●リプレイ本文
「――何処にでも居るわ。私の中にも、たぶん、彼等の中にも」
赤毛の少女はそう言った。
生きるという事、生きるという事、誰かの為に死ぬという事?
「五年もの間、彼女が時雨を「演じてきた」のは、彼女の意志だったのか、ただ母に願われるままにそうしてきたのか」
サイエンティストが虚空に問う。
「これは呪いです。時雨さんの死によりかけられてしまった呪い。ならば祓ってみせましょう、その呪いを。悪鬼打ち砕く鬼神の名にかけて」
血色の少女は静かに誓い。
「願わくば――さんにも」
少年は蒼玉に祈りを込めた。
愛するという事、愛するという事、誰かの為に失うという事?
「抑圧され、忘れられた魂。己の絶望に事実をゆがめる女。孤独に怯え、拒絶する少女――鬼とは‥‥人の心にたやすく宿るもの、かも知れません」
黄金の髪の女は呟いた。
「‥‥この家で一体、何があったんです?」
ガンスリンガーは過去に問う。
「普通だぜ? 俺も若い頃はよくあったし」
碧眼の男はそっと呟き。
「それでも‥‥――は――ですわ」
銀髪の女はそう言った。
廻る廻る因果が廻る。
回転扉が闇の彼方に沈んでる。
最後の希望は絶望に輝く光となるか。
「道は二つだ。右か左か、あとはオマエのハートに聞きな」
踊る踊る光と影が踊る。
猛き三拍子、愛おしい程の憎悪。
蒼白い炎が黒の岸辺に燃え上がっている。
「初めまして。私は叢雲といいます。貴方のお名前を聞かせて頂けますか?」
彼等は腕を伸ばし、その扉を開けた。
●西園寺
九州にある街の郊外にある巨大な屋敷。一代で巨万の富を築き上げた西園寺平蔵の屋敷だ。
その西園寺邸の一室で五人の傭兵と一人の少女が向き合っていた。
「僕は燐火‥‥西園寺燐火」
少年の装いをしている少女は自己紹介した叢雲(
ga2494)にそう名乗った。
「貴方達も悪霊退治に来たの‥‥?」
少女は落ち窪んだ瞳で傭兵達を見上げる。
「ええ、歌部さんとは知り合いなの。その関係でね。きっと力になれますわ」
にっこりと笑ってロジー・ビィ(
ga1031)は言った。
「‥‥‥‥」
少女は無機質な目で傭兵達を見つめていた。
アグレアーブル(
ga0095)は近所の人々に聞き込みを行っていた。
「西園寺の夫妻が結婚されたのは何時でしょう?」
――今の奥さんとかい? 随分前だよ‥‥確か、十五年程前だったかねぇ。
「随分と御歳が離れてますよね」
――金持ちの世界じゃ良くあることじゃないかい?
「結婚のきっかけは?」
――さぁ? 亜里沙さん美人だから、あのスケベ爺がさらってでも来たんじゃないの。
――そういや、その頃に前の奥さんが死んでたなぁ。代わりにってことじゃねぇ? もしくは今の奥さんが前の奥さんぶっ殺して座を奪い取ったとかな。
「子供達の声が聞えていたのは、聞えなくなったのは何時?」
――子供達? 塀の外には聞こえねぇ。中と外とじゃ、世界が別なんだよ。外出る時は車だし。
「屋敷に出入りしている者は?」
――そういや、最近怪しい連中が出入りしてるっぽいな。なんつーの? 心霊系っぽい連中?
