●リプレイ本文
上海市の北方、江蘇省との境目の一つにある陣に、キメラの大軍が押し寄せていた。崩壊必至の陣に送られた援軍は十六人の傭兵。
「‥‥酷い光景ね」
ロッテ・ヴァステル(
ga0066)が荒野に立つ陣をみやって呟いた。元は豊かな田園地帯だった場所も、今では爆炎荒れ狂う戦場だ。
最後尾にあるこの予備陣にまではまだ敵は達していないが、巨大スライムを中心にしたキメラ達が破竹の勢いで前進中だという。
傭兵達はこれを撃退する為に急ぎ作戦を打ち合わせる。
「こうやって戦闘でも相良と御一緒できるとは‥‥嬉しい限りやっ」
クレイフェル(
ga0435)が言った。
「有難う‥‥知っている人がいると心強いんだよ」
相良・裕子(gz0026)が答えた。出発前「やー、キミが相良君だねェー。お噂は常々ー。同じユウコ同士宜しく‥‥え? ヒロコ? マジでェー!?」と獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)が驚いていたように裕子と書いてヒロコと読む。迷走する核弾頭やら破壊神やら様々な異名を持つ少女だが実は本来の名前の方が知られてなかったりもする。
(「破壊神とは、また大層な通り名ですよね。本人はこんなに可愛らしい方なのに‥‥ねぇ?」)
宗太郎=シルエイト(
ga4261)は胸中で呟き不思議そうに首を傾げている。
その一方で「なんつーか‥‥制服姿で戦場に来るか? 普通」相良を一瞥しぽつりと呟くノビル・ラグ(
ga3704)。
(「でも、実力は相当らしいよな‥‥相手だって十五、同い年だ。俺も負けてらんねーぜ!」)
少年はメラメラと対抗心を燃やす。熱い心意気、青春だ。
「ちょっと、耳が痛いですねぇ‥‥」
呟きを耳に拾ったか、苦笑して九条院つばめ(
ga6530)が言った。彼女も制服姿である。こちらはセーラー服だが。
「スナイパーとして名高い相良君とご一緒できるとは光栄です。精一杯フォローさせてもらいますよ」
剃髪の鍼弓師スティンガー(
ga7286)がニカッと笑いつつ陣図を広げて言った。
「さて、件の巨大スライムですが‥‥奴さんも本腰入れ始めてきましたねぇ。現状はピンチっぽいですが、押し返す事が出来れば相手の戦意を削ぐと同時にこちらの士気も高まりますかね?」
「こちらの士気が上がるのは間違いないでしょう‥‥でも‥‥キメラはどうかしらね‥‥下がりそうなものだけど、バグア側の戦力は豊富だし‥‥敵の弱気には期待はしない方が良いでしょうね」
思案するようにしながらロッテ=ヴァステルが答える。
「黄金のビッグスライムか‥‥倒したら、何時もより多くボーナスとか貰える‥‥訳無ぇーヨナァ」
UPCケチだもんな、とノビル・ラグ。
「さてな。損害を抑えれられれば出るかもしれんぞ?」Cerberus(
ga8178)が言った。九州の依頼では多少色がついた。「大隊長の話によればビッグスライムは酸攻撃をしてくる可能性が高い。間合いには気をつけてくれ」
「了解。しかし、敵はビッグスライムの他にも相当の数が来ているらしいじゃないか? この人数で押し返せとは無茶を言うよな」
百瀬 香澄(
ga4089)が嘆息混じりに呟いた。
「無理だと思うか?」
ベーオウルフ(
ga3640)が百瀬に視線をやり問いかける。
「まぁ、無理じゃあないけどね」女は不敵に笑った。「UPCの注文に無茶が多いのはいつものことさ。一つ気合を入れて行こうかね」
