●リプレイ本文
病人一人の為に雪中行軍、しかも道中には竜と来たもんだ。
しかし、
「降りるなんてとーんでもない!」
愛紗・ブランネル(
ga1001)はそう言った。
「勿論「行く」です。助けを求めている仲間がいる、ならば迷いはありません、躊躇う必要さえありません」
決意を胸に赤霧・連(
ga0668)が言う。
「割に合わない事この上無ぇですが‥‥それがイイ」
酔狂な事を言って不敵に笑うのは稲葉 徹二(
ga0163)である。
「世界は理だけじゃ回らんってトコ、見せてやりますか」
少年の言葉に一同は頷くと、登山用具の詰まったザックを背負い、銀嶺の彼方を見上げた。
ネパールの山岳、氷雪しめおろす峻険な大地を十人の傭兵が歩いている。
「返す返すも、泣かせる話だにゃー。かっこ涙かっことじー」
あ、移ったにゃ、などと言っているのはフェブ・ル・アール(
ga0655)である。
「雷前さんの為にも、一刻も早く薬を手に入れてお届けしたいですね」
不知火真琴(
ga7201)が言った。
「しかし、その薬をお持ちになっているハウザー老が住んでいる場所が標高七千メートルの高山とは‥‥」
これは大変な行軍になりそうです、と水鏡・シメイ(
ga0523)。
「過酷ですが、人の命が懸かってますしね‥‥」
行かない訳にはいかない、と比良坂 和泉(
ga6549)。
「愛紗、ハウザーおじいちゃんのとこに行くのは二回目っ、今回もきっと大丈夫だよっ」
アネットお姉ちゃんは元気かなー? などと漏らしつつ少女は一同を励ます。
「ハウザーの爺ぃ、PCから人間までウィルス関係にゃ強いでありやがるですか。けど取りに行かなきゃなんねぇとは‥‥材料があそこにしかねぇのか、それとも調合が他のモンじゃ出来ねぇのか、厄介な薬でやがるです」
シーヴ・フェルセン(
ga5638)が淡々と言った。
「老ハウザー、ハウザー=シルヴァレスティ、星を見る老人か」寒さに鼻をぐずらせつつも伊佐美 希明(
ga0214)が呟いた。「それだけなら、浪漫があるんだろうけど‥‥憎しみで見上げる宇宙(そら)程、空しいものは無いかな」
「――きっと、そういう方は多いのでしょうね」
失われたものが大きければ大きい程、憎まずにはいられないのが人の業。傍観者として人の世の有様を眺めてきた八百 禮(
ga8188)はそういう人間を何人も見て来た。
「‥‥悲しいもんだな」
へっくし、とくしゃみをしつつ伊佐美は言った。
「響さんを失ったら、雷前さんもそうなってしまうかもしれません」不知火が言った。「悲しみを再び生み出さない為にも、頑張りましょう」
「ですね。私達の手で笑顔をお届なのですよっ」
と赤桐。
「シーヴ、大切な人護りてぇ気持ち、分かるんで頑張るです」
一同はその言葉に頷くと、雪の山道を登った。
「この辺りからしばらく見通しが悪くなります。注意してください」
八百が以前の登山行の記憶を呼び起こし、無線を使って一同に注意を呼び掛けた。登山は嫌いだと言っている割に――だからこそだろうか?――重要なところはきっちし抑えている。
春になって動きが活発になったのか、小型のキメラなどがちょろちょろとちょっかいをかけて来たりもしたが、不意を打たれなければどうという事はない。傭兵達は危険な箇所では警戒を強め、迎撃するなり身を隠すなりして順調に進んでゆく。
「まだ進みやすいうちに距離を稼いでおこうか」