――なんか怖いわよねぇ。今朝もまた正門からカタギっぽくない人たちがぞろぞろと入っていったわよ。
周辺に聞き込みを行った結果は概ねそんな所である。
アグレアーブルは礼を言うと報告の為に屋敷へと向かった。
「母の望み通りに振る舞ってきたのなら、その反抗が何故「現在」始まったのか。何か切欠があったはずです」
と言うのはスーツ姿の国谷 真彼(
ga2331)である。
「ふーん、なるほどねぇ」
と同じく男物のスーツに身を固めた風巻 美澄(
ga0932)。
「はーいどーもー。心理カウンセラーも勤めています、先生方の助手の風巻美澄でーす」
二人は共に屋敷内で使用人達から聞き込みを行う。
だが使用人達から得られた情報は既に歌部から聞かされていたものと大差がなかった。
突っ込んだ話をしようとしても、
「貴方達はお嬢様に憑いた悪霊を払い落してくれさえすれば良いのです。当家の事情など何の関係があるのですか?」
という訳でにべもない。彼等にも守秘義務がある。
使用人達の口は固く、これといってめぼしい情報は得られなかった。
風巻は国谷と別れると西園寺夫人、亜里沙を訪ねた。
「おや、風巻殿、いかがなされましたかな?」
茶を飲みながら夫人と談笑していた歌部星明が問いかける。
「お子さんの状態を客観的に計るために、奥様にお話を聞きたく思いまして」
「私に‥‥客観的に計る?」
夫人は一つ首を傾げ、
「それで、わたくしは何を話せば良いのでしょう?」
「主に時雨さんの状態などを」
「悪霊に取り憑かれてますわ」
一言で終わった。
「‥‥いえ、もう少し詳しく」
具体的に何を問おうか、あまり深く考えていなかったのだ。風巻は会話を繋げながら考える。
(「‥‥まぁ、適当に足を止められりゃそれで良いか」)
風巻は胸中でそう呟くと質問を始めたのだった。
アンドレアス・ラーセン(
ga6523)とレティ・クリムゾン(
ga8679)は西園寺平蔵に聞き込みを行っていた。
「これから株主との会合に出なけりゃならんのだ」朝は忙しい。老人は言った「五分しか時間を取れん。手早く頼むぞ」
これを逃したら平蔵とは今日はもう会えないだろう。彼は大会社の主だ。暇な身分ではない。
「憐火が口にした『鬼』について心当たりはねぇか?」アンドレアスが問う。
「鬼じゃと?」
平蔵はしばし考えるように唸ると、
「解らんな。どういう意味か、これといって見当がつかん」
そう言って首をふった。
「では「狂気の沙汰」について詳しくお教え願えませんか?」
レティが問いかける。
西園寺は仏頂面で少女を見据える。
「この家で一体何があったんです? 頼みます。教えて下さい。西園寺家を救う為にも」
「‥‥‥‥」
平蔵はかなり長い沈黙の後に言った。
「今は時間が無い。また今度にしろ」
簡単には、話してはくれないようである。
国谷はアグレアーブルと合流すると燐火が通っているという私立の中学校へと向かった。某所にある名門校だ。
「何か彼女に変わったことなどはありましたか?」
「西園寺さんですか? いえいえ、とても穏やかに生活されてましたよ。成績優秀、スポーツ万能、素行も悪くなく、真面目で良い生徒ですね」
国谷の問いに担当の教師だったという中年の女性はにこにこと笑ってそう答えた。
「燐火君の髪が白いのは?」
アルバムの中の少女を見ながら国谷は言う。
「ああ、あれですか? 他には欠点はないのですが、あれだけは幾ら言っても直さないんですよね。入学してきた時からあの状態ですよ。脱色でもしてるんですかねぇ? 最近の子供達はまったく‥‥何度も黒く染め直せと言っているんですが」
教師は深々と溜息をついたのだった。
一方、アグレアーブルは生徒達から話を聞いていた。
「‥‥イジメ?」
「結構、酷かったみたい」
去年まで同級だったという少女は言う。
「だって、女なのに男みたいにしてるのって変じゃない? 髪も年寄りみたいに真白だしさ。おかしいよ、あの子。それに暗いし?
