タイトル:蘇永山の神を鎮めよマスター:望月誠司

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/03/22 22:37

●オープニング本文


 宇宙の初めにはただ混沌のみがあり。
 其より出でし光澄の陽の気、立ち上りて天となり、暗濁の陰の気、降りて地となる。
 森羅万象、陰陽の二気を以って消長盛衰し、陰陽和合して初めて秩序が保たれるものなり。
 陽は善に非ず、陰は悪に非ず、二気とは即ち天地の法。善悪断ずるは人の業なり。
 しかして陰の気しばしば人を蝕む。陽の気過ぎれば人を崩す。
 天地陰陽の理を知り、其を調和させ、宇宙の運航を秩序為さんとする者、人は彼等を陰陽師と呼ぶ。

●祟り
「私が歌部星明である!」
 黒の狩衣に烏帽子、四十がらみの濃ゆい顔のオッサンが高笑いをあげている。
「‥‥あ、貴方が歌部星明さんですか」
 某町の町長を務めている男は顔をひきつらせて言った。目の前の男はたいそう高名な陰陽師であるという話だがどうにも胡散臭い。
「いかにも! 私が依頼達成率99%を誇る凄腕陰陽師、歌部星明である!」
 男は何やら形容を追加して名乗りを繰り返した。
「‥‥100%ではないのですか?」
「一度、インフルエンザで体調を崩しましてな。キャンセルしてしまった事があるのです」
 微妙に身近すぎる失敗談だけに現実味があり、逆に胡散臭い。
「それよりも町長、私をお呼びになられたからには何か厄介事でもお抱えになっているのですかな?」
「ええ、実は最近行方不明者が多発していまして」
 町長は表情を曇らせて言った。
「この町の近くに蘇永山という山があるのですが、山に立ち入った者が次々と姿を消しているのです」
「ふむ」
「調査に送り出した町の職員達も戻ってこなく‥‥町の者達などは蘇王の祟りではないかと噂しております。実際に山の中で幽霊のような黒い影を見たと言っている者達もいます」
「‥‥‥‥蘇王というのは?」
「蘇王というのは弥生時代にこのあたりで活躍した豪族だと言われています。他の勢力に攻められて敗れ、山に逃げ込んだも追手につかまり首を撥ねられたと言います。その首を撥ねられたというのが蘇永山です。首を撥ねられた蘇王ですが、霊力の強い王だったらしく、死後も自分を殺した者達を祟り、この地に災いをもたらしたと言います。蘇王を討った者達は蘇永山に墳墓を築いて王の亡骸を納め、神として丁重に祭ってようやく祟りを鎮めたと」
「ふむ‥‥しかし解りませんな。大昔に鎮魂された王が、何故現代になって我々を祟るのでしょう?」
「それは‥‥実は近々、山をくり抜いてトンネルを作るという計画が進められていまして」
「トンネル?」
「はい、蘇永山にトンネルを通せば回り道をする必要がなくなり、UPCの基地へ効率的に物資を運び込めるようになるという事で‥‥この世界の為にも町の経済の為にも良い話であったのです」
「ははぁ、その工事の為に蘇王の墳墓でも破壊なされたか?」
「さすがに壊すのは、という事で正確には移転計画だったのですが、神には我々のする事はご理解いただけなかったようで」
「工事の作業員が山から消えた――と」
「はい、トンネルの工事も墳墓の移転も中途のままで止まっております。この計画が頓挫したら私の町長としての首が――ではなく、この町の経済発展の余地はかき消え、過疎化してゴーストタウンになってしまいます。この計画はなんとしても成功させなければならないのです」
 町長は苦い顔で言う。
「ですが、蘇王の祟りを恐れて工事は中止すべきだという意見が強くなってきております。このままでは不味いのです」
「ふむ‥‥解りました。つまり私に蘇王の魂を再び鎮めてこいという事ですな?」
「はい、お願いできませんか。歌部先生」
 烏帽子の男はしばし思考するように顎をなでてから、
「解りました。ただし引き受けるには条件があります。今回の件はおそらく大仕事。人員を幾人かULTより要請させていただきたい、よろしいですかな?」
「ULTからですか‥‥」
 熟考の末、町長は頷き、かくて太古の時代に建てられたという墳墓に歌部星明とULTの傭兵達が乗り込むことになる。