街を出る時に先頭をゆくフェブはそう言っていた。傭兵達はペース配分を多めにして進んでいた。故に二日目の半ばには、かなりの距離を進んでおり、既にさらに厳しい道のりへと突入していた。空気はさらに薄くなり、道もまたさらに細く、険しくなる。幸いな事に空は晴れていたが風が強い。吹き付ける冷風が体温を奪ってゆく。
傭兵達は防寒服に身を包み、重い荷物と純白の雪にともすれば足をとられがちになりつつも進んだ。夜には暖かい食物をとった。
「愛紗はまだちっちゃいからなー。起きてられるかにゃ?」シチューをすすりつつフェヴ。
「自分の番の時は頑張って起きてるもんっ」湯気の立つカップに口つけつつ愛紗。
傭兵達は眠る時は二人一組の歩哨を交代で立てて警戒した。強風に飛ばされぬようにテントに杭を打ち、その中でアルコールストーブで暖を取る。
「ほむ、月があんなに高いです‥‥風が強いですネ」
深夜に見張りに立った赤霧はそっと呟いた。
闇と蒼の銀雪の世界。凍てついた世界。恐ろしく寒い。
風が渦巻き咆哮をあげている。蒼白い月が暗黒の瀑布を背に燃えている。風に削られて氷の粉が飛び、乱舞し、月の蒼い光を浴びて煌いている。漆黒の空から降り注ぐ光の帯、月へと立ち上る結晶の道、足をかければ駆けてゆけそうな程。夜と風は敵だ。赤霧はそう思う。とても残酷な世界。
(「でも‥‥綺麗ですね」)
少女はしばし寒さも忘れてそれに魅入っていた。
三日目、氷雪が荒れ狂った。明朝よりの激しい横殴りの吹雪の為、僅かの先すらも見えない。傭兵達は前進を諦め、キャンプを張ったまま動かなかった。賢明な判断だ。
昼のうちに総出でテントの前に鎌倉を築く。風でテントが破壊されそうだったからだ。
夜になっても吹雪は止まなかった。
「寝れるうちに寝といた方がいいぜー」
テントの中、寝袋にくるまりながら伊佐美が言う。
「え、ええっ」
ぎこちなく頷く比良坂、どことなく挙動不審だ。テントは二つで五人五人で分かれてるが、眠れてるんだろうかこの男。
(「途中で倒れたりとかしなければ良いんですけどねぇ‥‥」)
そんな若者の様子を見やって水鏡は胸中で呟いたのだった。
四日目、
「うーん、ようやく吹雪も収まりましたな」
額に手をかざし、朝焼けの陽を眺めて稲葉が言う。雲海を太陽が紅に染め上げている。
「そろそろ氷竜が出るとか出ねぇとかって道に入りやがるです」
地図を確認しつつシーヴ。
「相手、飛んでるんで、実際は範囲とかあんまり関係なさそうでやがりますが、出たって言われる場所は確実に縄張りなのも間違いねーです」
「気を引き締めていかないといけませんね。上手く避けられれば良いんですけど」
と不知火。
「朝日はこれで見納め、なんて事にならないようにしないといけませんねぇ」
八百が身支度を整えつつそんな事を言った。
傭兵達はキャンプを引き払うと再び山頂を目指して出発した。
一同、迷彩に白を基調とした服装で固めている。二人ひと組となってロープで互いを結び、転落防止とした。
「後ろに誰もいないと、俺の後ろに立つな! って気分だよねっ」
「狙撃の腕も冴えわたるってもんであります」
殿をゆく愛紗と稲葉はそんな事を言っている。だが彼等に銃は無い。
というか雪崩を恐れて全員銃は不携帯であったりする。スナイパー達が持つのも弓だった。
「おや?」
進軍中、水鏡シメイが気付いた。その時、一行は山肌をなぞるように横に進んでいた。山頂方向、右手の方角、白雪の丘陵の上で小さな影が動いている。
「皆さん、上に何かいます、警戒してください」
水鏡の言葉に一同が丘陵の上を見やった瞬間、猛烈な勢いで石の礫が雨あられと降ってきた。
