●リプレイ本文
「狼のボス、アルか?」
「そう、どんなタイプか教えて欲しいの」
と皇 千糸(
ga0843)が荘胡蝶に質問する。ボス狼は前に出てくるタイプか否か。
「んー、そこら辺りどうなってるアルか?」
胡蝶が黒服に問いかける。
「はっ、件の狼キメラは狼らしく狩りをするようですね」
「‥‥どういうことかしら?」
意味が良く解らない。皇は首を傾げる。それに黒服が答えて言った。
「はっ、皇小姐、狼は組織的に狩りを行います。この狼の群れも多くの場合、三つに分かれて行動します。即ち、左翼、右翼、中央ですね。ボスは獲物を発見するとまず最も強靭な若い狼を何匹か左翼へと送り、同様に若狼を右翼へと送ります。地形を利用しこれらを伏兵とします。中央のボス狼は正面に構え指揮を取ります。
機が熟したらボスは合図を送り左翼の狼に不意打ちを仕掛けさせます。驚いた獲物は右に逃げます。そこには右翼の狼が待ち構えています。彼等が退路を塞ぎ、そして包囲殲滅します。
またこれは代表的な一例に過ぎず、地形と相手によっては戦法を変えてきます」
「‥‥‥‥なんだか、思っていた以上に厄介な相手っぽいわね」
皇が呻いた。
「狼はアーネスト・T・Sの動物記を引き合いに出すまでもなく、西洋では悪魔の如く恐れられた獣よ」ヒカル・スローター(
ga0535)が言った。「それのキメラともなれば、我々とてゆめゆめ油断はできまい」
「‥‥そのようね」
黒髪の女は嘆息すると、
「とりあえず、攻撃を受けた場合どう動けば良いのかしら?」
「は、攻撃を受けてしまっては残念ながら遅いです。既にその時には囲まれているでしょう。人間相手ならば、一旦後退しその後に反撃、という戦術をお勧めしますが、相手が狼の場合は敵の方が足が速い。後背からの追撃は凄まじいでしょう。捨て駒を使わない場合、この戦法は取れません。一瞬で全滅します」
「‥‥小賢しい奴等だ」
御山・アキラ(
ga0532)が鼻を鳴らした。
「じゃーさー、その場に踏みとどまって戦うっていうのはどう?」
とラウル・カミーユ(
ga7242)。
「右翼の狼が背後から攻撃を仕掛けましょう。本体も同時に前進し、三方から一斉攻撃を受けるでしょうな」
「と、なると、こっちが先手を取るしかないって事かしら?」
ゴールドラッシュ(
ga3170)が小首を傾げて言った。
「でも多数の狼、よね。気配にはとても敏感な筈、気づかれずに近づけるかしら?」
思案するようにしながらアズメリア・カンス(
ga8233)。狼は嗅覚は言わずもがなだが聴覚も鋭い。
「そうですな。狼の気配感知の能力を出し抜くのは‥‥しかもキメラ化されたそれとなると‥‥至難でありますな」
「後顧の憂いは中々厄介‥‥だね。どうすれば良いのかな?」
とシェスチ(
ga7729)。
黒服は首を振った。解らない、という事だろう。
「まぁ、むつかしー事をなんとかする。その為のアナタ達って事ネ」
扇を広げて胡蝶が言った。
「最悪の状況も何か一手で完全にひっくり返る、有利不利は紙一重、昔から言うネ。頑張ってヨロシ、期待してるアルヨ」
●廃村へ
その後、皇は黒服から村の地図を借り受けた。廃村となる前のものだが、基本的な部分は変わっていないだろう、とのことだ。
「ありがとう。色々参考になったわ」
今後ともご贔屓に、と黒髪の女はウィンク一つ。ビシッと音でも立ちそうな具合で黒服が石化した。
(「‥‥慣れないことするもんじゃないわね」)
胸中で呻く皇であった。
傭兵達は情報を確認し、地図で地形を確認し、相談の末に作戦を立てると各種準備をし車に乗り込んだ。廃村へと向かう。黒服に風下の方向へ回り込んでもらい、村から約一キロの所で降りる。
「ようやく当初の目的を果たせそうですね‥‥」
吹く風に銀色の髪を揺らしつつシエラ(
ga3258)が呟いた。
「人々が苦しんでいるのを、見過ごすわけには行きません」
愛機アインツの修理や整備ですっかり麦県へお世話になっているので、ここらで一つ恩返し、と少女は胸中で呟く。
「あー、そうだった。私達は最初、狼退治をしにここに来たのよね」
色々あってすっかり忘れていたわ、と皇。
「この土地も散々危ない目にあったんだし‥‥今回で綺麗に清算しないとね」
シェスチが砂塵に目を細めて言う。
