タイトル:春の川辺にマスター:望月誠司

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/03/24 22:12

●オープニング本文


 ここは荒野の果ての果て。黄塵吹き荒ぶインドの辺境。黄色く濁った河に橋をかけんとして僕達はここにいる。
 電撃を吐き出すトリケラトプスに追いかけられたり、フォースフィールドをまとった大虎に恐怖したり、鋭い爪を持つ大鷲と戦ったりと、ここ数か月で随分死線を潜った気がする。
 夜の街の食堂では別の意味での死線を潜ってきた。なんだあのカレー、なんだあの飲み物、あれは凶器かい。むしろ狂気かい。僕は確かに涅槃の世界を垣間見てしまった気がするよ。ニルヴァーナ万歳だコンチキショウ。
 そして今、空より迫ってくる鷲の爪をかわせなければ、僕は垣間見るどころかどっぷりと涅槃の世界に浸かる事になってしまいそうだった。
(「余計な事は考えない。まずは当たると思うこと。必ず当たると思う事‥‥!」)
 スコープを覗きこんで呟き一つ。とあるスナイパーの教えを胸に引き金をひく。銃声が轟いた。外れた。必ず外れるとなら思えるのだけどなぁ。
(「畜生! 当たれ、当たれ、当たれ、当たれ‥‥!」)
 発砲、発砲、発砲、発砲――外れ外れ外れ外れ、やっぱり照準狂ってないかこの銃!
 あれだけ距離が離れていた鷲はもう目の前まで迫って来ている。駄目か、僕は死ぬのか?
 今までの思い出が脳裏を駆け抜けてゆく、これが走灯馬って奴ですか。
 ‥‥どうせ死ぬというのなら!
(「一発くらいは当ててやる‥‥っ!」)
 不思議と震えが収まった。良い加減僕も戦場に慣れたのだろうか。
 何故かその時、まだ撃っていないのに弾道が見えた。弾が飛んでゆく筋が見えた。鷲の眉間が見えた。ああ、これは――当たる。
 銃声一つ。大鷲の眉間に回転するライフル弾が吸いこまれるように埋まってゆき、後頭部へと抜けていった。
 コントロールを失った大鷲は僕の傍へと墜落した。
 荒い息をつきつつ大鷲をみやる、ピクリとも動かない、死んでる。
 周囲では銃声が鳴り響いている。
「山門! 次だ! ぼさっとするな!」
 軍曹が言った。
「っ‥‥はい!」
 僕は息を整え弾倉を入れ替えつつ走った。