拳大といえど、音速を超えて迫る石の破壊力は半端ではない。隊列の中央部を横殴りにするよう石弾が降ってくる。比良坂、八百、伊佐美、赤霧、水鏡、シーヴの六名が直撃を受けてよろめいた。
「っつ〜! やりやがったな! 赤霧、いけるかっ?」
覚醒し、アーミーナイフでロープを切断しつつ伊佐美。戦闘には邪魔だ。各々互いを結んでいるロープを切り離す。
「ほむ、問題ありません、この距離は私の領域です」
赤霧連は練力を全開にして斜面上を睨み据える。雪の上にうごめく影、あれはなんだろう――小鬼? 胸中でそんな事を思いつつ影撃ちと即射のスキルで矢継ぎ早に矢を繰り出す。水鏡もまた練力を全開にすると素早く矢を撃ち放った。影撃ちにより威力を増した矢が唸りをあげて飛ぶ。
丘陵上には六匹の小鬼がいた。武装している。スリングを持っているのが二匹、槍を持っているのが四匹、それぞれボードのような橇を足につけている。
反撃の矢が撃ち上がってくる。スリングを持った二匹が矢に貫かれ、赤霧の四連射を受けた一匹が倒れた。四匹が斜面に飛び出し、槍を構え橇で斜面を急滑降してくる。弓手を狙っている。
白兵武器を持つ七名の傭兵がブロックすべく斜面に展開する。
槍持ちの四匹は勢いに乗って滑り降りると激突手前で跳躍した。無人の橇が丸太のようになだれ込んでくる。比良坂が下方より斧を振り上げ吹き飛ばし一撃の元に橇を破砕する。八百は橇を棍で受け止めた。衝撃によろめき雪に足を取られて態勢を崩す。シーヴは大剣を楯代わりにして受け流す。滑り止めのついた靴で踏ん張り、堪え切った。稲葉は蛍火で下方から斬り上げ真っ二つに切断した。
上空、太陽を背負って小鬼が落下してきた、下方に向けられているのは槍。
愛紗が先手必勝で即応し跳躍する。空中戦だ。小鬼のタイミングがずれた。少女は繰り出される槍の穂先をすり抜け、ベルニクスで切り裂く。小鬼が叫び、鮮血が舞った。
一匹が伊佐美に、一匹が赤霧に、一匹が水鏡を目がけて落下してくる。
伊佐美はまだ矢を放っていない。引き絞った弓を上空へと向けた。槍の切っ先が届くよりも早く矢を放ち撃ち抜く。
赤霧を狙う小鬼には不知火がガードに入った。突き降ろされる槍を爪で打ち払う。金属音が鳴った。小鬼の態勢が崩れ、肩口から降りかかってくる。不知火と小鬼の体躯が激突し、もつれあって斜面の下へと転がり落ちてゆく。激しく雪を巻き上げながら岩に激突して止まる。衝撃に眩暈を覚えつつも不知火は素早く相手の喉元に爪を叩きこんだ。同時に少女の首をダガーの切っ先がかすめた。血が吹き出す。ダガーが雪の中に落ちた。小鬼は喉を爪に貫かれ血泡を吹いて絶命している。
水鏡を狙う小鬼にはフェブ・ル・アールがガードに入った。槍を刀で打ち払う。体が激突する。踏ん張った。しかし雪で滑り転倒する。間合いが近い。組み付いた小鬼が喉元を狙ってダガーを繰り出してきた。咄嗟に左の掌を翳す。刃がグローブを貫き掌を貫通したが、そこで止まる。フェブは刀の柄で小鬼の米神を横殴りに殴りつけた。衝撃に相手がよろめいた隙に、蛍火の水平に己と小鬼との間に差し込む。刃を相手の喉に押し当て引き切る。噴水の如く鮮血が噴き上がった。熱い血が飛び散り、湯気をあげ、そして瞬く間に凍りついてゆく。
愛紗に切り裂かれた小鬼が着地した瞬間、稲葉は水平に太刀を振るった。小鬼の首が宙に跳ね飛ぶ。
伊佐美の矢を受けた小鬼が地に落ちた瞬間、比良坂は垂直に豪斧を振り下ろした。小鬼の頭蓋が爆砕し破片が散った。
丘陵上の小鬼へと向けて伊佐美、赤霧、水鏡が矢を放つ。矢弾の嵐が小鬼へと襲いかかる。小鬼はこれは勝てぬと悟ったのか踵を返して逃走に移っていた。丘陵にいる場合は角度的に少し下がれば視界を切れる。背後から矢を受けつつも最後の小鬼は逃げ去っていったのだった。