●参加者一覧

御嶽眞奈(ga0068
30歳・♀・ST
柚井 ソラ(ga0187
18歳・♂・JG
国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
南部 祐希(ga4390
28歳・♀・SF
玖堂 鷹秀(ga5346
27歳・♂・ER
玖堂 暁恒(ga6985
29歳・♂・PN
草壁 賢之(ga7033
22歳・♂・GP
不知火真琴(ga7201
24歳・♀・GP
レイ・アゼル(ga7679
18歳・♀・SN

●リプレイ本文

「歌部さん、はじめまして。よろしくお願いしますね」
 青い瞳が美しい、レイ・アゼル(ga7679)が微笑んで言った。
「お初にお目にかかる、私が歌部星明である! こちらこそ、皆様がた今回はよろしくお願いいたす」
 と軽く会釈して歌部星明(gz0051)。
「しかしアゼル殿、その首元にあるのは‥‥」
 少女は何かを間違えているのか、その首元には数珠とロザリオが一緒にかけられている。
「えっと、いけませんでしたか?」
「いやいや、合わせ技で霊力倍増、厄除け万歳、天下太平ですな!」
 相変わらずちゃらんぽらんな事をぬかす陰陽師。
「歌部さん、お久しぶりです。お元気でしたか?」
 柚井 ソラ(ga0187)が歌部にそう挨拶をする。
「おお、これは袖井殿ではありませんか。天下の歌部星明、元気でない日などそうはない」
 がーっはっはっはと踏ん反り返って笑う狩衣姿の男。やかましい事このうえなし。
 一同はそれぞれ自己紹介や再会の挨拶などを済ませると町の役場へと向かった。
「歌部先生、傭兵の方々が到着したと聞きましたが――」
 役場の奥から出てきた町長は数人の姿を見て目を瞬かせた。
「‥‥お弟子さん、ですか?」
 町長が勘違いしたのも無理はなく、ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)と国谷 真彼(ga2331)は何処から調達してきたのか歌部と良く似た狩衣スタイルであったのだ。
「弟子ではない。共に戦う同業者である」
 がっはっはと笑う歌部。傭兵、という意味では同業者であるが、陰陽師という意味では正しくない。敢えて勘違いするような言葉をいう歌部であった。
「陰陽の術により、荒魂を鎮めよう」
 狩衣姿のホアキンがもっともらしく言ってみせる。役場の女性職員がその姿を見て「あら」などと頬を染め呟いている。服装というのは着る者によって印象が変わるものらしい。
 挨拶を済ませると一同は役場の会議室へと移動し、町長を交えて打ち合わせをおこなう、
「‥‥なるほどぉ、黒い影は墳墓の周辺で多く目撃されてるのね?」
 御嶽眞奈(ga0068)が受け取った地図に行方不明者の入山したであろうルートや黒い影の目撃された場所などにチェックを入れつつ確認する。
「ええ、それゆえに祟りではないかと」
 とハンカチで額を拭きつつ町長。
「なるほど、なるほど‥‥」
 地図に目を落とす御嶽。彼女は地震を恐れて地殻にもチェックを入れていた。日本故に地殻変動の後は見てとれるが、遺跡に向かった途端に大地震というのは、よほど運が悪くない限りは無いだろう。
「その黒い影の詳細は解っているのですか?」
 袖井が町長に問いかける。
「証言によれば平均的な成人男性程度の大きさであるようです。目撃された時間帯は朝から夕方にかけてですが、これは影の活動時間帯の証明にはなりません。町の人間は夜間には山に入っていないので‥‥正確な数は不明です」
 と町長。申請品については、
「他は了解しましたが、トラックは大型のものは無理ですね。軽トラックくらいならなんとか」
 という事で、一同は軽トラックに乗って山へと向かうことになった。