「狼キメラが三十か、やれる時に片付けないとな」
御山がファングを手に装着させつつ言った。
「うん、街をこれ以上‥‥荒らされたくない‥‥頑張る‥‥」
鉄騎衆として出動するのはこれが初めてだ。多少緊張気味な表情で幡多野 克(
ga0444)が呟いた。
「私も頑張るわ、街の人たちの困っている姿をこれ以上は見たくはないから!」
ふるふると首を振ってゴールドラッシュが言った。
「本音は?」
「金」
きっぱりさっぱり清々しい勢いである。
九条・運(
ga4694)は苦笑すると言った。
「まぁ、今までの連中に比べると数段ランクダウンしてるような気もするが、それでも相手はジェヴォーダンの獣の中華版とその下僕。野性の集団リンチは強力だからな、気を引き締めて行こうか」
一同は九条の言葉に頷くとA班とB班に分かれて行動を開始した。
●探索
一同が立てた作戦は二班に分かれて風下より近づき、家屋を端から潰してゆき、奇襲するというものである。ちなみに村への出入り口については無限に近かった。柵などで囲われている訳ではない。
春の風向きはまちまちだ。風は北から吹いていた。家屋は南向きに立つ。東西の道に並列する家々は西と東に立ち並ぶ。一同は風下に立ち、二班に解れて中央部の家屋が密集している箇所を探索していった。隠密潜行のスキルを持つヒカル、皇、ラウル、シェスチ、スナイパー達が先行し両端から進めてゆく。家屋内に狼がいるかどうか調べる――どうやって調べる? 入り口付近は覗けるが、他は壁を透視でもできない限り不可能だ。踏み込むしかない。
スナイパー達は武器を構え内部に忍び込む。平屋だ。木が敷かれている。朽ちた家具が散乱していた。狼はいない。西も東もそんな調子だ。
(「む?」)
二軒目を調べ終えた後、道に出た時ヒカル・スローターは向かいの家屋を仰ぎ見た。
(「今、屋根の上を何かがよぎったような‥‥気のせいかのぅ?」)
影のようなものが見えた気がしたのだが、屋根の上には青空が広がっているのみだった。首を傾げつつ探索を続行する。
結局のところ、狼の姿は一匹も発見されず、中央の一軒を残すのみとなった。
一同は最後の家屋の南側に広がる道に集まる。おそらくそこに終結しているのだろう。ここにいなければ居ない、という事になる。中の詳しい様子は解らないが、とりあえず一同は家屋の外から銃撃を仕掛けた。木造の薄い壁などSESライフルの前では紙切れ同然だ。フルオート射撃で穿ち木端を舞わせ、蜂の巣にする。
弾丸の嵐が荒れ狂った後、前衛組みを先頭に傭兵達は入口から家屋に雪崩れ込んだ。煙りのあがる室内。見まわす、いない。
奥へ進み部屋を覗きこむ、いない。
「もぬけの、から‥‥?」
覚醒によりその身を黄金の竜人と化した九条が呟く。
御山は油断なく周囲を見回す。
「情報に誤りがあった? それとも――」
気づかれたか。
●麦県の狼
傭兵達が家屋に突入した時、それを見つめている者達がいた。
通りの向かいの家々の屋根の上、体長三メートルを超える巨狼を中心に、数十の狼達が人間達を見下ろしている。
傭兵達が踏み込んだ家の屋根の上にも狼が数匹伏せっている。包囲陣が完成していた。
傭兵達は狼達を相手に奇襲をかけようとしていたが――狼の聴覚は人間の四倍以上と言われている。酸の匂いを嗅ぎ取る事に関しては億倍であると言われている。そして、この村は彼等の巣だ。野生の獣は例え寝ていても僅かの音や匂いで即座に起きる。
感覚に優れる獣を相手とし、さらにそのホームグラウンドに乗り込んで奇襲をかけようというのは――まぁ無理だろう。
襲撃がからぶりに終わった人間達が家屋からぞろぞろと出てくる。
巨狼は伏せていた身を起き上がらせると、天に向かって咆哮をあげた。
●奇襲
耳をつんざく爆音が轟いた。
「なんだっ?」
「屋根の上ッ!!」
一同は音のした方向を仰ぎ見る。向かいの通りの家々の上に人間に倍する体躯を持つ巨狼を中心に、無数の狼達が居並んでいた。
シェスチが狼を見据え、銃口を向けた時、彼の後頭部を強烈な打撃が貫いていった。衝撃に前のめりによろめく。さらに次々と背後から重い一撃が襲いかかってきた。
出てきた家屋の屋根の上から狼達が飛び降りて体当たりしていたのだ。三頭の狼から降下攻撃を受けたシェスチは地面に叩きつけられる。