かくて傭兵達は作戦の細部を詰める。
「支援攻撃は任せて。その代わり、きちんと目の前のキメラを倒してよ?」
アサルトライフルを担いだ少女、香倶夜(
ga5126)が言った。
「了解ッス、任せておいてください」
同じ班の六堂源治(
ga8154)が答えた。
「‥‥とりあえず、相良達は撃てば良いのかな?」
「うんうん、キミには思いっきり、弓を引いて欲しいんだよー。面倒な考え事は獄門に任せておきたまェー」
と獄門。
「相良さんのお噂はかねがね伺っておりますし、頼りにさせてもらいますね」
にっこりと微笑んで言うのはアイロン・ブラッドリィ(
ga1067)だ。
「面制圧前に‥‥ボクは裕子さんに‥‥一度強化入れますね‥‥」
十歳程度に見える小柄な少女、忌瀬 唯(
ga7204)がおどおどとしつつも言う。
「有難う、了解なんだよ」
と相良。
「私達はB班だね」
ショットガンを撫でつつ黒崎 美珠姫(
ga7248)が言った。
「ああ、そんで右翼だな。面倒だが、掃除と行くか」
コキコキと首を鳴らしつつベーオウルフ、今回は大剣を持参だ。
相談の末、傭兵達は三班に別れて迎撃する事に決めた。左翼A班、中央C班、右翼B班という陣形だ。
左翼を固めるA班は、ロッテ=ヴァステル、百瀬香澄、香倶夜、六堂源治、以上四名のメンバー。白兵主体だ。
右翼B班は、クレイフェル、ベーオウルフ、宗太郎=シルエイト、黒崎美珠姫の四名。こちらもA班同様、銃1、近接3の接近戦重視の編成だ。
中央C班のメンバーは、アイロン・ブラッドリィ、獄門・Y・グナイゼナウ、ノビル・ラグ、スティンガー、九条院つばめ、忌瀬唯、Cerberus、相良裕子、以上八名。射撃戦主体の編成だ。
傭兵達は班ごとに分かれ各自覚醒し北へと走る。
「同じ班やな。よろしゅう、宗太郎!」
走りながらクレイフェルが笑って言った。
「クレイフェルさんか! キメラの群れなど蹴散らしてやろうぜ!」
覚醒すると性格が変わる。粗雑な口調で宗太郎=シルエイトは答えた。
中央部のUPC軍は雪崩をうって後退していた。彼方に巨大な黄金のスライムとキメラの群れが見える。
「こちら一〇五小隊、命令により撤退する。友軍の健闘を祈る」
退却に移っている小隊から無線が入った。それに六堂源治が答える。
「こちらLH傭兵隊、了解ッス。後は俺達に任せていただきやしょう」
傭兵達は退却するUPC軍をすり抜け陣をさらに北上する。巨大な不定形生物が黄金に輝いている、中央に赤い輝きが見えた。爆音鳴り響く戦場を、キメラの群れが突進してくる、狼人が太刀をふりかざし、蜥蜴人が電撃をまき散らし大虎が咆哮をあげる。
「なんつー大群だよ。こりゃ気合入れないとヤバそうッスね‥‥」
怒涛のごとく押し寄せてくるキメラ群をみやって六堂が洩らした。
「蜥蜴に虎に狼、はては巨大スライム‥‥流石中国、キメラの種類も多種多様です‥‥」
九条院つばめが槍を携えて走りながら呟く。
「噂に聞く破壊神の力‥‥どれ程のものかしら?」
左翼に展開しつつ、ちりと肩越しにC班を見やりロッテが言った。伊達で軍曹待遇されている訳はないだろうが、実際にその実力を見た事はなかった。
傭兵達はそれぞれの感慨を胸にキメラの群れへと接近してゆく。
百程度まで相対距離が詰まるとスライムの両脇を固める蜥蜴人達が足を止めた。顎を開く。明滅する光が見えた。瞬後、爆裂する雷が咥内から吐き出される。