「山を守り続けてきた精霊たち、「神」に捧げる地鎮祭と、他の命を散らした人々、「霊」に対する供養の両方を行ってあげたいですね。祟りを為すのは蘇王だけとは限りません。他の人々の無念や、我々の欲望でさえも祟りを為します」
 役場から出てきたところで国谷が言う。
「祟り‥‥ですか。神や悪魔など信じていませんが、実際に行方不明者が出ているとなるとそうも言っていられませんね」
 厄介そうといよりも、むしろ興味深そうにして玖堂 鷹秀(ga5346)が所感を述べる。実際に霊的なものと出会えたらそれはそれで素晴らしい体験だ。
 実弟のそれを感じ取ったのだろう、
「お前‥‥ホンットこーいうの好きだな」
 鷹秀の兄である玖堂 暁恒(ga6985)は盛大に溜息をついて言った。
「幽霊は怖いです。今回もキメラなんですよ、ねぇ‥‥?」
 袖井が歌部を見上げて問う。
 陰陽師はふむ、と顎を撫でると、
「昔、霊を生むのは人の心だと言った男がいた。それはさておき、霊に力あるとしても、簡単には出てこぬものよ。簡単に力振るえるのであれば、バグアに虐殺された人々によって今日の大戦は終結している筈であろう」
「つまり?」
 不知火真琴(ga7201)が問いかける。
「ふむ、貴女はどのようにお考えかな?」
「‥‥幽霊の正体見たり枯れ尾花、かな?」
 不知火は小首を傾げつつそう答えた。
 その言葉に歌部は頷く。
「生者の欲望のほうが騒がしいものですからね」
 国谷が述べた。否定はせずとも現実にありえそうなのはどちらか、という事だろう。
「UPCに戦略物資がとどいてはまずいと考えるバグアの妨害工作でしょうか。遺跡を根城として活動している可能性もあります」
「ええ、バグアですね。バグアです。故人の遺跡を利用するとはなんと厚かましい。幽霊なんていませんとも!」
 国谷の言葉にうんうんと力一杯頷くのは長身の南部 祐希(ga4390)だ。銃を抱いてぷるぷると震えている。怖がりなのにこの依頼を受けてしまったのが運の尽きかと思っていたが、どうやら風向きが変わってきたようだ。
「行方不明の原因は蘇王の祟りではなく、バグアの妨害の線が強い──ならば怖くない」
 ばさり、と狩衣の装束を脱ぎ払い、いつもの服装に戻るホアキン。
「うしッ、口がない死人の代わりに、ちょっくら文句言ってきますかッ」
 草壁 賢之(ga7033)が左手の平に右拳を叩きつけ気合いを入れる。音楽プレイヤーの電池残量が零になっていた為、若干やる気が減退していたがそれを取り戻した様子だ。
 かくて一同は軽トラックに乗り込むと蘇永山へと向かった。


 途中、工事現場に立ち寄って痕跡の調査を行ったが特にこれといったものは発見できなかった。蘇王の墳墓前にやってきた一同は木陰に軽トラックを隠すと次々と降りる。
「さあ歌部先生、蘇王の怒れる御霊を鎮めに参りましょう」
「了解である」
 歌部は鷹秀の言葉に頷き崩れている墳墓への入口向けて歩き出す。
(「この男、どの程度使えるのか‥‥」)
 草壁の目が細められた。試しにとばかりに前を歩く歌部の裾を――踏んでみようかと思ったが、歌部が着ているのは狩衣だ。裾は足首の部分でまとめられている。踏みようがないのでさりげなく靴の踵を踏んでみた。
「ドゥオホオオオウッ?!」
 凄まじい勢いで盛大にバランスを崩す歌部星明、お約束だ。慌てて支える草壁。
「すみません‥‥足元見てなくて‥‥」
 胸中でこの人、大丈夫だよな‥‥? と呟く草壁。非常に不安だ。
「ふむ‥‥? もしや貴殿、私の能力に疑問を抱いておるな?」
 陰陽師が振り返り顎を撫でつつ言う。草壁は表情を変えなかったが、男はニヤリと笑った。
「なに、心配する事はない。戦闘になったら私は貴殿等の後ろで見ているだけだから!」
「戦えよオッサン!」
 横で見ていた暁恒が思わずつっこみを入れる。
 玖堂兄弟は歌部が無茶をしたら諌めるつもりでいたが、むしろこの歌部という男、無茶するように要請してトントンといった具合だ。
「おまえ凄腕の陰陽師なんだろ?!」
「人間、出来る事と出来ない事がござろー、餅は餅屋、正面切って戦うのは私の管轄外である!」
 踏ん反りかえって言う歌部星明。このオッサン、言い切りやがった。
「では管轄内の事をお願いします」
 苦笑しながら袖井が言う。
「うむ」
 歌部は袖口から札を取り出すと車内で作っておいたそれをHG作戦を取り行う者達に配る。
 一行は入口に二名歩哨をおいて退路を確保すると残りの九名で内部へと向かった。
「行方不明者は、生きてくれているとありがたいですね‥‥」
 突入してゆく途中、ぽつりと国谷が洩らした。
「生きていて欲しい、私もそう思うが――」
 陰陽師はそれ以上は言わなかった。
 退路確保の為入口で歩哨に立つホアキンとアゼルを残し、九名は墳墓の内部へと消えていった。
 
