いのだろう。味方に数倍する弾幕の嵐が甲板上を薙ぎ払ってゆく。
「これが危険度の割に報酬が良いボロい仕事〜? 荘大人、ちょいと看板に偽りありじゃない?」
フェブが身を伏せ盾をかざしつつ言う。
「ああ、何が万に一つだ。この襲撃、明らかに狙ってきてるぞ‥‥!」
艦橋の壁に身を隠しつつ様子を窺って藤村が呟く。
「それでも手紙を渡す訳にはまいりません。必ず無事に届けてみせます」
水鏡がアルファルを曲射しつつ言う。
緑川がフルオート射撃し、水鏡とクロードが矢を放ち、白鴉がスコーピオンで撃つ。激しい射撃がかわされる中、距離はあっという間に至近距離まで迫ってゆく。射撃から身をかわしつつシャロン・エイヴァリーが声を張り上げた。
「私たちはラスト・ホープから派遣された傭兵よ! 貴方たちも傭兵でしょ! こんなトコで何やってるのよ?! SES兵器を向ける相手が違うでしょ!」
「はぁっ?! ラスホプの傭兵?!」
「待て待て!」
敵船から声が飛び銃撃が止んだ。こちら側からも射撃が止められる。船縁に身を伏せているコーカソイドの巨漢が叫んだ。
「お前さん方、崩れじゃなくて本職かよ! そりゃこっちの台詞だぜ、こんなトコで何やってんだ!」
その言葉にシャロンが眉を顰める。
「‥‥どういう事?! 私たちが悪党だって説明を受けてるなら誤解よ!」
「了解してるさ正義の味方! 湖安の野郎だな? 堅気をひっぱり込むとは相変わらずエゲツねぇ! 迷惑な話だ!」
「不味いよこれは、どうしよう?!」
敵船に伏せているワイシャツ姿の女が不安気に言った。それに二丁拳銃の少年が鼻で笑うと。
「ウダウダ言ってんじゃねーよ! 鉄火場に出て来たからには聖者も悪党もカンケーねぇ! 皆殺しだ!」
落雷のような銃声が轟き、二丁の拳銃から恐るべき速さで弾丸が連射される。飛来する弾丸を緑川は間一髪で伏せてかわす。
「君たちの行為は国際法上の海賊行為だぞ!」
緑川が叫んだ。
「海賊行為だと? 笑うぜ! 湖安の雇われが事ここに至って何をほざく!」
「ならそれなりの対応をさせてもらう。貴様らに人権なんぞないと心得てもらおうか!」
「ならこっちも遠慮はいらねぇってことだな? オラ、アルファ! エルダ! あちらさんも遠慮はいらねぇっつってるぜ! 元々遠慮する気なんてーねーけどなぁああああ!」
少年が二丁の拳銃を乱射する。飛来した弾丸が緑川と鯨井昼寝をかすめる。
「行くぜてめぇら!」
鯨井は頬より溢れる血を拭い、
「上等! そうこなくっちゃ面白くないわ!」
シュナイザーを振りかざして交戦の意を示す。
「あああ、どいつもコイツも喧嘩っぱええ! しゃあねぇ、こいつもビジネスだ。その船に乗った事、地獄で後悔しな!」
「ファーック! ‥ス、送ってやるにゃーベイビー!!」
弾丸と矢が飛び交う中フェブが指を立てて言い放った。
「ブリッジ! 寄せて!」
鯨井が叫び、並列して走る船が肉薄する。
「斬り込みだと?!」
驚愕の声をあげる巨漢。射撃組の援護を受けながら鯨井、水理、シャロンの三人が敵船に向かって走り飛び移る。
「度胸は褒めてやる! が、足並み揃ってねぇぞ!」
敵船に移乗して斬り込むのなら相手以上の人数、ないしは戦力で斬り込むべきだ。何故なら、
「ファイン! 一旦、距離離せ!」
敵船が減速し味方の船との距離が遠ざかる。仲間を救わんとすぐに真壁が船をUターンさせるが、敵船も円を描くように回り込んで距離を保つ。船の性能は敵船の方が高く寄せられない。
援護射撃は距離があり、なおかつ船上の揺れだと、近接戦闘に入っている場合、下手をすると味方に当たる。
分断された。
(「‥‥ッ! コイツ等、慣れてるわね‥‥この手の荒事に」)
鯨井の背中に冷たい汗が流れてゆく。
「まぁそっちから攻められれば普通、守るよね。船の足はこっちの方が速いんだし、追いつける。なら別個に叩くのは定石」
白衣の男がエネルギーガンを構えながら言った。
「俺達は五人で十人の能力者を相手に襲撃かけようって連中だ。少なくとも平均的な能力者十人分以上の戦力はあるってことだぜ。じゃなきゃあ俺達ゃただの馬鹿だろ?」
青年がハハハと爽やかに笑う。
「さて」
コンユンクシオを構えて巨漢が言った。
「それを踏まえて、だ。たった三人で乗り込んできた勇猛なるお嬢さん方、一つ聞きたい事がある‥‥どうやって生きて帰るつもりなんだ?」
●交渉
三人は善戦したが頭数の差が大きかった。逃げようとしても河にはキメラが棲息しており能力者は水中では戦えない。やがて追い詰められ喉元に剣を、頭部に銃口を突き付けられる事になった。
敵船は傭兵達の船に閃光信号を送ってきた。