●一週間後
 とまぁそんな調子でキメラが襲撃をかけてきて、先週は激闘続きであったのだけど、今週に入ってからはキメラの襲撃がぱたりと止んでいた。
「‥‥キメラ、こないね」
「こないなぁ」
 中尉が朝の陽だまりの中、車の上に胡坐を掻いてネコみたいに目を細めてらっしゃる。
「暇だね」
「暇だなぁ」
 外見だけは良い金髪美人なうちの上官殿は、弓のように背を逸らし、大口を開けて欠伸をもらし、首の後ろをぼーりぼりと掻いた。‥‥いくら顔が良くてもこれじゃねぇ。
 僕が嘆息していると、ディアドラは目尻に大粒の涙をこさえて、手で目をこすりつつ言った。
「まぁ良いじゃないか。暇人は人類の夢なんだぞ」
「かなりそれ、特殊な人類だと思うんだけどディアドラ」
「そうかい? 私はそういう人、けっこー多いと思ってるけどなぁ。壮大な夢さ、たぶん多くの人は、生きる事に追われ、故に生きる事が出来ない」
「ディアドラも?」
「私かい? ‥‥どーだろーね、私はそんな真面目な女じゃないけど、私は私として生きている、と100%は言えないかな。軍人なっちゃったからねー。なんとか五分五分ってところさ」
「ディアドラって考古学者になりたかったんだっけ?」
「うん、そう。浪漫があると思わない?」
「浪漫じゃ腹は膨れないけどね」
「胸は膨れるさ」
 にひっと笑ってディアドラは胸を張ってみせた。‥‥因果関係はそれ、別のところにあると思います。
 僕が目を逸らすと、くすくすと上官殿は笑い声をあげた。女の人って偶にズルイと思うんだ。どう対抗しろってのさ。
「この戦争が終わったら。私はもう一度挑戦してみようかと思ってる。勝率はあんまり高くなさそうだけどね」
「そーゆーのこそ夢って言うんじゃないかな」
「夢ねぇ‥‥そういうものなのかな。ヤマト君の夢はなんだい?」
「僕の夢?」
 少し考える――までもなく、答えは出てくる。
「無いよ」
「‥‥即答だな。ほんとに無いのか?」
「うーん、まぁ、夢なんてなくても生きていけるし」
 僕がそう言うと珍しくディアドラは妙な顔をした。
「どうしたの?」
「いや‥‥今は、そんな時代なんだなぁ、って思って」
 その眼は知ってる。僕の嫌いな眼だ。
「ふぅん」
「‥‥‥‥そうだ、釣りをしよう!」
 唐突にディアドラが言った。
「は?」
「釣り竿は確かあった筈だ。そこに河もある。魚もいるだろうから、釣りをしよう」
「なんでまた」
「折角暇なんだ。遊ぼう。人生には遊びが必要なんだ」
「仕事中なのに良いのかい、それに警備は?」
「私が現場責任者だから問題ない。スタッフのメンテナンスだ。遊ぶのも仕事と思え。出来る奴はガス抜きの仕方も上手いのだ。警備はまぁ、これだけ人数がいるからな。交代でやれば問題ないだろう。そうだなぁ、今日は一班から三班に休んでもらって、私達は明日かな」
「‥‥一班から三班て、全部じゃ?」
「傭兵隊がいるじゃないか」
 なるほど。
 しかし、釣りねぇ。話には聞いた事あるけど、実際に自分ではやった事ないや。
 面白くなんてならないさ、と思いつつも少し期待してしまう自分がいた。

●参加者一覧

御嶽星司(ga0060
22歳・♂・GP
フェブ・ル・アール(ga0655
26歳・♀・FT
愛紗・ブランネル(ga1001
13歳・♀・GP
ゴールドラッシュ(ga3170
27歳・♀・AA
アッシュ・リーゲン(ga3804
28歳・♂・JG
ラルス・フェルセン(ga5133
30歳・♂・PN
藤宮紅緒(ga5157
21歳・♀・EL
皐月・B・マイア(ga5514
20歳・♀・FC
シエラ・フルフレンド(ga5622
16歳・♀・SN
ルフト・サンドマン(ga7712
38歳・♂・FT

●リプレイ本文

「とゆー訳で本日は釣り大会をとり行うッ! 各員、よく励んで遊ぶようにッ!!」
 その日の昼食後、穏やかに流れる春の岸辺でディアドラ=マクワリス(gz0052)が開会を宣言した。
「つ、釣りですか‥‥! とっても久々です‥‥」
 藤宮紅緒(ga5157)がにこにこと笑いながら言った。
「釣りねぇ‥‥まぁ、折角ヒマになったんだし、たまにゃ息抜きも悪くないか」
 こんな場所でも黒いグラスにスーツ姿の御嶽星司(ga0060)は軽く息をつきつつ呟いた。
「ガス抜きも大切とはー、中尉はー上司として良く心得てらっしゃいますね〜」
 と言うのはラルス・フェルセン(ga5133)だ。
「年中抜けてる私にはー、今更どうか疑問ですが〜」
 あははと青年は苦笑する。
「えへへ、大物釣れるといいなっ。愛紗、ルールを作ってみたよ。ディアドラお姉ちゃんとヤマトお兄ちゃんも参加してねっ」
 楽しそうに笑いながら愛紗・ブランネル(ga1001)が何やら沢山の木の棒の入った筒を取り出してみせる。
「ん、愛紗ちゃん、なんだいそれ?」
 ヤマト少年が首を傾げて問う。
「籤だよー」
 と愛紗。
 ここで愛紗・ブランネル製作の釣りルールを公開する。