●地下墳墓
「静かにお休みのところ失礼します。少ないですがこちらをお納めください」
 御嶽は内部へとはいると入口に酒を撒いた。
「お清めも済みましたし、冒険の書、作成と行きましょう」
 と鷹秀。
 墳墓の内部は闇に塗りつぶされており空気は湿っていて黴臭かった。一同は懐中電灯で内部を照らしつつ進む。
 弥生時代に造られたというその墳丘墓は、地面を掘り抜いた後に石で周囲を固めたもののようだった。
 通路は狭く人が三名ほどが並んで歩ける程度、天井は二mと少しか、長身の南部などには少し窮屈だった。どこからか水が染み出ているのかぽつぽつと水音が響く。
「辛気臭ぇトコだな‥‥とっとと終わらそうぜ‥‥」
 暁恒がぼやく。
「キメラだろうと当たりをつけていても‥‥何かでそうねぇ」
 と懐中電灯をかざしつつ御嶽。
「ややや、止めてくださいよ!」
 南部、完全に腰がひけている。覚醒すれば恐怖を捨て去る彼女だが、通常モードでは大の怖がりだ。曰く「‥‥幽霊が怖くて何が悪いんですかーっ!?」との事。覚醒した南部の姿の方がよほどおどろおどろしいのだが、本人気付いていない。
 そんな調子で墳墓の見取り図を手に一同は内部を探索する。虱潰しにゆくことに決めたらしく、左手の法則にのっとって調査してゆく。
「うぃ、こちら異常無しでーす。見えるモノに限りますがー‥‥」
 隠密潜行のスキルを発動させ列の端を固めつつ草壁。常時発動させているとさすがに練力がもたないので危険そうな箇所でのみ使ってゆく。
 一時間毎に歩哨を交代し、調査を終えた通路や部屋には札を張ってゆき調査終了の目印としてゆく。
「えっと、ナムアミダブツ‥‥でしたっけ?」
 レイ・アゼルが「呪いお断り」「歌部です」などと書かれた札を壁に張りつけ問いかける。隣で札を張っている袖井が手に持つのは何故か千社札、ホアキンの札は赤い夜光塗料で「焼き肉定食」だ。なんというかこのメンバー、逆に呪われそうである。
「それは仏教であるな。陰陽でポピュラーなのは臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前であろう」
 九字を切りつつ歌部は解説した。再び交代を終えた後、
「歌部さん陰陽師なんだよね? 今までも悪霊退治とかやってたの?」
「然様」
 不知火の問いに頷きつつ歌部は言う。
「悪鬼宿るは人の心なれば、人の陰と陽を調和させ、乱れた心を鎮めるが陰陽の道」
「つまり?」
「幽霊の正体見たり枯れ尾花、病は気から、信じる者は救われる、口八丁、手八丁」
「それってー‥‥一般的にはインチキって言うんじゃない?」
「はっはっは」
 歌部星明はぺしりと額を叩いてすっとぼける。
「外に漂う鬼よりも、心の内に棲む鬼こそが多い。人の世の魔を払うが仕事なれば、それもまた退魔の道にござる」
「口八丁ねぇー」
 そんな会話をかわしつつ墳墓のおよそ半分ほどを調査しおえた所で一同はそれを発見した。