電撃が無限の長さを持つ槍の如く伸びる。数十の雷の帯が荒れ狂い、空間を真っ白に染め上げ、A班、B班、C班へ降り注いだ。
傭兵達は咄嗟に避けようと動くが、数が多い。面で撃ってきた。回避は至難だ。凄まじい数の爆雷が反応の遅れた者を次々に薙ぎ払ってゆく。
Cerberusはガードを構えて走り、若干の抵抗力をあげつつ雷を受け止め相良を守っていた。しかし盾はあまり電撃を防いでくれない。爆雷に皮膚が焼かれ衝撃が全身を貫いてゆく。
「ケルベロスさん、無茶はいけないんだよっ」
Cerberusの背後から若干焦った調子で相良が言った。
「ボディーガードは守って何ぼだ。黙って進め‥‥! こちらの射程に入らん限り勝負にならん」
中央先頭から駆けてくるのは速度に優れる大虎の群れだった。高さは低い、爆雷は虎の背越しに撃たれている。雷と共に無数の虎が突っ込んでくる。
その後方からは体長十メートルを越える巨大な壁のようなスライムが続く。かなりの速度だ。
太刀を持つ狼人は多少知恵があるらしく黄金のビッグスライムの陰から進んでいる。スライムを盾に使う腹積もりのようだ。
忌瀬唯は足を止めると相良に練成強化をかけ、Cerberusに練成治療を施した。自身は身長99センチと小柄で、さらに努めて身を低くしている為、上手く雷撃を避けている。
「ははははは! カツカレーが喰いてェーなあー!!」
激しく明滅する世界の中、獄門は足を止め、電波を受信しながらもCerberusへと三重に練成治療をかけて全快にさせる。
十匹近くの蜥蜴人達から電撃の帯が三連射される。一同に甚大な被害が発生している。相良を庇っているCerberus、再び重症。獄門が後方から三重に練成治療を飛ばす。
爆雷が降り注ぐ中、正面から迫る十匹の大虎に対し、四人のスナイパーが弓を向けた。
「良い加減、撃たれっぱなしは勘弁ですね。この戦場の術式を開始しましょう」洋弓を引き絞りスティンガー。
「オーケー、狙うのは、“点”では無く“面”‥‥ってね!」弾頭矢を番えノビル・ラグ。
「では‥‥参ります!」
アイロンが閃光の如く矢を撃ち放った。ノビル・ラグとスティンガーは互いの矢番えの隙を埋めるように交互に弾頭矢を撃つ。相良は弾頭矢を五本取り出すと、練力を全開にし猛連射した。スナイパー達から矢弾が嵐の如く放たれ、炎の華が咲き乱れる。
大地が爆砕し、傍にあった櫓の支柱が吹き飛ばされて倒壊し、放置されていた軍用車が爆発に巻き込まれ燃料タンクに引火し爆散した。大虎達は吹き飛んでいる。
だが生き残りもいた。十匹いた中の最後の一匹が爆炎を裂いて飛びだし、スナイパー達をめがけて突進、跳躍、飛びかかってくる。
迎え撃つように九条院が走った。射手達の脇をすり抜けて前に出ると、斧槍の穂先を斜め上へと向け、宙の大虎へと突き出す。穂先が大虎の腹に突き刺さる。重い。柄を持つ手に虎の質量が衝撃となって伝わる。柄を持つ手が滑べりかける。背筋を悪寒が走り抜けた。ここで虎に押し切られ倒されると他に近接武器がない九条院は不味いことになる。
しかし伊達で武門の娘である訳ではないらしい。見た目とは裏腹にパワーがある。歯を喰いしばって踏みとどまると、後ろ脚で地を蹴ってさらに槍を突き出した。宙の大虎の勢いが止まり後方に回転して背から地に落ちる。すかさず斧槍を引き抜き振り上げた。裂帛の叫びと共に虎の頭部に斧刃を叩きつけ爆砕させる。
