●リプレイ本文
「まったく、許せないんだよー!」
獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)が義憤にかられて叫んだ。彼女には愛用のPCがクラッシュしてしまう悲しみが痛いほどよく解った。それだけにウィルスと言う手段を用いるバグアに激しい憤りを感じる。
「ありがとー、ほんともー、なんていうか涙が出てきちゃうよねー」
はらりはらりと涙をぬぐっていう女。
「今回の件は任せたまェー、キミの愛しい人の仇は必ずやー」
拳を振って言う獄門。
「でも、何で小説作成に使ってたPCがいきなりバグアのウイルスに捕まるねん?」
時雨・奏(
ga4779)が首を傾げた。
「わかんないー‥‥いちおーネットには繋げてるから、そこから侵入されたのかもー?」
その言葉を聞いて時雨は考える。
(「旦那か? 旦那が海外のエロサイトでも繋いだか? 奥さん、旦那をPC以下に扱うから‥‥」)
ちらりと店主をみやると、男はそわそわと目を逸らした。何か怪しい。
店主はこほんと咳払いすると、
「それにしても、皆、稼ぐね。そんなに持っていくとは思っていなかったよ」
一同が持って行く予定のザックをみやって言う。
「金で買えない物より、金で買える物の方が世の中に多いねん」
と時雨。
持って行く食糧品の量は御山・アキラ(
ga0532)が67、ハルカ(
ga0640)が121、風巻 美澄(
ga0932)が22、愛紗・ブランネル(
ga1001)が100、獄門が16、ゴールドラッシュ(
ga3170)が30、時雨が50、諫早 清見(
ga4915)が91、シーヴ・フェルセン(
ga5638)が35、八百 禮(
ga8188)が20で合計552だ。
重量三十ごとに二千の報酬UPだという話だから全部で三万六千である。
「大量だ〜、きっとー、ハウザーのおじーちゃんも喜ぶと思うよ〜、皆、気をつけて行ってきてねー」
という訳で、一同は準備を整え店を後にすると、高度七千メートルの所にあるという、老ハウザーの研究所へと向かって出発した。
●出発進行
「なんか一番前にいると、小さな旗持ちたくなるよねっ」
先頭を歩く一人は一見十歳程度の少女、愛妙・ブランネルだ。山道から横手を見やればネパールの山岳の絶景が広がっている。
「そうだねー、視界が開けてると心も広がるね」
並んで歩くのはグラビアアイドルもやっているというハルカだ。少女に笑いかけながら言う。
「きつそうだな。登山は慣れないか?」
御山が八百に声をかける。コートを着込んだ男は背負うザックの重みと険しい道に嘆息しつつ答えた。
「仕事でなければ登山なんてしませんよ。寒い、疲れる、空気が薄いなんてどんな拷問ですか?」
「これも修行だとでも思えば良い。それに景色は良いぞ」
「景色ですか‥‥ではそれを慰めにするとしましょう」
溜息をついて八百。
「それにしても科学者とかいう爺ぃも、難儀なトコに住んでやがるです。確かに、星には近ぇ場所にゃ違いねぇですが」
山頂方向を見上げてシーヴ。目的地はまだまだ遠い。
「あの奥さんの話だと、ハウザー老はバグアの星を研究してるんだっけ? 儲かるのかしら」
寒さが厳しくなってきた、とピーコートの前を合わせつつゴールドラッシュが言う。
「さぁなぁ。でも軍かどっかから補助金ぐらい出てるんじゃない? 独力で行うには費用がかかりすぎる。しかし‥‥赤い星から来たバグア、か。なんかこう聞くとコテコテだよな」
ヤニ吸いてーと思いつつ風巻。
「七千メートルの氷雪の世界からの赤い星‥‥どんな風に見えるんだろう」