1.用意した餌をくじ引きで選び、一定時間それで釣りをする。ハズレは餌無し。
2.途中で餌種の変更は可能、ただしペナルティがつく。
3.数部門と大きさ部門がある。チャンスは2倍‥‥!
4.釣った魚は必ず食べること。

「というルールなのっ」
 愛紗の説明を聞き終えるとディアドラはうんうんと頷き、
「なるほど〜、なかなか面白そうじゃないか」
「でね、やっぱり優勝者とかには御褒美が必要だと思うの。優勝者には豪華料理を進呈、最下位の人には伝説のカレー試食権をプレゼントっていうのはどうかな?」
「伝説のカレー?」
 小首を傾げるディアドラ。
「ほら、この間の宴会で出て来た激辛カレーさ。俺とシエラで再現する」
 アッシュ・リーゲン(ga3804)が煙草を吹かしつつ言う。
「‥‥リーゲンさん、本気ですかっ?!」
 あの凄まじい辛さを思い出したのだろう、ヤマトが悲鳴をあげる。
「安心しろって、ただ辛いだけじゃ無く、旨さも出るようにアレンジしとくからよ」
 ニィと口端をあげてアッシュ。この男、こう見えて料理が上手い。
「あとねタイ牛蒡賞も出したいと思うのっ」
 と愛紗。
「タイゴボウ?」
 オウム返しに問うディアドラ。
 その問いにはフェブ・ル・アール(ga0655)が答えた。
「それはねー、愛紗とラルスの言うには、餌も付けずに釣りをした「タイ牛蒡」って偉い人が居たんだってー」
「餌を付けずに‥‥ああ、姜子牙かー」
 太公望呂尚またの名を姜子牙。周の軍師と伝えられるが伝説によっては鞭を振り回す仙人だったりもするファンキーな爺さんだ。
「そこで! 餌無しにも関わらず釣果を出した人には「タイ牛蒡賞」を贈呈します! ってことでー、私と中尉殿からほっぺにチューを‥‥はマンネリかな? ヤマト君がするとか」
 とフェブ。
「それ、おもいっきり罰ゲームになってませんかっ」
「タイ牛蒡賞の賞品は、ディアドラお姉ちゃんに考えて貰いたいんだけど‥‥何がいいかな?」
「うーん、それじゃー、ヤマト君からの口付けをプレゼントという事で」
「ディアドラぁあああ?!」
 かくて釣り大会が幕開けとなる。