気づくとC班への雷が止んでいた。ビッグスライムが急速に接近してきていたのだ。炎を裂き、大虎の死骸を踏みつぶし、七十程の距離を五秒以下で詰めてくる。塹壕の隙間など巨体の前には問題にならない。スティンガーが練力を全開にし備えていた弾頭矢で迎撃する。爆発。一本の矢では止まらない。
アイロンもノビルも相良も虎の群れを薙ぎ払った直後だ。
それでも相良裕子は素早く矢を番え――十メートルを越える、文字通り見上げる程の巨体が高速で地を削りながらC班の眼前に迫っていた。
スライムは、勢いを止めるどころかさらに加速して突っ込んで来た。スライムに待っていなければならない義理などない。轢き殺しに来た。傭兵達は分散していない、斉射の直後で固まっている。黄金の色が視界一杯に広がった。
一瞬の間の後、相良、アイロン、ノビル・ラグ、スティンガー、Cerberus、九条院の六人の身がダンプカーに跳ね飛ばされたが如く宙に舞った。
●左翼
炎の嵐が炸裂した直後、左翼のA班は前進を開始していた。蜥蜴人の群れから右翼B班へと向けて集中して数十条の爆雷が飛んでいる。A班へはスライムの後方から前進していた狼人達が横合いから突っ込み、その進路を遮るように展開していた。
三匹の狼人が先頭を走るロッテ=ヴァステルを迎え撃つよう一斉に斬りかかってくる。
蒼髪のグラップラーはステップを踏んで軸をずらした。唐竹割りの一撃を半身になってすり抜けるようにかわす。左方より寝かされた刃が喉元へと伸びてきた。平突きだ。咄嗟に腕をつかい斜め上へと跳ね上げる。
右方よりの斬撃を腕を払った勢いのまま回転しながら身を沈めてかわし、左の踵で正面の相手の足を薙ぎ払う。衝撃は通る、転倒した。
振り上げられた刃が振り下ろされるよりも早く伸びあがり、左の狼人の顎先を蹴りあげ吹っ飛ばす。身を捻りざま後ろ回し蹴りを右の狼人の側頭部へと叩き込んだ。狼人の身体がぐらりと傾いで倒れる。
「カーテンフォールよ‥‥ラ・ソメイユ・ペジーブル(安らかな眠りを)」
女は正面で倒れている狼人を見下ろし、脚を高々と振り上げた。右の踵が容赦なく喉元へと叩き込まれる。狼人は口から血を吹き出し白目を剥いて絶命した。
百瀬香澄へも獣人達が襲いかかっていた。四匹の狼が烈風の如く太刀を振り回し、槍使いの女へと猛攻を加える。
「新しい彼女も作れてないんでね。やられてやるわけには行かないんだよ!」
後方へ飛び退いて斬撃を回避すると、踏み込んできた狼人に対し太刀の間合いへと入られる前に、その喉元へと穂先を繰り出し突き倒す。胸部を狙って横合いから突きだされた切っ先をスウェーしてかわし、カデンサを振るって薙ぎ払う。遠心力で加速した刃が炸裂し狼の首が飛んだ。
逆サイドに回り込んだ一匹が袈裟斬りの斬撃を放った。太刀が女の肩に食い込み骨が嫌な音を立てる。
「‥‥てめぇ」
狼人は喰い込ませた太刀を滑らせ、引き斬った。鮮血が飛ぶ。もう一匹の狼人が太刀を振り上げ迫る。
横合いから弾丸の嵐が吹きつけた。香倶夜だ。少女は前進しながらアサルトライフルを猛射し、獣人に死の舞踏を踊らせる。
百瀬を囲むもう一匹の獣人が倒れる。源治が刀を振り抜いた体勢で立っていた。
「大丈夫ッスか、香澄サン!」
「おかげさまでなんとか」
百瀬はカデンサを一振りする。腕はなんとか動くようだ。
「行きな、あんた達、蜥蜴人を狙うんだろ?」
「でも」
「大丈夫だ。私はそんなにヤワじゃない。ここは任せな」
源治はしばしの逡巡の後に決断する。