想いを巡らせて諫早が言う。
「愛紗も赤い星見てみたーい! ハウザーおじいちゃん、見せてくれるかなぁ?」
「お願いしてみれば、もしかしたら見せてくれるかもねー、頑張っておじいちゃんの研究所まで行こう」
と愛妙に言うハルカ。
「はーい!」
少女は快闊に返事を返す。
「子供は元気ですねぇ‥‥」
雪道に足をとられつつ八百は呟いたのだった。
●歌う山
一同は一日、二日と比較的道が険しくないうちに早いペースで距離を稼ぐ。
「雪の進軍、どこが川やら道は知れず〜仲間は斃れて捨てておけ〜、ここは何処ぞ‥‥て迷ってへんやろうな?」
と時雨。そしてふと気づく、
(「能力者とはいえ雪山登山を素人に任すのはかなり危険行為やないやろーか?」)
その通りである。しかし玄人の多くは非能力者である為、雪山は攻略出来てもキメラに対抗できない。少しの食糧を運ぶだけで追加報酬が出るのは、それが非常に危険だからだ。
「んー、大丈夫。今の所は迷ってはいないねェー」
地図を確認しつつ獄門。現在までのところは順調なようだ。
一同は夜は二人一組の見張りをローテーションを組んで立て警戒した。
高山の夜は冷える。風は強く、山肌や谷に反響し闇の中で唸りをあげる。まるで獣の哭き声のような――いや、実際に獣の鳴き声も混じっているのかもしれない。時折、キメラの影が視界をかすめる。こちらの警戒に気づいているのか、まだ襲ってきてはいなかったが。
叩きつけられる風にテントはバサバサと激しい音を立てる。吹き飛ばぬように杭を打ち込まなければならなかった。
「なんだか怖いね‥‥それに寒い」
闇の中に懐中電灯の頼りない光をかざしながら愛妙が言った。身が震える。防寒の備えをしていても酷く寒い。
「もうじき交代の時間さ。そうすれば暖かいテントの中に帰れる。それまでの辛抱だよ」
コートの襟を立てつつ風巻。こんな中でも周囲への警戒は怠れない。雪山は非常に厳しいところ。
それでも序盤は楽な方であったらしい、三日目に入ると急速に天気が崩れ、吹雪出した。
「皆ー、はぐれてないー?!」
先頭をゆくハルカが雪まみれになりつつ振り返って言う。
「大丈夫だ!」
殿を固める御山が吹きつける氷雪に手をかざしつつ叫び返す。
「ここは大丈夫っぽいでやがるですが、反響する場所じゃ声、注意しやがるです。雪崩が起きるかもしれねぇです!」
とシーヴ。
「なるほど、了解ー! 無線使うかー!」
「‥‥何やろうなぁ‥冬眠したい衝動に駆られるのは‥エミタ移植で変温動物に近くなったせいやろうか‥」
凍てつく風に睫毛を凍らせながら時雨。ふらふらと膝を折り、地面にうずくまる。
「ちょ、ちょっと時雨! こんな場所で本能に負けてんじゃないわよ! 死ぬわよ?! 死んだら報酬減っちゃうでしょっ!」
隣をゆくゴールドラッシュが時雨の襟首を持ってがくがくと揺さぶる。
「な、仲間より心配なのは金か‥‥」
「とーぜん!」
ふふんと笑ってゴールドラッシュ。まぁ実際に胸中でどう思っているのかは解らないが。
「ここで死んだら頭髪まで売り飛ばされそうや」
「それが嫌ならきりきり歩く!」
「りょーかい。おちおち寝てもいられへんー」
そんな調子で四苦八苦しながら一同は吹雪の山を進む。
やがて日が落ち、一同は道の途中でキャンプを張る。吹雪の中、野営するのは想像以上に厳しいものがあった。一同はテントの中で身を震わせながら眠る。
「皆さん! 起きてください!」
突如、声が響き渡った。見張りに立っていた諫早がテントの入口を開けて叫ぶ。
「ふにゃ〜、もう時間〜?」
むにゃむにゃと目をこすらせつつハルカ。