●クリスタルドラゴン
「うう、痛そうですね」
不知火がフェブの手に包帯を巻いている。
「どてっ腹に鉛玉喰らった時に比べれば、たいした事ないにゃー」
とフェブ・ル・アール。
小鬼を撃退した一同が傷の応急手当てをしていると、双眼鏡で周囲を警戒していた水鏡が顔色を変えた。
「ドラゴンです! こちらに向かって来ています!」
一同は慌てて身を隠そうと動く。斜面を降り、点在する岩と大地の隙間に身を滑り込ませる。
数瞬後、空より氷の体躯を持つ翼竜が飛来した。地を揺るがせて着地すると、蒼く透き通る首を巡らせて周囲の様子を伺う。
のしのしと歩きまわると、小鬼の死体に喰らいつき、鋭い牙で粉々に噛み砕いて呑み込んでゆく。一同は岩陰で動悸を押し殺し、息を呑んでその様子を伺っていた。
氷竜は三匹ほど平らげると満足したのか、羽をはばたかせると跳躍し、斜面の下へと滑空、上昇し、蒼天の彼方へと飛び去って行った。
●シルヴァレスティの研究所
険しい山道を踏破し、一同は六日目の昼にハウザーの研究所へと辿り着いた。インターホンを鳴らすと、白衣を着こんだ少女が出てくる。
「あらあら、まぁまぁ、こんな所まで人がやってくるなんて珍しい――あら?」
ハウザーの孫娘だというアネットは幾人か見知った顔をみつけて眼をぱちくりとさせた。
「また、バグアのウイルスにでも感染したんですか?」
「お久しぶりでやがるですアネット。バグアのウイルスには違いねぇーんですが、今度は感染したのはPCじゃなくて人でやがるです」
とシーヴ=フェルセン。
「まぁ大変! それでここまで来たんですね。居間で待ってて、すぐにお爺ちゃん呼んできますから」
一同が暖かい部屋で溶けたバターのようになりつつ待っていると、扉の奥から眼光の鋭い老人が入ってきた。
愛紗がとてててと真っ先に駆け寄っていく。
「あのね、お爺ちゃん、お薬を必要としている人がいるの。だから貰いにきたんだよ?」
「薬?」
ハウザー老は片眉をあげる。一同はドクターと街の電気店からの紹介状を渡しつつ事情を説明した。
「なるほど、厄介な病気にかかったものだな‥‥」
老人は低く唸る。
「確かに薬はある。だがまだ研究中のものだ。完全ではない。治るかもしれんし、治らんかもしれん。保証は何処にもない。こんな不完全な代物は使うべきではない。どんな副作用が出るのかすらまだ良く解っておらんのだ」
薬を実用化させるには十数年という期間が必要なのだとハウザーは言う。そしてその薬はまだ未完成だと。
「それでもそれに賭けると言っている人がいるのであります。そして俺たちャア、その為にここまで来たんです」
稲葉徹二は老人を見据えてそう言った。
ハウザー=シルヴァレスティは少年をじっと見据え返した。しばしの間の後。
「良いだろう。ならば、持っていけ」
そうとだけ言った。
●薬を
春の某日、明らかに過酷な旅路を経てきたのだと解る風貌の一団が、九州にあるとある病院へと訪れていた。
受付の人間はその様相に戸惑いを隠し切れなかったが「薬を届けに来た」という言葉を聞いて、以前にドクターから伝えられていた事を思い出した。
やがて医者とそして一人の青年が奥からやってきた。
「治ると良いです」
緋色の髪の少女がそう言って薬を渡した。
薬を受け取った青年は、眼頭を熱くすると「すまねぇ」と言って受け取った。
病院を出た一同は町並みを歩く。春の穏やかな風が吹き抜けていった。ここは、平和だ。