●リプレイ本文
●強い生き物
ラストホープの傭兵達、彼等は人類がバグアに対抗する為に生み出された地球側の最強の牙。どうにもならない時に人々が最後に縋るのも彼等である事が多く、その根拠地の名が示すままに、人々の最後の希望となることも多い。
多いのだが――
「イェアッ!!」
最後の希望達はリズミカルに奇怪な声を発しながら踊り狂っていた。
「(な、なんでいきなり踊り?! 本当にこの人達を頼って大丈夫なのでしょうか‥‥?!)」
正確には全員ではなく踊っているのは国谷 真彼(
ga2331) 、獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)、天・明星(
ga2984) 、柚井 ソラ(
ga0187)、及び歌部星明の五人であったのだが、有栖川家の使用人鈴花に思わず胸中で呟かせる程にはインパクトのある光景であった。
「はぅ‥‥これは一体何の儀式なんでしょう?」
しかし彼等にとっても突然のことではあったらしい。袖井は戸惑っているし、天などはかなり恥ずかしそうだ。
だが有栖川の当主などにはツボに入ったらしく、こんな時だというのに笑い転げている。
「だ、旦那様‥‥笑ってられる場合ですか?」
当主はクックと喉で笑うと「いや」と手を軽くふり、
「窮地にある時こそ心に余裕を持て、と死んだ親父殿が言っていたよ。張り詰めすぎると普段出来ている動きさえも出来なくなるからね」
「‥‥そういうものでしょうか」
「彼等には自信があるんだろう。頼もしいじゃないか」
有栖川は笑顔で言うと鈴花の肩に軽く手を置いてから、能力者達の元へとゆく。
「君達がラストホープの傭兵さん達かい?」
「ええ、そうです」
巫女服姿の鏑木 硯(
ga0280)が頷き答えた。背後では踊りを終えた国谷と獄門が息の合った様子でハイタッチを決めている。
「俺は鏑木硯、ULTから派遣されてきた出張巫女です」
鏑木に続いて他の能力者達も自己紹介をすると、
「僕は有栖川岬守、一応ここの当主をしている。今回はよろしくお願いするよ」
有栖川は柔らかく微笑んで能力者達に名乗った。
「悪霊ならぬキメラが当家の蔵に現れたというのは歌部先生から聞いていると思う。強力なキメラという話だけど、皆様方の手でこれを葬って欲しい。仕事がやりやすいように出来る限りは便宜を計るつもりだ。何か必要なものがあったら言ってくれ」
その言葉に国谷が言う。
「それでは一つ、もしかしたら爆薬が必要になるかもしれません」
「爆薬‥‥かい?」
有栖川は肩越しに振り返り鈴花を見やる。使用人の少女は一歩進み出ると答えた。
「さすがの当家にも爆薬は常備されてないですね」
「ん、そうか。鈴花さんなら一つや二つ隠し持ってそうな気もしたんだけどねぇ」
「私の事、なんだと思ってらっしゃるんですか旦那様っ」
「まーまー、無いなら仕方ないねェー。出来れば即席で作りたいところだけど」
獄門が爆薬を作るために必要な材料があるかを問う、
「‥‥それも用意出来そうにないです。すいません」
鈴花が申し訳なさそうに肩を落として言った。
「まぁ手持ちでなんとかするしかあるまい」
とバッタ的超機械を構えてみせて言うのは歌部星明。
「了解だよー、それじゃ歌部氏、獄門の超機械を使ったらどうかねェー、恐らく君の物より効果があると思うけど」
「それは有難い申し出であるが」
歌部星明はふむ、と顎を撫でつつ、
「見たところ二台持って来てはいないようだし、貴女の超機械を私が使用したら、貴女が使う超機械がなくなってしまわないかね? 私のを使う、という方法もあるが、やはりそれぞれが慣れている物を使った方がよかろう」
という事で歌部星明は援護に回ることになった。
傭兵達は屋敷等を閉め固めると共に火災に備えて水の入ったバケツ等を用意する。
左利きの闘牛士ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は拳銃と剣の柄に水性ペンで白い五芒星を描き込んでいた。
「急急如律令銃剣退魔!」
愉しそうな笑みを口元にひきホアキンは陰陽師に尋ねる。