あと、西園寺家って成金じゃん? あたしは特に気にしてなかったけど、筋金入りのお嬢様連中は気にいらなかったみたいね」
「‥‥そうですか」
「あー、あと、結構悩んでたみたいね。最近始まったみたいで、どうすれば良いのか聞かれちゃった」
「悩み?」
「出血が酷い体質みたい。ほら、女だとさ、色々あるじゃん?」
ああ、とアグレアーブルは頷く。
「仲良いみたいに思われてグループに目付けられると厄介だから、あんまり話とかしたくなかったんだけど‥‥流石に可哀想だったから、他に相談出来る人もいないみたいだったし‥‥‥‥あの子さ、春休み明けてもずっと学校来てないんだって? ‥‥何か、あったの?」
「ふむ‥‥悪魔、とはちょっと違うみてぇだな」
図書館で深音・フラクタル(
ga8458)と共に調査を終えたアンドレアスはそう呟きを洩らした。単独行動の予定だったが他のメンバーも同じ考えだったらしく行先がかぶるのだ。
現在は一旦切り上げて、カフェで昼食をとりつつ外回り組と情報を交換しているところである。
「警察にいって調べてみた。詳しい事は教えてもらえなかったけど、解った範囲だと‥‥怪しいっていえば怪しい死に方してるみたいね、時雨さん。一応事故死ってなってるけど」
アンドレアスと相談し警察署へと調査に行ってきたレティはそう言った。
「当時の新聞の三面にも書かれてますね。名前は出ていませんが、恐らくこれでしょう」
フラクタルはそういって一同の前にスクラップした記事を差し出す。そこにはビルの屋上からアルビノの少年転落死、との見出しが記載されていた。
「警察は自殺・他殺の線でも調査中‥‥か」
ざっと記事を流し見てレティ。
「少年は八歳、か‥‥一般的に、そんな歳で自殺なんてするものなのかな」
「事故死が妥当でしょうが‥‥解りませんね。これが今回の事の発端になっている気がします」
とフラクタル。
「歌部氏は、この件に関しどうお考えです?」
夫人の相手を風巻に任せて抜け出してきた歌部にフラクタルは問う。
「‥‥死因がいずれにあるにせよ、そこで亜里沙夫人は狂った。何故狂ったのか。息子が死んだから。ではなぜ息子が死んで狂った? 小説やドラマの中ならいざしらず、現実の人の心ほど読めぬものはない。大抵の場合、きっかけの前に下地が出来上がっている」
「つまり?」
「これだけじゃあ、さっぱり解らん」
ぬあっはっはっはと笑う男に一同は盛大に溜息をついたのだった。
「外に出ると、ちょっとは気分が明るくなりますよね」
柚井 ソラ(
ga0187)はそう言った。
燐火の相手をする四人の傭兵はレンタカーを借りて散策に出ていた。「経費で落とすから領収書きっておいてくれでござる」とは歌部星明の言であり「叢雲さん、命拾いしましたわね」とは月神の言である。初めは叢雲が代金を持つ予定であったらしい。
「‥‥なんだか変な感じ」
鏡の中の自分を見て燐火は呟いた。ロジーの手によって薄めの化粧がなされていた。隈も化粧で消されている。服はそのままだが、もう少年には見えない。
「良く似合ってますわよ」
ころころと笑ってロジーが言った。
「‥‥そう?」
「ええ」
一同はハスキーと戯れつつ近場の森林公園をゆったりと回ると、叢雲手製の弁当を広げる。
「美味しいですか?」
「‥‥微妙、素朴過ぎる」
握飯にかぶりつきつつ燐火。叢雲はその返答に苦笑する。
「‥‥‥‥でも不味くない」
視線を逸らしつつ少女は言った。
「それは良かったです」
微笑して叢雲。
木漏れ日の中で食事しながら一同はとりとめのない会話をかわす。
「――それで、頑張って探したのに、お宝なんてなかったんです」
柚井が傭兵としての冒険譚を披露した。
「‥‥ありがちなオチ。漫画みたい」
「冗談みたいだけど本当の話なんです」
「大変だったね」
「ええ。でも良い経験にはなりました」