●まったりいこう
「さて、まずは焚火の支度だな」
 全員が全員釣り大会に参加する訳ではない、参加しない者もいれば途中から参加予定の者もいる。
 途中参加予定の御嶽は釣りの前に石を運んで焚火の土台を組み始めた。キャンプファイヤーと洒落こむようだ。
「おもいです〜っ!」
 シエラ・フルフレンド(ga5622)は椅子やテーブルを始めとして調理道具も外へ運び出す。目指すは『ちっちゃい紅茶カフェオーナー』だ。テーブルの上に純白のクロスを敷いたり、花を置いたりして飾り立ててゆく。
「お、なかなか良い感じになってきたじゃないか」
 作業の途中、様子を見て御嶽が言う。
「ふふ、美味しい晩御飯作りますからね〜っ♪ 期待しててくださいっ」
 微笑んで答えるシエラ。
「ふぁ‥‥んぅ‥‥二時まで寝ぅ‥‥」
 皐月・B・マイア(ga5514)は川辺でシェスタ中だ。昼食後、光速の寝つきの良さでもって、ディアドラの膝の上ですやすやと寝ている。
「平和だなぁ‥‥良い事だ」
 皐月の髪を撫でつつ、陽光に煌く水面を見やり目を細めてディアドラ。
「警護の依頼に来て、このような時間をもらえるとは、嬉しい誤算じゃな。楽しませてもらうぞ」
 川辺ではルフト・サンドマン(ga7712)が釣り糸を垂らしていた。
「休暇が貰えたのは嬉しいですけど‥‥でも、釣りって面白いんですか?」
 籤引きで当たった餌を針先に仕込みつつヤマト。
「ヤマト殿、釣りを楽しむコツはな。ゆったりとゆく事じゃ。決して焦らず、せせらぎの音に耳を傾け、静かな心で挑むこと。ま、人生によう似とるわい」
 は、は、は、と豪快に笑いつつルフト。
「そんなものですか」
 と、そんな所へラルス・フェルセンが釣り竿を背負ってやってきた。
「お二人とも調子はどうですかー」
「ああ、ラルスさん。まだ釣れてはないですね」
「そうですか〜、なかなか難しいですねぇ」
「なに、時間は沢山ある。のんびりゆくさ」
 がっはっはとルフト。良く笑う男である。凄みのある顔立ちを笑う事で打ち消そうとしているのかもしれない。
 三人がゆったりとした会話をかわしているその陰でゴールドラッシュ(ga3170)は考えていた。
(「お魚は欲しいけど‥‥釣りは色々手間がかかるのよねぇ」)
 陸橋の陰できらんと女の目が光る。
 釣りのあれこれは意外にも面倒臭い。その手の面倒事が何よりも嫌いなゴールドラッシュにとって、釣りはまさしく鬼門。
 しかし魚は欲しい。なんと言っても釣れればタダというのはこの上ない魅力。
「ふふっ、良いこと思いついたっ」
 微笑み一つ、しゃきと玉網と双眼鏡を両手に取り出す。
 悩んだ末にゴールドラッシュが生みだした戦法とは以下のようなものである。
 皆の釣り状況を確認しアタリが出たようであればその近くまで移動。うまく釣れそうならば、玉網ですくいあげて最後の手伝いをし、さも二人で頑張って釣りました的な図を作り上げ、おこぼれに預かる。うまく釣れずに逃がしてしまった際は、その隙を見逃さず、横合いからかっさらうのだ。
 まさにハイエナ。生き馬の目を抜くような戦法である。
「作戦開始っ」
 うきうきと双眼鏡で様子をさぐるゴールドラッシュ。はたして彼女の作戦は成功するのかどうか。
「自分の作ったモンで悶絶したかねぇからな、マジに行くとしますか」
 こちらは正統派にいくらしい。アッシュは気合を入れて釣り竿を振るう。竿がしなり糸が河の中へと投げ込まれた。
「ふぅ、水を見てると‥‥落ち着きますね‥‥」
 紅緒はその近くでゆったりといく構えだ。実家が海の傍であり彼女自身も水が好きなので海釣りも川釣りも幾度か経験している。
「‥‥良い天気にゃー。こんな日は雲の流れを眺めるに限るー」
 まったく暇人は全人類の夢とは言ったもので、とぽかぽかとした陽気に感慨を覚えつつフェブ。まったりと餌のついてない針を垂らす。
「キメラが釣れたら、食材にしちゃえばいいよねっ」
 フェブとは仲良しらしい愛妙が海老せんべいを餌に釣り竿を振るっている。見た目は愛らしい童女だが、なかなか逞しい。
 インドの荒野を貫く河はゆるやかに流れていった。