「これで呪文は合っているかな?」
星明は異国の人であるのに良く知っている、と少し驚いた様子を見せながら答えた。
「急ぎ法の様にせよ、銃よ剣よ魔を退けよ、か」
彼はホアキンに向き直ると、もっともらしく述べた。
「良いのではないかな。呪文というのは、大事なのはそれに込める魂である‥‥理に基づいても、心なくば威力を発揮しない。逆に理、基づかずとも心によっては霊力は振るわれる。大事なのは形ではない‥‥それ即ち――」
陰陽師はくわっと眼を見開いて言い放った。
「それらしく気分を乗せられれば何であろうとオーケィということである!」
「んなわきゃないでしょう!」
「星明さんに真面目にやってくださいよ」
鈴花と天から呆れたようなツッコミが飛ぶ。
そこへ鏑木がマジックで聖水と書かれたバケツを持って来た。
「鈴花さん、鈴花さん。聖水です。呪いで家が燃えそうになったら清めをお願いします」
「‥‥中身、このうえなくただの水道水な気がするのですが気のせいですか?」
なお鏑木が扱うお祓いの武器は札がぺたぺたと貼られたメタルナックル、彼が命名するところによると『悪霊退散鉄拳君』というらしい。殴って除霊、素晴らしい。
「‥‥なんというか、あれですねー」
一同の事前準備の光景を眺めて平坂 桃香(
ga1831)が呟いた。
「なんですの?」
鷹司 小雛(
ga1008)が問いかける。
「なんというか、状況のわりに緊張感が感じられないこの状態に、人類の可能性を感じ取れたり取れなかったりする今日この頃です」
「はぁ」
人間というのは強い生き物であるらしい。
●突入戦
「さて、頑張って除霊しましょうか。ハゲノ星明さん」
淡く光る鉄拳君を装着し、バケツの水をかぶりながら鏑木が言う。
「ハゲてはおらんわっ!」
歌部が吼えた。
国谷は軽く笑うと満を持して言った。
「準備も整いましたし‥‥作戦を開始するとしましょう」
「応」
一同は頷き、立てられた作戦に基づきそれぞれの配置につく。
キメラを誘き出すことを主任務とする囮班は蔵の壁に背をつけ、獄門と国谷によって練成強化された得物を構えた。 包囲班担当の柚井は屋敷の屋根の上に登った。吹き抜ける冬風の中、洋弓に弾頭矢を番えフルドロー、蔵の明り取り用の窓に狙いをつける。
鋭く吐き出される呼気と共に弾頭矢が飛んだ。火薬が炸裂し、窓ガラスとその周囲の壁を吹き飛ばす。
轟音が戦いの火蓋を切って落とした。
水に濡れた鏑木を先頭に囮班は蔵の中へと突入する。
薄暗い蔵、ガラスの破片が煌の雨を降り注がせる中、赤く眼を光らせる着物姿の女が囮班を見据えていた。
キメラ、魂喰いだ。
魂喰いは口を開き火弾を放った。鏑木に向かって炎の弾丸が迫る。
「ふっ!」
鏑木は瞬時にその軌道を見切ると、瞬天足を用いて火弾を掻い潜った。瞬間移動したがごとき速度で一気に魂喰いに肉薄、下方への踏み込みから伸び上がるようにして鋼鉄の拳を突き出す。
魂喰いは上体を逸らせて一撃をかわし、続く二連撃を軸を外してかわし、壁へと跳躍してかわす。重力の作用が狂ったかのように魂喰いは蔵の側面の壁に張り付いた。
「人に仇なす悪霊め、許さん!」
鏑木に続いて突入してきたホアキンが壁に張り付いた瞬間を狙ってソードで突きかかり、平坂が発砲する。連射された銃弾はそのうちの一発が魂喰いをかすめたが、即座に魂喰いが逆側への壁へと跳んだことで他は避けられてしまった。
反撃の火弾が飛ぶ。炎が平坂の肩をかすめ、服の端を焦がした。
「くっ‥‥ごちゃごちゃしてて射線が通しにくいですね」
平坂が呻く。彫像やら箱やら大小様々な品が乱雑に置かれており能力者達の行動を制限していた。
一方の魂喰いは縦横無尽に立体的に蔵内を跳びまわり、雨あられと火弾を降り注がせる。
「‥‥不利だな。場所が悪い」
収蔵品の陰に回り込み、火弾をやり過ごしながらホアキンが呟いた。収蔵品に炎が燃え移り、煙まで充満してきた。
だがそんな状況にあっても男は冷静に考えていた。何故魂喰いはこの蔵に棲みついたのか? 何故この場所でなくてはならなかったのか? 前に歌部が逃げた時でも、蔵を離れなかったのは何故だ?