「攻撃を中止し停船しろ、さもなくば撃ち殺す」
巨漢の男がシャロンを後ろ手に手錠をかけて拘束し、船先に立って盾にしながら拳銃をこめかみに突きつけている。
傭兵達は止むなく船を止めた。海賊たちの船が隣に寄せられる。
「交換、といきましょうや。こっちまでケースを持ってこい。おっと、皆さん、武器は甲板に置いてもらいますぜ」
巨漢の男はそう告げる。
一同は止むなく武器を置いた。
「僕たち同じ能力者で、能力者になれなかった人の分まで力を合わせてバグア達と戦わなくちゃいけないのに‥‥どうして、こんな事するの‥‥?」
海賊達が襲撃してくる理由が解らないのかシャロン同様に後ろ手にされて手錠をかけられている水理が悲しそうに言う。
「‥‥そいつぁ、悲しい事に、世の中が上手くいってないからさ。そして、あんた達は下手を打った」
巨漢の男が嘆息して言った。
二刀を置いた藤村がケースを持って敵船に乗り込む。
「開けてもらいましょう。書類らしいんで風に飛ばさないように」
「鍵は持っていない」
「‥‥本当かい?」
「本当だ」
「ならそこに置いて戻りな」
藤村はケースを置くと自船へと戻る。
刀を持った青年がそれを一閃させて鍵を壊すと、開き、中に入っている紙を一瞥する。
「あっさり壊れたな。なんて書いてある?」
その言葉に青年は哀れそうに眼を細めた。
「『御苦労さま、そしてご愁傷様』」
一瞬静寂が落ちる。
「殺そうぜ」
酷く凄惨な、座った目をして二丁拳銃の少年が言った。
「ま、待った、待った! 短気を起しちゃいけない! ブランドン、目が本気だぞ!」
ワイシャツ姿の女が叫ぶ。
それに少年は、
「はぁ? エルダよぉ、マジに決まってんだろ。なんで止める? 俺は今最高にムカついてんだよ。ここは普通、殺すよな? 殺すべきだよな? こいつらの脳みそぶちまけさせるのに何の問題がある?」
「相手は普段、命を賭けて世界を守ってくれてる人達な訳だし!」
「脳みそあったまってんのかテメェ! 俺達には人権がねぇとか言ってた連中だぞ?!」
「こっちは海賊なんだから仕方ないでしょ! 相手は堅気だよ! それに」
「それになんだ?!」
「殺すなら皆殺しにしないと駄目でしょ」あっさり言った。やはり海賊ではあるらしい。「さすがに、こっちがそう出ればあちらさんも武器拾って戦うんじゃないかなぁ?」
「そうなっても五対七。最初は十人相手にするつもりだったんだぞ。それに比べりゃ余裕だぜ」
「でもこっちも一人か二人は絶対やられちゃうと思うんだよ。穏便にいけるなら穏便にいっとこうよ」
「穏便なんてくそったれな言葉だ!」
「ではクールに。挑発に乗せられて抵抗できない人を殺すのはクールじゃないぜ?」
「‥‥ま、ここはエルダが正論だな。俺達ゃ別に殺人狂じゃねぇ、あくまでこいつはビジネスだ」
「海賊が聞いて呆れるぜ!」
巨漢の男は肩を竦めると視線を一同へと向けた。
「さて、ULTの傭兵さん方、つまりはそういう事さ。渡してもらえるよな? 本物のケース。それとも、お仲間が脳髄ぶち撒けても動けるかどうか試してみるかい?」
●取引先
「――なるほど、端的に言うと失敗じゃのう。こっち側の人間なら銃弾でダンスさせる所なんじゃが」
白髪の老人がにこにこと笑いながら言った。眼は笑ってない。受取人となるべきだった男だ。
「敵船に斬り込むというのはそれは一体どういう事なのか、よく考えるべきじゃった。
あんた達の戦術ならば、接弦したら船同士を固定させる手立てを用意すべきじゃった。でなければ互いの船は容易に離れる。
そういった手段を取らないのなら、敵に勝る戦力を一気に投入して全滅させなければならない。一旦そちらへ移れば逃げ場はないんじゃからな。
であるのに自船に留まった者の方が多い。連携不足。斬り込みに行った者は死ににいったようなもんじゃ。まぁ、それゆえの結果じゃな」
老人は言う。
「しかし、さほど危険がないという触れ込みの所へ襲撃が来た訳だから多少はこちらにも責任があるのぅ。湖安の手落ちじゃな。役割自体は果たされた訳だし、定額の報酬は支払おう」
「‥‥役割、ですか?」
水鏡が問いかける。
「囮じゃよ」
ほっほっほと笑って老人。
「成功してれば話すつもりはなかったんじゃが、『私達のような企業が』本来は管轄外であるULTの傭兵に本命を託すと思うかね? 妙な勘ぐりをされてケースをしかるべき所へ届けでもされたら? 可能性は低いが、ゼロではない。そんな危険は冒さんよ。ま、そういう事じゃから今回の失敗についてはあまり気にしなさんな」
かくて、傭兵達は報酬を受け取りその場所を後にした――