「違います、キメラです!」
「なんだってェー、こんな猛吹雪の中でかいっ?」
慌てて超機械を手に起き上がる獄門。既に戦闘状態に突入しているのか風の音に混じって剣戟の音や咆哮が鳴り響いている。
闇の中、氷雪に乗ってキメラ達はやってきた。
「初仕事からハードですね!」
叩きつける風と積雪に足をとられつつも八百禮は剣を振るう。光源が懐中電灯だけなのが辛い。一刀目がけむくじゃらの大猿の腕に食い込み血飛沫が飛んだが、続く連撃は跳び退いてかわされた。大猿は奇声を発すると煌く絶対零度の霧を口から吐き出す。八百の半身が音を立てて凍てついてゆく。半身を白竜と化した時雨が、咆哮をあげ翼を羽ばたかせて跳躍し、吹雪を吐く大猿の脳天に向かい横合いから蛍火を叩きこんだ。
「吹・き・飛べぇええええええ!」
諫早はよろめいた大猿へと肉薄すると練力を開放して両手の爪を繰り出した。鈍い音と共に獣突のスキルが乗った一撃は大猿を宙へと舞いあがらせる。大猿は宙で体を捌いて態勢を立て直すもその下に地面はない。悲鳴をあげながら谷底へと落下してゆく。
だがキメラは一匹だけではない。いつの間にか取り囲まれている。正確な数は解らないが、これは群れだ。十匹近い数がいる。
「くそっ!」
風巻は獄門と共に超機械を発動させ練成強化で味方の攻撃力を増加させる。それぞれが持つ武器に淡い光が宿った。
大猿が咆哮をあげて爪を振りかざして飛びかかってくる。シーヴは大剣で爪を受け流すと、カウンターの斬撃を横薙ぎに叩き込んだ。威力の増した剣が大猿の毛皮を泥のように斬り裂く。
「長々と相手してる暇、ねぇです」
血飛沫をあげてよろめく相手へと大剣を振り上げると嵐のごとく連撃を浴びせる。吹き飛んだところへ、愛妙が素早く駆け寄りベルニクスでトドメを刺した。
「またこいつらか!」
御山は以前、やはりネパールで雪猿と戦った事がある。前回は快勝したが、今回は戦場が悪い。吹雪の為、飛び道具は使えない。武器をイリアスに持ち替えて御山は大猿の突進を受け止めた。連続して振るわれる爪を身を沈めてかわす。髪が二、三本、斬り飛ばされて舞った。伸びあがりざまにイリアスを突き出し貫く。硬い手応えと胸部を突き破り、引き抜く。純白の雪が真っ赤に染まった。
「ふっ!」
よろめいた所へ、すかさずハルカがファングを叩き込んで打ち倒した。ゴールドラッシュは後方から寄せてくる大猿達の迎撃に向かう。テントをやられると物資が危ない。直刀を振って牽制するように斬りつける。
氷雪が吹き荒れる闇の中で傭兵達は戦い続けた。
●高山の天文台
その研究所はネパールにある山の山頂付近にある。四月のある日の夕方、来客は滅多にないその場所に、呼び出し音が鳴った。
白衣に身を包んだ少女がぱたぱたと足音を響かせて入口へと向かう。扉を開くと、そこには大分疲労した様子の集団が立っていた。
「お届もんですー、麓の町の電気屋さんに言われてノートPCと食料品持ってきました。ハウザーさんの研究所てここであっとる?」
ダウンジャケットを着込んだ赤髪の青年――時雨が少女に問いかけた。
「あ、そうですそうです。ご苦労さまです。大変だったでしょう?」
「ま、これで飯喰うとるし。そっちも仕事ごくろーさん、サインかハンコを準備したってー」
「はいはい」
娘は胸ポケットからペンを取り出すと、伝票にシルヴァレスティと名を書きつける。
「毎度。荷物は何処におけば?」
「えぇっと、住居の方に――奥の方へお願いできますか?」
「りょーかい」
不用心な人だな、と思いつつ一同は雪を払って中に入り、磨かれた廊下の奥へと進んでゆく。研究者だけに世間擦れしてないのかもしれない。