打撃音と唸り声と悲鳴があがった。ヒカル、皇、ラウル、後衛のスナイパー達は同様の攻撃を受けていた。後方からの衝撃に押し倒され地面に叩きつけられる。
「貴様っ!」
御山が振り向き疾風脚を発動させ裂閃を巻き起こした。両手のファングを振ってシェスチの首筋に噛みつこうとしている狼を切り裂き吹き飛ばす。
幡多野克もまた太刀を振って、皇の上に乗っている狼の首を斬り飛ばす。九条は蛍火でラウルに噛みついてる狼を叩き斬り、シエラはヒカルを抑えている狼の側面へと回り込むと脇腹を抉るようにキアルクローで連打を浴びせた。
通りを挟んで向いの屋根の上にいた狼達も次々に飛び降りて突撃をかけていた。
唸りを上げて駆けてくる十数の狼に向かいゴールドラッシュは直刀を振り上げると刃にエネルギーを集中させ振り下ろした。二連の音速波が土煙を裂いて飛び、突進してくる狼へと直撃させ、吹き飛ばす。
アズメリア・カンスはデヴァステイターを抜き放つと狙いを定めて猛連射した。九発の弾丸が飛び、全弾が命中し狼が血を噴き上げながら転がる。
だが狼達の数は凄まじい巨狼を先頭に雪崩をうって飛び込んでくる。たちまち乱戦になった。
回避し、迎撃し、狼を打ち倒しても、また別の一匹が噛みついてくる。一匹に噛みつかれると態勢が崩れ、そこを狙ってさらに無数の狼が群がってくる。奇襲を受けなかった者達もたちまちのうちに狼の群れに呑まれた。
「くっ!」
皇は身を捻り、足に喰らいついてる狼へと銃口を向ける。狼の腹部目がけてエネルギーガンの引き金をひいた。解き放たれた閃光が爆裂し、狼の腹に大穴をあけて吹き飛ばす。
ヒカル・スローターはスカーレットから手を離し小型のスコーピオンを取り出した。肩越しに己の背に乗っている狼に狙いをつける。弾丸が吐き出されるが、さすがにこの態勢では狙いが甘い、狼は飛び退いて回避した。背からは一匹が消えたがあと一匹が足に噛みついている。
シェスチも同様にスコーピオンで食らい付いている狼へと攻撃を仕掛けるが、体勢が悪く当たらない。それでも狼が回避した隙になんとか身を捻り仰向けに転がるが、再び狼達の牙が迫ってくる。
このままでは、不味い。肩口に牙を打ち込まれ、耳元でその唸りを聞きつつラウルは思った。圧倒的に押されている。
「連ちゃん、あれを!」
数匹の狼に喰らいつかれながらも、太刀を振り回して巨狼と格闘している龍人に向かってラウルは叫んだ。
九条は応えるように咆哮をあげると、飛びかかってきた狼に獣突を発動させて吹き飛ばして巨狼にぶちあて牽制する。その隙に腰に下げた袋からビニル袋を取り出した。
「皆! 例の奴だッ!」
龍人は仲間達に注意を呼び掛けつつ頭上へと次々にそれを放り投げる。
「巻き込んじゃうけど勘弁ねー!!」
ラウルは歯を喰いしばってアサルトライフルを空へと向け鋭角狙撃を発動させると、フルオート射撃でそれらを薙ぎ払った。
●表裏は一体にして
狼の感覚は優れている。特に嗅覚は酸気を嗅ぎ取ることにかけては人の億倍。それは非常に優れた長所であり――そして短所でもあった。
破裂した無数のビニル袋から降り注ぐのは胡椒と酢、辺り一面に猛烈な臭気とくしゃみの嵐が巻き起こった。
人間ですら頭がくらくらする刺激臭に狼よりもさらに嗅覚を強化されているキメラ達が参らない訳はなかった。たちまち悲鳴をあげて飛びすさる。
巨狼が指揮を取り戻そうと咆哮をあげるが狼達は混乱している。
「酢と胡椒の味、どかなー? 沁みるっしょ♪」
へっくしょい! とくしゃみをしつつ、ラウルは立ち上がる。
「敵の前で背を向けたらどうなるか‥‥君らが一番解ってると思ったんだけど‥‥ね」
シェスチがスコーピオンを構え猛射を開始する。
「形勢、逆転‥‥だね」
克は月詠にエネルギーを集め、極限まで高めると裂帛の気合と共に振り払う。音速の衝撃波が唸りをあげて飛び、怯んだ狼達を吹き飛ばした。
「――狩らせてもらうわ」
アズメリア・カンスがデヴァステイターをリロードし、構えた。
大勢は、決した。
かくて麦県の民衆を恐怖させていた西の廃村の狼は退治され、街は平和を取り戻した。
鉄騎衆の武威はさらに麦県の民の知るところとなり、それを讃える声が溢れた。
いつかまた再び鉄騎衆の力が必要とされる日が来るだろうが、今回の話はこれにて一巻の終わりであり、それはまた別の話とさせていただこう。
了