「――了解したッス、お願いしまっす!」
男は刀を携え走り出す。
「洒落にならない数ね。あたしも行って大丈夫かな?」
少し心配そうに香倶夜。
「ヴァステルが踏ん張ってるからなんとかなるさ。それより雷を止めないと不味い。早く蹴散らして中央の援護に回らないと」
中央へはビッグスライムが突っ込んでいた。C班の連中はどうなったのか。この位置からではビッグスライムの巨体の陰になっていてよく解らない。
「‥‥解った。死なないでね」
言い残し、香倶夜が源治の後を追う。
「そっちもな」
迫りくる狼人へとカデンサを構え百瀬が言う。
「さぁ第二ラウンドだ。この槍の錆になりたい奴から掛かって来いッ!」
●右翼
中央で爆炎が荒れ狂った後、右翼B班もまた前進を開始していた。その前進を阻むように敵後方の蜥蜴人達が一斉に迸る雷撃の渦を飛ばしてくる。
宗太郎=シルエイトは直撃コースで飛んできた閃光を火槍で切り払った。穂先に稲妻が割れ爆ぜ狂う。
「爆炎やら爆雷やら、なんて弾幕の嵐だ。生身の戦闘でこんな豪勢な花火、初めて見たぞ」
光が荒れ狂い爆音轟く戦場を駆けながら、ひきつり気味の顔で呟く。歩兵でこれか。敵味方ともに凄まじい。
これがこの地の最前線というものなのだろうか。大地が荒野と化す訳だ。
B班の黒崎は雷撃を避けられずかなりの数の直撃を受けていた。ベーオウルフは抵抗が低い為、当ると一発が大きかった。両者ともにかなり消耗している。
そんな中、クレイフェルの視界の隅を黄金の巨塊が通り過ぎていった。肩越しに中央を振り向き見やって絶句する。
(「‥‥ビッグスライムが突っ込んだ?!」)
状況を班メンバーに伝えようかと思うが自分も他のメンバーも爆雷の中を全力疾走で突撃中であり不可能だ。
爆雷をかいくぐって一番に突っ込んだのは移動からの瞬天速で飛びこんだベーオウルフだった。塹壕を飛び越え残像を残すほどの速さで間合いを詰めると、渾身の力を込め、両手持ちの大剣ですれ違いざま薙ぎ払う。突進の勢いが乗ったそれは蜥蜴人を斬り裂き吹き飛ばした。
一拍の間の後にクレイフェルとシルエイトが雪崩れ込んだ。クレイフェルは両手の爪を振りかざして引き裂き、シルエイトはエクスプロードを振るって薙ぐ。
乱戦に持ち込まれると蜥蜴人は脆い。至近距離からも爆雷を吐くが、かわされ、射線上にいた仲間に命中する。よろめいた。ショットガンの射程距離まで間合いを詰めた黒崎が散弾を放って撃ち抜く。一方的な展開だ。
敵の右翼からの攻撃は止まっていた。見やれば、香倶夜の援護射撃の元に源治が太刀を振り回している。敵の右翼はあちらの処理で手いっぱいらしい。
接敵後、十数秒で敵左翼の蜥蜴人を殲滅し終えたクレイフェルはトランシーバーで連絡を入れた。
「クレイフェルです。ケルベロスさん、状況はどうなっていますか」
しばし待つ、応答なし。
「‥‥中央に戻りましょう」
クレイフェルは班メンバーに呼びかけるとビッグスライムを目指し走った。
●赤い戦場
C班のうち前に出ていた六名はスライムに吹き飛ばされて地面に転がっていた。スライムの体躯は弾力があるので一撃で絶命するほどの衝撃ではなかったが、あの質量である、ダメージは大きかった。またその体躯からは強烈な酸が染み出しているらしく触れた箇所から白い煙があがっている。
一同を跳ね飛ばしたビッグスライムは地を削りながら停止すると、ハリネズミの針のように八方に黄金の触手を伸ばした。狙いは無論倒れているメンバーである。