少女はにこにこと笑いつつ、
「そろそろ蓄えも尽きそうだったので助かりました。あ、私アネットと申しますー。皆さん、お疲れでしょうし、よろしかったら今晩はうちで休まれてゆかれます?」
その言葉に一同は軽く相談する。
「氷点下の世界で野宿するのは出来る限り避けたい」
という意見が多かったので、一同は少女の提案にのることにした。
もうじき夕食だそうで、各々荷物を置いて暖炉の側でくつろいでいると、部屋に面差しの鋭い老人が入ってきた。
「‥‥君達は?」
老人の問いかけに一同は自己紹介すると、
「そうか、儂はハウザー=シルヴァレスティ。この研究所の責任者だ」
老人はそう名乗った。
「ハウザーさんはバグアの星を観測しているんだよねェー」
と獄門。
「いかにも。興味があるかね?」
「とても興味深いねェー」
「愛紗も赤い星見てみたーい」
はーいと手をあげて少女は言う。
「ふむ‥‥ならばついて来たまえ。話せる範囲内でよければ、話そう」
老人は白衣を翻すと廊下へ向かって歩き出した。
●星を見る老人
高山にある天文台。巨大な望遠鏡の中には、赤く輝く球体の表面が映し出されていた。星の瀑布を背景に赤く、赤く輝いている。
希望者は代わる代わるそれを覗く。
「球体の表面に走る赤い線が見えるか。あれが奴等の文明の証だ。あれが奴等の母星、あれが奴等の宇宙を巡る棲家、奴等はあれを用いて星の海を渡りやってきた」
ハウザーが説明する。
「‥‥あれは、星、なのかねェー?」
獄門が質問した。
「おそらく、宇宙船のようなものではないかと見ておるが、実際はどうなのかは解らぬ。フォースフィールドが赤く輝くことから、あの赤く輝く球体も同種の高エネルギーのフィールドに覆われているのではないかと推察しているが、これも実際はどうなのかは解らんな」
「解らないことばっかだねェー」
「そうだな。謎に包まれた文明だ。人間の常識で推し量ってはいけないのかもしれぬ。だが、解き明かさなければならない」
「なんでー?」
愛妙が首を傾げた。
「儂は思うのだ。この戦いに本当に勝つ為にはある種の力がいる。それは、ヘルメットワームを撃ち落とす力ではなく、ギガワームを撃ち落とす力でもなく、シェイドを叩き落とす力でもなく、大陸をバグアの支配から解放する力でもない。『星を撃ち抜く』力がいる。あの忌々しい星を粉微塵に撃ち砕く力がいる‥‥そうは思わんかね?」
老ハウザーは言う。
「それが叶わぬのならば、こちらからあの星に攻め込んで、制圧出来るだけの力がいる。攻める為には情報が必要だろう。だから儂はあの星を見るのだ」
「‥‥突っ走ってる意見だねー」
風巻がなんともいえぬ表情を浮かべて言った。
「よく言われる。防衛もままならんのに、そんな事を考えている余裕があるのかとな。だが勝つ為にはソラを取り戻さなければならん。将来、もしも人類がバグアを押し返し始めた時に、奴等はどう動くか? 地力はどちらが上なのか? 地球側は乾坤一擲の反撃に、全てを賭けなければならん必要とて、出てくるかもしれぬ‥‥無駄になるならそれで良い。だが、もしも必要になるのなら、備えなければなるまい」
白衣の老人は夜空を見上げながらそう語ったのだった。
研究者の施設で一晩を明かした傭兵達は、翌朝、礼を言って研究所を後にした。ノートパソコンも無事ハウザー達の手に渡り、バグアのウイルスに対抗する為の研究が開始されることとなる。
山岳に荒れ狂う吹雪は平野で大洪水を引き起こすだろうか? 一石が起こした波紋は天を撃ち抜く波動となるか。それはまだ、誰も知らない。