疑問を胸にキメラの赤瞳の動きを追う。
「‥‥あれ、もう一匹いる?」
火弾を回避し、石像の陰に飛び込んだ平坂が呟いた。不思議なことに彼女が盾とした石像は魂喰いと良く似た容姿を持っていた。
降り注いでいた火弾がぴたりと止む。
「それだ!」
この石像こそが魂喰いが蔵に棲みついた最大の原因に違いない。
ホアキンはそう判断すると、練力を解き放ち、豪力を発現させ石像を担ぎ上げた。細身だが恐ろしいパワーである。
「重量上げで優勝できますね」
「競う相手が能力者じゃなければな。退くぞ」
「了解ー!」
鏑木、ホアキン、平坂の三人は素早く脱出に移る。キメラが怒りの叫び声をあげ壁から舞い降りた。
●速度
「この子はリィナちゃんと申しますの。この曲線の辺りとか、とても艶やかだと思いません?」
蔵の外では鷹司がナイフの素晴らしさについて語っていた。
「ふむ、確かに‥‥良い輝きだ。しかし艶やかさというのなら貴女自身の方が上ではないかね?」
烏帽子のオッサンががっはっはと馬鹿笑いしながらそんな事をのたまっている。傍で見ている鈴花の胸中は不安で全開だ。
そんな中、黒煙を裂いて囮班の三人が蔵から脱出してきた。
「来たぞ!」
三人の背後からは獣のような吼え声をあげながら赤瞳の女が追走していた。魂喰いだ。
「む、鷹司殿! キメラが出て来――おや?」
歌部が振り向いた時には既に鷹司の姿は消えていた。
少女は放たれた弩のごとく走り、三人とキメラとの間に割って入る。そして水の属性を得ているナイフを閃かせた。首を刈り取るような弧を描く一撃だ。
魂喰いは咄嗟に首をふって、皮一枚を犠牲にしてかろうじてかわす。続く連撃を強引に横に飛び退き外す。だが飛び退いた先には既にグラップラーの少年が詰めていた。
天は練力を全開にすると地より破裂音をあげて踏み込み、右手の爪を魂喰いのボディーに叩き込んだ。
魂喰いは飛び退いた後で大きく態勢を崩していた為、咄嗟に腕で止めようとする。だが渾身の一撃はガードをぶち破り、漆黒の爪を腹に喰い込ませた。
女は苦悶の息を洩らし、口を大きく開いた。咥内が真っ赤に染まる。吐き出されたのは鮮血――ではなく、火弾だった。
「!」
爆裂する火弾が天を至近距離から直撃する。少年は衝撃に吹き飛ばされて地に転がり、燃え上がる。
「ティエン君! しっかりしたまえー!」
獄門がバケツを持って駆けより水を降りかけると共に、超機械を使って治療を開始する。
魂喰いは二人に向かってさらに追撃するそぶりを見せたが、その瞬間、天空より音速の矢が飛来した。
帯電する矢は雷神の槍のごとく、魂喰いを撃ち抜いた。
女が苦痛に喘ぎ、仰ぎ見ると、屋根の上に袖井が洋弓を構え立っていた。
「‥‥正射必中‥‥悪霊退散!」
雷撃の矢が飛ぶ。魂喰いは腕をかざし、かろうじて受け止める。だが腕に突き立った矢は確実に女の体力を削った。 その頃には囮班の三人も踵を返し、剣を手に鋼鉄の拳を構え魂喰いに迫る。
魂喰いは最早これまでと判断したか、天が倒れた穴をついて包囲網から脱出を計った。怪我の影響が感じられないほどの速度で走り、高々と跳ぶ。
しかし、
「――計算済みです」
着地の瞬間を精密に計算し、国谷が閃光を解き放った。エネルギーガンから迸る光が魂喰いに襲いかかる。