●夕暮れ
 夕刻、地平の彼方に巨大な太陽が真紅に燃えながら沈み行こうとしている。辺りは茜色に染まり、人々の影が長く伸びた。
 造りかけの橋のたもとには穏やかなギターの音色が響き渡っている。奏者は皐月・B・マイア、滑らかに指を操りつま弾く。
「なんて曲なんだ?」
「聖母の御子」
 カタロニアの民謡だとマイアは説明する。
「この曲、母さんが大好きな曲で。この時間に何時も弾いてたんだ」
 感慨を込めて呟くマイア。
「そうかぁ、和む曲だな」
 ぼんやりとしつつディアドラ。
「や、なかなか良い音色じゃない?」
 バケツをぶらさげたゴールドラッシュ他、釣りメンバーが焚火の傍に戻ってくる。
 マイアは一緒に戻ってきたヤマトを見やった。びくりと少年は肩をふるわせて視線を逸らす。昼から夕方の間に、なんか怖い事があったらしい。
「‥‥どうしたんだ?」
「付き人から護衛に進化したんだけど、他のものも進化したみたい」
「は?」
「なんでもないよ。なー、ヤマト殿」
 にこにことマイア。ヤマト少年はこくこくと頷いて押し黙った。他にもゴールドラッシュ作戦を喰らったりと散々だったようだ。
「釣果はどうだった?」
「俺はなんとか坊主は避けられた、というところかな」
 と御嶽。以下釣果、数部門の発表。
 一位はアッシュ、経験者かつ本気度具合の勝利である。
 二位はラルス、手先も器用かつ、なかなか運も良かった。大物によって河に引き落とされたりしつつも見事釣り上げる。
 三位は紅緒、途中慌てたりしてゴールドラッシュ作戦にかかったりもしたが、ちびちびとそこそこの大きさの魚を釣り上げて釣果を伸ばす。
 四位は愛紗、後半はトップクラスだったが前半があまり伸びなかったようだ。
 五位はルフト、堅実にそつなく順調に釣る。集中していけばもっと順位をあげられたかもしれないが、それは彼の目的ではないだろう。
 六位はフェブ、前半のタイ牛蒡が痛かったようだ。さすがにエサ無しでは釣れない。
 七位はゴールドラッシュ、数部門では七位だが大きさ部門では一位だ。巨大な引きにヤマトが取り落としたところをかっさらっていったらしい。
 八位はヤマト、ゴールドラッシュとの折半の形が多かったようだ。
 九位は御嶽、焚き火造りをやっていたのだからまぁこれは仕方ない。
 十位はディアドラ、言いだしの癖にあんまり釣りしてない。
「‥‥罰ゲーム、私か?」
 女士官はがくりと項垂れたのだった。