矢の如く突き出された触手をアイロン・ブラッドリーは横転して間一髪で逃れた。ノビル・ラグも間一髪で避けた。アイロンもノビルも十中七は避けられそうにないのに避けるのは火事場の馬鹿力か。スティンガーは捕まった。九条院は捕まった。Cerberusは捕まった。相良は素早く横に転がって回避した。
酸の触手が三人の全身に巻き付き、消化にかかる。白煙が噴き上がり、三人の皮膚が溶かされてゆく。Cerberusは活性化で対抗した。
忌瀬唯が後方より超機械を発動させた。スティンガーと九条院を捕えている触手の繋ぎ目を狙い、蒼光の電磁嵐を巻き起こす。蒼い光が赤壁を突き破り黄金の軟体が爆ぜ飛ばせた。両名が解放されたが、血まみれだ。
相良裕子は即射を発動させると、弾頭矢を撃ち放った。Cerberusを捕えている触手の繋ぎ目に矢弾が炸裂し一撃で吹き飛ばす。Cerberusは解放されたが、爆風が倒れているスティンガーと九条院へと降り注いだ。多少は距離があるので普段なら熱い程度だが、満身創痍の今はキツイ。相良は次の矢を番えていたが、ピタリと動きが止まる。
六本の触手が少女に襲いかかった。空白を突かれた事もあり全ては避けきれない。捕まった。全身に巻きつかれ、細胞が溶け激しく煙が噴き上がる。肉の焦げる嫌な臭いが満ちた。
九条院が身を起き上がせる。全身が熱い。目眩がする。目が見えない。視界が真っ赤に塗りつぶされている。状況はどうなっている? 解らない。周囲からは爆音と悲鳴と怒号が聞こえた。手は硬い何かを握っている。槍だ。手放してはいない。
(「なら、まだ、やれる筈です‥‥!」)
少女は胸中で呟き、槍を杖に立ち上がる。
「くそったれッ!」
弾頭矢は全て使い切ってしまった。ノビル・ラグは練力を全開にするとアサルトライフルを取り出し構え、相良を捕えている触手の繋ぎ目を狙って弾丸を猛射する。赤い障壁が展開した。弾丸は抜けたが、柔軟な体躯に威力が削がれている。なかなか切り離せない。
「これ以上の破壊を許す訳には参りません!」
アイロン・ブラッドリーは練力を全開にして洋弓を引き絞った。二連の弾頭矢が炸裂し触手が千切れる。相良が解放された。
獄門は練成治療を発動させると九条院、スティンガー、相良にかける。三名の視界が回復した。
九条院が斧槍をビッグスライムへと叩きつけ、スティンガーは間合いを取ると練力を全開にして弾頭矢を放つ。Cerberusは応援を呼ぼうと細胞を活性化させつつ無線機を取り出す。壊れてる、修理が必要だ。舌打ちし身を翻すと刹那の爪を叩きつける。赤壁が展開した。貫通はしているがどれほど効いているのか解らない。
ビッグスライムの身が震え、再び黄金の槍が八方に放たれた。
●血戦
狼人の群れを撃破したロッテおよび百瀬とB班の面々は中央へと取って返していた。
ロッテ=ヴァステルが練力を全開にしスライムの後背から矢のように突っ込む。背後にも関わらず三連の触手が飛んだ。蒼髪の格闘家は突進しながら跳躍し避ける。速い。黄金の壁に向い足を振り上げ、踵の爪を叩きつけた。
「全く、気味が悪い生き物ですね」
クレイフェルが淡々と呟きつつ迫る。迎撃の触手を一気に踏み込んで掻い潜った。こちらも速い。練力を開放し瞬即撃を発動させる。
「やることは解っている」
ベーオウルフは得物をイリアスに持ち替えて駆け、百瀬がカデンサを携え突進する。三人はロッテに並ぶと攻撃を集中させてスライムの体躯を削り始めた。