女は咄嗟に振り向くと手を光に向かってかざした。赤い障壁と閃光の弾丸が激しく鬩ぎ合う。
かつて、歌部の一撃は完全に防がれた。彼の一撃と同じ非物理攻撃、このキメラは非物理攻撃に対して極めて高い抵抗力を持っている。
だが今度は威力が違う。閃光は赤い障壁を突き破るとそのまま魂喰いを貫き通した。
「‥‥確かに、速かった」
科学者がフレームの位置を指で直しつつ言う。
「しかしサイエンティストの速さは、そういうものとは少し違う」
キメラは国谷を睨みつけながら鮮血を吐き出すと、崩れ落ちるようにして地に倒れた。
冬の風が一陣、砂埃を巻き上げ吹き抜けていった。
●戦いの後で
蔵の消火等諸々が終わった後、鈴花が言った。
「しょーじき、最初はどーなることかと思わないでもなかったのですが、流石はラストホープの傭兵さん達ですね! これでなんとか生きていけますよ」
少女は安堵を全身に浮かべ息をつく。
「がーっはっはっはっは! これが我々の力である!」
陰陽師がふんぞり返って言った。
「あんたは何もしてないだろ!」
思わず半眼で言う鈴花である。
「まぁなんだね、君達もラストホープに来たらどうかねェー」
獄門が言った。
「あらゆる困難が科学で解決するとは言わない。しかし、キミの力が科学に由来する事も事実なんだよー。普通に傭兵やった方が堅実で稼ぎもいいんじゃない?」
「ラストホープか‥‥」
歌部が烏帽子を直しながら答える。
「実は‥‥私もラストホープに登録している傭兵ではあるんだよ。普段は陰陽師として活動しているがね」
ニヤリと笑って陰陽師が言った。
「なんと、同業だったのかね」
「一応能力者であるからな。登録するのは義務だろう」
「私は能力者じゃないですが‥‥そうですねぇ、またこんなことがないとも限りませんし、一度能力者の適正検査を受けてみるのも良いかもしれませんね。能力者になれれば、有栖川を守ることが出来ますもの」
能力者の適正なんてそうあるものじゃないでしょうけど、と笑いながら鈴花が言った。
エミタ能力者となれるのは千人に一人、決して高い確率ではないのだ。
「鈴花さんには能力者になって欲しくはないが‥‥」
有栖川が言った。
「なんでです?」
「そりゃ〜これ以上鈴花さんが強くなってしまったら、凶悪が過ぎるような気がするからだよ!」
「だ・ん・な・様っ!」
睨む鈴花に有栖川は笑い声をあげると、
「ともかく、今回は助かったよ皆さん。能力者というのは素晴らしいな」
「うんうん、困った時には能力者なんだよー。ご当主も、これを機に我らへの援助をー」
「そうだな。今回の事で少し考えさせられた。こんな時代だ、私達と同様に他にもキメラの被害に苦しんでいる人がいるだろう。私は戦うことは出来ないが、資金面でなら力になれるかもしれない。世界的な企業から見れば有栖川の資産など微々たるものだが、少しででも良かったらラストホープに投資させていただこう」
有栖川は言う。
「代わりと言ってはなんだが、君達能力者は私達の希望だ。これからも人々の希望で有り続けて欲しい」
その言葉に何を思い、どう答えたかは各々が知るところである。
ともあれ、こうして今回の騒動は九人の能力者達によって解決され、有栖川家の人々に日常が戻ってきたのであった。