●そこは既にキメラの巣
 円形に広がる玄室はそれなりに広かった。石棺の周りに十数人の人間が転がっていた。正確な数は解らない。バラバラになっていたからだ。臓物がまき散らされ異臭が漂い真紅に染め上げられた部屋は地獄の底を覗いたかのようだった。
「ひっ‥‥」
 南部が口元を抑えて息を洩らす。
 バキリ、と音が鳴った。
「気をつけろ、いるぞ!」
 草壁が注意を飛ばす。一同は照明を放り身構える。歌部が光源を担った。
 石棺の陰からのそりとそれらは立ち上がった。
 それは人に似ていた。しかし人ではありえなかった。直立したバッタ、という表現がぴったりくる。
 二匹の蟲人は傭兵達の姿を認めると奇声をあげた。弾丸のように跳躍し傭兵達に向かって飛びかかってくる。
「野郎っ!」
 傭兵達は一斉に覚醒すると迎え撃つ。御嶽が無線で敵に遭遇したことを外の二人に伝える。暁恒は二刀の小太刀を交差して構え、振り下ろされる甲殻に包まれた腕を受け止めた。暁恒の腕をハンマーでも叩きつけられたような衝撃が貫き、足が土の地面に沈む。恐るべき怪力だ。
 暁恒は腕の痺れを無視して右の小太刀で相手の胴を薙ぎ、左の小太刀で突き入れる。甲高い音が響いた。硬い。
 もう一匹は不知火へと襲いかかっていた。放物線を描いて飛び、宙で身を捻りざま後ろ回し蹴りを放ってくる。
 不知火はバックラーで相手の脚を受け止めると、着地の瞬間を狙って蟲人の軸足を蹴り抜いた。靴に取り付けられた短い爪が障壁を突き破り蟲人の身を揺るがせる。間髪入れずに態勢を崩したところへ前蹴りを放ったが、相手は後方へ倒れるように転がってそれを回避した。蟲人は勢いのまま跳び、石棺の上に降り立つ。
 そこへ雷撃の矢が襲いかかった。袖井のアルファルだ。蟲人がガードに振り上げた腕をすり抜けてその胸部に突き立つ。
 南部が全身から陽炎を立ち上らせS‐01を三連射する。強弾撃が乗せられた貫通弾は蟲人の甲殻を貫き体液を迸らせる。
「よくも!!」
 語りの幽霊だとしれたからか、それとも散乱する死体の為か、怒りの声を発してレイ・アゼルが練力を全開にする。よろめく蟲人へと銃口を向け発砲。強弾撃と鋭覚狙撃を併用して飛んだ貫通弾は蟲人の頭部を撃ち抜いた。駄目押しとばかりに草壁がアサルトライフルでフルオート射撃し鷹秀がエネルギーガンを猛射して打ち倒した。
 御嶽は練成治療を発動させ暁恒の腕の傷を癒す。
 蟲人が膝を暁恒の腹に叩き込んだ。吐血して身を折る暁恒の頭部に蟲人は肘を叩き込む。割れて溢れ出る鮮血を無視して暁恒は小太刀を振り上げると蟲人の腹の甲殻の隙間に切っ先を滑り込ませた。抉るように回転させながら切っ先をさらに押し込む。
 不知火は蟲人の側面へと踏み込むと、よろめく蟲人の後頭部に上段蹴りを叩き込んだ。硬い手応えと共に鈍い音が鳴り響く。
 飛び道具は誤射が恐ろしく撃ちこめなかった。だが相手は既に一匹である。激しい交戦の末、サイエンティストの援護を受けたグラップラー達がやがて打ち倒した。

●戦い終わって
「急急如律令銃剣退魔!」
 軽トラックの荷台の上、空へと向かって拳銃を構えホアキン・デ・ラ・ロサが言ってみせる。
「今回は出番がなかったな」
 歌部の言葉に苦笑し、ホアキンは白い五芒星の描かれたそれをホルスターに収める。
「あなたは気づいていたのかい? 行方不明者が全員殺されているであろうことに」
 荷台の縁に背を預け、流れゆく山の景色をみやりつつホアキン。
「キメラが人間を生かしておくメリットがない、とは思っていたな」
 歌部星明はそう答えた。少しばかり老けこんでみえた。
「‥‥なるほどね」
 ホアキンは嘆息すると空を見上げ、トラックに揺られながら瞳を閉じた。少し、眠かった。

 その後、山を捜索したが他にキメラの影は見られなかった。あれで全てであったようだ。
「祈ることを忘れないでください。自分のためでなく、他者のために祈ることを」
 最後に国谷は祭祀を行う事を町長に要請し、一行はその町を後にした。