シルエイトは新技を試したが炎は衝撃波には乗らなかった。エクスプロードを携え四名の元へ加勢に走る。
五人の前衛により猛烈な勢いでスライムの体躯が削られてゆく。白煙と共に液体が溢れ出した。酸だ。一同の身に強酸が降りかかる。スライムの外皮から触手が伸び、後方から襲いかかってきた。前兆は肉薄しているとちょっと解らん。ロッテ、クレイフェル、ベーオウルフ、シルエイト、百瀬、視界外からの攻撃に全員捕まった。触手が全身に巻き付きにかかる。
「いい加減に‥‥くたばりやがれえぇ!!」
完全に身動きが取れなくなる前に、シルエイトが紅蓮の輝きを巻き起こしてエクスプロードを深々と突き刺した。酸に焼かれつつも執念で起爆させ、爆裂を巻き起こす。捨て身の一撃はスライムの身の一部を爆ぜ飛ばせた。だが外皮から中心にある赤い輝きまでは四メートル近くある。これだけ削ってもまだ半分強ほどしか進んでいない。
一同の全身が燃えるように熱くなる。目に酸が入り、視界が真っ赤に染まった。
駆けつけた黒崎がショットガンを撃ち放った。ロッテ、クレイフェル、ベーオウルフの触手が吹っ飛ぶ。
彼方よりアサルトライフルの弾丸が百瀬の触手へと叩き込まれる。それと同時に雄叫びをあげて刀使いの男が飛び込んできた。百瀬の触手を袈裟斬りから一刀両断に叩き斬ると、返す刀で連撃を浴びせてシルエイトを掴んでいる触手を切断した。
「皆さん、大丈夫ッスか!」
香倶夜と六堂源治だ。
「厄介な攻撃だね、生きてる?」
「‥‥あんまり大丈夫じゃねぇな、クソっ」激痛の中、ベーオウルフが頭をふりつつ呻いた。眼が見えない。「気をつけろ!」
三連の触手が六堂へと飛んだ。避けられない。絡み付かれる。
即座に黒崎がショットガンを連射して吹き飛ばす。香倶夜が傷口を狙いアサルトライフルでフルオート射撃する。
猛烈な爆音がスライムの向こう側から連続して轟き始めた。ビッグスライムの巨体が大きく震える。どっかの破壊神が猛連射を開始したらしい。
勝負に出る時だ。触手の攻撃が止んだ隙に黒崎はショットガンをリロードした。必殺の弾丸を銃に込めビッグスライムの体内へと突っ込む。
「くっ‥‥」
溢れ出る酸に身を焼かれつつも進み、ショットガンをスライムの体内に押し込む。スライムが動いた。黒崎を体内に入れたまま高速で右へ左へ回転し始める。放り出す気だ。少女は酸に焼かれつつも体内に爪を立て絶叫をあげて踏みとどまる。
「あああああああああああああああああああッ!!」
装填されているカートリッジは貫通弾、狙いは赤い輝き――恐らくコア。練力を全開にして引き金を引く。
ショットガンの重い銃声と共にビッグスライムの体内で散弾が炸裂した。
●かくて
死屍累々という言葉がある。その戦場は、文字通りだ。
後方の予備陣、怪我人が集められている天幕、サイエンティストの軍医がせわしく治療を行っている。
「なぁ‥‥相良が行くところっていっつもこんな感じなん?」
頭部に包帯を巻いているクレイフェルが、似たような姿になっている少女に言った。眼鏡が破壊されたらしく裸眼なので少し違和感がある。
ズタボロになった制服に身を包んでいる少女はこくりと頷いた。
「でも相良だけがじゃないよ。激戦地で戦っている人達は皆そう」
「そっかー‥‥」
少女は手を己の手に視線を落とし握って開く。