にこにこと笑いながら柚井は言った。
街を歩きながら月神陽子(
ga5549)が問いかける。
「お兄さんはどんな方だったんですの?」
「‥‥‥‥昔は、外見は僕に似てた。最近僕は、づれてきたけど」
「好きだった?」
「うん」
「それじゃ、お母さんは好き?」
「大嫌い」
語気の強さに思わず月神は足を止める。
「‥‥お母さん御病気なんですわ」
「知ってる」
振り返り燐火。
「もし病気が治ったら仲直りできそう?」
「‥‥解らない」
眼を伏せて悲しそうに呟いた。
途中五人はフラクタルと合流する。
「私は‥‥貴女を燐火という少女であると認識しました。以後、貴女を誰かと間違える事は、ありません」
緑眼の女はそう言った。六人は街の服屋へと向かう。
「‥‥なんか物凄く変な感じ」
ひらひらのふりふりに仕立て上げられた燐火が顔を赤めらせて言った。いつもはシャツに半ズボン姿であるのだから差異も大きいというものだ。
「これ、僕? 誰これ? 全然違う。僕と違う。時雨とも違い過ぎる」
鏡の中の少女を見て燐火は言う。
「それでも‥‥燐火は燐火ですわ」
ロジー・ビーは微笑みながらそう言った。
その言葉に燐火は一瞬、肩を震わせる。
「燐火さん、とても可愛らしいですよ」
叢雲が言った。
少女は赤面しながら振り返り仰ぎ見ると、
「‥‥叢雲って、ロリコン?」
「違います」
さすがに否定する叢雲だった。
三日目、別れ際、風巻が言った。
「燐火。ンな小難しく考えてんじゃねぇよガキのくせに。オマエさん、おっかさんのコトはスキか? 親父さんのことは?
おっかさんのことがスキなんだったら、オマエがおっかさんを変えてやりな。スキじゃないってんならムリするこたねぇ。とっとと出て行っちまえ。
そう考えりゃ道は二つだ。右か左か、あとはオマエのハートに聞きな‥‥なんてな」
「‥‥‥‥」少女は無機質な目でじっと見つめている「簡単な事は、簡単に考える。難しいから、難しいんだ。変えろというけど、どう変えれば良い。壊してしまったら、どうするんだ」
「そうかい」
その言葉に風巻は嘆息した。
「昔‥‥わたくしも、全てを失い、周りの全てを破壊しようと望んだ事がありました」
月神が言った。
「憎しみに囚われてはなりません。貴方の鬼はまだ育ちきってはいないはずです。
貴方は人のままで居て下さい。手が紅に染まり、もはや戻れなくなった、わたくしの代わりに‥‥」
「僕は、望んでいない‥‥でも、偶に、止められなくなる」
目を伏せて燐火。
「燐火さん」
赤髪の少女が言った。
「鬼なら、何処にでも居るわ。私の中にも、たぶん、彼等の中にも」
感情の波は別段奇異なものでも無いと、アグレアーブル。
「‥‥」
感情の波などさっぱり感じさせぬ少女を燐火は探るような眼でみている。
淡々としたアグレアーブルが淡々と感情の波について言及するのは、説得力があるような、無いような、燐火は判断をつけかねているようだ。
「燐火、突然何かを壊したくなるなんて、普通だぜ? 俺も若い頃はよくあったし‥‥や、今も若いけど!」
アンドレアス・ラーセンはそう言って笑った。
「‥‥そうなの?」
「ああ」
少女はくすりと笑うと、
「まだ若いんだオジサン」
「そっちかよ!」
漫才を始めた二人に柚井が苦笑しながら進み出た。
「これは、ばあちゃんから貰ったお守りなんです」
柚井が手に持つのは蒼玉のチョーカーだった。苦しい時、俺にいっぱい元気をくれたお守りだと燐火に言う。
「願わくば憐火さんにも」
少年は微笑むと、元気をくれますようにと少女の首にそれをかけた。
「‥‥ソラ?」
「これは憐火さんに預けます。また今度、会った時に返して下さいね」
「良いのか、そんな大事なもの」
少女は驚いているようだった。
「ええ、だから、失くさないでくださいよ?」
「‥‥解った、約束する」
こくりと少女は頷いたのだった。