●料理しましょう
 日もすっかり落ち、あたりは暗闇に包まれ、盛大なキャンプファイヤーが周囲を照らす中、一同は調理を開始する。
「うぅ〜、ちょっと舐めただけでピリピリします〜っ」
 アッシュと共に伝説のカレー作りを行っているシエラがそう感想を漏らす。しかしそんな感想を漏らしつつも隠し味にハバネロを刻んで入れてみるシエラ。多分おもいっきり隠してない。
「カレーにはナンがいいなっ。以前空母で食べたことあるけど、カレーっていろんな辛さがあって美味しいよね」
 愛紗がそうせがむ。
「はいはい、ちゃんと普通の辛さのも作ってあるからね」
 ナンとカレーを用意しながら微笑んでシエラ。
「な、流れるような包丁捌き‥‥スゴイです、ディアドラさん‥‥」
 ラルスが釣り上げた大鯰を捌く女士官の姿を見て紅緒が言う。
「ふっ‥‥その昔、トーキョーの大学では包丁のディアちゃんと勇名を馳せたものよ」
 くるくると包丁を回しつつ格好つけていうディアドラ。
「中尉は料理はお得意でー? 良い奥さんにもなれますしー、独り生きるにも都合良いですね〜」
 ハーブを使って北欧煮込みを調理しつつ、にこにことラルス。なんでも器用にこなす彼は、料理もなかなか上手いようだ。
「うう、後半の言葉が胸に突き刺さる‥‥っ! やはり兄妹だなキミらはっ」
 悪い気なくとも鋭い言動はフェルセン一族の特徴なのか。
「大学か‥‥俺も春からは大学四年になる訳だが‥‥卒業してからどうすっかなぁ」
 御嶽が焚き火を見ながら呟きを洩らす、
「何かあてはないのか?」
 自慢のレディグレイを淹れて配りながらルフトが言う。
「姉貴は助手として研究室に来いって言うけど‥‥バイトで食いつなぐフリーランスの傭兵ってのも微妙だし」
「良く考えた方が良い。時間は待ってくれないが、それでも良く考えた方が良い。考えて考え抜いた方が良い。自分の人生は、誰のせいにもできないから」
 ディアドラはそう言った。
「皆さん、色々大変なんですね‥‥将来とか」
 ヤマトが呟く。
「そーいえば、君の方は夢がないんだってー?」
 いかん、いかんにゃー。そいつぁいかんぜよ! と首をふるフェブ・ル・アール。
「フェブさんはあるんですか?」
「私はもう夢叶えちゃった。KVなんて代物のおかげで、空が飛べちゃったからねー、後はもう、それこそ青空を突き抜けて宇宙にでも飛び出すしか‥‥そうだよ少年、お姉さんと宇宙を目指そうじゃないかー!」
「う、宇宙ですか!」
 壮大な話だ、少年は目を瞬かせる。
「私も夢はないですね」
 ラルスが言った。
「自分より弟妹達が大切ですから」
 にこりと微笑む大兄。
「‥‥偉い!」
 ディアドラが手を叩いた。
「なかなか気負わずには言える台詞じゃない。さらりと言うとは、やるな、このこのっ」
 ラルスの頭を撫でくり回す女。
「ちょ、中尉?! 手元が狂いますから止めてください〜、っていうか包丁危なっ?!」

●満天の夜空の元
「はいっ、釣ったお魚とか捕まえた鳥で作った豪華オードブルですっ!」
 シエラ・フルフレンドの昼よりの努力がそこに結集していた。テーブルに並べられた料理に一同の間から「おおー」と感嘆の息が洩れる。
「これ美味しいわね!」
 ゴールドラッシュが料理に舌鼓をうって歓声をあげている。何を食べても美味い。
「皆、今日は楽しかったぞ! この様な時間を作ってくれたディアドラ殿と、皆に感謝を!」
 ルフトが酒を一気飲みしてデカイ声で笑う。
「マイア、一曲良いの頼むよ」
 ディアドラが片目を瞑って少女に言う。
「まかせてくれ」
 少女は愛用のギターを取り出すと軽快な調べを奏でだした。
 一同は焚き火を囲んで飲み食いし、踊り歌って大いに語り合ったという。

●宴のあとに
「これ、邪魔にならなきゃ貰ってくれるか?」
 アッシュは十字のペンダントをディアドラに差し出してみせた。
「なんだか良く物をくれるね貴方は。まるで私が巻き上げてるみたいじゃないか」
 ディアドラは苦笑して言う。
「まじないみたいなもんさ「誰かと繋がりを持つ事で世界の縁を残して死ににくくする」ってな」
「逆に再来週あたりで私かアンタかどっちか死にそうだなぁ」
「なんの死亡フラグだそりゃ」
「良く聞くだろう、そういう話」
 ディアドラはくすくすと笑うとペンダントを受け取り首にかける。
「有難う。似合うか?」
「いや‥‥微妙?」
「ナンダッテ」
「冗談だ。良く似合ってる」
 笑ってアッシュは言った。
 ディアドラも笑っていたが不意に女は笑みを消した。
「アッシュ、あんたは有能な男だ。だから言う」
 男の胸に指先を当てると、真っ直ぐに見据えて言った。
「ここが境界線だ。これ以上近くに来ると貴方はきっといつか、失望する。私は拒まないが、引き返すことをお勧めする。私の勘違いならなんだこの女と笑ってくれて構わないが、そうでないのなら良く考える事だ」
「それは‥‥警告か?」
「いや、忠告だ」
 女はそう言い残し建物の中へ消えていった。