相良裕子は確かに強いが、しかしやはり人間だ。十五歳の少女に過ぎない。渾名をつけられる程度の破壊力はあるが能力者の範疇だ。敵も強い。一人で万の敵を薙ぎ払える訳ではない。
「御免ね。あまり期待に答えられなかった。もっと、力が欲しい‥‥」
ぽつりとつぶやいた。
それを耳に拾ったか、目蓋を半分閉ざして香倶夜が言う。
「‥‥大火力には憧れるけど、あんまり過ぎると扱いに困るんじゃない? 今でだって制御しきれてないでしょ。過ぎたるは及ばざるがごとし、だよね。あたしが云うのも僭越だけど、メリハリを付けた方がもっとみんなの役に立てるんじゃないのかな。一人で戦ってるんじゃないだしさ」
相良は視線をやるとじっと少女を見つめた。
「な、なに?」
「‥‥‥‥そうかも?」
小首を傾げてそう言った。
偶にワンテンポずれる。思考があちこちに飛んでいるのだろう。
(「‥‥調子の狂う奴」)
香倶夜は胸中で呟き、疲れを感じて嘆息した。
「しっかしまー、なんとか敵を退けられて良かったじゃねーか! 負けてたらと思うとゾッとするゼ」
ノビル・ラグが言った。
「そうですねぇ、本当、タフな相手でしたよ」
シルエイトが思い返したのか辟易したように言った。
「スライム‥‥おっきかった‥‥です‥‥」
ふるふると唯。
「嫌な敵でした。やはりああいうのは苦手です」
スライムの不快感を思い出したのかアイロンが身を震わせる。
「‥‥水浴びしたい気分ね」
身体の汚れを気にしつつロッテ。
「さすがに、辛かったな」
ベーオウルフが呟く。
「眼が見えなくなった時はどうしようかと」
と九条院。
「大丈夫ですか?」
黒崎が問う。
「ええ、なんとか」
若干まだ痛むが、医者に検査してもらったところでは大丈夫そうだ。一時的なものだろう。
「しかし、これ、何で出来てるんでしょうねぇ?」
黄金の欠片を手に持ちスティンガー。
「‥‥スティンガー、まさかそれスライム? 持ってきたのかい」
百瀬が呆気にとられた表情で言う。
男は煙草を咥えつつ笑い、
「成分が何なのか気になるでしょう?」
「うむー興味深いねェー、キメラの生態は謎だからねぇ」
と獄門。
「なんですよねー、後で調べてみますよ。今後の何かの助けになれば良いんですが」
「‥‥なんだか牛乳入れて固める奴に似てるよなそれ‥‥腹が空いた‥‥でも陣地にあるのは不味い保存食だけ」
「そーいや、腹減ったッスねー」
と六堂。
「決めた。私はLHに戻ったら、どっか飯食いに行く。あとコーヒー」
そんな喧騒を背にCerberusが外へと出ようとした所へ、大隊長が天幕を潜り中へと入ってきた。
「あ、大隊長、ビッグスライム倒したぜ、報酬増えるかっ?」
ノビル・ラグが問う。
「残念ながら、規定通りだな。鮮やかにとはいかんかったろ」
大隊長が苦笑しながら言う。
「えー、ケチくせー」
「そういうな。余裕があればそうしたい所だが、結構被害がでかくてな。まぁ経費と治療費くらいは持ってやるから、ぶっ壊したりしたもんがある奴は後で申請しておけ」
「戦況はどうなっている?」
Cerberusが問いかけた。
「小康状態ってところだな。なんとか押し返したよ。が、車を出せるようになるまではまだかかる。しばらく養生してくんだな」
大隊長は肩を鳴らしつつそう言った。
かくて、上海の陣を襲ってきたキメラ群は撃退され、防衛線はなんとか持ち直された。
薄氷に立つようなバランス。いつか反攻の日は来るのだろうか、それともこのまま破られるのか。
未来はまだ、誰も知らない。